留学生
「えっと……ティナちゃんはなんでここに?」
雨で濡れた頭や体を拭き、服を着替えてからティナちゃんに尋ねる。ダンケルハイトさんから連絡は何も受けていないのでさっぱり分からない。
「その前にお父様から預かった手紙をがあるのでまずはこれを読んでくださいな」
あっ、良かった。一応手紙があるんだ。
「なになに……」
ティナちゃんから手紙を受け取って封を開ける。
優臣よ、久しいな。
唐突ではあるが貴様にティナを預けることとなった。時々帰ってくるメアから話を何度か聞いてティナもそっちに行きたくなったそうなのだ。
我としては頼りない貴様に一人でも娘を預けるのは不安であるから当然初めは反対したのだ。しかしな、可愛い娘にあんな顔でお願いされたら許してしまうのが父親という生き物であると我は思うのだ。
というわけでティナは視野を広めるための留学というかたちでそっちに行くこととなったのでよろしく頼むぞ。
あの親バカのおっさんめ! 手紙を読み終わって思わず頭を抱える。
不安ならこっちに娘を置くなよ! 俺だってお姫様二人と暮らすのはいろいろと嫌だわ!
どうにか断れないかダンケルハイトさんに連絡をとろうとすると紙がヒラリと落ちた。どうやらもう一枚手紙があったようだ。
断った場合どうなるか、貴様がバカでないなら分かるはずだ。
「……」
一枚目に十分余白があるにも関わらず、わざわざもう一枚紙を使って赤い文字で大きく書かれていた。
「理解できまして?」
「嫌というほどね」
断ったら俺の身になにか危険が降りかかるということが。
「それであらためて聞くけどティナちゃんはなんでここに? なにかやりたいことでもあるの?」
「それはですね……あなたを教育するためですわ!」
ん? 聞き間違いだろうか? 今予想の斜め上をいく単語が聞こえた気がするが。
「ごめん、もう一度言ってくれるかな?」
「あなたを教育するためですわ!」
どうやら聞き間違いではなかったようだ。
「えっと……何を教育するの?」
「お姉さまの側にあなたがいても、お姉さまに恥をかかせることのない素養ですの」
「はぁ」
そう言われても曖昧でしっくりこない。
「つまり?」
「紅茶の入れ方や歩き方を学んでいただきますの。さぁ、道具はわたくしが持ってきたので早速始めますわよ」
「えっ、今から!?」
「当然ですの! さぁ、こっちに来て――」
「ただいまー!」
困惑しているところをティナちゃんに腕を捕まれたタイミングでアリスが帰って来た。
「あぁアリス、おかえり」
「あれ!? お兄ちゃんなんでいるの?」
「えぇ!?」
帰って来て早々に辛辣なことを言うアリス。おかしいな、うちのアリスはそんなこと言わないと思っていたのに……もしかして反抗期なのだろうか? あ、悲しくて涙が出そう。
「ただいま……ってお兄さん? 玄関に靴があってあれ? とは思いましたがなんでここに?」
「エラまで!?」
そんな……まさか優しいエラまでもがそんなことを言うなんて……ショックで寝込みそう。
「あぁ、貴方たちがエラとアリスですのね」
「えっと……」
「わたくしはカルティナ・フラスティーレ・ヴァリナージュ、メアお姉さまの妹ですわ。私のことはティナと呼んでくださいな」
「あなたが! 私はエラ、こっちはアリスです。メアさんにはお世話になってます」
「あら、聞いていた通りまだ小さいのに本当にいい子そうですわね。あとでお姉さまについての話を聞かせてくださいな」
「はい!」
「ほら貴方。虚ろな目で中を眺めないでくださいな」
「だってエラが……アリスが……俺に家にいるなって」
「えっ? 違いますって! だってアリスと帰っている途中にお兄さんとすれ違ったので家にはいないと思ってて」
「そうそう! 真剣な顔で武器を選んでたから声はかけなかったんだけどね」
「武器屋? いや、俺は今日は行ってないよ。もしかして見間違えたんじゃないかな?」
「うーん、絶対にお兄ちゃんだったんだけど……でもお兄ちゃんが家にいたからもういいや! お兄ちゃん、遊ぼう!」
「悪いですけどこの男には今から私に付き合ってもらうのであとにしてくださいな」
「えぇー!」
「アリス、先にティナさんが話していたでしょ? それに宿題もあるじゃない」
「ぶー……分かった」
「それじゃあ私たちは宿題をしてますね」
「ありがとうですわ」
「二人とも体が濡れてたらしっかり拭いてね」
部屋に戻っていく二人に後ろから声をかける。それにしても良かった、反抗期だったらどうしようかと。
「貴方にそっくりな人がいたみたいですわね」
「だね。まぁ雨が降ってて視界が悪いからそういうこともあるよ」
「それもそうですわね。さて、それじゃあ始めますわよ」
「わかったよ」
こうして今日から俺はティナちゃんを先生として学んでいくこととなったのだった。
それにしても俺に似ている人か……左手の甲に模様が出ていないからドッペルではないだろうが、それを連想させる不気味な存在がいると俺の心にもやもやを残したのであった。




