おばあさん。それはきびだんごではありません
むかし、むかし。あるところにおじいさんとおばあさんと桃太郎という名の子供がおりました。
おじいさんとおばあさんの間に子供はいなかったのですが、ある日、おばあさんが川で洗濯をしている床に流れてきたモモから桃太郎が生まれたのです。
普通であれば、びっくり仰天して腰を抜かすような出来事なのですが、二人はようやく授かった子供だと喜び、育てていました。
そんなある日のことです。
「おばあさん。私は鬼ヶ島の鬼を退治しに行ってまいります」
「まぁ鬼ヶ島の鬼を?」
「はい」
桃太郎は突然、鬼ヶ島の鬼を退治しに行くと言い出しました。
確かに鬼ヶ島の鬼は周りの村を襲い人々を困らせていたのですが、なぜ桃太郎がそんなことを言い出したのか、おばあさんは不思議でしょうがありません。桃太郎は正義感が強く、力も強いのですが、たった一人で鬼を退治できるのか不安でしょうがありません。
「桃太郎。本気かい?」
「おばあさん。僕は本気で鬼退治をするつもりです」
「……そうかい」
どうやら桃太郎は本気のようです。桃太郎の目を見て、おばあさんはそう思いました。
「だったら、せめて鬼退治に必要なものの容易ぐらいはさせてくれないかい? なんでも言っておくれ」
そこから桃太郎はいろいろと必要なものをおばあさんに伝え、おばあさんはうんうんと話を聞きました。
おばあさんは桃太郎が言ったものをすべて用意しようと頑張っていましたが、一つだけわからないものがありました。
「はて……きびだんごとやらは何なのかしらねぇ……」
そう。剣や鎧といったものは何とか用意できそうだったのですが、ただ一つ“きびだんご”がなにかわからなかったのです。
だんごというからには食べ物なのかもしれませんが、きびだんごなるものは見たことも聞いたこともありませんでした。
「とりあえず、村に行って聞いてみようかねぇ」
そこで、おばあさんは村できびだんごについて聞こうと思い、出かける準備を始めました。
「おばあさん。どこへ行くのですか?」
「あぁちょっときびだんごの材料を買いに行こうかと思ってねぇ」
「ありがとうございます。それでは、ボクは家で剣の稽古の続きをしていますね」
「えぇ。そうしてくれると助かるわ」
桃太郎にきびだんごのことを聞いてもよかったのですが、これから鬼退治に行く桃太郎には剣の修行に専念してほしかったのでおばあさんはそのまま家を出て村に向かいます。
しばらく歩いていると、草むらから犬が飛び出してきました。
「おばあさん。おばあさん。きびだんごをくださいな」
世にも珍しい人語を話す犬は右の前足をおばあさんの方に出して、きびだんごをねだってきました。
「ごめんなさいねぇ。私はきびだんごを持っていないのよ」
「そうですか……おかしいな。ここを通る人からきびだんごをもらうようにって言われたばかりなのに……」
「あらまぁ……ところであなたはきびだんごが何か知っているの?」
おばあさんが尋ねると、犬は首を横に振りました。
「ううん。でも、きびだんごはおいしいお団子のことだと思うんだ」
「やっぱりあなたもそう思うのかい? そうだ。今から一緒に村まで行ってきびだんごについて、聞いてみようかねぇ」
「うん! それじゃあ、おばあさんに着いていくよ!」
こうして、世にも珍しいしゃべる犬を仲間にしたおばあさんは、村へと向けて歩いて行きます。
すると、そばの草むらから猿が飛び出してきました。
「よう。そこの婆さん。きびだんごをひとつくださいな」
犬と同様になぜか人語を話す猿は犬と同じようにきびだんごを要求します。
「ごめんなさいねぇ。きびだんごは持っていないのよ」
「なんだよ。ここを通る人にこう言えば、うまい団子が食べられるって言う話を聞いて来たのに」
「おや、あなたもそうなの?」
犬に続いて猿も誰かにきびだんごをもらえると聞いてきたようです。
いったい、誰がそんなことを言っているのでしょうか?
おばあさんは首をかしげます。
「おばあさん。早くきびだんごの作り方を聞きに行かないと」
「なんだなんだ? きびだんごはこれから作るのか? だったら、俺も着いて行ってもいいか?」
「えぇいいよ。ついておいで」
おばあさんは猿も仲間に加え、村を目指して歩き出します。
しばらく歩くと、村が見えてきました。
「おっと、そこのおばあさん。きびだんごを持ってはいませんか?」
近くの草むらからキジが飛び出してきたのはちょうどそんな時でした。
「ごめんなさいねぇ。きびだんごは持っていないのよ」
「そうなのですか……残念です」
おばあさんがきびだんごを持っていないと伝えると、キジは残念そうな表情を浮かべます。
「そうだ。これから一緒にきびだんごを作りに行くかい? 今、村に作り方を聞きに行くところなんだよ」
キジはおばあさんの言葉を聞いて、顔をパッと明るくさせました。
「そうなのですか? でしたら、私もご一緒いたしましょう」
こうして、おばあさんは犬、猿、キジを仲間にして村へと向かいました。
*
村にたどり着くと、ちょうど村では青鬼が暴れているところでした。
人々が逃げ惑う中、おばあさんは村の和菓子屋へと向かいます。
「おい! そこのばあさん!」
しかし、鬼に呼び止められてしまいました。
おばあさんは逃げようかとも思いましたが、その場で立ち止まります。
「何ですか?」
「命が惜しければさっさときびだんごをよこせ!」
どうやら、この青鬼もきびだんごを欲しているようです。
おばあさんは困ったような表情を浮かべながら答えます。
「ごめんなさいねぇ。きびだんごはまだ作っていないのよ……作り方を知らなくて……」
「そうなのか? それはすまなかった。俺は村にきびだんごを買いに来たんだが、誰も相手にしてくれなくて……それで暴れていたんだが、一緒にきびだんごを作ってもいいか?」
「……そうですね。これから村で暴れないと約束するのなら、一緒に作りましょう」
「あぁ! 暴れるのはやめるよ!」
鬼は意外といい人(?)なのかもしれません。それとも、鬼が暴れるのをやめるほどきびだんごというのは貴重なものなのでしょうか?
おばあさんはきびだんごへの期待を胸に膨らませ、犬、猿、キジ、青鬼を連れて和菓子屋へ向かいます。
村の和菓子屋につくと、先ほど鬼が暴れていたためか、中には誰もいませんでした。
「困りましたねぇ……」
そういいながら、店内を見つめていると犬が言いました。
「おばあさん。この店の中に白玉団子と黍があるよ! そういうにおいがするんだ!」
「……そうかい。でも、勝手にとっていくわけにもいかないし……」
店主がいないのに店の物を勝手にとるわけには行きません。
おばあさんが困っていると、店主が店に帰ってきました。
「ひぇぇぇぇ鬼だー!」
しかし、店に入って鬼を見るなり、店主は腰を抜かしてしまいます。当然でしょう。先ほどまで村の中心部で暴れていた鬼が自分の店にいたのですから。
「おう。店主、団子と黍をもらってもいいか?」
そんな店主の様子など気にすることなく、鬼が話しかけます。
「はい! はい! どうぞどうぞ! 私はこれで!」
鬼に話しかけられたことでさらに驚いたのか、店主はさらに後ずさりしてそのまま逃げ去っていきました。
「許可はとったぞ」
しかし、鬼はその事実を気にすることなく満足げです。
「それじゃあ、きびだんごを作りましょうか」
そこからおばあさんは、犬、猿、キジ、鬼と相談しながらきびだんごを作り始めました。
「団子っていうんだから白玉団子を使うんだろうな」
「団子の周りに黍を付けてみてはいかがでしょう?」
「いやいや、そこは……」
いろいろと試行錯誤をした結果、何とかきびだんごが出来上がり、皆はおばあさんの家に帰ります。
「ただいま」
「おいおい。こんな大切な時にどこへ……鬼だ! 桃太郎! ばあさんが鬼を連れてきた!」
ようやく帰ってきたおばあさんを出迎えたおじいさんは鬼を見て、腰を抜かしました。
「おやおや、これは大所帯で。お帰りなさい」
しかし、桃太郎は動じません。
おばあさんはそのまま家に入ります。
続いて、犬、猿、キジも入り、最後に鬼がおじいさんを抱きかかえて家に入ります。
「さて、桃太郎や。待たせたね。きびだんごだよ」
そういうと、おばあさんは白玉団子に黍の実をいくつもくっつけ、黍の葉で結んだ団子を出しました。
桃太郎はそれを見て、くすくすと笑いました。
「おばあさん。それはきびだんごではありません」
その後は桃太郎は青鬼がおとなしくなり、鬼退治という目的を失ったため、皆で仲良く暮らしましたとさ。めでたし、めでたし。