2-1 テンプレ君の仕事初め
今朝は素晴らしい目覚めの朝になるはずだったんだ、なんてたって今日から本格的なチート街道をスタートさせるはずだったんだから。にも関わらず最悪の気分で目が覚めた、目も股間も泣き濡らして寝たせいかガビガビになってるし。
取り敢えず湯浴みしたい、というか風呂に入りたい。しかし浴場には二度と行く気は無い、となると宿に風呂を作ってもらうしかないか。再建計画の中で提案はする予定だったから早々に計画をまとめて実行に移さないとな。
今日は必ず夕方までに仕事を終わらせなければいけない。さっさと支度して仕事に取り掛かろう。
俺は取り急ぎ湯浴みする為準備をして下へとおりた。食堂につくと奥さんが日課の水汲みをしている所だった、今日はいつにも増してやけに艶っぽい。
「あっユーゴさん、おはようございます。」
いかん昨夜のフラッシュバックが、いろんな情念が駆け巡り顔が引き攣る。
「おっおはようございますエマさん。」
取り繕おうとして声が上擦る、完全に不審者だ。
「どうかされました?なんだか体調が優れないみたいですけど。」
「だっ大丈夫です、昨夜少し飲みすぎたかもしれません。湯浴みをしてさっぱりとしたいので湯をいただけませんか?」
「そうですか、それならいいんですけど。私も昨夜は少し飲みすぎたみたい、久しぶり飲んだもんですから。お湯すぐに準備しちゃいますね。」
奥さんはそう言うと厨房へと入って行った。うまく誤魔化せただろうか?もういちいち気にしていたらキリがない、湯浴みして気持ちを切り替えて今日の業務を始めよう。
その後湯をもらい身も心もさっぱりすると部屋に戻り身支度を整え再び食堂へ向かう。食堂に着くと皆揃っている様だ、食事をしながら今日の予定を打ち合わせる。
「取り敢えず今日はこの宿の再建計画をまとめてしまおうと思います。食事を終えたら皆で打ち合わせをしたいと考えているのですが如何でしょうか?。」
「ああ、構わないぜどうせ客はお前達以外いないしな。かといっていつまでもこのままって訳にもいかねぇだろう。」
「そうですね、それではよろしくお願いします。君らも一緒に話し合いに参加する様に、もし意見があればどんどん出してもらって構わないから。」
「「「わかりました。」」」
その後食事を終え片付けが済むと早速打ち合わせを始める。
▼
「話し合いの前にエマさん、コップを用意していただいてもらえませんか?」
「ええ構いませんけどどうされるんですか?」
「ちょっと変わったお茶を作ったのでみんなで飲みながら話をしようと思いまして。」
前もって乾燥させた大麦を煎って作った麦茶を用意していたのだ。みんなの評判は概ね良好のようだ。
「ではさっそく話し合いを始めたいと思います。まず今現在この宿にあるお金を全て持ってきてもらえますか?」
「ああわかった。」
主人はそう言うと宿にある全ての貨幣を持ってきた。確認すると今あるのは1,387Zと530R。
おい、昨日の契約金と一人分の税金を除いたら殆ど無くなるじゃないか、宿の経営なんて既に破綻してるぞ。
まあいいか、それをなんとかするのが俺の仕事だからな。
「これで全部ですか?ギルドに預けてあるお金などはありませんか。」
「ああ、それで全部だ。そもそも商業ギルドには登録していないよ、俺たちは街から出たりする事が殆ど無いから登録してもメリットがあまりないからな。」
何て事だ、ギルドに加盟していないだと。有用性を説明して加入させないといかんな。
「そうですか、それではまず過去の精算をしましょう。借り入れているお金はいくら位ありますか?もしあるなら借用書などもご用意頂けると助かります。」
「そうだな、正直借り入れているのは俺の実家からだけだが金額はちと多い。500Zだ、借用書は用意してあるよ。」
「金額は小さくありませんが借り先が複数でないならば大変けっこうだと思います。借用書を見る限り利息も期限も無いようですからかなり良心的借入金ですね。」
「ああ、正直手切れ金みたいなもんだからな。去年頼み込みに行った時に最後通告は受けとったよ。」
「あなた、そんな事一言も…」
「いいんだ、どうせ実家にとっても俺は厄介者の四男坊だ。ここで手が切れてむしろ喜んでるよ、あんな奴らよりお前とこの宿の方がよっぽど大事だからな。」
あま〜い、ご主人なんてスゥイーツなセリフを吐くんですか。もう奥さんの目ハートマークになっちゃってるじゃないですか。こりゃ今夜も炎上間違いないね、俺はムーランにルージュしに逃げるけどな。昨日の二の舞なんてまっぴらごめんだ!
「そうですか…、緊急性は低いので計画的に積み立てて返済を行いましょう。他に掛けで仕入れを行っている物の支払など残ってませんか?」
「基本的に掛けでの仕入れをさせてくれるとこなんてそうそうねえからな。」
「では次に宿の経営とブランシュ夫妻の家計を切り分けます。一般的に生活をするのに一月どれぐらいの金額が必要ですか?」
「そうだなぁ、だいたい40Zもあればなんとか生活できるかな。ただ分けるのは難しいぞ、俺たちの食事は結局宿で出す物の残りだったりするしな。」
「そうねぇ、食事以外にも住んでる場所もお湯を沸かしたり冬場の暖をとるのも結局宿でだったりするから分けたら私たちが必要なお金なんて殆どなくなるわ。」
「そうですか、それでも切り分けた方がいいと思います。じゃないと正確なお金の流れが掴めませんし予算取りも難しくなります。食事などは福利厚生として考え月々の給与から割り引く形にしましょう、それから税金も計算が大変でしょうから給与から天引きして積立しておいた方がよろしいでしょうね。突発的な事態に備えた積立金は家計で別に積み立て下さい、いつ家族が増えるかもわかりませんしね。」
俺の言葉に二人の顔が真っ赤になる。
「おっおう、そうだな。」
「取り敢えずブランシュ夫妻の給与としてギリギリでは心配なので月に50Zを計上します。これで過不足があれば追って調整していきましょう。基本的に月末を宿の締日とし支払いは翌月3日としましょう。」
今あるお金から税金と今月の夫妻の給与を引くと1,037Zと530Rが残った。
「これが今木漏れ日亭で使う事が出来るお金となります。この金額を予算としてこれからの経営戦略を練っていきましょう。」
さあ予算も明確になったところで早速今後の経営についての話し合いが始められる。
「まずこの宿の方向性ですが、今後この木漏れ日亭はC〜D級の中堅冒険者の常宿を目指すべきだと考えています。彼らは収入もそれなりに安定している事と、連泊が前提の為宿の客入りが安定しやすい為です。それにガストンさんは元B級冒険者であり彼らの考えも理解しやすいでしょうし、なにか悩みなどの相談にも乗ってあげる事も出来る。反面、そのガストンさんの性格を考えるとあまり堅苦しい接客なんて無理でしょう。気取らないフレンドリーな接客が受け入れられる客層でそれなりの収入がある者となるとある程度客層は絞られます。無理に取り繕って営業しても必ず上手くいきません、つまり目指すべき方向は最初から決まっていたのです。」
「そいつはわかってる、だから当初は俺もそれを目指したがあいつ等金ができればさっさと大手のいい部屋へ移っちまう。かといって駆け出しの奴らも世話になってる上級となるべく同じ宿に泊まろうとするだろうし、そんな事やってるうちにジリ貧になっちまってな。」
「大丈夫です、ですから大手の中堅が泊まれるような部屋よりいい部屋を用意すればいいんです。」
「それが出来りゃあ苦労はしねえよ。」
「簡単に出来ますよ、ガストンさんが冒険者の頃部屋に求めていた条件はなんですか?」
「そりゃあお前さん、ゆっくり疲れをとれる事としっかり装備の手入れが出来る事だな。」
「そうですね、それが基本だと思います。では大手とこの宿の部屋で違うところはどこでしょうか?」
「そうだな、少しは広いんだろうが極端な差はねえだろう。ウチぐらいの広さがあれば装備の手入れに不自由する事はないはずだ、やっぱり寝台の違いか。」
「つまり寝台のグレードさえ上げれば極端な差はなくなるという事です。ただどうしてもブランド力に差がありますので同等ではなく圧倒的に上回るものへ替える必要はあります。しかし替えててしまえば部屋の設備で負ける事は決してありません。」
「しかしそんないい寝台用意する金はねえだろう。」
「そこは私がご用意いたします、もともと販売商品の一つとして考えておりましたので。」
「あのユーゴさんの故郷の寝具とおっしゃってらしたあれですか?」
「そう、あれです。あれを量産してこの宿に設置します。ちょうど販売先に心あたりがありますのでそちらへの販売を考えていました、その販売するにあたっての商業権の契約時に必要数分を物納する形にすれば問題ありません。ただ他の宿屋へ販売する気はありませんけどね、同業に売ってしまったらウチの強みが無くなってしまいますから。それでも結構な売上を上げる事が出来ると思います。他には風呂の設置をご提案いたします、設置費は寝台の販売益を充ててはいかがでしょうか。維持するのは大変ですがやはり大手に対抗するならあった方が良いでしょう。」
「風呂か、そりゃああった方がいいのはわかるが実はユーゴの個人的な事情と願望じゃねぇのか?」
主人がニヤニヤ笑いながら鋭い突っ込みを入れてくる、くそっここで引くわけにはいかない。
「そうですね、そこは否定しませんよ。それに激しい運動の後は身体中ベトベトになりますから風呂につかってさっぱりしたいですし。子供と一緒にゆっくりお風呂なんてのは夢ですね。」
「ユーゴ…テメェ、わかったよ茶化して悪かったな。」
夫婦して再び顔を真っ赤にした。デボラとセシールは察しがついて目を白黒させているがエディはなんの事かわからず一人首をひねる。
「まあ何にせよ大手では風呂を用意しているわけですからこの宿でも準備した方が良いでしょう。特に木漏れ日亭では今後石鹸の販売を開始するわけですから相乗効果も期待出来ます。それからガストンさんこれを見てもらえますか?」
俺はそう言って袋を取り出す。
「こいつは凄え、どうやったらこんなに真っ白でキメ細かくできるんだ。」
俺が取り出したのは神の手で作った小麦粉だ、ロータスの小麦粉は不純物が多くキメが粗いためパンを作ってもふくらみが悪く黒い。
「この小麦粉は段階的に挽き不純物を取り除きながら製粉された物です。この小麦粉なら白くフワフワとしたパンが作れるでしょう。」
「ああ分かった、こいつは楽しみだ。」
「やはりこの店の最大の売りはガストンさんの料理でしょう、ですが料金的に敷居がどうしても高くなってしまいます。そこで食事の料金の1Zは今のままで問題ありませんが選択肢を増やして300Rでパンとスープと副菜を提供しましょう。この小麦粉で作ったパンは柔らかく美味しいのですが反面満腹感が得ずらく腹持ちも悪いのです。すると追加でなんらかの注文が入る確率も上がりますので客単価の増加も見込めます。他には酒の質も上げましょう、やはり料理の味と釣り合いが取れていません。特にあのエールはいただけない、あんなエールを飲むくらいならこのお茶を飲んだ方がよっぽどましだ。このお茶は大麦を乾燥させて煎ったものを煮出しただけのものなのでかなり安価で提供できるでしょう。」
「わかった、ユーゴの提案を全面的に採用しよう。しかしすげえな、俺たちがどうしたらいいか悩みぬいてもどうにも打開策なんて見つからなかったのに数日泊まっただでこうもポンポンアイデアが出てくるなんて。」
「それがコンサルタントの仕事ですから、第三者の視点で問題点を洗い出して明確にする。そうすれば意外といい案も浮かんで来るものなんですよ。」
その後細部を詰め初回の話し合いを終了する。