『道標』
「どんな感じだい?」
「問題なく送れてると思いますよ」
「そうか、それなら良かった」
蓮二さんが俺の握られている左手を見ながら安心したように笑った。握られた左手の中には丸く硬い物体、加工された魔石が存在している。
そう、遂に魔石が完成したのだ。
「ありがとうございます」
「いいよいいよ、僕もなかなかない体験をしたからね。もし何か不具合があったら遠慮なく言ってね、調整し直すから」
「分かりました、それじゃあ失礼します」
挨拶をして異人支部の建物を出る。
「よしっ」
嬉しさ、そして安堵から俺は軽く拳を握りながら呟いた。嬉しさは魔石が完成したことから、安堵は魔石の完成が間に合ったことから来るものだ。
何故こんなにも不安を感じているのかといえば――
☆
「おい」
「あっ、あい。おはよう」
「んあっ? お、おはよう……なんだ、意外と落ち着いてるな」
「何が?」
「あ? 何ってドッペルのことだよ。そろそろ現れるんじゃないのか?」
「えっ」
何それは? 初耳なんだけど。
「なんでお前が驚いてんだよ。前回みたいに左手に模様が現れてるんじゃないのか?」
「いや……」
昨日に続いて再び確認するがやはり現れていない。
「あ、でも待って。そもそもこんな状況なんて初めてだから二回目は別の場所に現れるのかもしれない。ちょっと背中を見てくれないかな」
そう言って急いで上を脱ぐ。
「うわっ!? お前なぁ、いきなり脱ぐなよ!」
「あっ、ごめん。それでどう?」
「いや、ないな……そうだ、下は良いのか?」
「そっちはいいから!」
にんまり笑いながらそんなこと言って! そんなところ見せられるわけないじゃないか!
「うーん、じゃあドッペルじゃないのか……?」
「そもそもなんでドッペルが現れるって分かったの?」
本人である俺が把握してないのになぜあいがそれを知ることができたのだろうか?
「……誰にも話さないっていうなら教えてやる」
「分かった、と言っても信じてもらえるのかな?」
「そりゃそうだ。良いよ、お前なら話さないだろうから教えてやるよ」
目の前まであいはやって来て
「それはな、オレの『称号』のおかげだ」
小声でそう言ったのだった。
「『道標』……未来が見える……」
「そうだ、とは言ってもオレが見たいときに見られるものじゃないけどな。他にも見たい対象や時間は選べないんだ。見える対象は親しい人、それが起こるのは最大三日間のうちと制限がある」
「それでも未来を見れるのは凄いと思うけどね」
「だろ? だからこの称号を知っているのはこのギルドでもレオンやミーナといった本当に仲が良くて信頼してるやつらだけなんだ」
「その中に俺が入ってるんだ。なんか嬉しいなぁ」
「あ? あんまり調子に乗るなよ」
凄んではいるが恥ずかしがって尖っている耳が赤くなっているのでまったく怖くはない。それどころか可愛く見える。
「ごめんごめん」
「ちっ、あいつらには今の言うなよ?」
「はいはい」
「てめぇ……!」
「それで何を見たの?」
「あぁそれはだな、お前に似た、いや、お前が二人で戦っていたところだ」
「俺がもう一人……そういえば少し前にエラたちが俺に似た奴を見たと言ってからポツポツその情報が入って来るんだよね」
大体は俺に似た奴とすれ違ってギルドに戻ったら俺がいて驚いたというパターンだが。
「そうなのか?」
「それで他になにか分かることある?」
「これだけだ。わるいな、情報が少なくて」
「いや全然。むしろそんな大切なことを教えてもらえて助かったよ」
「そうか、それなら良かった。とにかくドッペルか何かは分からないが何かがお前を狙っているみたいだ。だから今日から三日間は気を付けろよ」
☆
――と、昨日あいに言われたからであった。
「『道標』……か」
あいの『称号』について思い出す。
『称号』はその人の想いや性格を表すものであり、あいはそれが『道標』だ。何か選択を誤ったことを悔やんだが故にその称号が現れた。
これはただの予想にしか過ぎない。しかしもしそうならば普段はさっぱりしているあいだが、実はかなり悩んだりしているのではないだろうか。
今考えればあいは俺や恭也と同じ異人だが、この世界に転移したときにハーフエルフとなってしまったと言っていた。急に種族が変わったことなどによる戸惑いは、俺たちにはまったく想像がつかないものであろう。
そもそもなぜ、人からハーフエルフになったのかが謎――
「!?」
そこで考えることを中断した。いや、中断させられたと言うべきだろうか。チラリとだが俺に似た奴が裏路地に入っていくのが見えたのだ。あいつが最近ちょくちょく話に聞く俺に似た奴か?
不明な相手に一人で動くのは危険だということは分かっている。しかし何が目的なのか気になり、少し後ろをこっそりとついて行ってみることにした。
「……」
物陰や曲がり角を使って隠れてついて行っているが、前を歩く男は何も変わった行動をしない。もしかして一般人だったのだろうか?
そしてそうこうしているうちに前の男はさらに薄暗い路地に入っていった。流石にこれ以上はばれるだろうと思い、来た道を戻ろうと振り返ると――
「えっ」
目の前には闇ともいうべき空間が広がっており、急速に浸食したそれに飲み込まれたのだった。
次話でChapter2が終了になります。




