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アド、獣人族の元へ向かう

 黒衣の魔導士事、【安藤 俊之】。通称アド。

 重度なゲーマーでありながらも大学生。幼なじみと子供までこしらえ婚約した、まさに典型的なリア充だ。

【ソード・アンド・ソーサリス】は第三期のアップグレードをした頃に始め、数少ない【臨界突破】をした上位プレイヤーだった。

 そんな彼は恋人――いや、もう妻と言って良い【大西 唯香】を誘い、自分が楽しんでいたバーチャルなゲーム【ソード・アンド・ソーサリス】の世界を楽しんでいた。

 ある事件が起きるまでは――。


 気が付けばどこかの山岳地帯。

 自分の傍らには二人の女性が倒れている。


「ここは……どこだ? それに、この格好って」


 ゲームでアバターが身に着けていた装備を今は自分が着こんでいる。

 彼も重度のゲーマーでヲタクだ。この時点で自分の身に何が起きたのかを察したが、同時に信じる事もできなかった。あまりにも荒唐無稽すぎる。


「まさか、本当に……確かめて見るか、ここはお約束のステータス、オープン」


 予想通り、視覚内に映し出されるステータスや各種アイコン。

 手元にはコンソールパネルのような物も見える。

 身体能力や取得した各種スキル、更に食料などの各種アイテムがインベントリー内に収められていた。

 原因は分からないが【ソード・アンド・ソーサリス】のステータス画面が使用できるようだったが、ログアウトの文字はどこにもない。


「デス・ゲーム? 違うな……あの時は確か、黒い霧に……」


そして思い出す。

 自分以外にも黒い霧に飲み込まれた者がいた事を。


「唯香……唯香はどうなったんだ!?」


 周囲を見渡すも、自分の探している人物の姿はない。

 いたのは自分同様に倒れている二人の女性。うち一人は高校生くらいの年代だろうか、もう一人はどう見ても社会人のようである。


「唯香は……どうなったんだよ」


 呆然自失の彼の脳裏には、ステータス画面やアイコンが複数浮かび上がっている。

 その中で点滅する文字に、俊之は震える手で触れた。点滅する文字には『メール』と書かれていた。

 メールの差出人は『女神』らしいのだが……。


『……君は……………死んだ。で、転生した。以上………』

「それだけぇ、意味が分かんねぇよ!?」


 一言だった。余計な文面が一切ない。

 実に簡潔な文章に俊之は怒りを感じざるを得ない。説明文はおろか、その説明すら全くする気がない文面に、言いようのない怒りが湧き立つ。

 言い換えればもの凄く適当でいい加減さが際立っていた。


『転生? あの黒い霧が原因か? だが、これでは状況が分からん。判断材料が少なすぎる』


 半ば混乱した状況で周囲を見渡せば、自分と同じように倒れている女性二人の姿が目に留まる。


『あっ、この二人も、もしかしたら俺と同じ……。だとしたらメールが送られている可能性が高い』


 倒れている二人の状況を確かめようとして、俊之は手が止まった。

 無防備な女性二人に、介抱するという名目で触れても良いのだろうかと悩み始める。

 緊急事態なのだから、そこは置いて措けばいいのだろうが、残念ながら幸利は女性は幼なじみの唯香しか知らない。妙な事をしなければ良い話なのだが、生真面目なのか思考のスパイラルに陥る。


「ん……ここは、どこ?」

「………あら? 私はマラス平原にいたはずだけど、ここは………」

「おっ、気が付いた。良かった……さっそくだけどアイコン開いてメールを確かめてくれないか? 今の状況を詳しく知らせる内容があるかもしれない」

「「ハァ?」」


 見ず知らずの男に、いきなり訳の分からない事を言われ困惑した二人だが、指示された通りにメール欄を開く。そして……。


「何よ、これぇ!?」

「邪神を捨てたぁ、倒された後の自爆テロに巻き込まれたぁ!?」

「スマン、困惑しているだろうが詳しく内容を教えてくれ。俺の方には『死んだ』と『転生した』しか書かれたなかった」


 そして情報を整理すると、この世界で復活しそうになった邪神を【ソード・アンド・ソーサリス】の世界に捨て、その邪神が倒された時に呪詛を撒き散らし、多くの者が犠牲になった。

 仕方なく犠牲者を転生させたらしいのだが、その後始末をしたのはどうやら俊之たちの世界を管理する神らしい。要はこの世界の神は邪神を捨てただけで、その後のアフターケアは他神任せにしたという事だ。

 しかもメールの内容からは反省の色が全く見えない。


「俺……春に結婚する事になってたんだ」

「私も、高校卒業したらパテェシエになるために海外に行く予定だった。知り合いのお菓子屋さんで修行する事になってたんだよ。お父さんの友人で、名の知れた職人で……楽しみにしてたのに」

「私も、司法試験に受かって、春から本格的に弁護士事務所で働く事が決まってたわ。この神様連中、何様のつもりよ!!」


 それぞれに夢があった。

 決まっていた未来に向かって歩き始めていた矢先、異界の神の手によって全てがぶち壊された形である。

 しかも、親しい友人や家族とはもう二度と会う事は出来ない。

 落ち込んでいた三人は、やがてその悲しみを怒りに変え、四神に復讐する事を決める。


「俺は……神を、こいつ等を殺す」

「コイツ等、全く反省していないわ。一度、本当に痛い目に遭う必要があるわね」

「許さない……絶対に」

「俺は……アドだ。第三期から参入した上位プレイヤーで、パ-ティー【豚骨チャーシュー大盛り】のサブリーダーだった。最近【極限突破】した」

「【極限突破】!? 凄い……私はリサ。第六期から参入したプレイヤーで、無名。でも、【限界突破】はクリアしたよ。生産職で主に薬物が専門」

「私はシャクティ……第四期から参入していたわ。基本はアタック・ソーサラー【臨界突破】者」


 この日から彼等の異世界生活が始まる。

 一通り自己紹介を済ませた後、三人は当てもなく歩きだし、やがて一つの国に辿り着く。

【イサラス王国】。かつては一大国家を築いた国であり、今では見る影もなく落ちぶれた山岳にある弱小国だった。

 そこはどうしようもなく貧しい国で、疫病が蔓延する滅びに向かう国であった。

 アド達はこの国の民を無償で治療し、その功績からやがて王宮へと招かれる事となる。

 情報を集めながらも静かに牙や爪を研ぎ、イサラス王国に力を貸す傍ら四神に対して復讐する機会を虎視眈々と狙う。 

 その間にこの世界や【ソード・アンド・ソーサリス】の世界に違和感を感じ、更なる情報を求め動き出した。【メーティス聖法神国】を標的に決めたのもこの時である。

 アド達は彼等に魔法の知識、並びに薬草の調合方法などを教えていた。同時に偶々発見された【邪神石】の利用法なども研究し、戦力強化に使えないか模索していた。

 だが、その研究は実験の過程で危険と判断し、裏社会の住人に横流しするように仕向け、【メーティス聖法神国】に蔓延させる手段に移行させる事にした。

 ソリステア魔法王国での実験で、【邪神石】の危険性が明るみ出たためだが、それでも利用する事に躊躇いはないほど憎しみに駆られていた。

 後から罪悪感に苛まれることとなったが……。


 イサラス王国は当初、ソリステア魔法王国に攻め入るつもりであったようだが、オーラス大河上流に複数の柱を築かれ進攻計画は頓挫する。

 仕方がなく周辺国との連携を強める事を選んだが、この国の友好国は隣の【アトルム皇国】だけであり、逆の領域は獣人達の国である。

 アトルム皇国との外交は何とかなるにしても、獣人は人間を敵視している。その理由が【メーティス聖法神国】で、聖獣を神と信仰する彼等を神敵として幾度となく進攻している。

 そのとばっちりを受け、同じ人間の国であるイサラス王国も敵視されていた。


 情報収集と実験を終えたアド達が帰国すると、イサラス国国王は彼等に泣きついて懇願して来た。

『頼むぅ~、儂は獣人族とは敵対したくないんじゃぁ~っ! 何とかアド殿の力で彼等と友好を結んで欲しいのじゃ、もう直ぐあの国の包囲網が出来る。その間の牽制をしてほしいのじゃぁ~!!』てな具合である。そんな訳で、アド達は獣人族の国に向かう事になった。

 ただ、調べてみると獣人族は、国というより【ルーダ・イルルゥ平原】に勝手に住みついて部落を作っているだけなのだ。獣人達に国という概念はない。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇ 


 そんな事があり、彼等は獣人達の領域に足を踏み入れた訳だが、目的地は未だに解らない。

【ルーダ・イルルゥ平原】は、かつて魔法文明の栄えた国が存在した跡地である。巨大な街には様々な魔道具が溢れ、それは地球の文明と遜色ない高度な技術を要していた。

 だが、その国は邪神の一撃で一瞬で滅び去る。今では見る影すらない。

 当時奴隷的立場であった獣人達はその荒れた土地に住みつき、勝手に集落を築いて今日に至る。


 巨大な街が消えても何らかの魔法システムが生きているのか、この土地は魔力濃度が高く強い魔物が数多く生息している。そのため獣人達も並の騎士より遥かに強い。

 しかも邪神の一撃による影響か地面がかなり隆起し、断崖とも山ともつかない巨大な岩の壁が数多くアド達の前に立塞がる。正直平原という呼び名がふさわしくない。

 長い時を得て木々が生い茂り、もはや山と言っても過言ではないだろう。

 どこかの大深緑地帯ほどではないが、数多くの魔獣が生息しており、過酷な生存競争が繰り広げられている。獣人達はその生存競争に見事に生き残っていた。

 そう、彼等は身体能力に優れ平均的な強さは並の騎士よりはるかに高く、その強さゆえに【メーティス聖法神国】も不用意に攻め込めないでいる。だが、獣人達は纏まりがない。

 基本的に自由な気風なので、他の部落が襲われても基本的に頼まれなければ動かない。だが、最近になってその情勢は変わった。


 獣人の中に英雄と呼ばれる者が現れ、メーティス聖法神国の砦を落とした。更に他の部族を見事に統括するようになっているらしい。

 他にも砦や城などを築き、野蛮な種族というイメージが瞬く間に払拭されて行く。その英雄がどうやら人間らしいのだが、そんな真似ができるのは転生者以外には不可能と判断した。

 獣人族は強さを尊ぶ傾向が高く、ただでさえ纏まりのない各部族を纏め上げるような真似ができる者。アドはそこに心当たりがあった。

 自分達と同じ転生者、ましてや【臨界突破】をしていれば並みの相手では勝つ事は出来ない。勇者程度なら一撃で倒せるほどだ。アドはどうしてもその人物を仲間に引き込みたかった。


「ザザさん……。どうでも良い事だが、何であの国王はあんなに腰が低いんだ? 国王としてアレでは心配になるんだが」

「言わないでくれ。あんなんでも良い国王なんだよ。臣下や民に対して責任を感じているんだろうな、自分が犠牲になればとあんな調子だ」

「悪い人ではないんだろうけど、国王としては失格だと思うわ。今の文明水準から比較すると、他国から舐められそうね。もう少し威厳があっても良さそうなのに……」

「シャクティさん、酷いんじゃないかな? 民のために頭を下げられるなんて中々できる事じゃないと、私は思うよ。ふんぞり返っているよりはマシだと思うけどなぁ~」

「いくら民のためでも、涙ながらに鼻水垂らして泣きつくのはどうかと思うぞ? マジで怖かった。アレが狙ってできるなら、かなりの狸オヤジじゃないかと思うが」


 腹芸で道化を演じられるのならかなり厄介な人物だが、イサラク国国王は根っからの小心者であった。

 だが、民を思いやる姿勢は本物で、それだけに支持が高い。

 頼りない人物なのに、何とも不思議な立ち位置にいる国王である。


「さて……そろそろ見えて来る。なんだぁ!?」

「あれって……」

「山城よね。日本風というか……中華風というか。いえ、アイヌ風? 良く分からない文化ね」

「アレが英雄がいるといわれている城、ヤ―バン城だ。以前見た時は、まだ建築途中だったんだが……早くね?」

「「「野蛮城!?」」」


 周囲は岩の壁で囲まれ、その上には純和風の白壁が築かれている。

 建物もどう見ても熊本城を思わせるような木造建築で、その城にはアイヌ民族風の様々な文様が描かれていた。龍の彫り物もされている事から、中華風に見えなくもない。

 

「城門は……石階段の先か、奥に行くにつれて狭くなっているな。しかも、周囲の岩壁が敵の攻撃を防ぐ形になってる。これ、どう見ても日本の城だな」

「そうね。一見して漆喰に見えるけど、魔法で垂直に壁を作ったみたい。色は後から塗ったのかしら?」

「何か、『僕が考えた最強の日本の城』みたいな感じ……。でも、凄く大きくて広い」


 近づいてみると、建物自体は張りぼてのようであった。作りが雑である。

 だが周囲は違う。見た限りでは白壁も相当な厚みと高さがあり、内部にはおそらく通路があるのだろう。

 矢を放つ挟間や石落としなど、随所に攻め込まれた時の対処ができるようになっていた。恐らく防衛メインで厚みのある防壁と矢を放つときの穴、狭間を設置したのであろう。

 防壁の上にある建物に偽装した通路や石落としを使う兵を守るために防衛の役割で築かれ、木造建造物の殆どが防衛要所以外を除いて手抜き工事が際立っている。

 問題はこの城が山城であり、攻め込む側は周囲から一方的に攻撃を受ける事になる。


「……こんな低い場所にも狭間が、コレは槍で攻撃するための物か? 周囲が狭いし、四方八方からも一方的に攻撃を受ける事になる。山城だから攻め込むだけで体力は奪われるだろうな。迂闊に攻め込んだらかなりの犠牲が出るぞ」


 見た目は手抜きなのに、防壁や岩壁はかなり手が込んでいた。

 比較的低い場所にも狭間が開けられ、敵が殺到した時に周囲から槍と矢で集中攻撃される。

 アドは見た目の凶悪な構造に絶句した。


「これ、城というよりは巨大なトラップだ。上の建物は何の意味があるんだ?」

「建物は飾りです。偉そうな人にはそれが分からんのです!」

「誰だ!?」


 防壁の上には、一人の少年が仁王立ちで立っていた。

 頭部や肩には魔物の頭骨を利用した防具で身を固め、背中には巨大な戦斧。魔力を流せば強度が増す性質の毛皮を纏う、どこかの原住民がそこにいた。


「まさか……君が【野蛮バーバリアン】かぁ!?」

「あれ? 僕の二つ名を知ってるの? もしかして、同類かな?」

「嘘だろぉ、以前見かけたときはガチムチで屈強な戦士……あぁ、アバターか! つい忘れがちになるな」

「僕は第五期のアップグレードの時に参入したからね。それでも、上位者だよ」

「この城は、君が築いたのか? 何のために……」

「それは……モフモフを守るためだぁあああああああああああああああああぁっ!!」


 見た目は中学生、しかも低学年。

 だがしかし、彼の周囲には獣人族の女性達が武器を構え待機している。いや、それどころか周囲を完全に包囲されていた。

 それより野蛮人君の周りにいる女性達が気になる。部族が全員異なるが、皆美人揃い。


「なぁ、まさかとは思うが、君の周りにいる女性達は……」

「うん。僕の奥さんだよ」

「「「「リア充、爆発しろぉおおおおおおおおおおおおおおおおぉっ!!」」」」


 各部族から一人、この【野蛮人】の妻として差し出され、この少年はあっさりと受け入れていた。

 アドも獣人族の事を調べたが、この種族は強さを尊ぶだけでなく、恋愛症候群に陥っても強者を選ぶ傾向が強い。

 勿論人格にも影響を受けるが、どうやら彼の周りにいる女性陣は真っ先に一目惚れしたようである。

 発情期が来ると何の躊躇いもなく相性の良い相手の元へ突き進む、それが獣人族の特性だった。

 ちなみに奥さんの数は17人。しかも全員が美人で彼は立派なリア充だった。


「クソぉ~……俺なんか、未だに彼女がいないって言うのに……。あんな子供が奥さん17人だとぉ、神は依怙贔屓だぁ!!」

「気持ちは分かるぞ、ザザさん……。俺も男だからな」

「「アドさん……アンタ、恋人がいるでしょ。殺されるわよ?」」

「アンタも敵じゃねぇかぁ! リア充共は死んじまえばいいんだぁ、うぉ~~~~~ん!!」


 諜報員の彼は、職務の立場上迂闊に恋人が作れない。

 仮に恋人ができれば、その恋人は仲間に念入りに家族構成や友人関係を、それはもうマジで念入りに調べられる。スリーサイズなども含めてという話だが。

 個人情報を徹底的に調べられる事になるのだ。四六時中……。

 ザザも嬉々としてその調査を行った記憶があるが、やられる立場になるとこれほど嫌な事はない。


「アド? もしかして、【豚骨チャーシュー】の?」

「そうだが、俺は君のプレイヤー名を知らないんだが……」

「僕? 僕の名前は【ケモ・ブロス】。二つ名はもう知ってるよね?」

「ケモ? 知り合いに【ケモ・ラヴューン】て人がいるけど」

「師匠の知り合いですか? あの人には色々とお世話になりました。おかげで【極限突破】出来ましたよ」

「……何か、納得した」


 アドが尊敬するプレイヤー、【ゼロス・マーリン】。

 その彼と同じパーティーにいた【ケモ・ラヴューン】。ケモ耳やモフモフをこよなく愛する、度がしがたいケモナーであった。

 何しろダンジョンクリエイトを使い、彼は【ケモ・ラビリンス】という名のハーレムを作っていた。

 別名、【ケモ耳・モフモフの伝道師】。仲間からドン引きされるほどのおかしな人物なのである。


「君……ハーレムを作りたかった訳じゃないよな?」

「違うよ。何かさ、四神教って連中が攻めて来てたみたいだから、思わずぶっ飛ばしてみたらこうなってた。なんでだろ?」

「それでハーレムかよぉ、俺も強くなりてぇ……」


 ザザ、男泣き。

 無力感が彼の身を苛む。別に獣人でもエルフでも彼女が出来るのなら構わなかった。

 ただ本気で愛されたい、そんなお年頃なのである。裏の仕事をしているだけにその思いは強い。


「今も戦闘中でね、君等も敵かと思ったんだよ。モフモフのね☆」

「逆だ。俺達は同盟を組みに来ただけだ。俺達にとっても連中は敵だからな」


 アドはようやく本題を切り出せると思ったが、対するケモ・ブロスは思案顔である。

 いくら同郷の者でも味方とは限らない。ならばどうするべきかというところなのだろう。


「同盟ね。けど、信用は出来ないかな? あいつらの協力者かもしれないし」

「なら、どうする? 戦うか?」

「う~ん……連中を倒すのを手伝ってくれるなら考えるよ? ちょうど勇者って奴が来ているらしいんだ」

「「「「勇者!?」」」」


【勇者】。メーティス聖法神国で異界より召喚される神の先兵。

 高い戦闘力と成長が早いところを除けば、殆どこの世界の住民と変わりはないとアドは思っていた。

 情報によればレベルは500。レベルを500から上に行ける覚醒スキルを得ている転生者から見れば、勇者などただの雑魚も良いところである。

 この世界の平均レベルは250、高くとも300程度で、そこから上に行く事が困難な状態らしい。

 その大きな理由がスキルのレベルを上げる事が難しいからだ。


 スキルレベルは戦いを経験したり、生産を行う事で上げる事が出来るが、獲得するまである程度の修練や生産といった経験が必要である。普通に考えて騎士の修練の傍ら生産職を行う事は出来ない。

 ここはゲーム世界とは異なり、戦闘職と生産職を殆んど同時に極めることなど不可能なのだ。

 そのためスキル統合は行われず、複数の職業スキルを獲得する事はなく、覚醒スキルである【限界突破】の条件に辿り着ける者が殆どいない。その結果低レベルで固定されてしまう。

 稀にレベル500に到達した者もいるが、【限界突破】をするまでには至らないのが現状だ。

 無論、生産職スキルを戦闘で上げる事もできるが、そのためには自分より強い相手を倒す事が前提である。同レベルや下の相手を倒しても各スキルのレベルは簡単には上げられない。

 ゲームで言うところのボーナス効果だろう。


【ソード・アンド・ソーサリス】では覚醒スキルの獲得のために、比較的に倒しやすいレベルのレイドボスにパーティーで挑む者が多かった。無論返り討ちに合う者も多かったが、成功すればスキルレベルが一気に上がることが期待できたため、誰もがこぞって挑戦し続けていた。

 倒すのが困難な相手ほどボーナス効果が高いのである。


「勇者、な……レベル500程度の雑魚が息巻いてるんだって? 良いぞ、蹴散らしてやる」

「えっ? そんなに簡単に引き受けてくれるの? もう少し躊躇うかと思ったのに。人間を相手にするんだよ? 最悪殺す事になると思うんだけど」

「今更だ。盗賊程度なら既に殺してるし、この世界は強くなければ生きては行けん。元々奴等とは戦う事が前提だからな」

「「アドさん!?」」

「二人は受けなくとも良いぞ? これは戦争だし、俺だけでも奴等の相手はできるからな」


 アドは人間を相手にする時は、リサやシャクティをなるべく加えないようにしていた。

 人を殺すのは自分だけで良いと考えていたが、二人も何度か人間は殺している。盗賊だが、この世界は元の世界よりも安全ではない。身を守るためにある程度の覚悟が必要となる。

 それでも、殺し合いにだけはなるべく参加させたくはなかった。


「さすがアドさんだね。ゼロスさんから聞いてるよ、腕の良い戦闘魔導士だってさ。そう言えば装備も似ているよね。いつかパーティー組んでクエストをしたかったんだぁ~」

「邪神を倒したの、あの人達だろ。以前に『もう一度邪神に挑戦する』とか言ってたし、まさかモノホンの邪神と戦うとは思ってもみなかったんだろうな」

「僕もそう思うよ。全部四神が悪いよね……人の世界にゴミを捨てたんだからさ」

『この二人……何を言ってるんだ? 邪神を倒した? 人の世界? 四神が邪神を捨てた? どういう事だ……彼等はいったい何者なんだ』


 ザザは二人の会話の意味が分からない。


「【殲滅者】達は俺の憧れだ。最近ようやく同じ場所に辿り着けたんだが、知らせる暇がなかったよ」

「【極限突破】したの? あの人達、かなりの上位者だからね。レギオンを組まずに一パーティーで邪神に挑むなんて、もう行くとこまで行っちゃってるよ」

「だが不可能じゃない。そこがカッコイイんだけどな」

「同感。じゃぁ、奴らの相手をするの手伝ってよ。さすがの僕も、一万の軍勢を相手にするのはめんどいからさ」

「良いだろう。どのみち反撃の狼煙は上げるつもりだった……派手にやってやるさ」


 アドの顔に獰猛な笑みが浮かぶ。

 それはケモ・ブロスも同様であった。

 この日、復讐者とケモナーが手を組んだ。それはメーティス聖法神国にとって予期せぬ事態へと発展して行く事となる。

 勇者を超える存在、超越者達が牙を剥いたのであった。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 勇者【岩田 定満】。勇者の中で最も嫌われている男である。

 彼は勇者になってから粗暴になったわけではなく、元の世界にいた時から調子に乗っていた。

 その原因が父親が代議士であり、彼が何か問題を起こすたびに裏から手を回し、事件が沙汰にならないよう揉み消していた。だが、これは別に彼が可愛いからではなく、単に父親が自分の名声に傷がつく事を防ぐためのものだ。定満は既に親から見捨てられ、優秀な弟が可愛がられていた。

 その態度が更に彼の行いを増長させ、喧嘩や虐め、恐喝紛いの事も起こし教師陣営を悩ませていた。


 そんな彼が勇者として召喚されればどうなるか、答えは『前よりも酷くなる』である。

 勇者の中で最も攻撃力が高かったせいか、ただでさえ粗暴な彼は更に増長し、取り巻き連中を巻き込んで勇者陣営を二分割してしまった。

 冷静に物事を見極めようとする慎重派と、権威と欲に溺れた増長派だ。

 権威を振り翳した定満は、その力ゆえに勇者率いる軍の頂点にまで上り詰めた。だが、そこからが転落の始まりである。

 アトルム皇国侵攻作戦。この時に彼は前線指揮官を任され、人海戦術で損耗を考えずに進軍。

 その結果、【邪神の爪痕】と呼ばれる渓谷にまんまと誘き出されてしまった。そして襲い掛かる巨大な魔物と中型の魔獣。勇者は半数が死に絶え、神聖騎士団は壊滅したのである。

 その時彼は真っ先に逃げだし、多くの者から信用を失った。いや、元からなかったというのが正解か。

 取り巻き連中すら失った彼は孤立したが、その責任を同じ勇者である【風間 卓実】にぶつけた。

 その理由が【邪神の爪痕】に誘き出される前に、卓実が『相手の動きがおかしい。これは罠かもしれないから進軍するのは止めた方が良い』と言っていたからだが、定満はその進言を無視した。

 自分の浅はかさを棚上げにした、ただの八つ当たりである。


 魔術師である故に嫌われていた卓実は、いなくなった事で名声が高まると同時に定満の評価は一気に低迷化する。彼はその事が我慢できなかった。

 要するに我侭なのである。仲間の筈の勇者達は彼に関わろうとはせず、強い感情を持って執着していた【姫島 佳乃】からは徹底的に嫌われ、ますます卓実に恨みを募らせる。

 死者に嫉妬とは見苦しい。そして無様だが、彼はどこまでも自己中だった。

 そして、起死回生の策として邪神捜索の名目に獣人の住む領域に進軍したのだが、結果は思わしくない。相手がいつまでたっても姿を見せないからだ。

 まるで、アトルム皇国に進軍していた時のようで彼を苛つかせていた。

 そして、とうとう獣人族が動きを見せたのだが、獣人族が狙いを定めたのは神聖騎士団と同行している奴隷商と傭兵達である。彼等を集中的に狙われ、兵力は次第に落ちていく。

 獣人族に人権はない。奴隷にしても文句を言われないために彼らと交渉して兵力に加えたのだが、徹底的に狙われる事で離脱する奴隷商が増えて来ていた。これでは兵力が減ってしまう。

 しかも、奴隷商は逃げても執拗に狙われ、生きてこの平原から出る事はできなかった。現時点で二割の兵力が失われている。


「まだケダモノ共は見つからねぇのか! 被害ばっかり出てんだぞ、予備兵力にも損害が出る一方じゃねぇか!」

「奴等は鼻と耳、中には目の良い者が多いですから……我等の動きは既に把握されているのかと」

「んな事は分かってんだよ! そこを何とかすんのが副官の務めだろ、馬鹿かてめぇはぁ!!」


 苛立つ定満。副官も『馬鹿はお前だろ、何でお前みたいなガキに従わなくちゃなんねぇんだ』と悪態を吐きたいところだが、何とか我慢をしていた。

 定満は仮にも勇者である。そんな彼に反抗すれば、それは四神に逆らうとみなされてしまう。

 異端審問を何よりも恐れていた。

 

「たく……ケダモノ分際で俺を苛つかせやがって。どいつもこいつも使えねぇ!!」

「これは、噂に聞く獣人の英雄とかいう者の影響かと。たった一人で神聖騎士団の砦を落したとか……」

「あ゛ぁ? テメェ等雑魚程度なら俺でも皆殺しに出来るぞ。砦にいる連中は、全員が弱かっただけじゃねぇのか?」

「いくら弱くとも、手傷くらいは負わせられますよ。ですが、報告では全く無傷だったとか……少なくともアトルム皇国の戦士並みに実力があると思われます」

「奴等か……忌々しい。ただの羽付が俺様をコケにしやがって……」

「仮に実力が同等とした場合。今回も同じ轍を踏むかもしれませんね……ここは慎重になるべきかと」


 定満も言葉を止めた。

 アトルム皇国は有翼人種の国である。翼を持つが故に空中から一方的に攻撃が可能で、戦士達の実力は勇者と同等かそれ以上。更に魔法攻撃もできる。

 亜人種でそれ程の戦士がいたのだから、獣人族に似たような連中がいたとしてもおかしくはない。

 更に問題を上げれば、定満が率いる騎士団は常に魔物に襲われ疲弊して来ている。長期戦は不利なのだが、ルーダ・イルルゥ平原の奥地に踏み込み過ぎていた。

 撤退の最中に襲われでもしたら被害が更に増えかねない。獣人族は今までにない戦略的動きを見せており、副官の騎士は不安を隠せないでいた。

 だが、いくら撤退を進言した所で、定満が聞き入れるとは思えなかった。


「報告します! 北東に敵の砦……いえ、城が発見されました」

「城だと? 獣人族にそんな物を作る技術があるとは思えん。何かの間違いじゃないのか?」

「いえ、山を利用した大規模な建造物らしく、砦か城である可能性が高いと報告を受けました」

「馬鹿な……いったい何が起きているんだ。今までにこんな事はなかったぞ」


 副官は嫌な予感がしてならない。

 あまりに獣人族らしくない。


「ちょうど良い、退屈していたところだ。全軍を上げて進軍しろ! ケダモノ共を蹂躙し、俺に逆らった事を後悔させてやる」

「ま、待ってください! おかしい……何か異変が起きています。せめて城の形や防備を調べてからでも遅くはありません!」

「所詮はケダモノだろ? どうせ苦し紛れに決まってんだろ。それとも……お前も俺に逆らうのか? 良いのかよ神の信徒さんよぉ~」

「クッ……」


 副官の騎士は何も言えなかった。

 信仰ゆえに言葉を出す事が出来なかったのだ。だが、それが間違いであった事を後に後悔する事になる。


 ここに、ルーダ・イルルゥ戦役が開始された。

 そして、岩田 定満という勇者が如何に愚かであったかという、歴史に残る戦いとなるのである。

 勇者VS復讐者+ケモナーコンビの戦いの幕が上がる。



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