1-13 テンプレ君宿の現状を知る
部屋に戻って寝間着に着替えベッドでまったりしてまどろんでいると不意に部屋のドアがノックされる。奥さん? まさかさっきの奴がまたイチャモンでもつけにやってきたか? そう思い慌ててドアを開けるとそこには髪を下ろし寝間着を着た奥さんが立っていた。
寝間着の生地は薄くそのボディラインははっきり見て取れるし、湯浴みの後なのかふんわりと石鹸の香りが漂う。アカーン、身体の一部が完全にアカーン。
「奥さん、どっどうかなさったのですか?」
「夜分にすみません。お客さんに折り入ってお願いがあって、少しお邪魔できませんか?」
「ええっ? 中にですか? わっわかりました、どっどうぞ。」
奥さんを中に迎え入れたはいいものの、俺は身の置き所がなくそわそわしていた。取り敢えず奥さんを備え付けの椅子に座らせ俺はベッドに腰掛ける。椅子に座った奥さんは不思議そうな顔でベッドを見る。
「あの、それは?」
「ああこれですか、故郷の寝具です。寝床が変わるとなかなか寝つきが良くないもので、勝手に置かせていただきました。」
「お客さんは本当に不思議な方ですね……。」
「そっ、それでお願いっていうのは?」
「あのっ、その大変お恥ずかしいお願いなのですが……、私を買ってはいただけませんでしょうか。」
奥さんは顔を俯いたまま言葉を震わせそう話した。
「かっ買う? 買うっていうとつまりそう言う事ですよね?」
「はい、キチンといただいた石鹸で身も清めてまいりました。お客さんになら構わないと覚悟を決めて伺いました。」
「私にならって、そんな……。いつもこういう事なさってらっしゃるのですか?」
「まさか! こんな事……、こんな事初めてです。それでもどうしてもお金が必要で……、私。お客さんはすごく優しくてとても紳士的ですし、それに私みたいなのにもそのちゃんと反応してくださるみたいですし。差し出がましいのですがご自分でされてらっしゃるのなら私でもと。」
そう話す奥さんの体はずっと震えている。いやぁやっぱ全部バレテーラ、あ〜あお恥ずかしったらありゃしない。
しかし今日の奥さんは美しいな、石鹸使って身を清めたって言っていたけどこんなに色白だったんだ。いつもどこかくすんでいて素朴な感じなんだけど今日はどこか色っぽさが漂い俺の利かん棒が『夢の据え膳だ! 美味しくいただこう!』ってずっと囁き続けている。
「ご主人はこの事ご存じなのですか?」
「あの人は何も知りません、私が勝手に決めた事ですから。それにあの人に話したら一も二もなく反対するでしょうし。」
俺は利かん棒の囁きを却下し続け暫し考え込む。
一体何がどうなってこうなった? 奥さんの申し出は非常に魅力的だが後々の事もあるしはいそうですかと受ける事はできない、何より俺のポリシーに反する事になる。
そう俺のポリシー、それは素人を決して買わないという事だ。元の世界でも主婦やら女子大生やらの援交話がSNSなどに溢れ(基本売春は法的に考えてNGですが女子高生は自由恋愛でもNGです)買おうと思えば幾らでも買えた。
だがそれは違うでしょうが、プロ意識の欠片も無く手軽なお小遣い稼ぎのヤカラ共など言語道断である。しかもケースを問わずその後に待っているのは双方揃っての不幸しかない。
従って俺は素人を買わん、何があっても買わん、それが俺のポリシーだ。風俗王の名は甘んじて受け入れよう。いいじゃないか風俗、彼女たちにも事情があって中には素人と変わらないようなハズレな子も多い。しかしお店に所属して仕事としてサービスを提供している、そう言う意味では覚悟が違う。
確かに今の世界は元の世界とは常識的にも大分違うのだろうがだからと言ってポリシーを捨てていいはずがない。だから俺は奥さんの申し出を受け入れる事はできない。
このまま利かん棒の囁きを却下し続けるのもしんどい、鞄に手を入れアイテムボックスを開きワイン染めした綿糸のショールを取り出すと奥さんの肩から掛けてあげると奥さんは身体をビクッと震わせる。
「奥さん、こんな事をしてはいけませんよ。」
「やはり私なんかじゃ駄目なんですね。」
「イヤイヤ奥さんの申し出は正直に申し上げて非常に魅力的です、ですから私みたいななどとご自分を卑下なさらないでください。ですが、私にも譲れないポリシーが御座いまして残念ながらその申し出をお受けする事はできません。それに私がこの宿を選んだのはご主人の料理が楽しみだったからです、ここで申し出を受けてしまっては今後ご主人の料理を心から楽しめなくなってしまうでしょう。何より私はご主人の事も奥さんの事もその仲睦まじいご夫婦の姿も大好きになってしまいました、それを私自ら壊す事なんてとてもできません。奥さんもご主人の事深く愛してらっしゃるのでしょう?」
「愛しています。何よりも大切で私もあの人の事守りたい、もう守られているばかりじゃ嫌なんです。だから、今こうしてここにいるんです。」
奥さんは顔を俯き震える声で絞り出すようそう答えた。はあ、厄介事はスルーの予定だったんだけどこんな状況じゃもう無理だ。それじゃそう言う事でなんて言える程俺も強くない、察する状況的にいって取り敢えずは金でなんとか凌げるだろう。その後の腹案も実はあるといえばある。まずは詳しい話を聞いていくか。
「もしよろしければお話しをお伺いできますか? 私にも何かご協力できる事があるかもしれませんので。」
「そんなっ、こんなお恥ずかしいお願いをした上にこれ以上ご迷惑をお掛けする訳には」
「だからこそですよ、奥さん。先程申し上げたように私はもうご主人も奥さんの事も大好きになってしまいましたから。それに状況次第なのですが一方的に助けるという訳ではなく私にとってもビジネスチャンスの可能性があるのです。だから、詳しい話をお聞かせいただきたいのですよ。」
そう話すと奥さんは戸惑いながらもこの宿の現状を話し始めた。
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現在ハルムートの街は急成長の真っ只中、宿泊業もその勢いを受けて当初は大いに賑わったそうだ。だが、次第に大手の宿が進出してきて大型の宿がいくつもできると次第に客はそちらへと集まる様になり個人で経営する小規模な宿の客足は遠のいていった。
大手の宿は設備も整い客室数も多く、金額設定も低料金から超高級まで幅広く受け入れ根こそぎ客を囲い込んだ。
冒険者たちも大手の宿の一流の部屋を定宿とする事がステータスとなり下のものもそれに憧れ同宿の安い部屋で下積みを重ねる様になる。
そうなると個人経営の宿にやってくる客はかなり限定的になり大手の宿からあぶれた様な者がほとんどでさらなる低価格化が進んでいく。それでは経営が成り立たないため奥さんや従業員を客にあてがい少しでも客単価をあげようとする店が増え現状宿場町には大手の宿かモグリの娼婦宿と言う二極化が進んでいるという事だ。
そんな中木漏れ日亭は取り残される形となり経営状態は悪化、主人もそれを良しとはせず冒険者を受け入れられる様にポーションを常備し提供したり料理を工夫したりと打開策を試行錯誤するもその結果は出ず現在に至る。
現在家計は火の車どころか完全に破綻しており今回の人頭税もまだ一人分しか用意できておらず、今夜の主人の用というのは実の所金策に駆けずり回っているとのことだ。
いやしかし、元の世界じゃよく聞く話しだがまさかロータスに来てまでそんな話し聞く事になるとは……テンプレファンタジーちゃうんかい! ギルドの無駄に高度なシステムといいどこまでもリアル過ぎるだろうが、現実だけどさぁ! なのに税金払えなきゃ即奴隷とか厳しすぎやしませんか?
まぁ愚痴っていても話しは進まん、今後の事を考えよう。宿の家計は想定内だ、むしろこの状況で一人分でも用意できている事に驚きだ。他に借金とかしていないんだろうか? この無駄にリアルな社会システムだと貸金業なんて大流行りだろうしおおいに心配である。帳簿の内容も確認しておきたいし商業権の内容も確認しないとな、その内容如何によって今後の予定が決まる訳だし。
ひととおり話しを聞き、考えをまとめ終えたため確認事項を一つずつつぶしていく。
「奥さんおおよその事情は分りました、加えて少し確認したい事あります。お伺いしてもよろしいですか?」
「はい、なんでしょうか?」
「まず、大変失礼な質問なのですが現在借入などはどの位ありますか?」
「すみません、お恥ずかしい話し借金の詳しい事は主人じゃないとよくわかっていないんです。主人の実家などから借りたりしていたみたいなんですけど……。」
「そうですか、では店の帳簿とかはどうですか? もしよろしければ拝見させていただけると助かるのですが。」
「帳簿ですか? 分りましたご用意いたします。」
「あっ、あと商業権使用のための所属契約書も確認したいのでご用意いただけますか?」
「はい、分りましたすぐにご用意いたしますね。」
そう言うと奥さんは羽織っていたショールを畳んで返してきた。
「それは差し上げますよ、もともと奥さんへプレゼントのために用意していた物ですから。」
嘘である、本当はムーランにルージュしに行った時好感度アップのため用意していた物だ。
「あとできれば着替えをして来てもらえると助かります。その、今の格好は少々刺激が強過ぎると言いうか……。」
そう言うと奥さんは顔を真っ赤にする。
「ごっ、ごめんなさい。ちゃんと着替えてきますんで。」
「私も着替えをして行きますので後ほど食堂でよろしいですか?」
「はい大丈夫です。あのっ、ショールありがとうございます。」
そう眩い笑みでお礼を言うと部屋を出て行った。泣きっ面の利かん棒を慰め、後始末をしてから食堂へ向かったのは言うまでもない。
食堂へ着くと奥さんは既に準備を終え待っていた。
「遅くなってすみません、少々手間取りまして。」
「大丈夫ですよ、私も準備できたばかりですから。」
「では早速帳簿を見させていただきます。」
帳簿はかなり酷かった。経営状態どうこうの前に帳簿と言うよりこれはメモ書きされた木の板で、一応収支を記帳してはあるのだがちょこちょこ計算が合わない部分も多いし見えなくなっている様なところもある。
「すみません、一応収支は書き留めているんですが。二人共あまり計算ができないのでどれだけ正確かちょっと自信ありません。」
「そう……ですか、でもこのままじゃあ不味いですね。」
そういう事情もある訳か、それじゃあしょうがないわな。まだロータスの教育水準がよく分からん、識字率とかもどうなっているのだろうか?
「今後お奥さんには計算も覚えてもらう事になると思います。」
もうこれは今までの事はリセットかけて一からやり直した方がいいな、リニューアルオープンの方向で計画を立てよう。
「今後の事はご主人も交えてよく計画を練りましょう。所属契約書も見させてもらってよろしいですか?」
「はい、どうぞ。」
所属契約書の内容を見て俺は息を飲んだ、所属契約書なんて初めて見るが一般的にこんな内容なのか?
「奥さん、この契約内容って一般的なのですか? それにしたってこれは?」
「他の契約書は私も見た事が無いのでイマイチわからないです。ただ父が生きている時に話しているのを少し聞いた時は随分優遇されているような事を言っていたような覚えがあります。なんでも先祖が所属元の貴族様のお命をお救いした恩賞としていただいたとかで。」
ですよねー、正直この契約内容おかしいもん。売上の15%って形だけの使用料で制限無しの商業権使用を許可、しかも無期限ってどんなだよ。 トドメにこの契約内容の変更は何があっても不許可だって、それしか書いてないんでやんの。つまり制限も罰則も何もない上それに後々気づいたからといってその内容を変更することすらもう誰にも不可能なんて恐ろしい代物だ、何を売り買いしても自由だし転貸してピンハネしても問題ない。だいたいこの使用料だって税金払ったら利益なんてもうないみたいなもんじゃねえの? あれっ、これヤバくねぇ?
「奥さん、この契約の内容を知っている人ってどれぐらいいますか?」
「えっ、内容ですか? どうでしょう、私は誰にも話したことなんてないし主人もこの辺は無頓着な方なので。父の代の頃になるとちょっと。」
「そうですか、では今後決して誰にも話さないでください。」
「あの、何か問題でも?」
「この契約内容を知ったら乗っ取りを仕掛けて何としても木漏れ日亭を手に入れようとする輩がワンサカあらわれます。」
「そんなっ、本当にそんな事あるんですか?」
「あります、私だったら普通に乗っ取りをかけます。それ程の代物ですのでちゃんと自覚してくださった方が安全です。」
「わっわかりました。以降気をつけます。」
「そんなに緊張されなくても大丈夫ですよ、普通はこういった契約内容をだれかと話す機会なんて無いのでしょう? そう自覚しておいていただければ大丈夫です。」
まぁ実はもうちょっかい掛けられていてもおかしくないけどね、まあそれは顕在化した時に考えればいいか。何よりこんな所属契約書があったら何でもできる、なんでこんな困窮しなきゃいけないのかわかんないって位幾らでもやりようがあるだろうに。まぁ二人は宿屋って事に囚われすぎてしまっていただろうしそれが普通かな、これ何げなく商業チートのルートも復活じゃないか?
「後はご主人が帰られてからどうしていくか決めましょう。もう大分遅いですし今日はゆっくりお休みください。」
「あの、私……一人じゃどうしていいのかわからなくて。それでもあの人は私のためになんとかしようと必死になってくれているのに全然力になれなくて、私のできる事しなきゃと思ったのに結局お客さんに迷惑かけちゃって……。」
ううっ、泣き出してしまった。泣いている女性をどう扱ったらいいかなんてわかんないよ、女性経験の無さが恨めしい。
「奥さん、大丈夫ですよ。みんな奥さんの笑顔に癒やされて十分力をもらっています。もう心配しなくていいきっと上手くいきます、だから安心してください。」
「はい、ありがとうございます。」
「お礼は上手くいった後で構いませんよ。それに先程も話したように私にとっても絶好のビジネスチャンスなのですから気にしないでください。それから今夜の事は二人だけの秘密にしましょう、ご主人に変な心配はさせたくないでしょ?」
あれっ、おかしいな。全然やましくないのにやましい事しているみたいな感じになっちゃってないか? まあいいや、男ならこんな事知ってもつらいだけだ。知らないでおいた方がいいだろう、全然やましい事ないけどな! 悔しいのは俺と俺の利かん棒だけだけどな!