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おっさん、勇者と出会う。

 行きは地獄、帰りはのんびり。

 ドドン・トードを倒した翌日、子供達は両手広げギルドに強襲。

 受付で手に入れた報酬を手に、分配方法を決めるためにテーブルを挟んで会議を始めた。だがこの日、傭兵ギルドで馬を借り、今日でモブの村から引き上げねばならない。


 ルーセリスの休暇は一週間。イカレタ暴走馬車でこの村に一日で着いたのは置いておくとして、普通に馬車で来れば2~3日の時間を要する。

 本当なら狩りを一回行うだけで翌日に帰宅するだけで終わる筈であったのだが、【ハイスピード・ジョナサン】のおかげで、子供達が本格的な狩りというものを体験できた事は皮肉としか言いようがない。しかしながら感謝するにも出来ないために、何とも言えない感情に苛まれている。

 行きは暴走で苦しめられ、ゼロスは二度にわたり人身事故、正確には三度だがロクな目に遭っていない事は確かだ。これでは感謝できる筈もない。

 何はともあれ無事でいる事は幸い。傭兵ギルドで借りた馬車は普通の馬であり、ゆっくり気ままな馬車の旅ができるだろう。

 野営訓練もするつもりだったので、ようやく本来の計画に戻れることになる。


 ゼロスが予定していた事は、先ずモブの村へ向かう途中で行う野営の訓練をして、二日ほど時間を掛けて狩りを行う事だった。それがイレギュラーな存在によって良くも悪くも計画が崩れ去った。

 たった一日でモブの村に到着、しかも小物の魔物を狩る余裕まであった。それだけスレイプニールの脚力が異常だという事だが、まぁ、終わり良ければ総て良しである。

 荷物を馬車に乗せ、後は乗り込むだけであった。


「武器……強化できるかな?」

「無理じゃないか? ドドン・トードの皮はインナーにしか使えないだろ」

「あれ? 魔導士のローブにも使えなかったっけ。撥水効果が高いらしいよ?」

「某は、剣の柄に巻く滑り止めと聞いておるぞ?」

「肉が美味しければいいよ、にくぅ~~~っ」


 子供達はブレない。

 予想外の収入と素材を確保できたため、今後の使い道に慎重に談義している。

 今回手に入れた素材の中で、ドドン・トードの素材である【大蛙の外皮】は鎧などの下に着るインナーとして使えるため、多くの傭兵が愛用する代表的な素材であった。

 伸縮性で通気性もあり、体形に合わせてフィットする感が大人気の品だ。

 伸縮性はともかく、通気性が良いのはドドン・トード体から分泌する油を出す細かな汗腺のおかげであり、この素材は衣服に適した天然素材なのである。

 他にも【森大猪の牙】や【森大猪の毛皮】、【小陸蟹の貝殻】【小陸蟹の甲殻】などがあるが、武器や防具を強化するには数が少ない。また、加工が面倒なものも多かった。

 

「ハイハイ、話し合いは後にしようね。今はサントールの街に戻るのが先だよ」

「「「「 うぃ~~す……あの兄ちゃんじゃないよな? 」」」」


 ボッチ・モン君は子供達に壮絶なトラウマを刻んでいた。


「むぅ……某は不満だ。刀を使う機会が少な過ぎだ……」

「刀などの武器で勝てる大物は滅多にいないさ、仮に勝てるとしたらよほどの腕が必要になる。基本的には手槍かハンマーなどの武器を使う事が多いかな」

「納得がいかない……」


 小型の魔物、例えばウルフやオークなどの魔物であれば刀剣の類は有効だ。しかし中型から大型の魔物となるとそうはいかない。どうしても重量のある武器が必要になって来る。

 堅い鱗や甲殻、更に分厚い皮膚や筋肉に阻まれ有効なダメージを与えられない。物理的に考えても大型の重量武器や槍などの武器が効果的なのだ。

 現実はどこかのハンターゲームのように、ハンドタイプの武器だけで倒せるほど甘くはなく、用途に合わせて武器を使い分ける必要がある。

 魔力を纏わせて攻撃力を上げたとしても、元の武器の強度は変わらず、場合によっては簡単に折れたりするのである。故に複数の武器を所有するのは基本であった。


「僕も、大物を相手にする時はショートソードなんて使わないよ。基本的には魔杖を使いますしねぇ、後は魔法を併用し、場合によっては戦闘スキルを多用してるかなぁ」

「ぬぅ……刀だけでは倒せぬ者もいるのか。世界は広い……」

「体が大きいと、その分筋肉で厚みが増えるからねぇ。斬るにしても相手によってはかすり傷程度の場合が殆どさ。分かりやすく言ってしまえばドラゴンとか……」

「なるほど、ならば斬龍刀のような大型の太刀も必要になるか……武器スキルを増やさねば」


【武器】スキル、主に【大剣】【片手剣】【刀】【槍】といった具合に武器をあるていど使えるようになった時に覚えるスキルである。そのスキルがやがて【見習い大剣使い】【見習い片手剣使い】と職業スキルに発展して行く。同じ剣装備のスキルが場合によって複数統合され、多くの戦闘技や発展技などを使えるようになる。その時に職業スキルが【剣士】などに変わるのだ。

 ゲームで言うところのコマンド操作で発動する必殺技みたいなもので、まぁ技を覚えても使いこなせず器用貧乏になる事も充分あり得るが、状況に応じて選択肢が増えるのは良い事である。

 だが実際のところはスキルをそこまで昇華する者は少なく、例えば【大剣使い】オンリーの職業スキルだけで満足する者が多い。他の職業も同様である。

 これはパーティーメンバーの役割が決まる事で、そのポジションに定着してしまいがちになり、他の武器による技を覚えようとしなくなるためだ。

 その結果、職業スキルを得られず身体補正が強化されない訳で、手練れの傭兵が少なくなるという事態を招いている。

 また、さらに上の職業スキルを得るためには戦闘職は戦い続けなければならないのだが、好き好んで死地に挑んでいくような馬鹿は少なかった。何事も命あっての物種である。


「某は【刀鬼】のスキルは持っているが、他は【弓術士】とか【槍術士】だからな……精進が足りぬか」

「極めれば統合されて身体補正も大きくなる。体力や魔力の成長にも多大な恩恵があるんだけどねぇ」

「武の道とは、かくも難しきものだな……だが、燃える!」

「ホント……何で君がエルフなんだ? 何か間違ってるでしょ」


【身体補正】。保有するスキルの数に応じて、身体能力を向上させる効果の事だ。

 レベルアップ時にも多大な影響を与え、常に発動状態にある効果である。これは身体に保有する魔力をどれだけ円滑に体に巡らせえる事が出来るかを示す。 

 魔力はレベルが上に上がるほどに保有量は増えるが、同時に肉体強化を自然に行う。免疫機能の向上にも一役買っているために馬鹿に出来ない効果だ。

 魔力が円滑に廻れば、それだけ身体能力は向上する。武術系スキルを極めれば、それだけ体内の魔力は身体能力を上げる効果を発揮し、魔導士であるなら魔力量は騎士よりも増え、そこに武術スキルが加わればその効果も大きかったりする。

 魔導士と武術は実はもの凄く相性が良いのだが、その分スキルレベルを上げるにも苦労する事になる。

 

 スキルレベルを向上させ、上位スキルに発展させる事を繰り返す手間を考えると、ハッキリ言えばもの凄く手間がかかる。ゲームでなく現実の世界で考えると、一生費やしても極めるなど無理であろう。

 圧倒的に強い相手と手合わせ続けるなら話が別だが、そうなると今度は身体レベルが上がり辛くなり、どちらにしても強者に挑まねばならない事態が発生する。

 今の子供達がまさにその状態であった。ファーフラン大深緑地帯近辺で魔物を倒すしかレベルを上げようがない事態だが、実戦の経験が足りない。


「某は今、どれほどの強さなのだろう」

「う~ん……並の傭兵よりは強いんじゃないかな? 昨日格が上がったみたいだし、強い魔物を相手にしないと、弱い魔物は相当数倒さないと次までが長いよ?」

「先が長いな……某は父上を越えねばならん。あの飲んだくれを成敗せねば……」

「それより、早く馬車に乗った方が良いと思うが? みんなを待たせているんだし……」

「あっ……」


 子供達はおろかルーセリスも既に馬車の荷台に乗り込んでおり、残されているのはゼロスとカエデだけである。二人が馬車に乗らない限りモブの村からいつまでも出発する事が出来ない。

 二人はそそくさと馬車に乗り込み、馬車は動き出す。

 こうして一行はモブの村を後にしたのであった。


「てんちょぉ~~っ! 私達は、いつになったら帰れるんですかぁ~~~~っ!!」

「アンタがミンチばかりを作るから稼げないんでしょ!! 文句があるなら自分の大食らいと、学習しないおつむの軽さを反省してから言いなさい!! だから【底なし沼の誘い手】なんて通り名まで付けられるのよ、アタシはアンタと心中なんて御免だからね?」

「そんなぁ~~っ、一緒に深みに落ちてくださいよぉ~~~っ! 仲良く地獄へ落ちてくださぁ~~~い」

「嫌よ! 死ぬなら一人で死になさい。この、駄目店員!!」


 帰れない者もここにいた。

 クーティーの頭の中にて加減の文字はない。倒すべき魔物は全力を挙げて肉片に変えるのだ。

 当然まともな素材なども手に入れられる訳もなく、無駄に出費がかさんで行く。クーティーは人の10倍は食うのである。三杯目もそっと出したりなどしない。

 彼女の頭の中に手加減の文字もないが、遠慮という文字もない。

 溜まり続けるツケを払うまで、ベラドンナ達は狩りを続けざるをえなかった。

 二人が無事にサントールに帰れるかは定かではない……。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 馬車はゆっくりと街道を行く。

 モブの村に続く街道は途中からファーフラン街道と合流し、後は道成に進めばサントールの街へ続く街道との分岐点へと続いている。

 そこから北に行けばドワーフが数多く住む土地【イルマナス大遺跡】か、もしくは別の領主の治める土地に入る事となる。どちらを行くにしても街道を利用する者は少ない。

 ファーフラン街道は魔物の出現率や盗賊達の犯罪が多く、よほどの大規模なキャラバンでなければ利用する事がない。ゼロスがセレスティーナと出会った時は、一度別の街道からファーフラン街道に合流し、サントールの街に向かう途中の事である。

 ファーフラン街道はとにかく長い一本道なのだが、この街道の本来の目的は大深緑地帯から現れた魔物の群れを討伐するための軍事目的である。救援や物資の搬送を円滑にするために作られた道なので、商人に対しての配慮があまりされていない。

 その街道の周辺に街や村が作られ始めたのはここ最近の事で、そこには国の何らかによる思惑があるからであろう。最近では海に近い国のキャラバンがここを利用しており、その整備は急速に進んでいた。


「のどかですねぇ~」

「そうですねぇ……正直、暇を持て余すほどに……」


 ゼロスとルーセリスは荷台でのんびり空を見上げていた。

 どこまでも澄み渡る青い空、雲一つ見当たらず、ときより鳥が飛んで行くだけである。

 あまりに長閑すぎて子供達やコッコは既に夢の中、盗賊に襲われでもしたら後手に回るだろうが、傭兵ギルドの馬車を襲う盗賊は少ない。

 利用者の殆どが傭兵であり、たまに村人が利用してもリスクを思えば手を出すには問題がある。

 比較的に安全な馬車の旅であった。


「こうものんびりだと、眠くなりますねぇ……刺激がなくて」

「ゼロスさん、物騒な事を考えていませんか? 魔物や盗賊が襲い掛かって来てくれないか、とか……」

「まさか、僕ぁ~日々平穏がモットーなんですよ。余計な争いは遠慮したいところですねぇ」

「……本当ですか? とてもそのようには見えないんですけど」

「そんなに睨まないでくださいよ。僕としても好き好んで騒ぎに巻き込まれたいとは思いませんって、面倒ですしねぇ……」

「ちゃんと私の目を見て言ってくれませんか? なぜ目を逸らすんですか?」


 それは、見つめ合うのが気恥ずかしいからである。

 独身生活の長かったゼロスは、女性と正面から見つめ合うのにも抵抗がある。

 ましてやルーセリスは美人であった。銀色の髪と母性溢れる柔和な表情は、おっさんでもドギマギするほどに魅力的である。しかも豊乳。

 モブの村で一部屋共に過ごす間、溢れる劣情を抑え込むのに苦労したほどだ。

 今も切っ掛けさえあれば抱き締めたくなるほどである。そして、ルーセリスはゼロスに対して無防備に近い。そんな状況で『信頼していますからね♡』などと言われたら、手を出す事すら出来なくなるだろう。

 照れ隠しと湧き上がる劣情で悶々としている不憫なおっさんは……。


「ルーセリスさん……結婚しましょう」

「はっ、ハイ~~~ぃ!?」


 やらかした。

 

「もう、自分の心を押さえつける事はできません。結婚しましょう。今直ぐ、即行で、光よりも早い速度でっ!! ハネムーンはどこにしますか?」

「い、いきなりすぎますよ、ゼロスさん!? 先ずはお互いの気持ちを確かめて、その上で将来の家庭設計を入念に立て、子供達を無事に自立させるのを見届けるまでは……」

「OK、任せてください! 子供達はこれからファーフランの森で鍛えて見せます! 安心してください。一週間もあれば、ワイヴァ―ン程度なら楽勝で首を落すように鍛えてあげますよ!」

「あの子達に何をする気ですかぁ!? 一週間でワイヴァ―ンって、どうやったらそこまで強く出来るんですか。嫌な予感しかしません!!」

「大丈夫です……僕ぁ~、幸せのためになら神にすら唾を吐く男ですよ? 多少の修業ならこの子達も喜んで……フッ、フフフフフ……。どうせ簡単にレベルが上がりませんしねぇ、ちょうど良いい……」

「悪魔ですかぁ! 絶対、人格に悪影響が出ますからやめてください!」

「そんな事はありませんよ。それに、強くなったら『シスターの結婚祝いに、ワイヴァ―ンを狩ってきてあげるよ。ヒャッハー♪』と言うに決まっています」

「そ、それは既に人格に悪影響が……あら、不思議と違和感がありません!? この子達なら本当にやりそうです。いえ、絶対にやる気がします!」


 おっさんは照れ隠しの冗談を言っているのだが、ルーセリスは本気に捉えてしまった。

 これでは『冗談ですよ、冗談。ハハハハハ』と言って済ませる事が出来ない。

 おじさんピンチ、笑って済ませる時期を逃していた。

 いや、相手がルーセリスだと最初からそんな時期はないのかもしれない。なぜなら、彼女は露店で売っている『幸せの壺』を購入するほど、人の善意を信じているのだ。

 ゼロスは、このままでは結婚目的ために子供達を地獄のブートキャンプを行う羽目になるだろう。言いだしてしまったがために引くに引けない状況であった。

 こう見えておっさんは、年齢差を気にしているのだ。


「なぁ、惚気るんだったら他でやってくんねぇか? 聞いていて腹が立つからよぉ、リア充は全員死ねばいいんだ……そうは思わねぇか?」


 幸い止める者はいた。御者の中年男性で、二人に凄いメンチを切っていた。

 彼の顔は、今にも二人を殺さんばかりに嫉妬に狂っている。

 なまじルーセリスが美人なだけに、おっさんに対しても殺意は凄まじい。『中年が若い女に入れ込んでんじゃねぇよ、糞がぁ!』と吐き捨てるほどだ。

 

「ま、まぁ……冗談はさておき、式はいつご……すみません、睨まないでくれませんかねぇ?」

「ア゛ァン? こっちとら、いちゃついてる馬鹿共を見ると殺して跡形もなく擂り潰した後、魔物の餌にしてぇくらいにリア充を消滅させてぇんだよ! ふざけた事言ってっとマジで殺すぞ、ケッ!!

 昨日フラれたばかりでリア充共を殺したいほど憎いんだよぉ、俺はぁ!!」

「あの、それは逆恨みでは……。他者の幸せを願えることが、人として大事な事なのではないでしょうか?」

「うっせぇな、幸せな連中に何が分かるんだよぉ!! 浮かれた奴等の幸せほどぶち壊してぇものはねぇだろ。何ならアンタ等をぶっ殺してやろうかぁ~? どうなんだよぉ!!」


 御者の男はヒートアップ。

 ルーセリスに食って掛かるほど、他人の幸せが憎いようであった。

 しかし、よく考えてみるとこんな性格の人物が女性に愛される訳がない。何となくフラれて当然のような気がしているのも確かだった。


「その心の狭さがフラれた原因ではないんですかねぇ? つまりは自分さえ幸せなら、他者の心などお構いなしと言ってますよね?」

「ソレの何が悪い! 人は誰も、てめぇ中心で生きてんだろうがぁ、ざけんなぁ! テメェ等みたいなリア充に何が分かる!! 俺はなぁ、毎日のように朝から晩までアイツを見守っていたんだよぉ、それなのに……『衛兵さん、この人です!! いつも私の事をつけ狙う変質者なんです。捕まえてください!!』なんて言いやがった!! 狂うほどに愛していたのによぉ!!」

「「うん、フラれて当然……。救いようがないです」」

「何でだぁ――――――っ、何で俺の愛は受け入れられねぇ!!」


 男はただのストーカーだった。常識的に考えても通報されて当然だろう。

 捕まらずにここにいるのが不思議なくらいである。


「第一、おたく……その女性と話した事があるんですかい?」

「ねぇよ! だが、思いは通じるもんだろぉ、言葉なんてただの飾りだろぉ!!」

「んなわけないでしょ……無言で思いが通じるなら、世界はカップルばかりですって。そんなのものは幻想ですねぇ」


 凄く都合の良い事を言う。

 別の言い方をすれば凄まじく身勝手な解釈だろう。


「違う! アイツは……俺の思いを知りながら裏切ったんだぁ!! 出かけた後に部屋に入り、他の男の気配がないかを入念に調べ、夜に誰かが襲わないかと心配で後ろで見張り続け、片づけ忘れた洗濯物を俺が回収して持ち帰り保存……ゲフッ、言い寄った野郎共を闇討ちして……」

「アンタ……立派な変質者ですぜ? 衛兵が呼ばれるのも理解しなさいよ。アンタが与えていたのは愛ではなく、身の毛のよだつ恐怖だと知るべきだ」

「ば、馬鹿な……」


 一方的な愛に捉われた者は独善的になる。

 自分が正しいと信じ込み、相手の感情を無視して勝手に突っ走り、そのうえ拒絶されれば怒り狂う。

 そこに在るのは一方的な押し付けであり、愛という言葉など何処にもない。ただの独りよがりな我侭だ。

 まぁ、それを言って納得するような者なら、こんな馬鹿な真似はしないだろう。


「いや、俺の愛は本物だ! アイツはそれを踏みにじったんだぁ―――――――っ!!」


 こんな風に……。


「ふぅ……想像してみてください。自分が部屋にいる……そして、その場には見ず知らずの女が立っているところを……」

「うっ……それは怖いな……」

「その女は毎日のようにアンタをつけ回し、部屋に侵入しては物色、更に洗濯物を盗み、夜な夜な自宅の前で監視している……」

「い、いや、俺がやっていた事は……そんな悍ましい事ではないぞ?」 

「アンタがそう思っていなくとも、相手がそう思っていたら終わりでしょ。アンタがやった事は紛れもない犯罪です!」

「そんな変質者と俺の愛を一緒にするなぁ―――――――――っ!!」


 そして、ストーカーは自分のした事を犯罪だと認めない。

 同類の事すら激しく嫌悪し、自分の事を棚上げにするほどに身勝手である。そこに話し合いという行為は無意味だった。

 最初は聞き分けよく妥協する素振りを見せておきながら、常識で追い詰められれば凶行に及ぶ。

 最終的には世間が悪いと思い込み、相手を殺す事で自分の欲を満たすのである。勝手に思いを募らせ、勝手に深く思い込み、勝手に暴走する傍迷惑な存在であった。

 当然ながらこの男も……。


「そぉ~うかぁ~……お前等も俺の邪魔をするんだなぁ~っ? へへへ……良いぜぇ、皆ぶっ殺してやる。お前等も、俺を裏切ったアイツも……皆ぁ~こぉ~ぅろしてやるぅうぅぅぅぅぅぅぅぅっ!!」


 暴走する――そして八つ当たり。酷い、実に醜い……。

 男は腰にある護身用のナイフを引き抜いた。


「俺の邪魔をする奴はぁ~……皆殺しだぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあっ!!」

「てい」

「ぎゃぶらっ!?」


 だが、向かって行った相手が悪かった。

 ナイフで刺し殺そうとしてきた男を、ゼロスは軽く殴っただけで昏倒させる。

 後には白目を剥いた変質者が転がっているだけであった。


「……傭兵ギルドは人手不足なんですかねぇ? 人格に問題があるように思えるんだが……」

「困りました。馬車はいったい誰が動かすのでしょう……。私は、御者などした事はありませんし……」

「その辺りは大丈夫ですよ。僕が出来ますからねぇ、いやいや、懐かしい」


 おっさんは、地球での田舎暮らしを思い出していた。

 近所には趣味で馬を飼う人がおり、作物の運搬を馬車で行っていた。

 餌代は掛かるがガソリン代が必要がないため、狭い農道には重宝されていたのである。おっさんも当然ながら面白半分で馬車を動かしていたりする。


『畑からは道が狭くて、軽トラックでも運ぶのが無理だったからなぁ……。良くあんな場所に家を建てたもんだ。野中さん、不便に思わなかったのだろうか?』


 御者の男をロープで縛りながら、おっさんは少し前の懐かしい記憶に思いを馳せる。

 野中さんの自宅は一般道から山間の狭い道を通るので、自宅まで行くには農道の一本道。しかも軽自動車ですら通れないほど狭かった。

 周りは段々畑で、一度でも車が脱輪するとレッカーを呼んでも入れる事が出来ない。二次被害は確実で、古い軽トラックが転倒したまま野晒で錆び付いていたのが印象に残っている。

 また、その人の自宅は畑の真上にあった。基本的に自転車で買い物などをしていた記憶にあった。


「それにしても……この子達、良く寝ているなぁ? あれだけ騒がしかったのに……」

「思ったよりも疲れていたんですよ。昨日は大物を相手にしましたし、格も一気に上がったようですから」

「だと良いんだけどねぇ……(単に太い性格だとしたら、警戒心が足りないとしか言いようがないんだが……)」


 傭兵を目指すなら、休める時に休むのは必要な事だが、それでも捨ててはいけないのが警戒心である。

 たとえ眠っていたとしても、わずかな気配で跳ね起きる事が出来なければ生き残れない。魔物が生息する森では、体を休める時ですら周囲の気配を探らねばならないのだ。

 中には気配を消して近付いて来る魔物もおり、油断は命を縮める事に繫がる。


『試してみるか……』


 ゼロスは剣の柄に手を当て、殺気を放つ。


「なっ、何だぁ!?」

「い、今のはいったい……凄まじい殺気だったぞ!?」


 跳ね起きたのはジョニーとカエデだけであった。

 後は五羽のコッコだけである。野性の勘であろう。


「うん、ジョニー君とカエデさんは合格ですねぇ。他の子達は訓練が必要かな」

「今のはおっちゃんか? 何したんだよ、すげぇヤバイ気がしたぞ?」

「アレは殺気……なるほど、寝ている時すら油断は許されぬという事だな。アンジェ、ラディ、カイは今ので死んだ事になる。合格というのは殺気に反応できたからという事だろう」


 カエデは状況判断が早かった。対してジョニーは未だ困惑顔をしている。

 まぁ、今までこんな訓練をしていなかったのだから、反応できただけでも大したものであろう。


「寝ているところを悪いと思ったんだけど、わずかな気配でも戦闘状態に移行できないようじゃ普通に死ぬから、少し試させてもらったよ。これが狩場や深い森の中だったらどうなると思う?」

「……おっちゃん、容赦ないな。確かに、今のに反応できなかったら死んでいたよなぁ~」

「某も気が緩んでいたようだ。街道とは言えども安全ではない……。盗賊共に襲われでもしたら捕らえられていただろう」

「まぁ、それは僕がさせませんけどねぇ……。けど、自立したら全て自分達で行わなければならない。中には気配を消して来る魔物もいるから、殺気には敏感でないといけないぞ?」


 子供達に新たな課題が出来た。

 カエデとジョニーは互いに話し合い、どうすれば殺気に対して鋭敏に反応できるか、訓練方法を考え始めている。その二人にコッコがアドバイスをしているのだが、視点を変えると妙に微笑ましく見える。

 とても血生臭い訓練の内容を話し合っているとは思えない。


「どうでも良いんだが、おっちゃん……」

「なぜ、御者殿が縛られているのだ? 凄く睨んでいるのだが……」


 簀巻きにされた御者のおっさんは、水から挙げられた魚のようにビチビチと跳ね回っていた。

 その目に狂気的な殺意を込めてだが……。


 御者の制御を離れた馬車は、ゆっくりとサントールの街を目指している。

 街までの道程を覚えているようで、どうやら御者よりも馬の方が優秀であった。

 おっさんは、馬という動物にプロ意識を垣間見たような気がした。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 野営。それは、傭兵にとって必要な技術である。

 商人の荷馬車を護衛するにあたり、わずかな食料で自分達の食事を用意する。また、狩場でも空腹などを満たす技術は必要不可欠であり、飲まず食わずでは必要な時に戦えない。

 たまに護衛対象の商人達が食料を分けてくれる事もあるが、大半が自前で用意せねばならず、傭兵家業は甘い考えではやっていく事は出来ない過酷な職業であった。

 

 子供達は飯盒を片手に麦と米を研ぎ、鍋の前で肉や野菜を切り分けていた。

 こうしたキャンプは初めてなのか、実に楽しそうに見えるのだが、実際は魔物や盗賊にいつ襲われてもおかしくはない川原である。

 こうした休憩中のところを襲う事こそが、盗賊にとって最も効率が良かったりする。

 行商人達が移動している時は、当然だが傭兵達も警戒中であり反撃のリスクが高いからである。

 現在見張り役はゼロスとラディで、他は夕食の準備中であった。


「野菜を炒めるにも火力が強過ぎないか?」

「え~っ、大丈夫じゃないかな? 火を通せば柔らかくなるんでしょ?」

「アンジェは分かってない……焦げた野菜は体に毒だよ?」

「カイ……その知識はどこから仕入れたのだ?」


 実に賑やかなのだが、目を逸らせば簀巻きにされた男が無造作に転がされている。

 光と闇が分かれた異質な空間であった。


「おっちゃん、俺、暇なんだけど……」

「周囲の警戒は必要な事だよ? 今度はみんなで交代して見張りをするんだから、今は集中」

「うぇ~~っ、面倒な事をするんだなぁ~。もっと楽な仕事かと思ってた」

「ダンジョンに潜るなら必要な技術だからねぇ。ダンジョンには休める場所はないから、自分達で確保するしかない。常に安全を確保し、周囲を警戒して効率良く体を休める必要がある」


【ソード・アンド・ソーサリス】のダンジョンは休憩できるような場所はなく、そうした安全圏も自分達で確保するしかなかった。念入りにダンジョンを調べ上げ、どこが魔物の来ない領域かを調べる必要がある。

 セーフティーエリアなど存在しないシビアなダンジョンであった。

 当然ながら休息中に魔物に襲われる事もあり、そうなると食事や睡眠どころの話ではなくなる。攻略するにも難易度が高過ぎるので有名であった。


「カレーか……。おっちゃん! カレー粉の調合方法を教えてくれ」

「良いけど、人によって好みが分かれると思うよ? レシピくらいはあげるけどさ、自分達に合った調合を研究すると良いね。僕は辛口が好みだけど」

「簡単そうに見えるんだけど、違うのか?」

「合わせる香辛料の量だけでも味が変わる。ほんのわずかで美味さが段違いに変わるけど、逆に不味くもなるから気を付けると良い」

「ひょっとして、もの凄く奥深いのか?」

「凄く、ね……」


 独自にカレー粉を調合できる者は、香辛料に造詣が深い者が多い。

 市販のカレー粉にわずかにハーブを加えるだけでも香りが違う訳で、カレーはどこまでも奥が深く、素人が簡単に手を出して良い領域ではない。

 一つでも間違えると辛いだけの不味い料理ができあがる。まぁ、これはあくまでも一例に過ぎないが。

 中には苦かったり、形容しがたい味わいもある。具材の旨味を殺しては意味がない。

 ゼロスはその事も知っている。


『水瀬さんのカレー……地獄だったなぁ~。アレは……異次元の味がした』


 今は遠き故郷の知人に思いを馳せる。


「辛さの中に旨味を生かす。ただ適当にぶち込めばいいってものでもない。食材をバランスよく煮込み、どんな旨味かを知り尽くし、その上で香辛料の相性を選択する。素人では無理だね」

「おっちゃん……まさか、プロなのか?」

「いや、僕も素人に毛が生えた程度だよ。本物は、マジで美味だ……」


 本場の味を知るからこそ、自分が素人だと断言できる。

 カレー粉の調合はスキルではどうしようもないほど難しく、それ故に奥深かった。


「……ん?」

「おっちゃん……誰か来る」

「武器に手を掛けておけ、油断せずに周囲に気を配るんだ……」

「了解!」


 ルーセリス達に何者かの接近を告げると、ゼロスは武器に手を置き、道の先に広がる闇を見つめる。

 数は12名くらいであろうか、やけに騒がしい声と共にこちらへ急速接近していた。

 警戒心の全くない無謀とも言える特攻。そうとしか言いようのない警戒のなさである。


「この匂い、間違いない! カレーだぁ、カレーがあるんだぁ!!」

「ちょ、待ってよ。仮にそうだとして、香辛料は貴重なのよ? 分けてくれるとは限らないじゃない!!」

「なぁ~に、いざとなったら勇者の肩書で何とでもなる! 俺はカレーを食べたいんだぁ!!」


 聞こえてくる声で、ゼロスは全てを理解した。

 向かって来るのは【勇者】の一団のようである。堂々と口に出して向かって来る事自体、彼等は警戒心が足りないようである。


『勇者か……。さて、どうしようかねぇ……』


 四神の先兵を前に、ゼロスは悪辣な笑みを浮かべる。


「おっちゃん、スッゲェ~悪い顔をしてんぞ?」


 ラディのツッコミも入るが、ゼロスはかなり悪い笑みを隠せないでいた。


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