おっさん、四信教の神官にマジギレす。
「見ろ、カレーがそこで僕達を待っていたではないか!」
唐突な声を上げ、一人の少年が得意気にしていた。
いかにも優等生に見えるのだが、その目にはどこか傲りのようなものが見える。
対するもう一人の少女は謙虚であり、彼を宥めようとしているのだが上手くいっていない。苦労を偲ばずにはいられない不憫さである。
ポニーテールと眼鏡の真面目そうな少女で、いかにも委員長と呼ばれていそうな感じがする。
言い換えれば厄介事を押し付けられそうな印象を受けた。
「すみません、本当にすみません!」
なぜか見ていて不憫になって来る。
後ろからぞろぞろ現れる神官は御付きだろう。もしくは監視役なのかもしれない。
「それよりカレーだ! さっそく頂こうじゃないか」
「その前に、この方達に挨拶をするのが先でしょ、拒否されたらどうするのよ!」
「その時は徴収すればいい。俺達は勇者なんだから、それは許されているんだろ?」
「それは、メーティス聖法神国内での話よ! 今はあの国は敵視されているから、ここで問題を起こせば外交問題に発展するわよ」
「それはあくまでも国同士の問題だろ? 俺達は邪神からこの世界を守る勇者なんだからさ」
かなり増長していた。正直、勇者という存在にかなりガッカリなものを感じざるを得ない。
『これが勇者? 勇者とは、たとえ困難な状況でも、命がけで苦難に挑んでいく者ではないのか? どこかの勇者王みたいに。勇者の肩書きでカレーを奪う気だぞ、コイツ』
一般人から食い物を奪う気のようで、まるで他人の家からアイテムを強奪する一昔前のゲームのような勇者だった。悪い意味の勇者という面では間違っていない。
「すみませんがねぇ、食料は自分達で用意してください。こちらも手持ちが少ないんですよ」
「何だよアンタ、俺達が何者か分かって言ってんのか?」
「勇者でしょ、それが何か? 勇者とはいきなり現れて人が作った食料を横から奪う恐喝者の事を言うのかい? いやいや、大した勇者ですねぇ~」
「すみません! きつく言っておきますから……」
「君は悪くないでしょ。大変だねぇ……こんな好き勝手に増長した者の御目付は、どうです? カレーでも一緒に」
「待て待て、何で一条がOKで、俺が駄目なんだぁ! おかしいだろ!」
「礼儀知らずに、なぜ施しをしなければならないんですかね。一般常識でしょ、君は何を言っているんだい? まぁ、時と場合があるけど、少なくとも今はその時ではないね」
失礼な奴に食わせる料理はない。
おっさんの線引きは徹底していた。そしてレディーファーストである。
「え~? でもさ、おっちゃん。この人数だと量が足りないぞ?」
「そうだよねぇ~、少なくとも野菜や肉も足りないし、カレー粉も残り少ないよ?」
「こいつ等に喰わせる必要があるのかなぁ~?」
「礼儀もなっていない奴等に施す必要はあるまい。無視しても良いのではないか?」
子供達も辛辣であった。
それだけ目の前の少年が失礼であったという事だろう。
「ほら……田辺が失礼な態度をとるから、もの凄く嫌われてるわよ?」
「俺のせいだというのか! コイツ等は勇者がいなくちゃ自分の身も守れない弱い連中だぞ、そんな奴等が俺達に尽すのは当然じゃないか! 俺達はこいつらの代わりに邪神と戦うんだからなぁ!!」
「邪神ね……既に滅びた存在から誰を守ると? 笑わせてくれますねぇ」
「滅びたって……邪神は最近現れたって聞いていますけど?」
「へぇ~……四神がそう言ってるんですか? なるほど……つまり四神は、四神教で言うような全知全能の存在ではないと確定したな。ありがとう、いい情報でしたよ」
「「!?」」
四信教の言うような全能な存在ではない事を知り、おっさんは思わずニヤリ。実に悪い笑みである。
そのゼロスの言動に違和感を感じた勇者二人は、とっさに距離をとる。
「な、なぜ邪神が存在しないと言い切れるんですか……。それに、なんでそんな悪い笑い方ができるんですか? 四神はこの世界で絶対のはずよ」
「アンタ、おかしいだろ……。俺達を前にして、なんで平然とそんな口調で話せる。俺達は勇者なんだぞ! この世界で最強の」
「さてねぇ~、なぜ君達にそこまで教えてあげる必要が? 知りたければ四神に聞いてくれないかなぁ、嫌ですよ説明なんて……めんどくさい」
「「面倒だから教えないってことぉ!?」」
「そうですが? 何でも人から与えられると思ってはいけませんって。都合の良い事を押し付けられて良いように扱き使われるだけだよ? そう、かつての勇者のようにねぇ……」
そして始める四神への嫌がらせ。だが、その一言が場を凍りつかせた。
周りの神官達がにわかに殺気立つ。
「あっ、カレーが焦げ始めてますねぇ、火から離さないと焦げ付いて食べれなくなりますよ?」
「あっ、そうですね。アンジェちゃん、そっちの先を持って……」
「OK」
殺気立つ者達を無視し、カレーの方に注意を向けるおっさん。
ルーセリスとアンジェは、カレーが焦げるのを防ぐために鍋の元手に木を通し、火の傍から離す。
焦げ付いたカレーは洗ってもなかなか落ちなくて面倒なのだ。
「待てよ、今大事なところだろ!? なんでカレーの焦げを優先してんだよ!」
「僕にはどうでも良い事ですよ。今まで美味しい思いをしたんでしょ? その代償に死んでも別に構わないんじゃないかと……。たとえ騙されていたとしてもね」
「それ、どういう意味ですか! 話してくれなければ分かりません!!」
「いえいえ、僕は神なんて信じない魔導士ですからねぇ。神の代行者である勇者に言ったところで意味はないですし、本当にどうでも良い事ですから」
「「俺(私)達には重要な事でだぁ(す)!!」」
「僕にゃ~取るに足らない事ですよ? 現状に満足している方々には、とてもとても……酷すぎて言えませんねぇ」
ゼロスは勇者の存在と、今まで召喚された者達の行方を調べていた。
それは、酒場やクレストンなどの話から聞く噂話程度だが、その話では勇者はこの世界のどこかに隠れているらしい。たまに現れる強い傭兵の噂などがそれに当たる。
ただ忽然と現れ、名も告げずにいつの間にか消えるらしく、まるで世間の目から逃げているかのような行動が多い。また、神官が勇者を殺したところを目撃されたという噂もある。
話を総合すると、召喚された勇者の殆どが死に絶え、あるいは殺され、生き延びた者は【メーティス聖法神国】から逃げ出した勇者だと判断した。
その勇者が各地で名を残し、その名をメーティス聖法神国が利用している。そんな結論が出てくるのだ。
だが、勇者達はその噂の事を知らない。無論、何の証拠も根拠もない。しかし、火のないところに煙は立たないのも確かだ。
「ま、満足なんてしてないわよ! 私は……私は家族に会いたい……! こんな世界から早く逃げだしたい……」
「俺は別に良いかな。好きなだけ良い思いが出来るし、俺達より強い奴なんていないからさ。ハーレム最高だと思うね」
「ふむ、そっちの女の子には教えても良いかな? 君は……死ねば良いんじゃないか? どのみち最後は殺されるだろうけど」
その言葉に反応して、神官達は魔法の行使を始めた。
この行動で理解した。ゼロスに都合の悪い事を言われては困るからだ。
或いは、四神を愚弄するような態度に腹を立てたかだが、いきなり攻撃を加えるとなると穏やかじゃない。問題はそのどちらかだが、こればかりは情報を集めなくては分からない事だ。
「「「「「神の光よ、我等の手に宿りて咎人を焼き払いたまえ。願わくば罪人の魂に救済と慈悲を……【ホーリー・レイ】!!」」」」
「【リフレクト】」
神官達が放った魔法を、ゼロスはあっさり無詠唱魔法で反射し突き返す。
その結果、彼等は自分達の魔法を自身で味わう事になる。
「うぁああああああああああっ!!」
「ば、馬鹿な……神の力を反射したなど……」
「ひぃいいいいいいいいいいいいいいいいっ!!」
「おのれ……勇者を惑わす悪魔め……」
「酷い言いようだなぁ~……。僕が使う魔法も、おたく等が使う神聖魔法も元は同じなんですよ? 自分達の無知を棚に上げて悪魔呼ばわりは、さすがに傷つくんですけどねぇ? たとえば【ホーリー・レイ】」
同じ魔法を神官達に撃ちまくる、実に大人げないおっさんだった。
当てないように配慮しているだけ良心的だが、悪い笑みだけは隠せない。
「「「「うあぁああああああああああああああああああああっ!?」」」」」
「ば、馬鹿な……魔導士が神聖魔法を使うなど……。しかも無詠唱だとぉ!?」
「まさか……では、本当に我等の魔法は魔導士と同じ……」
「あり得ん……こんな事はあり得る筈がない!」
呆然とするのは勇者の二人であった。
神聖魔法は神の力であり、魔導士には対処できる力はないと言われていた。その根底からあっさり覆った。それどころか魔導士が神聖魔法を使いこなしている。
彼等の見ていた常識が打ち砕かれた瞬間だった。
「待てよ、神聖魔法が魔導士の魔法と同じだと? それじゃ、治癒魔法なんかも……」
「【神官】という職業効果で回復力が上がるだけで、実際は魔導士でも使えますが? その逆もまた然り。まさか、魔導士が治癒魔法を使えないとでも思っていたんですかね? それ、間違いだから」
「つまり、神聖魔法って……」
「魔導士の魔法と同じ根源ですねぇ。それで、光魔法を神聖魔法と言い出したのが四神。どう思います? 実に胡散臭いでしょ」
「それじゃ……神官て何なんだよ! こいつ等は一大勢力を築いているんだぞ、この魔法で!」
「神官は、元は創生神を崇める者達の事ですねぇ。だからこそ回復能力を高める効果を得たも言えます。だが、今は創生神を崇める教えは一部を除いて存在しない。四神教がその地位を奪った訳です。勇者召喚も本当に緊急時以外は使用不可能だったんですが、四神教は頻繁に勇者を召喚していますし、その影響がこの世界にどんな災厄をもたらすかは分かりませんよ。最悪、他の世界を纏めて飲み込み滅んだとしてもおかしくはない。時空に穴を開けるという事は、つまりはそう言うこと」
勇者の二人はその話を聞いて蒼褪める。
下手をしたら、自分達のいた元の世界も巻き込まれる危険性があると気付いたからだ。
だが、ゼロスが言っている事は憶測である。イストール魔法学院の大図書館で得た知識を元に、あり得るだろう可能性を口にしたに過ぎない。
つまりは口から出まかせ出放題という事になる。だが、勇者達には真実を確かめる術を持っていない。
そして、それは意とも容易く真実という形に置き換わる。なまじ心当たりがあるために、間違っていると言えないのである。
「さて、カレーも煮えた事だし、みんなで食べようか」
「「「「わぁ~~~い、カレーだぁ、うっまそぉ~~~~っ!!」」」」
「この香り……食欲をそそるな。某も虜になりそうだ」
「あの……ゼロスさん? 神官の人達が苦しんでいますけど……」
「都合の悪い事を言われそうになって攻撃して来たんですよ? 万が一の時は、勇者を始末する密命を帯びていたとしても不思議ではないかなぁ~。まぁ、宗教なんてそんなもんですって」
勇者の二人の間に芽生えた猜疑心とは裏腹に、神官達は呻き声を上げていた。
自分達の放った魔法をそのまま返されて、レジストできずに直撃したのだから無理もない。
「全く、人に攻撃魔法を放って良いのは、死ぬ覚悟がある者だけだという常識を知らないんですかね。四神教は何を教えているのだか、大人しく殺られるわけないし」
「あんた……何もんだよ。10人分の攻撃魔法を一人で跳ね返したんだぞ! ただもんじゃねぇ……」
「ただの冴えない魔導士さ。敵対しなければ大人しくしてますって、敵対しなければ、ですがねぇ?」
「だからって、コレは酷いんじゃ……」
「殺そうとした相手に手加減する理由があるとでも? この世界はねぇ、生きるには過酷な世界なんですよ。人の強さを超える化け物がゴロゴロしていますからねぇ、特にあの森の先に……」
無造作に指を差したその先に、緑に包まれた広大な山々が見える。
勇者二人は息を吞む。メーティス聖法神国では呪われた土地と言われ、踏み込んではならない魔の領域と伝えられているからである。
勇者達もまたその話を信じ込んでいた。まぁ、間違いではないが……。
「ファ、ファーフラン大深緑地帯……そこまで過酷なんですか?」
「君達の実力程度なら1日で死ぬかな? まぁ、奥まで行かなければ良いだけの話です……。むっ、ウコンの量が少なかったか? 逆にクミンが少し多いような……」
「「もう食ってる!?」」
「だってさぁ~、食わないと全部食われちゃうんだよぉ、この子達に……。前に作ったカレーも全部食われたし」
おっさんはカレーが大好きだった。本場の味を知っているだけに苦心していたりする。
そして、調合したカレー粉に対して些か不満気味である。
「やはり分量を調べた方が良いか。匂いだけではさすがに分からないし、作っても失敗カレーが増えるだけだし、難しい。安定した味には程遠い」
「そうですか? 私は美味しいと思いますけど……?」
「ルーセリスさん……カレーはねぇ、香辛料の配分で味が大きく、そして細かく分かれるんです。ドドン・トードの肉だと、もう少しあっさりと、そしてパンチある辛みが欲しいところなんですよ」
「難しいんですね。食の拘りとは奥が深いです」
「「カレーから離れてくれませんかねぇ!?」」
問い詰めて来る勇者二人に、そっと皿を差し出すおっさん。そして……。
「食べてみますか? 僕としては些か不満なんですけどねぇ。少し意見が聞きたくなった」
「「いただきます!」」
勇者をあっさりと懐柔。カレーの威力は凄かった。
勇者は地球の味に飢えていた。
「ひ、久しぶりのカレーだぁ、もう3年も食べてない……」
「おいしい……カレーって、こんな味だったんだ……」
「フッ、馬鹿野郎……泣く奴があるかい。黙って食えばいいのさ」
「ヘッ……唐辛子が染みただけよ……」
「おいひい……お母さんのカレー、懐かしいよぉ……グスッ……」
そして陥落。おっさんは密かに悪い笑みを浮かべる。
【ドS主任】の本領発揮である。
「勇者の御二方には懐かしい味なんですね。カレーって……」
ルーセリスは皿にカレーを盛っていた。見方によってはデキた若奥様である。
しかし彼女の一言は彼等に疑問をもたらした。
「待て、何でアンタはカレーの事を知ってるんだよ! まさか、俺達と同じ勇者なのか!?」
「ハッ!? そう言えば……。今までカレー粉なんて探しても見つからなかったのに……」
「うんにゃ、僕は勇者とは何の関係もありませんよ。答えが知りたければ四神にでも聞いて下さいよ。もっとも、四神教の味方という訳でもありませんけどねぇ。むしろ敵かなぁ?」
しれっと嘯くおっさん。勇者二人の手が止まるが、しかしカレーから目が離れなかった。
「敵って……どういうことですか?」
「だから、四神に聞いて下さい。状況次第ではそうなる。ただ、それだけの事ですよ。言い換えれば勇者の敵にもなるという事だけどね」
「そんなあっさりと言われても分かんねぇよ。詳しく教えてくれよ……」
「その結果、君達が死ぬ事になっても知りたいですかい? 余計な知識を持ったせいで殺された君達の先輩のようにねぇ……。知ってるかい? 今まで召喚された勇者は、誰一人として送還されたことがない事に」
不敵な笑みを浮かべ、知りたくもない事実を彼等に告げたゼロス。
二人の手からスプーンが落ちる。二人の目の前にいる魔道士は、それらしい事を含みのある言葉で言っていた。『かつての勇者達』『最後は殺される』と――。
その意味にようやく気づく。それは同時に二人が何も知らない事をゼロスに教えていた。
「送還……されてないだと? 馬鹿な、大司教からは全員送り返されたと……」
「あのねぇ、時空に穴を開けるのにどれほどのエネルギーが必要になるか分かるかい? しかも30年おきに召喚してるんですよ? 送還するエネルギーなんてある訳ないじゃないか。
魔力を集めるのに30年の時間が掛かるのにだよ? 常識的に考えるべきだねぇ、四神は召喚はするけど帰す気がない。帰すくらいなら始末した方が早いですからね。どうせ異世界の人間ですから……」
「それじゃ、この世界で死んだ友人達も元の世界に帰ったわけでは……」
「死んだら終わり。ゲームじゃないんだから、死者が生き返る訳ないねぇ。当たり前でしょ、まさかとは思うけど、死んだら元の世界で普通に暮らしているなんて本気で思ってないよね? それこそ馬鹿な話だ」
カレーを食いながらも、その目は決して笑っていない。
どこまでも暗く、そこには果てしない闇が込められた目をゼロスは二人に向けていた。
この事実も大図書館で調べた事であり、複数の情報源から総合して、そう思わなければ納得いかない事柄を多く発見していた。推論から勇者は使い捨てにされていると結論付けている。
そして、勇者達はそれが偽りであるという真偽を確かめる事は出来ない。同時に正しいという保証もなかったが……。
「それで出た結論、四神は神ではない。ただの代行者に過ぎないって事かな。まぁ、信じるかどうかは君達の判断に任せるよ。まぁ、このままだと利用されて終わる事になるねぇ。あっ、もう手遅れか、ハハハハハ♪」
「うそ……だろ………俺達は選ばれた存在だって……」
「胡散臭いとは思ってたけど……私達はそれに縋るしか……。だって、帰り方を知っているのは……」
「勇者召喚の魔法陣て、送還できる機能が本当にあると思うかい? この世界の周囲にはどれだけの異なる世界があると思う? 君達の世界以外にも無限に世界があると思って良い。事象、時間軸、辿った歴史、そこから特定の世界を選べると本気で思うのかい? むしろランダムで条件に合わせた召喚をしていたと思った方が妥当でしょ」
蒼褪めた表情の勇者二人。何だかんだで情報を勇者に教えてるおっさん、実に性格が悪い。
勇者達の話では、彼等は死ぬ事がなく、仮にこの世界で死んだとしても元の世界で目覚めると言われて来た。しかし、改めて言われるとそこには疑問が付き纏い、実際の問題として真実を確かめるには難し問題であった。仮に四神教で言われた事が事実なら、真偽を確かめるには死ぬしかないからだ。
冷静に考えてみればそこがおかしい。
「そうか……だから風間君は、真実を知ろうとしていたのね」
「あのヲタク……この事に気付いてたのか。なのに俺達は……」
「へぇ……勇者の中にもまともなのがいましたか。おおかた破格の好待遇を受けて有頂天になってたんでしょ、そして考えるのを放棄して現在に至る。今まで何人の勇者が死んだんです? その勇者達は本当に元の世界に戻れたんですかねぇ?」
確かに破格の好条件であった。
金銭面での援助や性的な意味での人員斡旋。ある程度の違法行為の免除、国として考えるならあり得ない好条件だ。そのうえ贅沢三昧ときている。
そして、今や召喚され勇者の半数がこの世にはいない。
「ハニートラップに、贅沢三昧。行過ぎた我侭ですら目を瞑ってもらって調子に乗る。良くある手だねぇ、ラノベ的展開でつまらないと言うんでしたっけ?」
「あなた……本当に勇者じゃないんですか? 妙に詳しいじゃないですか、私達の世界の事に関しても……」
「調べましたしねぇ、理を求めるのが魔導士ですから。さて問題、君達が倒そうとしていた邪神とは何だろうね?」
「今までの話は鵜呑みに出来ない……。なら、四神が何としても倒したい存在、って事は地位を脅かす者か?」
「正解だよ田辺君。四神にはどうしても邪神に消えてもらいたい。でなければ、神としてこの世界に君臨できなくなる。そう思うのが妥当でしょうねぇ、都合が悪いから勇者に消させようとしている。自分達では倒せないから」
「勇者なら倒せるというのもおかしくないですか? 話を統合すると邪神はこの世界の神という事になります」
「う~ん、そこが難しいところでねぇ、邪神もまた正式な神ではないという事でしょう。神に至るには何らかの条件があるのかもしれませんし、こればかりは人の身で調べるのは不可能でしょ。それに、勇者は使い捨ての駒だよ。いくらでも替えが利くねぇ……何度も召喚して挑ませれば良い」
状況証拠は揃っている。確証がないだけに過ぎない。
四神の神託で動く事が多かった勇者達は、今思えば不可解な行動をさせられた事が多い。
例えば、聖獣信仰の獣人族の国に攻め込んだり、四神教以外の宗教を崇める国に戦争を仕掛けたりだ。
どれも四神に都合が良いものばかりで、見方を変えればただの宗教強制押し付け戦争である。
これで世界が亡びるとは到底思えない。
「「「「ウマ、ウマ、ウマ、ウマ♪」」」」
「そんなに慌てて食べなくても、まだ鍋にありますからね。火傷してしまいます」
「うむ……美味。しかし、ワイヴァ―ンの肉も美味かったな……」
「だよなぁ~、あんな肉は今まで食べた事がないし」
「美味しかったよねぇ~♡」
「とろりとしていて、ジューシー……コクと甘味のある旨味が……」
「おっちゃん、ワイヴァ―ンの肉はないの?」
子供達は舌が肥えてしまっていた。
このままでは普通に野営など出来ないかもしれないと、内心ではおっさんも焦る。
そもそも野営では、カレーのような香り立つ料理はご法度である。匂いに釣られて他の魔物が現れるからだ。下手をすれば野営地で戦闘に突入する事になる。
『失敗したか……。カレーを食わせるのは、もう少し後にしておけば良かった』
少し反省するおっさんであった。
「俺達……何のために召喚されたんだよ」
「皆……死んじゃったんだよ……。それなのに……」
「四神は享楽的なところがありますからねぇ、おおかた異世界の文化を求めているんじゃないのかい? 売られている漫画を見ましたよ。思わず、戦争を起こしたくなりましたねぇ……」
「「それほどぉ!?」」
勇者が娯楽としてアニメやラノベの話を広めるのは良い。問題はその話の脚色が継接ぎだらけで、オリジナル要素が全く皆無だという事だろう。
異なるストーリーを強引に合体させ、原作を見事に破壊し、ストーリー性が全くない。
「なぜか……ピーターパンが筋斗雲に乗って、テッ○セクターをしながら某ライダーに変身し、ダース○イダーと化したフック船長とガチで殺し合ってるんでだよねぇ……。しかも、百万ドルの夜景が広がる高層ビルの真上で、月には蝙蝠のシグナルが映し出されていましたよ。アメコミ風タッチでね!」
「か、カオスだ……」
「確かに……ストーリー性が感じられません。パクリにも程がある……」
「しかも、アル○ラーンとル○ーシュが戦っていましたよ、食戟でねぇ。無駄に絵が上手いのが腹立たしい。出版元を探し出して焚書にしたくなりました。いや、マジで……フフフ……」
「「なぜだろう。凄く気持ちが分かるのは……」」
ゼロスが何気に神官達を見ると、一斉に視線を逸らした。
彼等の顔には凄い罪悪感の色が浮かんでいる。そして、この時に出版元を理解する。
「お前らかぁああああああああああぁぁぁっ!! そうか、お前ら四神教の資金と知名度を上げるために、あんなふざけた出来損ないを腐教したのかぁ!! 謝れ! 必死にストーリーを絞り出して作られた芸術的な作品に心から謝れぇ!! 作家さんや漫画家達に死んで詫びろぉ!!」
おっさん、怒りの炎が猛々しく燃え上がらんほどにヒートアップ。
彼は筋金入りのヲタクだった。故にこの世界の漫画は、絶対に許してはならない悪意の経典にしか思えない。そんな物を読んでいるこの世界の住民が不憫で仕方がなかった。
「お祈りは済ませたかぁ~? 家族に遺言は? 死ぬ覚悟はOK?」
「「この人、マジだぁ――――――――――っ!?」」
「ち、違う……。そこは我等とは部署が違う……。我等もあずかり知らない事だし……」
「そ、そうだ……私達もあの内容には頭が痛い思いである。その辺りも考慮し……て、くれませんよね……ハハハ…」
「さすがにアレはいき過ぎだと思ったが、奴等は悪ノリで『どうせ世間の連中は原作なんて知らねぇよ、金さえ落としてくれればいいんだよ!』て、言ってたぞ……。私も止めたのだが聖女様が……」
「薄い本の方に力を入れてましたな……。いいのかだろうか、あんな同性愛の本を販売して……」
「「聖女様、何してんのぉ!?」」
命の危機に直面し、神官達は必死だ。
しかも漫画製作には聖女が関わっているようで、勇者二人は驚愕的な真実を知る。
「それで許されるとでも? あのイカレタ漫画を検閲もせずにそのまま売り出しておいて、自分達には何の責任はないと? 販売しているのを知った上で黙認していましたよねぇ? 許されざる大罪だ……。
あなた方の同門ならなおさら。純粋な若者達に悪影響が出たらどう償う気だ? 百合や薔薇は茨の道だぞ、ましてやロリに傾倒する犯罪者が蔓延したらどうする! 子供達は守るべき存在ではないのか!!」
魔王がそこに降臨していた。
いつの間にか装備も変貌しており、黒龍の被膜からつくられたローブに龍の甲殻より造られたブレスプレート……完全殲滅者モードに突入するほど怒り猛っている。
漆黒の聖者が、或いは黒衣の大司教か、何にしても存在感がハンパない恐怖が吹き荒れる。
「罪は償わなくてはならない。あの歪んだ漫画のせいで、どれだけの純粋な心が歪められた事か……。これが神の所業だというなら、神は敵だ。跡形もなく消し去らねばならない害悪だ! 汚物よりもなお汚らわしい……。アレは唾棄すべき悪行だと知れ」
たかが漫画でもの凄い威圧を放ち、神官達に恐怖を植え付ける黒衣の大賢者。
されど漫画、その表現方法は子供達の教育にも多大な影響を与え、仮に内容が歪んでいれば純粋な心に大きな効力となって表れる。娯楽の少ない世界では猶更である。
「お前達は何も理解はしていない。夢と希望、友との友情、世界の不条理と理不尽に苛まれ、抗い努力し、必死で最良の選択を求め続ける純粋な物語や名作を穢した。死すら生温い悪行をしたのだと理解せよ。
お前達のした事は、我等に戦いを仕掛けたと同義だ。その罪は決して許されん。これは戦争だ。我等に仕掛けた戦争だ。お前等のせいで数千、数万の悲劇が幕を開ける。終末の始まりを告げる鐘だと心に刻め、お前達が始めたのだ! 今こそ聖戦の時、ラグナロクの始まりだぁ!!」
めっちゃ上から目線で怒り狂っていた。
「「アンタ、どんだけアニメやラノベが好きなんだよ!!」」
「神を殺してでも守りたい心のバイブルですが、何か?」
「「あっさり神を殺すと言いやがりましたよ。筋金入りのヲタクじゃないか!!」」
「それのどこが悪いんです? 下手な宗教よりはためになりますがねぇ」
ある意味では正論だった。
別の意味では危険な思想でもあるのだが、この世界では意味のない問答である。何しろ規制が存在していないのだから。
「四神教が今のままなら殲滅します。コレは決定事項ですのであしからず」
「決定事項なのかよ……。ある意味で危険な相手を敵に廻す事になるな。アニメやラノベのせいであの国は亡びるのか……」
「全然レベルが見えなかったんだけど、どれだけ強いのよ。この人……」
「レベルが500程度なら軽く瞬殺ですねぇ。30人いても楽勝。勇者? 何それ、美味しいんですか?」
「「絶対に敵に廻したくない!!」」
勇者達は邪神よりも最悪な相手と邂逅した瞬間であった。
「あ……あなた様はいったい何者なのですか。その膨大な魔力、我等の内情すら見通す知識量……神の御業を弾き返す圧倒的な力、ただ者である筈がない」
「それに、その装備……並の素材ではない。我等の知らない魔物のようだ……」
神官達が疑問に思うのも尤もである。
そんな彼等の前で煙草に火を点けるおっさん。一息吸うと、無感情で煙を吐き出す。
「古より、勇者を導く魔導士は決まってるよねぇ? ただの引きこもりな研究者さ。ところで、勇者召喚魔法……危険ですぜ? この世界もそろそろヤバイんじゃないんですかねぇ?」
「勇者を導く……まさか、【賢者】!? ば、馬鹿な、そんな存在がこの世界にまだいたのか」
「さてさて、そこまでは教える必要はないですしね。それに、叡智の探究者は世捨て人ですから、国に縛られる気はないんですよ。邪魔なら消えてもらえば良いだけですし。大国が一つ滅んでも生活が悪くなるわけではありませんが、取り敢えずは他言は無用。
おたくらの国が地図の上から消滅したければ、上の方々に報告すると良いですよ? その時は滅ぼすべき敵に確定ですけどねぇ。ククク……」
「「「「「賢者のセリフじゃない!?」」」」」
おっさん、完成されたオタク文化を破壊され、えらくご立腹の御様子。
それでも誘導する事は忘れない。
百歩譲って同人誌は認めるとして、あそこまで世界観を破壊されると、とても看過できるものではない。何より漫画として出版されている以上、子供達も見る事になるのだ。
ハッキリ言えば教育に悪い代物である。何しろ年齢指定がされておらず、R18指定の本ですら簡単に買えるのだ。
「そもそも魔導士なんてものは、勇者達の言うところのマッド・サイエンティストですよ。知識探究のためならどんな物でも読みますし、好き勝手に実験を繰り返すヒキオタ。物語のような聖人君子という訳ではないよ。常識的に考えて、そんな都合の良い話なんてある訳がない」
「言い切った!?」
「う~ん、良く考えてみれば当然かも……。魔法の頂点を極めた人が、無名のままでいる筈がないわ。仮に無名のままで甘んじているのだとすれば、かなりの研究馬鹿とみた方が自然だし」
「勇者のオタク文化は娯楽ですからねぇ、中々に研究意欲を刺激してくれます。ただ、あそこまで原作を壊されると、そんな物をばら撒いてる連中に本気で戦争を仕掛けたくなりますねぇ」
「「賢者はオタク文化に染まりきってたぁ、しかも原作をこよなく愛する原理主義者!?」」
「僕は、賢者だなんて一言も言ってませんが?」
本人は言っていないが、賢者の存在は驚愕すべき歴史的大事件であるのに、その本人は研究馬鹿でオタク文化に傾倒している。しかも原作を愛するが故に異様な漫画を売り捌いている【メーティス聖法神国】を異常なまでに敵対視。
勇者達の【鑑定】でもレベルが見えない事から、その強さは常軌を逸した存在という事になる。
国を滅ぼすと断言すれば、それが簡単にできる存在だという事が確定したも同然。
ただ、おっさんの言っていることはただの脅迫である。そこまでする気は元からない。おそらくだが――。いや、ちょっぴり本気で戦争を仕掛けたいのかもしれない。
「まさか……このカレーは」
「君達の先輩方が広めたグルメ漫画の再現かな、暇潰しだけどね。まぁ、召喚された勇者達が騙されているとは知らず状況に流され、調子に乗っていたのは助けようと思わなかったねぇ。弱肉強食は世界の摂理だし」
涼しい顔で堂々と嘘を吐くおっさん。
「つまり、賢者は勇者の存在など本当にどうでも良いと? 調子に乗っていた人達がいくら死んでも構わないと言うんですか?」
「賢者ではないよ? 逆に聞きますが、何で助けなければならないんです? 所詮は勇者達の世界でもある宗教戦争じゃないですか、関わり合いになりたくありませんよ。くだらない」
「私達には関係ないじゃない! なんで戦わされなくちゃならないのよ!!」
「その文句は四神に言ってくださいよ。召喚させているのは連中だし、召喚された時は君も内心で喜んでいたんじゃないのかい?『つまらない現実から解放された』みたいな開放感がなかったとは言わせない」
「そ、それは……」
勇者の少女――【一条 渚】は否定できなかった。
この世界に召喚された時に、自分を取り巻く環境が変わった事に高揚感を感じたのは確かだ。
ダンジョンに潜りレベルが上がるたびに、強くなって行く自分に快感を覚えていたのも確かである。
だが、現実は非情なもので、仲間が戦争で死んでいったところを目の当たりにし、元の世界に帰りたいと願うようになって行く。今はそのためにだけ戦っていると言っても良い。
「確か、風間君とか言いましたか。彼は、多分だけど死んでるね? 恐らくは宗教戦争の犠牲者になったと見た。彼は正しいよ、なまじヲタクだからこそ異世界召喚に対して疑惑の目を向けれたんだろうねぇ。
君達はその彼にどう接していたんだい? 彼の声に耳を傾けた者はいたのかい?」
「確かに……その……。そうなんですけど……」
「俺達は異世界を楽しんでた。レベルが上がって、強くなって……。けど、戦争があんな悲惨なものだとは思わなかった」
「田辺君だっけ? 君は状況に甘んじて思考するのを放棄した。死の恐怖から逃れるために、彼等に与えられた悦楽に溺れたんだよ。信じられる筈の仲間を拒絶した癖に、他人に縋る権利などあるのかい?
現実は残酷なんだ。どんなに強くとも人は簡単に死ぬ……。その現実から目を背けた連中を、たまたま出くわしただけの僕が助ける理由なんてないと思うけどね。
戦争が悲惨? 殺し合いをするんだぞ、悲惨じゃない訳がない。覚悟もないのに武器を振り廻し、権威を振り翳し、妥協し続けただけの人間が人を頼るなんて虫が良すぎないか? どこまで甘えれば気が済むんですかねぇ、現実を見ようともしなかった癖に。自業自得は君達の世界の言葉だったはずだ」
勇者の二人は何も言えなかった。
魔導士は非情なまでの現実主義者でもあった。言い返す言葉すら見つからない。
「風間君とやらは会ってみたかったなぁ~、中々有意義な話が出来たと思う。で? 君はその風間君のことをどうしてたんだい? 無視してたのか、馬鹿にしていたのか、どちらにしても死んだ者は生き返らない。謝ったところで意味がない。既に手遅れなんだからねぇ……。
『賢者なんだから救ってくれ』なんて言葉は聞かないよ? 僕はただの魔導士なんだよ。もの凄く自己中心的な人間だからねぇ、何の利益にもならない事に手を出す気はない。それを踏まえて聞くけど、勇者ってそんなに大それたものなのかい? 君達は勇者らしい偉業を成し遂げたんですか?」
勇者はこの世界では最強の戦士だと言われていた。だが、渚も勝彦も勇者らしい偉業を成し遂げたのかと問われれば言葉にできない。やってきたのはただの宗教戦争だからだ。
しかも、目の前の魔導士は自分達を遥かに凌駕して存在がいる。最強の存在という言葉は怪しくなり、こうなると自分達の存在理由が分からなくなった。
メーティス聖法神国のような都合の良い話はないと理解する。絶対的な強者は確実に世界に存在しているのだ。現に目の前に一人いる。その事実が勇者達の現実が音を立てて崩し始めていた。
「まぁ、このキャンプ中は好きなようにすれば良いさ。ただし、ちょっかいを掛けて来るなら容赦なく潰すよ? そのせいで国が一つ滅んだとしても感知しない。まぁ、喜びそうな人達が多そうだけどねぇ」
「アンタが俺達を助ける気が一切ないのは分かった。……けど」
「うん……。一つ聞きたい事が………」
「なにか?」
「「あそこで簀巻きにされている人は、なに?」」
「ただの悪質なストーカーです」
勇者二人が指を差した先には、未だに簀巻き状態の男が跳ね回っている。
殺意のこもった目を向けて……。