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アド戦記?

 勇者【岩田 定満】率いるメーティス聖法神国神聖騎士団は、山城を見て絶句していた。

 その城は地形を巧みに利用し、内部構造を一切見えない構造となっている。

 この世界の住民である神官達が見た場合、山に城を築くとなると外側からある程度の地形は把握できる。しかし、目の前の城はその常識は当て嵌まらない。明らかに異質な構造をしていた。

 逆に定満には、目の前の山城が馴染みのある建造物である事が驚愕する。


『これは……日本の城だとぉ!? まさか、日本人が敵にいるっていうのかよ! いや待て、仮にそうだというなら相手は同じ【勇者】か? だが、司祭共の話では勇者は全て送還されたはず……どうなってんだ』


 見た目には熊本城が近い。だが、中国の城塞都市構想を取り入れたのか、その壁はやけに高い。

 しかし、建物の構造は雑であり、周囲の防壁がやけに強固であった。

 つまり以前から防壁を構築するのに力を入れ、建物自体は急ごしらえの欠陥城だと見た。

 そうなると、獣人族にこうした技術を伝えた者がいる事になる。それは勇者しかいない事になるのだが、勇者は全て元の世界に送還したと伝えられており、それはあり得ない。

 思考のループに陥っていた。


「なんだ……この城は。こんなの見た事もないぞ……」

「獣人族にこんな技術があるなど聞いていない。嫌な予感がするな……」

「まさか、アトルム皇国のように……」

「馬鹿っ、滅多な事を言うな!」


 一つの山が丸ごと城塞となっており、長期戦を覚悟せねばならなくなった。

 砦を攻める落とす時の兵力は、少なくとも敵の三倍は必要とされると言われている。

 それだけ攻撃側は守る側よりも不利な状態なのであり、ましてや地の利を生かした山城である。これを攻め落とすとなると容易な事ではない。

 時代小説や戦略に詳しい者ほど、目の前の山城を攻めるには躊躇うだろう。


「動揺が広がっています。まさかこんなものが存在しているとなると、他にも似たような施設があるのかもしれませんね……」


 副官の言葉で定満はアトルム皇国での敗北が脳裏をよぎる。

 そう、こうした城が一つとは限らない。しかも、敵がどのような戦略を立てて来るのかすら読めなくなっていた。

 獣人族は基本的に突撃型で、戦略など一切考えず肉体で敵を打ち砕く傾向が強い。だが、城とはいわば防衛の要であり、同時に様々な戦略を駆使して築かれた死地でもある。

 戦略を考えられるという事は、もはやこれまでのように相手の習性を利用して罠に填める事が出来ない事を意味する。敵も学習するという事を思い知らされた事になった。

 副官の騎士は冷や汗が止まらない。ここは紛れもなく死地なのだ。しかも本国とは遠く離れ増援の見込みはない。

 考えなしに進軍した結果、奴隷商や雇われの傭兵はほぼ壊滅させられ、神聖騎士団だけで城を落さねばならないのだ。


「やはり……罠だったのか。撤退すれば背後から襲われ、前進すればあの要塞を相手にしなくてはならない……。これは獣人族の考え方ではない。いや、我等から学習したとでもいうのか……」


 メーティス聖法神国では獣人族は考えなしの馬鹿だという認識が強い。

 だが、今の状況はその考え方が誤りである事を知らしめた。その象徴が目の前の山城である。


「ハッ、馬鹿言ってんじゃねぇ。見てみろよ、あの城をよぉ。どう見ても突貫工事の欠陥品じゃねぇか、簡単に落とせるんじゃねぇのか?」

「確かに建物は雑な作りですが、代わりに周囲の防壁は強固です。むしろ防壁がメインで建物自体は飾りなのかもしれません。我等の油断を誘うための……」

「ケダモノ共に、んな頭ががあるかよ。ただのハッタリだ」

『こいつはやはり馬鹿だ……あの防壁は必要以上に厚みがある。恐らくは内部を行き交う事が出来るように通路が敷かれている筈だ。しかも後方の防壁状況が周囲から見えないように巧みに高さを調節している。外側からでは内部構造が予測や把握ができん……見た目で侮れば被害が拡大するぞ!』


 副官の方は優秀だった。

 僅かな隙間から見える城の構造を見て、ここがただの山城や砦だとは到底思えない。

 明らかに戦略を駆使して築かれた建造物であり、得体のしれない不気味な気配を感じている。

 長年の経験から、飛び込んではならない危険な場所だと判断していた。


「犠牲を覚悟で撤退すべきです! アレは危険な場所です……おそらく城などではない。明らかにこちらを誘い込む罠としか思えません」

「アレが城じゃないとしたら何なんだよ。あそこに獣共の頭がいるんだろ? だったら手早く潰せばいいだけだ」

「危険です! 何の策もなく飛び込めば、犠牲が出るのはこちらだけなんですよ!?」

「良いから攻めろっつてんだろ! 何だったらここで死ぬか? 敵じゃなく俺に殺されてよぉ」

「クッ……」


 長年の経験と本能が進んではならないと告げている。だが、目の前の指揮官はこちらの言葉を聞きやしない。副官はアトルム皇国での敗北の理由が分かった気がした。


「ぜ、全軍……進軍せよ!」


 苦渋の選択を彼はした。

 それは彼が敬虔な四神教の信者だからなのだが、この時ばかりは信仰を捨てるべきであった。

 そして、戦争が始まる。先手は勇者が率いる神聖騎士団からであった。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 各部隊が一斉に山城に進軍を始めた。

 だが抵抗は一切なく、その入り口だけが不気味に開いている。

 入り口の箇所のみ門自体は広く作られていたが、奥に進むにつれてその幅は次第に狭くなって行く。

 更に分かれ道が数多く配置され、まるで迷路のように思考を混乱させて行く。中には行き止まりもあり、この城が何のために築かれたのか分からない。

 何しろ山城が不気味なまでに静まり返っているのだ。敵が何を考えているのか判断できず、困惑する一方である。


「おい……なんか、おかしくねぇか?」

「あぁ、抵抗が一切ない。それどころか敵の姿すら見えないぞ」

「まるで、『好きなだけ進んでください』と言っているみたいじゃねぇか」

「嫌な事を言うなよ。一応は城なんだぞ? ここに獣人共の王がいたとしてもおかしくはねぇ」


 彼らは獣人族の文化をあまり知らない。

 また、獣人族からの攻撃はなく、兵達からは次第に警戒心が薄れ、やがて軽愚痴まで叩く者達も現れ始める。

 あまりにも順調すぎて、彼等の気が緩む。


「最初から誰もいないんじゃないか?」

「かもな、獣共は我等を恐れて逃げ出したんだろうさ」

「違いねぇ、しかし残念だな。雌共をヒィヒィ言わせたかったのによぉ~」

「全くだ。ははははは!」


 既に敵地にいるというのに、彼等からは下品な話と笑い声まで出る始末だ。

 今まで彼等は獣人族を相手にほぼ完勝している。それ故に獣人族を侮っている。

 そして彼等はついに天守閣の所まで辿り着く。だが、そこで彼等はこの城の異様な構造に気付く。


「おい……待て、この建物はどこから入るんだ?」

「今まで、入り口らしき場所などなかったぞ」

「まさか、本当に最初から無人だったのか? 俺達を足止めするための……」

「馬鹿な、だとしたらこの城は何のためにある」


 建物は存在するのに、そこに侵入する経路が見当たらない。

 侵入したまでは良いが、倒すべき敵の姿は見当たらず、更には城の内部に入るための経路が全く見つからない。しかも全軍がこの城の隅々まで進軍していたとなれば、その意味はやがて一つの答えに辿り着く。


「わ、罠だぁ!!」


 一人の兵が叫ぶと同時に、城から膨大な魔力が放出された。

 その魔力は防壁に刻まれた魔法文字を浮かび上がらせ、今来た道の間に見えない壁が退路を塞ぐ。


「ま、魔法だとぉ!? 獣人族が……うあぁあああああああああっ!!」


 気付いた時には兵が炎に包まれた。

 それは一人だけではなく、周囲の者達全てが一斉に発火したのだ。

 透明な壁に阻まれた兵達は、その恐ろしい光景を目の当たりにする。


「な、なんだ……何の攻撃なんだぁ!!」

「まさか、この城全体が巨大な魔道具なのか!?」

「馬鹿な……獣人族にそんな知識が」


 魔導具。その答えは正しい。

 城に見せかけた巨大な処刑台。それがこの要塞のコンセプトである。

 兵がいきなり人体発火したのも周囲から発生させられた電磁場の攻撃で血液が沸騰し、熱量により自然発火したのだ。

 言わば巨大な電子レンジだ。かなりエグイ攻撃である。

 

 それ以外の場所でも異変は起きていた。

 狭い場所では壁越しから一斉に槍や矢で攻撃され、一方的に蹂躙されて行く。

 神聖魔法で防御しようにも、その魔法が一切発動しないなど、かなり大規模な魔法によるトラップが起動したのである。

 壁の内側からの攻撃なので死に物狂いで防壁を破壊しようとしたのだが、魔法障壁と強化魔法によって破壊する事が出来ない。わずか数時間で神聖騎士団の六割が壊滅した。

 或いは、何の変哲もない通路。だが、そこには地獄のような光景が浮かぶ。


「あっ……あぁぁ……」


 兵の一人が見ているものは、片や煉獄の炎で焼き尽くされ、片や凍てつく氷塊となって砕け散る同胞の姿である。今まで見た事のない悪夢に、正気でいられなくなっていた。

 また、別の場所では周囲が透明な壁に囲まれ、どこともなく流れてきた水によって溺れさせられる。

 これが魔法だというのであれば、その魔力がどこから来るのかが分からない。

 とても一人の魔導士や、ましてや獣人が扱えるようなな魔力量ではなかった。


「う、うあぁあああああああああっ!!」


 叫びながら逃げ出す騎士達。

 だが、この山城は迷路のような構造になっている。視覚的トリックで先が崖になっているところや、待ち伏せしやすい場所に追い込まれ殺されて行く者。その行き着く先は地獄しかない。


 それでも、中には生き残る者は出てくる。

 兵は一目散に本陣に向かい、その悲惨な結末を報告するべく死に物狂いで走るのであった。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


「なぁ、ブロス君……」

「何かな? アドさん」

「これ、エグくね? 電子レンジ、魔法無力化地帯。火責め、水攻め、氷攻めに槍衾……戦争って怖いな」

「モフモフを守るためなら、僕は悪にでも魔王にでもなるよ?」

「いや……やっている事は第六天魔王。君は世界を革命する気か? そして世界を暴くのか?」

「まさか、僕が幸せなら後の事はどうでも良いよ。これ以上、モフモフを不幸にさせる訳にはいかない」

「あっそ……」


 さすがのアドも絶句した。

 彼はモフモフのために戦い、守るためならどんな悪辣な手段も使う。まさに【ケモ・ラヴューン】の弟子であった。筋金入りのケモラーだ。

 恐らく敵が神でも、モフモフのためならば平気で唾を吐くだろう。それ故に恐ろしい。


「マジで敵対したくないな。正直、何をしでかすか分からない怖さがある」

「アハハハハハ、酷いなぁ~。僕は人畜無害なケモナーだよ?」

『『『『いや、どう見ても狂人でしょ。何が君をそこまでさせんの!?』』』』


 全員が心の中で叫ぶ。無論、理由など決まり切っている。モフモフのためである。

 獣人族は彼が最も愛する種族であり、【ソード・アンド・ソーサリス】の世界でも彼のアバターは獣人族。魔法が苦手な種族なのに魔法を極めたかなりのハードなプレイヤーなのだ。

 どんな学生生活をしていたのか気になるところである。


「君、中学生よね? 何でそんなにスキル能力が高いの? おかしいわよ」

「私もそう思う。どう考えても中学生ではそこまでのレベルには到達しないし、かなり裏技がないと強くなれないと思う。学校もあるし」

「そんなのは決まっている」


 アドはブロス君が強くなった事に思い至った。


「【ケモ・ラヴュ-ン】さんに凶悪なもモンスターと戦わされたんだろ。レベルは上がるし、ボーナス効果でスキルレベルを一気に跳ね上げ、そんで【臨界突破】した。後は地道にプレイして【極限突破】を目指すだけ」

「アドさん、正解♪ いやぁ~、アレは地獄でしたよ。死なない程度に絶妙にHP管理するんだもん、僕は泣きたくなりました。何度も……」

「「「予想以上に酷い……」」」

「何度も倒れそうになってもさぁ~、楽にしてくれないんだ。その度に『貴様のケモ耳愛はそんなものか? その程度でよくモフモフを極めようなどと思ったな? 覚悟を見せろ、狂気的なまでの君の愛を!! もっとだぁ、そうもっとぉ~っ!! カモン、カモン、カモ―――――ン!!』なんて言って来るんだよ……。モンスターは馬鹿みたいに強いし、いっそ殺してくれた方がマシだった」

「「「うわぁ~………」」」


 ブロス君とアドの脳裏に、フードを被った深紅のローブ姿の魔導士が、実に爽やかな笑みを湛える姿が浮かぶ。とにかく容赦のない人だった。

 

「ゼロスさんは、何も言わなかったのか?」

「僕が馬鹿だったんだ。師匠があんな非常識な人だったなんて……。ゼロスさんは『馬鹿な真似は止めるんだぁ、君はモフモフの暗黒面に堕ちる気かぁ!? ケモさんに鍛えられたら正気ではいられなくなるぞ!!』って、本気で心配してくれましたよ。ただ、あの時の僕は聞く耳を持たなかったから」

「あぁ~……ぶっ飛んだパーティーメンバーの中で、あの人が一番まともだったからなぁ~。厨二病的な魔法の名称が痛かったけど……」

「あの人、僕と同じ年代なんじゃないんですか? 結構話が合いましたし、たまに一緒になって馬鹿な事をしましたよ?」

「どうだろなぁ~、意外に大人気ない人だし。もしかしたら、実はおっさんかもしれないとも感じた」


 生産職なのに、とにかく戦闘狂の漆黒の魔導士。

 単身で群がる魔物の中に入り込み、凶悪な魔法を連発する破壊魔。

 アドにとって、ゼロス・マーリンとはそんなプレイヤーだった。


「普段は良い人なんだよね。良くポーションとかくれたし」

「だよなぁ~、戦闘になるといつの間にか敵陣のど真ん中にいるし……どこが生産職なんだ?」

「さぁ~?」


 アドとブロス君は意気投合していた。

 共通の話題があると、人の距離は一気に近くなるものである。


『この二人の知り合いだとぉ、本当に何者なんだ? ゼロス……ゼロス、それほどの者ならば名ぐらい知れ渡っているはずだが、聞かんな。魔導士のようだが只者ではないはず。これは報告すべき事だろうか?』


 ザザは、この二人の脅威さを更に上回る魔導士の存在に戦慄を覚えていた。

 アドも強力な魔導士であり、ブロスは戦士でありながらも巧みに魔法を使いこなす。その師が件の魔導士の知り合いらしく、しかも凶悪な魔導士らしい。

 この二人が敬愛するような魔導士がまともである筈がない。


「旦那様、そろそろ決着がつきそうですよ?」

「そうみたいだね。じゃぁ、本陣を狙おうか」

「俺も出るか、勇者とやらのツラも拝んでみたいし」

「同盟の事もあるし、頑張ってね。僕はここに攻め込んでこなければ、後の事はどうでも良いけど」

「ゼロスさん仕込みの技を見せてやるさ。まぁ、あの人ほどじゃないけどな」

『旦那様……一度でいいから言われてみたい。ちくしょぉ~、何でこんなガキに奥さんが17人……』


 ザザさんは嫉妬に狂っていた。

 頑張れザザさん。負けるなザザさん。

 君と同じ同胞は他にもいる。挫けるなザザさん。


 そんなザザさんをよそに、リア充二人は戦場へと向かう。

 戦闘は意外に早く決着がつきそうであった。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


「壊滅……だとぉ!? ふざけんなぁ、あんなボロ城一つ落とせねぇで、すごすご逃げ帰って来やがったのかぁ!! どんだけ屑なんだよぉ、テメェらはよぉ!!」


 定満はの第一声がそれだった。

 七割の戦力を投入し、その結果が壊滅では汚名を濯ぐどころではない。

 しかも、戻っていた兵士全員が絶望な表情をしていた。副官は動揺を抑え兵士の一人に声をかける。


「何があったのだ! 詳しく話してみろ」

「あの城は……あの城自体が巨大な魔道具です! そこに飛び込んだ我等はなす術がなく一網打尽に……恐ろしい。あんなもの、人が考え付くものではない!! アレは悪魔の城だぁ!!」

「魔導具……だと? あんな巨大な建造物が? まさか、古の兵器を利用しているのか?」

「面白れぇ、だったらあの城を頂いちまおうぜ。で? あの城に入るにはどうしたらいいんだ?」


 定満は未だに勝てると思い込んでいた。

 敗戦を経験してもそれを生かせず、未だに自分の力を疑ってはいない。


「……り……せん」

「あん? もっとはっきり言えよ。城の入り口まで辿り着いたんだろ?」

「あの城には入り口なんてものは存在しません! あれは我等を呼び込むための偽装、最初から城に入るための入り口など作っていない!!」

「おかしいだろ、入り口がなければ奴等はどこからあの中に入るんだ? そもそも、何でそんな物を作る必要がある」


 副官は恐ろしい答えに行き付いていた。

 そんな馬鹿げた施設を作る理由。戦力を一方的に奪うためである。

 つまり、既に敵の術中に嵌っている事になるのだ。更に似たような城を築いてもこちらは迂闊に攻め入る事が出来ない。先の事まで考えられた凶悪な城塞。

 この後に続く結論は自ずと決まっている。戦力が低下した本陣を一気に叩き潰す。


「い、いかん……撤退準備をしろぉ!! 荷物は全て捨てても構わん。全力でこの地から逃げろ!!」

「何言ってんだよ? あそこに俺好みの兵器が落ちてんだぞ、何で撤退しなくちゃなんねぇんだ」

「馬鹿かぁ、コレは戦力を徹底的に奪うための作戦だ!! 偽りの城に戦力を集めて一網打尽にし、残りを全軍を上げて本陣を潰す。恐らくは、全ての獣人族が総力を挙げてここへ突っ込んで来るぞ!!」

「ざけんなぁ、何で気付かねぇんだよ!! どいつもこいつも無能ばかり、人の足を引っ張りやがってぇ!!」

「無能はお前だぁ、いい加減に気づけこの糞野郎!! 俺は撤退しろと言ったぞ、聞かなかったのは貴様だ!!」


 普段が冷静な副官でもさすがにキレた。

 いくらレベル500の勇者でも、数の暴力に勝てる訳がない。

 レベル500の勇者を相手に、レベル300の兵が50人もいれば倒せるだろう。数の暴力はどう足掻いても覆す事の出来ない戦力なのだから。

 まして獣人族は全く兵力を損耗していない。圧倒的な戦力差ができあがる事になる。

 騎士達は我先にと逃げだし始める。


 ――ドォオオオオオオオオオオオオオオオオン!!


 だが、一足遅かった。強力な魔法攻撃がどこからともなく撃ち込まれる。

 副官も見た事がない高威力の魔法に容赦なく蹂躙され、被害が拡大して行く。


「魔法……だとぉ!? 獣人族が……」

「連続であの威力の魔法を……まさか、無詠唱なのか!?」


 殲滅の好機であるのに、そこを見逃すような敵はいない。

 副官は罠だと見抜いた時点で勇者を捨て、撤退すべきだったのだ。

 今は自分の信仰心を呪わずにいられない。


「死ねぇ、侵略者どもぉ!!」

「うぎゃぁあああああああああっ!!」


 各地で断末魔の叫びが上がる。

 獣人族はメーティス聖法神国を憎んでいる。その怒りは当然だが聖騎士達ににぶつけられた。

 同胞を殺された者、家族を奪われた者、奴隷として連れ攫われた者。その激しいまでの憎悪は全て彼等に向けられるのだ。

 自分達が正義だと信じていた者達は、神の慈悲に縋るのだが神は答える事はない。


「俺の家族を返せぇええええええええええええっ!!」

「た、助け……ギャベェ!!」

「死ね、死に腐れぇ、神を騙る侵略者共!!」


 一方的な殺戮が始まった。

 これが真っ当な戦いなら、騎士団も正面から戦う事が出来ただろう。

 だが、メーティス聖法神国は神の名の下に侵略行為を続けて来た。獣人族を相手に正々堂々と戦う事はしてこなかったのだ。 

 何よりも誇りを重んじる獣人族は、侵略者に対して正々堂々と倒すような心は持ち合わせていない。

 汚された尊厳を自分達がやられた時のように、情け容赦なく蹂躙し騎士達にぶつけた。

 因果応報とは、殺し殺される負の因果の中にある。尊厳を踏みつけていた神聖騎士団は、同じように尊厳が踏みにじられる事になった。


「な、何て数だ……。これだけの獣人達が我等を殺すためだけに……」

「チッ、クズ共が死ぬのは良いが、俺は巻き込まれただけだからな。さっさと退散させてもらうぜ?」

「き、貴様ぁ!!」

「何だよ。これは元々お前等の戦争だろ? なんで俺がその始末を付けなくちゃなんねぇんだよ」

「それは虫が良すぎるな、自称勇者さん……。ここを攻める事を決めたのはお前だろ? なら、後始末はちゃんとしないとな」

「「だ、誰だぁ!?」」


 声はするが姿が見えない。

 恐らくは魔法によるものだが、その魔力を感知する事が出来ない。

 凄まじく高い隠形の技術である。


「勇者なんて言われて調子に乗ったのか? だがな、今まで召喚された勇者は元の世界に返される事はなく消されたんだぞ。お前は知っていたか? 所詮勇者は捨て駒なんだよ」

「なっ!? おい、どう言う事だよ!! お前等は……」

「俺が知る訳がない! 大司教様に聞け!!」


 定満は副官に食ってかかるが、彼が真実を知っている訳がない。

 彼も所詮は末端の人間なのだから。


「お前等はさぁ、騙されたんだよ。勇者? 神の使い? そんな訳ないだろ。お前みたいな馬鹿は都合の良いように操るには最適な存在だ。それなりに良い思いをさせれば、馬鹿みたいに働くからな」

「なっ……おい!」

「俺も知らん。神の使徒だというから俺は付き従っただけだ。そんな裏の話まで聞かされる訳がない」

「だろうな。余計な事を知れば消される……異端審問官はそのためにある。お前等を人知れず殺すためにな。どうだ? 勇者なんて言われて調子に乗ったてみれば、実は糞みたいな使い捨て。真実なんてそんなもんさ」

「う、嘘だぁ、俺は選ばれた存在だ!! この力はそのために与えられた……」

「試してみるか? その勇者の力が俺に通用するか……どうよ」


 空間が揺らぎ、そこに一人の魔導士が現れた。

 魔導士にしては剣を構え、武装もしている。明らかに何かがおかしい。


「へへへ……馬鹿正直に出てきやがって。魔導士が俺に勝てるかよ」

「だったら、かかってこい。それが間違いだと教えてやるよ、捨て駒勇者」

「ぬかせぇ―――――――っ!!」


 ロングソードでアドを斬り付けようとする定満。

 だが、アドはその剣をシミターで弾くと、片手で引き抜いたナイフを彼の肩に突き刺す。


「ぎゃぁあああああああああっ!?」

「弱いなぁ~、勇者。弱すぎる……その程度で勇者なんて言ってんのか? まぁ、捨て駒ならこんなもんだろ」

「クソッ、やりやがったなぁ!」


 定満はアドに向けて幾度となく剣を振るうが、まるで動きが読まれているかのように、わずかにシミターを当てるだけで斬撃を逸らす。


『つ、強い……これで魔導士だとぉ!? 何者だ』


 副官はアドの強さが信じられなかった。

 レベルが500ともなれば、もはや勝てる者などいないのが今までの常識だ。

 だがそれを魔導士が軽くいなしている。レベルもそうだが実力が違い過ぎるのだ。


「て、テメェ……日本人だな。お前だって勇者だろぉ!!」

「違うな。俺は復讐者だ……四神を殺す。ただそれだけに戦っている」

「貴様も召喚されたんだろぉ、何で俺の邪魔をする!!」

「一つ間違いだ。俺達は召喚された訳じゃない……奴等に殺された。ただそれだけの話だ」

「どういう事だ!! 四神に殺されただとぉ!?」


 副官にとっては看過できないセリフである。そして、定満には意味が解らなかった。

 四神に殺されたとなると邪教徒という事になるが、定満の言葉を信じるなら彼は異世界人という事になる。その異世界人が四神を敵視し牙を剥いたのだ。

 何が何だか分からない、不測の事態が起きていた。


「四神に聞けよ。アニメやマンガじゃないんだから、敵が馬鹿正直に教えてくれるとは限らないぞ? まぁ、サービスだ。一つ良い事を教えてやろう。四神は神じゃない……アレはただの代理神だ」

「ば、馬鹿な……では真の神とは……」

「貴様等が邪神と呼ぶ存在……だからこそ奴等は邪神を始末したい。神の座から蹴落とされるからな」

「なっ、何ぃ!?」


 邪神こそが本当の神であるなら、四神がその座を奪い占拠している事になる。

 その四神が邪神を倒す事に執拗なまでに拘るのは、邪神が神になっては困るからという事になる。

 つまりは―――。


「四神こそが邪神……そういう事なのか?」

「さてね、俺にはどうでも良い事だ。俺は四神を倒せればそれでいい」

「我等で判断しろ。そう言いたいのか?」

「言ったろ、どうでも良いとな。それはこの世界の者が決める事だ。俺には関係ない」


 副官は理解が追い付かない。

 今まで信じていたものが崩れ、同時に新たな真実を語る魔導士。

 狂信的な者達なら信じないだろうが、目の前の勇者を見るとあながち嘘には思えない。

 だが、ここで迷わない者もいる。


「ふざけんなぁ、俺は勇者だ! 選ばれた存在なんだよぉ!!」


 愚かな勇者だ。

 剣を闇雲に振り翳し、魔導士に斬りかかる。


「ぬるい……マジでこの程度なのか? 俺の知り合いはもっと強かったぞ? 俺を何度も瞬殺出来るほどに」


 だが、黒衣の魔導士は剣を片手で受け止めた。


「嘘……だろぉ? 俺の攻撃を片手で受け止めやがった……あり得ねぇ」

「馬鹿な勇者……お前に力の差というヤツを教えてやるよ。【暴食なる深淵】」


 かつて尊敬するプレイヤーと共に作り上げた魔法。

 その魔法がアドの手から解き放たれた。


「な……何だ。この魔法は……」

「見た事もない……聞いた事もないぞ。こんな魔法……」


 漆黒の球体は周囲の物を飲み込み始め、更に肥大化して行く。

 脅威を感じた獣人達は真っ先に逃げだし、神聖騎士団の騎士達は呆然と天を見上げている。

 周りの物を吸収、肥大しながらも空間をも歪め、やがて臨界点を超えると途轍もない破壊力となって世界を飲み込まんばかりに炸裂する。


 ――DOGOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOON!!


 天地を破壊せんばかりの爆発音が響き渡る。

 衝撃波が周囲を蹂躙し、大地を抉り飛ばし、大気を震撼させ、敵対者は容赦なく消し飛ばす。

 爆炎が立ち込め、風によってその砂塵が流された時、生き残った者達はその光景に絶句した。

 超高熱によってガラス化した巨大なクレーターと、その破壊の爪痕を……。


「こ、広範囲……殲滅魔法………」

「あ……嘘、だろ……こんな………勇者は最強……のはず………」

「最強? 誰に言っている。この俺ですらまだまだの存在だぞ? 最強の者達はまだいる。勇者なんて言うのはただの雑魚だ」


 その言葉で定満は崩れ落ちた。

 所詮は他人によって持ち上げられた地位であり、その力は確かに強かったが覚悟がない。

 全てを破壊する圧倒的な力の前に、彼は無力であった。


「よわ、これなら奴等の国を潰すのも容易いな。勇者がこの程度じゃなぁ……」

「き、貴様は何者だ。あれ程の魔法、魔導士で使える訳がない」

「【賢者】、勇者の馬鹿な行いを止めるのは俺の役割だろ? まぁ、邪魔なら潰せばいいだけだがな」

「馬鹿な……賢者が敵だと!? 貴様等は、神に仇なす存在ではないのか!?」

「お前等のいう神って奴は何だ? 自分達の都合の良い存在だろ。俺の敵は四神、あんた等は殺す価値もない。目障りだから消えろ……立塞がるならば蹴散らす」


 そこに在るのは揺るぎない決意。

 賢者が四神を倒さねばならないと決意するほど、神の存在はこの世界の害悪なのかという思いが沸き起こる。


「な、なぜ四神を……かの存在がいなくなれば、この世界は……」

「何を言っているんだ? 四神の所為でこの世界は危機的状況なんだぞ? 勇者召喚のせいで時空が歪み、世界が滅亡する寸前。おまけに悪戯に召喚しまくるんで世界の魔力が消えかける」

「ば、馬鹿な……そんな事が……」

「現に、お前達は勇者を送還していないだろ。それどころか裏で始末している……これを邪悪と言わずして何という? 貴様等は邪教だ」


 無論、大部分はでまかせである。

 だが、彼等にはその真偽を知る術はない。そして、【賢者】がそう言えば信憑性は増すのである。

 言わばこれは情報戦略。真実の中に虚実を交え相手を揺さぶるのが目的であった。


「まぁ、信じたくないならそれで良い。だが、それで世界が滅んでも俺は知らん。後は自分達で決めろ、お前たちの世界なんだからな」


 そう言いながら姿を消すアド。

 定満と副官は、その常識外れな力と、真偽が定かではない言葉の前に呆然と立ち竦んでいた。

 彼等の心に犇いているそれは圧倒的な敗北感と、それ以上の恐怖である。

 副官は理解した。自分達は大きな過ちを犯し、その過ちは強大な力のうねりとなって立塞がったのだと。

 この力の前に、メーティス聖法神国は太刀打ちできないと悟るのであった。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


「『フッ……お前達は殺す価値もない。さっさと消えろ』。アドさん、カッコいぃ~~~~っ!!」

「まて、ブロス! 俺はそこまで気取ってないぞ!?」

「えぇ~~~っ、似たような事は言ってたよ?」

「何で脚色してんだよ! 俺はそこまで厨二病的なセリフで言ってない!!」


 いや、言っていた。

 しかし本人には自覚がない。まぁ、大概はそんなものであろう。


「しかし、この城は何で動いてんだ? 魔力はどこから持ってきてるんだか」

「それはこの真下にある遺跡を流用して、魔力溜まりから少々拝借してるよ。まだ余裕がありそうなんで地下を絶賛拡張中」

「お前……やりたい放題だな。俺でもそこまではしてないぞ?」

「【ダンジョンクリエイト】の応用だよ。僕にはそれが出来るからね」

「そんな事が出来るのは、ケモさんかゼロスさんくらいだぞ? なに難攻不落の超処刑要塞を作ってんだよ」

「そこにロマンがあるからさ。名称は、そうだねぇ~〝真っ黒っス〟にしようかと思う」

「やめろよ……名作が壊れるだろ。こんな要塞にそんな名前を付けんな!」


 物騒なロマンである。

 間違いなく【ケモ・ラヴューン】の弟子だと認識した瞬間だった。


「アドさん、無事!」

「怪我はしてないわよね?」

「隠れて魔法をぶっ放しただけだからな。怪我をする訳がないだろ、心配し過ぎだ」

『糞っ、やっぱりリア充じゃないか……。何で俺には女が寄り付かない』


 ザザは心の中で血涙を流す。

 それほどまでに羨ましかった。独り身には堪える光景である。


「で、同盟の件だけど、どうする? 僕は相互不干渉が望ましいんだけど」

「まぁ、それが妥当だろうな。今の状況で人間と手が組めるわけがない」

「ソリステア魔法王国なら別だけどね。あの国は獣人も受け入れているし……」

「あの国か……住みやすい国だったな。悪い事をしちまった……」

「何か仕出かしたの?」

「まぁ、所属する国の立場上、少しな……」


 邪神の欠片を利用した人体実験。その過程で村が一つ滅んでいた。

 アドにしてみれば痛い記憶である。


「とりあえず、互いに関わらず敵対しないように言っておくさ。あの王様なら素直に頷くだろ」

「どんだけ物分かりが良いの? その王様……」

「普通に小心者だな。それで周りがしっかりしている……勢いあまって戦争を企てるほどに」

「大丈夫なの? クーデターが起きたりしないかな?」

「そうなって欲しくはないんだが、血の気の多い奴はどこにでもいるし」


 先の事は分からないが、取り敢えず今の問題が片付いて安心したアドであった。

 更に同郷の転生者と知り合い、伝手が出来た事は重要である。

 何せよアドは目的に大きく近づいたのであった。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 一カ月後、定満は何とか生き延びてメーティス聖法神国聖都、マハ・ルタートに辿り着いていた。

 大規模な騎士が失われた事と、多くの怪我人がいる事から事情聴取のために、法皇ミハイルロフの下に案内されていた。

 そこには四人の聖女と複数人の司教。中央の大祭壇の前にミハイルロフ法皇が立っている。


「勇者岩田よ、良くぞ戻ってきてくれた……。して、邪神の存在は確認されたのですかな?」

「……その前に聞きたい事がある」

「私にわかる事なら、いか様な事でも答えましょう」

「勇者が送還されていないって言うのはどういいう事だ? しかも、勇者召喚を繰り返しているせいで世界の危機とはどういう事だよ! つまり何か? 俺達はお前等のために働かされるためにここに呼ばれたのかよ!! ふざけんじゃねぇ!!」


 司教達の間にざわめきが生じる。


「だ、誰がその様な偽りごとを……我々は勇者達を確かに送り返しておりますぞ」

「それは、殺してか? それはまだ良い。問題は勇者召喚で世界の均衡が崩れかけてるそうじゃねぇか、お前等のやっている事自体が邪悪な儀式じゃねぇかよ」

「誰がその様な事を言いだしたのかは知りませんが、それは偽りですぞ」

「ヘッ、どこまでも白を切るか。この事を俺に教えたのは賢者だぜ? お前等ご自慢の神聖騎士団を一撃で消し飛ばしたほどのな。勇者を導く賢者が嘘を言うのかよ。四神は世界の敵だと言ってたぜ?」


【賢者】。その存在が現れた事は信憑性の裏付けに充分すぎた。

 司教達一同は法皇に視線を向ける。


「馬鹿な……賢者などという存在が今の世に……」

「いたぞ? 俺達は確かにそいつを見た。俺達勇者よりも遥かに強い魔導士がな……」


 勇者よりも強い存在。

 それは既に伝説の中に消えた者達の再来であった。だが、その伝説の存在はこの国を敵として見ている。

 忌々しき事態であった。


「しかも、獣人共に強力な技術を与えていた。城一つが丸ごと魔道具の化け物みたいな威力のやつをよぉ~、つまり賢者は間違いなく四神を敵と認識しているみたいだぜ?」

「獣人族に賢者が味方すると!? あり得ない……賢者は勇者を導く存在のはず」

「その勇者や四神の行いとやらが間違いだった場合はどうなるんだ? 賢者は真っ先に敵になるんじゃねぇのかよ。しかも四神はただの代理人らしいじゃねぇか!!」

「そ、それは……」

「冗談じゃねぇ、あんな化け物みたいな連中の相手なんて出来るか! テメェ等には責任を取ってもらうぜ? 俺達を弄んでくれたツケをなぁ~」


 定満は獣人族の制圧には失敗した。

 だが、四神教の弱点的な耳より情報を手に入れたのである。

 これを利用すれば一生遊んで暮らせると思っていた。


「そ、その話を知っている者はいるのですか……?」

「さぁな、聞いていた奴等もいるかもしれねぇが、戻ってくる前にどこかへ消えちまったよ」

「そう……ですか……」


 ミハイルロフ法皇は静かに左手を上げる。


「ガハッ!?」


 その瞬間、定満の背中に鋭い痛みが走る。

 彼の背後にはいつの間にか司教の一人が立ち、剣で定満を背中から一突きしていた。


「邪教に穢されし哀れな勇者よ、我等神の使徒の名の下に浄化いたします。御覚悟を……」

「て、テメェ等……」

「余計な事を知らなければ、死なずに済んだものを。いと尊き四神の聖名の下に、穢れし魂に浄化の光を!」

「「「「「浄化の光を!!」」」」」  


 定満の体を光が包み込む。

 そこから発生した熱が彼を次第に焼き尽くして行った。


「ぐあぁあああああああああああああっ!!」

「元より穢れた者であったが、叫び声も穢れておるな」


 定満は自分がいかに馬鹿であった事をこの時ようやく悟る。

 上手い話には必ず裏があるのである。その事を忘れて浮かれていた自分がいかに愚かであったか、ようやく知ったのだ。

 勇者にとって四神教は最初から敵だったのだ。


「くはははは……俺は………死ぬのか……………だがな、テメェ等は俺よりも酷い死に方をするだろうぜ……。

 あの……魔法は…………テメェ等を……遥かに………し…の……ざ、ま」


 最後の言葉を終える前に彼は灰となった。

 彼が最後に何を言いたかったのは誰にも分らない。


「ふん。神の奇跡の前に、その様な魔法などある訳がない」


 ミハイルロフ法皇は定満の言葉を信じる事はなかった。

 だが彼は、近い未来にそれを知る事になる。

 それはアドではない、もう一人の賢者――いや、【大賢者】の手によって。



 追記で言いますが、処刑要塞の出入り口はあります。

 どんでん返しになっており、表からはただの岩壁にしか見えません。

 また、地下道が無数に掘られていますので、各所に潜伏する場所が設置され、周囲に獣人達が隠れていました。偽装も完璧。

 ケモナーの執念でこの要塞はできています。

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