おっさん、エア・ライダーをガメる
ゼロスが遺跡イーサ・ランテ内部に侵入して二時間、イリス達傭兵は暇を持て余していた。
時折奥から聞こえる破砕音が、ゼロスの健在である事を知らせてくる。それを傭兵達はなんとも歯がゆい思いで聞いていた。
遺跡の中には数多くの魔道具や宝飾品が眠っており、これは一獲千金のチャンスでもある。
しかし、中にいる魔物は全て自分達の手に負えないようなものが多く、みすみす大金獲得の好機を捨てている事になる。
更に言うならここは国家事業の現場であり、この場所で古代遺跡が発見された以上は国の命があるまで中に入る事は許されない。何しろ生きた古代遺跡である。その価値を推し量れば当然の事だろう。
しかも無数のアンデッドが蔓延っており、中途半端な実力者では死にに行くようなものだ。
また、既にこの遺跡の事はデルサシス公爵に伝わっており、その裏にはイカレタ速度で走る召喚士の姿が見え隠れしている。何気に【ハイスピード・ジョナサン】は大活躍をしていた。
しかも報告を行ったのは傭兵を締め上げた前日で、次の日の街門発掘の時にはすでに勅命文を持って戻ってきている。そのせいで公爵家から勅命が下り、傭兵達はこっそりイーサ・ランテに侵入する事もできない。その大きな理由がアンデッドと呪われた道具の存在である。
アンデッドとは魔力に多くの負の感情が集積し実体化し、屍に憑依した生きとし生ける者の敵である。そんな魔物が存在する遺跡からは、呪われた物が多く発見される。
多少のバッドステータス効果なら別に問題はないのだが、中には命に係わる危険な物も存在する。
最悪その装備に精神を乗っ取られ、狂人として殺される傭兵も少なくはない。
余計な犠牲者を出すわけにもいかず、イーサ・ランテ遺跡は一時的に封鎖される事となった。
現在騎士団とソリステア派魔導士の一団がこちらに向かう準備している最中であり、例外としてゼロスは調査員として内部侵入の許可が下りた形となっている。
まぁ、事後承諾なのだが犠牲者が出るよりはマシであろう。
だが、それで納得するほど傭兵達は利口ではない。いや、この場合は良識がない者達と言えば正解か。
「何で、あの魔導士は中に入れんだよ! お宝を独り占めにされたらどうするんだ!!」
「そうだぁ、俺達だってスケルトンぐらいなら相手にできるぞ! 俺らも中に入れろぉ!!」
「大物なんて、そう簡単には出てはこねぇだろ! いいから俺達も行かせやがれ!!」
この調子である。弱い犬ほどよく吠えるという言葉があるが、彼らがまさにその例である。
基本的に低ランクの傭兵で、毎日その場しのぎの稼ぎしか働かない。そのうえ有能な新人を目の敵にするなど、何ともさもしい連中が群れていた。まともな傭兵達は遠巻きに見ているだけである。
そんな連中を睨みつけているのが、ハンバ土木工業を含む土建会社の職人達。
彼らは過酷な場所に仕事に向かう事が多く、並みの傭兵よりは遥かに腕が立つ。魔物や盗賊を相手にする事も多く、まさに工事戦士なのである。
「ここは国家事業の現場だ。あの遺跡は未発見の上に、内部がどんなものか誰にも分からん。しかもアンデッドが生まれていたとなれば、瘴気で色んなもんが汚染されている可能性が高い」
「だから何だっていうんだよ」
「手にしただけで呪われる代物がゴロゴロしてるって話だ。てめぇらが呪われるのは一向に構わねぇが、そんなものを世間に出回らせる訳にはいかねぇんだよ!!」
「そんなの知ったことかぁ!! 俺は金が欲しいんだよぉ、国の連中が来たら全部没収されるじゃねぇか!!」
欲に狂った連中は人の話を聞かない。
それは他の傭兵も同様で、土建の職人達と一発触発の状況だった。
「やんのか、このへなちょこ傭兵共! あぁ?」
「上等だよ! そのひげ面、綺麗に剃ってやんよぉ。この腐れドワーフがぁ!!」
―――グワシャ!!
傭兵とナグリの拳がクロスし、互いの顔面に拳が叩き込まれる。
しかし、吹き飛ばされたのは傭兵の方だった。ナグリは顔に傷一つ負ってなどいない。
吹き飛ばされた傭兵は何度も地面を転がりバウンドし続け、やがて石壁に叩きつけられて止まった。
当然だが白目を剝いて気絶している。
「チッ! 口ほどにもねぇ、こんなんでよく傭兵なんてできるな。とんだ雑魚じゃねぇか」
「ジョドーぉ!? やりやがったな、この親父ぃ!!」
「てめぇらみてぇな糞ガキを持った覚えはねぇ! 文句があるなら、格が500もある化け物を一人で倒してみやがれ!! 先に行った魔導士は単身でそれをやり遂げたぞ!」
「あんな化け物がそんなにいてたまるかぁ! 退きやがれぇ!!」
「させるかぁ!! 野郎どもぉ、この馬鹿どもを止めるぞ!!」
「「「「おぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」」」」
「「「「稼ぎの邪魔すんじゃねぇえぇえええええええええええええっ!!」」」」
そして始まる大乱闘。
欲深き愚か者と仕事一筋頑固者とが入り乱れ、互いの拳で殴り合う。
暗黙の了解でこうした殴り合いに武器を持ち込むのはご法度であり、男同士は全てステゴロで決着をつけようとする。仮にここで武器を持ち出せば、それは傭兵としても職人としても信用を失う。
引くに引けない男同士の語り合いは、拳で決着をつけられるかどうかで決まる。腐っていようが頑固であろうが、彼等の心の奥底には捨ててはならないルールが存在していた。
「男って、馬鹿よねぇ……。いつまでたっても子供なんだから」
「レナ……そう思うなら止めてきたらどうだ? なにアンニュイに頬をついて、溜息なんかしてるんだ」
「嫌よ。あそこに私好みの子がいるならいいけど、いるのはむさ苦しい男ばかりだし」
「レナさん……何気に酷いね。それで、私達はどうするの?」
イーサ・ランテ遺跡の内部に入るか、それともこの場で傍観するかが問題である。
そもそも彼女達の仕事は土木作業員の護衛であり、定期的に地中を塒とする魔物の盗伐が目的である。遺跡内の探索は依頼に含まれてはいない。
しかもここは国家事業の現場であり、遺跡に関しては報告を受けて探索班や調査団の到着を待たねばならない義務が生じる。
一攫千金しか頭にない男達は、そのルールを破ってイーサ・ランテ遺跡に入り込もうとしているのだ。
未発見の遺跡を自身が発見して探索するなら話は別だが、国家事業の現場で発見された場合には法律に従う義務が生じる。その法を無視して強行すれば、犯罪者としてしばらく強制労働をさせられる事になる。何しろここは元から古い遺跡であり、別の遺跡が発見される事も考慮されていた。
「護衛を続けた方が良いわね。下手な真似して犯罪者にでもなったら時間の無駄だし、可愛いBOYと愛の語らいができなくなるから」
「どこまでも趣味を貫くのか……。ある意味ではもの凄く信頼できる傭兵だな。アタシには分からん領域だが」
「美少年は良いわよ? 穢れてないし、純粋で可愛いわ。大人になったらどこまでも汚れて、現実の荒波で廃れていくもの」
「レナさん……それ、普通に犯罪だからね?」
レナはぶれない。どこまでも冷静沈着なショタだった。
遺跡を探索に向かおうとしないのも、犯罪者として拘束される時間を無駄にするなら、その時間だけ少年達と良い事できるからだ。
彼女はどこまでも歪んだ愛に生きている。
それは兎も角として、殴り合う男達の中には小狡い者も少なからず存在する。捨ててはならない矜持すら持たない小悪党だ。
その男は乱闘から逃れ、一人抜け駆けをするべくイーサ・ランテ遺跡の門に向かっていた。
「へっ、馬鹿共は勝手に殴り合ってりゃいいんだ。俺はお宝を……へへへ」
たとえ性格が腐っていても、一対一で殴り合える者は多少なりとも信用される。
だが、その中にも入れない少しばかり小利口な悪党は、他人を出し抜く事に余念がなく強い者の傍で虎視眈々と上前を撥ねる瞬間を狙う者が多い。この男もそんな一人であった。
そんな男の前に、フラフラと覚束ない足取りで向かってくる傭兵の姿が見えた。
その数は四人。そして、その傭兵の姿に男は見覚えがあった。
「モ、モッコス!? それにポルチノフ……生きていたのかぁ!」
それは男の仲間であった傭兵の姿である。
前日に酒を飲み、二日酔いで寝込んでいる間に彼の仲間は抜け駆けして遺跡内部に向かった。
そして帰ってくる事がなかった。
「お、おい……大丈夫かよ」
「あ……あぁ……」
よほどの恐怖に直面したのか、仲間の声は言葉になっていない。
その様子に男は門の先に行く事を躊躇ってしまう。
モッコスという傭兵は怖いもの知らずの豪胆な男だった。悪く言えば粗暴で考えなしだが、戦いとなればこれほど頼もしい者はいない。
そんな男が憔悴しきった表情で、生気の欠片もなく歩いてくる。
死霊などは生者から魔力を強制的に奪う事があり、もしかしたらその力を受けたのではと考えた。
何にしても弱った仲間を無視すれば、彼は多くの傭兵から信用を失う。
別に心から信頼しあう仲間という訳ではないが、周囲の目も考慮し、仕方なしに彼はモッコスに近づいた。小狡いがゆえに周りの目を気にするのだ。
「おい、モッコス! どうしちまっ!?」
男が近づいた瞬間、突然モッコスと呼ばれた男は彼に抱き着き、首筋に嚙みつく。
そして、加減のない力で肉を食い千切った。
「ぎゃぁあああああああああああああああああっ!!」
絶叫と大量の血飛沫が上がり、その絶叫が大乱闘を中断させた。
誰もが一斉に振り向くと、血を流して倒れる男に食らいつく傭兵の姿が目に留まる。
「お、おい……アイツら、何……してんだ?」
「食ってるのか……? 人間を……」
「ま、まさか……アレは……」
「【食人鬼】……。嘘だろ、あいつらはこの間まで普通に人間だったぞ……」
「待てぇ、奥を見ろ!!」
イーサ・ランテの門の先に広がる闇の中から、ゾロゾロと現れるスケルトン。
その中には見た事がある連中の姿まで混じっている。
「まさか、こんなに早くグールになったのか? あり得ねぇ……」
「それに、あのスケルトンの数……。あの魔導士は何をやってんだよ!」
「いくら強くても一人だぞ! 中が相当に広かったら、一人でカバーはできねぇだろ!」
次第に増え続けるアンデッド。
このままでは大量のスケルトンやグールに埋め尽くされてしまう。
「チッ! 野郎どもぉ、防壁を作るぞ!!」
「「「「おうさぁ!! 【ガイア・コントロール】【ロック・フォーミング】」」」」
真っ先に動き出したのがハンバ土木工業の職人達。
彼らはいち早く動き、防壁を作り上げる。恐ろしく荒事には慣れていた。
「防壁から越えてくる奴らを集中的にねらえ!」
「「「「おぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」」」」
長い時間隔離されていたグールやスケルトンは思考能力がほとんどない。
ただ生者を襲い、生気を吸収して自身を維持するだけの機械のようなものだ。それだけに動きが単調である。しかしながら数が多い。
「アタシ達もいくぞっ、イリスは魔法で数を減らしてくれ!」
「了解!」
「私は、できるだけスケルトンの数を減らす事にするわ。傭兵の数も多いから、同士討ちには気をつけてね」
スケルトンやグールは防壁を超えようとしてくるが、なかなか乗り越える事が出来ずにいる。
また、動きが遅いために各個撃破は容易であった。
その大きな理由が内部に侵入した中年魔導士であり、自分を囮に使い集団で集まってきたところを【シャイニング・ノヴァ】で消し飛ばしていた。
アンデッドは元より生気や強い魔力に誘引される性質があるため、一方的に殲滅されるしかない。
知能が残っていれば状況は変わったのだろうが、2000年以上も地下に閉じ込められていたので本能しか残っていない。それでもレベルはそこそこ高く、一体のレベルが300前後と強敵である。
魔力溜まり近い場所にいたせいか意外に魔法耐性も高く、物理攻撃に対しては魔力強化で補っているようだが、元が疑似魔力体に憑依され動いているだけなので自爆しているようなものだ。
何しろ攻撃を受けるほどに魔力を消費する。しかも知能がないので弱っている事すら分からない。
数は多いが決して不利という訳ではなかった。
「オラァ! ジャンジャン持ってこいやぁ、片っ端から粉砕してやんぜぇ!!」
「こっちとら、仕事ができなくてストレスが溜まってんだよぉ!! ぶっ壊させろやぁ!!」
「こいつら、職人だよな? 何でこんなに強いんだよ……」
「知らん。とんでもない奴らにケンカを売ってたんだなぁ……」
ドワーフが振るう斧やハンマーは、スケルトンを簡単に粉砕して行く。
スケルトンのレベルは傭兵達よりも高いはずだが、そのスケルトンを一撃で倒していた。
その大きな理由が常に使っている土木作業魔法が原因だった。
ドワーフは魔力が高いが基本的に戦士系。そんな彼らは土木作業で魔力操作や保有魔力量が高まり、自然と魔力を自在に扱えるようになっていた。
スケルトンが頑丈なのは骨に憑依した死霊の魔力量に依存し、魔力の込められたハンマーなどで叩かれると、自己の存在を維持できなくなる。無論、死霊の魔力量が尋常でないほど高ければ倒される事もないが、それほど魔力量が高ければ【インプ】や【デーモン】などに変質しているはずである。
死霊の本質は妖精と変わらず、魔力の込められた攻撃には比較的に弱かった。そんなアンデッドを職人達は片っ端から粉砕し、傭兵達は言葉をなくす。
「てめぇら、ボーっとしてんじゃねぇ! ちんたら遊んでやがったら基礎のセメントに沈めるぞ!!」
「「「「サー・イエッサー!!」」」」
ナグリ、傭兵達を掌握する。
傭兵は実力主義の世界である。戦闘のプロである筈なのに、職人の方が遥かに強かった。
そうなると、元より纏まりのない傭兵の指揮は、自然と他者を指揮する立場のナグリが執る事になる。
何より並みの戦士よりも強かったのが大きな要因であろう。
「チッ、また団体さんが来やがったぜ」
「構うこたぁねぇ、片っ端からぶち壊しぁあ良いんだよ!!」
無双する職人達は圧巻だった。
振るわれる巨大なハンマーがスケルトンを粉砕しながらも薙ぎ払い、ツルハシをブーメランのように巧みに扱い、スコップで両断し、クレーンを上下させるために使うチェーンで攻防一体の攻撃を仕掛ける。
本当に職人なのか判断できないほど、職人達の力は常識を逸脱していた。
工事戦士達は、建築職と戦闘職を巧みに使い分けるプロフェッショナルであった。
「魔法攻撃、いっくよぉ~~~っ! 【エア・バースト】!!」
地下世界で炎系統の魔法は使う訳には行かず、イリスは風系統魔法でスケルトンやグールを吹き飛ばす。
一か所に固まっていたスケルトンを一網打尽にし、グールは全身骨折で動けなくなる。
元より死体なので遠慮する必要はない。
「おりゃぁ!!」
ジャーネは大剣でグールを両断すると、その勢いを殺さずに寄ってくるスケルトンを破壊し、更に剣に込められた魔法を作動させて後方のスケルトンを焼き払う。
以前ゼロスが作った剣であり、魔力を込めると剣が炎で包まれ、また【ファイアーボール】として打ち出すことができる。一般的に魔剣と呼ばれる武器だ。
「ジャーネ、あまり放火はしないでよ? こんな所で火事になったら大変だから」
「放火じゃないぞ!?」
レナはスケルトンの剣を盾で受け止めると、そのまま湾曲を利用して受け流し、シミターで頭部を叩き割る。常に囲まれないように動き続け、隙を突いて魔力を込めて切り付けていた。
おそらくは三人の中で一番の技巧派なのだろう。これで変な趣味がなければ良い傭兵なのだが、そこが残念である。
「スケルトンって、倒した気になれないのよね。骨だけに手応えを感じないから」
「古い骨なだけに脆いのが助かるな。真新しい骨だったら手古摺っていたぞ……グールは厄介だが」
「面倒だから、さっさと浄化しちゃおう。【ライトニング・レイン】!」
スケルトン達の真上から、雷光の雨が降り注ぐ。
直撃を受けたスケルトンは砕け散り、憑依していたレイスは魔力の奔流で自己維持ができずに消滅した。
アンデッドを相手にするには光属性魔法が確実であることを傭兵達は知る。
「スゲェ……俺も魔法を覚えようかな?」
「ソリステア商会で買うのか? 意外に高いぞ?」
「だが、あの威力は魅力だな。戦闘の幅が広がるしよ」
ソリステア商会は傭兵ギルドと提携を組んでいる。
魔法購入のためにはギルドだけでなく商会のリストに名前を記載し、厳選な審査のうえで購入できるようになる。当然だが、素行の悪い者やサントールの街に在住して15年ほどの在住期間がないと、審査から省かれ魔法を購入する事はできない。
魔法は犯罪に使われる事が多いので、そのあたりも厳しい審査が必要となる。
僅かな稼ぎのために報告もせず、未探査の遺跡に侵入するような輩はリストに登録されない事は間違いない。登録に必要なのは民衆に対しての貢献度と信用なのである。
「グールが厄介だな。スケルトンより動きが速いだけでなく、強い……」
「あぁ、あいつらも馬鹿な死に方をしたもんだ」
グールも基本はスケルトンと変わらず、死霊が死体に憑依した魔物だ。
だが、肉体を限界まで超えて酷使するために力は強く、魔力で強化されているために負荷も軽減される。
元より死体なので体の負担を考える必要もなく、生前の人物の記憶を使うことで戦い方まで人間と遜色はない。何より死体がフレッシュなのが問題だった。
グールは死体が新しいものほど強い。そのうえ憑依した死霊が複数の死霊と融合した【レギュオン】であると、その強さは格段に跳ね上がる事になる。
そのグールが猛突進をし、イリスに向かって走り出した。
「イリスッ!?」
「あ、危ない!!」
イリスが猛然と襲い掛かるグールを確認できた時は、既に目の前に迫ってきていた。
剣を振りかざし、厄介な敵を排除しようとするグール。
そんなグールを見据え、イリスはくるりと【ルーンウッドの杖】を回すと、下から跳ね上げるように振り上げグールの顎を砕く。
「チェリオォォォォ!!」
意味不明の掛け声とともに、イリスは連続で杖による突きを叩き込み、更に掌底でグールを弾き飛ばした。そんなイリスの背後から、新たに別のグールが剣で襲い掛かる。
イリスは僅かに身を逸らすと、剣はそのまま地面に叩きつけられた。その隙を逃さずイリスは杖を支えにし、回し蹴りをグールの頭部にくらわせる。
「ゴォ、アァァ……」
「見える……私にもグールの動きが見える! ありがとう、メイケイ師範……」
イリスは一瞬虚空を見上げると、そこには純白のコッコが『コケ、コケコケッコ(動きは見るものではないわ。全身で感じるものよ)』と爽やか(?)な笑みを浮かべた姿が浮かぶ。
そして、戦いの場では決して油断しない事も教えてもらった。
倒れているグールに向けて、イリスは即座に魔法攻撃に移行する。
「【シャイニング・ゲイザー】!!」
少女の小さな手で拳を作り地面を『ぺちっ!』っと叩くと、地面から白い光の本流が間欠泉のように吹き上がり、グールを飲み込んだ。高々と舞い上がるグール。
そのグールに取り憑いた死霊は浄化され、ただの死体に戻る。
魔法使いに憧れていたイリスは、この異世界で見事【殴り魔導士】に転向していた。
これはコッコ達による訓練の賜物であるが、魔導士としての観点から見ると何かが違う気がする。
イリスはいったいどこへ向かおうとしているのか、気になるところだ。
「イリス……なんであんなに強いんだ?」
「さぁ……元より私達よりも強かったし、コッコ達との訓練を受けたからかしら?」
「アレ……魔導士の戦い方じゃないよな?」
「……そうね。ジャーネもコッコの鍛錬を受けてみる?」
「……やだ」
仲間達から妙な視線を向けられているイリスは、そうとは知らずに腕に炎系の魔法を纏わせ、スケルトンを焼き払っていた。
黒焦げになったスケルトンに対し、『燃えたろ?』などと言っていたのはお約束である。
ともあれ、アンデッドの襲撃は職人と傭兵達の手で未然に防がれた。
騎士団がこの地に到着するのは、それから四日後の事であった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「【ライトニング・レイン】」
無数の雷が蔓延るアンデッドを蹴散らし、無明の闇の中を悠然と進んで行くゼロス。
僅かに照らす魔法の明かりだけが彼の行く道を照らし、闇から現れるスケルトンやゴーストは問答無用で消滅させた。
中には【インプ】や【レッサーデーモン】の姿も確認できた。
それ以外も広大な街の中を駆け抜け、【スケルトン・カイザー】などの大物は片っ端から殲滅している。
【スケルトン・カイザー】は無数のスケルトンが一つに固まった魔物なので、一気に叩き潰さなくては分離して軍団になりかねない。倒すには楽だが外に出られては困るのだ。
さすがに【シャイニング・ノヴァ】で一掃するにも魔力消費が激しく、自分を囮に一箇所に惹きつける事で滅する以外に手立てがない。それだけイーサ・ランテの街が広いのである。
幸い、アンデッドは魔力が剝き出しの魔物なので、【魔力察知】のスキルで居場所が分かる。
建物内に潜伏している死霊も根こそぎ消滅させていたが、些か数が多い。
『レイスやゴーストは魔力体だから察知は楽だが、どうしても討ち漏らしが出てくるなぁ~。まぁ、大した強さはないから外の連中に任せるとして、そろそろ領事館のところに行ったほうが良いか?』
死霊などは光に弱く、自然界の中では直ぐに消滅しやすい。その大きな理由が負の感情などで構成された魔力体だからである。
生物は生きている限り魔力を放出している。それは人や動物だけでなく、植物なども同様だ。
こうした魔力が活性化している状況下では、歪な存在である死霊は存在しにくい。
魔力体なだけに別に影響はないのではと思うかもしれないが、実際は瘴気と化した魔力で構成されている死霊は、常に活性化している生者の魔力と相性が悪いのだ。
魔力が人の精神に影響を受ける性質は、何も負の感情だけではない。喜びや慈しみ、正の感情も含まれている。相反する魔力を吸収する事はできない。
それ故に死霊は人気のない場所に潜み、魔力消費を抑えながら侵入者が来るのを待ち続け、獲物に恐怖を植え付ける事で魔力を吸収しやすいように仕向ける。
苦しみ抜いて死んで逝く感情が込められた魔力が最も吸収しやすいのだ。そして、最も正の魔力が高まるのが日中な事もあり、死霊は昼間に出てくる事は少ない。
仮に現れるのだとしたら、それは死霊と化した魔力に込められた記憶の中に、何か強い感情が残されているからであろう。
『【ソード・アンド・ソーサリス】の世界がこの世界をベースとしているなら、【照光結晶】を起動させる制御盤も領事館の真下にある筈だ。だが、【デーモン】がいないのはどういう訳だ?
これほどの瘴気と悪霊が存在するなら、【悪魔】が生まれていたとしてもおかしくはない』
ゼロスは違和感を感じていた。
以前妖精の集落で説明したと思うが、【悪魔】は瘴気に侵された魔力溜まりから生まれてくる。
イーサ・ランテの街はまさに巨大な魔力溜まりであり、2000年も手付かずだった事を鑑みても【悪魔】がいない事の方がおかしい。
普通なら、【レッサーデーモン】が無数に存在していたとしてもおかしくはない状況なのである。
そんな【悪魔】が全く見当たらない。
「まぁ、いずれ分かるだろう。しかし、死臭が酷いな」
2000年もの間放置された街は、至る所に死体特有の嫌な臭いが未だに残されている。
空気の対流が少なかった事と、長い時をそのまま放置されていた事が原因であろう。
ゼロスもこの独特な異臭には顔を歪め、辟易する思いであった。
『ん? あ、アレは……まさか!?』
さっさと目的を果たそうと思ったゼロスは、歩き出して直ぐにある物を発見した。
それは、いうなれば車輪の存在しないバイク。地下世界には不釣り合いな物が無造作に転がっていたのだ。思わず走り出すおっさん。
「ま、まさかの【エア・ライダー】だとぉ!? 何で、地下の街にこんなものが……」
【エア・ライダー】。文字通り空を行きかう事の出来るバイクである。
重力制御魔法による浮遊能力を備え、空気をジェットのように吐き出す事で前進する。
スピード調整は【エアロ・ジェット】と、前方部に備え付けられた【エア・ノズル】の放出によって行う。まさに夢溢れる素敵魔道具であった。
古代の魔法文明の高さを象徴するような存在に出会い、おっさんは思わず息を吞む。
何しろ【ソード・アンド・ソーサリス】の世界では現存するものは少なく、遺跡で残骸で発見される事が多かったのだ。稀にNPCがレイドの時に乗っていた事が記憶にある乗り物で、誰もが欲しいと思った便利アイテムが目の前に無造作に置かれている。
「こっ……これは、頂いちゃっても良いんでしょうかねぇ?」
埃が積もり、金属部が錆びついてはいるが状態は良い。
ここで手に入れられなければ、一生手に入れる事はできないだろう。
何しろ国の騎士団がこの地に訪れたら、この場に残された魔道具は全て没収される事になる。今が最大のチャンスで、しかもおっさんは誰にも分からないように運び出す事もできるのだ。
そう、インベントリーという名の四次元ポケットがあるのだから。
だが、国家事業の現場での盗みは大罪である。それが古代の遺物ならなおのことだ。
『どうする……。僕はどうしたらいい……』
おっさんは右を見る。
誰もいない。
左も見るが、誰もいない。
『ニヤリ』と笑みを浮かべたおっさんは、【エア・ライダー】をインベントリー内に収納した。
回収しておけば後で言い訳が立つ。何よりも、地下世界であるイーサ・ランテの街に【エア・ライダー】があること自体がおかしいのだ。
この日、おっさんは横領を働いた。ソリステア魔法王国では、古代遺物を回収する事は犯罪である。
それでも溢れる思いは止まらない。
そして、何事もなくゼロスはその場を離れるのであった。上機嫌でスキップをしながら……。
転生者の能力は卑怯であると思わずにはいられない。




