ドッペルゲンガーⅠ
「別の世界だ」
レオンはそう言った。……なんだこいつ、頭のおかしいやつか?
「おい、そんなかわいそうなやつを見る目をやめろ」
そう言われてもなぁ。急にこんなことを言われたらみんな似たような反応をすると思うけど?
「まずなぜそんな頭のおか……冗談を言ったのさ?」
「俺はおかしくないし真面目だ」
「じゃあ何を根拠にそんなこと言ったのさ」
「昨夜俺が荷馬車に乗って帰っていたら後ろから異変を感じてな。振り向いたら荷台の上に黒い靄みたいなのが出現してて、そこから大怪我をしたお前が現れたんだよ。何かそうなった原因で思い当たることがあるんじゃないか? そうだなぁ、例えば何か非日常的なことを経験したとか」
黒い靄? 非日常?
「……やっぱり具体的に言わないと思い出すのに時間がかかるのか。優臣、お前は自分の影に襲われなかったか?」
っ!? そうだ、俺は昨日、自分の影に襲われて呑み込まれたんだった! 何でこんなことを忘れてたんだ!?
切り裂かれた場所を見ればかなり酷い怪我だったはずなのだがもう治ってきている。
「その顔は思い出したって感じだな。傷は安心しろ、ある程度治療したからな。それに影のことを忘れていても仕方ない、これまで同じ方法で来た奴らみんなそうだったからな」
「俺以外にも元の世界から来た人がいるのかい?」
「ああ。とはいっても全員が同じ方法というわけではないがな。……しかしやはりあれに襲われていたか、面倒なことになったな……おい、優臣。今からある場所に行くが動けそうか?」
言われて体を動かしてみると、まだ少し痛むが歩くのには問題なさそうだ。
「ああ、行けそうだよ」
「じゃあすぐに行くぞ。サナは家で待ってるだろ?」
「うん。いってらっしゃい、お兄ちゃん、優臣さん」
こうして俺はレオンから渡された服に着替え、二人でレオンが言うある場所に向かった。日が高く昇っているところを見ると今は昼ごろなのだろう。
「そういえば俺の服とかはどこにあるんだい?」
「全部俺が預かってるぞ」
そういってレオンは腰に下げている丈夫そうな袋からさらに袋を取り出し、そこから財布や血だらけになっている俺の服を取り出した。
「うわっ! やっぱりかなり血が付いてるし前側がひどく引き裂かれてる……これはもう着れそうにないなぁ。そういえばその袋は何? どうやってこれより小さな袋に入ってたのさ?」
「どうもこうも普通だろ。それより今は必要ないと思って預かってたんだがすぐに返そうか? しばらくこのまま預かっててもいいが」
「助かるけど迷惑じゃないの?」
「全然問題ないぞ」
「じゃあお願いするよ」
どんなものなのかよく分からなかったがあんな便利な袋があるのか……俺も欲しいなぁ。
しばらく歩いていたのだが、俺の住んでいたところとは雰囲気が全然違っているので街並みを見ながら歩くだけでも面白い。あっ、あんなところに綺麗な噴水がある。
初めての雰囲気に少しわくわくしながらさらに歩いていると街の雰囲気、というか空気が少しずつ慣れ親しんだものになってきたように感じてきた。って、あれはピラミッドか? 周囲の家の大きさに揃えられたピラミッドが何故か街中にあった。誰だよ、墓に住んでいるやつは。
他にも空気が変わったように感じてからは「えっ」と思うようなことが増えてきた。例えば洋風の建物が建ち並ぶ中、何故かポツンと大きな和風の屋敷があったりなどなど。
なんか街の雰囲気が変わってから目に映る景色がごちゃごちゃしてきたな。
「ねぇレオン。元の世界で見たことがある建造物がちょくちょくあるんだけど?」
ピラミッドがあった方を見ながらレオンに尋ねてみる。
「ああ……ピラミッドのことか? お前と同郷のやつが『ピラミッドの見た目がいい』って言って造らせてたな。下にいくほど広く、さらに部屋の数が増えているらしいぞ」
「それいろいろと問題にならないのかい? 耐久面とか土地の権利とか」
「耐久面は魔法で強化してるだろ。権利も大丈夫じゃないか? 知らないが」
「……今」
「ん?」
「今、魔法って言ったか? 魔法があるのか!?」
「あ、ああ。そうか、そういえばそっちの世界には魔法がないんだったな」
魔法と聞いて思わず勢いよく聞いてしまったため、レオンが少し驚いていた。この世界には魔法があるのか! もしそれが本当なら楽しみになってきた。あっ、じゃあさっきの袋にも魔法がかけられていたのだろうか? それなら納得がいく。
「おっと、目的地に着いたから魔法の話などはここで聞いてくれ」
「今すぐ聞きたかったけど……分かったよ。それでこの大きい建物は何なのさ?」
「これはこの街クリューンの魔法研究所、通称魔研。その異人支部だ、さっさと入るぞ」
そう言ってレオンは建物の中に入っていった。そしてレオンは中に入ってすぐ受付であろう場所へと向かった。
「あら、レオンさんじゃないですか」
「緊急なんだが蓮二さんはいるか? すぐに話をしたいんだが」
「分かりました。少々お待ち下さい」
すると受付嬢は首から提げている小さな金属板みたいなものに向かってなにやら喋り出した。
「問題ないみたいですよ。今回は――あぁ、そういうことですか」
俺を見ながら受付嬢は何かを納得したような顔をした。
「すみません、あなたのお名前は?」
「倉田優臣です」
「では優臣さん、付いてきてください。レオンさんの対応は他の人がするので椅子に座って少しお待ちください」
「ほれ、行ってこい優臣。どうせ後でまた会うからな」
「分かったよ。レオン、ここまでありがとう」
そう言って俺は受付嬢の後に付いていった。階段を上がって二階に行き少し歩くと、他より少し豪華な扉がありそこで足を止めて受付嬢がその扉をノックした。
「支部長、私です。お客様をお連れしたのですが入っても問題ないですか」
「良いよ~」
中から緩い声が聞こえてきた。入るとメガネをかけて白衣を着た中年の、いかにも研究者という風の男が机の向こう側に座っていた。
「連れてきてくれてありがとう、リーン君。じゃあ後はこっちに任せてくれ」
「分かりました、失礼します」
受付嬢の名前はリーンというらしい。そのリーンさんは部屋を出たため俺と、どうやら支部長であるらしいこの男と二人になった。
「やあ、僕は藤堂蓮二。君の名前は?」
「俺は倉田優臣です。えっと……」
「そうか優臣君か、よろしく。そんなに畏まらなくていいよ。あっ、名前で何となく分かると思うけど僕も君と同じくあっちの世界から来たんだよ。こっちに来て二十年近いかな? おっと、そんなことよりも優臣君はどうやってこっちの世界に来たんだい?」
「えっと元の世界で自分の影に襲われて、それに呑み込まれて目が覚めたらこっちの世界に来てたんです。レオンからそれらの説明は全部ここで聞けって言われたんですが、あの影はいったい何なんですか? どうして影が急に襲ったりしてきたんですか?」
「……そうか、君はそうやってこっちに来たんだね。良いよ、まずは影の説明からだね」
藤堂さんは少し間を置いてから言った。
「あれはね、ドッペルゲンガーさ」




