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室一にて

 背広を着たサラリーマン風が5人。OLさんが2人。女子大生2人。これ、服装から判断。二十代の男性1人。年齢は見た目。それに、園児の男の子1人とそのお母さん。総勢12人。

 俺達混ぜて14人の大所帯。

「君たちは、どこから逃げてきたんだ?」

 サラリーマンのうち、一番年長そうな人が聞いてきた。

「川から逃げてきたんです」

「川から?俺たちはそこから逃げてきたんだ。ここにいる人たち以外、残ってなかったはずだぞ」

 二十代男性が言う。

「俺たち、あのタコの足みたいのが現れてすぐ川から離れたんです。地べたにはいつくばってたらいなくなったんで、それですぐに」

「そうか・・・」

 最初の年長者が、ため息をつくように言う。

「あなた達はどうやって?俺達が逃げてきた時、川からここまで、誰もいなかったはずなのに」

「あたし達、車の中にいたの」

 俺の問いに、OLさんの一人が答える。

「みんな、車の中に?」

 響子ちゃんが聞く。

 何人かがうなづく。

「車の中にはこれしかいなかったんですか?」

 響子ちゃんの一言に皆が口をつぐむ。

「他の人は・・・」

「他にももっといたさ!でも、車の中にいたら、太い触手が車を叩きつぶし始めて、慌てて車から出てきた人たちはみんな奴らに飲まれてしまったんだ」

 嫌な記憶を吐き出すように、二十代男性が言う。

 な、何てっこったい。俺がヘタレの言い訳にしたことがホントに起こっていたとは・・・。

 OLさんが泣きだす。

 よほど、凄惨な光景だったんだろうな。

「ご、ごめんなさい」

 響子ちゃんがしつこく聞いたことを謝る。

「それで、君達はこれからどうするつもりだったんだい」

 一呼吸おいて、年長のサラリーマンさんが言う。

「この先に室川第一高校があるんで、そこに行こうとしたんです。そこなら、誰かいるかなって思って」

「この先に高校があるのか?」

 一番若そうなサラリーマンが言う。

「高校なら防災無線があるはず。外と連絡が取れるかも」

「無線使えるんですか?」

 と俺。

「趣味でね。それでどこかと連絡を取ることができるかも」

「でも、皆さんなら、どなたか携帯電話持ってるんじゃ」

 と響子ちゃん。

「回線がパンクしてて、どこにもつながらないよ」

 そりゃそうだろ。これだけのことが起こってるんだから、みんな一斉に電話かけまくるもんな。

 便利そうで肝心の時に役に立たない文明の利器。

「よし、とにかく、高校に向かおう」

 年長の人が言った。

 その広い通りには、3、4階建てのビルが多く並んでいるが、一本中に入ると、そこには住宅街が広がる。

 その住宅街の中に室一はあった。

 俺は、家々を見たが、中に人がいる気配はなかった。

 みんなどこへ消えた?

 あのファミレスどころか、川からこの住宅街まで触手が届いたってこと?

 いったいどんだけの長さがあるんだ。そうなれば、今ノコノコ歩いてる俺たちだって危ねえじゃねえか。

 やべえ、ヘタレ根性がむくむくと起き上って来やがった。

 早いとこ建物に入らなきゃ。俺はいつの間にか先頭になっていたが、振り向くと、響子ちゃんは、保育園男児の親子に付いて、一番後ろを歩いていた。

 俺のビビりをよそに、触手が俺たちを襲ってくることはなく、無事室一までたどり着けた。

 広い校庭の横に、校門から昇降口まで続く通路がアスファルトで舗装されている。校門も全開、昇降口も全開で、難なく校舎に入ることもできた。

「職員室は2階か」

 男達が、2階へ向かおうとした時、後ろの方で、女子達が何やら話し始めた。

「どうした?」

 ガタイのいいサラリーマンが言う。

理久りくちゃんが、トイレ」

 と、さっき泣いていたOLさんが答える。

「理久ちゃんて?」

 保育園男児が手を挙げる。

「ボクです」

 結構しっかりした声だった。

「そうか。次はいつトイレ行けるか分からないから、今のうちに行ける奴は行っておいた方がいいな」

 年長者が言う。

「じゃ、俺は、先に職員室行って防災無線を探します」

 若いサラリーマンが年長者に言う。

「頼む」

 どうやら、年長者がリーダーになってくれてる。

 俺は言うこと聞くだけでいい。

 と、ふと気付いたら、俺も尿意をもよおしていた。いいぞ、理久。俺もトイレにつきあうぜ。

「裕也君、何かあったらこれね」

 響子ちゃんが、ガスバーナーを片手に握っていた。俺は、その言葉にうなづいた。

 俺達が何ごともなく用を済まして、2階に上がってくると、若いサラリーマンが防災無線を使ってどこかと話しているところだった。

「・・・・分かりました。他の生存者にも伝えます」

 そう言って無線を切った若いサラリーマンがこっちを向いて親指を上に向ける。

「15分で自衛隊のヘリが校庭に来るそうです」

 やった!

 歓声が上がる。お互いの顔を見あって、笑顔になる。OLや女子大生たちと手を握り合って喜んでいた響子ちゃんが、俺の方を振り向いて駆けてきた。

 響子ちゃんは、俺の前で立ち止まり、何か言おうとして少し考えたあと、少しうつむき加減で言った。

「裕也くん、ありがと。あなたがいてくれなかったら、あたし生き残れなかった」

「それはお互いさまでしょ。響子ちゃんのガスバーナーがなけりゃ、俺だって今ここにいない」

 響子ちゃんが、顔を上げて笑顔になる。

 俺の目を真っ直ぐ見ている響子ちゃんの目。

 あれ?眼鏡の奥の目、結構つぶらで可愛いじゃん。なんかウルウルしている感じの二重の目は、俺の好みそのものだって気づいた。

 まったく、助かったと思った途端にこれだぜ。

 人は、緊張感が解かれたときに近くにいるものに安心感を抱くので、例えばそれが男女なら相手のことが好きなることもあるなんて、たしか何かのテレビでやってたな。

 どんなブスでも天使に見える。そんな錯覚に違いない。やべえやべえ。

「今、25分だから、35分になったら校庭に出よう。ここまであの触手が飛んでくるとは思えないが、ぎりぎりまで建物の中にいた方がいい」

 年長者の意見はみんなの意見と同じだった。でも、俺は思った。

 触手が飛んでこないなら、住民はどこに?

 まあいいや。その心配もあと10分。

「そう言えば、生徒も先生も見えないが、もしかしたら建物のどこかに隠れているかもしれない。手分けして探そう」

 ガタイのいいサラリーマンが言う。

「いや、まとまっていた方がいい。バラバラになるのは危険だ」

 と年長者は慎重な意見。

「5分だけです。30分までにここに戻る。この建物は四階建てだから、三階と四階を3人がかりでやれば3分もかからない」

 3人で手分けすれば、確かにできそう。

 男は、俺を入れて7人。ああ、理久を除いてね。

「よし、そっちの3人は3階、こっちの3人が4階。権藤ごんどうさんはここに残って下さい」

 ガタイのいいサラリーマンが年長者に言う。

 あの年長者は権藤さんて言うのか。

「30分までに戻るんだ。直接部屋を見なくても、大声で叫べばいい。行くぞ」

 班分けは立ち位置で決められた。

 俺は、ガタイのいいサラリーマンのすぐ近くにいたので、4階だった。テキパキ指示されたその勢いで、ガタイのいいサラリーマンの後を追って俺は走り出した。

 階段を駆け上りながら、ガタイのいいサラリーマンが言う。

「こんなことでもなけりゃ、女子トイレには入れないぞ!」

 あんたの目的はそれかい!

 ツッコミを入れたくなったけど、なんとなくまじめ一辺倒の人じゃなくて嬉しくなった。

 もう一人は二十代男性。俺達3人は4階に着くと二手に分かれた。

「君たちは、そっちだ。俺はこっちに行く」

 ガタイのサラリーマンは、階段を上りきると、右に折れた。俺と二十代男性は左に折れる。

「おーい、誰かいるか!自衛隊が来るぞ!誰かいたらすぐ校庭に行け!」

 二十代男性が大声を叫びながら走る。

「俺が教室を回る。トイレの中を頼む」

 二十代男性が言う。

 俺が、二十代男性の方を見ると、俺に向かってニヤリとした。

 分かりました。女子トイレは俺にお任せを。

 いや、その前に男子トイレだ。俺は、男子トイレの扉を開けた。

「誰かいるか!自衛隊が来るぞ!校庭に出るんだ!」

 言いながら、掃除入れや大便器の扉を開ける。誰もいない。当然だよな。男子トイレを出て、女子トイレの前に立つ。

 入ろうとして、条件反射的に赤い女子マークの前で一瞬立ち止まったが、すぐに頭を切り替えて扉を開けた。

「誰かいませんかー。自衛隊が助けに来ますよー。いたら、校庭に出て下さいー」

 誰もいないと分かっていても、なんとなく丁寧語になるのは女子トイレを意識してのことなのかな。

 一応、扉を一つ一つ開けていく。

 一番窓際の最後の一つ。

 開かない。

 中から鍵が架かっている。扉をこんこんノックする。

「誰か入っていますか?」

 その時、二十代男性が、女子トイレの前に来た。

「何、女子トイレだからっていつまでも長居してんだよ」

「違いますよ。開かないんです。この扉が」

 二十代男性が女子トイレに入ってくる。

 扉が開かないのを確認。

「中に誰かいるのか?」

 何も声がしない。

「くそ、時間がねえ」

 二十代男性は、トイレのパーテーションの上に手をかけ、窓の枠に片足をのせて身体を持ち上げると、パーテーションと天井の間からトイレの中を覗き込んだ。

「・・・大丈夫か」

 二十代男性が、トイレの中の誰かに話しかけている。やっぱり中に誰かいるんだ。

 中で、かすかに動く音がする。

 二十代男性が中にいる誰かを諭すように、

「大丈夫だって。俺達あんたを助けに来たんだ。もうすぐ自衛隊が来る。鍵を開けてすぐ出るんだ」

「も、もういや!あなたも先生みたいにやられるわ!」

 中から絶叫のような女子の声が聞える。

「先生?」

 二十代男性が独り言のように言う。

「大丈夫だ。あの触手みたいなやつはどこにもいないよ」

 と俺。

「嘘!まだ、プールの所に奴はいるわ!」

「プール?」

 俺は、トイレの窓を開けた。4階から下を見下ろす。

 プールは、校庭と反対側の裏手にあって、窓から外を見ると右の方にあった。

 だが、水が張ってあるべきその場所には、青黒くヌメヌメしたタコの頭を巨大にしたような何かが陣取っていた。

 まじかよ、本体がいる所に来ちまったのか、俺達・・・。


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