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襲撃

 鈴木さんが俺に駆け寄り、肩をつかんだ。

「おう、ちゃんと五体がくっついてるな。戦車の砲弾でふっ飛ばされちまったかと思ったぜ」

 さすが辛辣しんらつな一言。でも、その響きからホントに心配してくれていたことは十分伝わった。

 俺は、何か粋な事を言葉にしたかったが、笑顔を返すのが精一杯だった。

 響子ちゃんの方を見ると、下唇をかみしめながら、精一杯に作った笑顔を俺に返してくれた。それで充分だった。

 伊集院さんとともに、柿崎隊員が歩いてきた。

「裕也君。無事で何よりでした」

「ありがとうございます」

 ようやく言葉が出た。

「隊長はどうなったか分かりますか?」

 俺は、一瞬言葉を失った。でも、皆に言わなければならない。

「奴に・・・やられました」

「・・・藤村は・・・もう一人の自衛隊員は」

「もう一人も・・・」

 柿崎隊員は、ごくりと唾を飲み込み、胸に突き刺さる痛みに耐えているような苦渋に満ちた顔で下を向いてしまった。

「奴は、先っぽだけ鋭く尖った形に硬直化させて、他は青黒いままタコの足みたいに動きまくってたんです。それで、2人とも先が尖った触手に・・・突き刺されて・・・」

 俺は、その瞬間を想い浮かべて、急に言葉が詰まった。

 あの時は、自分の身にも危険が迫っていて、他の感情はシャットダウンしていた。でも、その時の様子を話しているうちに、様々な感情があふれ出してきて、整理しきれなくなった。目から涙があふれていた。

 伊集院さんが俺の肩をつかむ。

「次は君の番だったかもしれない。2人に救われた命。それは君だけじゃない。俺達全員だ。2人の犠牲に応えるには、何としてもこの状況から生還すること。それだけだ」

 下を向いていた柿崎隊員が顔を上げた。

「伊集院さんの言うとおりです。我々は、生きてここを抜け出さねばならない。わたしは、隊長からあなた達を先導するよう命令を受けました。その責任を自分は全力で全うします」

 一個大隊が来ているのだから、俺たちのことなんて任せればいいのに、この人は、なぜそんな意志表明しているんだろう。そんなバチあたりな事を俺は考えていた。

「裕也君、君が我々の最後尾にいた。辛いかもしれませんが、他にどんな事があったか覚えていることを教えてください」

 俺は、自分が見たことすべてを話した。

 砲弾の着弾直前に全身が硬直化したこと、砲弾の爆発にもビクともしなかったこと、硬直化すると砲弾の爆発でも傷一つつかないほど堅くなること、などだ。

 柿崎隊員は、しばらく考えていたが、

「皆さんは、ここにいてください。上官に今の情報を報告してきます。自分が戻る前に、もし何かあった場合は、とにかくあの建物からできるだけ遠ざかって下さい」

 と俺達に告げると、どこへともなく走っていった。

 俺達の横を、戦車がマンションの方に向かって走っていく。

「裕也の話では、奴は硬直化すると、戦車の砲弾も効かなくなる。これだけの戦車でどうしようっていうんだ」

 と鈴木さん。

「それより、あの触手は、何に反応して硬直化してるかですよ」

 と、トラさんが言う。あ、トラさんいたの?随分久しぶりに声聞いた気がするな。

「それは、自分を傷つけようとするものに決まってる。だから、銃を撃った途端に固まったんだろう」

 と鈴木さん。

「じゃ、ガスバーナーの時は?あれだって、自分を傷つけるものだし、硬直化する気になればなれたのに、逃げるだけだった」

 とトラさん。

 そう言えば確かにそうだ。

「そもそも、銃やロケットに撃たれても、高校のグランドでは、硬直化なんてしなかった。なぜ、今回は硬直化したんだろう」

 トラさん質問のつるべ打ち。

「違いがあるとすれば、前は、バズーカや機関銃のようなデカい武器だったが、今回は人が運べる小さい武器だった」

 と伊集院さん。

「それで?」

「それで・・・って。だから、デカい武器には硬直化しないで、小さい武器にだけ反応するんじゃないか?」

 トラさんの突っ込みに、苦しい答えの伊集院さん。

「違うね。さっき見たでしょ。戦車の砲弾に反応して硬直化したのを。あれは小さい武器じゃない」

「・・・もしかしたら、学習したんじゃない?銃が発射されると、自分が傷つくことを学習して、それで今回は傷つけられないように体を硬直化させた」

 と響子ちゃん。なるほど。

「もしそうだとすると、僕たちはとんでもないやつを相手にしてしていることになる」

 ?どういうこと?

「つまり、高校にいたのと、マンションにいた奴は同じ個体ということさ。ミサイルの大爆発を逃れて、その直後には、マンションを襲い、銃が発射されたら体を硬直化させて防御することを覚え、獲物を丸飲みする前に僕たちを仕留めるすべを見つけ出した」

 トラさんは淡々と語っていたが、喜ばしいことは何もなかった。高校からこれだけ離れたところまで僅かな時間で移動できるなら、この街のどこに逃げても奴から逃げきることなんてできない。

 でも、どうやって移動したんだ。マンションに移動するまで奴の姿に出くわすことなんてなかったのに。

 その時、柿崎隊員が戻ってきた。

「この先にトラックが止まっています。皆さんはそれに乗ってこの場を脱出します。わたしについてきて下さい」

 俺達は、柿崎隊員の後についていった。

 戦車の後には、トラックや装甲車が並び、銃を持った自衛隊員が、何人も俺達と反対方向に走っていく。

「自衛隊はこれからどうするんですか?」

 俺は柿崎隊員に聞いた。

「これから、団地にいる怪物に総攻撃をかけます。空自も同時に空から攻撃をします」

「でも、体を硬直化させたら、どんな攻撃も無駄になってしまうじゃないですか」

「わたしもそう進言しました。しかし、武力行使は対処基本方針に基づくもので、発令された以上はそれに従わざるを得ないんです」

 ?対処基本方針?なんじゃそれ?

「とにかく、攻撃が始まる前にできるだけこの場所から離れる必要があります。急ぎましょう」

 俺達は、最後尾についていたトラックの荷台に乗り込んだ。

 柿崎隊員も乗り込む。

「もう立ち寄る所はありません。皆さんを安全な場所に送り届けるまでこのトラックは止まりません」

 柿崎隊員が言う。

 トラックの横についていた戦車が、トラックの前方に移動する。戦車が先導し、トラックは発進した。

 トラックは快調に飛ばしていた。

 本当であれば、これで助かったと両手を上げて喜ぶところだろうが、例え戦車に守られていても、トラさんのさっきの話を聞いたあとでは、あの触手にいつ行く手を阻まれるのかという緊張感で、誰もが押し黙っていた。

 俺は、反対側に座っている響子ちゃんを見た。

 響子ちゃんは、俺の視線に気づいてこっちを見た。大丈夫だと言う風ににっこり笑ってうなづく。俺も疲れすぎて笑い返すのが精一杯だった。

「ナンツ軍曹を知っていますか?」

 突然、柿崎隊員が言った。

「誰それ?なんか勲章でも取った人?」

 と鈴木さん。

「わたしの好きな映画の主人公です」

「なんて映画?」

「世界侵略ロサンゼルス最終決戦」

「そんな映画あったっけ?」

 俺も、そんな映画聞いたことないなあ。

「あまり知られてないかもしれませんが、ちょうど今のわたしたちと同じような話だなと思ったんです。ロサンゼルスが異星人に侵略されて、民間人を救うために海兵隊が戦う。圧倒的な力の差の中、敵のことが分かっていくにつれ、ナンツ軍曹たちはますます不利になっていく」

 なんか、たしかに今の俺達と境遇似てるかも。

「でも、ナンツ軍曹たちは犠牲を払いながらも、前進を止めない。決して撤退しない。それが海兵隊の合い言葉なんです。最後は無事民間人の救出に成功する」

「そりゃ、映画だから最後は助からないとまずいからでしょ」

 トラさんのきつい一言。

「確かにその通りです。所詮、人の頭で考えた絵空事に過ぎません。しかし、人間は100年前に絵空事だったことを現実のものにしてきた。潜水艦が海の中を行き、ロケットが宇宙を飛び、インターネットで世界中とつながっている。つい100年前に想像したことか、それとも最近作られた映画の中のことかの違いはありますが、人間の頭で考えたことに違いはない。映画と同じことは、現実の世界でも実践できる。わたしはそう考えます」

「でも、俺達はスーパーマンにはなれない」

 鈴木さんの一言に、柿崎隊員がうなづく。

「確かに作品は選びますけどね」

「で、そのナンツ軍曹は、どうやって民間人を救ったんだ?」

 と伊集院さん。

「彼らを守ったのは、敵のことを知るための分析力と窮地に立った時の決断力です」

「敵の分析。つまり弱点てことか」

「敵は火に弱い。硬直化していない時は俺達と同じで、銃でもやっつけられる。今のところ分かってる弱点はそれだけかな」

 伊集院さんの言葉に、鈴木さんが答える。

「火は弱点と言えますかね。奴は自分を傷つけるものが何か分かっていないけど、学習して体を防御する。銃や砲弾は自分を傷つけるものだと分かってるので、硬直化して防御する。ガスバーナーも自分を傷つけるものだと分かってしまったから、次に火を使う時は、硬直化して役に立たないかもしれない」

 とトラさんが言う。なるほど、確かに。

「いえ。そんなことありません」

 響子ちゃんが言う。

「団地の前に、あたしたちガスバーナーであの触手を撃退してます。その時、火は自分を傷付けるものだと学習していたはずです。なのに、あの時硬直化しないで逃げていった」

 そうか、ファミレスで触手を撃退したのはガスバーナーだった。そのことをすっかり忘れてた。

 そこにトラさんが突っ込む。

「じゃ、ミサイルは?火で硬直化しないとすると、ミサイル爆発の炎にやられてないのはどういうことなんですかね?」

 そのとおりだ。高校にいた奴と、団地にいた奴が別物でもない限り、どうしてミサイルにやられたはずの奴が団地にいたのか分からない。

 ん?別物?

「もしかして、マンションにいたのが、高校から逃げた奴じゃなくて別物だとしたら」

 俺は言った。

 全員が沈黙する。

「奴が何匹も街中をうろついてるってことか?」

 想像するだに恐ろしい。やっつけ方が分からない怪物が街中をうろついていて、その数が一体何匹いるか分からないなんて。

「それを確認する方法は一つだけです」

 と柿崎隊員。

「別物なら、高校に爆弾に焼きつくされた怪物の遺骸が残っているはずです。そこに遺体が残っていなければ、団地にいたのは高校でミサイルから生き延びた一体だけということ」

「高校に戻って確かめるしかないってことか」

 それは勘弁と言いたいように伊集院さんが言う。

 その時、突然トラックが止まった。トラックがバックを始める。

 やはり、出やがったか。

 覚悟はしていたものの、それでも全員の顔が緊張していた。

 戦車が火を吹く轟音がする。

 幌に目隠しされて、周りで何が起こっているのか分からないが、あの触手が現れたのは間違いない。トラックが止まり、前進を始める。

「どこかにつかまって下さい!」

 柿崎隊員が叫ぶ。

 トラックは、蛇行しながらスピードを上げる。体が前後左右に激しく揺さぶられる。

 幌の後に開いた部分から後方を見ると、銀色に固まった触手が見える。

 砲弾で全身を硬直化させたので、動きが止まったんだ。

 一部だけを硬直化させたら、触手は巨大な凶器になる。そうなったら、戦車だって貫くかもしれない。撃って撃って撃ちまくって、動けないよう全身を硬直化させる。それが、奴から逃げられる唯一の方法だ。

 戦車が砲弾を放つ音が続く。

 戦車って何発砲弾を積んでいるんだろ。そんなことをぼんやり考えている。恐怖感を紛らわせようと、脳ミソがありったけ他のことを考えさせようとしているみたいだ。

 だが、それも長くは続かなかった。

 コン、という堅い装甲を何かが貫いたような音に続き、戦車のキャタピラがカラ回りしているような音がする。

 戦車がやられた。

 その次の瞬間、トラックが右に急カーブした。

 トラックは道から外れ、どこかの広い駐車場に入ったようだった。

 そして、俺は、幌の後に開いた部分から見た。

 触手に真上から装甲を貫かれ、止まったまま路上に取り残された戦車を。

 戦車から鋭い先端部を引き抜いた触手が、トラックの方に迫ってくる。触手は空中高く先端部を振り上げた。

「真上から来るぞ!気を付けろ」

 伊集院さんが叫ぶ。

 次の瞬間、誰もいない幌の真ん中辺を、触手の先端が突き破って入ってきた。晴香ちゃんが悲鳴を上げる。

 触手は、手応えがなかったのであきらめたのか、すぐに幌から先端を抜き去った。

「皆大丈夫か?」

 伊集院さんの声に、全員がうなづく。

 俺は、後方を見た。

 触手はあきらめてなんかいなかった。

 触手は大きくしなって、再びトラックを狙ってきた。だが、今回は幌ではなかった。

 運転席を狙ったのだ。

 運転席の上の堅い装甲を突き破る音がする。   

 次の瞬間、トラックは左に急カーブし、右に傾いた。

 ちなみに俺は、幌の荷台の右側にいた。そして、その傾き加減から、俺はトラックがこのまま横転すると直感した。

「みんな、右へ!」

 伊集院さんが言い、自らも左から右側に移った。

 横転した時の衝撃を弱めるため、右側にいくよう指示したのだ。俺は、対面にいた響子ちゃんに手を伸ばした。

 響子ちゃんも手を伸ばし、立ち上がった瞬間、ガラスを突き破るような嫌な音がした。

 何かの建物に突っ込んだみたいだ。これで、横転を免れるかと思ったが、トラックはそのまま右を下にして横転した。

 響子ちゃんの手をつかんだことはなんとなく覚えてる。でも、次の瞬間、俺は、響子ちゃんの全体重をまともに受け、その衝撃で気を失った。

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