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団地にて

 トラックは10分もしないうちに止まった。

 後ろのほろが開く。

 俺たちより奥の方に座っていた自衛隊員が、規律正しく2列になってトラックから降りていく。

 最後の隊員が降りると、幌を開けた自衛隊員が言う。

「皆さんは、ここにいて下さい。何ごとも起きないとは思いますが念のためです。トラックから降りても構いませんが、遠くに離れた場合、探している時間はありませんので、置いていくことになります。トラックから降りたら、自己責任で行動して下さい」

 ミサイルのあの炎を見れば、怪物は殲滅されたと誰もが思うだろう。

 俺達だってそう思っている。

 だからと言って、トラックから離れていいという話ではない。

 晴香ちゃんなんか、一人で抱えていた悪夢を吐きだしてスッキリしたのか、響子ちゃんにもたれかかって寝てしまっている。もたれかかられている響子ちゃんもウトウトしかけていた。

 ふと気付くと、俺も眠気に襲われていた。

 いつの間に寝ていたのか知らないが、何かを感じてビクッと起きた。

 妙に静かだ。

 響子ちゃんやトラさんも寝ている。

 隣を見ると、伊集院さんも鈴木さんも寝ていた。俺がどのくらい寝たのか分からないが、自分で救助を要請したんだから、自衛隊が来たことが分かれば、住人の方から出てくるのが普通だろう。こんなに時間がかかるものだろうか。

 トラック降りたら自己責任。

 自己責任という言葉の重みは、俺をトラックから降りることをためらわせたが、トラックから離れなければ置いてかれることはないだろうと、一人トラックを降りた。

 10階建てくらいのマンションが、コの字を描いて立っている。俺達は、コの開いてる場所にいた。トラックは、右の建物に近い所に止まっていた。

 正面に立つ建物から左手の建物に目を移すと、屋外廊下を自衛隊員が何人か走っているのが見えた。

 ああ、住人が見つかったんだな。そう思った時、銃声が鳴り響いた。

 え?なんで銃声?

 背筋を何かが流れた。

 みんなを起こせ。

 俺は、トラックの荷台に戻った。

 伊集院さんと鈴木さんは銃声で起きていたが、反対側の3人は起きていない。

「起きて下さい。何か起きています。トラックの外で様子を見ましょう」

 俺は、トラさんの肩をゆすって起こした。

「お二方、起きてくれ」

 鈴木さんが寝ボケまなこで響子ちゃんと晴美ちゃんの2人を揺り動かした。

 伊集院さんと鈴木さんは、先に降りて、皆が降りやすいように、荷台の後の立ち上がっているところ(後あおり)の両側にある掛け金ハンドルを外して、立ち上がりを下ろした。

 トラさんが降りているのを見て、響子ちゃんと晴美ちゃんも眠そうに眼をこすりながらトラックを降りる。

「さっきの銃声は・・・」

 その時、再び銃声が響いた。皆、反射的に身をかがめる。

 トラックの運転席の方から、何か言っているのが聞える。

 運転席に残っていた自衛隊員が話をしているのだ。

「運転席に誰かいる。何が起こっているのか聞いてみよう」

 伊集院さんが運転席の方に行こうとした途端に、トラックが後にバックし始めた。

「おい、待て!」

 伊集院さんが、走りながら運転席の扉を叩く。

 だが、トラックはそのままバックを続ける。

「キャー!」

 後から晴香ちゃんの悲鳴が聞こえたので、トラックを追って走り始めた男連中は、一斉に立ち止まり後ろを振り返った。

 何か所かあるマンションの入り口から、大木のような触手が何本もはい出してきて、蛇が鎌首を持ち上げるようにゆっくりとその先端をもたげていた。

 伊集院さんが、周りを見る。

「そこだ!」

 伊集院さんはそう言うと、右にある建物の一番近くにあった入り口に向かって走り出した。

 鈴木さんとトラさんが、伊集院さんの後を追って走り出す。俺は、女子2人が気になって、横向きに小走りしながら後ろを振り返った。

 晴香ちゃん、駄々こねてその場から動かないなんてこと、もうしないよな。

 そんな俺の心配をよそに、スカートの裾をたなびかせて、女子2人が俺の目の前を走り抜ける。

 いいぞ、晴香ちゃんもいい走りだ!

 ようやく活発に動く晴香ちゃんの姿が見れたぜ。

 俺は、女子2人の後を追った。

「裕也!」

 鈴木さんが、絶叫する。

 その瞬間、凄まじい地響きで、俺はつまづいて倒れた。

 途端に、轟音とともに爆風が俺に吹きつける。大木のような触手がトラックを叩きつぶし、トラックが爆発したのだ。

 俺は、ゆっくり考える間もなく身を起こすと、みんなの元に走っていった。

 マンションの正面にぱっくり開いた入口は、扉のない階段室になっていて、部屋の半分は上に続く階段になっている。

 俺達6人は、階段ではないスペースに身を隠した。そこには、子供用の自転車が3台停まっていたが、それでも6人の姿を隠すことはできる。

 俺たちは、壁にぴったりと背を付けた。

 なぜか分からないが、壁と一体になることで、忍法壁変身ではないが、奴の目から逃れられるような気がしたのだ。

 何か固い物が背中に当たる。俺は、リュックを背負っていたことを思い出し、少しでも壁にぴったりできるように、リュックを下ろした。

 銃声がこだまする。自衛隊はまだ生き残っているのだ。

 一番入口に近い所にいた伊集院さんが、入口の角から触手の出てきた高層住宅の方を見る。

「おおい!こっちだ!」

 壁の際から身を乗り出し、大手を振る。

 そんなことしたら、奴に気付かれちまう!

 ヘタレの俺はすぐそう考えるが、伊集院さんは、まず生き残っている自衛隊員のことを考えていたに違いない。

 助けられなかった命の責任はみんなで共有する。

 ならば助けられる命は助ける責任も負うということ。伊集院さんは、自らにそんな厳しい責務を科したに違いない。

 そんなことを考えているうちに、4人の自衛隊員が階段室に飛び込んできた。

「トラックは?」

 自衛隊員の一人が聞く。

「あのデカい触手にやられた」

 鈴木さんが言う。

 その時、自衛隊員の一人が、外に向かって銃を発砲した。トラックの報復でもしようってのか?

「おい!やめろ!」

 最初の隊員が、銃を乱射する隊員を止めたが、銃声はすぐやんだ。弾切れだ。

「バカヤロウ!弾を無駄にしやがって!」

 乱射した隊員から、銃を取り上げる。

 自衛隊員たちは重そうに、銃を壁際に立てかけた。

 なぜ援護しない?まだ、外では銃声がしているのに。

「この銃は全部弾切れだ。残りの弾はみんなトラックに積んであった」

 俺の考えを読み取ったかのように最初の隊員が言う。

「とにかく、ここで持ちこたえることだ。間もなく、第二陣が来るはず」

「第二陣?」

「戦車を含む1個大隊がここに向かっているはずなのだ。5分置きの報告が途切れてた場合、緊急発動がされる」

「ミサイルを撃つことは?」

 俺は聞いた。

「自分も灰になりたいか?こんな至近距離では我々も丸焼けだ」

「第二陣はどのくらいで到着するんですか?」

「分からん。とにかく、到着を待つしかない」

 武器もなく、ここでどのくらい粘れると言うのだろう。

 その時、俺は思いだした。

 武器はある。調理用ガスバーナー。でも、これがあると分かったら奪い合いになる。

 大木の触手のあとは、俺達を飲み込む細い触手がやってくる。

 俺と響子ちゃんのガスバーナーだけでどれだけ持ちこたえられるか分からないが、やれるだけやってやる。

 みんなが外を向いている間に、リュックから簡易ガスバーナーを取りだした。オレンジのツマミを回し、シューという音がするのを確認。

 よし、行ける。

 俺は、ツマミを元に戻した。ガスを無駄にするわけにはいかない。

 俺は階段を背にして立った。

 触手がこの階段室に飛び込んできたら、バーナーの炎をお見舞いしてやる。

 その時、背後で何かが持ち上がるような気配を感じた。

 外を見ていた響子ちゃんが、俺の方を振り向いた。

「裕也くん!」

 響子ちゃんの視線は、俺の背後を向いていた。俺は後ろを振り返った。

 緑の大口が俺の目の前にあった。触手は、建物の外からではなく、階段の上から降りて来ていたのだ。

 ツマミを回せ!

 だが、俺の手は恐怖で全く動かなかった。俺は観念して、触手を背に正面に向き直った。緑の口に自分自身が飲み込まれるその瞬間を見たくない。

 響子ちゃんの叫び声で全員がこっちを向いていた。全員の目が凍りついている。

 ああ、ここまでか。

 だが、全員が凍りつく中で、響子ちゃんだけが、俺の方に駆けてきた。

 そして、いつの間に手にしていたのか、ガスバーナーのツマミをひねると、俺の方に向けバーナーの炎を噴射した。

 俺を焼く気かよ!

 狙いを定めたスナイパーのように鋭く冷たい目つきで、なんのためらいもなく炎を俺に向ける響子ちゃんの姿は、俺をちぢみ上がらせた。

 俺は、超人的スピードで身をかがめた。

 見事に炎を避けられた俺は、かがむのと同時に手に持ったガスバーナーのツマミをひねった。振り返ると、響子ちゃんのガスバーナーを食らい、触手が階段上に退散する瞬間だった。

 俺は、再び正面を見た。

 そこには、もう一本の触手が、階段室の外から響子ちゃんの背中を、獲物に飛びかかる前の蛇のごとく見つめ、宙に浮いていた。と言っても眼は見当たらないけど。

 俺は、響子ちゃんの背後に盾のように立ちふさがると、その触手に向かってガスバーナーを噴射した。

 触手は緑の口を開ける間もなく、階段室前から姿を消した。

 俺の背中が、響子ちゃんの背中とぶつかった。


挿絵(By みてみん)


 響子ちゃんが振り向く。俺も響子ちゃんを振り返った。

「大丈夫?」

 俺は響子ちゃんに聞いた。

「裕也君は?」

「俺は大丈夫」

「何言ってるんだい。頭の上を触ってみろ」

 鈴木さんに言われて、頭の上を触ると、脳天のあたりの毛が見事に縮れていた。見事に響子ちゃんのガスバーナーの炎を避けられて・・・なかったのね。

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