おっさん、遺跡内部に踏み込む
「ふぁ~……ねむ」
ドワーフ達の馬鹿騒ぎのせいで寝不足のおっさんは、起きるのが遅かった。
気が付けば発掘作業は始まっており、ドワーフを含む多くの職人達は狂ったように作業を続け、岩棚の真上から掘り進んでいた。
その作業速度は尋常ではなく、おっさんはこの狂ったような作業速度に対して、もはや何も言う気が起きない。考えるだけ無駄だと悟った。
ゼロスは寝不足から来る眠気に耐えながらも、岩壁を見上げる。
『高さにして20メートル前後、亀裂の先に穴と扉……。この岩壁が防壁だとすれば、そんな高い場所に扉があるのは見張り台しかないよな? だが、この構造はどこかで……』
岩壁を構築して防壁を築くとなると、遺跡は大都市規模の広さがあると事になる。
その防壁の周囲にドワーフが集落を作ったとなれば、それ以前の時代からこの地下大空洞は存在し、多くの人々が行きかう街道が存在した事になる。
おそらくは邪神が現れた事によりこの地に避難してきたが、何らかの理由で外に出られなくなった可能性が高い。魔法技術で作られたシステムの故障か、あるいは大規模な崩落によるものか原因は不明だが、少なくとも岩壁の向こうには多くの人命が失われ、スケルトンが生み出されるような状態になったという事だ。
下手をすれば死霊や悪魔が生まれている可能性もある。
「おぅ、随分と起きるのが遅かったじゃねぇか。眠れなかったのかよ」
「ナグリさん……誰のせいだと思ってんですか。あんなに騒がれたら眠れませんよ」
「わりぃな。俺達は慣れてるから、ついいつものように酒を飲んじまった。ガハハハハ!」
「なんでそんなに元気なんですか……。少なくとも明け方まで飲んでいましたよね? 地下じゃ時間が分からないけど」
「俺達は三日三晩、飲まず食わずでも働けるからな。そこが人間と違う」
改めてドワーフの強靭さを知ったおっさんだった。
酒樽を一時間で空にする酒豪で、しかも徹夜で飲み明かした後に働いても倒れる事のない精強さ。
何より、どれだけ飲んでも酔う事のない肝臓の強さが羨ましい。
ゼロスも酒は好きだが、強いわけではない。
「それより、昼頃には作業が終わるぜ。準備はできてんのかよ」
「準備はできてますが、異常なまでに作業が早いですね。まるで機械のようだ」
短時間で足場を築き上げ、上から【ガイア・コントロール】で岩を細か崩してゆく。数十人体制でその作業を行うので作業は恐ろしく早い。
全て魔法を行使して行うので、魔力欠乏で倒れる以外に大した人的被害はないのだ。
また、魔力を使い尽くした職人も、【マナ・ポーション】で魔力を回復させて再び作業に戻ってゆく。
「人海戦術にしては仕事が丁寧だなぁ~、もう半分まで終わってるのか……」
「まぁ、こっちはプロだ。下手な仕事をしたヤツラは全員から殴られる。命懸けだ」
「これで、ブラック企業でないのだからおかしい。普通なら仕事を辞める人が続出しますよ」
「鍛えているからな。にしても……岩の中からあんなものが出てくるとは思わんかったが」
ゼロスとナグリの前には、岩場を掘り抜いて築かれた城門の上部が姿を現していた。
おそらくは外周防壁の門であろうが、その作りは精巧で美し彫刻や飾り細工が施されている。
『何か、どっかで見た事があるような門だな……』
恐ろしい勢いで門の全容が見えてくるが、その門を見てゼロスは妙な既視感を感じていた。
ゼロスはこの門を確かにどこかで見た事があり、それがどこかは思い出せずにいる。のどに小骨が刺さったかのような軽い苛立ちが生じていた。
「どうしたんだよ、あんちゃんよぉ。しかめっ面しやがって」
「いえ……この門をどこかで見た覚えがあるんですがね、思い出せないんですよ。どこだったかなぁ~?」
「おいおい、コイツは今発掘の最中の遺跡だぜ? こんな造りの門なんざ今まで見た事がねぇ。何しろ太古の遺跡なんざ全部壊れてるからよぉ、まともなもんが発見されるなんざ前代未聞だ」
ナグリの言う事ももっともなのだが、ゼロスは確かに見た事があった。
だが、それが何なのかが分からない。喉元に出かかっているのに、思い出せなくて少しモヤモヤしていた。
「うわぁ~っ、本当に遺跡があったんだぁ!! あれ? でもどこかで見たような」
「これは遺跡だぞ? ここまで完全な形で現存する遺跡はどこにもない。気のせいじゃないのか?」
「それよりも中に入った他のパーティー、戻ってきてないのよね? もしかして全滅したんじゃないかしら?」
どこかで聞いた声にゼロスが振り向くと、そこにはイリスとジャーネ、そしてレナの姿があった。
どうやら三人共に【イルマナス大遺跡】拡張工事の護衛依頼を受けたのであろう。国家事業の職人護衛依頼は、彼女達の懐を潤すかなりの収入が見込めるはずである。
「おや、ジャーネさん達も護衛依頼ですか?」
「ゲッ!? 何でおっさんがいるんだぁ!?」
「護衛依頼を受けたからじゃないかしら?」
「でも、土建会社の人達と一緒にいるよ。おかしくない? それに、あの職人さん達もおかしくない?」
おっさんを邪険に扱うジャーネにちょっぴり傷ついた。そして、イリスの意見には激しく同意する。
足場の上には激しくダンシングする作業員が岩壁を掘り進み、それでも作業は順調に進んでいる。しかも驚異的なスピードでだ。
「ただの土木作業要員ですよ。ところで、君達はあの中に行ってませんよね? 仮に遺跡を発見したら、報告の義務があるという話ですが」
「いや、アタシらはそんな違法な事はしないぞ。傭兵は信用が第一だからな」
「えぇ、何人か入って行ったらしいけど、帰ってこないみたいだし……。危険そうだったから」
「えぇ~? 私は入りたかったけどなぁ」
危ないところであった。
仮にイリス達が遺跡内部に踏み込んでいたりでもすれば、下手をすれば重罪に問われる事になりかねない。何しろここは国家事業の現場であり、その現場に遺跡が発見されれば調査団が送られてくる。
傭兵達はその護衛任務の依頼を受けなくてならない。
何しろ古代の遺跡には戦闘用のゴーレムや、タチの悪い魔物が住み着いている事もあるのだ。下手な真似をしてその魔物を開放でもすれば、国に被害が出る事も充分に考えられるからである。
遺跡とは英知の研究者には垂涎の研究対象だが、同時に魔物が住み着きやすい場所でもあった。
「傭兵が帰って来ないか……。お宝を見つけてウハウハか、あるいは魔物に全滅させられたかのどちらかかな?」
「ところでおじさん、あの門……見た事ない?」
「イリスさんもそう思いましたか。僕もねぇ、さっきからそれが気になっていたんですよ。確かにどこかで見た事があるんですが、全然思い出せない」
「確か、【ソード・アンド・ソーサリス】のどこかで……」
「ソード・アンド・ソーサリスって、あっ……」
そして思い出す。その門の正体を。
【ソード・アンド・ソーサリス】には、地下都市が複数存在する。
ゼロス達【殲滅者】のパーティーも、その地下都市の中で最大の規模を誇る街を拠点にしていた。だが、その街に行くには相当なレベルがなければ向かう事ができない。
ゲームの時は一定のレベルまで初期プレイヤーにはボーナス効果があり、簡単にレベルが上がり易くなっていた。そして、最初に行く事ができる地下都市がイーサ・ランテ。
その街門が今、目の前に聳え立っていた。懐かしさ半分、驚愕半分である。
「ま、まさか……本当に、【イーサ・ランテの街】なのか?」
「イーサ・ランテ……それだよぉ、おじさん! あの地下都市の門にそっくりなの!」
「やはり、あの世界は……。だとしたら……いや、今は答えを出すのはよそう。とにかく中の状況が分からないな」
イーサ・ランテの街は直径10キロメートルの円形都市である。
岩盤を地脈を流れる魔力を利用する事により、街の天井や外壁を補強強化されている。
天井には【照光結晶】と呼ばれる巨大なクリスタルが設置され、そのクリスタルを操作する事で昼と夜の時間を管理していた。また、【照光結晶】の光には【聖光】の効果があり、アンデット系統の魔物を浄化する力がある。
初期プレイヤーが初めて行うイベントが、この【照光結晶】を稼働させるというものであった。
【照光結晶】に流れる魔力が何らかの原因で阻害され、その原因を調べ群がるアンデットやゴースト系列の魔物を倒しながら操作室に向かうのである。
「まさか、邪神戦争の時に埋もれたままなのか? だとしたら【スケルトンメイジ】や【レギュオン】なんかが出てくるぞ」
「懐かしいなぁ、一パ-ティーじゃ攻略不可能なんだよねぇ~。私もレイドだなんて思わなかったし、街の中がモンスタールーム状態で大変だったっけ。真っ暗で……」
「それは、あくまでもあの世界での話。今だと悪魔や【スカル・レギオン】が出てきそうだねぇ。何せ2000年以上も放置されていた訳だし、魔力を吸収してより凶悪になってるんじゃないか?」
「おじさん、嫌な事を言うね? 悪い予感がめっちゃするんだけど……」
既に門扉まで発掘が進んでいる。
巨大な扉は金属製だが、長い年月を地中に埋もれていたせいか腐食が激しい。
当時は美しい細工が施されていたのであろうが、今では無残に錆びついて当時の面影は全くなかった。
――ゴゥン! ギィギギギギィィィィ!!
突如として響く金属が軋む音。
作業をしていた職人達は、作業を中断してその音がする方に目を向ける。
「なっ、なんだぁ!?」
「おい、扉が……何かが出てこようとしてんぞ!!」
「何かって、何だよぉ!?」
「俺が知るかっ、これはやばい予感がするぞ!!」
「総員、退避ぃ――――――――――――――っ!!」
作業員達は一斉に退避を始めた。
三分の二程の街門が発掘されていたが、その門を塞いでいた巨大な扉が同等の巨大な何かによって開かれようとしていた。上部から白い指が数本突き出し、強引に扉を抉じ開けようとしている。
問題は、その指が全て人骨によって形成されており、内側から這い出ようとしているのだ。
「お、おじさん……アレって……」
「う~ん……【スカル・オーガスト】かな? 別名が、【がしゃどくろ】。【スカル・レギオン】の上位版」
「おいおい、あんなのが出てくるとなると、ここもヤベェんじゃねぇか?」
「ナグリさんは作業員を退避させてください。ここからは僕の出番ですよ」
「もうやってる。奴はしばらくは出てこれねぇだろうが、あんなもんを倒せんのか?」
「まぁ、やれない事はないでしょ。生きている訳じゃありませんし、遠慮する必要もないから派手に潰しますよ」
まるで敵だとは思っていない。
放たれている魔力は高いが、それでも強いという感じがしない。
「ジャーネさん達は護衛の方をお願いしますよ。奥にはまだ似たような奴がいるかもしれませんし、護衛任務は傭兵の仕事ですよね?」
「あぁ……だが、あれに勝てるのか? やけに巨大だぞ!」
「それだけ骨が使われるという事は、あの魔物のおかげでスケルトンが激減するという事です。まぁ、粉々に粉砕すれば良いでしょうねぇ」
「ゼロスさん……怖くはないんですか?」
不思議と恐怖感はない。
【グレート・ギヴゥリオン】と戦うくらいなら、まだ骨の塊と戦った方がマシである。
大きさは同じで位でも、ゴキブリ故にギヴリオンの方が厄介だ。何しろ巨体でありながら高速で駆け抜ける。しかも空も飛ぶ。
あの恐怖に比べれば、巨大なスケルトンなどただの骨である。
「でかいだけの骨に何を恐れよと?」
「いや、アンデッドだろぉ!? 神聖魔法がないと倒せないんじゃないのか!?」
「魔力が込められているのであれば、剣でも倒せますよ。アレはそれほど頑丈ではありませんからねぇ」
あくまでもおっさんの基準での話だ。
ゴーストやスケルトンは、魔力に生物の感情や記憶が転写されて生まれた疑似魔力生物である。
体を維持する全てが魔力で補われており、そこに外部から別の魔力が介入すれば、途端に消え去る脆弱な存在であった。だが、保有している魔力量によってその強さは変わる。
スケルトン程度なら多少魔力が込められているだけで倒せるが、【スカル・オーガスト】程になると簡単のはいかない。
無数の魔力体が集結した存在であるがゆえに、その魔力量も非常に高く、その魔力で体を構築している数多くの骨を強化している。普通では魔導士が集団で挑まねば勝てない存在であった。
あくまでも、『この世界では』という意味でだが。
「職人の退避は終わったぞ!」
「それじゃ、倒すとしますか……。アンデッドは燃えてこないなぁ~、素材も少ないし人骨みたいだから火葬しなきゃいけないし」
「おじさん……地下で火災はマズいよ。酸欠にならない?」
「じゃぁ、振動波で粉砕します。凍らせてから……。骨のかき氷、食べますか? カルシウムが取れるかも」
「いらない。人骨なんて口にしたくないし……食人種じゃないから」
おっさんは倒し方を考えながらも、遅延術式を用いてストックを次々と封印してゆく。
ゼロスの魔法媒体である指輪には、魔法をストックできる能力があり、その数は最大で10。
他にも剣やナイフに同じ仕掛けを施しており、個人でストックできる魔法の数を含めると、その数は優に100を超える。だが、魔力が底を尽きる事はなかった。
奥に何が待ち受けているかは分からず、敵がどれほどいるかも判明していない。
おっさんは殲滅の準備に余念がなかった。
「ちょ、おっさん! なにを悠長に準備なんかしてんだよぉ、奴が出てくるぞ!!」
「さすがにアレは、私達では荷が重すぎるわ。ゼロスさんだけで本当に大丈夫なの? 軍を待たなくていいのかしら?」
「おじさんなら大丈夫、心配するだけ損だと思うなぁ~」
「いや、強いのは分かっているが、アレが相手なんだぞ? 逆にイリスは何でそんなに落ち着いているんだ?」
「【殲滅者】の邪魔になるし、私達は奥から出てくるスケルトンの迎撃に回ったほうが良いと思うんだよ。大物はおじさんにしか倒せないから」
イリスだけが理解していた。
彼女は覚醒スキル【限界突破】に至っていない。それだけに不用意に遺跡内部に侵入はせず、現れた魔物に対して攻撃する気はなく、状況を見て援護に回る事を選んだ。
ジャーネ達はこんな事態など想定しておらず、対アンデッド戦など初めての経験である。
これから何が起こるのか、緊張で身体に力が入る。
「随分とでかいなぁ、スカル・オーガスト? いや、もしかしたら【ボーンズ・フューラー】かもしれないな。あれ、硬いんだよなぁ~レベルにもよるけど」
「光属性魔法に弱いんだよね? なら、【シャイニング・レイン】でも通じる?」
「通じますけど、所詮は骨の塊なんで旨味がないんだよねぇ。あるとすれば経験値だけど、僕には意味がないですし……」
「おじさん、この世界に来てレベルが上がってないの?」
「既に1000を軽く超えてますからねぇ、大物を大量虐殺しないとレベルが上がらないんですよ。まぁ、別にいいんですが」
ゼロスは邪神を倒した事により、大幅なレベルアップを果たしていた。
もはや生半可な事ではレベルが上がらず、どこかの大深緑地帯の奥地で狩りを続けなければ先には行けない。既に人外レベルなのでその気も起きないのだ。
ゲームでの話ならともかく、現実の世界になってまでレベルに拘る気もない。
また、スケルトンのような骨の魔物は素材を落とす事が少なく、はっきり言えば戦うだけ疲れる存在であった。せいぜい大きな魔石か、或いは【霊子結晶】くらいのものである。
【呪われた骨】なんていうのも手に入るが、この素材は浄化して【聖なる骨粉】に変える事ができる。しかし元が人骨なので素材として使う気にはなれなかった。
薬術の調合素材で、感染症などの良薬材料として使われる。体の免疫機能を向上させる効果が高いのだが、元が人間の屍だと思うと普通に弔いたくなるのが人の性だろう。
いくらアンデッドでも、せめて大型の獣であったらよかったと嘆かざるを得ない。
「あっ、出てくるみたいだよ?」
「出てきますねぇ~。岩場を崩してきてますよ……よほど外で遊びたかったんだなぁ」
「おめぇら、暢気だな。あんなのに本当に勝てんのか?」
「まぁ、やってみますよ。不思議と恐怖が感じられませんし」
ファーフラン大深緑地帯で放浪中に感じたもの、それは恐怖感が全くなかった事だ。
現代社会に生きていた人間が突然弱肉強食の地に放り出されれば、大抵が命の取り合いに恐怖を感じるものである。しかしゼロスにはそれが感じられなかった。
唯一あった恐怖感は、武器を持った相手が集団で襲ってくる事と、白い猿による貞操の危機。後は巨大なGに対してだけである。
それも最初の内だけであり、直ぐに環境に適応してしまった。また、ワイヴァ―ンに襲われた時は大きさに圧倒されただけで、最終的には倒している。
まるで本能的に敵の強さを知り、倒せる相手かどうかを判別しているかのようだった。弱肉強食の世界で生き残る事に夢中になり、既に体が慣れてしまっていたのだが普通に考えてこれはおかしい。
だが、考えたところで分からない事に頭を悩ませるより、異世界で生きていく事を優先したために今では全く悩むことはない。
「おじさん、おかしいよ? アレは私なんかじゃ相手にならないし、普通に怖いんですけど……」
「そうかい? まぁ、分からない事を考えても仕方ありませんし、それがこの世界の摂理なら考えたところで無意味だしなぁ」
「そうかもしれないけど、私……ちょっと気にある事があるんだよね」
「気になる事?」
「うん。私達とジャーネさん達のステータス。ひょっとして別物なんじゃないかって気がする」
「ふむ……面白そうな話だねぇ、後でじっくり聞かせてください。今はあれを倒すことに集中しますんで」
おっさんは気になる話を脇に置き、巨大な骸骨に視線を向ける。
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【スケルトン・カイザー】 レベル520
HP15463/15463
MP8521/8521
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鑑定が出た。【ソード・アンド・ソーサリス】とは違う種のようである。
もしかしたら他にもいるのかもしれないが、今それを調べるのは不可能だ。
「アレ、勇者よりも強いですよ? 格が勇者以上、あんなのが奥にわんさかいるんだろうなぁ」
「それ、格が500以上って事かぁ!? アタシらに相手は無理だぞ!」
「そうね。正直まともに戦いたくはないわ」
「楽勝かな。ただ、奥にはどれだけの数がいるかわからいからなぁ~、いっそ浄化しまくろうか」
「光魔法が弱点なら、何とかなりそうな気もするけど……。ここにいる傭兵達じゃ絶対に勝てないよ? 多分だけど、前に中に入った傭兵は全員……」
「死亡は確実かな。生き残りでもいたら良いけど、それは少し楽観しすぎか。アンデッドは生者に惹かれる性質があるから」
アンデッドが生物を襲うのは自己の保存によるものが大きい。
大本は魔力で構成された疑似魔力生命体。だが、自浄作用によって人の記憶は次第に消えてゆく。
感情なども保有しており、そのせいか自身が消滅する事に恐怖を感じる。消滅を防ぐには他の魔力体を取り込むか、新たに同じ魔力体を生み出し吸収する外なく、その自己保存のために生きているものを襲うのだが、それも絶対ではない。
新たに別の魔力体を取り込めば取り込んだ感情が活性化し、記憶の統合化によって消滅の恐怖が呼び起こされる。そして増々手のつけられない存在へと成長してゆく。
統合された意識は当然ながら狂っており、生きている者達に激しい憎悪を覚えるのだ。
「それじゃ、行ってきます」
「いってらっしゃ~~い」
軽い足取りで【スケルトン・カイザー】に向けて歩いて行くゼロス。
まるで散歩に行くかのような足取りだ。
「な、なぁ……本当に大丈夫なのか? あの化け物は【ビッグ・スパイダー】とは訳が違うぞ?」
「そうよね……。あんな化け物を一人で相手にするなんて」
「見ていれば分かるよ。【殲滅者】は最強なんだから!」
イリスはゼロスの勝利を信じて疑わない。
だが、ジャーネとレナはゼロスが戦っている姿をほんの少ししか見た事がなく、実際にどれだけの実力者なのかが分からなかった。イリスの言うような最強がどれほどのものなのか推し量れないのである。
さして、【スケルトン・カイザー】がゼロスを標的として認識する。
巨大な腕を振り上げ、ゼロスに向けて振り落とした。
―――ズゥズゥゥゥゥゥゥゥン!!
とてつもない重量による攻撃が、洞窟内の地盤を激しく揺らす。
その腕を搔い潜り、ゼロスは【スカル・カイザー】の頭部に向けて飛び上がった。
「【氷結華】」
無詠唱で魔法を発動したゼロス。
【スケルトン・カイザー】は瞬く間に白く凍結して行き、結合部や関節部が凍結し動く事が叶わない。
そこに更なる追撃を叩き込む。
「追滅のぉ、シェ〇ブリットォ―――――――――――――ッ!!」
一度で良いから言ってみたかった台詞を叫び、【スケルトン・カイザー】の頭部に向けて己の拳を叩き込む。
同時に遅延術式が解放され、ストックされていた魔法がその牙を剥いた。
どうやらネタを仕込んでいたようだ。
―――ドゴォゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴォォォォッ!!
強力な魔力による振動波の攻撃により、【スケルトン・カイザー】は粉砕されていく。
いくら強硬であったとしても、分子レベルで結合を崩壊させる振動波には耐性がない。まるで白い雪のごとく粉々にされて行き、地中の遺跡に幻想的な光景が現れる。
また、魔力波動によって死霊は消滅させられた。
「うわ、固有振動波による魔法【ウェーブ・パニッシャー】だぁ。威力がだんちだね」
「嘘だろ……勇者と同等か、それ以上って……。どんだけ強いんだよ。あのおっさん……」
「どっちが化け物だか分からないわね。圧倒的すぎるわ……でも、綺麗ね」
「どうでも良いが、他にも魔物が出てくんじゃねぇのか? 迎撃の準備はしておかなくてもいいのかよ」
緊張感のない感想を漏らす女子パーティーを見て、ナグリはぽつりと呟く。
傭兵は護衛依頼としてこの地に来ており、この場合は傭兵達が総力を挙げて職人や町の住民を守らなくてはならない。しかしながら彼らにできる事は何もない。
彼らができる事は、少しばかり骨のあるスケルトンを相手にする事だけであった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
イーサ・ランテの門を潜ると、そこは暗黒の世界だった。
光すら差し込まない無明の闇が広がり、周囲の様子がまるで分らない。
内心で『これは何の荒行だ?』と一人寂しくぼやくおっさん。
「【ライト】」
初歩的な魔法を使い明かりを作ると、そこは無数のスケルトンが蠢く死者の街であった。
B級ホラーよりもリアルだ。中には最近死んだ者たちの姿もある。
お宝目当てに中に入り、そのまま殺された傭兵達のなれの果て。
「うっわ、バイオ〇ザード……いや、ハム〇プトラか?」
スケルトンの中にゾンビが紛れ込んでおり、アンデッド達は生者の気配に一斉に振り向く。
この魔物達にとって生者の死はエネルギー確保に必要な事であり、ある意味では食事も同義である。
スケルトン達は一斉にゼロスに反応すると、一斉に襲い掛かった。
「【シャイニング・ノヴァ】」
【シャイニング・ノヴァ】。光魔法最強の攻撃魔法であり、周囲のアンデッドを根こそぎ浄化し焼き尽くす。周りは既に敵ばかり、ならば遠慮なく滅ぼしてもかまわない。
何しろここは文字通りのゴーストタウン。スケルトンなどの魔物に変わる死霊ごと消滅させれば、後が楽だと判断した。
強力な光が街の一角を覆いつくし、その場にいたアンデッド達を瞬時に浄化して行く。
スケルトンは光に焼かれ灰となり、死霊の類は全て魔力による膨大な波動によってかき消された。
『ふむ……まずは街の中にいるアンデッドを駆逐して、【照光結晶】の管理室まで行くか。光が差さないようだと色々とめんどい』
防壁の自己修復能力が稼働しているのならば、この遺跡はまだ生きている事になる。
【照光結晶】は魔力が流れ込まないと本来の機能は作動せず、街に明かりで照らす事ができない。どこかに制御室が存在しているはずであり、それが【ソード・アンド・ソーサリス】と同じであるなら迷う事はないだろうと判断した。
問題は目の前がわずかな明かりでしか周囲を見渡す事ができない。
ゼロスは街に明かりを取り戻すべく行動を開始した。
立ち塞がるアンデッドを片っ端から殲滅して……。