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 おっさん、人の恋路に口を出す

 孤児院にたむろしているのはこの街の領主でもある大公爵の子息で、名をツヴェイト・ヴァン・ソリステアと言う青年である。

 彼は護衛二人の騎士を伴い、孤児院である教会前でシスターと口論をしていた。


 彼はイストール魔法学院高等部に所属し、成績はそれなりに優秀だが粗暴であり、教師陣営からは極めて嫌厭される程の問題児だった。

 これは学院自体が魔導士の派閥争いと、人員確保の社交の場と化してる事が原因で、彼は代表的な二大派閥の内の一つに所属している。

 その派閥で代表的なのが【ウィースラー派】と【サンジェルマン派】である。

 

 ウィースラー派は実戦を主軸とした攻撃型の魔導士を多く輩出し、サンジェルマン派は研究第一の理論派魔導士を多く輩出、両派閥はこの国に多大に貢献してきた実績がある。

 だがそれは過去の物であり、現在は両派閥共に権力に固執し、互いに睨み合いをしている立場同士であった。

 共通の敵として騎士団の存在があるが、表立って対立する訳にも行かずに現在は冷戦状態が続いている。

 ツヴェイトはそのウィースラー派であり、ソリステア大公爵家の長兄である事から優遇され、周りから贔屓の目で見られている。

 無論、彼の実力は学園順位のトップに居るが、それが輪をかけて彼の態度を助長する事に繋がっていた。


 何しろウィースラー派は彼の祖父でもあるクレストンが在籍していたため、【煉獄の魔導士】の後を継ぐのは自分だと思っており、祖父の偉業を知るだけに尊敬と憧れの念が大きかった。

 更に周りの連中が持て囃す物だから、すっかり調子に乗り、汚れた人間の一歩手前まで来ている。


 そんな彼もお年頃。

 偶々去年の夏に、偶然見かけた孤児院を運営しているシスターに一発でフォーリンラブし、半ば嫌がらせの様に付き纏う様になるのも時間の問題であった。

 夏季休暇と冬期休暇に戻って来ては、その都度ちょっかいを毎日の様にかけて来た。

 いや、既に手遅れなのかもしれない。ちょっとした、ストーカーの心理である。


「だから、いい加減に観念して俺の女になれよ。こんな孤児院にいつまでいる気だ?」

「私がどこにいようと、それは自分の意思で決めた事です。アナタに指示される謂れは有りません!」

「その強気な態度がいつまで続くかな? 俺は欲しい物はどんな事をしてでも手に入れる積もりだ。勿論、ルーセリス、お前の事も含めてだがよ」


 ルーセリスは孤児院に拾われ、その孤児院で育った。

 当時はまだ、同じ境遇の子供や世話をしてくれる修道士や神官が居たのだが、ルーセリスが神官の修業を終え孤児院に戻った時から状況は一変する。


 孤児院の経営は国の補助金で賄われ、四神教の神官が代理で運営している。

 そのため、ルーセリスも神官となりその営業を手伝う傍ら、近所の住人達を格安で治療する修行をしていた。

 そんな時に現れたのが、このツヴェイトである。


 元より英雄願望の強い彼は、民に格安報酬で治療にあたる彼女を聖女視し、本気で自分の物にするために行動に移した。

 まぁ、初めに声を掛けた時のセリフが『オイ、お前! 俺の女になれ!』だから正気を疑う。

 ルーセリスでなくとも『はぁあ~っ?!』て、言いたくなるような口説き文句であった。

 その後は丁重に断り続けたが、それに業を煮やしたのか『領主の仕事の経験を得る』修行を名目に、彼は孤児院自体を四方に分割してしまったのだ。


 表向きは『孤児院の存在は街の景観を壊しかねない』との事だが、実際はルーセリスを孤立させる事が目的であった事は明白である。

 だが、その行為が返って嫌われる結果に繋がり、ルーセリスは何かにつけて言い寄って来るツヴェイトに対し、頑ななまでに冷たい態度で接するようになる。

 それが増々彼を意固地にし、強硬姿勢を煽る形になって行く。

 

 早い話が泥沼だ。


「そもそもですが、私はアナタの事が大っ嫌いです。人の弱みに付け込むような卑怯で下劣な方に、どうして心を許すと思うのですか? 人として最低です」

「クッ、だが……そう言っていられるのも今の内だ。新規事業の許可が下りればお前はここにはいられない、結局泣きついて来る事になるんだよ。ガキ共のためにもよぉ~」

「本当に品性が下劣ですね。これが次期領主だと思うと民が不憫だわ。私は弟君であるクロイサス様を押します」

「てめぇ! 俺よりもあの腹黒が良いていうのかよ!!」

「考え無しで権力を振りかざすような、卑劣な人よりは遥かにマシです!!」


 これを痴話喧嘩と言うのかは分からないが、かなり感情的にぶつかり合っている。


 下手をすれば怪我で済むだけの問題では無い状況になる。

 例えばだが、ツヴェイトがルーセリスを斬り捨てる事になれば、四神教の全てを敵に回す事に繋がる。

 その結果として宗教国家と国際問題に発展しかねない。

 仮にそのような事態になれば、王族の末席とは言えソリステア大公爵家のは潰される事になり兼ねないのだ。

 本家である王族は擁護は出来ないのだから、ある意味で家督の危機である事に彼は気づいていない。

 苛めっ子の理論で行動している上に、変にプライドが高いからタチが悪かった。


「……という事は、彼は既にフラれているにも拘らず、しつこくシスターの尻を追い駆け廻すほどに未練たらたらと…そういう事ですか?」

「うん、そう。子供だよねぇ~」

「子供に子供呼ばわりですか……彼も浮かばれませんね。あっ、死んでないか」

「なんども振り向いてもらおうと頑張っているけどぉ~、もう無理だよね?」

「卑怯な手段を使ってますしねぇ~……、どう頑張っても友達から上には行けないでしょう。

 可哀想ですが、彼の初恋は自分の行動の所為で完全に破綻しています。修復は不可能ですね」


 二人が振り返ると、孤児院の子供達と共に見すぼらしい魔導士が会話に花を咲かせていた。

 しかも自分達を眺めながら今の状況を説明・分析していたのだ。


「出会って直ぐに『俺の女になれ』ですか? 自信家なのか馬鹿なのか、あるいはその両方なのか理解に苦しみますね。先ずは、そうですねぇ~……偶然を装って自然に会話をするべきだったでしょう。

 例えば、『ご苦労だなシスター、我が領民のために治療と云う施し、実に痛みいる』とか言って」

「おぉ~、かっこいい!」

「初めて出会うのですから、第一印象は大事ですよ? これなら領民を思いやる、心優しくも気高い次期領主という印象を与えられます」

「最初で失敗?」

「だっせぇ~!」

「かっこわる~い。あ~はなりたくないよね?」


 しかも、二人の出会いを客観的に分析していた。


「それから後がいけませんよ。出会える回数を増やしたいがために孤児院を分割し、更に治安の悪い旧市街の孤児院を割り当てたのでしょう?

 自分に頼って貰おうという下心が見え見えで、正直戴けませんね」

「シスターも、おんなじことを言ってたよ?」

「でしょうね。仮にも次期領主なのですから、世間の目を気にして欲しい所です。

 噂にでもなれば恥以外の何物でもないですし、更に民からの信頼度が低下します。これは次期領主としてはしてならない、無作為で無知な失敗ですよ」

「好感度ダダ下がりぃ~」

「恋も領主もさようならぁ~」

「もう、終わりだねぇ~♪」


 好き勝手に言われているが、外聞的に見れば正しい見解である。

 それだけに、ツヴェイトは肩を震わせ怒りを押し殺していた。

 自覚があったのか、若しくは後から気付いたのかは分からないが、完全い失敗して取り返しがつかない事であると再認識させられた。

 それ故に腹が立つようだが……。


「この時点で好感度が最底辺まで下がっているのに、更に開発を理由に脅迫ですか? これはもう駄目です」

「「「「しっぱい、しっぱい、大失敗!!」」」」

「それでも諦めきれずに会いに来るのですから、根性はあるでしょう。ですが、もう手の施しようが無いくらいに破綻しているのだから無意味です。自分の幼さを悔いて諦める方が潔いでしょう」

「「「「失恋、失業、さよなら人生!!」」」」

「いや、自殺はしていてませんから。これから恥を抱えて生きて行かなければなりませんけど……」


 子供達は容赦ない。


「まぁ、これまでの行いを悔いて頭を下げて詫びるのであれば多少は変わるのですが、どうやっても手遅れです。

 修正が効く状況では無いですし、潔く諦めるのが得策でしょう。今ならまだ、領主としての道は守れますからね」

「失恋を糧に、仕事に生きるんだね?」

「むしろ、そっちがしあわせぇ~」

「下手な行動、致命傷! 注意一秒、体面大事」

「大人になりたいの? 子供に戻りたいの? わからないわぁ~?」


 子供達の世間話なのだろうが、言われた当人には死活問題だった。

 そもそも、このような往来で大声で口論しているのだから目撃者もでる。

 更に、世間体を気にする貴族であるが故に体面を取り繕うのは当たり前で、恥も外聞も無しに脅迫してる時点で既にOUTなのだ。

 この様な場面に出会わなかったために、ツヴェイトは自分が置かれた状況に気付きもしなかった。

 そう、今の彼は致命的に無様で、噂が広がれば領主の座は弟に行く事になり兼ねない。


「行動には責任が付き纏います。それを怠って感情で行動したのが彼です、その結果が恋も次期領主も崖っぷちになりましたね」

「無様って言うんだよね?」

「それより、串肉が食べたい」

「おっちゃん、早く食べようよ」

「領主の息子が死んだってどうでも良いよ」


「「「「・・・・・・・・・・・・・」」」」


 方や口論していた二人と護衛騎士達は言葉を無くしていた。


 ルーセリスは被害者ゆえに然程問題では無いが、ツヴェイトにとっては大問題の上に民衆にまで馬鹿にされる始末。

 更に、今まで大勢の目撃者がいた事を考慮すれば、既に噂が広がっている可能性が高い。


「あ、あのぉ~・・・・・」

「何ですか? シスターのお嬢さん」

「あなたは……その、どちら様でしょうか?」

「偶然この子達に絡まれた一般市民ですよ? 『おっちゃん、肉くれ』とね』


 ルーセリスは子供達を睨むと、その子供達は一斉にゼロスを盾にする。

 意外に太い子供達、したたかに生きているようだ。


「……本当に申し訳ありません。何分、寄付金が下りず生活が困窮していたものでして……」

「あ~……そこまでやりましたか。これはもう、完全に終わりのようで」

「卑怯な手段です。人としての感性を疑いますよ」


 どうやらツヴェイトは堂々と彼女の前で暴露したようである。

 本当に学業が優秀なのか、疑わざるを得ない。


「欲しい物は力尽くですか? 中には力や権力で靡かない人もいると言うのに……愚かですね」

「彼には、それが分からないのです」

「どうでも良い事ですね。それより、この串肉なのですが……」

「見ず知らずの方にすみませ~ん! 必ず料金はお返ししますから……」


 何度も頭を下げるルーセリス。

 ゼロスの方が申し訳なくなる気分にさせられるのは、いったいなぜなのだろうか?


「別に良いですよ? 寄付と云う形にしてくだされば……子供達にはたくさん食べておかねば問題がありますからね」

「本当にすみません!! ですが、宜しいのですか?」

「つい、50本ほど購入しまして、考えてみれば食べきれないんですよ。あははははは」

「ご、豪快ですね……」

「豪買いです。収入が思ってた以上に多かったものですから……魔石の物価が低下しなければ良いのですけど……」


 ルーセリスは目の前の魔導士に対して妙な違和感を感じていた。

 見た目はだらしなく、うさん臭さが目立つが、ゼロスの周囲から感じられる魔力が一切感じられない。

 人なら誰しも魔力を放出し、それが気配となって人を感知する事が出来る。

 魔力を行使するなら誰もが持つ能力で、手練れであればその効果はスキルとなって表れるのだ。

 ルーセリスもその【魔力察知】を持ってはいるが、そのスキルが反応しない所を見ると自分より弱い魔導士という事になるのだが、目の間の魔導士は何かが違うと感じていた。


「魔力察知ですか? レベルは…そうですね、大体20くらいでしょうか? それでは僕の魔力は感じられませんよ。大きすぎてね」

「えっ?!」

「魔力察知はあなただけが持っている訳ではありません。まぁ、基本的に自動で発動してますから、コレを自在に使い熟してこそ一流です」


 魔力が感じられないのは自分より弱いからでは無く、逆にゼロスの魔力圏内に居るために錯覚した現象である。

 ある魔物と闘い弱いと思っていたら壊滅寸前、何とか逃げ出してその力の大きさを初めて感じるという事態は割と良くあるので、ルーセリスも同じ事を体験したのだ。

 スキルレベルが低いほど起こりやすいので、相手の魔力圏内に入る時は自身の魔力を遮断する必要がある。全身の肌で感じないと正確には分からないののである。


「し、失礼しました・・・・・」

「いえいえ、魔導士同士ではよくある事です。お気になさらず」

「ですが、とんだ粗相をしてしまいまい……」

「粗相なら僕もしてますよ? 先ほどからですが・……」


 ルーセリスは18歳で結婚適齢期である。

 そんな彼女の胸には豊かな膨らみがこれでもかと二つ主張していた。

 ゼロスは先ほどから気になりつつ、失礼と思いながらもつい目が行ってしまっていた。

 彼は俗に言う〝おっぱい星人〟なのだ。


「ひゃうぅ!?」

「立派な物をお持ちで……。女っ気が無い生活でしたから、失礼とは思ってもつい…目が。申し訳ない」

「「「「おっちゃん、えろぉ~~~い!」」」」


 彼女は慌てて胸を隠すが、白いローブの上からでも豊かな胸は、むしろ強調されるばかり。

 逆に清楚な中にも無駄にエロかった。

 

「まぁ、巨乳過ぎても流石に引きますが……コホン! 失礼……」


 正し、ギネス級の超絶爆乳には興味は無い。

 彼にも拘りがある。


「れ、礼儀正しい方と思っていたのに……」

「おっさんですからね。下ネタも少々は嗜みますよ? まだ大人しい方です」


 涙目で羞恥に染まる彼女は、ゼロスに嗜虐心を掻き立てさせる。

 だが、彼は欲望を押し殺し、いたって平静に取り繕った。


「卑猥です。破廉恥です! エッチです!!」

「男は皆、エロいと思った方が正解です。無論、彼等もその筈……間違いありません」


 ツヴェイトを含む三人は一斉に顔を背けた。

 どうやら図星の様である。


「そ、そんな目で私を見ていたのですか?! 嫌らしいです!!」

「う~ん……あなたのような美人になら、男は必ず目を向けると思いますよ? 一部を覗いてですが…」

「一部…ですか?」

「同性愛者か、女性に酷い目に遭った方ですね。恐らくあなたが治療した人達にも、同じような視線を送っていた人がいたかもしれません」

「そ……そんな筈は・・・・・」

「無いと言い切れるのですか? 男にとって美しい女性というのは未知なる世界と同義。そこに飛び込もうとする冒険者は後を絶ちません。

 あなたは自覚した方が良い。一般人女性よりも遥かに上にいる事を……」


 その瞬間、ルーセリスは顔をトマトの様に真っ赤に染めて俯いてしまった。

 彼女は長いプラチナブロンドの髪を背中の辺りから一纏めにし、抜群のプロポーションは一流モデルも逃げ出すほどに整っている。

 どこかあどけなさを残す顔も可愛らしく、毅然とした態度を取れば、『まるで聖女だ』と言われても納得するだろう。

 しかし、孤児として生まれ育った彼女には、自分の魅力に対して自覚が無かった。

 そんなルーセリスは『美人……私が? 嘘! でも……』と一人で呟いている。


「ところで、串肉なのですが……どこへ運び込めばいいんですか?」

「あっ?! そ、そうですね! えと……厨房の方に・・・・・」


 美人と言われて赤面するほど照れていた彼女は、慌てて応えようとする。

 余談だが、神官の修業中に、男性神官達が煩悩を振り払うのに苦心した事を彼女は知らない。

 彼女は問答無用で男共を惹きつけていたのだ。しかも、無自覚に……。


「ではさっそく…子供達が飢えているようですから」

「「「「肉ぅ~~~~~~~~~~~~っ♡!!」」」」 


 元気の良い子供達である。

 そして、案内されるがままにゼロスは孤児院内に向かおうとしたが……


「待て、良く考えたら貴様、貴族を侮辱してタダで済むと思っているのか!」


 ツヴェイトに呼び止められる。


「おや、まだ居たのですか? アナタは既にこっぴどくフラれているんですよ? 凄い根性ですねぇ~」

「黙れ! どこの派閥魔導士だかは知らないが、灰色ローブ風情が俺をコケにするとはな……」

「灰色ローブ? ひょっとして、ローブの色で魔導士の順位を決めているのですか?」

「なに? ……なるほど、他国から来た魔導士か、だったら教えてやろう。魔導士の位は灰色・黒・赤・白と順に変わり、灰色ローブは最下級の魔導士を示す。

 灰色ローブは駆け出し同様の低位の魔導士、赤ローブの俺とは格が違う」


 自信満々に言い放つツヴェイト、だがこの話には大きな落とし穴がある事に気付いていない。


「あの、ちょっと良いですか?」

「何だ?」

「僕は外からこの国に来た魔導士ですよ? この国のローブ色が力の順位を決めているのは分かりましたが、僕にそれが当て嵌るとは限らないのでは?」

「・・・・・・・・・・・・・」


 そう、色で実力を見分けるのはこの国だけであり、他国の魔導士に関しては当て嵌まらず、実力の差が分からない。

 極めて高いレベルの探知スキルが無ければ、相手との実力が推し量れないのだ。


「ふん、それがどうした。俺は高位の魔導士だぞ? その俺がどこの馬の骨とも分からない魔導士程度に負けると思うのか?」

「どこからその自信が来るんですかね? 相手の力量を読めなければ死ぬのは自分なのに……。

 第一、侮辱も何も……既に噂が民衆に知れ渡る様な自分の過失じゃないですか。逆恨みも良い所です」

「黙れ下郎、どうせ貴様は魔導士崩れだろ? そんな軟弱な連中に俺が殺せるか! 『ファイアーボール』!!」


 ゼロスが孤児院に入る事が許された事が気に入らないのだろう。

 彼はいきなり無詠唱で魔法を発動し、ゼロスに向かって撃ち放った。

 だが……。


「ほい!」


 ―――ボシュウ……。


 ゼロスが無造作に拳を出した瞬間に、ファイアーボールが一瞬にして拡散消滅した。


「なっ?! き、貴様、魔導士では無いのか!?」

「魔導士ですよ? 戦闘職も熟しますけどね。それが何か?」

「そう言えば双剣を……まさか…」

「どちらかと言えば剣の方が得意ですが、アナタ程度に魔法も剣も必要ありませんよ。拳だけで十分対応が可能です」


 拳神の職業スキルを持つゼロスは、並大抵の魔導士では勝てない。

 何しろ、魔導士が最も苦手な戦闘を熟すため、正面からでは圧倒的に不利なのだ。


「ふぅ……魔導士なら接近戦は必要でしょうに。そんなに驚く物の事ですか?」

「おい、お前ら……時間を稼げ。この不届き者を焼き殺す!!」

「ハッ!! 了解しました」

「お任せを、ツヴェイト様!」


 騎士達は剣に手をかけ、ゼロスの様子を窺う。

 拳で戦える以上は武器を抜いていない騎士にとって不利な状況である。

 更に相手は剣も所持し魔法すら使えるのだ。


「剣に手を掛けましたか。良いんですか?」

「な、何がだ……?」

「それを抜いたら、死ぬ覚悟があるとみなしますよ?」

「「!?」」


 彼等の背中に冷たい汗が流れる。

 一見して何も変わっていない様だが、明らかに空気が変わったのだ。

 騎士達は動けない……まるで目の前に獰猛な巨大なモンスターがいる様な、そんな錯覚を覚えていた。


「何をしている! 行けっ!!」

「し、しかし……」

「ツヴェイト様……この男・・・・・・・・強すぎます・・・・隙が無い」

「ツヴェイト……レベル53 トークサ、レベル60 サントス、レベル64ですか。弱すぎですね、話になりません」

「「「!?」」」


 ツヴェイトとは兎も角、他の二人は名乗りもレベルも明かしてはいない。

 いや、ツヴェイトすら自分のレベルは口にしていないのだ。

 そもそも、他人のステータスを見る事は鑑定スキルが無くては出来ず、同時にそのスキルレベルが高くなくては全てを見る事など出来ない。

 個人のステータスはその持ち主しか確認できないのが普通であり、例外が鑑定スキルと一部の魔導具が可能にしていた。

 だが、ゼロスは魔導具を保有していない。そうなると答えは決まっている。


「か、鑑定スキルだと・・・・・!?」

「えぇ、アナタ達のステータスは全て見えています。その意味は解りますか?」

「我ら全員よりも遥かに強い・・・・・・」

「馬鹿な……そんな高レベルの人物なら噂に・・・そうか、だからその様な胡散臭い格好を・・・」

「せめて、ワイバーンを一人で倒せる実力は欲しいですね。まぁ、大して違いはありませんけど」


 目の前の男は想像を絶する隔絶した実力者であった。

 赤い上位魔導士のローブを着て鼻にかけていたツヴェイトは、生まれて初めて強者に出会ってしまった。

 しかも、その相手に喧嘩を売ったのである。


「クソッ! 煉獄の炎よ、群れる龍となりて敵を滅ぼせ。祖は冥府より来たりし破壊者・・・・・・」

「なっ?! ツヴェイト様、その呪文は!!」

「この街を焼き尽くす御積りかっ?!」

「フハハハハハハ!! その余裕が仇になったな、喰らえ『ドラグ・インフェルノ・ディストラクション』!!」


 ゼロスの周囲に無数にに飛び交う紅蓮の炎龍。

 しかし、ゼロスはただ溜息を吐くだけであった。


「それはもう見ました。『ファントム・ラッシュ』」


 瞬間、ゼロスは無数に分裂したが如く高速で動き、全ての炎龍を拳と蹴りだけで消滅させて行く。

 この手の広範囲攻撃魔法は、具現化した物理現象を完全発動する前に粉砕すれば、被害を最小限で抑えられるのである。

 あまりに非常識な攻略法に対し、誰もが呆気にとられた。


「これで最後です」


 回し蹴りを叩き込み最後の炎龍を霧散させると、何事も無かったかのように無造作にボサボサの頭を掻く。

 まるで、とるに足らないと言わんばかりの超然とした態度である。

 街一つ焼き尽す様な大魔法を、拳と蹴りで被害を出さずに守ったのにだ。


「クレストンさんの方が遥かに威力がありますね。まぁ、レベル50程度ではこんな物でしょう」

「ば、馬鹿な・・・・・・俺の最高の魔法だぞ? それが意とも容易く……」

「オイ・・・・・いま・・・・」

「あぁ・・・・先代公爵様の名を・・・・・」

「あ~言ってませんでしたっけ? 僕は今、クレストンさんの屋敷でお世話になっているんですけどねぇ~」

「「「聞いてねぇよっ!!」」」


 つまりは御隠居の知り合いという事になる。

 それは同時に、ツヴェイトには最悪な状況にもなる。


「ま、まさか、御爺様に・・・・・」

「きっちり報告させてもらいましょう。ご自分の不始末のツケは、しっかり清算しないといけませんよ?」

「やめてくれっ!! そんな事をされたら俺が殺される!!」

「断ります。あのシスターの子に、君は何をしたんですか? かなり悪辣な真似をしてますよねぇ~?

 僕は、クズ魔導士には容赦しない主義なんですよ。特に権力に笠にきて増長するクズには……」

「頼むっ、何でもするから、それだけはっ!!」

「却下、魔導士とは真理の探究者。政治に関わり、その道を穢す様な者を魔導士とは認めない」


 嘆願するツヴェイトを容赦なく切り捨てる。


(まぁ、少しは良い薬になるでしょう。権力者が好き勝手をされたら、悲劇にしかなりませんからねぇ~)


 完全に他人事なので、彼の事などどうでも良いのだ。

 ついでに単に魔導士らしく見せたいだけで、特に意味も無くカッコつけただけであった。

 ゼロスは、他の魔導士や貴族が自分に関わって来なければそれで良いと思っているのだから。


「ぽ~~~~」

「ところでシスター? 串肉なのですが……」

「は、ハイ!! えと……こちらです!」

「どうしたんですか? 何か、心ここにあらずみたいでしたけど?」

「にゃんでもありません! らいじょうふれふ!!」

「咬んでますよ?」


 ルーセリスはどこか挙動不審になりながらも、ゼロスを孤児院内に案内する。

 その後ろを、子供達が『くうぜぇ~。肉、喰うぜぇ~』と言いながらついて来る。


 残されたツヴェイトはその場で項垂れ崩れ落ちた。

 彼には、これから罪の清算が待っているのだ。


 その後、ゼロスは孤児院で夕食を取り別邸へと戻るのであった。

 

 


 

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