羊の監獄
初投稿です。
一度、通して読んでみてください。
書きたいことが伝われば、と思います。
拙いところだらけだと思いますが、どうぞ。
出られない。出られない。出られない。出たくない。
放たれない。放たれない。放たれない。縛られたい。
行かないで。行かないで。行かないで。こっちにおいで。
牢屋の外は暗く、一寸先は闇。
身を寄せ合い、足枷をつけ、見張りあう。
入るに難く、また出るにも難い。
難攻不落で門外不出。その格子を境に世界は一変する。
はじめまして。レディースorジェントルマン?少しクイズを出してもいいだろうか?なに、これからの話を読む前に少しでいいから考えてくれ?『世界中の羊を一つの柵に入れたい。それに必要な最低限の杭と紐の量を教えてくれ。』答え合わせは本編の後で。もしかしたら知っているかもしれないね?是非参考にしてくれたまえ。これから聞くのはそんな話だから。
「今日もいい天気ですね。」
「えぇ、本当に。こんな日は洗濯物がよく乾きそう。」
ある平日の昼下がり。通りの真ん中では、二人の女性が雑談に花咲かせていた。片方は郵便受けを見に出てきたのか手に新聞を持ち、もう片方は掃き掃除をするためであろう箒を持っている。
二人とも横しまの服にエプロンをつけている。どうやら二人とも専業主婦のようだ。そのうち話題は子供たちに移っていった。
「うちの娘ったら本当に落ち着きがなくて・・・」
「あら、おたくの志保ちゃん。クラスの中心でみんなをまとめてるらしいわよ?」
「え、そうなんですか?うちの子、学校での話全然しないから始めて聞きました。」
「孝志が言ってたのよ。志穂ちゃんは明るくて友達もいっぱいいるすごい子だって。」
「孝志君だって、すごい勉強ができるらしいじゃないですか。よっぽどうらやましいです。」
「でも、少し頭でっかちになりすぎよ。」
そんな話をしながらもまだ話題は尽きないようで彼女たちの与太話はもう少し続きそうだ。
少し時間がたち、放課後の公園。一度家に帰った子。学校から直接公園に来た子。この近辺に散らばっている公園はどこもそんな子供たちでいっぱいになっていた。
そのうち一つの公園は、遊具はそこそこあるが狭く目立たないところにあるため一つの公園丸々独占できる穴場スポットだった。今日はそこに五人くらいの男女が集まっていた。
「直人、おせえなぁ。」
「そうだね、志穂ちゃんなんか知ってる?」
「塾があるから自転車とってくるんだって。」
「うわぁ、まじめだなぁ。」
「良太くんは塾とか行かないの?」
「かんべんしてよ。なんで学校以外でも勉強しなきゃいけないんだよ。」
「麻紀ちゃん。良太のやつはああ言ってるけど、いっつもテストが返ってきた日は良太のお母さんの怒鳴り声が近所にひびいてんだぜ?
『良太!このままだと塾に入れるわよ!少しは孝志君を見習いなさい!』ってな。」
「やめろよ、将太。お前の声真似似てて怖いんだよ。」
そのとき、公園の表の通りからジャラジャラと金属質の音が聞こえた。
「あ、直人くんきたみたい。」
「ごめんごめん、おまたせ!」
「お前、遊びに来るときに勉強道具とか持ってくんなよなぁ。」
「そうだよ直人。」
「まぁまぁいいじゃない二人とも。直人くんもそんなに時間ないみたいだし早く遊ぼう?」
こうして彼らは限られた毎日を燃やしていくのだ。
この町内の一角に、幸せそうな家族の暮らす一軒家があった。
円満な夫婦と一人の息子。巨万の富もなく、尊敬を集める秀でた家系というわけでもないけれど、その町内の一部として確かに一丸となっていたのだ。
しかし、ある日突然その家の解体工事が始まった。
その家はビニールシートで四角く囲まれ、仕事の関係で転勤すること、おそらく戻ってこないので土地ごと売却したということが書かれた張り紙が、
ビニールシートの目につく位置に貼ってあった。通りゆく人はもともと家があった場所の変化に気づき、張り紙に目を通した。
しかし、一通り目を通すと納得し更地になっていく元家だった土地はそれそのものがただの風景へとなり下がった。
この場所が一番輝いていたのは、新築の家が建った時よりも、住人がいた時よりも、解体直前に奇異の視線をまんべんなく受けた時なのかもしれない。
そして
その更地は、住宅地の一角にあった。土地は売り渡され、新しい店子か何かが入る『はずだった』。
曰くつきというわけではないのだが、土地主が新たな事業に着手しようという片鱗も見えず、近隣の住人は土地でもなく更地でもなく、空き地となったその場所を町内の風景の一部であるように注意を向けることすらなくなった。
そして、ある程度慣れてきたころその場所に二つ変化が起こった。
一つ、空き地の地面に黒い鉄板が敷かれたこと
二つ、そこに牢屋が置かれたこと
まるで動物園の檻のように上が鉄板で蓋され、縦じまの柵がかこっていた。ただし足元だけ『背景』にある空き地と変わらず剥き出しの地面のままだった。
牢が設置された時から、中には一人の少年が座っていた。ジーパンにTシャツとラフな格好をした彼は、自由を叫ぶでもなくただ座っていた。
それを見た善意の住民たちは、一斉に抗議した。倫理を唱え人道を説き解放を求めた。
そしてかわいそうな少年に向かって
「君もそんな環境から出たいだろう?」「今すぐ救い出してあげるからね!」「そんなところに閉じ込められて…かわいそうに。」
と、涙ながらに語りかけた。しかし少年はその呼びかけに応じることなく、何とも言えない冷めた目で彼らを見つめた。
そうすると次第に、住民たちの抗議活動は下火になっていった。少年の態度は彼らの望むものではなかったからだろうか。
そのうち、町の風景だった空き地は牢と少年をおまけしたまま、また風景へと戻っていった。
少年は牢の中から、外を見ていた。
一時の間騒がしくなったことも気にせず。淡々と目に入る人を観察していた。
しかしそれもすぐに飽きた。なにせ通る人は老若男女かかわらず同じ格好をしていたのだ。
横しまの囚人服に、足枷の鎖。
最初は自分の眼がおかしくなったのかと思った。あまりにも当たり前のように囚人服で歩き、話し、過ごしているからだ。
次第に自分が間違っている感覚に襲われた。自分の持っていた記憶との齟齬に自分自身を信じられなくなった。
彼は普通の日常を過ごす普通の男子高校生だと自負していた。しかし、気づいたらこの牢にいた。
余りにも唐突で一方的な劇変だった。
これは夢じゃないのか。今までが夢だったのか。
夢にしてはリアルな質感。迫りくる人々のリアルゆえの熱量。そして何よりこちらが現実だった場合のむごさ。
少年は考えることをやめた。それと同時期に必死に語りかけてきた人々も顔を見せなくなった。
自分がかわいそうとも考えていなかった彼にとってそれは救いだった。また、自分が正しいと意見を振りかざす囚人服の彼らの抱える矛盾が滑稽であると同時に恐怖を覚えていた。
食事は近隣の住民が気まぐれに届けに来た。排泄物は牢の剥き出しの地面に穴を掘って埋めた。
そうして過ごしていくうちにだんだんと彼は空き地と共に、牢屋と共に、風景と化した。
囚人服の一般人に囲まれた、制服姿の囚人は、現状に耐えきれず、過去を断ち切れず、舌を断ち切って死んだ。
その死に様は、また一時期人々の目線を集め話題になったが、死体だけ片付けられるとまた、ただの空き地に戻り、次第に記憶から薄れられていった。