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おっさん、悪魔をボコる

 向かってくるスケルトンや死霊を蹴散らし、ゼロスは街の中央に辿り着いていた。

 元は美しい街並みであったのだろうが、今ではかつての栄光は見る影もなく消え去り、街路樹は既に枯れ果て倒れ、建築物の瓦礫が散乱するただの遺跡と化していた。

 そんな光景も既に見慣れたのか、ゼロスは行政を行う領主館。もしくは領事館と言えばいいのだろうか、その建物前に来ていた。

 建物自体はどこの建築物とも異なる不可思議な構造で、あえて言うのであればSF映画に出てきそうな不可思議なデザインであった。どう見ても今の世界とでは釣り合わない。

 おそらくは実用性を優先したのだろう、内部に入ると直ぐに広いフロアーであった。


「ここは……役所の受付みたいな印象だな、ファンタジー感がいまいち感じられないんだが」


 構造自体はゼロスの馴染みのあるものであるが、今は無人の廃墟である。

 この領事館内にもかつては多くの役人が働いていたのだろう。

 実際にこのフロアーにも白骨死体が散乱し、中にはナイフや包丁が頭部に刺さったものまである。どうやら暴動が起きて襲われたのだと理解する。

【ソード・アンド・ソーサリス】の世界では、暴動が起きる前に【照光結晶】を稼働させるイベントがあり、時間経過と共に状況は悪くなってゆく。

 一定時間が過ぎれば暴動が発生し、プレイヤーはその暴動を抑えるために駆り出される事となる。

【照光結晶】を稼働させるには、魔力の込められた【魔晶石】をパネルに填め込み、建物の地下にある魔力溜まりから魔力を送らねばならなかった。

 一度でも【照光結晶】から光が途絶えると、稼働させるのに時間がかかるのである。

 その大きな理由が魔力の流れが途絶する事であり、【魔晶石】に込められた魔力が【照光結晶】に魔力を伝達するバイパスの役割を果たすのである。

 

『まぁ、これも【ソード・アンド・ソーサリス】の情報が正しければの話だけどねぇ。見たところ、この領事館はあの世界よりも発展していないみたいだし、建物自体も狭い。

 文明が進んでいれば、今頃はかなり高度な技術が溢れていたんだろうなぁ~。いやはや、栄枯盛衰は怖いこと』


 暢気に考えながらも、ゼロスは地下の管理室へと向かう。

 建物自体の構造は【ソード・アンド・ソーサリス】の記憶と異なるが、地下の制御室は記憶のままであった。床や天井、壁一面に幾何学模様が所狭しと刻まれ、強化魔法によって強度を増してある。

 このイーサ・ランテの街は街の中に20本ある巨大な柱で天井の岩盤を支えており、強化魔法を絶えず掛け続ける事で落盤の被害を抑えている。

【照光結晶】はその天井に巨大な物が一つ、街の各所に小型の物が複数設置されていた。

 これは【ソード・アンド・ソーサリス】の世界とは異なる。【ソード・アンド・ソーサリス】の世界では、第三期から巨大な柱型の【照光結晶】に変更され街の明かりを賄っていた。

 そのうえ街が少しばかり広くなっていた事を思い出した。


「イーサ・ランテの街は滅多に行かなかったからなぁ~、あの時点でビギナーの街には用がなかったし」


 上位プレイヤーゆえに拠点は別の場所で、ビギナーが集まる地下都市にはあまり寄り付かなかった。

 街にいても拠点で道具作りに熱中し、たまに売り捌きに各街へと赴き、後は地獄のような狩り三昧。記憶に残っていること自体が奇跡のような気がしていた。 

 そんな事を思い出しながらも、おっさんは周囲の気配を探りながら、地下三階の管理室にまでたどり着く。


「うっわ……ここも白骨死体だらけ。とりあえず【ピュリフィケーション】」


 どこもかしこも白骨死体が転がっており、まさに死の街である。予想はしていたが、白骨死体のない場所など存在しないかのような有様である。

 溜息を吐きながらも死体に浄化魔法をかけると、やはり死霊が憑依しており、怖気が走るような呻き声をあげて消えて逝く。


『さて、制御盤は……おっ、あったあった』


【照光結晶】の制御盤は部屋の片隅にある石柱で、魔力を流す事で展開する。

 ゲーム時の記憶をなぞるかのように同じ行動をしてみると、石柱は複数のロックが外され四方に展開し、内部にある【魔晶石】が姿を現す。

【魔晶石】は掌サイズの綺麗な六角形の棒状の物で、内部に魔力は込められていない。既に寿命が尽きていたのだろう。だが、ゼロスは同じ物を複数保有している。

【魔晶石】の大きさは統一されており、大型の魔道具に良く使われている事が多い。ゼロスの制作した【廃棄物十三号】にも動力制御を行うパーツとして流用していた。

 また、イベントなどで良く権力者から注文を受け、大量に保有していても無駄にはならなかった。

 資金稼ぎにはちょうど良いイベントで、注文されたものよりも高品質だと追加報酬が美味しかった事を懐かしく思う。

 その【魔晶石】を中央に置くと、魔力に反応したのか自動的に台座は閉じ始めた。


『これで街の明かりは確保できたかな?』


 台座に刻まれた溝に魔力が流れ込み、建物に所狭しと刻まれた幾何学模様が次第に輝き始める。


『照光システム、起動を開始』

『魔力伝達システム、正常に稼働中』

『中央龍脈管制システムにバイパスを開きます。現時点での稼働率は32%、メイン中枢システムに接続。【龍の心臓】に魔力が到達いたしました。レイラインバイパスを開きます』

『これより、照光システムに魔力供給を開始します。完全稼働まで約60分』


 感情の込められていない音声システムが現状を報告してくる。

 その音声を聞きながら『これは、ファンタジーじゃないよなぁ~』と、おっさんは苦笑いを浮かべた。

 どう見ても文明水準が異なる。あえて言うのであれば今の世界が中世ヨーロッパで、古代魔法文明は現代地球文明のようなものである。いや、それ以上だろう。


『照光システムに魔力供給が始まりました』

『完全稼働までに約1時間ほど掛かります。EMERGENCY、【竜の心臓】に高密度魔力体を確認。住民の皆様は至急シェルターに避難してください。EMERGENCY……』

『スキャン開始………魔力体危険度ランクA、ライブラリーを検索……爵位級と確認』

『直ちに防衛隊の派遣を要請いたします。EMERGENCY……』

「What’s!?」


 何やらとんでもない者が潜んでいた。


『爵位級呼称、【ブエル】と設定……魔力体の移動を確認、現在こちらへと侵攻中』

「おいおい……やっぱり悪魔が生まれてたよ。爵位級? 強さの基準が分からんのだけど……」


 魔法文明期、悪魔と呼ばれた魔力体には強さに応じて爵位で判別していた。

 最も強いのが【魔王級】そこから下に大公・公爵・侯爵・伯爵・子爵・男爵である。

 問題は【ブエル】で、その力がどれほどのものか分からない。いっそ戦闘力で言って欲しかった。

 更に言えば、ゼロスの知識の基盤は【ソード・アンド・ソーサリス】の常識である。そのため、自分の知識がどこまで有用かは判断できない状況である。

 特に、この世界の悪魔の強さに関する常識など知るわけがない。爵位級など聞いた事もないからだ。


『まぁ、ここで戦うのは得策じゃないか。とりあえずは外に移動したほうが良いかねぇ』


 ゼロスは制御室から駆け出すと同時に、『これより防衛システムを起動します。全フロアーの隔壁を下ろしまので、全職員は速やかに退避をしてください』という音声が響いてきた。

 そして、ゼロスが走り抜けると同時に隔壁がもの凄い勢いで通路を塞いで行く。


「待てや、こらぁ―――――――――っ!?」


『速やかに退避』と言っておきながら、これでは隔壁内に取り残されかねない。

 システムの故障か、それ以上の緊急事態なのかは分からないが、通路を走るおっさんには冷や汗もので下手をすれば隔壁で潰され可能性もある。

 ある意味では爵位級の魔力体よりも危険であった。

 狭い通路を馬鹿げた速度で必死に走り抜け、何とか外に出る事が出来たが、正直心臓に悪い。

 まるでどこかのアクションゲームのようで、心的ストレスが半端ではない。

 おっさんは疲れている訳ではないのだが荒い息を吐く。


『何とか……ハァハァ、外に……出られたか……』


 ゼロスが外に出ると同時に制御室は完全に閉ざされた。おそらくは高密度魔力体を倒すまで隔壁は開かないのであろう。

 領事館の外は魔力が戻ってきたおかげで【照光結晶】に光が灯り、天井を支える幾本の柱には幾重にも光のラインが伸びている。まるで機械の基盤のような模様に見えた。


『【ソード・アンド・ソーサリス】って、ここまで文明が高度だかったかな~? もっとファンタジーぽかった筈だが……』


 色々と納得ができないものを感じているおっさん。

 しかし、ここは異世界であり、彼はこの世界がどんな歴史を辿ってきたかなど分からない。

 邪神戦争より前の歴史は未だに謎が多かった。どれだけ調べても文献などは発見されておらず、邪神戦争期、僅かに生き延びた魔導士が残した書籍に少しだけ大まかな内容が書かれていただけである。

 文明発生期などの歴史は未だ多くの謎に包まれていた。


「さて……来たか」


 膨大な魔力の気配に振り向くと、漆黒の魔力が炎のように揺らめいていた。

 まず間違いなく強いと判断したゼロスは、ステータス画面を開き装備を瞬時に入れ替える。ゲームのようなことが可能だと知ったのは、実はモブ村での風呂上がりの時であった。

 何となくだが『ゲームみたいに早着替えできんかな?』と思ったゼロスは、ステータス画面の装備欄を弄って知ったのである。転生者が全員同じ事が可能となると、ゼロスを含めて別の摂理で生きている事になる。

 結局は面倒になって、『まぁ、便利だし良いか』の一言で考える事を放棄したのである。

 そして、彼が変えた装備は【殲滅者】という二つ名が付いた時の漆黒の装備である。

 手にした【魔法杖】に自然と力が入る。


『形は見えない……実体化していないのか? いや、それはあり得ない。これほど高密度の魔力なら、実体化していなければ魔力消費が大きいはず』


 心の中で呟きながら、ゼロスは【悪魔】から片時も目を離さない。

 その悪魔はゆっくりと魔力を凝縮して行き、一人の人間へと姿を変えた。

 ぞっとするほど整えられた顔立ち、金色の瞳に青い髪。背には翼を生やしており、どこかの制服のようなものを着こなしている。あえて言うならば軍服に近いだろう。

 その【悪魔】はゼロスを見据えると、悪意がないかのように微笑んだ。


「これはこれは、下等な人間よ、初めまして。我が居城に、呼んでもいないのにようこそ」

「随分と芝居がかってますなぁ、悪魔さん。もしかして名持ですかね? 名があるのなら教えて欲しいところなんですが」

「いえいえ、私はここから出た事がありませんのでね。名前などありませんよ」

「それは残念。中々の美形なのに、名前がないと女性達が困りますねぇ」

「何なら、あなたが付けてくださっても構いませんよ? それがあなたの生きた証になる」

「いやいや、僕は老衰で死ぬと決めてますので、死ぬのは勘弁してほしいところですよ。ホント……」


 軽い言葉のあいさつ交わしながらも、悪魔の目は獲物を狙う獣のソレであった。

 この悪魔は多くの人々の怨念と記憶を吸収し、2000年以上もこの場所で記憶の摩耗を堪えながら存在し続けてきた。また、記憶の忘却が意識の統合を円滑に進め、必要のない情報だけが消えていった。

 あるのは生者への悪意と憎悪、生気を喰らい存在する事だけがこの悪魔の存在理由である。


「それは残念、あなたはここで消えるんですよ。私に食われてね」

「はっはっは、またまた御冗談を。僕はいい年したおっさんですよ? そういうセリフは女性にでも言ってくれませんかな?」

「フフフ……なかなか楽しい方ですね。ですが、私は冗談は言いませんよ? それに、性別なんて私には意味がありませんので。生きている者達は全て私の食事ですから」

「これは怖い事を仰る。お尻を狙うのは白い猿だけにしてくれませんかねぇ?」

「本当に愉快な方ですね。虫唾が走りますよ、憎たらしくてね」


 悪魔の姿が忽然と消えた。

 それに合わせてゼロスは左手の【魔法杖】を振るうと、『ガギィン!!』と甲高い音が響く。

 魔法杖に取り付けられた刃と、悪魔の手から伸びた長い爪がぶつかり合い火花を散らす。


「これはまた、怖い御方だ。いきなり先制攻撃ですかね?」

「フフフ、それを受け止めたあなたも、随分と手練れでいらっしゃる。数日前に来た者達とは明らかに違いますね」


 悪魔は爪で容赦のない攻撃を繰り出し、ゼロスはそれをいなしては隙を突いて攻撃を加える。

 

「いえいえ、これでも歳なんでねぇ、ゆっくり隠棲したいところですよ」

「私に食われれば休めますよ? 永遠にですが」

「またまた、そんなに長い事休んだら体が太ってしまいますよ。これでも健康には気を使っているものでして、できるなら畑でも耕していたいんですけど」

「本当に憎らしい方ですね。今から腹を引き裂くのが楽しみで仕方がありません」

「できますかね? こう見えて結構強いですよ? 僕はねぇ」


 言葉とは裏腹に激しい攻防が繰り広げられる。

 ゼロスが突きを入れれば悪魔はそれを躱して反撃を加え、その攻撃を棒術で弾き躱してまた攻撃。

 目まぐるしく変わる攻防は、誰も見ていない街の中で交わされていた。

 薄暗い街の中、火花が飛び散る。


「ふむ……簡単には殺されてくれませんか。なら、これならどうです?」

「どのような見世物を出してくれますかねぇ?」

「それは見てのお楽しみですよ。フフフ」


 悪魔が魔力を高めると、その魔力から青い炎に包まれた人の頭蓋骨が現れた。

 その頭蓋骨は意思があるかのように宙を飛び、四方からゼロスに向けて襲い掛かる。

 

「中々の出し物ですねぇ、お返しに【黒雷連弾】」


 ゼロスは周囲に漆黒の雷球を生み出すと、すかさず頭蓋骨を迎撃する。

 黒雷に貫かれた頭蓋骨は簡単に霧散し、更にそのまま悪魔に向かって襲い掛かった。


「クッ、このような……」

「逃げないでくれませんかね? これは先ほどのお返しなんですから、ちゃんと受け止めてくれないと困りますよ」

「それは辞退させていただき……なにぃ!?」


 悪魔は必死に避けようとするが、黒雷は執拗に追いかけてくる。

 まるで自分に引き付けられているかのように高速で迫り、避けてもまた方向を変えて別の個所から襲ってきた。悪魔は避けるのを諦め、鋭い爪で迎撃に切り替える。


「あっ、言い忘れましたが、それに当たると危ないですよ?」

「なぁっ、ぐあぁああああああああああああああああああああああああっ!?」


 黒雷を弾き飛ばそうとした瞬間、爪が当たると同時に炸裂し、放電攻撃によって動きが止まる。その隙に他の黒雷が四方から囲むように襲い掛かった。

 悪魔は避ける事も叶わずに直撃を受ける。実態を得ても悪魔は魔力体、魔法による攻撃は自身の体にダメージを与えるには充分だった。

 これが普通の魔導士であれば掻き消す事も出来たのだろうが、ゼロスの魔法は馬鹿みたいに魔力が凝縮されている。当たるだけでも魔力体は削られてしまうのである。


『魔力溜まりに住み着いていたんだから、この程度では倒れないだろうなぁ~。面倒な奴が出てきたもんだ』


 うんざりした表情で悪魔を見据える。

 その悪魔は見た目的にはたいしてダメージを受けたようには見えない。


「多少魔力を削っただけか、これだから【悪魔】はめんどくさい。見た目でどれだけのダメージを与えたのか、判別するのが難しいからなぁ」

「中々に効きましたよ。人間風情にしては随分と手強いようですね、増々殺したくなりますよ」

「それは遠慮したいなぁ~。妻と子供が待っているんですよ」

「ならば、その妻と子供も喰らってあげましょう。その前に、あなたを殺して差し上げなくては」


 冗談を交えながらも、互いに厄介な相手だと認識した。

 片や膨大な魔力の集積体、片や何をしでかすか分からない人間の魔導士。どちらにしても面倒な相手だと思いながらも、どうやって倒すかを考えている。

 だが、先手を取ったのはゼロスであった。


「遅延術式、解放!【シャイニング・ノヴァ】!」

「な、なんだと……」


 悪魔はゼロス共々光に呑まれる。

 元より範囲浄化魔法であり、同時に破壊魔法である。実体化している以上、体は常に魔力消費の負担が掛かり、浄化によって魔力が大幅に削られる。

 ゼロスも攻撃魔法を自身で受けた形になるのだが、彼には【変わり身の形代】と呼ばれるアイテムで攻撃から逃れる手段が残されていた。

 このアイテムは一度だけどんな攻撃の効果からでも逃れる事ができるが、受け流したのは【シャイニング・ノヴァ】の爆風であり、浄化の光は自身で受けた。

 元々浄化の光はアンデッドや魔力体にしか効果はなく、それは悪魔にも多大な効果をもたらす。


「グゥ……まさか、自分ごと魔法に巻き込むとは……」

「至近距離からの攻撃でしたし、精々腕一本分の魔力ってところですか? まぁ、それでも弱らせるには充分な効果でしたがねぇ」

「貴様……あの攻撃を自身で受けておきながら、なぜ弱っていない……」

「さて、手品の種を教えるマジシャンはいないと思いますが? ところで、化けの皮が剝がれてますぜ?」


 多少は弱らせたといえど、それで油断できる魔物ではない。

 特に【悪魔】は人型に姿が変えられるほど力が強い。それは自身の魔力を完全に掌握している事の表れであり、言い換えるならば魔力を自在に扱えるという事に繋がる。


「調子に乗るなぁ、人間風情がぁあああああああああああああああああああああああっ!!」

「意外に短気だったか……。第二形態なんて漫画みたいだぁ~ねぇ~」


 悪魔は次第に肥大化して行き、まるでサイクロプス並みの巨体へと膨れ上がった。

 肌は赤銅色で高質化し、頭部には湾曲した角を生やし、背には巨大な羽と長い尻尾。

 ところどころに鱗や剛毛で覆われていた。


「矮小な糞虫がぁ、大人しく死んでいればよかったものを……我を本気で怒らせたなぁ!」

「その、やられ役なセリフを何とかしなさいな。物語の冒頭で偉そうに出てきた挙句、三話くらいで倒される雑魚みたいだが?」

「黙れぇえええええええええええええええええええっ!!」


 悪魔の長い尻尾が建物を粉砕し、瓦礫がゼロスに迫ってくる。

 その瓦礫の中を突進し、飛び交う破片を足場に猛然と迫ると、遅延術式を開放した。


「【氷華霧散】【黒雷連弾】【ボルガニック・ゲイザー】【風龍暴縛陣】【グラビティ・バースト】」

「ゴアァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」


 凍結され、黒雷で貫かれ内側から焼かれ、吹き上がるマグマで焼かれ、巨大な竜巻に巻き込まれた挙句に真空の刃で切り刻まれ、動きまで封じられた挙句に重力圧壊に巻き込まれる。

 流れるような連続攻撃に対し、悪魔はただ蹂躙されていた。

 おっさんが思いついたのは、『実力を出す前に徹底的に弱らせてしまえ』であった。

 そもそも正々堂々と戦うとは言っていない。圧倒的な火力にものをいわせ、舌なめずりをしている最中に完膚なきまでに力を奪う。後は冷静にじっくり確実に始末するだけである。

 油断をしている合間に徹底的に攻撃をぶち込み、相手の持ち札を奪い去り、気が付けば地獄の入り口に立たされている状況を作り出す。


「【アブソリュート・ゼロ】【ガイア・プレッシャー】【デストラクション・タイフーン】【プロミネンス・ノヴァ×5】【エクスプロード×7】【ライトニング・ブラスター×20】」

「ちょ、ま、待て……」

「【コロナ・ナパーム×25】【コキュートス×3】【天地爆裂】【マグナ・インフェルノ】【アイスバーグ・プレス×7】【アビス・フォール】」

「や……やめ……おねが…話を………」


 情け容赦ない魔法の爆撃がこれでもかと悪魔に降り注ぐ。

 どちらが悪魔だか分かりゃしない。

 この問答無用の仁義なき殲滅の嵐はしばらくの間続いた……。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


「な、何か……スゲェ音が響いてこないか?」

「あぁ……遺跡の奥で何が起きてんだ?」


 イーサ・ランテの門の前で、傭兵達は明かりがかってくる遺跡内部を覗き見していた。

 それでもまだ暗く、奥の様子までは窺い知れないのだが、時折途轍もない光と炎が吹き上がり、更には連続で響く爆発音に顔が蒼ざめている。

 つまりは、それだけの魔法攻撃を加えないと勝てない相手がいる事になり、興味本位で侵入すれば巻き込まれていた可能性も高い。

 最悪、自分達がその攻撃対象に出くわしていた可能性を考慮すると、侵入を止めてくれた土木職人達に感謝しても足りないくらいであった。


「派手に……やってるな。あのおっさん……」

「そうね。でも、それだけの相手がいたという事でしょ? かなり危険な遺跡だったみたいね」

「おじさん……本気で殲滅する気みたい。いったい何と戦っているんだろ」


 イリス達も様子を窺っていたのだが、その破壊音はここまで響いてくる。

 つまりは【殲滅者】に戻らねば倒せない存在がいた事になるとイリスは判断した。


「ここ、2000年もの間閉鎖されていたんだよね? しかも、魔力溜まり……」

「結果的に見るなら、そう言う事になるな。それがどうしたんだ?」

「……悪魔でも生まれてたんじゃないかな? しかも2000歳……かなり強力な奴」

「イリス……悪魔なんて御伽噺の存在よ? 実際に見た人なんていないわ」

「けど、これだけの死体があって、それだけ瘴気が発生していたって事でしょ? その瘴気が魔力溜まりに流れ込んだら、悪魔は生まれると思う」

「それは何か? おっさんは悪魔と一人で戦っているていうのか!?」


 イリスの答えは当たっていた。

 以前、【フェアリー・ロゼ】と戦った時に、ゼロスが『悪魔が生まれそうでしたよ』と言っていた事を思い出していた。そして、このイーサ・ランテは悪魔の発生条件にぴったりと当て嵌まる。


「多分……。おじさんも全力みたいだし、かなり凶悪な奴だと思う」


 イリスの言葉に、レナとジャーネは沈黙した。

 悪魔の存在は御伽噺としてしか語り継がれておらず、今ではどんな条件で発生するかなど誰も知らない事である。それを知っているイリスもまた、ゼロスと同じ常識外れの魔導士なのだと気づいたのだ。

 幸いイリスの実力は二人の常識の範囲内であり、ゼロスほど非常識ではない。

 そんな桁外れの魔導士が本気で戦わなくてはならない存在など、二人は考えたくもなかった。


 そして、遺跡の奥から響く破壊音は、イーサ・ランテの街が明かりに包まれる頃に終わりを告げる。

 闇に包まれた古き街に、再び光が戻ったのである。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 時を少し戻す。

 現在ゼロスは悪魔と絶賛戦闘中。

 たとえ荒れていようとも、イーサ・ランテの街は遺跡としては美しいまま残されていた筈だったのだが、一部のエリアではその町並みは完全に失われていた。

 吹き荒れる魔法の嵐により、完膚なきまでに破壊し尽されたのである。

 悪魔ごと街並みを破壊し続けた張本人は、その瓦礫の中に佇む漆黒の魔導士。


『まだ生きてるな……存外しぶといもんだ。悪魔のくせに生意気な……』


 爵位級と呼ばれていたようだが、そのランクの意味が未だに分からない。

【鑑定】スキルは今日は不機嫌のようで、悪魔の情報を教えてはくれない。実に気まぐれである。

 この世界の常識も完全に理解できている訳ではない。ましてや古代魔法文明の常識など分かるはずもなく、かつての英知と知識は全ては忘却の彼方である。

 それは兎も角として、おっさんが蹂躙していた悪魔は未だに存在していた。

 徹底的に攻撃を加えて弱らせたはずだが、纏わりつくような魔力が漂っている事で、悪魔は消滅したわけではないと気づいていた。

 問題はどこに潜伏しているかなのだが、問答無用で撃ち込んだ魔法攻撃のせいで悪魔の魔力が周囲に拡散し、魔力だけで気配を探る事ができない。


『いっそ、この辺りを浄化した方が早いか?』


 ここまで徹底的に破壊をしたのだから、今更遠慮する必要はない。

 浄化するために魔法を発動したとき、ゼロスの体に激しい圧力が加わった。


「グッ、グアァアアアアアッ!?」

「ククク……予断したな、糞虫ィイィィィィ!」

「くっ、実体化を解いただとぉ!? 悪魔にそんな能力が……いや、妖精ができるのだから、悪魔にできたとしても、グアァアアアアアアアアアアアッ!!」


 悪魔は一時的に実体化を解除し、角の生えた蛇に変化してゼロスに絡みついていた。

 締め付ける圧力がゼロスを苦しめる。


「このまま貴様を絞殺し……その魂を食ろうてやるわぁ!」

「グッ、グクク……お前は、馬鹿か……」

「なにぃ?」

「消えろ……【シャイニング・ノヴァ】!!」


 悪魔は、ゼロスが自分自身ごと巻き込んだ魔法攻撃の事を忘れていた。

 強力な魔法攻撃の中で無傷でいられるのなら、それは戦いの中で脅威である。何しろ敵陣の中で魔法を撃ち放題になるのだ。これほど凶悪な攻撃はないだろう。

 一度でもこの攻撃を受けたのであらば警戒すべきところだが、悪魔は今まで自分より強い相手と戦った経験はない。逆にゼロスは【ソード・アンド・ソーサリス】の世界で散々強者と戦っている。

 

「グオォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォッ!!」


 悪魔はゼロス共々光の奔流に包み込まれる。

 光が収まると、そこには漆黒の魔導士だけが残されていた。


「【変わり身の形代】や【身代わり人形】を使った自爆テロには、苦戦したからなぁ~……」


 PKプレイヤーが良く使った攻撃が、攻撃無効化アイテムを利用した自爆である。ゼロス達殲滅者はその自爆テロをカウンター攻撃するために同じ手法を用いていた。

 だが、そうなるとPK連中もアイテムを揃えてくるわけで、最終的には自爆合戦に発展して行く。

 アイテムが切れた方が負けとなり、勝っても負けても懐に手痛い打撃を受ける不毛な戦いであった。


「う~ん。こうなると中枢のマナ・スポットも覗いてくるか? めんどくさ……」


 悪魔が生まれていた以上、この街の中枢部にも多くの死体が転がっているはずだった。片っ端から浄化せねば再びアンデッドが生まれかねない。

 ぼやきながらも一歩踏み出そうとしたとき、悪魔の黒い角が足元に落ちていた。

 ごく稀にではあるが、魔力体の一部がドロップアイテムとして落ちている事がある。

 本来なら自然界の魔力の中で霧散するのだが、恐縮された魔力が固体となって残され、武器などに加えると特殊な効果が発揮される事ができる。

 悪魔の角や爪といったアイテムは、武器の強化に使う優秀な素材として割と有名であった。


「ふむ……【デモン・ジェネラル】クラスだったな。何かに使えるかもしれんし、回収しておこう」


【悪魔の角】と【魔石】を手に入れて、ゼロスは再び領事館の中に入ってゆく。

 魔力溜まりのある中枢ブロックに向かう間、死霊達が問答無用で浄化されるのであった。

 こうしてイーサ・ランテの街遺跡は浄化され尽されたのだが、古代の地下都市が目覚めたことで各所に騒ぎが起きた事など、おっさんは知らない。


 大賢者は無責任なまでにフリーダムであった。 

 

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