目覚めⅠ
「う……うぅ……」
「久しぶり、お兄さん」
「君は……レイナちゃん?」
目を開ければ以前、夢の中で会った少女レイナが屈んで俺を見ていた。
「ここは……」
おそらく前と同じ場所なのだろうがあの時みたいに薄暗さはない。
「そうだ、メアは? メアは大丈夫なの!?」
ここに来る前の状況を思い出し、焦りが生じる。今、俺はこんなところにいる場合ではないのだ。しかし
「うん、大丈夫なの」
そんな俺の気持ちを知ってか知らずか、レイナはのんびりとした様子でそう言った。
「大丈夫だって!? どうして君がそんなことが分かるの!? ……あっ、ごめん」
メアが心配で思わずこんな小さな少女に声を荒らげるという大人げない行動をとってしまった。
「だって私も なんだから」
「えっ、ごめん。よく聞き取れなかったからもう一度言ってくれるかな?」
「ううん、気にしなくていいの」
「そうなのかい?」
「うん。お兄さん、とにかく落ち着いて。大丈夫なものは大丈夫なの」
「……分かったよ」
まるで確信があるような口ぶりで話すレイナをひとまず信じることにした。
「ところでここはどこなんだい? 前より雰囲気が明るいけど」
「ここは心の中なの」
「心? 誰の?」
「私とお兄さんの」
「なるほど……」
とは口に出して言ったもののほとんど分かっていない。まぁ最初から理解できるか怪しいと思っていたし別にいいか。それより俺が聞きたいことは別にある。
「それでどうすればここから出られるのかな?」
「時間になれば前みたいに自動的に戻れるの」
「そっかぁ……」
どうやらすぐには戻れないようだ。メアの状況が気になるから早くここから出たかったのに。
「……ねぇ、お兄さん。聞きたいことがあるの」
「ん? なんだい?」
「お兄さんは友達が道を間違えた時、止めてあげることはできるの?」
「えっ?」
予想もしていなかったことを聞かれて思考が止まりかけたがなんとか復帰させる。
「友達って?」
「深く考えちゃだめなの」
「うーん……答えは『もちろん』かな」
「誰であっても?」
「でも友達なんでしょ? それなら種族や性別なんて関係ないよ」
頭の中でレオンたちを思い浮かべる。あいつらの中で道を間違える奴なんていないと思う。それにもし間違えたとしても、あいつらならそれはきっと何かの考えがあってのことだろう。
だがたとえ考えがあったとしても、間違えているのなら友達として止めてあげたいのだ。……問題は俺があいつらを止めるだけの力がなさそうということだが。
「うん、お兄さんならそう答えると思ってたの。だから……これを預けておくの」
レイナが前に手をかざすと、突然何もない空間から刀が現れた。その刀を握るとレイナはとことこと歩いて来て俺にその刀を突きだした。
「これは……? いや、こんな大切そうなもの貰えないかな」
目の前の鞘に収まっている刀は一目見ただけでも特別な『何か』を持っていると感じ取れる一振りであった。
「ううん、受け取って欲しいの。必ずお兄さんにはこの刀が必要になるときが来ると思うの」
これまたレイナは確信めいた口調でそう言った。
「それって……」
「詳しくは話せないの。でも貰ってほしいの」
「……分かった。君がそこまで言うならありがたく貰うよ」
「受け取ってくれてありがとう」
レイナは心から嬉しそうにニコリと笑った。
「……あっ、お兄さん、どうやら終わったみたいなの。だから今から戻れると思うの」
レイナがそう言うと同時に、以前と同じように体の周りが光り始めた。
「目が覚めたら今回はここでの出来事は忘れるようにしてるけどこれだけは覚えてて欲しいの。私はお兄さんをいつも応援してるの」
「うん、応援ありがとね」
そして再び、俺の意識は闇の中へと落ちていった。
☆
時は少し遡り――
五頭のウルファルドは優臣とメアを取り囲み、観察しながらじりじりと近づいていた。
そして先程まで反撃してきていた優臣が動く気配がないことを悟り、とどめを刺そうと群れの一頭が大きな口を開けて飛び掛かり――
「……!」
突如立ち上がって再び動き出した優臣の反撃をくらい、その場に「ズザザッ……」と滑り落ちた。
優臣の大きく蹴り上げた足がウルファルドの下あごに当たると同時に何かが壊れる鈍い音が響いたことから、恐らくあごを砕いたのだろう。地面に落ちたウルファルドは横たわりながら必死に鳴き声をあげようとしているが上手く出来ずにいる。
小さく振り返りその姿を確認した優臣はいつもとは違う、何を考えているのか分からない表情でウルファルドに近づいた。
そして地面の己の影から黒い何かを拳に纏わせ、倒れこんでいるウルファルドへと拳を何度も何度も何度も何度も振り下ろした。
「グルルァ!」
仲間が滅多打ちにされる姿を見て、怒り狂った残りのウルファルドが一斉に優臣へと襲いかかる。しかし、優臣はそれを直接確認することなく地面から氷の棘を生成してすべて貫いた。
「ギャウン!」
自分を空中に固定する棘からなんとか抜け出そうと、ウルファルドらは必死に手足を動かしガリガリと氷を引っ掻いている。
その行為を嘲笑うかのように優臣は振り下ろしていた拳を止め、囚われているウルファルドらの前へと近づいた。そして無表情のまま氷の棘に触れてそこからさらに氷の棘を生成し、それらを滅多刺しにしたのだ。
すぐにウルファルドらの力が抜けてだらりとし、辺りが静かになったことを確認すると優臣は棘から手を放した。すると氷は音を立てたあと細かく崩れ、その場にドサッという小さな音が四つ響いた。
それらが二度と動き出さないことを確認すると、優臣は素材や魔石の回収は一切せずメアのもとへと戻った。そして手に纏わせていた何かを解除してメアを背負い、再び歩み始めたのだった。
☆
「あっ……!」
「おい! 映像が途切れたぞ!」
「すみません! ただでさえ無理やり動かしていた状態だったので壊れたのだと思われます……」
「そうか……」
普段のあいつからは絶対に考えられない行動を、魔術具を通じて見ていたのだがそれが突然プツリと途切れてしまった。
「ところで今の映像はもう流していたのか?」
「いえ、まだ接続はしていなかったので……」
「そうか、それなら今見たことは他言無用にしてくれ」
「えっ、それは――」
「そのかわり運営のミスをなかったことにしてやる。それでそうだ?」
「……私どもでは判断できないので上に聞いてみます!」
俺の持ちかけた取引に対応するため、スタッフは慌てて連絡を取り始めた。
「レオン、今のって……」
小さな声で話しかけてくるテオ。
「分からない。分からないが今映っていたのはあいつであってあいつじゃなかった……と俺は思う」
「どういうこと?」
「まずあいつがあれだけの青と黄の魔法を使えるはずがない。それとあいつの目がな……」
「目?」
「あぁ、はっきりと確認できたわけじゃないが赤くなっていた」
「赤? 赤……それってまさか!?」
「あぁ、そのまさかだ。っと、ここには他に人がいるからあとでな」
「分かったよ」
テオにこれ以上ここでこの話題を出さないように釘を刺す。
しかし赤い目に影の使用、そしてあいつの得意属性と反対の属性を使った戦い方……俺の嫌な予感が外れていなければあれは恐らく『ドッペル』の影響を何かしら受けているはずだ。
そういえば以前、あいつはドッペルに何かを流しこまれたとか言っていたような気がする。少しもそれによるマイナスの影響を感じさせていなかったから油断していたが、まさか今になって現れるとは……
だがあの姿を見られたのがここにいる奴らだけで済んだのは不幸中の幸いと言えるだろう。あれを大勢に見られていたらあいつを化物扱いする奴らが現れていたかもしれないからな。
「レオンさん、取引の許可が下りました」
「そうか、それじゃあそういうことでよろしく」
連絡を取っていたスタッフが取引の成立を伝えに来た。よし、これで情報を抑えることにも成功したな。
「あとは……」
映像が途絶え、真っ黒な画面のを見ながら俺はぼそりと呟いた。
「お前ら頼むから無事に帰って来てくれよ……!」




