奴隷の姉妹
「優臣や~い」
川の反対側から祖母が手を振っている。
川を渡って会いに行こうとしてふと、なにかがおかしいことに気付いた。俺は今、異世界にいて祖母はこっちの世界にいないはずである。
「あっぶな!」
そのことに気付いて川につけようとしていた足を引っ込める。
「優臣、こっちに来ないのかい?」
「お前は誰だ、ばあちゃんじゃないだろ!」
そう指摘するとそれは鬼へと姿を変え、川を渡って来た。
「早くこっちに来い!」
「誰が行くか、嫌じゃー!」
川から離れ鬼から逃げようとするが図体の割にはかなり速い。あっという間に追い付かれ
「つーかまーえた」
肩に手を置かれるというところで
「はっ!」
目が覚めた。よかった、夢だったか……そもそも祖母はまだまだ元気である。それにしても夢で三途の川を見るとは縁起でもないなあ。
「あっ、目が覚めた」
「うん?」
隣を見るとエプロンをかけたシルティが椅子に座っていた。この状況を一言で言い表すなら最高。
「あれ、シルティ。どうしてここに?」
「レオンがあなたからダイイングメッセージが送られてきたから、手が空いているやつで見に行くぞって」
ダイイングメッセージ? そんなの送った覚えはないが……
レオンに送った文章を読み直してみるか。どれどれ、「今、家。助けて、とどめさされそう。メアには何も言うな」か。
……確かに今、読み直してみるとそれっぽいな。なぜあの時、これでいいと思ったんだ!?
「あー、確かに送ってる。このとき頭が回ってなかったみたい」
「そう。無事……とは言えなかったけど大丈夫ならそれでいい」
「えっなに? 俺どうなってたの!?」
「世の中には知らない方が良いこともある」
シルティからすごく不穏なことを聞かされた。来たとき俺どうなってたんだ……?
「とりあえず熱を測って? 私は下に降りてくるから」
そう言ってシルティは立ち上り部屋を出ていった。
熱を測ってみると微熱に下がっていて安心した。とくにやることもないため魔報を見ると蓮二さんから連絡が来ていた。どうやらこの症状は一日で治るものらしい。
一日で治るものでよかった、この状態であと数日となると辛いものがあるからな。
「ただいま」
安心していると切られたリンゴを乗せた皿を持ってシルティが戻ってきた。
「これ勝手に切ったけどよかった?」
「うん、そもそもこの時のために買っておいたからね、ありがとう」
手元に置かれた皿の上の林檎を見るとうさぎや木の葉の形に切られていた。
「これ誰が切ったの?」
「私。迷惑だった?」
ほんの少しではあるが不安そうな声色で聞いてくるシルティ。
「いや、そういうわけじゃないよ。ありがとう、助かるよ」
さっき新たな兵器を作ったメアが、果たしてこのように切ることができるのか疑問に思っただけなんだけどな。
やっぱりシルティが切ったようだ。
「そういえばエプロンをさっきからつけてるけど何か作ってるの?」
「私は切ってるだけ、レオンが何か作ってた」
「へー、シルティは料理好きなの?」
「好き」
はにかみながら微かに笑ってシルティは言った。
……なんで普段表情をあまり出さない人がこんな表情するとよけいに可愛いんだろうね?
「じゃあ私たちそろそろ帰る、またね」
「今日はありがとね」
復活!
朝起きて熱を測ると平熱に戻っていた。いやー、昨日はきつかった。
身支度を軽く整えたあと、メアを起こしに行くというここ最近の朝の日課をこなす。槍を投げられたのはあの一回きりであるが油断はできない。
「昨日はごめんね」
カレーを一緒に食べているとメアが謝ってきた。キッチンには昨日、レオンが作ったというカレーがあったのでそれを食べているが美味い、美味いのだが……
果たしてあいつは昨日、俺がカレーを食べられると思って作ったのだろうか? 昨日の状態だと重すぎると思うはずだが……まさかカレーは飲み物ってことか!?
「なにが?」
まあカレーが飲み物かどうかはいったんおいておくとして、何故謝られたのか聞いてみる。メアに謝られるようなことはないはずである、俺のことはメアに誰も言わなかったようだし。
「昨日私何もできなかったでしょ? 家事も任せっぱなしだし」
「別にそれは俺が言いだしたことだし気にしなくても」
こんな立派な家に住んでいるわけだがこれを買うに当たって俺は小銅貨一枚すら出していない。流石に罪悪感を感じるため、洗濯以外の家事は俺がすると言ったのだ。あとはお姫様だから家事はできないだろうと俺が思ったからでもあるが。
そして昨日の料理を見る限り、家事は想像以上にできなさそうである。
「だからメイドを雇おうと思うの。あっ、もちろん優臣はお金出さなくていいわよ」
「なんでメイドを?」
「優臣が今回みたいに病気になったり怪我をしたときに困るでしょ? 私も家事できないし」
「自分ができるようになるという選択肢は――」
「ないわ! だって将来必要ないもの」
胸を張って言われた。確かに王女という立場を考えれば当然と言えば当然……なのか?
「まぁ別にメアのお金だから好きに使えばいいんじゃないかな? それより本当にお金出さなくていいの?」
「問題ないわよ、まだまだあるしそれに今後稼いだりするんだから。じゃあ早速ギルドに行ってどうすればいいか聞いてみましょ!」
「その前に師匠のところに行ってからな」
「俺は今、ものすごいデジャブを感じたぞ。それで理由は……ああ、なんとなく察しがついたからいい」
メアがレオンにメイドを雇うと言ったのだがやはりレオンもデジャブを感じたらしい。
しかしすぐに察しがつくなんて……普通に生活していたらなかなか察せるものではないと思うがレオンはやけに慣れている感じだったな。知り合いにメア以外の女王様でもいたりして……ってそれはないか、バカらしい。
「それなら職業ギルドに行って来い、受付でメイドを雇いたいと言えばあとは詳しく説明されるだろ」
「分かったわ、じゃあ早速行ってくるわね」
「道に迷ったわ」
「だよね」
気付けば人気のない路地裏に迷い込んでいた、早く気付けと言われるかもしれないが境目が非常に分かり辛いんだよ!
「とりあえず来た道を引き返そうか」
引き返そうとすると奥から男の怒声と女の子の声が聞こえてきた。
「今の聞こえた?」
「? 私は何も聞こえなかったけど?」
「あっちから男の怒声と女の子の声が聞こえたんだけど」
「こんな人がいないところで? ……行ってみましょう」
奥に進むとそこには仮面をつけた男とがらの悪い男が、薄汚れた女の子二人に手錠をつけて歩いていた。
「メア」
「ええ、行くわよ」
メアと意思の確認をとって男たちに話しかける。
「そこで何をしてるんですか?」
「なんだお前たちは!」
「あなたたちの怒声が聞こえたから来てみれば……なにをしているのよ!」
「なにって見て分からないのか? 奴隷を移動させているんだよ」
奴隷……? 元の世界でも昔はいたということを知っているが、この世界では普通にいるものなのか?
「その子たち嫌がってるでしょ!」
「でも仕方ないよなぁ? こいつらの親が借金残したまま死んじまったんだからよぉ!」
「なんだ嬢ちゃんたち? こいつらを買ってくれるのか? 嬢ちゃんはともかく、そっちの男は金を持っているようには見えないがな! ぶぁはははは!」
確かに俺は金を持ってはいないが、実際に言われると腹が立つな。
「……もし買うとすればいくらかしら?」
「そうだなあ、金貨百枚でどうだ? 払えるもんなら払ってみな! もちろん今すぐにだ! ぎゃはははははは!」
「そう……二言はないのね?」
「男に二言はないな! なんだ払――」
「はい」
そう言うとメアはマジックボックスを男たちに投げ渡した。
「なんだこれは?」
「金貨百枚入ってるわ、二言はないんでしょ?」
「んだとテメエ!」
男が逆上し、こちらに襲いかかってこようとしたところで
「やめろ」
仮面をつけた男が初めて言葉を発した。この男、仮面をつけているのとまったく喋らないため、すごく不気味に感じる。
「お前は二言はないと言っただろ」
「んだとテメエ、雇われのくせに!」
「……なんだやるのか?」
「……ちっ、分かったよ!」
「……確かに金貨百枚あった。ほらよ!」
男二人がアイテムボックスを投げて返し、女の子二人をこちらに乱暴に押した。
「あんたたちねえ!」
「うるせえ喋んな! 俺たちの邪魔をしやがって! お前ら覚えて――」
「それは許さない」
「……てめえさっきから口を出しやがって!あっちの味方でもしてんのか、ああ!?」
「このことはボスに報告するからな!」
「……」
「だんまりを決め込んでんじゃねぇよ! クソッ、さっさと去れお前ら! その顔をこれ以上見せるんじゃねえ!」
「……行こう、メア。大丈夫かい? さあ、つかまって」
「そうね、私たちもこんなクズたちの顔を見ておきたくないわ。あなた歩けるかしら?」
見た感じ歩くのが辛そうなほど衰弱している女の子を俺がおんぶし、もう一人の女の子はメアが手をひいて、ひとまず俺たちの家へと帰ることにした。




