2-2 テンプレ君とミスリル鋼
話し合いを終える頃時間は丁度昼時の為そのままみんなで昼食をいただくことにする。食事をしながら主人に3人の宿泊費について相談する。
「ガストンさん、ウチの社員3人の宿泊費なのですが通常1泊2食で合わせて11Zなのですが1日あたり10Zで月額固定で300Zにして頂けませんか?それから当面ウチの社員に営業のお手伝いをさせたいのですがその際の昼食をまかないとしてお願いできませんか?。」
「いやいや、お前さんがたからこれ以上金をもらうつもりは無えよ。」
「いえ、公私混同は良くありません。契約に含まれているのは私の分だけですので社員の分はお支払いいたします、そこは宿屋としてキチンと受け取っていただきたい。」
「ああ、わかった。悪かったな、その条件で構わないよ。」
俺は大金貨を3枚支払った。その後セシールには宿屋の手伝いをする様に指示し他の二人を引き連れ外に出る。こいつら養うのに10Zはかかるんだ、遊ばせておく余裕など無い。とりあえず三人で冒険者ギルドへ向かう。
「まずデボラは冒険者ギルドで冒険者として登録してきてくれるかな?」
「えっ、冒険者ですか?しかしそれをユーゴ殿は昨日否定されたではありませんか。」
「別に冒険者になる事を否定したわけじゃ無い。それで生計を立てて皆を養う事が難しいと言っただけだ。今回の登録はあくまで会社の業務の一環、今回の木漏れ日亭さんのコンサルタントをする上で中堅冒険者をターゲットにする以上情報が必要になる。我社のメンバーで冒険者としての適性を考えればデボラしかいないからね。もちろん冒険者としての活動は会社としてサポートするよ。」
「そうですか…、それで私は冒険者となって何をすればよろしいのです?」
「そうだね、現状ハルムートの街に冒険者がどの位いてそのレベル分布がどの程度なのかを知りたい。あと一般的な依頼内容とそれに伴う報酬なんかもおさえておきたいな。それらをそれとなく調査して報告してほしい。」
そう言って登録料の金貨3枚にメモ帳とボールペンを渡す。
「あのぉ、これはなんでしょうか?」
「ん?これは紙とペンだよ。この紙は木を砕いてドロドロに溶かしたあと固めたものだ、水に弱いから濡らさない様注意してね。それからこっちがペン、キャップを取って書くんだけどインクは勝手に出てくるから何処でもすぐに書く事ができる。」
これに食いついたのはエディだった。
「何それ?そんなもの王都の学校でも見た事が無いよ!」
「ああ、故郷の筆記具なんだよ。他の二人の分も用意してるよ、何か気づいた事があったら書き留めておいてね。」
そう言って取り敢えずいまいるエディには渡しておく、早速興味深々だった様でボールペンを試していた。
「それじゃあデボラ、よろしく頼む。私達は生産ギルドに行くから帰りに迎えに来るよ。それまで可能な限りで構わないから調査しておいてくれ。」
そう言って冒険者ギルドでデボラと別れて生産区画へ向かう。
生産ギルドへ着くと受付には先日対応してくれた職員いた。
「先日はお世話になりました、おかげでさまざま検証が予定より早くすみました。」
「あなたは先日の、お礼には及びませんよ。ところで今日は?何かわかった事でもました?」
「ええ、各種原料の種類や品質などの詳細は把握出来ました。そういえば頂いたミスリル鋼は銀の不純物除去が甘く魔石の混合量が少なかった為ちょっと品質が良くなかったみたいですね。聖銀も同様ですが使い道がかなり限定されるものですし問題無いんでしょう。他に一緒に頂いた鉱石は有用性が高いものが多かったので入手が容易であれば沢山頂けると助かりますね。今日は鉄鉱石と綿花を多めに仕入れたいので相談に乗って頂けたらなと思いまして。」
「「えっ?」」
なぜか受付の人とエディまで一緒に驚いている、何をそんなに驚くことがあるんだ?
「ユーゴ兄さんミスリルと聖銀の精製方法知ってるの?」
「ん?銀と魔石を合金にするんだろ?聖銀は魔石じゃなく蓄光石の合金じゃないか、何をそんなに驚く事がある。」
「すみません、少しここでお待ち頂けますか?ちょっと上に報告してきますので。」
「…エディ君や、私はどうやらやらかしてしまったようだね。」
「本当にユーゴ兄さんは…、ミスリルも聖銀も教会が精製を行っていてその精製方法は秘匿されているんだ。今までその精製方法を解き明かそうと研究が続けられてきたけど現在何一つわかって無い。それなのにユーゴ兄さんったら精製に必要な原料を当たり前みたいに話すんだからそりゃあ誰でも驚くよ。」
「そうか…、つまり盛大にやらかしてしまいましたな、こりゃあ別室にご案内のパターンだ。」
そうこうしていると受付の人と一緒に先日も対応してくれた上司の人も大汗をかきながらやってきた。
「お世話様です、早速情報提供においでくださったとか。支部長が是非お話をお伺いしたいとの事です。お手数ですが支部長室へお越し願えませんでしょうか?」
「いえ情報提供に伺った訳ではありませんよ。それに支部長室ですか、できればご遠慮させていただきたいのですが。」
「なっ?そっ、そこをなんとかお願い致します!」
二人にすごい勢いで頭を下げられる。くそっ今日は何としてもムーランにルージュしに行かなきゃならないから厄介ごとは何としても避けたいのに、ここまでされるとさすがに断りにくい。しょうがない、さっさと話しを終わして要件済まそう。そう考えて渋々支部長室へ行く事を了承する。
支部長室につくとごついパゲたおっさんが座っていた。
「なんだか大層な情報を持ってきたそうだな?話しを聞こう。」
なんだこいつ、随分偉そうだな。まあ偉いんだろうが話しを聞かせてもらう態度じゃねえだろコレ。
「私からお話しする事など何もありませんよ。失礼させていただいて構いませんか?」
俺は上司の人にそう尋ねると顔を真っ青にする。
「ちょっ、ちょっとお待ち下さい。」
そう言うと支部長とコソコソと話し始めたかと思うと上司の人はいきなり支部長のパゲ頭をひっぱたいた、部屋中にピターンという良い音が鳴り響く。一体どうなってんだ?この上司の人は支部長より実は偉いのか?
支部長はパゲ頭に赤い紅葉を付けながら改めて話しかけてきた。
「私は生産ギルドハルムート支部の支部長をやっているグェンダル=ルフェーヴルだ。何でも有用な情報をお持ちだとか、どうかお聞かせ願いたい。」
「あの、何がどうなってるんですか?」
「申し訳ありません、公私は極力混同しない様気をつけているのですが余りにも目に余るものでしたのでつい。」
「フンッ、そいつは息子のギーだ。公衆の面前で男子の頭をはたきやがって、大体今までミスリル絡みのガセネタなんて腐るほどあっただろう。なんで今回はこんなに入れ込んでるんだ?」
「それにしても余りにも酷いからです、あなたは一体何様なんですか。今回は信憑性がかなり違う、ここでこのチャンスを逃したらハルムート支部は歴史に残る笑い者になってしまう。」
「何様だと?支部長様だろうが、だからこんな堅苦しい役職御免だったんだよ。なんで俺がこんな事せにゃならんのだ!」
「それはあなたが前支部長を半殺しにして叩き出したからですよ、自業自得です。」
「そいつはあの野郎が私腹肥やす事ばっか考えてふざけた事しかしねぇからだろうが。」
「そうですね、だからあなたもふざけた事などせず仕事をして下さい。」
「ぐぬぅ、鍛冶の腕はさっぱりの癖に口ばっかり上手くなりやがって。」
なんだか親子でコントが始まっている。
「身内のゴタゴタに巻き込んでしまい申し訳ありません。決して悪い人ではないのですが口ばっかりはどうにも悪くて。」
「ハァ、事情はおおよそ理解できました。それで何をお話すればよろしいですか?」
「よろしいのですか!?もしミスリルの精製方法がわかるのであれば是非ともお教え願いたい。」
「精製方法というか原料は先ほどもお話ししたように銀と魔石の合金ですよ。」
「なにっ!そいつは本当か?しかし魔石は割るとその力を失っちまう、どうやって銀と混ぜるんだ?」
何?そうなのか?知らなかった。そうなると確かに簡単には合金化は出来ないな、神の手使えば簡単だけど。実際にどうやってるかなんて知らないし神の手の事を話すわけにもいかない、ただここで知らないと言ってしまうと今後ミスリルの原料を揃えるのが困難になってしまいそうだしなんだよな。ここは俺も教会に倣って秘匿って事で教えられない事にしておこう。
「申し訳ありませんが具体的な精製方法は秘中の秘となりますのでお教え出来ません。ただ魔力が鍵になるとだけはお伝えしておきましょう。」
「「「本当か(ですか)!?」」」
なんかエディも一緒に驚いてるし、たぶんだけどね。ミスリル鋼を合金化する時に何故か魔力を持っていかれるからな。
「ユーゴ兄さん本当にミスリル精製できちゃうの?」
「いや、もし本当なら試しに精製してみてくれないか?」
「是非ともお願い致します。」
「いやいやエディ君、君の目の前にその物をずっとぶら下げてたじゃないか。このナイフは合金化したミスリル鋼で作ったナイフだよ。」
そう言って腰にぶら下げてたナイフを外し目の前に置いた。
「えっ?それミスリルナイフだったの?」
「そうだよ、合金化したミスリル鋼で作ったん…いけねっ、武器って勝手に作っちゃ不味かったんですよね?」
「そうですね、ではそれはあなたが?ちょっと拝見させていただいてよろしいですか?」
やっちまった、こりゃあ言い逃れできないな。この状況で逃亡なんて出来そうに無いしヤバイな。
「すっ、凄い。ミスリルをこうまでも完璧に御せるものなのか。それにこんな質のいいミスリル初めて見た。」
「おいっ!俺にもちょっと見せてみろ!」
支部長はふんだくる様にナイフを奪うと静かにナイフを見つめる、今までの騒がしさが嘘のように辺りが静まった。
その後なんとも言えない居心地の悪い時間が過ぎた後、支部長は唐突に口を開いた。
「お前さん、一体何者だ。扱いの難しいミスリルをここまで完璧に加工出来るなんて信じられねえ。それにこのミスリルもだ、こんな品質のミスリルは長いあいだ鍛冶に携わってきたが見た事もねえ。本当にミスリルの精製を出来るのか?」
「まあ出来ますね、何者かと問われればただの田舎者としかお答え出来ませんし。大体貴方もミスリルの加工には魔力を使うのだから材料さえ解れば精製にもそれが必要なのは察しが付いてたんじゃないんですか?」
「バレてたか、話しを聞いてなんとなくそうだろうなとは思ってはいた。という事は本当にこのナイフはお前さんが一から作り上げたんだな…。」
そう言うと支部長は再び黙り込み何事か考え出した。ハァ、もう勘弁してくれ、これじゃあ針の筵だよ。
「このナイフを俺の推薦で審査に出す。」
おもむろに口を開いたと思ったらなんかとんでもない事言いだした。
「支部長!突然何を言いだすんですか!?弟子でもない人を推薦なんて前代未聞です!」
「馬鹿野郎!だからお前は半人前なんだ。こんな凄えもん作れる人間をその辺に放置しちまったらそれこそ大問題だ。それに技術に経歴は関係無え、良いもん作れりゃそれこそが鍛冶屋にとっちゃあ全てだろうが!」
その言葉に今度はギーさんが何事か考えながら押し黙ってしまった。再びの思い沈黙に内心俺はもう帰りたいなんて考えているとギーさんは静かに話し始めた。
「わかりました、このナイフはこのまま献上し審査に回しましょう。そうすれば貴方が罰せられる事は無くなります、ただ一つお願いがあります。恐らくこのナイフは審査を通り製造権が認められるでしょう、その暁には新規工房を立ち上げさせていただきます。そうなった場合ギルドに定期的にミスリルを精製して納品してはいただけませんか?」
「お前!それはこの兄ちゃんに教会へ喧嘩を売れっていう様なもんだぞ!?」
「それはわかってます。だからこそハルムート支部の名にかけてそれを最高機密として秘匿とし守ろうというのです、もしケンカを売る事になるのならこのハルムート支部としてです。」
「しかしお前、信仰ってもんもあるし無理強いはできねえだろうが。」
話しが勝手にどんどん盛り上がって何やら大事になってないかい?まあなんか工房開けちゃうみたいだしおまけに製造権まで手に入っちゃうみたいだから俺にとったら好都合なんではなかろうか。
信仰に関しては全く無い、むしろ信仰の対象って俺がこんな事になっちまった原因の奴だろう。怨みこそあれ信仰なんてこれっぽっちもある訳ねえ。
「まあ信仰に関しては全く問題無いです、そもそも信仰の対象が私の場合全く違いますから。時にお二人に尋ねたいのですが、私はあまり生産者として名前を売りたくありませんし大分先になるかとは思いますが世界を旅して回りたいとも考えています。それに本業を持っておりますので工房にこもる事も出来ません、それでも問題はないのですか?」
「「「!?」」」
何やら三者三様の驚きを見せているが真っ先に口を開いたのはエディだった。
「ユーゴ兄さん、僕を置いて何処かへ行ってしまうの?」
「ああ、ごめんごめん。少なくとも成人になるまではエディ君を置いて何処かへ行くつもりはないよ。それにエディ君の事は実は色々と考えていて、事業が軌道に乗って資金繰りができる様になったら会社として再び魔法学校に復学して貰おうとは思っていたんだ。ただそれはあくまでもそこまでの資金繰りができる様になった場合だし現状出来る様になるかどうかもわからないけどね。」
「そんなっ、そんなの駄目だよ。ユーゴ兄さんにそこまで迷惑かけられないよ。」
「エディ君、前にも言っただろう。子供は大人にあまえていいんだ、魔道工学の勉強したいんだろ?出来ない事は私も出来ないとちゃんと言う。ただもし出来るなら可能な限りしてあげたい、せっかく夢があるのにそれを諦めるなんてもったいないよ。私は自分に出来る限りのサポートはさせてもらうつもりだよ。それにこれはエディ君だけの為だけじゃないから、会社としては充分メリットのある投資だと思っている。だから何も気にする必要なんて無い、思いっきりあまえて欲しいな。今さっき話した様に可能かどうかはわから無いしまだまだ実現なんて出来そうに無いから口約束の範疇を超えられ無いけどね。」
「ユーゴ兄さん…、ありがとう。本当にありがとう。」
エディはそう言うと泣きだしてしまった。困った顔をしていると何やら茹で蛸みたいに真っ赤な顔で支部長が口を開いた。
「お前…、実はいい奴だったんだな。なんかえらい生意気そうだし気に食わなかったが気が変わった。お前の心配は全く問題無い、ハルムート支部の名にかけてお前たちは何が何でも守ってやる。そもそもお前の名前が売れるのはウチとしても困るからな、旅に関しては行く前に予定を教えてくれ。ある程度打ち合わせが必要になるだろうからな。」
「ミスリルの安定供給が途切れてしまうのは頭が痛いですがそれはその時に考えればいい事です。それよりも短期間でもあの最高品質のミスリルが手に入る方がメリットが大きいですから。ところで信仰の件ですが、信仰の対象が違うという事は実は人族では無いという事ですか?」
「いやいや普通に人ですよ(異世界の人だけどね)、ただ私の信仰は教会の信仰対象の更に上位の存在である万物の源(セルフィーネ様)に対するものなのです。」
「一部信仰されている元素信仰ですか、ただそれはおおっぴらにはしない方が良いでしょう。教会は異端に対して容赦ありませんから。」
なるほど、そんな事になっているのか。やっば宗教は碌でもねえ、どこの世界も変わらんな。しかし今後本当に注意しないとな、知らないうちに敵作ってもしょうがない。
「しかし、よくよく考えりゃあこのナイフをこのまま献上するのは不味いな。こんなナイフ献上しちまった暁には大騒ぎになるに決まってる。取り敢えずこのナイフは目を瞑るからギルドに預けとけ、審査が通った後に返すからその時点で銘を入れれば誤魔化せるだろう。となるとどうだ、もう一振りこさえられるか?」
「まあ大丈夫ですよ、それじゃあ明日何振りか持ってまたお伺いしますよ。」
「そんなに早く、何処で製作するつもりなのですか?」
そりゃそうだ、適当に誤魔化しとこう。
「いやいや実は前に試しに製作したものですよ、宿に置いてあるのでそれをお持ちするという事です。」
「そうですよね、いや貴方に常識はもはや通用しないかと思って馬鹿な事を口走ってしまいました。しかしそんなに沢山密造してたなんて、本当ならば大問題ですからね。ギルドでお預かりするので製造した武器は全て持ってきてください。」
「すいません、それじゃあまた明日の午後にお伺い致します。今後の事はまたその時打ち合わせましょう。」
「そうですか、私共としては少しでも早く詳細を詰めてしまいたいのですが。」
「申し訳ありません、私も予定が詰まっておりまして。当初の予定とは大分違ってきているので大分押してしまっているんですよ。」
「そうですか…、それでは仕方がないですね。また明日、楽しみにお待ちしております。」
「ちょっと待て、俺はお前の事を名前すら知らん。自己紹介ぐらいしていっても罰はあたらねぇんじゃねえか?」
「これは大変失礼しました、私はユーゴ=ヨシムラと申します。ニホンという辺境出身で現在木漏れ日亭に居を構えております。本業はグランディールと言う会社を経営しています。」
「ニホン?会社?本当にお前さんの事はわかんねぇ事ばっかだけどまずはわかった。今後ともよろしく頼む。」
「ええよろしくお願いします。それではまた明日お伺い致しますので。」
そう挨拶を交わすとギルドを後にする。思いの外時間が取られ陽は大分沈みかけている、いかん急がねば。
俺はエディと共に冒険者ギルドへデボラの迎えに急いだ。