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おっさん、元勇者と出会う

 イルマナス大遺跡。そこは古きドワーフと旧時代の魔導士が築き上げた地下遺跡である。

 ソリステア魔法王国、アトルム皇国、イサラス王国を地下のトンネル。だが今、その遺跡に新たな歴史が刻まれようとしていた。

 古代都市イーサ・ランテを経由し、イサラス王国側のトンネルが開通する瞬間が、今まさに訪れようとしていた。

 整然と並び立つ職人達は、この時のために現場で働いているのだ。家族を捨ててまで……


「いよいよだな……」

「あぁ……もう直ぐだ」


 誰もが目の前の岩壁を注目し、その時が来るのを固唾を飲んで待っていた。

 そして、彼ら作業員の前にドワーフと人間の現場監督が姿を現し、ついに彼らがその時が訪れたと活気づく。今行われているのは、トンネル開通を記念する開通式である。


「お前ら、ようやくこの時が来たぜぇ! 俺達が待ち望んでいた瞬間だぁ!!」

「多少仕事が遅れる事もあったが、ついにこの日がやってきた。全員刮目せよ! 俺たちは歴史に新たな軌跡を築き上げたのだぁ!!」


 一人はナグリだが、もう一人はゼロスが共に飯を食った人間の作業員である。彼は別業者の現場監督としてこの現場に派遣されていた。

 その二人がツルハシを片手に、目の前に存在する岩壁に向き合う。

 そして、手にしたツルハシを大きく振りかぶり、力任せに一気に振り落とす。


 ――ガキィン!! ガイィン!!


 何度も振り下ろすツルハシが、岩壁を打ち砕いていく。

 そして、反対側からわずかに光が溢れ出す。その岩壁についに穴が穿たれたのだ。


「か……開通した……」

「開通したぞ……うおぉおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」

「「「「「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」」」」」


 作業員達が一斉に吼えた。

 ある者は泣き、ある者は互いに抱き合い、またある者は歓喜に打ち震えていた。

 

「てめぇら、まだ終わりじゃねぇぞ! さっさと最後の仕上げにとりかかりやがれ!!」

「「「「「まかしとけ、ボス!!」」」」」


 作業員は一斉に道具を構えると、立ち塞がる岩壁に向かって突撃していく。

 そう、この日は新たな地下街道の竣工を迎える。

 目の前の岩壁を貫けば、彼らは大きな成果を成し遂げた事になる。作業員の誰もがこの達成感のために働いているのだ。家族を捨ててまで……。


「……なんだ、コレ? だが、この達成感……癖になる」


 土木作業員の熱意が何となくわかった気がする。思わず煙草を取り出し、ゼロスはおもむろに火を点す。

 紫煙が肺に染み渡り、何ともも言えぬ充足感に包まれた。


「現場でタバコを吸うんじゃねぇ!!」

「エボラァ!?」


 そして、おっさんはナグリに殴られた。

 それも軽快なフットワークで間合いを詰め、見事なアッパーを喰らわされた。とても足の短いドワーフの動きではない。

 工事現場では禁煙であった。異世界での工事現場も、禁煙が流行りだしていた。

 

「お……おのれ…………勇者………」


 見事なアッパーで宙を滞空するおっさん。

 彼はこの時、刹那の時間の中に永遠を感じたという。

この世界での煙草は種類にもよるが薬としての効果がある。地球とは異なる効果がある事で重宝されていたのだが、勇者達は元の世界での常識で物事を判断し、『煙草は体に悪い』と広め噂が蔓延し始めていた。

 愛煙家には辛い、実に世知辛い世の中である。


 うっかりとはいえ殴る事はないのだが、ゼロスは天高く飛び、頭からどこかのボクシング漫画のごとく地面に叩きつけられた。

 作業員は全力で最後の仕事に執りかかっており、誰も見向きもしないどころか、助けようとすらしない。

 誰かがどこかで殴られる。これが彼等の、いつもの日常だからである。


「い……以前は、現場で吸っても良かったのに……。僕は……喫煙難民になるのか……無念」


 闇に落ちて行くゼロスをよそに、作業員は最後の仕事に専念してる。

 並みの防御力ではないゼロスの障壁を突破したナグリの拳は熱いまで燃え、真っ赤に輝いていたという。土木作業員は、チート魔導士よりも無敵だった。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


「トンネルを抜けると……そこは雪国だった」


 やる気に燃える土木作業員のおかげで無事に開通したトンネルは、アトルム皇国の山間部の外れにある、小さな町の手前に続いていた。

 周囲が標高の高い山に囲まれ、気温がソリステア魔法王国よりも低く、薄っすらとだが雪も積もっている。

 山と言ってもほとんどが岩山だが、標高は高く、周囲は山々に遮られ平野部からの温暖な風が流れ込んでくることがない。冬が来ればアトルム皇国は一面が雪に覆われた国へと変わるのだ。

 オーラス大河に続く川が流れ、町は周りが木々囲まれた大自然の中にあった。のどかな山間の小さな町といった様相である


「肌寒いな……。ソリステア魔法王国とは明らかに気温差があるし、街道として使えるのか? 雪が降ったら街道が使えなくなるんじゃないのか? 路面凍結はマズいと思うが……」


 町の傍に、やけに不釣り合いなほどに整備された街道が敷かれていた。

 土木作業員達が気合を入れたのであろう。街道の傍には彫刻などが飾られ、彼等の熱意と意気込みの入れようがハンパではない。

 のどかな町には不釣り合いな、必要以上に整備された街道に仕上がっていた。


『街道だけでも厄介な仕事だったはず……。よくこんなものを作る余裕があったな?』


 アトルム皇国にも旧地下街道を通り、この地に住み着いたドワーフ達がいる。おそらくだがナグリ達と同類だと察した。

 実際、町の前で街道完成を祝うヨサコイ風の踊りを踊る、ドワーフ達の姿がそれを物語っている。


『ぱぁ~っと晴れやかに咲き誇るには、彼等は些かガタイが良すぎだな。華がないどころか、下手をすると命が散る現場だし……。しかし、町以外に何もないなぁ。あるのは大自然だけだ。まぁ、空気は良いだろうが』


 ゼロスが初めて見る他国の風景を眺めていると、そこに人間の土木作業員である男がこちらに近づいてくる。筋肉質でゼロスより年上の男だ。

 角刈りでややつり目がちのガテン系で、作業服を着ていなければ裏側の人間に見えてしまう。

 正直に言えば、見た目がカタギとは思えない。


「おぅ、あんちゃん。ここにいたのか、もう直ぐ宴会が始まるぜ?」

「工事竣工を祝う馬鹿騒ぎですか。ナグリさん達は、容赦なく酒を飲まそうとしますからねぇ……」

「ハハハッ、職人なんてぇのはそんなもんさ。仕事が片付けば馬鹿騒ぎをして英気を養い、明日にはまた次の現場に行く。俺達に休みなんてぇ~のはねぇのよ」

「それ、労働者に対して良いんですかねぇ? 家族に会いたい人達もいるでしょうに」

「労働基準法なんてぇ~のはないからなぁ。全てが職人の腹で決まる。下っ端の職人には辛いだろうが、慣れてくると面白いもんだぜ?」

「労災もないですしねぇ……ん?」


 ゼロスが感じた明らかな違和感。

 この世界に労働基準法が存在せず、殆どが職人達の判断で任されている日常。普通なら当たり前とされているので誰も気に留める事がないだろうが、目の前の男は『労働基準法』と確かに口にした。

 この法律を知る者など限られており、答えを直ぐに理解した。問題はどちらであるかだ。


「……そう言えば、あなたの名前を聞いていませんでしたね。食事を何度も一緒に食べたのに、名前も知らないというのは今更ですが、そろそろ教えてもらえませんか?」

「おっ? そう言えば、言ってなかったかな……。そうだな。俺は【タカ・ガトー】だ」

「僕は、ゼロスと言います。で? あなたは……どっちですか?」

「どっち? 何を言ってんだ?」

「つまり……【転生者】か、或いは【勇者】のどちらかと聞いているんですよ。【加藤】さん」


 その瞬間、空気が張り詰めた。

 タカ・ガトーと名乗る男から殺気が溢れ、ゼロスは即座に警戒体制に移行する。明らかに建設作業員のような者が放つ殺意ではない。

 鋭い目でにらみ合いながらも、互いの出方を窺う。


「あんた……何者だ? なんで俺が……」

「僕が聞きたいのは、どっちかという事だけですがね。別に殺しあう気はないんですが、攻撃してくれば反撃くらいはしますよ?」

「何で、俺が異世界の人間だと分かった?」

「労働基準法や労働組合なんて言葉は、この世界にないんですよ。もし言うのであれば、工業ギルドか商業ギルドと言うはず。そんな言葉を知っているのは異世界の人間だけですよ。僕達のような、ねぇ……」

「抜かったな……今迄、必死に隠してきたのによぉ。何気ない言葉でボロが出るか……ん? そう言えば、あんたも【労災】って……」

「僕は……【転生者】ですよ。今迄と言いましたね。という事は、【勇者】ですか? おそらくですが、三十年前に召喚された」


 どちらも異世界の人間。だが、互いに警戒を解く事はなかった。


「あぁ‥‥‥俺達は三十年前の勇者召喚の儀で奴等に召喚された。生き残っている奴等もいるが、居場所は教えねぇぞ。理由は……なんとなく分かるんじゃねぇのか?」

「四神教に命を狙われている。そういう事ですか? なるほど……これで確証を得た。【勇者召喚】で使い捨ての駒を呼び寄せていたという事ですね」

「そうだ……。奴等は……いや、奴等の上層部は俺達を駒として戦わせて権威を高め、この世界を支配する気なんだよ。それに気づいたとき、仲間は殆ど殺された。今回召喚された勇者も、何人か死んでいるんじゃないのか?」

「正解、既に半分が死んでますね。この間、二人の勇者に会いましたよ。ちょっと『四神教は信用できないよ?』と吹き込んでおきましたが」


 そう言った瞬間、タカの目が点になった。


「ぷっ……クハハハハハハハハハハ! どうやら敵じゃねぇようだな。勇者にそんな事を吹き込めば、異端審問の連中が動き出す。最悪、命を狙われるぜ?」


 そして、豪快に笑いだす。

 この世界に召喚され、今まで色々とあったのだろうと察した。


「まぁ、その辺りは大丈夫でしょう。僕は勇者よりも強いですからねぇ、チートですから」

「おいおい……。【転生者】ってぇ~のはどんだけ強いんだよ。俺達でもレベル1からコツコツ経験値を稼いできたんだぜ? おかしいだろ」

「それは、四神の所為ですね。どうやら、他の神々を怒らせたみたいでしてねぇ」

「四神教の奴等、何をやらかしたんだ?」

「やらかしたのは四神ですよ。その証拠に、向こうの神々は邪神を送り返してきましたし、今では勇者を召喚する事も出来ない。四方は敵だらけ、周辺諸国はあの国を敵視状態。八方塞ですよ」

「ブハハハハハハハハハハハハハハッ!! ざまぁ~、俺達を弄んだ罰だ。苦しめばいいんだ、あの糞共!

 最高だ! 今までこんなに笑った事はねぇ……って、邪神!? いったい何をやらかしたんだ!?」


 よほど恨みが蓄積されていたのであろう。

 タカは腹を抱えながら豪快に笑う。が、邪神と言う単語にその笑いが止まった。


「邪神を僕達の世界……と言っていいか分かりませんが、ゴミを捨てるように放り込みましてねぇ。そのせいで僕達が死んでしまったわけですよ。それで、転生させるついでに邪神も一緒に送り返したという訳です。元の世界の神々による嫌がらせでしょう」

「邪神……大丈夫なのか? まぁ……奴等の頼みの綱が消えたんだ。今頃は相当混乱してるだろうな」

「地震で街が壊滅状態ですしねぇ、復興作業で数年は混乱しますよ。国としての迅速な対応が求められますな。対応が遅れるほどに民衆の不満が蓄積される」

「……なるほどな。そうなると、奴等が動き出す可能性がある」

「奴等とは?」

「【四神教血連同盟】……狂信者の集団だよ。元の世界にも宗教には派閥があっただろ? 【プロテスタント】とか【カソリック】とか。むしろテロリスト予備軍だと思った方が、正解だろうがな」

「あー……そんなのもありましたね。正直区別がつかないんですが、狂信者の集団……ねぇ」

「宗教派閥なんざ、俺も区別ができん。だが、血連同盟の連中は危険だ。奴等は人の良さそうな顔をして、笑って人を殺せる連中だぞ。『異教徒に死を』とか言ってよ。俺達も何度か奴等に襲われた事がある。

 奴等なら民衆を皆殺しにするだろうよ。イカレタ集団だからな。俺達も奴等を警戒してんだ」


 四神教血連同盟。四神を信奉し、絶対神と崇める狂った集団である。

 権威を守るためなら虐殺を厭わない者達で、他の神官達に紛れて行動をしている。もちろん勇者達の傍にもいる筈なのだが、【一条 渚】と【田辺 勝彦】の傍にはいなかったように思える。

 ゼロスは勇者達の前で、散々四神の事を批判した。もし傍にいたとすれば、真っ先に襲い掛かってきたはずである。


「ふむ……もしかして、さほど規模が大きいわけではないのだろうか? 仮に勇者達の傍にいるとすれば、僕は襲われたとしてもおかしくはないんですがね。いや……あえて表に出ないようにしているのか?」

「まぁ、狂信者なんて連中は目立つからな。少しでも四神をコケにすれば、奴等は真っ先に刃物を向けてくるぞ?」

「いえ、他国で活動するなら、おそらくは感情を抑えるでしょう。狂っているからこそ、逆に冷静に行動する筈です。盲信する者は独自の価値観で動きますから。まぁ、殺意を抑えるのは無理でしょうがね」


 魔力が精神に作用する以上、当然だが感情によって魔力の波が発生する。

 その魔力を感知することができるのが、【魔力察知】といったスキルだ。スキルレベルが高いほど、どれだけ殺意や闘争心を隠したところで感知される。

 ゼロスは既に【魔力察知】Max状態なわけで、この世界の基準での実力者程度では、簡単に殺意を知る事が出来てしまう。

 武術関連のスキルも【神】レベルであり、その相乗効果によって気配なども手に取るようにわかる。


「問題は、身近な人間に手を出してくる事じゃねぇのか? 俺達が逃げてた時に、匿ってくれた人達もいたんだが……奴等は周囲の人達ごと皆殺しにしやがった」

「その危険性があるのが問題ですね。まぁ、あの公爵殿がそれを見逃すとは思えないが……。にしても『疑わしきは罰せよ』ですか。今の状態だと、逆に不信感を増長させるだろうなぁ」

「公爵様が、あんたのバックか……。俺も保護を求めてみっかな?」

「そう言えば、なんであの家は公爵なんだ? 王族の血統なら大公だと思うんだが……」

「いや、俺に聞かれても知らねぇよ。あんたの事情なんか何も知らねぇんだからよぉ」


 クレストンやデルサシス公爵は王族の血統である。

 爵位の序列で言うなら大公になるのだが、実際は公爵である。


『なんか、理由でもあるのか? まぁ、どうでも良いが』


 素朴な疑問がよぎっただけなので、さほど気も留めずその疑問を頭から流した。

 国によってそれぞれの事情を抱えており、一般市民であるゼロスには関係のない事である。

 突き詰めて考える必要もないと判断したのだ。


「んな事より、そろそろ宴会が始まるぜ? 作業員は全員参加が習わしだからな」

「僕は遠慮したいですねぇ。あの人達と飲み明かすと、二日酔いは確定じゃないですか」

「駄目だ。これは義務なんだよ。どうしても参加したくねぇってなら、全員に殴られる覚悟が必要になる」

「酒は好きですが、そんなに強くないんですよ。あの場所にいったら、二日酔いでしばらく動けなくなりますって!」

「大丈夫だ。飲んで吐けば嫌でも酒に強くなる。誰もが一度は通る道だぜぇ」

「僕に選択肢はないんですか!?」

「ない。言っただろ、これは義務なんだと。つべこべ言わずにいくぜぇ、誰も一度は地獄を見るもんさぁ!」


 タカはすっかり勇者からガテン系に落ちていた。職人業界は理不尽なほど縦社会、元勇者も社会の荒波に揉まれたようである。『勇者様、魔王を倒せばただの人』との標語が見事に合うほど、正真正銘の土木作業員にジョブチェンジを果たしていた。

 当たり前だが、転職は人の立場を大きく変える。今では立派な現場監督だ。

 そして、ゼロスを飲み会に強制連行すべく、無理やり町へと引きずっていくのであった。

 こんな時に限り、なぜかゼロスの驚異的な身体能力は発動しない。実に異世界の節理は不可思議である。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 町の建物は全て木造レンガ造り。しかし建物自体がどこかで見た事のある構造、急こう配の三角屋根が左右均一に揃っており、どこかの観光地を彷彿させる。

 だが、見た目の雰囲気が似ているだけで、観光になるようなものが何もない。

 ちなみに町の名はリサグルと言う。


「と言うか……良く見ると、この建物全部が合掌造りじゃないですか。洋風に見えていたから分からなかった。まさか……」

「おそらく、俺よりも前の勇者が伝えたんだろうな。ただ、住んでいる者達は日本人じゃねぇけどな」


 街の住民は背中に翼が生えていた。

 衣服のデザインもどこか日本の着物に近い。あえて言うのであれば、アイヌ風と言えば分かりやすいだろうか。無理に洋風テイストを組み込んだような感じである。

 袖や裾、襟元に独特の柄模様が入れられており、羊毛と絹で作られたなんとも贅沢な服だ。


「絹の産地なのかねぇ? なるほど……メーティス聖法神国が狙う訳だ。この地を抑えれば財政も潤う」

「絹は貴族共が愛用するからな。他国の商人に流せば価格が跳ね上がる。まぁ、生糸の値段しか知らねぇけどよ」

「反物にして色付し、ドレスなどに加工したら値段は十倍に跳ね上がりますけどねぇ」


 何もない田舎町かと思えば、とんでもないお宝が隠されていた。

 地下街道を商人が行き交うようになれば、この街は大きく発展する事は間違いない。


「イサラス王国側は既に開通しているからな。鉱物資源で大分財政が潤うだろう。あの国は貧乏だからなぁ~」

「イサラス王国に行ったことがおありで?」

「あの国からアトルム皇国までの地下街道は、修復する程度で楽だったんだよ。道幅も広かったし、こちら側ほど魔物は生息していなかったからな」

「ソリステア魔法王国側は、地下都市遺跡がありましたからねぇ~、迂回する形で掘り続けるにしても地形の問題から、さほど大きな街道にできなかったんでしょう」

「俺も下見に行ったが、鍾乳洞はあるわ、地底湖があるわで先に進めなくなっていてな。傭兵達と探索していたら、ゴブやコボルトに襲われて傭兵の半分が死んだ」


 地下街道の工事は、ゼロスの予想以上に危険があったようである。

 旧地下街道は開通していたが魔物の巣窟になり、連絡網を築くために魔物を掃討せねばならなかった。

 だが、地下は暗闇の世界であり、魔物を掃討するには多くの犠牲を払うことになった。

 魔物は夜目が利き、嗅覚も優れている。地上では倒せる相手でも地下では魔物の独壇場だ。

 襲撃を何度も受けたが、人海戦術でどうにか倒したのである。その犠牲者の数は五十八名となった。

 

「無茶を通したようで……。遺族には何て言うんでしょうかね」

「『国のために命を捧げる、実に勇敢で立派な最後でした』じゃないか?」 

「魔物に食われたら手紙を送りつけたりするんだろうなぁ~。傭兵はやくざな商売だ……忘れていたけど、そんな僕はSランク」

「化けもんじゃねぇか!? 昔、最大レベルになった俺の仲間が、Sランクの傭兵にケンカ吹っかけて、返り討ちにあったぞ?」

「それは実戦経験の差でしょう。Sランクになると、魔物だけでなく対人戦闘にも慣れているだろうしねぇ

。同じレベルでも経験が異なれば、あっさり負けると思いますよ? 保有する【スキル】の数やレベルにも大きく左右されますし」


 レベルとは、大まかに言えばどれだけ魔力を扱えるかを意味すると、この世界の学会で言われている。

 基本体力は個人差があるが、保有する魔力総量によって、身体の強化に差が生まれるのである。

 HPとは魔力で強化された基礎身体能力の増加総合数値であり、極端に言えば魔力の扱いに長けている者は、身体に効率よく魔力を循環させることができるので、基礎体力を教化補正する魔力総量が格段に跳ね上がる。

 超人レベルの体力を保有する事ができるが、あくまでも相応の訓練や戦闘を経験しなくては、そこまでの体力に至らない。。

 魔法などの【身体フィジカル強化ブースト】は、その補正されている魔力に強化魔法を上乗せする事により、身体能力を強引に底上げするための魔法である。

 使い過ぎると筋肉痛になるのでお勧めできないが、【魔力操作】を覚えるには必要な訓練でもある。運動しながら強化魔法を使うのは、自身の魔力を効率よく扱うためのものであった。

 だが、魔力総量と身体能力強化に回される魔力量は均一ではない。体に循環させる魔力も個人で差が出るわけで、これにスキルレベルの高さや数が加わると補正効果は把握できなくなる。

 結局のところは、戦闘経験を何度も積まないと効果は表れないのだが……。


 魔導士が体力がない理由がここにある。魔力総量はレベルアップで増えるのだが、彼等は体に魔力を循環させる訓練を行わない。

 一般人よりは体力は高いだろうが、戦闘に対応できるレベルかと言われれば、実に心許ない。

 また、魔力の循環も感情や環境に左右されるので、敵と思っていない人の前では身体強化される数値は限りなく低くなる。要は基礎身体能力のままであることが多い。

 ゼロスがナグリに殴り飛ばされたのも、不意討ちであったこともあるが、ナグリを敵と認識していなかったせいもある。それでも怪我一つなく気絶で済んでいるのだから、おっさんは頑丈であった。

 これが、この世界で言われているレベルの概要である。実際には個人差の幅が極端にあり過ぎて、調べるのが困難を極めていた。

 ゼロスに至っては既に埒外。普段の体力と戦闘時の体力を比較すれば答えは出るのだろうが、おっさん自身は落ち込むだけなのでやりたくはなかった。

 ちなみにだが、同じレベル200の騎士でも、老いた歴戦の騎士と若い騎士とでは老騎士の方が強い。

 これは戦闘の経験もそうだが、保有するスキルレベルが若い騎士よりも高く、補正効果の面で老騎士の方に軍配が上がる。積み重ねられた経験がスキルレベルを上げ、若い騎士よりも差がついているからだろう。

 何事も経験が大事であるという事なのだ。


「戦闘スキルと土木作業スキルなら高いんだけどな。奴等から逃げる時にも金が必要になって、肉体労働で稼いでいた。傭兵じゃ直ぐに身元が割れるだろうし、ドカは各地を移動する事が多いから身を隠すには最適だったんだよ。そしたら、いつの間にかドカになっていた」

「それで流されて、気づけばソリステアですか。逃げ続けながらでは結婚もできなかったでしょうねぇ。いつ発見されるか分かったものではないですし、子供を育てるにも安心できない世界ですから」

「いや……俺は結婚してるぞ? 一緒に召喚された同級生とだが、子供も五人ほどいる。今はサントールの街に一軒家を建てたし、俺の帰りを待ってくれているな」

「リア充……氏ねぇ!!」


 タカは逃げる仲間の一人と恋に落ち、二十年前に結婚。今はソリステア魔法王国で平穏な生活を送っていた。独り身のおっさんには実に羨ましい話である。

 おっさんはただ嫉妬に狂う。醜い……。


「にしても……雪が問題ですね。これからの季節は路面凍結が酷いでしょう」

「街道も危険だな。特に、この辺りは本格的に豪雪地帯になるらしい」

「何か雪を解かす物があればいいんですが……って、ナグリさん達が集まってますね? 何事でしょうか」

「知らんが……何か、臭くねぇか?」


 リサグルの町の中央にある井戸場で、ドワーフ達が集まって洗濯の最中であった。

 彼等は工事の最中、滅多に着替えない。最悪ひと月以上も同じ服を着ているときもあり、その臭いは悪臭レベルである。いや、兵器レベルと言っても過言ではない。

 この世界で風呂に入れるのは貴族や王族くらいであり、民達の大半がサウナに水風呂が主流であった。

 だが、工事現場にそんなものはない。

 地下では水はあるが貴重で、排泄物などは焼却処分した後にキノコの菌床に利用される。水で流し去る事はできない。無論洗濯するにも汚水の処理を念頭に置かねばならない。

 こうした汚水は樽に入れられ、地上で処分していた。当然だが、作業員達は体を水で拭く事はしても、衣服などの洗濯する時間的余裕はない。工期が遅れていたのだからなおさらだった。

 そして彼等は作業の後、同じ服を着続ける事になる。作業員達はこの悪臭に慣れてしまい、今までこの酷い臭いに気づきもしなかった。

 だが、町に住む人達が良い顔をするわけがない。それほどまでに臭っているのだ。


「俺は……毎日着替えてたぞ? 洗濯は早朝に済ませて、夕方に洗濯物を回収していたし……」

「僕もですよ……。水は魔法で水素と酸素に分解させましたし、汚物は……【火薬】の材料にしましたし」

「今、なんかとんでもない事を言わなかったか? 火薬? 銃でも作るのか? 硝石を作る気だろ」

「いえ、ちょうどよい道具を持っていましてね。汚物を入れておくと発酵させ、硝石ができるんですよ。ちなみに完全無臭で抗菌作用もばっちりですぜ?」

「俺は……あんちゃんが怖いぞ? そんなものを作ってどうする気だよ」

「猟銃を作ろうかと思いまして。超電磁砲だと貫通してしまいますから、威力で獲物が消し飛びますし」

「・・・・・・・・・」


 タカは目の前の魔導士が怖ろしくなった。

 その内、何かとんでもない真似をしでかすのではと不安になる。血連同盟の連中よりも怖い。

 そんな二人をナグリは発見し、急いでこちらに走ってくる。


「おぅ、ゼロスさんよぉ。ちょうど良いところにきたな」

「あっ……なんか、何を言おうとしているのか分かった気がする」

「なら話は早いな。これから宴会するにも体臭が酷くてな、服にも悪臭が染みついて町の連中が逃げ出すほどだ」

「つまり、洗濯できる道具がないかという事ですか? まぁ、試作段階の物ならありますが……実用性がないんですよねぇ」 

「何でもいいから貸してくれぇ、水場の殆どが作業員で埋まっているからな、洗濯が追い付かねぇんだよ」

「僕は……どこかの青いロボットですか? まぁ、試作機を試してみるのは良いんですがね」


 そして四次元――もといインベントリーから取り出したる洗濯機。

 試作で二十一機ほど制作したが、魔力の持続時間や諸々の問題から商品としての価値が低い。

 その内の比較的にまともな十六機を取り出した。


「これ、どう使うんだ?」

「まずは洗濯物を中に入れて、フタを閉めたら横のパネルに魔力を流す。後は自動で洗濯してくれますよ。あっ、洗剤は入れてくださいね? 石鹸を削ったもので十分ですから、少量入れてください」

「意外と簡単だな」

「おい、水はどうすんだよ。水を入れなくちゃ使えねぇだろ」

「フッ……タカさん。水は何でできていますか? 水素と酸素の結合ですよね?」

「あっ……まさか、大気中の水素と酸素を集めて水を作るのかぁ!?」


 この洗濯機は水を入れる必要がない。

 大気中に漂う水素と酸素を集め、水を自力で生み出すことができる。そのせいで魔力消費が激しいのだが、水が溜まれば後は楽だった。

 汚水も自動で排出し、手間がかからない。この便利な道具を稼働させて、ナグリも本気で欲しいと思った。汚れ物の多い工事現場では重宝するからだ。

 ナグリは洗濯機に作業服を入れ、ふたを閉めてパネルに魔力を流すと、洗濯機は規定通りに稼働し汚れた洗濯物を洗い始めた。


「これは良い……俺達に売ってくんないか? 金はいくらでも払うぜ」

「完成したらソリステア商会に試作品を回しますので、そちらで購入してください。まだ、売り物にできる段階ではないんですよ」

「あんちゃんよ。これで売り物にならないのか?」

「試作一号機を見てみますか? その理由が良くわかりますから」


 そして、試作一号機である洗濯機を目の前に取り出した。

 まるでどこかの青いロボットのようだ。


「それでは、スイッチオン!」


 洗濯機は水を生成し、中の洗濯槽が回転を始める。

 しかし、やがては激しく振動を始め、洗濯機の真下から水が激しく放出された。


「わかりましたか? 防水加工がいまいちで、水漏れが激しいんですよ。魔力消費も大きいですし、まともに動いても、今度は魔力消費という面で安定しない。完成させるには、もう少し試作機を作らないと駄目ですね」

「おい、そろそろ止めろよ。この辺りが水浸しになるぞ?」

「一度稼働すると、洗濯が終わるまで止められないんですよねぇ。構造の都合で大きな部品を取り付ける事も出来ない。精密部品なんて作れるわけないじゃないですか」


 洗濯機の真下から放出される水の勢いは増々激しくなり、やがて水流により洗濯機本体がねずみ花火のように回転を始める。その勢いは次第に激しくなり、高速回転をして地面を掘削し始めた。


「おい……洗濯機が埋まっていくぞ?」

「まるで、井戸を掘るときのボーリング作業だな」

「大気中の魔力を利用しているので、洗濯が終わるまでノンストップ。それまでこの状態が続くんですよ。商品としての価値が全くない。しかも、稼働時間も個別に差がありますし、いつ止まるかは分からないんだなぁ~これが……」


 洗濯機は地面をなおも掘り進め、やがて地中へと埋没していった。

 この日、洗濯機が地中を制した。

 地面を掘り進める洗濯機の勢いは止まらず、それどころか益々回転速度が速くなり、地中の奥底へと消えてゆく。

 土砂を天高く巻き上げ、岩盤を貫き、世界の裏側を目指すかのような勢いで掘削を続けた。やがて……。


 ――ゴゴゴゴ……


「な、なんだぁ!?」

「地下水脈まで到達しましたかねぇ?」

「いや……なんかおかしいぞ?」


 洗濯機が掘り進めた穴から、大量の水が噴き出した。

 それも、温水である。


「どこまで掘り進めたんだよぉ、早すぎるだろ!!」

「温泉を掘り当てましたか。原油でなくてよかったですねぇ」

「アレを現場で利用できねぇか? なんか、仕事が捗りそうな気がするんだよなぁ……」


 この日、洗濯機は温泉を掘り当てた。

 このおかげで、リサグルの町は温泉街として有名になってゆくが、その始まりは実にくだらない理由からであった。

 そして、土木作業員達も街道竣工の宴会をすることなく、新たな仕事に突入する事となる。

 町を温水で水浸しにするわけにはいかなかったのだ 

 土木作業員達は休めない。そして、おっさんも……。


 余談だが、洗濯機は間欠泉で打ち上げられ、翌日森の中で残骸が発見される事となる。

 失敗作の洗濯機は、実に良い仕事をした。歪んだ洗濯機本体の金属外装は、まるで戦い疲れた戦士のように歪みながらも気高く輝ていたという。


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