1-14 テンプレ君生業を決める
朝目覚めると今日は雨が降っていた。寝るのが大分遅くなったから少し起きるのが遅くなったな。
着替えを済ませ下におりると奥さんが心配そうな顔で待っていた。
「おはようございます。ごめんなさい、食事の準備がまだできてないんです。実はあの人がまだ戻ってなくて……。」
なにっ? 早まった事をしなければいいと心配はしていたが、まさか……。
二人で青ざめた顔をしていると無事主人が帰って来た、しかし雨に濡れたその顔は険しく金策が上手くいかなかった事が伺える。
「あなた!」
「お客さん、遅くなってしまって申し訳ない。今準備するからちょっと待っていてくれ。」
「私の事は構いませんので休んでください、ずぶ濡れじゃないですか。それに昨夜は寝ていないのでしょう。」
「いやそういう訳にはいかねえ、お客さんは心配しないで待っていてくれ。」
いろんな思いを飲み込んで作った笑顔を見て俺は黙ってその言葉に従う事にした。恐らくこのままではとても眠る事などできないのであろう。
しばらく待つといつも通りのクオリティの食事が用意された、主人のプライドに頭が下がる。
「ご主人、疲れてるところ申し訳ないのですが食後少々お話があります。お時間頂戴できませんか?」
「んっ? ああわかった、それまで少し休ましてもらうよ。」
「よろしくお願いします。」
主人が少し落ち着けるよう時間をかけて食事を取る。
食べ終わる頃主人も一息ついて湯でも浴びたのか少しサッパリした顔でやって来た。
「昨日今日とすまなかったな。で、話ってなんだい?」
「あの、できれば奥さんも一緒に聞いてもらいたいんです。」
「嫁さんも? まあ、わかったよ。おーい、お客さんがお前にも話し聞いてもらいたいんだってよ。ちょっとこっちに来れないか?」
「はーい、今行くわ。」
奥さんが若干緊張した面持ちでやってくると主人の脇に座る。
「お二人共お忙しい中わざわざ時間を取らせてしまい申し訳ありません。お二人にご相談したい事がございます。」
「なんだ? どうしたそんなに改まって。」
「実は昨夜、奥さんからこの宿の現状をお聞きしました。」
「お前っ!」
「ご主人、奥さんを責めないでください。私が無理を言って聞き出したのです。」
「あんた本当に何者なんだ!? 何が目的だ!?」
「落ち着いてください、私は本当に偶然この宿に泊まったただの田舎者です。ただ泊まっている内にご主人の料理とこの宿の雰囲気のファンになってしまいましたが。何が目的かといえばこの宿の魅力をもっとたくさんの人に知ってもらいたい。ただ、現状側から見ていても来年この宿が存続できているとは到底思えない状況でしたのでご主人がいない中申し訳ないとは思いましたが奥さんに無理を言ってしまいました。余計なお世話とは思いますがいくつかご提案をさせていただきたい事がございます。」
「あんたが只者じゃないことぐらい分かってるよ、ただ悪い奴じゃないのも分かってるつもりだ。一体何を考えているのかわからんが……取り敢えずその提案とやらを聞いてみようじゃないか。」
「ではまずは私と商業権の一部の貸借契約を結んでいただきたい、販売品目は石鹸、期間は取り敢えず一年間でお支払いする契約金は1,500Z。」
「「えっ!?」」
「続いて私とコンサルタント契約を結んでいただきたい。これは経営戦略や運営の方針をご提案させていただきながら日々の営業をサポートさせていただく契約です。お支払いいただく料金は年間300Z。」
「いやいや、なんだそりゃ。何がどうなったらそんな話が出て来るんだ? それじゃあウチは1,200Zもの大金もらう事になる。そんな施しを受けるいわれはねえぜ。」
「お客さん、そんなのいけません。」
「お二人共落ち着いてください、唐突なお話なので戸惑われるのもわかります。ですがこれは施しなどでは決してなく純然たる商取引です。順番にご説明します、まず商業権の貸借契約ですが本来なら売上げに応じて使用料をお支払いする契約の方がこの宿に入る金額は多くなるだろうと考えられます。ですが現状を鑑みるに取り敢えず纏まった金額があった方が良かろうという考えと、販売実績がないため正確な最終売上が予想できない事から契約時に一括での支払いという形をとらせていただきたい。もちろん所属先への商業権使用料は別途売上に応じてお支払いいたします。私は石鹸を2Zで販売しようと考えています、市場価格は3〜5Zで品質は5Zの物どころか貴族が使っているであろうものよりも上です。使用料を入れてもたかだか1000個売れば利益が出る計算です。大口の契約を複数取れれば十分勝算がある、さらには髪用・洗濯用とバリエーションも豊富に用意していくつもりです。そう考えれば決して施しなどではなく、むしろ私の利益の方がかなり大きくなる可能性が高いのです。」
「しかしそれにしたって、なぁ?」
「ええ、所属契約のことは少し伺いましたけど。本当にそんな事が?」
「できます、あの所属契約書はそれ程のものなのです。木漏れ日亭の名の下であればいかなる物でも格安の使用料で販売可能です。ですから取り扱いに注意が必要なのです、もしこの契約内容を知る者なら喉から手が出るほどこの店を欲しいと思うでしょう。実際ご主人には何者かよりアプローチが在ったのでは無いですか?」
「ああ、嫁さんには話してないがこの宿を担保に金を貸そうかなんて話はいくつかあった。ただ俺はこの宿を継ぐ時、嫁さんの親父さんと嫁さんと宿を死んでも守るなんて約束したからな。自分が奴隷落ちしたって守らなきゃならん、そんな話は一も二もなく断っちまったよ。」
「やはりそうですか、まあまだ諦めているとは到底思えませんがね。それはわかった時点で対処するということでこの際置いておきましょう。私のお話が施しでも何でもなく、どこまでも商取引である事はご理解いただけましたか?」
「しかしあんた、この店の名義借りて石鹸売るのに1,500Zなんて大金になるって言われたって今ひとつピンとこねえよ。」
「私も額が大きすぎて全然頭が追いつきません。」
「まあそこは慣れていっていただくしかないですね、今年で終りなんて話ではなく来年以降もお願いしたい話ですから。それに今回はあくまで石鹸の話しであって、また別の品目も増えていくでしょうしね。」
「まあその辺はお前さんに任せるよ、俺はどこまでいってもしがない宿屋の主人だからな。」
「そうですか、ただ契約もありますので都度相談はさせていただきますよ。続いてコンサルタント契約のご提案の件です。正直現在本業の宿屋経営はかなり厳しい状況であると見受けられます、経営立て直しは急務と言って過言ではないでしょう。ですからその経営の立て直しのお手伝いとして雇ってはいただけませんか? 初年度ですし私もまだまだノウハウがあるとは言い難いのでお試し価格の300Zでお願いいたします。」
「雇うったってこの金額じゃあ人1人だって雇えやしない、ウチも余裕がある訳じゃあないがこの金額でっていうのは申し訳ないよ。」
「何も正規の従業員として雇っていただく訳ではないので問題ありません。あくまで経営上の戦略や方向性のご提案とそれに伴うサポートを行う契約ですので。それに私も別途商売を行いますので収入がこれだけというわけでもないのですから。」
「それにしたってなぁ。」
「それじゃ宿泊と食事もお付けするっていうのはどうかしら。」
「まあそうだな、それならウチだって支出が大幅に増えるわけじゃあないし悪くない。」
「気を遣わせてしまい申し訳ありません。それではそのお申し出、有難くお受けいたします。」
「そうか、それじゃあ今後ともよろしく頼むよ。」
「よろしくお願いしますね。」
「はい、よろしくお願いします。では早速今纏めた内容で契約書を作成してしまいましょう。」
話しはうまく纏まり契約書を作成、互いにサインを記入し契約を完了する。
「これで今後は一緒に働く仲間になる訳だ、堅苦しのは抜きでいこうぜ。そういやちゃんと自己紹介もしてなかったな。俺はガストン、ガストン=ブランシュだ。」
「私はエマ=ブランシュよ。大切な物をたくさん失ってしまうところだった、本当になんてお礼を言っていいのか。」
「奥さん、何度も話している様にただ助けるという訳じゃないのです。これは自分のためでもある訳ですから。それにまだ結果は何もでていません、これからなんですよ。一緒に頑張りましょう。」
「奥さんは無しよ、エマって呼んでね。そうね、これからよね。もうこんな思いしなくてもいいように頑張らなきゃ。」
「私も自己紹介しなければいけませんね、国の管理も行き届かない辺境のニホンという所から参りましたユーゴ=ヨシムラと言います、ちなみに32歳です。」
「「ええっ?」」
なぜそこで二人してそんなに驚く。
「すまねぇ、まさか年上とは思わんかった。」
「そんな、私よりも10歳も年上だったなんて。」
まぁ元の世界でも東洋人はえてして若く見られがちだからな。主人は30歳、奥さんはまだ22歳なのだ。
8歳年下の嫁さんか、羨ましくなんかないんだから! くそぅ。