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自己紹介

 幌つきトラックの荷台に設置された横向きの座席に座り、トラックの振動に揺られている。

 俺の隣には、ガタイのいいサラリーマン、その隣が鈴木さん、俺の眼の前に若いサラリーマン、その隣が響子ちゃん、そのまた隣がトイレ少女という席順。

 そのトイレ少女の横には、いかにも入隊したばかり風のきりっとした顔だちの自衛隊員が真っ直ぐ前を向いて座っている。 

 誰だっけな。こんな顔したお笑い芸人を見たことがあるような気がするんだけど、どうしても名前が思い出せない。

 しばらくは話す話題もなく、ただ疲れに身を預けて黙りこくっていた。

「そう言えば、自己紹介がまだだったな」

 不意に隣のガタイのいいサラリーマンが言う。

「このメンバーでいるのもあともう少しだ。これきりの間柄になるかもしれんが、俺はみんなの名前を覚えておきたい。個人情報の問題もある。どうしても言いたくない人は教えてくれなくてもいい。じゃ、まず、俺からだ。俺は、伊集院。伊集院博仁だ。前の天皇と同じ名だが、字が違う。いつも名前負けしてると言われてるが、そんなのは名付けた親が悪いと、あまりに気にしないようにしている」

 この人、真面目なんだか、ふざけてるんだかよく分からなくなることがある。

「俺は、鈴木寛太。一宮大学の3年。バイトに明け暮れているうちに単位数落としそうになったんで、久しぶりに大学行く途中で、こんな目に遭遇。まあ、この1件で、俺にとっちゃ大学は鬼門なんだとあらためて気付かせていただきました。大変ありがとうございました」

 鈴木さんが、俺の方を見る。

 俺の番か。

「俺は、神埼裕也。室川第二高校2年生です。よろしくお願いします」

 俺はぺこりと頭を下げた。

「・・・終わり?」

 と鈴木さん。

「はい」

「趣味とか、クラブ活動くらい言えよ」

 げっ、クラブ活動。・・・アニメ部。

「言わなくちゃだめですか?」

「言いたくなきゃ言わなくてもいいけどさ。そちらの彼女との慣れ染めとかさ」

「そんなんじゃありません!」

 俺が再度否定する前に、響子ちゃんが叫んだ。

 でも、その声は怒って、というより、さびしげな響きを含んでいた。

 そのさびしげな響きを俺はみんなに悟られたくなかった。なぜだか分からないけど、突然言葉が出た。

「クラブはアニメ部。といってもアニメオタクほど知識がないので、もっぱら帰宅部に所属してます。ウチは男子校なんで、女子高生を見るとつい引き寄せられちゃうんですよね。で、混乱に乗じて、彼女・・・を引きずり廻しちゃった。とまあ、そんなとこです」

 何言ってんだ俺?全然、フォローになってねえし。響子ちゃんを「彼女」と呼ぶのにも少し抵抗があった。

「どうも、神崎君のニュアンスは、アニメオタクを少し馬鹿にしているようだが、その見識は変えた方がいいね。アニメに傾倒するのは一部のマイノリティだけと思ったら大間違いだ。今や日本のサブカルチャーが、経済に代わって世界を牽引しているんだからね」

 何言ってんの、この人?

 次、響子ちゃんに振ろうとした俺の思惑を、若いサラリーマンの言葉がぶった切る。

 おまけに、ところどころ聞いたことのないカタカナ文字が入る。俺の頭は「?」でいっぱいになった。

 この人俺の言った一部しか頭に入ってない。このメンバーの中に、まともな人は一人もいねえのか?

「ああ、僕は平田虎二郎。名前を聞けば分かると思いますが、よくトラさん、トラさんて言われます。伊集院さんと同じで、男はつらいよの寅さんとは、呼び方は同じでも字が違いますけどね」

 トラさんは、言いたいことを言うと、満足げな笑顔を浮かべた。もう少し普通の自己紹介をしようよ。

 響子ちゃんは、トラさんの方をちらりと見た。

 自分の番でいいのか分からなかったんだろうな。

 トラさんはそれに気づいて、どうぞ、と言わんばかりに大きくうなづいた。

「室川東高校3年、川村響子です。この春までバスケ部でした。趣味は漫画です。漫画と言っても、読むんじゃなくて描く方。最近は、漫画より、紙芝居の絵や絵本に興味が出てきたところです。美大に行きたいけど、授業料が高いので、授業料免除の特待生目指してるとこです」

「特待生は成績優秀者が推薦される。その枠に入るため勉強優先でバスケをやめたのか」

 伊集院さんが聞くと、響子ちゃんはうなづいた。

 バスケ部・・・。どうりで足速いわけじゃん。もしかして、俺の走るスピードに合わせてくれたんじゃねえだろな。おまけに特待生目指して、好きなことを我慢する辛抱強さ。全てにおいて、俺は彼女より劣っていることに気付いた。さらに、俺より年上・・・ああ・・・。

「これだけの窮地を生き延びたんだから、必ず特待枠に入れるよ」

 さすが鈴木さんのフォローは的を得ている。

 くそ、俺もあんな風に響子ちゃんをフォローしたかった。

「ありがとうございます」

 響子ちゃんは、ぺこりと頭を下げた。

 さて、残るはトイレ少女。トイレ少女は、皆と目を合わせることなく、じっとトラックの床を見ていた。

 響子ちゃんが、彼女の背中に手を回し、ゆっくりとさすっている。響子ちゃんは、目で「この子は自己紹介いいよね」と俺たちに語りかけた。

 俺がうなづくと、同じタイミングで伊集院さんと鈴木さんもうなづいた。

 その時、突然トイレ少女が泣きだした。

「ごめんなさい、ごめんなさい」

 響子ちゃんが、泣いているトイレ少女を抱きしめる。

 背中を何度かぽんぽん叩いているうちに、泣き声は嗚咽おえつに変わり、やがてゆっくりと泣きやんだ。

「いいんだ、何も言わなくても。もう少しで元の生活に戻れる。こうなったのは君のせいじゃない。君は君なりに頑張ったんだ。ここでこうして生き残っていることが何より大事なことなんだ」

 伊集院さんの声のトーンは真面目になるとすごく落ち着く。すると、トイレ少女が話し出した。

「・・・あたし、廊下にいたんです。ミノリと、廊下で話していたときに、開いている窓から、あの触手が飛び込んできて、ミノリを・・・」

 言葉が途切れた。

「その後のことはよく覚えてないんです。気づいたらあたし、廊下に倒れてて、気を失ってたみたいで・・・。遠くで、階段を駆け降りるような音がして、あたし階段ところまで行ったんです。そしたら、階段の下の方から男子の悲鳴が聞こえて、あたし、もうどうしたらいいか分からなくなって・・・」

「それで、女子トイレに駆け込んだのか」

 鈴木さんが、途切れた言葉をつないだ。トイレ少女がうなづく。

「・・・しばらくしたら、柴田先生が・・・。女の先生がトイレに入ってきて、大丈夫だから出てきなさいって言ったんです。あたし、助かったと思って、扉を開けて出ました。その時、窓から触手が入ってきて先生の頭を吸い込んだんです。先生は伸ばした手であたしの手をつかみました。あたし、先生を助けようとして手を引っぱったんです。でも、すごい力で、あたしも窓際まで引きずられて、・・・手を離したんです」

 彼女はその時に、プールに奴が陣取っているところを見たのに違いない。

 俺は、サラリーマンが目の前で吸い込まれた瞬間を思い出した。俺はあの時、感情をシャットダウンしてしまったが、彼女は何とかしようと、果敢に奴に挑んだんだ。・・・結果は負けたけど。

 動こうとしない彼女にイラついた自分が急に恥ずかしくなった。眼の前で人が飲まれる経験を2度もしたら、前に進もうとする気力がなえてしまうのは当然だ。

「・・・よく話してくれたね。ここにいるみんなは同じような経験をしている。君だけじゃない。助けようとして助けられなかった命の責任は、みんなで共有するんだ。決して一人で抱え込まないこと。いいね」

 伊集院さんの言葉に、トイレ少女が顔を上げた。

「あんたがプールに奴がいることを教えてくれなかったら、今頃、自衛隊もろとも奴の餌食になっていたかもしれない。先手を打ったから俺達は生き残れたんだ。俺はそのことを決して忘れない」

 鈴木さんが言う。

 トイレ少女は、鈴木さんを見て、次に響子ちゃんを見た。

「なんて呼べばいい?」

 響子ちゃんがやさしく聞く。

「晴香。三条晴香。室川第一高校1年」

 1年。俺より年下だ。まあ、こんなところで、年齢を気にしててもしようがないか。

 晴香ちゃんの隣に座っている自衛隊員が、真一文字に歯を食いしばっていた。

 泣いているのか?と思うくらい唇をかみしめている。

 俺達の会話をずっと聞いてたんだな。随分情にもろい自衛隊員だな。

 それにしても、誰に似てるんだろ。

 お笑い芸人の名前が出てこない。

 きりっとした顔が泣くのを我慢している表情を見て、吹き出しそうになる自分がいるのを俺は必死で抑えこんでいた。ここは、笑うトコじゃないからな。

 その時、急にトラックが止まった。

 運転席と荷台の間の窓が開く。

「この近くの団地から、救助要請がありました。救助人数がどのくらいになるか不明のため、全てのトラックがそこに向かいます。ちょっと迂回しますが、人命救助のためです。了承下さい」


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