おっさん、見守る。
三日目にして子供達は、森の奥に足を踏み入れた。
普通に考えればレベルアップしてもおかしくないほどの戦果を挙げているのだが、子供達はなまじ技能スキルが高くなり過ぎているので、身体レベルがなかなか上がり難い。
この辺りのオークを一般駆け出し傭兵が倒せば、少なくともレベルは10は上がる事だろう。
しかし、技能スキルで身体補正によって強化された子供達はそうはいかない。その力に見合うだけの強力な魔物と戦わねば、レベルアップしても細やかな程度で終わる事になる。
なまじスキル効果が高くなり過ぎたために、レベルアップ条件が異常に高くなってしまったのだ。
普通に均等にレベルを上げていればこんな事がなかったのだが、自重の知らない子供達はそんな基礎的な事を理解できずに自分達を鍛えていた。ゼロスがこの事を知った時には後の祭りだったのだ。
『いないな……。ここは後ろのアンジェに……』
ハンドシグナルで魔物がいない事を教えたジョニーに、アンジェもまたハンドシグナルで了解のサインを送る。予め訓練した技術で傭兵達がよくやる無言の会話だ。
必要な条件をゼスチャーで伝え、声で魔物に気付かれるのを防ぐために行われる。
特に未踏エリアの時には慎重に行動せねばならず、良く自分達の声で魔物を引寄せ危険な目に遭う傭兵達は多い。基本は大事だという事だろう。
『アンジェ、了解。ラディ達に伝達するよ』
『了解した。警戒を怠るな……どこに何が潜んでいるか分からないからな』
『ジョニーも気を付けてねぇ~』
ハンドサインで会話するジョニーとアンジェ。
それは他の子達も同じである。
『承知した。ラディに通達する……』
『ラディ、了解。カイに伝達する』
『オイラも了解した。肉を発見したら教えて』
器用にサインで意思疎通をする子供達だが、こうしたハンドサインは他のパーティーと比べてみると、独特のサインが無数に存在する。偶に他のパーティーに加わった時に最も苦労させられるのが、実はこのハンドサインだったりするのだ。
傭兵同士のパーティーはそれぞれ異なるサインが存在し、同じサインでもそれぞれのパーティー同士で全く意味合いが異なる場合がある。うっかり慣れ親しんだサインを送ってしまい窮地に陥るパーティーが意外に多い。外からメンバーを迎えると良く見られる事である。
意思疎通は大事な事であり、こうしたハンドサインでさえ仲間同士で教え合ったりする事が大切な常識だった。傭兵は命懸けの仕事なのだ。
「この子達、ホントに何でこんなに手馴れているんだろうねぇ? 普段からいったい何しているんだか……」
「最近、特に謎と思うようになりました。本当にどこからこんな事を覚えて来るのでしょうか……」
シスターにも知らない子供達の秘密。
基本がストリートチルドレンな彼等は、ルーセリスに迷惑を掛けないよう秘密裏に動いていたのだとゼロスは思っている。いや、あくまでも『だったら良いなぁ~』程度だが……。
実際のところはどうだか分からないが、少なくとも事件になるような事は起きていない。
まぁ、分からないよう狡猾に動いていたと言えなくもないが、深く踏み込むのは止めておいた。
精神衛生上のためにだが。
『ジョニーは隠密系、斥候職がリーダーなのか? 何か、バランスが悪い気がするんだが……』
傭兵がパーティーを組む上で必要なのがそれぞれの役割である。
例えば敵の攻撃を受け止めるタンク職、機動力を生かした遊撃職といった具合にだ。
だが、リーダーが斥候で索敵を行うようなパーティーは少ない。魔物に真っ先に遭遇する確率も高く、下手をすれば殺される事になり兼ねない。
リーダーを失ったパーティーがどうなるかは、昨日出会った若い傭兵パーティーを見ればわかるだろう。
決断力が落ち、仲間との連携が取りづらくなる。リーダーに求められるのは冷静な状況判断と、仲間からの厚い信頼が必要不可欠。責任も重大であり、下手をすればストレスで鬱になる事もある。
パーティー全体の行動を決定し、必要な時に冷静な行動を選択する決断力が求められる事を考えると、誰も率先してなりたい地位でない事は確かだろう。
こうした組織的に戦いを行うパーティーは慎重故に成長は遅いが、上のランクに上がる可能性が高い事も確かだ。
大抵は仲間といってもその場限りのつき合いが多く、即席のパーティーを組む傭兵の方が圧倒的に多い。いざとなれば友人でも見捨てる。
また、その場限りでパーティーを組む連中は損耗率が高く、余計な犠牲者が増える事が統計的に確認されていた。
『誰が防御役で、誰が遊撃担当なのかねぇ? まぁ、カエデさんは遊撃しかないだろうけど……』
ルーセリスとゼロス二人は遠くから狩りの様子を見守る。
そんな時にジョニーが何かを発見したようである。しきりにハンドサインで合図を送り、全員が取り囲むように周りを囲みだす。
「ゼロスさん……あの子達が何かを発見したようですね?」
「えぇ……厄介な魔物でなければいいんだけどねぇ。この辺りではそんな奴はいないと思いたい」
声を潜めながら話しているとラディが弓を構え、矢を番えて弦を引き絞る。
そして、慎重に狙いを定めると勢い良く矢は一気に放たれた。だが、その矢が刺さったかと思えば間抜けにも『ぽよん』と弾き返される。
―――グエェエエエエエエエエエエエエエッ!!
野太い叫びが聞こえた。
現れたのは、一際大きく超おデブなカエル。【ドドン・トード】だった。
土気色で疣だらけの分厚い皮膚に、分泌された油がテラテラと光る。
ラディが放った矢は分厚い皮膚に阻まれ、刺さる事なく弾かれただけに終わったのだと知る。
「うっしゃ、コイツを倒せぇ!!」
「「「「おぉ――――――――っ!!」」」」
敵に発見されたと知ったドドン・トードは、前足に魔力を集中させると軽く地面を叩いた。
すると猛烈な勢いで地面から岩の槍が飛び出し、子供達に向かって襲い掛かる。
地属性魔法【ガイア・ランス】である。
「こんな物で某を止められると思うな!」
颯の如く突進するカエデは素早く腰の太刀を引き抜き一閃、ガイア・ランスを尽く切り倒し、ドドン・トードに間合いを詰めていった。
そして、『セイヤァ!!』と掛け声と共に分厚い皮膚を斬り付ける。
「何ィ!?」
だが、分厚い皮膚とぬめる油で斬る事ができず、その柔らかい皮膚に太刀が埋まった。
危険と判断したカエデは即座に後方に飛び、そお瞬間にドドン・トードの疣から何らかの体液が飛び出す。体液は地面に落ちると、顔を顰めるほどの異臭を放ち煙を立てる。
「強酸液!? そんな能力があるのか!」
「あんなの、どうやって倒すんだよ!」
「見た限りだと美味そうな肉なんだけどなぁ~」
外側の攻撃は有効打に欠け、なおかつ強酸液によってダメージは必至。これでは倒す事が難しい。
基本的にこの魔物は魔法で倒すのが前提なのである。だが、ここで諦める子供達ではなかった。
「だったら、こうすればいいんだよ。【発気掌】!!」
――ドムッ!!
――ゲェエエエエエエエエエエエエエエエエッ!
アンジェが使ったのは格闘スキル内にある技の一つ、【発気掌】。
掌に込めた魔力で打撃を撃ち込み、臓器を内側から破壊する技である。
ただし、効果が表れるまで若干のタイムラグがあり、即座に離脱する事で相手からの攻撃を避けねばならない。でなければ直ぐに反撃されるからだ。
普通ならかなりのダメージになるのだが、ドドン・トードの皮膚は打撃をほぼ無力化してしまうために、魔力だけの攻撃を続けなければならない問題がある。
即座に離脱したアンジェのいた位置に、強酸液が降り注いだ。
「うぇ~~っ、やな臭い……」
要は一撃離脱で追い込めば良い。
そう判断した子供達は、同じ技でドドン・トードに挑んで行く。
「良かった……どうやら倒せそうですね」
「そんな甘い魔物ではないですよ。アレはカエルですよ? 油断したら痛い目を見ますねぇ」
子供達がピンチだと思っていたルーセリスは、倒す手段があると知り少し安堵したようだが、ゼロスは決して楽観視してはいない。魔物の恐ろしさはこの程度ではない。
―――グエェエエエエエエエエエエエエエッ!!
見た目の巨体とは裏腹に、ドドン・トードがとんでもない跳躍力で宙に飛び跳ねた。
同時に地面から再びガイア・ランスが出現し、子供達は全力で逃げる。だが、それこそが狙いである事に気付いていない。
ガイア・ランスによる地面の変化は、ジョニー達の逃げ足の速さを阻害する障害物となる。
思っているよりも遠くには逃げる事はできず、カエデすら刀で斬り裂きながら移動してはいるが、連続して生えてくる岩の槍のせいで思うよりも距離が稼げずにいた。
そんな時に上空から落下して来るドドン・トード。柔らかくも強度のある皮膚はガイア・ランスの槍を通さない。その代わり体中の瘤を刺激する事になる。
そして、その疣の全てから強酸性の体液が無差別に吹き出すのだ。
「うわぁあああああああああっ!?」
「アチアチアチアチ!」
「これが狙いィ、バカみたいな顔をしている癖に頭が良いぞ!?」
「カエルの分際でヤルな……何としても斬りたくなった」
「ゼラチン質で美味しそう……じゅるり」
動じない者が二人いた。
辺りは強酸の刺激臭に包まれる。目を開けるのにも刺激が強く、細目にして何とか視覚を塞がないようにするのが精一杯。
ドドン・トードは基本的には動かない魔物である。
その大きな理由が巨体から来る重量であり、跳躍するにしてもも魔力で肉体を強化しなければ、重すぎてジャンプする事ができない。魔力を消費してまで動くのは緊急時以外に限られてた。
ゲームの観点から見れば、もの凄く耐久力がある鈍足の魔物であり、防御力に特化していた。
「攻撃すればあの変な汁、一撃離脱を繰り返すにしても範囲攻撃か……以外に厄介だぞ?」
「恍けたツラをしてるのに、結構手強い。剣も通じないし、どうする?」
子供達には決め手がなかった。
こうした攻撃と防御が安定した魔物を相手にするには、魔法による援護が必要となる。
勿論物理攻撃でも勝てない事はないが、その代わり装備や怪我の治療費で金がかかってしまう。それは大きな痛手になるだろう。
ゼロスは魔法スクロールを子供達には与えていない。これは自分達の手で稼ぎ、魔法を覚えていってほしいという教育の一環のつもりであったが、その配慮が今回裏目に出てしまっていた。
「ゼロスさん……何とかなりませんか? このままだと、あの子達は……」
「倒せない相手ではないんだけどねぇ。経験不足のせいで苦戦は免れないか……。とは言え、諦めた様子がないですし、今は静観しましょうか」
「そんな悠長な、あの子達に何かあったら遅いんですよ!?」
「魔導士だと楽勝なんですけどねぇ。凍らせて急所に一撃を叩き込めばいいだけですし。さて、あの子達がどうするか見ものだね」
ドドン・トードにも弱点は存在する。
頭頂部の最も皮膚の薄い個所がそうだ。そこならば斬撃や打撃が確実ではないにしろ通りやすく、上手くゆけば致命的な一撃を与える事が出来る。
問題はその弱点に子供達が気付くかどうかである。魔物の生態や弱点を知り尽くす事も傭兵には重要な事であり、時間を掛けず確実に仕留めるに必要な知識でもある。
こうした知識は経験を積んで覚えるもので、たとえ人に聞いていたからと言って確実に攻撃を与えられるわけではない。倒すための戦略に必要なだけで腕が悪ければ死ぬ事になる。
『攻略法はある。さてさて、君達はどれくらいで倒せますかねぇ?』
見守りながらもゼロスは剣に手を添えている。もしもの時に飛び出せる準備はしているのだ。
だが、それでもギリギリまで手出しはしないようにしている。
子供達は何度もドドン・トードに向かっていくが、その度に弾かれ、或いは強酸液に阻まれて後退を繰り返している。ダメージも与えているのだろうが、その効果は致命傷には程遠い。
耐久力のある魔物は何かと厄介なのだ。
「くそ、余裕綽々だなぁ~……」
「致命傷を与えられなければ魔力が持たないぞ。どうする、ラディ?」
「どこかに弱点がある筈だ。それまで魔力を温存するしかないな……ただ、俺達が持つかどうかが問題だぞ、ジョニー」
「チョイヤァアアアアアアアアアアアアッ!!」
「「カイっ!?」」
ぽっちゃりファイターが宙を舞う。
高々と飛び上がり、二回転後方空中反捻りを決め、ドドン・トードの頭部に目掛けて落下して行く。
「肉肉肉肉肉肉肉にくぅ~~~っ、【破岩裂掌】!!」
――ズドォォォォォォォォン!!
綺麗に着地を決めると同時に、強烈な一撃を頭部にみまう。
カイは魔力が消費する事など気にしていない。ただ、目の前にある肉を食う事だけしか考えていなかった。ドドン・トードは肉素材が非常に美味なのだ。
あっさりした肉でありながらも鳥を超える油の旨味、皮の内側にある脂肪分は煮込むと蕩けるような甘さと、コリコリとした食感が人気である。また美容にも良く、女性からも人気のある食材であった。
そう、美容効果のあるコラーゲンが豊富に含まれているのだ。
「肉、置いてけぇ――――――っ!! オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラァ!!」
「怖い……これが食欲を全開にしたカイの実力か、一度本気で手合わせしたいな」
「いつものカイじゃない……。食欲って、凄いんだね。アタシ、あんなカイを見た事がないよ?」
ぽっちゃりファイターは鬼だった。肉を求める修羅だった。
ドドン・トードの頭部の上で猛ラッシュ、攻撃の全てに魔力が込められている。
大の大人でも悶絶するような一撃を、これでもかと言わんばかりに叩き込んでいた。何が彼をそこまでさせるのだろうか……。
「スゲェな、何か執念を感じるんだが……」
「あぁ……俺、カイのあんな姿を今まで見た事がない」
「今のアイツは……マジだ」
カイの変貌に、ジョニーやラディも言葉が出ない。
それほどまでにカイの行動が異常だったのだ。
『肉……肉のおかげでみんなと出会えた。司祭様がくれたオイラの友達……』
カイは数年前の自分を思い出し、その思いを拳に込めてひたすら殴り続ける。
肉に対して並々ならぬ思いがカイの心に過っていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
カイは数年前まで路地裏で生活していた。
その容姿は今のようなぽっちゃり体形ではなく、可哀想なくらいにまで瘦せ細った姿であった。
食べる物も食堂の生ごみを漁って得た物で、見つかれば店主に殴り飛ばされる。手に入れたわずかな食料も同じ路地裏の孤児達に見つかれば奪われ、空腹で飢える。
毎日が地獄だった。その日もやっと手に入れた食料を奪われ、ただ空腹に耐えるためにオーラス大河傍にある倉庫の影で一人蹲っていた。
そんな時に出会った女神……。
「何だい、随分と痩せたガキだねぇ。お前、死んでるかい?」
その女神は無茶苦茶口の悪いおばさん――いや、初老の女性であった。
神官の法衣を着てはいるが、その手に酒瓶と串肉の紙袋を抱え、虚ろな目のカイを見下ろしている。
この時にはもう言葉を絞り出す力もなかった。ただ見上げるだけが精一杯であった。
「ふん、生きてるね。たく、ガキがこんなとこにいるもんじゃないよ。まぁ、生きているなら運が良かったねぇ。コイツでも食うと良いさね」
無造作に投げられた紙袋。
そこから立ち込める良い匂いが、カイの胃袋を刺激する。
「あ……あぁ!」
「奪ったりしないから、さっさと食いな。見てると辛気臭くなるんだよねぇ、たく……」
もう、止める事が出来なかった。
紙袋から取り出した串肉を強引に胃袋に押し込める。まるで獣のように頬張り、それでも口の中に広がる肉の旨味に涙を流す。
言葉は出なかった。ただ嬉しくて、ただ美味くて、胃袋が満たされるだけで涙があふれる。
そんなカイを守るかのように、司祭は傍で酒瓶を煽りながら優しそうな目で見つめている。
気が付けば紙袋の中の串肉を全て平らげていたが、まだ足りない。
「あっ……」
もっと食べたかった。
だが、串肉はもうない。
「何だい。もう食っちまったのかい? 仕方がないねぇ、お前もウチに来るかね。こう見えて孤児院のお偉いさんなんだよ、アタシはねぇ」
「こじ……いん?」
「あぁ、そうさ。アンタみたいなガキ共が苦労しないように育てるのが、アタシの仕事さねぇ。まぁ、金にはならないけど、うひゃひゃひゃひゃひゃ!」
何がおかしいのかは分からないが、司祭は上機嫌で豪快に笑う。
カイは悩む。自分と同じような子供がいるという事は、それは食料の奪い合いがあるのではないかという事だ。自分が弱いから食料が奪われる。
強くなければ腹が満たされないと知っていた。
「安心しな。みんな食いもんを奪ったりしないさ。そんな事をすれば、アタシの鉄拳が頭に落ちる事を知っているのさ。で? お前はどうするさね」
「……いく………こじいん……」
「決まりだね。くふふ、また賑やかになるねぇ……おやぁ?」
司祭が顔を港の方に向けると、数人の男達が剣を片手に走って来ていた。
なぜか殺気立っており、嫌な予感が伝わってくる。
「いたぞ! あのババァ、こんな所にいやがった!」
「ぶっ殺せぇ! 舐めた真似しくさりやがって、死んで詫びろやぁ!!」
「おっと、見つかっちまったかい。たく、意外に鼻が利くじゃないのさ。もっとも、あたしゃ捕まる気はないよ! しっかり掴まって……あんた軽いねぇ、これなら逃げるのに楽そうだ」
何かを言う前にカイを抱えて司祭が走り出す。
正直、この時のカイは振り回され続けて何が起きたのかまでは覚えていない。
「捕まえられるもんなら、捕まえてみな! 群れなきゃ何も出来ない○ンカス野郎共に、その根性があるならねぇ。うひゃひゃひゃひゃひゃひゃ♪」
「待ちやがれ、ババァ! 畜生、何て逃げ足だ!」
「通常のババァよりも30倍速いぞ! 年寄りの足腰じゃねぇ!?」
「手練れが50人もやられてんだぁ、油断すると殺されっぞ!」
「囲め、包囲して何としても後悔させてやれぇ! オーラス河に沈めてやるんだぁ!!」
気づいたら孤児院のベッドで寝かされていた。
その後、同じ境遇のアンジェ・ジョニー・ラディと出会う事になる。
四人で食べた串肉は本当においしかった。そして、この時初めて友達という存在が出来たのである。
串肉が繋いだ縁であった。
カイにとって肉は絆である。司祭と出会い、仲間と安息をくれた確かな形ある絆。
ゆえにそれは信仰に近い。カイにとって肉は神に等しかった。
余談だが、串肉の女神ことメルラーサ司祭は、相も変わらず騒ぎを起こし続け、いつの間にかゴロツキ共を扱き使う立場になっていたという。
これで司祭というのだから何かがおかしいが、カイは『まぁ、あの司祭様なら何でもありだと思うなぁ~』と、後に語るのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
『みんなで、みんなで肉を食うんだぁあああああああああぁぁぁぁ!!』
心の内で叫びながら、カイは最後の一撃を叩き込もうとした。
だが、相手も生き物である。傷みから逃れるためにドドン・トードは飛び跳ねる。
「うわぁ!?」
不意を突かれた形だが、カイは難なく体制を整え地面に着地する。
太ってはいるが身軽であった。だが、魔力が足りないのか着地した途端にふらつく。
「弱点は頭か……ラディ、槍を使おう!」
「おう、アンジェ、カエデ! 槍を装備だ!!」
「はいはぁ~い、けど……刺さるかな?」
「魔力を込めれば出来るだろう。体よりも皮膚の厚みはないようだからな、某達の力でも倒せると思う」
弱点が分かった以上、このまま手を拱いている必要はなくなった。
俄然やる気を出すチルドレン。だが、この時重大なミスに気付いていなかった。
槍を用意する間、子供達はカイの事を忘れていた。魔力を拳に纏わせて戦う方法は格闘家のスキルなのだが、当然だが技を使えば魔力を消費する事になる。
あれだけ猛ラッシュを決めていたカイの魔力が残っている筈がないのだ。今まで仲間が魔力欠乏で倒れるような事がなく、同時に経験不足からなる仲間の配慮というものが未熟。
つまり、どうなったかというと……。
「あれ……カイの奴がおらぬが? アンジェ、カイはどこへ行ったのだ?」
「えっ? さっきまであそこに……いない。カイぃ~~~っ、どこにいるのぉ~~~っ?」
「待て、カイの奴は魔力をかなり消費してたんじゃないのか? 動けるはずが……」
「……ジョニー、今……嫌な事を言わなかったか? 魔力を消費して動けないという事は……」
そう、傭兵であるなら最も気を付けなくてはならない最大のミス、魔力欠乏。
魔物と相対している時にこの状態にでもなれば、忽ち攻守は逆転する事になる。つまりは食べてくださいと言っているようなものなのだ。
「……ま、まさか……」
ジョニーがドドン・トードに目を向けると、ドドン・トードは何かを喉越しで味わっている。
口は広いが奥行きが狭く、辛うじて口から足が見えており、何が起こったのかを如実に表していた。
「「「「カイが食われてるぅ―――――――――――――っ!?」」」」
魔力の欠乏、装備変更のために獲物から目を離し、剰え仲間の体力管理を怠る。
子供達は初めて痛恨のミスをした。幸いと言って良いか分からないが、ドドン・トードに歯はない。獲物の殆どは丸飲みにするのである。
カイが倒れた時に舌を伸ばし、そのまま一気に捕食したのだ。
完全に呑みこまれてないところを見ると、まだカイが抵抗しているのであろう。
「「「「吐き出せぇ――――――――――――――っ!!」」」」
――ギョパァアアアアアアアアアアアッ!!
四人同時による魔力を纏った打撃が決まり、カイは何とか飲み込まれずに吐き出された。
だが、体中は体液でドロドロ。ぽっちゃり少年では需要がない。
「あっぶねぇ~、危うくカイがカエルの餌食になるところだった」
「心臓が止まるかと思った。カイよ……生きてるか?」
「気持ち悪い……デロデロ、しかも生暖かくて生臭い。フッ、オイラは汚れちまった……悲しみによぉ~」
「元気だね。まぁ、目を離したのはアタシ達だし、悲しんでも良いよ……マジでゴメン」
「だな、魔物を相手にしている事を忘れるなんざ、致命的な痛恨のミスだし……」
時折子供らしくない会話が混じる。
だが、これが本当のこの子達の姿なのかもしれない。見た目は幼くとも、路地裏生活を送った事がある者達なのだ。誰よりも現実というものを知っている。
何よりも反省した上で目の前の獲物を倒す事を優先していた。
「カイのおかげで弱点が分かった。ここからが本番、弔い合戦だ!」
「「「オォ――――――――ッ!!」」」
「オイラ、死んでないんだけど……」
四人は槍を構えると、一斉に走り出した。
ドドン・トードは長く伸びる舌を飛ばしてくるが、所詮は直線でしか飛んで来ない事を見切り、四方から回り込み一気に間合いを詰める。
「「「「【錬気槍刺殺突】」」」」
四方から飛び掛かり、頭部目掛けて槍による攻撃を敢行。
頭部の肉が薄い個所に深々と刺さり、そのまま頭骨を貫通して槍は脳に行き付いた。
ドドン・トードは一瞬痙攣を起こすと、そのままゆっくりと倒れてゆく。
そして、魔物を倒せば恒例行事が訪れる。
「「「「「モンゲェ――――――――――――――――――ッ!?」」」」」
そう、レベルアップである。
子供達のレベルは一桁だったのが、一気に15ほど上がったという。
残念ながらゼロスは子供達のレベルを把握していなかった。そこには『何か、怖いから見る事が出来なかった』という、ワリとチキンな理由があったとか。
法律により他人のステータスを勝手に見るのは違反である。だが勝手に【鑑定】スキルが発動する事もあり、口に出さなければ問題ない程度の禁則事項だが……。
何にしても全員が倦怠感に襲われ、一歩も動けなくなったのである。
「倒し……ましたね。良かったぁ~~っ」
「危ないところもあったが、大物を倒すのに成功したねぇ。いやいや、カイ君が食われた時にはヒヤッとしましたよ」
カイがドドン・トードに捕食された時、ゼロスは焦りながらも敢えて見守っていた。
牙の持たない魔物である事を知っていたので、たとえ胃袋にまで飲み込まれたとしてもしばらくは生きていられる。子供達が倒せないようなら介入する準備はできていたのだ。
狩場や地図すら存在しない森の中で、油断すれば直ぐに死ぬ事になる。危険に対して敏感であるには経験を積むしかない。
地球にいたとき、ゼロスは狩りの最中にイノシシの突進を受けたことがある。油断して周囲の警戒を怠ったために突進されたのである。自然の中では何が命取りになるか誰もわからないのだ。
「ゼロスさん……早く救出しても良かったんじゃ。何も飲み込まれるまで見ていなくても良いんじゃないですか?」
「自立するなら、危険に対して過剰なまでに鋭敏でないと死にますよ。迂闊に倒したら変な期待を持つようになりかねませんし、本当に危険な時に誰かが助けてくれるとは限らない。それは、自立した時に命を縮める危険な事だからねぇ、出来るだけ自分達の手で乗り越えるようにしないと、傭兵なんてやって行けませんて」
「厳しいですね……。それより、この子達をどうやって運びましょうか?」
「そうですね。とりあえず信号弾を打ち上げ……おっ?」
森の奥を見れば、ちょうど傭兵ギルドの運搬馬車がこちらに向かって来ていた。
荷台には何も乗っておらず、ドドン・トードと子供達を運べる余裕がある。
馬車を操る御者はなぜか馬の傍におり、手綱を曳いている。何にしても良いタイミング表れてくれた。
「あれ……狩りの最中でしたか?」
「いえいえ、ちょうど終わったところですよ。運搬馬車を呼ぼうかと思っていたところでしてねぇ」
「それはまた……運が良いというか、悪いと……いえ………」
何か含みのある御者に、ゼロスは少し首を傾げた。
見たところ魔導士の青年で、長く伸びた髪で目元が見えない。
気が弱そうな印象――悪く言えば根暗な性格に見える青年である。人見知りなのか、オドオドした態度が少々気になるが。
「それで……何を倒したんですか? 大物だと……手伝ってほしいのですけど」
「ドドン・トードですよ。子供達が見事に倒しましてねぇ、意外に大きいので運ぶのが難儀するほどです」
「それって……あっ、本当に大きい……カエルさん、ごめんね……」
「なぜに君が謝るのかねぇ?」
青年は少し涙ぐみながらも、必死にドドン・トードを荷台に乗せている。
「君……何で泣いてんの? ただ魔物を回収しているだけだよねぇ?」
「僕……動物が好きなんですよ………。だから、無作為に殺されるのを見ると……グス……」
「分かります。不用意な殺生は出来るだけ避けるべきですよね。命を奪い合う行為は、罪深い事ですし」
「分かってはいるんです。こうしなくちゃ僕達が生きて行けない事は……。ただ、意味もなく殺されるこの子達が可哀そうで……」
「……君、何でこの仕事してん? どう考えても性格に合わないよねぇ?」
ゼロスの言い分ももっともだが、そこは世知辛い世の中で『給料が良いから』だそうである。
人が生きる上では金が必要であった。それが魔物の死骸を運ぶ仕事でも、生活をする為には必要な事だそうである。しかし性格に問題があるように思われる。
「グス……それじゃ、ギルドに運んでおきます……ヒック……」
「ついでに子供達も乗せていってくれませんかねぇ? 今、動けないんですよ。格が上がった副作用で……」
「良いですけど……今日はこの子達も疲れてますから、少し遅いですよ?」
馬をなでながら言う青年に、『そこはお任せします。二人で五人を運ぶのは無理ですからねぇ』と答えておいた。子供達を乗せた馬車は、ゆっくりとモブの村へと向かって動き出す。
青年の手に曳かれて……。
「心優しい方ですね」
「う~ん……何か引っかかるんだけど、何だろうねぇ……はて?」
ゼロスは心のどこかで何か違和感を覚えていた。
答えを言ってしまえば、ドドン・トードを荷馬車に積み込む時、青年は重力魔法を使用していたのである。
重力魔法は高位の魔導士しか使う事が出来す、この世界の魔導士には使える者が少ないレア魔法であった。だが、ゼロスはその事に最後まで気づく事はなかった。
何しろゼロスには重力魔法が定番な世界に馴染んでいたからだ。なまじ身近な魔法なだけに、その違和感に最後まで気づかなかったのである。
ゼロスとルーセリスは、少し遠回りをしながら採取をしつつ、モブの村へと戻る事になる。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
馬の手綱を引きながら、青年はゆっくり歩きながら村へと向かっている。
なぜか馬車に乗らず、馬の傍に寄り添うように歩いているのがおかしかったが、子供達はそこに不審なものを感じる事はなかった。
ただ、動けないながらも暇な子供達は余計な事を言ってしまう。それは……。
「なぁ、兄ちゃん……俺達は早く村に帰りたいんだけど」
「うむ、某達はさっさと宿に戻り、直ぐにでもベッドで休みたいのだ」
「えっ?………それは、ちょっと……」
「何でさ、馬を走らせれば村には直ぐだろ? こんなにゆっくりじゃ、別の魔物に襲われるじゃないか」
「それは……そうなんだけど………」
大物を倒した子供達は、直ぐにでも村に戻りたかった。
しかし、馬車はスローペースで狩場を進んでおり、村に戻るまでには日が暮れてしまう。
落ち着きのない子供達には耐えられなかったのだ。
「アタシ達、疲れてるんだよ? ここで魔物に襲われたら殺されちゃうし……」
「おいらは肉が食いたい………肉、肉、にくぅ~~~~っ!」
「けど……僕は………」
「良いから馬車を走らせなよ。早く村に戻った方が馬達もゆっくり休めるじゃん」
「魔物に襲われて死んだら、兄ちゃんは責任とれんの? 無理でしょ?」
かなり生意気な事を言い始めた。
子供は人を見て態度を変える。この青年が自分達より下だと判断したようである。
「うぅ……けどさ………馬たちも………」
「馬よりも人権だよ? 何かあったら訴えられるのは兄ちゃんだからね?」
「うぅ………。仕方ない……どうなっても知らないよ……?」
「「「「「 えっ………? 」」」」」
路地裏生活を送っていた時期があるからこそ分かる危機感。それが今、まるでドラマーが叩くドラムの如く警鐘をエイトビートで叩き鳴らす。
だが、気づくのが遅かった。この青年は自分達が思う以上に厄介な存在であることを……。
既に青年は御者台に乗り、手綱を手にして馬車を走らせる状態だった。
青年の髪がざわざわと逆立って行く。同時に馬達の姿も次第に変えてゆき、その馬は八脚で漆黒の軍馬 へと変貌を遂げていた。スレイプニールである。
【変化】スキルによる擬態で、こうした能力は聖獣や幻獣に多く見られる。
「Hya-hahahahahahahaha!! クソ餓鬼共、俺をリクエストしたんだぁ、お望み通り天国の階段を上らせてやんぜぇ! 俺のハニー達は殺るき満々、Tension、Max!! FeverTimeの始まりだぁ、派手なディキシーを聞かせてやんぜェ!! 遠慮はいらねぇよ? お前等が望んだんだからなぁ~、ヒヘへへへへへへ!!」
気弱な青年は、実にファンキーでハイテンションに変貌を遂げた。
「さぁ、ここからは地獄への片道だぁ~♪ どうよ、楽しいだろぉ~? たっぷりとヒィヒィ言わしてやんよぉ~♡ 泣き言は聞かねぇ、お前等の絶叫は俺の熱いBEATだぁ、テメェ等のDQNなSoulに俺の迸る熱いものを大量にぶっかけてやんよぉ!! ゲヒャヒャヒャヒャヒャ!!」
「「「「「…………(ガクガクブルブル)」」」」」
悪夢が再び始まる。
もう時は動き出したのだ。
「イクぜぇ、俺の黒いビッグマグナムはギンギンでぇ爆発しそうだぁ、今直ぐにでも弾丸をブチ込みたくなるようなほど激しく滾るほどにHEAT!! もう止められねぇ、俺様は地獄までNONSTOP!! 俺がOutsider’Kingだぁ!! アレ、天国だったかぁ~? どうでも良いか、ウヒャヒャヒャヒャヒャヒャ!!」
意味の分からない言動と共に、馬車は暴走を始めた。
もう、誰にも止める事は出来ないだろう。今から地獄の始まりである。
子供達はナマ言った事を激しく後悔したが、既に手遅れだ。三頭のスレイプニールに曳かれた荷馬車は、猛スピードで狩場を激しいまでに暴走を繰り返す。
直ぐに村に戻れるはずなのに、態々遠回りをしながらも爆走して砂塵を巻き上げていた。
【ハイスピード・ジョナサン】。
プレイヤー名を【ボッチ・モン】。馬の背や馬車などに乗れば人格が変貌する、動物をこよなく愛するごく普通の地味で気弱な青年である。
その普通の青年は、今日もハイテンションで狩場を爆走するのである。子供達の絶叫と共に……。
唯一彼の褒められるべきところは、スキル【手加減】を使用しているところだろう。未だに死者は出しておらず、これが彼の良心であると信じたいところだ。
だが、一度でも暴走した彼を止める者はどこにもいない。
この日、子供達は人を見かけで判断してはいけない事を、その身を以って学んだのであった。
その代償はあまりにも大きい……。




