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橋の上で

 俺の名は、神埼裕也。


 室川むろかわ第二高校の2年生だ。室川第二高校は、その名のとおり、街中を流れる室川の土手沿いにある、県内で3番手の県立高校だ。

 何が3番手かって?

 そりゃ、成績に決まってんじゃん。それ以外のものは、下から数えた方が早いかな。

 昔は、室一むろいち(県立室川第一高校の略)と、1、2を争ってたらしいけど、今は、室東むろひがし(県立室川東高校の略)に抜かれ、3位に甘んじている。

 なぜ、こんなこと長々と説明するかって?

 それはね、俺は、成績も中くらい、突出した能力もない、平凡な高校の平凡な高校生だということを言いたいわけ。


 部活は、アニメ部。

 部活と言うより、任意団体だな。

 部室は与えられているけど、部費は学校からは一銭も出ない。集まりたいときだけ集まりたい連中が部室に集まって、アニメ談議に花を咲かせている。あとは、部員とは名ばかりの帰宅部員だ。

 俺は後者。家に戻ると、パソコンを立ち上げて、今日もネットの世界に入り浸る。そんな毎日を送っている。


 ウチの高校は男子校。

 室一はなぜか男女共学なのに、室二むろにだけが男子校。

 先に紹介した室東も共学だけど、なぜか圧倒的に女子が多い。もともと、県内では有数の女子の進学校だったんだけど、5年前に共学化して、室一に及ばなかった男子が室東に流れたんだよな。

 でも、流れた男子の半分は女子目的なんだろうな。なんつったって、ノンノだったか、HMVだったか、HRなんとかいう雑誌に紹介されたくらい制服が可愛いんだよね。当然それを着る子のレベルも他校に比べりゃ上がってくる。


 我が母校への通学路は、室東の近くにある。と言っても、急いでいる時は通らないけどね。そういうときに、見かける女子はやっぱ、レベル高い。

 まあ、俺なんかヘタレだから、声なんかかけたことねえし、可愛い子の面影を脳裏に刻みつつ、家に帰って、ロリ系ゲームに没頭するのが関の山。ロリ系ゲームに飽きると、ネット小説に没頭。

 高校2年になって、そろそろ進路も考えなきゃと考えつつも、とりあえず、時間が来ると食べ物が出て、部屋に戻ればいつでも寝れるベッドがある生活は、俺をニートに誘う。


 ああ、俺もこうして、ネトゲ廃人化していくんだな、なんて他人事のように最近思うようになってきた。

 ネット小説の主人公みたいに、この世に分かれを告げて、異世界に転生できたらな、と真剣に思う時がある。

 まあ、そんな勇気ないこと分かってるんだけどね。

 主人公にはなれなくても、脇役でもいい。何か、自分がこの世に生まれたそのあかしを誰かの記憶に刻みたい。

 そんな、どうしようもなく小さくて、しようもないことを心の奥底に抱えて、今日も昨日と同じ通学路を室東に向かって・・・いや、わが母校に向かって自転車を走らせていた。


 室川には、3本の橋が架かっている。

 遠回りでもよければ市内には全7本橋が架かっているんだけど、交通の便を考えると、この3本に集中する。

 当然、朝の橋は大渋滞。

 それを横目で見ながら、橋の両側に設けられた歩行者・自転車用の歩道を快調に飛ばしていく。

 橋を渡りきろうとしたその時、反対側から来る人が俺の方を見て、立ち止まっているのに気付いた。

 俺、なんかした?

 思わず自転車を止めた。

 で、よく見ると、その人たちは、俺じゃなく、俺の背後を見ていることに気付いた。

 で、俺もなにげに後ろを振り返ったわけだ。

 まず、目に入ったのは、自転車をこいでくる女子高生。

 なぜそこに目が行くかって?

 そりゃ、うるわしの室東の制服だったからさ。

 どんな子か、顔を見ようとしたその瞬間に、彼女も異変に気づいて、自転車を止めて背後を振り返っちまった。

 ちぇっ。と言いながら、彼女のさらに背後を見た俺は、目を疑った。

 橋は、中央に高さ二十メートルくらいの塔があってそこからケーブルが何本も伸びて橋を引っぱり上げてる、なんて言うのかなこれ、あ、吊り橋か(正確には斜帳橋しゃちょうきょう)なんだけど、その塔の上を、青黒い何か得体の知れない触手みたいなものが、先端をアーチ形にしならせて空に向かって伸びていた。

 なんだか、現実にはありえない光景なんだけど、目の前にしてみると、映画を見ている観客のような感覚になっちまう。

 脳のどこかが麻痺した感じ。

 俺は、ただその光景をポカンと眺めていた。

 その次の瞬間、先だけでなく、触手本体が大きくしなると、橋に触手を叩きつけた。その衝撃で、ようやく俺は我に返った。

 橋は、叩きつけられた部分から真っ二つに割れた。

 渋滞していた車が、割れて川の中央に崩れた橋を滑り落ちていく。

 当然、俺の足元も斜めに傾き始めた。

 中央の塔から伸びていたケーブルが、ビンビン音を立てて橋から外れていく。

 やべえ、あれ全部外れたらまっさかさまだ!

 慌ててペダルを踏み込む。俺は何とか滑り込みセーフで、橋のたもとにたどり着いた。

 後ろを振り向くと、室東の彼女も自転車で走りだしたところだった。

 反応が鈍いよ。なんて、呑気に思っていたら、彼女の自転車をこぐ姿が下に沈んだ。

 ケーブルがみんな外れて、橋がたもとから崩れ出したのだ。彼女の自転車が、前に進まなくなる。

「自転車を捨てろ!」

 なぜかとっさに叫んだ。

 聞えたか聞こえないか分からないが、室東の彼女は、自転車を乗り捨て、自らの足で傾き続ける登り坂を駆けあがってきた。乗り捨てた自転車が傾斜を滑り落ちていく。

 なんか、テレビでこんな感じのゲーム見たな。でも、そのゲームにはところどころに足場があった。ここには足場がない。

 じゃ、手で何かつかむしかない。

欄干らんかんつかめ!」

 彼女は、橋の欄干をつかんだ。

 橋の傾斜は、五十度くらいあった。パッと見た目ほとんど垂直。彼女は両手で欄干をつかんで垂直の崖にぶら下がったような状態。

「登れ!」

 眼鏡をかけた色白の、いかにもドンくさい彼女の目を見て言う。

 だが、彼女はつかんだ欄干から両手を離そうとしない。

 欄干の間隔は4、50センチってとこかな。少しでも懸垂ができれば、その上の欄干をつかむことは十分できるはず。

「早くしろ!崩れるぞ!」

 手を伸ばせば、すぐ届きそうな位置なのに、彼女は首を横に振るばかり。

 何?手を伸ばせば届く?

 じゃ、俺が行けばいいじゃねえか。

 俺は、道に腹ばいになって片手を伸ばした。

 彼女の手をつかむにはあと数センチ足りない。

 思いっきり身を乗り出して、彼女の手をつかんだ。

「欄干を離せ!」

 彼女の目が、俺を見つめる。

 怯えている目だ。畜生!そんな目で俺を見るな。

「死にたくなきゃ俺の手をつかめバカヤロー!」

 おう、俺って、こんなドスきいた声も出るんだな。

 彼女の目が大きく見開かれ、次の瞬間俺の手を握った。

 暖かく湿った肌が俺の手のひらにぴったり付く。

 俺はもう片方の手で、彼女の両手をしっかり握った。

 その時、ついに橋が崩れ落ちた。

 彼女の口が、「あ」の字に開いたが、声は出なかった。俺の体が彼女の体重で、ずり落ちそうになる。

 その時、誰かが俺の肩と足をつかんでくれた。俺の背中を何人もの手が引っ張るのを感じた。俺は、彼女の手をつかんだまま、橋のこっち側に引き上げられた。

 俺は、彼女を無事引き揚げた後、後ろを振り返った。

 サラリーマン風のおじさんや、室東の男子、それにスポーツウェア姿の若者が、肩で息をしながら俺を見つめていた。

 声が出なかったので、とりあえず、お礼でこくりと頭を下げた。

 全員が、俺に笑いかけてくれて、サラリーマン風のおじさんは、よくやったと言わんばかりに俺の肩を叩いて、立ち上がった。

 次の瞬間、何かがひゅんと鳴る音がして、そのサラリーマンの上半身が、青黒い触手の先に飲み込まれてしまった。

 サラリーマンは、そのまま青黒い触手に宙高く持ち上げられ、川の方に引きずり込まれる。

 現実にこういうことが起こると、人って映画みたいに悲鳴上げないもんなんだね。無言のまま、ただ茫然と、触手の消えた川面を見守る人々。

 俺は、というと、頭のどっかにガチッとロックがかかったみたいで、感情というものがどっかに飛んで行っちまっていた。動こうとする指令が全身に伝わらない。

 やべえ。すげえいやな予感。

 渋滞して動かない車から出てきた人たちが、橋の様子を見に集まってきていた。

「いったい何があったんですか?」

 歩いてきたおじさんが、座り込んだままの俺に聞いてきた。

「だめです。車に戻って下さい。川、川から離れてください」

 そう言った張本人が座り込んだままじゃ、俺の言葉もなんか全然緊張感がない。

 でも、この一言を発した途端、全身にビリッと何かが駆け巡った。

 動ける。

 俺は、室東の彼女の方を見た。

 腰でも抜けたのか、彼女は横座りをしたままじっと俺のことを見ていた。

「あんた、なんて・・・」

 名前?って聞こうとした彼女の背後の川面から、無数の青黒い触手がこっちに向かって飛んできた。

 とっさに身をかがめ、地面に腹ばいになった。

 彼女も俺にならう。

 人々の悲鳴。車のクラクションが鳴る。

 逃げだす足音。車同士がぶつかる音、ドアの開け閉め音。その間も悲鳴は途絶えることはなかった。

 今度こそ修羅場だ。

 俺は、道に腹ばいになったまま、顔を上げるのをためらった。

 なんとなく、地獄のような光景が想像できたから。

 喧騒がなくなり、顔を上げると、道いっぱいに乗り捨てられた車がまず目についたが、人の姿はなかった。

 みんな飲まれた。

 腹這いのまま振り向くと、室東の彼女も俺を見ていた。

「全力疾走だ!」

 熱血スポーツ教師かよ。

 なんで、そんな言葉が出たのか知らないが、最初に触手が現れてから次の触手が現れるまでに結構時間があった気がしたので、こうなりゃ触手の届かないとこまで逃げるが勝ち、って思ったんだよな。だから、全力疾走。

 とにかく立ち上がると、彼女の手を握って引き上げた。

 腰が抜けてると思ったけど、手を引っ張ると、すっくと立ち上がった。

 手を離そうとしたけど、相手が離さないので、とにかく彼女の手を引きながら全力疾走。


挿絵(By みてみん)



 あのドンくささから、俺の足手まといになると思ったんだけど、俺の走るスピードに見事についてきた。っていうか、俺の足が遅かったんかもしれない。

 なぜ逃げる?車に避難すりゃいいって?

 って、あんた、いったいいつまでそこに身を潜めているつもりだ?

 あのでかい触手に叩かれたら、車だってぺしゃんこだぜ?隠れるよりできるだけ遠くに逃げる。俺はそっちに賭けた。・・・とか言って、実のところは、川の近くにいるのが怖かったんだよね。なんつったって俺はヘタレだから。とにかく、川からできるだけ遠く離れたかった。うん、それだけ。

 いつ後ろからあの青黒い触手が伸びてきて、俺を捕えるかと思うと、自然と走るのも速くなる。ヘタレなりの自己防衛。

 橋から真っ直ぐ西に延びたその通りは商店街で、朝8時前は、まだどの店もシャッターが閉まっている。

 絶対開いてるのは、24時間営業のファミレスだ。俺はその場所の前を毎朝通ってたからよく分かる。

 ファミレスが見えた!

 とにかく、建物に入りたい。あの青黒い触手を遮るものがあれば何でもいいと思った。

 俺は、その建物の前まで来ると、安心感からか、後ろを振り返ってみた。

 結構、川から離れている。

 さすがにここまで触手は伸びてこないだろう。

 ここまできて、ようやく彼女が手を離した。

 激しく肩で息をしている。

「とにかく、入ろう。店の人に警察でも自衛隊でも何でもいいから連絡を取ってもらうんだ」

「あたし、川村響子」

 聞いてもいないのに、彼女が、いや響子ちゃんが名を告げた。

「俺は、神埼。神埼裕也」

 ずいぶん自己紹介まで時間がかかったな。

 ま、しょうがないか。状況が状況だからな。

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