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おっさん、こっそり様子を窺う。

 勇者の一人【田辺 勝彦】は、異世界召喚された学生の一人である。

 中学三年の夏休み前、ホームルーム中にこの世界に召喚された。四神と言われる女神達の手によって。

 彼は当初、実に浮かれていた。ラノベやゲームでお馴染みの勇者。自分もまたその存在になれた事が嬉しくて仕方がなく、破格の待遇が彼を増長させていた。

 いや、他の生徒達も同様である。

 ただ一人、勇者でありながら魔導士である【風間 卓実】は、クラス全員に対して胡散臭いと警告をしていたが、その声に一人を除いて誰も効く耳を持つ事はなかった。

 勇者である彼等の行いは、全てが四神教総本山であるメーティス聖法神国に保証され、金は自由に使え、女は好きなだけ抱き放題。しかも異教徒なら奴隷にして好き勝手にできる特典付きだ。

 彼もまた思春期の少年で、性欲には抗えずに溺れた一人である。女子には白い目で見られていたが、別にどうでも良かった。

 状況が一変したのは一年ほど前、山岳に住む【魔族】の国を滅ぼせと神託が下った。その国は【アトルム皇国】という有翼人種の住む国であった。当然性欲に任せて行動に移す。

 だが、それが大きな間違いであった。

 有翼人種である【魔族】は、自分達よりも遥かに強かったのだ。同じ勇者がなす術もなく簡単に殺されて行く。初めて恐怖を感じた。そして無様に逃げようとしたが叶わなかった。

 しかし、いくら【魔族】が強くとも、数の上ではメーティス聖法神国が上である。当然戦況は有利に進んでいたのだが、状況が変わったのはある砦を包囲してからだった。

 

 その砦は一風変わった場所に建てられていた。

 切り立った崖のような場所に建てられている巨大な砦。その周囲には湾曲した渓谷が一直線に伸びている。まるで強力なレーザーが山脈ごと薙ぎ払った様な光景だったのである。

 通称【邪神の爪痕】。その先には広大な森が広がっているらしいが、勝彦は先に行きたいとは思わなかった。凶悪な魔物が生息する領域だったのである。そして、そんな場所にまで来てしまった事が第二の過ちでもあった。


 森から突如として群れをなし現れた魔物。その強さはダンジョンとは比較にならないほど強く、メーティス聖法神国の神聖騎士団すらも餌として襲い掛かり、無残に喰らい尽して行く。

 勇者達も何人かが食われたのを目撃し、戦況は忽ち逆転してしまう。要は死地におびき出され罠に嵌ったというところだろう。

 阿鼻叫喚の地獄絵図が広がり、更に砦からは容赦なく魔法攻撃が降り注ぐ。仲間である【風間 卓実】のおかげで半数は生き延びたが、彼は【魔族】と戦い斬られて死んだ。

 死ぬ間際に放った魔法に包まれて行く姿が今でも記憶に焼き付いている。

 大規模な大隊師団は一夜にしてわずか200名足らずしか残されておらず、歴史上初めてメーティス聖法神国が戦で大敗したのである。そして、勇者達に死の恐怖というものを刻み込んだ戦いでもあった。

 そして、勝彦もまた恐怖に怯える一人となった。

 勇者が絶対的強者だというのが、ただの幻想であると知らしめられた事件である。


 邪神の痕跡を探すという名目で前線から逃げ、神官を引き連れてソリステア魔法王国にまで来たが、そこでおっさん魔導士から辛辣な問いかけを受ける破目になった。

 話の脱線もあったが、その中には重要な案件も含まれていた。先の話には色々考えさせられる――或いは目を背けていたものが含まれていたのだ。

 数人の見張りを立て夜を明かす勇者一行。その先には子供が二人、見張りと火の番についている。

 聞けば冒険者の訓練らしいが、この世界では珍しくもない光景である。

 召喚される前にいた世界、【地球】では見られない光景だが三年もすれば慣れるもので、今更おかしいとは思わなくなっていた。


「なぁ、一条………」

「何よ……」

「どう思う? 勇者召喚の影響。この世界がヤバいかもしれないという話……」

「充分にあり得ると思うわ。勇者召喚はいわば時空に穴を開ける行為よ? 当然、他の世界にも穴が開けられるわけで、その穴が歪みとして残されているのに次なる召喚をしたらどうなると思う?」

「どう……なるんだよ………」

「例えば、この世界と私達の世界が引き合い、ぶつかって消滅……。相転移した瞬間に、他の世界も纏めて連鎖崩壊なんて事もあるかもね」

「おいっ、それって……凄くやべぇじゃん!?」


 可能性としてはあり得なくはない。だが、確証がある訳でもない。

 しかし、どちらも間違っていると証明できない事から、不用意な異世界召喚はするべきではない事になる。可能性としてあり得る以上、勇者召喚はできるだけ避けるべきなのだ。

 だが、メーティス聖法神国は幾度も勇者召喚を行っており、もしかしたら滅亡へのカウントダウンが始まっている可能性も充分に考えられた。


「可能性的には充分考えられるのよ。異世界に穴を開けて召喚する。考えてみればもの凄くエネルギーを必要とするはず……。何で今まで考え付かなかったのかしら。もし、風間君がこの事に気付いていたとしたらどうなると思う?」

「神官達がやけに毛嫌いしてたからな、魔導士だからって理由じゃない。勇者召喚のせいで世界が亡びる可能性が出てるとしたら、メーティス聖法神国は世界の敵になるな。神の教徒が一変して邪教崇拝者に成り代わる」

「そうね……魔導士は万物のことわりを求めるらしいから、たとえ勇者でも魔導士である風間君が嫌悪された理由がここにあるわね。宗教とは対極に位置するから」

「お前等は、その辺の事はどう思ってんだ? あの魔導士の言っていた事は信憑性があるぞ? 現に、余計な事を言われる前にお前等は口封じをしようとしたろ。返り討ちになったがよ」


 勝彦は他の神官達に声をかける。


「我等にも分りません。我等に与えられた任務はあなた方勇者のサポートと、教えに反する事を吹き込もうとする者の対処ですから。魔導士はある意味で我等の敵ですからね」

「だが、言っている事にも納得できるものがあるぞ? 召喚にどれほどエネルギー……この場合は魔力か? 使うのかは分からんが、何度も使えるほどこの世界に魔力が満ちてんのかよ。既に世界のどこかで影響が出てるかも知れない。もしそうだとしたら、世界の破滅に突き進んでいる事になるんじゃないか?」

「馬鹿な……召喚は四神の力によって行われるはず。神の力はそれこそ我等の人知の及ばない領域……」

「そう思っているのはあなた達だけじゃないの? だって、四神は邪神に勝てないじゃない。仮に四神がこの世界を創造したとして、じゃぁ邪神はどうして生まれたのかしら? 異世界から来た? 突然変異? あり得ないわね。元からこの世界に存在したとしか思えない」

「そ、それでは我等の教義が間違っている事になる……。そんな筈は……」


 神官達の間に動揺が走る。

 勇者召喚による影響は知らないが、異なる世界に穴を開けるような行為が何の影響を及ぼさない筈がない。空間を、ましてや外なる世界と繋ぐ影響など考えもしなかったのだろう。

 そんな神官や勇者達を見張りを交代したと見せかけて、おっさん魔導士は密に姿や気配を消して彼等の背後にいた。


『ぬふふ……勇者と会う事になるとは思わなかったが、嫌がらせは確実に彼等に動揺を与えているようで。さて、余計な知識を得た勇者と神官達はどうなるかねぇ。この中に異端審問官はいるのか。

 にしても【神仙人】のスキル【万象隠形】、使えるな。ここまで接近しても気づかれないとは……これは犯罪にも使え、いやいや! それ以外にも重宝しそうな気がする。普通の潜伏スキルよりも優秀じゃないか』


 四神に対して些か腹立たしい思いを秘めているおっさんは、嫌がらせの出まかせ――とは一概に言えないが、勇者達に虚実をないまぜにした話を吹き込む事で内部から亀裂を作ろうとしていた。

 まぁ、嫌がらせていどの気分での行動なのは確かだが、当事者にとっては真偽を知る上でかなり揉める事になる。何しろ送還された勇者は実際一人もおらず、勇者側に知られるのは不味い展開なのは間違いない。

 しかも魔導士が神聖魔法を使用したのだ。この時点で四神教の言っているような教義に疑問が出るのは当然であり、更に勇者は何の意味もなく勝手な思惑で召喚されている事になる。

 四神教としては勇者が敵に回る事は避けたいが、実際に以前召喚された勇者達の殆どは生きてはいない。大半が戦場で死に、或いは抹殺され、ある者はどこかに潜伏していた。

 ちなみに【万象隠形】は仙術の技であり、あらゆる事象から自身を隠すという何だか良く分からない隠密系の技である。暗殺者や狩人では覚えられない魔法に近い能力のようであるが、魔法よりも理解できないまさに不思議系の技であった。まさに仙術である。


「ねぇ、あなた達はどこまで知らされているの? 勇者は送還されていない。これが事実だとして、今私達に吹聴している事が全て嘘だとしたら、私達はあなた達の何を信じればいいの?」

「そ、それは我等にも……。勇者達は送還されたと聞いていたものですから……」

「そう……もう一つ、あなた達は神聖魔法がただの光魔法だと知ってしまった。これを知った大司教様達は、あなた達をそのままにしておくかしら? これ、考えてみれば凄く不味い事じゃないの?」

「あー……確かに。もしかして最後は俺達と同じ様に消されるとか? 大規模な組織にはありがちの展開だな……」


 神官達に激しい動揺が生まれる。

 神聖魔法が魔導士の使う魔法と同じなら、今まで神聖魔法の重要性を説いてきた事が全て偽りになる。

 余計な事を知ってしまったがために、自分達の命すら危うくなって来た。


『おろ? 思わず言っちゃった事だが、これは予想外の展開。神官達はマジでピンチだねぇ、異端審問にかけられて闇に葬られるんじゃないか? まぁ、回復魔法専門の魔導士が増えたら、どのみちそうも言ってられないけどね。いやいや、ゴチャゴチャして来たねぇ……』


 おっさんには所詮他人事。虚実を交えた情報は、彼等の中で相当にショックを受けたようである。

 宗教に殉じている者達には大問題が発生していた。信仰の中に虚偽があり、そこに覚えがあれば尚更だろう。

 まぁ、回復魔法はおっさんがデルサシス公爵に提案した嫌がらせではあるが、真実を知った神官がどうするかはまだ未知数だった。


「不味いな……下手をしたら異端審問だ。我等の身が危ないぞ……」

「いっそ、あの魔導士を神罰執行して……。駄目だ……勝てる気がしない」

「あの知識と放たれた魔力……。言葉を濁していたが本当に賢者だとしたら、とても我等の力で敵う相手ではないぞ」

『いえいえ、そんな大それたもんじゃありませんて……』

「提案があるわ。私達は何も聞かなかった――この地で誰にも会ってはいない。今はそういう事にしておきましょう。あの魔導士の話だと、邪神は神のひな型で四神はただの代行神……この時点で充分に異端よ?」

「同感だな。さっきまでの話を聞いて、俺もあの国が胡散臭くなって来た。今のところは知らん顔しておけば問題はないだろうし」


 要は問題の先送り。来るべき時が来たら突き付けて真実を聞き出す。そうしなければ自分達の身が危ないので、今は面倒事から目を背けておく事にする。


「それしかありませんか……私にも家族がいますし」

「仕方があるまい。異端審問は容赦がない……一家皆殺しも充分にあり得るだろう」

「最近、奴らの蛮行が目に余る。いつかは奴等を排斥しなければなるまい」

『どんだけ狂信者がいるんだ? 何だか中世の魔女狩りみたいですねぇ、何の根拠もなく人を殺してるのか? まぁ、この世界ならあり得るか……』


 ヤバイ連中が存在する事を確認してしまったおっさん。

 下手をすれば自爆テロみたいな真似をしでかすような輩は、さっさと排斥するべきだと思う。だが、こうした狂気を孕んだ連中は、それなりの大義名分を与えれば汚れた仕事も請け負う便利な駒でもある。

 

「しかし、創生神を信奉していただと? そんな話は聞いた事もない」

「恐らく古い文献を調べたのだろう。我らが国では全て焚書にされているからな。魔導士は歴史にも精通しているのか」

「だとすれば、連中がその気になれば我が国は……」

「教義の全てを完全に否定する事も出来るだろう。何よりもこの国は魔導士の国だ。我等の権威は効果があまりない」

「噂では、回復魔法を販売するらしいと聞いているぞ? しかも、他国と共同で研究開発したとか……」

「待て! それは、メーティス聖法神国を切り崩しにかかっているのではないか? 周辺小国の数を総合すると、戦力では我が国よりも高くなる。それに、その小国には【アトルム皇国】が含まれている」


 アルトム皇国は勇者と同等に戦える戦力が多く、かの国が参加しているとなると厄介な事になる。

 各小国に勇者を仕向けるのと同じように、各小国家に戦士達を派遣されれば大打撃に繋がる。

 自らの神聖さをうたい文句にして来た神聖魔法がただの魔法だと広がり、更に勇者に匹敵する戦士達の存在は、優位性が完全に失われるのと同義となるのだ。

 魔導士が回復魔法を使えるようになれば、神官の立場は低下する。更に薬草などの調合知識は魔導士の方が優位なのだ。今までのような法外な治療費の取り立てはできなくなる。

 彼等の脳裏に完全包囲という不吉な言葉が浮かぶ。


『あー……そう言えば、そんな話をしたっけ。まぁ、四神が困るなら別に良いか。多分、他の転生者も好き勝手に動いているだろうし』


 おっさんは、酒の恨みを忘れていない。

 楽しみにしていた大吟醸は、もはや手の届かない物となったのだ。

 ショボい恨みの割には、やる事が酷く悪辣である。


「今まで散々好き勝手にやってきたから、かなり恨まれてるんじゃないのか?」

「そ、それは勇者殿達も同様でしょう! 小国に勝手に赴いて、かなり権威を振り翳したって聞いてますよ」

「我等にも無茶な要求を突き付けて来たでしょう!『娘がいるなら、奴隷に差し出せ』とか……」

「あ~……岩田達だろ? 今じゃアイツ一人だけだし、他の奴等から嫌われてるよな」

「姫島さんは、もしかしたら死ぬ気かもしれないし……。何でこんな事になっちゃったんだろ……」

『それは、君達が何も考えなかったからじゃね? 『異世界だぁ、勇者だぁ! ヒャッハー♪』なんてやってるから足元を掬われたんだと思うけどねぇ。ゆとり世代は世間知らずが多いから』


 事情や内情は知らないおっさんだが、会話からある程度の予測はできる。

 勇者達は現実を認識せず、ゲーム感覚で生きていたのだろう。それが崩れた時、勇者は勇者足りえなくなった。命の危険を知ったが故に戦うのが怖くなったのだ。

 戦えない戦士に意味などない。そうなると転生者に余計な指令がおりかねない。何しろ転生者の中には勇者を遥かに超す強さを持っている。

 四神が見逃す筈はないだろう。場合によっては手駒にしようと動く可能性が高い。


『また、ふざけたメールを送り付けてくる可能性が高いか……。さて、どうしたものかねぇ』


 転生者の持つアイコンには、【メール】と呼ばれる通信手段がある。

 だが、ソレの扱いはどうにも【神託】に近いもので、転生者同士で会話をする事が出来ない。

 一度だけ送り付けられたメールから、四神からの一方通行に思われる。

 もしかしたら別の用途があるのかもしれないが、今のところは使い道がない機能であった。


『話から、未だに調子に乗っているのは岩田とかいう勇者か、どこかで決定的な敗北をしていてくれればいいんだけどねぇ。欲望に忠実な人って、どうしても現状維持に固執するところがあるしなぁ』


 神官や目の前の二人の勇者は、身の安全のために口を噤むことを選んだようだ。

 いつ殺されるか分からないような組織に、馬鹿正直に不利益な情報を伝える必要はない。どうせ相手は信用できないのだから、嘘を吐く事も生き延びる最良の手段だろう。


「あれ? ちょっと待て、邪神は既に倒されているんだよな? じゃぁ、この国で起こった邪神の攻撃は何だったんだ?」

「あっ……そう言えばそうね。あれ程の大規模なクレータを作ったとなると、かなり凶悪な存在がいたはずだし、あの魔導士の言っている事も胡散臭くなるわ」

「見た目は既に胡散臭いけどな。案外、あの魔導士が魔法をぶっ放したんじゃね?」

『クレーター……? まさか、アレかぁ?』


 以前、妖精達の集落を滅ぼしたときに使った【暴食なる深淵】。

【闇の裁き】の劣化魔法であり、瞬間的にマイクロブラックホールを発生させる凶悪な範囲魔法。その影響で生まれたクレーターを思い出していた。


『アレを邪神の攻撃と判断した訳か……。それで調査に来た。にしても、意外に鋭いね田辺君……』

「魔導士はマッドだって言っていたから、充分に考えられるわね。二人の魔導士が村を守ってくれたと言われていたし、意外にあの人の可能性も考えられるわ。だって、やらかしそうじゃない?」

「つまり、魔法の実験であんな真似をしでかしたって言うのか? だとしたら、俺達じゃ絶対に勝てねぇぞ。一撃で消される」

「そんな馬鹿な真似ができる魔導士など聞いた事はないですよ。邪神に匹敵する強さを持っている事になるじゃないですか……。魔導士の領域を超えている。四神教にも情報を収集している者達がいるが、その様な話は聞いた事もない」

「だが、埋もれていただけで、実際に存在していたのかもしれない」


 神官達は、魔導士の脅威というものを改めて知る事となった。

 巨力な魔法を使う魔導士は確かにいるが、その威力の高さから魔法自体が制限されており、強力な魔法ほど手に入れ難い。

 普通に出回れば一般社会に多大な被害を与えかねないので、魔法の販売制限が設けられていた。解り易く言えば個人のレベルや人格評価だが、それとて絶対安全という訳ではない。

 要は自分達の地位を脅かす魔導士が出ないように、弟子を取るという形で強力な魔法の流出を防いるのだ。販売されても中規模の範囲魔法くらいなもので、【エクスプロード】のような強力な広範囲魔法は売られていない。

 これにより国内の魔法犯罪を最小限に抑えている効果も出てはいるが、大半が利権がらみで裏ではかなりドロドロした政治抗争が続けられているのが現状である。

 そんな者達とは別に、強力な魔法を人知れず研究し実験を繰り返す者がいたとすれば、メーティス聖法神国の優位的立場は直ぐに逆転してしまう。

 回復魔法の独占は国力を上げるのに効果があったが、戦争ともなれば強力な威力が求められる。神官達の神聖魔法では広範囲攻撃魔法を防ぐのは容易ではない。

 なまじ軍事力も大きいので怪我人が続出されると治療に気を取られてしまい、その間に戦線を維持できなくなって来る。死者が出るよりも怪我人が増える事が厄介なのだ。

 ましてや魔法攻撃は威力も高く、高位司祭を前線に出さねば威力を緩和させる事が出来ない。だが、その高位司祭が強力な回復魔法が使えるのであまり得策とは言えなかった。


「魔法の研究にかまけ、世間から離れて暮らしていたという訳か……その魔導士が動き出した」

「だが、何のためにだ? いや、もしかしたら我等に警告したのかもしれん。賢者であるならば世界が亡びるなど望まない筈だ。研究者なら尚の事だろう。召喚に対しての危険性もそうだ。だとしたら、ここで我等が出会った事も偶然ではないのかもしれませんね」

「あり得るな。世界の危機を知ったからこそ遠回しに我等の下に……」

「もしかしたら勇者召喚は四神の指示ではなく、法皇様の独断かもしれんし」


 神官達がそれぞれが憶測を並べ立て、誰かは分からない魔導士の所業の意味を考察し始める。

 ちなみにそのクレーターを生み出した張本人はというと――。


『すみません。考えなしにぶっ放しました……特に深い意味はありません。それに、おたく等とは偶然に会っただけですって、そんなに持ち上げないでください。つーか、やめてくれぇ――――っ!!』


 自己嫌悪に陥っていた。

 人は何か信じられない事態が起きた時、その痕跡から意味を見い出す生き物である。たとえそこに深い意味がなくとも、その凶悪なまでの爪痕から警告と受け取ったとしても仕方のない事であろう。

 聞いている当人にとっては黒歴史なのだが……。

 しかも憶測だけの域だが、実際の犯人であるゼロスを言い当てている。分かってはいるがこれ以上責めないでほしいゼロスだった。

 Sっ気があるだけに、少しだけ打たれ弱いのである。Mではないのだ。


 覗き見していたおっさんは、羞恥のあまりその場を退散した。

 これ以上評価が高くなれば、おっさんのメンタルは羞恥心と罪悪感で軽く即死しそうだったのである。

 全ては身から出た錆であった。その後は子供達がいる馬車にこっそり戻り、シーツを被ってふて寝した。

 その横で、ストーカー男が暴れすぎて力尽きていた事は言うまでもない。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 時は一ヶ月ほど前に戻る。

 イサラス王国諜報部所属の騎士、ザザは、三人の魔導士を連れてある国に来ていた。

 いや、国と言って良いのか分からないが、要は獣人達が住む広大な地域である。

 この国の特徴は各部族が広範囲に渡り縄張りとし、部族同士がそれぞれに交流している不思議な国家体制を敷いていた。

 国に王は存在せず、各部族長が代表で月に一度の部族会議に出席する以外、比較的に自由に暮らしている。その殆どが農業と放牧で、豊かな土地はある国にとってどうしても手に入れたいものであった。

 この広大な土地を【ルーダ・イルルゥ平原】と呼ばれている。


「こっちに行くと、彼等の部族長が集まる地点になる。……上手く交渉できれば良いな」

「まぁ、それは状況次第だな。大人しく話を聞いてくれれば良いが、この国は人族を憎んでいるからなぁ~」

「アド殿……何で、そんなに落ち着いていられるんだ? 下手をすると殺されてしまうぞ!」

「そこを何とかするのが俺達の仕事だろ。国王に直々に頼まれたから、やるしかないさ」


 アドと呼ばれる黒衣の魔導士は、どこか気の抜けた口調で鬱葱と草が生え茂る草原を歩いて行く。

 長い事歩き続けている筈なのに、その顔には疲れの色が見えない。体力が異常にあるのだ。

 その後ろを二人の女性魔導士が付き従っているが、見た限りではかなり退屈そうであった。

 まぁ、一週間近く森や草原を歩き続ければ飽きてくるだろう。しかし、この二人も目の前の黒衣の魔導士同様異常な体力をしている。

 案内役のザザはこの三人に遅れないよう、重い脚を何とか動かして案内役をしていた。正直に言えば早く国に帰りたいところである。


「にしても……アド殿の装備はとても魔導士の物ではないな。何の素材を使われているのかさっぱり分からんし、どこで手に入れたんだ?」

「秘密。ところで、俺はそんなに魔導士らしくないか? 俺達のいたところでは普通に装備していたんだが、何で魔導士はローブしか着ないんだ? 戦場に出たら普通に死ぬと思うぞ」

「魔導士と言えばローブに杖が主流なのでは? 武装をした魔導士なんて見た事がない」

「目の前にいるけどな。魔法だけで戦場で生き残れるか!」


 ザザには、この黒衣の魔導士が驚異的な実力者と見ている。

 何かの鱗らしき素材と希少金属で作られたブレスプレート、ガントレットやグリーヴ。腰にはシミターを装備しており、魔導士でありながらも近接戦闘をこなせる事が窺える。

 他の女性二人の魔導士も同様で、一人は弓を装備し、もう一人はグレイブに近い形状の槍。俗に【薙刀】と呼ばれるものだが、彼はその武器の名称を知らなかった。

 赤と青のローブが対照的で、ブレスプレートにしても女性専用に調整されたタイプだ。

 ただ、弓を装備した女性。リサは右肩と両脇から固定金具と皮ベルトで装着するタイプで、ショルダーガードも左右では大きさが異なる。弓を使うときに邪魔にならない配慮がしてあった。

 シャクティと呼ばれる女性の装備は見た目がプレートメイルに近いタイプ。後は二人とさほど変わりがない。

 見事に前衛と後衛に分かれた装備をしており、それぞれの役割がどういったものかが分かりやすかった。


「……で、噂の英雄さんは、私達が探している人なのかしらね? 情報では、何かの骨で作られた装備を使用してるのよね? ボーン系装備は人気が低かった筈だけど、かなり物好きな人なんじゃないかな?」

「私の知り合いにはいないわ。アドさんは知ってる?」

「一人だけ、心当たりがある。まさか、彼じゃないよな……【野蛮バーバリアン】」

『【野蛮人】、何者だ?』


 ザザの役割はこの魔導士の監視も含まれている。

 今のところ祖国に対して敵意は見せていないが、反旗を翻されるのは困る。

 それだけに勅命を受けて三人の案内役兼任で監視役も行っている。


「直に話した事はないが、かなり強いプレイヤーだ。ソロで【臨界突破】まで行き付いた実力者、しかも重度の【ケモナー】らしい」

「モフモフが好きなの? 何か、気が合いそう」

『あぁ……リサ殿。そのような顔をされると俺の心は張り裂けそうだ。結婚して欲しい……いや、それはまだ早急すぎる。まずはお互いを知ることが重要』


 ザザはリサという魔導士に一目惚れをしていた。

 モフモフの意味は分からなかったが、年頃の女性特有の大人びた表情に見せる子供のようなあどけなさに、彼は一発で落ちた。

 肩のあたりで揃えたセミロングの髪、少しつり目気味だがキツイという印象は与えていない。

 見た目にはどこにでもいる町娘だが、魔導士としての実力はアドほどではないにしろ手練れであった。

 まぁ、ギャプに萌えたというところだろう。

 魔法杖の特性を持った金属弓を使う後方支援特化の魔導士であった。


『シャクティ殿は何か……水商売みたいなんだよなぁ~。騙されそうで怖い』


 リサの仲間であるシャクティは、かなりの美人だ。

 ウェーブがかったロングの髪、ややたれ目気味の柔和な顔だが、その言動は時々鋭いところを突いて来る。油断できない狡猾さが見え隠れする。

 また、前衛では鬼神の如き戦いをするので、絶対に相手にしたくない相手である。

 何しろ至近距離で強力な魔法を放って来るのだ。しかも無詠唱なだけに危険度が高く、その槍捌きは国にいる手練れよりも強い。

 ザザは強い女性は苦手であった。


「ザザさん……今、何か失礼な事を考えなかった?」

「め、滅相もない。心強くて嬉しい限りですよ。あなた方と一緒なら、獣人族の領域からでも生きて返れそうですから。(こえぇ~……! なんでわかった。勘が鋭すぎるぞ)」

「ふぅ~ん……まぁ、そういう事にしておいてあげる」

『バレてるぅ―――――っ!? なんでわかるんだ。俺は顔に出していなかったぞ……』


 諜報員なので、感情を表に出さない訓練を受けている。

 それが彼女の前では何の役にも立たない。


「ねぇ、知ってる? たとえ表情に出さなくても、目の動きである程度の感情は読み取れるのよ?」

「「「こわっ!?」」」

「ちょ、リサとアドさん!? なんで二人も引くのよ。酷くない?」


 普通に話していても心の動きを読まれるとなると、交友関係を見直す事も考えたくなるものである。

 仮にそんな技術があったとして、その力は諜報員にとってはかなり脅威である。

 しかも、魔導士の女性である。下手をすれば手玉に取られかねない。


「ザザさん、リサは止めておきなさい……。あぁ見えて、結構一途だから」

「へっ!?」


 それはつまり、ザザの心の内を見透かされたという訳で――。


『……俺、諜報部から別の部署に移させてもらおうかなぁ~』


 諜報員のプライドが見事に圧し折られていた。

 傍にいるリサは不思議そうな顔をしている。どうやら彼女にはザザの心の内は気付かれてはいないようだが、シャクティの言葉を解釈すると既に意中の相手がいる事になる。

 心を見透かされ、更に失恋までした瞬間であった。


 ザザはしばらく立ち直れそうにない傷を心に負い、落ち込むハメになる。

 そんな彼に冷徹な真実を告げたシャクティは、二つ名を【観察者】と呼ばれていた事を後に知る事になる。

 人の恋路を始まる前に潰したシャクティは、上機嫌で草原の中を歩き続けていた。

 ザザの恨みがましい視線を背に受けて……。

 

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