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おっさん、異世界の漫画事情を知る

 狩りは道連れ世は情け。

 そんな言葉があるかは分からないが、ゼロスとルーセリスの前にはベラドンナ、カウンター席にクーティーが平然と食事をしていた。気付かなかったが、どうも同じ宿に宿泊していたようである。

 カウンターにいるおばちゃんの目が、やけに好奇心に満ちているのが気になる。


 日が暮れ始めたのでゼロス達は村へと戻るが、アンジェとカエデの姿が確認できなかった。

 持たせたビーコンである指輪の反応が寄り道しながらも村へと向かっていたので、戻れば合流できると判断し、その選択は間違いでなく傭兵ギルドで合流できた。

 大量のロック・シェルを持ち込んでいたのには些か驚いたが……。

 宿に戻ると、そのまま夕食にする事にしたのだが、まさかそこで再びベラドンナと合流するとは思いもよらなかった。偶然は続く時は続くものである。


「まさか、ベラドンナさんが狩りに来ているとは……マジで店は良いんですか?」

「良い訳ないわよ。ただ、この馬鹿店員の所為で最近客が来なくて……もう、放り出そうかと思っているのよね。その前に消費された金銭分の働きをして貰おうかと思って」

「いや、些か問題ある店員を雇っている時点でかなり妙な店だとは思いますが、ようやくクビにする覚悟を決めたんですか? 遅いくらいだと思いますが……」

「あのアホの親に泣きつかれて……散々いろんな場所で迷惑を掛けるどころか撒き散らして措いて、全く反省しないどうしようもない役立たずでも、掃除くらいはできるだろうと思ったのよ。

 けど、結果は散々だったわ……役立たずは役立たず、99害あって一利しかないのよ」


 おっさんはベラドンナの店を訪れた際に、いきなり泥棒扱いを受けたのを思い出した。

 その謂れなき濡れ衣を、他の客にも突きつけていたとしたらどうなるか、どう考えても客が寄り付かなくなる。その問題の店員は、カウンター席で一心不乱に飯を掻き込んでいた。

 見ている限りでは、大皿に盛られた料理をかれこれ2杯はおかわりしていた。見た目以上に大食いのようである。


「苦労……なさっておいでで……」

「してるわよ……苦労……。クーティー、アンタの食事代は私、払わないわよ?」

「ぶふぅ―――――――――――――っ!!」

「ひっ!? あの……大丈夫ですか?」


 ベラドンナの不意打ちに、クーティーは口の中に含んでいたものを一気に吹きだいた。

 そして、偶然カウンターの内側を歩いていたおばちゃんに、口から波動砲を直撃させたのである。

 おばちゃんには災難だった。

 果たしてルーセリスが心配したのは、おばちゃんとクーティーのどちらであろうか?


「て、店長!? 何で私の食費代がカットされているんですかぁ~! 私、今日は働きましたよねぇ?」

「アンタ……それ以上に、私に借金があるのを忘れてない? それなのに何で大盛りを頼んだ上に、おかわりまでしてるのよ。それに、ソレ……何杯目? どこまで図々しいの、アンタ……」

「親戚なだけに縁を切れないのか……。無自覚の自己中、厄介だな」


 身内に面倒な奴がいるのはゼロスも同じだ。

 異なる点は元から悪党か、悪党ではないが災厄をもたらす存在かの違いである。

 困った事に、クーティーは天然だ。ウザさ100パーセントの純正天然育成物である。


「あー……確かにいますよねぇ。働き口がないからという理由でアルバイトするけど、仕事は適当。注意しても直そうとはせず、無断欠勤した後しばらくして『仕事辞めます』と手紙を送って来る奴」

「それは……自分が自己中である事を自覚している人の場合よね? 自分にとにかく甘い奴……。

 クーティーの場合は違うわ。自分が自己中な人間であると自覚してないのよ……。だから同じ事を何度でも繰り返すし、注意した事も直ぐに忘れ正そうとしない。いえ、直ぐに忘れるから正す事が出来ないのが正解かしら? 今日の悪夢も明日になれば綺麗さっぱり忘れるほどの楽観的な性格なのよねぇ……」

「言い換えると、もの凄くポジティブな人なんですね、クーティーさん……。今もお代わりをして、もの凄い勢いで料理を食べてますし……」

 

 ルーセリスの視線の先には、大皿を持ち上げ手料理を口に掻き込んでいるクーティーの姿があった。

 食事代は払えないが、注文し口を付けた料理をそのままにもできず、食べ続ける事にしたようだが……そこから更にお代わりを頼んだようである。

 食事代が払えない事実が既に頭から抜け落ちていた。


「クーティー……食事代は自分で稼ぎなさいよ? 私が払うのは最初に注文した料理だけ。後は全部アンタが払うこと! ツケはないからね? どうせ、ツケをしてもアンタは忘れて払いに行かないだろうし」

「ちょ、店長!? それじゃ、この料理代金は誰が払うんですかぁ!! 私にお金なんてありませんおぉ~っ!!」

「勝手にお代わりを注文したのはアンタでしょ? 自分の仕出かした事は自分で責任を取りなさい。大丈夫よ。明日、大物狙いで魔物を倒しまくれば良いし、ミンチにしなければ良い値で売れるわ」

「夕食のお代わり代金はどうするんですかぁ~!! 食事代を払う前にツケが溜まりますぅ!!」

「知らないわよ! お金のことを考えないアンタの杜撰で考えなしの行動が悪いんでしょ? 何でアンタの不始末を私が責任持たなきゃならないのよ!」


 二人の言い争いは尚も続いてゆく。


「この御二方……いつもこんな事を繰り返しているのでしょうか?」

「多分……戦闘の面では手練れでも、それ以外がチャランポランなんでしょうねぇ。話を聞く限り、お金を借りても借りた事実を忘れるだろうし、厄介な人物であることは確か……。悪意が分かるだけ、あの馬鹿の方がマシなのだろうか?」


 不肖の身内とクーティーを比べるおっさん。方向性は異なるが、同類だという結論しか出ない。

 何とも気分が重くなりエール酒を煽ると、何気なく子供達の方を見た。

 子供達の食事風景も戦争だった。


「ふむ……ロック・シェルか、美味いな、この蟹……」

「殻は防具に使えるらしいけど、売値が安いってぇ~。中身の方が良い値で売れるみたいだよ?」

「俺が倒したのはオークだけど、残念ながら食える奴じゃなかった……。マダラオークとか言うらしい」

「肉以外も美味しい……これは悩みどころ。魔石は取れるの? この蟹……」

「殻の内側にあるらしい。体の弱い個所を堅い殻で守ってるんだな……俺達はビッグボア一匹だけ」


 モリモリ料理を口の中に収めながら、今日の狩りでの事を語り仲間の意見を求める。

 情報共有が大事なものであると理解してるようだ。 暴れて帰ってきたのに実に元気であった。 


「けどさぁ、俺達……もう少し慎重に動いた方が良いのかもな」

「何だよジョニー、いつもイケイケなのはお前だろ? いきなりどうしたんだよ」

「いや、俺さ……今日、他の傭兵を助けたんだけど、どうも仲間が死んだらしいんだよな。俺達も同じ事にならないなんて保証はどこにもないんじゃないか?」

「ふむ……考えさせる事だな。拙者達は確かに強いと思う。しかし、強さに溺れてはいずれ誰かが死ぬかもしれん」

「えぇ~? アタイ達なら大丈夫じゃない? 今日も楽勝だったよ?」

「強い魔物は他にもいるしなぁ。今が強いように見えても、実際は俺達どれくらいなんだ?」

「ニク……ウマ……」


 どうやらジョニーは力に対して、自分を見つめる事を考え始めたようである。

 良い傾向だが、それがアンジェ達に伝わるとは限らない。しかし、いつ死ぬか分からないのが傭兵の世界であり、力の在り様を考えるのは間違いではないだろう。

 根拠のない自信ほど危険なものはないのだ。


「うんうん、ジョニー君は良い経験をしたねぇ。強い事は絶対条件だが、それだけで生き残れるほど世界は優しくはない。世界を生きるのは、思っている以上に過酷で残酷なのだし、いやはや優秀だねぇ♪」

「私は、あの子達に傭兵になって欲しくはありません。教会や神殿に運び込まれる方は多いですし、力及ばず他界する方も多いですから……」

「でも、命懸けの仕事を引き受けてくれる人がいるからこそ、守られる命もある筈よ? 傭兵にしたくない気持ちは分かるけど、自分達で選んだ道なら応援してあげるべきじゃないかしら?」

「どちらも理解できるし、間違ってもいないでしょうねぇ。ただ、結局はあの子達が選ぶ道だし、経験が足りない今は慎重に事を進めるべきかねぇ」


 何が間違っているかなど誰にも分らないものである。

 生きている以上は後悔しないなんて事はあり得ず、常に選択肢を迫られるのが現実である。傭兵はその選択肢が厳しい世界なだけで、それで死んだとしてもただの結果に過ぎない。


「人はいずれ自立するものだしねぇ。あの子達が自立できるように、色々と支えて上げるのも大人の務めになるのか? 今のノリで行ったら危険なのは間違いないけど」

「確かに……いつまでも孤児院にいる訳にはいきませんし、自立できるなら喜ばしい事です……ですが……」

「自立した矢先に死ぬ事が多い職業が、傭兵なのよね。自立しても戻って来る奴もいるけど……」


 ベラドンナの視線の先には、大ジョッキでエール酒を浴びるように飲むクーティーの姿があった。

 自然とルーセリスやゼロスもそちらに視線を向けてしまう。ベラドンナの言いたい事は良く分かる。

 自立した所で他人に迷惑を掛ける奴も多いのも傭兵なのだ。


「ん~~っ、食後のお酒は最高ですねぇ~~~っ♪」


 彼女の脳みそから、既にお金の文字は綺麗に消え去っていた。

 他人に迷惑を懸けているとすら思わない者は実に幸せそうである。その後、どの様な不幸に見舞われるかはさておき、現時点では満ち足りているのである。


「ん? 何で私を見ているんですかぁ~? あげませんよ? お酒……」

「「うわぁ~……スッゲェ、イラっとくるぅ~~~ぅ!」」


 おっさんとベラドンナの意見が見事に合致した。

 ルーセリスは、子供達がクーティーのようにならない事をただ祈るばかりである。


「よし、まだ話し合う事はあるけど、続きは部屋に帰ってやるとしよう」

「「「賛成!」」」

「自己の管理は重要だからな。己を極めてこそ我等は更なる高みに挑めるだろう」


 子供達は宿の部屋に戻るようだ。

 そこでゼロスとルーセリスは思い出す。自分達が同じ部屋である事を……。


「部屋……戻る………? あっ…………」

「そう言えば……僕達の部屋は確か…………」


 そう、相部屋である。そして、この日の夜も二人は悶々とした一夜を送るのであった。

 翌日も寝不足になった事は言うまでもない。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 翌朝、気だるげに起きたゼロスは、ルーセリス共々昨日と変わらずおばちゃんに絡まれた。

 二日目ともなると多少なりとも抵抗力は付くもので、しつこく夜の営みの内容を聞いて来るのをすげなく躱し、朝食を軽く済ませたあと、村の中を散策していた。

 おばちゃんが気を利かせたのか、狩りの後は一息入れるべきだと言って来たのである。善意であるとは思えるが、おばちゃん特性の一つ【余計なお世話】なのかもしれない。

 そのおばちゃん、今日はなぜか気合が入っており、虎の顔が一面に描かれた服を着ていたりする。

 しかも色はドギツイ紫、大阪のおばちゃんもここまで酷くはないだろう。


「ハァ~……なぜ宿のおばさんは、何もないのに変な事を聞いて来るのでしょう……」

「あの年代の人は、他人のプライバシーを邪推したくなるもんだからねぇ~。悪気はないんだろうけど、無駄に好奇心を優先させるんじゃないかと……」


 実際はどうだかわからない。

 しかしながら、人のプライベートの話を根掘り葉掘りと聞いて来る人は結構いたりする。

 悪意がないだけ純粋と言えるのだが、何というかそれこそが厄介な特性だったりする。粘り強くしつこいので、終わらせた話でも唐突に蒸し返してくるのだ。

 良くも悪くもパワフルで遠慮がない。たとえ何の進展もないとしても無邪気に邪推して来るので、相手をするのがとにかくめんどい。善人なだけにタチが悪いのである。


「しかし……まぁ、村とは思えないくらいに発展してるなぁ~。それだけ商人が行き来してるのだろうが、本当にいろんな店がある」

「そうですね。見てください、本屋さんがありますよ? 紙は結構高いのに、面白そうな本がたくさんあります。一冊くらい買っておくべきでしょうか?」

「お~……確かに。印刷技術も発展してない世界なのに、なぜか漫画もあり……って、漫画だ~ぁ!?」


 そう、それは確かに漫画である。

 某少年誌や某週刊誌、某月刊少女漫画などのパクリのような書籍が積まれ売られていた。

 よく見れば肌色の薄い本まで奥に積まれており、この世界の技術水準が疑わしく思えて来る。本当に中世の技術水準なのだろうか?

 どの本の帯にも『芸術は爆発だぁ!』と書かれており、漫画文化が芸術であると言えなくもないが、この世界だと些か違和感がありまくりで不適切に思えた。


『なんで漫画が……これも勇者か? 勇者の影響かぁ!? 勇者が広めているのかぁ!?』


 異世界召喚された勇者達は、戦い以外の文化方面で色々面倒な布教活動をしているようであった。

 おっさんは不信な物を見る目で、某呪われた島を舞台とした一冊の漫画を開いてみた。

 しかし、そこに書かれていた内容は、原作を見事なまでにぶち壊したデンジャーなストーリーである。

 おっさん、○常張りのリアクションで思わず『ギャァ―――――――――ッス!!』。


『な、何で……何で、○ーンがロボに乗ってんだぁ!? それも○ッド○ジンガー……』


 ファンタジーには違いない。

 しかし、世界観を完膚なきまでに破壊したその漫画は、原作をこよなく愛するゼロスの怒りの炎に、核弾頭を投げ込むようなものであった。

 芸術とは破壊だと言った者がいたが、これを破壊と呼ぶにはあまりに狂っている。


『しかも、何で○シュ○ムが量産型グ○ートに搭乗して、ガチでドツキ合いしてんですかねぇ!? ○―ドスでなくバー○スじゃねぇーですかい!! 某皇帝様は暗黒○将軍なのかぁ!!』


 残念、黒い頑駄○大将軍だった。しかもリアル変形モード。

 狙ったかのような思いっきりぶっ飛んだその内容に、怒りを通り越して泣きたい気分だ。

 それほどまでに世界観が破壊され尽していた。これが戦場なら、銃弾や砲撃の飛び交う瓦礫の街を何の装備もなく裸足で歩くようなものだろう。


『○ィードを生贄にってネタはOVAか? だが、その生贄対象がダ○ソードってどうなんですかねぇ! まさか、ネタの大本はG○P!? マ○ンガーはどこへ行ったぁ!! 永遠のヒロインをロボに乗せんなぁ!!』


 ファンタジー世界の夢は、あれからどこへ行ったのか――これが売り物でなければ怒りで本を破り捨てていた事だろう。おっさんは良く耐えている。

 ギリギリで理性を保ちながら、他の本の内容も気になった。こんな内容の物が異世界に蔓延しているのだとしたら、子供達の些かおかしい知識にも納得がいくものがある。

 嫌な予感を覚え他の本にも手を出してみると、案の定その予感は悲しいまでに見事に的中していた。


『水戸の御老公がダイ○ージャなのはまだ許せる。しかし、許せんのはマ○カが世界を革命する剣を手に持ち、ビビットなオペレーションでイス○リオテと戦うって、これはいったいどういう事だぁ!! 世界観が全然わからん!! これは戦争だな? 転生者に対して戦争を仕掛けているんですよねぇ!!』


 見たところ作者はこの世界の人間であるようで、点描から集中線・背景にいたるまで全てが手描きであり、しかも無駄に絵が上手い。しかし、ストーリーが最悪である。

 いや、ストーリーが全く感じられない。

 最初は原作忠実路線なのだが、序盤から徐々にあやしく変わり、後半に至ってはもはや混沌を凌駕する勢いだった。ス○ロボ以上のカオスなクロスワールド展開に精神が追い付かない。

 コレが勇者達の影響力だとしたら、間違いなく勇者は敵だと思えた瞬間だった。殲滅するだけでは生温い。余計な知識を撒き散らし、その知識に触発されたこの世界の住民が面白おかしく脚色している。

 この本の内容は、この異世界の住民だけでは出来ないようなネタも多々あり、別の何者かが監修しているとしか思えないギリギリな路線なのだ。


「ハァハァ……何とか、怒りの限界を抑えられた。危うく……危うく殲滅魔法を発動させるところだったし……。何というヤバイ内容。異世界、恐るべし……」


 カオスな漫画の内容に戦慄するおっさん。しかも、何気にこの村は滅びの一歩手前まで追い込まれていたようだ。

 おっさんの精神バランスが少しでも悪い方に傾いていたら、モブの村は地図の上から綺麗に消え去る運命を辿っていた事だろう。ゼロスではないが本当に危なかった。

 何とか気持ちを落ち着かせるべく、ゼロスは書店の奥にいるルーセリスに目を向ける。

 別に他意がある訳でもなく、少しでも清涼を心に与え、この燃え盛る激しいまでの破壊衝動を消し去りたかったのだ。そんなルーセリスは奥で薄い本を開いて蒼褪めていた……。

 おっさん、再び『ギャァ―――――――――ッス!!』。


「こ、こんな愛の形が許されるのですか……? 同性同士でこのような……邪悪? いえ……ですが、儘ならない純粋な思いであれば……。愛の形とは……でも、まさかこんな……」


 そっち系の本に興味津々の御様子だった。

 一般的な愛の形とは別方向の道を提示され、見事なまでにカルチャーショックを受けている。


「男性同士で、こんな……こんな……。ヤ、ヤック……デカルチャー………」

「何で、そんな言葉を知ってんですか……まさか!? に、似たような本を既に読んだことが……。

 それより、その本は危険です! 直ぐに元の場所に戻すべきだぁ! そっと、静かに……一歩間違えたら腐敗した女子の仲間になってしまいますよ! 心の中で歪んだ情熱が爆発しないように、ゆっくりと元の位置に戻すんです! 落ち着いてっ、ソレの感染力は常軌を逸しています!!」

 

 薄い本は爆弾か最新のウイルス兵器か何かなのであろうか? 

 まぁ、ある意味では爆弾や兵器と言っても差し支えはない。精神が腐るという意味でだが……。


「ひゃぃ!? ち、違いますっ! 前にジャーネが読んでいた本がこちらにありましたので、手にしようとしたら隣に……」

「不毛な愛は確かに存在しますがねぇ、深みにハマれば後は地獄の片道切符なんだけど……。で、興味にひかれて開いたら、BOYsでLOVEな展開であったと……」


 焦るルーセリスを見るのは微笑ましいが、裸の青年が描かれた本は早く元に戻してほしかった。

 見ていて少し悲しい。


「意外だなぁ、ジャーネさんが本を……ねぇ。どんな本なのですかい?」

「な、何か、そこはかとなく怒気を感じるのですが……。えっと、この本ですね」


 ルーセリスが手にしたのは某花の子の夢溢れる物語である。表紙の見た目だけの話だが……。

 今までの展開からあやしくなり、おっさんは死地に向かう覚悟でその本を開いてみた。


『なっ……何で、何で……最初は普通に旅をしていたのに、中盤から自分のクローンと戦う展開になってんですかねぇ!? もう、どこかの魔砲少女じゃん。派手にぶちかましてんよぉ!? しかも最後にアイドルデビューって、どんな人生を送ったらそうなるんだぁ!! 過程が省かれてるし、しかも手品までやってんじゃん!!』


 やっぱりな結果だった。今までの物よりは比較的マトモではあったが……。

 しかしこの本も尋常ではないテコ入れがされている。しかも悪い方向にだ。

 もはや地球出身者の力では修正が利かないほど、歪みきった全く別の話に作り変えられていた。だが、別物として認めてよいほどの心の広さは持ち合わせてはいない。二次作品としても無茶である。

 これを喜んで読むこの世界の住民に、言いようのない手遅れ感を覚えずにはいられない。

 著作権云々という次元を見事にリミットブレイクしていた。

 某母親を探して旅する少年の冒険譚も、最後には闇金の銭ゲバ物に代わっており、純粋な心をどす黒く塗りつぶすような内容であった。他の漫画を含めすべてがこのような非常識な内容なのである。


『この戦争、僕が引き受けよう……。破壊しろ……そう、破壊だ!! 全てを根こそぎ破壊しつくし、真なる世界を取り戻すのだぁ!! 今こそ解放の時、漫画の神に栄光あれ!』


 何か、ヤバイ宗教に傾倒するほど精神が追い込まれたようだ。

 今のおっさんは何かに憑りつかれている。


「し、出版元は……どこですか? 今からちょっと行って、この世から跡形もなく消滅させて来ます。これは焚書すべき害悪な代物ですよ……。許せる範囲を既に大きく逸脱していらっしゃいやがりますぜぇ。ククク……」


 おっさんの目はヤヴァ――――イ状態になっていた。本気と書いてマジだった。

 またまた【あの頃のおっちゃん】が帰ってきた。


「ゼロスさん!? 駄目です、このような内容でも家族のために頑張っている作家さん達がいる筈です!!」

「止めないでください。男にはねぇ、らねばならない時があるんですよ。絶対にらねばならんといかんとですたい!!」

「落ち着いてくださぁ―――――いっ! 誰か、誰かゼロスさんを止めるのを手伝って……」

「離せぇっ、放してくれぇ――――――っ!! こんな、原作を……名作を破壊する混沌の汚物を、僕は、僕は破壊せねばならんのじゃけぇ!! 僕は世界を壊すんだぁ、これは戦争です!!」


 その後、周りにいた客や店員に抑えられ、おっさんは店の外に放り出された。

 しばらく鬱状態と化していたおっさんが復活するには、少し時間がかかるのであった。

 某ギ○スをこの時ほど欲っした事はなかったという。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 一時の精神心錯乱に見舞われたおっちゃんは、ルーセリスに連れられて武器屋の中にいた。

 鍛冶職人の手で鍛えられた武器を見ていると心が落ち着いて来る。

 これは元が生産職だった事か、或いはファンタジー世界の定番を見て心を落ち着けたのかは定かではない。

 しかしながら、職人の手によりつくられた武器を見ていると、何故か荒んだが心が静まって来たのは確かである。ヤバイ趣味があるとは思いたくないが、剣を手に取りその出来栄えを見ているゼロスは実に満ち足りていた。


「良い出来ですねぇ、丁寧な仕事ですよ。これは♪」

「おっ? アンタ、わかるのかい。そいつは知り合いのドワーフが鍛えた業物だ」

「ふむ……見たところ、ダマスカスが使われていますね。鉄の剣の強度を上げるためでしょか?」

「このサイズでダマスカスとなると、バスターソード並みに重くなるからな。金属の配分が中々に難しい……失敗すると脆くなるしよぉ」

「分かります。僕も金属の配合で何度も失敗しましたからねぇ、最高の作品を作るには何度も鍛え続けなければ無理ですよ。これは秀逸の作だ」


 武器屋の親父と意気投合。

 筋肉質の髭の親父は親友の作品を認めてもらえて満足げである。


「アンタ、武器を作るのかい? 魔導士だろ」

「魔法を込めた魔剣なんかを作りますね。最近は作っていませんが、僕はそっちがメインの職人のつもりなんですがね」

「どちらかと言えば、職人というよりも魔道具を作りそうな感じだな」

「魔道具も作りますが、飽きましたよ。魔道具ばかりを頼る連中が多くてねぇ……」

「分かるぜ。傭兵の連中も、自分の腕が悪い癖に武器のせいにしやがる。アレじゃ、武器が泣いてるぜ……。使いこなしてこそ意味があるってぇのによぉ」


 生産職の悲哀というか、確かに実力が伴わないのに良い武器を選ぶ者が多い。

 しかし、自身の腕が悪い以上、その実力不足はどうしても壁となって立塞がる事になる。

 良い武器を手に入れて、それに見合うだけの研鑽をつむ者も確かにいるのだが、そんな者達は意外にも少なかったりするのが現実だ。

 確かに業物の武器は優れているのだが、使いこなせる技量がないと武器は輝く事はない。

 ゼロスが武器を作る時は、相手に合わせて製作するので他の者が使うと違和感が出る。オーダーメイドの武器とはそうした物なのである。


「ところで、あのガキ共は傭兵でも目指してんのか? 中々良い装備を持ってんだが」

「アレは僕がプレゼントした物ですよ。孤児院から自立しようとしているみたいでして、少しでも身を守れたら良いと作ってみたんですがねぇ」

「ふむ、ガキにはもったいない装備だが……。話を聞くと、どっかのガキ共が大量に魔物をギルドに持ち込んだって話だぜ? もしかしてあいつ等か?」

「えぇ……鍛えていますからねぇ、あのくらいの装備は必要でしょう。半端な武器を持たせたら、武器の方が先に壊れますから」

「ほぅ……先が楽しみだな。最近の奴等は骨がねぇ、見た目ばかり気にして実力がないから、よくケガで運ばれてきやがる」


 武器屋の親父も傭兵に対しては思うところがあるようだ。

 子供達の装備は駆け出しにしては良いものを装備している。しかし、決して良すぎるというほどのものではない。普通に値段が高めのものだが、どれも丁寧な作りをしていた。

 そんな武器を持つ子供達は、狩場の至る所で旋風を巻き起こしていた話を聞いている。

 元より傭兵ギルド御用達の店であるために、こうした情報は簡単に手に入れられる。その得た情報から歳に見合わない実力を持っていると判断したのだ。

 だが、それでも経験が圧倒的に足りない。期待が大きいだけに無茶な真似はしてほしくはなかった。


「あの年頃が良く死ぬ事になる。傭兵を目指す者のうち半分は狩場で死に、残りの何割かが盗賊か騙されて命を落とす。一人前に育つのはホンのわずかだ」

「やはりそうですか。経験が足りないのは分かってはいますが、こればかりは教えられるものではありませんし、難しいですねぇ。何を見て学ぶかは個人の資質に委ねられますから」

「昔、手練れになるであろう駆け出しの奴がいたんだが、そいつは何も学ぶ事はなかった。結果、仲間は全員が見放し、一人で狩りを続けていたようだがどれも失敗していた……」

「何か、どこかで聞いたような話なんですがねぇ?」


 どこかの店のメイド店員が脳裏をよぎる。

 さすがに偶然だとも思いたかったが、符合する点があり過ぎた。


「腕は確かで期待されていたんだが、やり過ぎる傾向が強くてな。肉として食える魔物ですら片っ端から肉片に変え、食肉を確保する依頼を尽く潰していた。無論、失敗という意味でだ」

「ソレ……ハンマーを使う女性傭兵じゃないですかねぇ? 反省と学習という言葉を生まれる前に置いてきたような人の事ですよね」

「知っていたか……昨日久しぶりにアイツを見たんだが、相変わらずのようだったな。何で生きてんだ?」

「死んでほしかったんですか!? どんだけ迷惑を掛けて来たんですか、クーティーさん……」

「……奴の仲間に一人、同年代の娘がいたんだが、色々と苦労を抱えた訳ありな子だった……。奴はその娘の過去をパーティー解散を機に面白半分に吹聴しやがって、娘は半年以上鬱になっちまったんだ……」

「本当にロクな事をしねぇ!!」


 想像以上にクーティーは酷い。

 なまじ悪気がないだけに、その被害がどれほど心を傷つけたか理解で来ていないのだろう。

 要するに他人を労わるような心が希薄なのだ。もしかしたら無いかもしれない。


「今はその娘も幸せに暮らしているよ。同じパーティーのリーダーだった男と結婚してな、子供も三人ほどいる……。サントールに店を構えてよぉ、やっと幸せを掴めたんだ」

「それは何よりですね。できればクーティーさんとは会わない方が良いでしょう。今、再会してもロクな事にはなりませんよ」

「なぁ、そんな事になったら……奴を始末してくんねぇか? できる限り事故に見せかけて……」

「まさかの殺人依頼だった!? アンタ、今日会った見ず知らずの人間に、何を頼んでんすか!!」

「奴が生きている限り、不幸になる奴はこれからも増える! 一目でわかった、もうアンタに頼るしかねぇ!! 頼む、化け物じみた手練れのアンタにしか頼めねぇんだよぉ!! 人知れず奴を始末してくれぇ!!」」


 涙ながらに頼み込んで来る親父に、おっさんもさすがに困惑した。

 クーティーがどれだけの期間を傭兵して過ごしたかは分からないが、このオヤジさんとは暫く会った事はなかった筈である。その間もこれほど追い詰められていたとなると、かなり質の悪い真似を仕出かしたのだろう。

 

 ゼロスは溜息を吐きながらも話を聞いたところによると、鬱になった娘はこのオヤジさんの姪で、このオヤジさんの弟が彼女の父親だったらしい。

 人として最低の父親の下で、母親共々酷い目に遭っていたらしい。年端もいかないうちから母親共々売春紛いの事も強要されていたとか。

 母親が死んだ後に父親はどこかのチンピラに殺され、ようやく自由になった娘は自立するために傭兵を志したという。弱いままではいたくなかったのだろう。

 オヤジさんもできる限り力になったらしいが、クーティーと知り合ったのが悪夢の始まりだった。

 お馴染みの探偵趣味で彼女の過去を適当に調べ上げ、悪党と勝手に決めつけた挙句に散々自首を進め、その独善的な勘違いによりパーティーの解散に導いたが、それを全て彼女のせいだと吹聴したらしい。

 その時に公の場で過去をばらされたと、何とも酷い話であった。


「……まぁ、殺す殺さないは別にして、何かあれば魔法を撃ち込みますよ。彼女は反省なんかしませんから」

「頼む……もう、あの子が苦しむ姿は見たくねぇ。やっと幸せになったんだ……やっと………」

「何で傭兵資格が取り消されないんですかね? それほどの非常識な人ならランクを降格させるのもアリだと思いますけど、傭兵ギルドは何してんスか?」

「傭兵ギルドの規律は……意外に軽い。トラブルの多い傭兵の取り締まりなどあまり意味がねぇ、面倒事は自己責任の世界だからな……」


 傭兵規定は想像以上に軽そうだった。

 罪深きかなクーティー、彼女の考えなしの行動は多くの犠牲者を生み出していた。厳しい規律がないために、全ては個人の良識に任されている。

 その良識に個人差がある事を見逃していた。

 それだけにクーティーは放置され、本人は何とも思っていない。いや、自分が何をしでかしたかなど理解してすらいないのだろう。

 何しろ本人は犯罪者を追い詰める探偵を目指しており、その的外れな推理が多くの者達に悪い影響を与えていたなどと思っていない。本人は正義の味方のつもりなのだ。

 独善的な正義は害悪であるという事すら分からず、自分が正しいと信じて疑わない。


「ハァ……メンドイ」


 全くである。

 厄介な頼みごとをされ、うんざりした気分にさせられる。

 できれば問題を起こさないでほしいと切に願う。


「おっ? これ何か良いんじゃね?」

「値段が高いな……魔石や食材を売った収入が、どれくらいになるのか分からないとなぁ~」

「投げナイフって、使い道あるの? 魔物に通用するとは思えないよ?」

「【投擲】のスキルがなければ威力はないだろう。拙者も狙っているのだが、どうすれば獲得できるのだ?」

「石でも投げれば良いんじゃないかな?」

「アタシ、重量武器の使い手を目指そうかと思う。戦斧ってかっこいいよね?」


 子供達は元気に武器や防具を見て、昨日倒した魔物の収益で買えるかどうかを考え中。

 情報を制する者が世界を制す。その言葉は正しく、子供達は魔物や狩場の情報、更には道具に関しての情報を下手な傭兵達よりも詳しく知っている。

 見た目が子供なのに考え方が現実的で、鍛えてるだけにその辺の傭兵達よりスペックが高い。

 足りないのは経験だが、わずか一日だけの狩り経験すら無駄にしないのである。足元を見ながら上を目指す者は誰よりも伸びしろがある。


「逞しいね……どうも、ん?」


 保護者のルーセリスはモーニングスターや、アックス系統の武器を眺めていた。

 見た目とは裏腹に斬る武器ではなく、叩き付ける武器を好んで使うようだ。アックスの場合は叩き割るというイメージが強く、剣とハンマーの中間な位置づけだろう。


「う~ん……今まではモーニングスターを使っていましたが、思い切って斧に変えてみましょうか?」

「普通、神官ならロッド系を装備しませんか? なぜに重打撃系の武器を選ぶんです……」

「えっ? 神官なら魔物を一撃で制圧するものではないんですか? 司祭様から神官はそうあるべきだと教わりましたが……一瞬に全てを賭けると」

「その司祭はどんだけの猛者なんですか……。以前にも聞きましたが、司祭というよりは博徒戦士ですよ。とんでもない武闘派の……」

「子供達にコレを勧めるほど変わった方ですよ?」

「コレ……ヘルムですか? しかし、何で頭部の中央に縦長の隙間が……まさか!」


【モヒカンヘルム】である。

 正し、本来あるべきモヒカン状の飾りは自前になる。

 男を磨く塾の塾生が喜んで被りそうな、或いはどこかの蛇使いの星座戦士のような、見た目にも拘りが見える逸品である。


「オヤジさん! この装備はまさか……」

「それか? 良く柄の悪い野郎共が買っていくな。追加装備も売れてるぜ?」

「追加装備……ですか? それよりもコレ、売れてんのぉ!?」

「あぁ……こいつだ」


 内側が頭部にフィットするような形状の湾曲した刃物。

 ウルトラな戦士の必殺武器か、或いはどこかの塾生がモヒカンの内部に隠す暗器である。


「マジか……何で、こんなものが売れるのか分からん。頭部に一撃を受けたら致命的でしょ」

「最近になって売り出されたポンチ絵の影響だな。確か……おっ、コレだな……」

「そ、それはぁ!?」


 武器屋の親父が手にした物は、少し前に見たパチ物の週刊誌だった。

 その表紙には、いかにもな柄の悪い不良学生が描かれ、タイトルが『貫け、薔薇色漢学園!』と見事に主張している。

 タイトルがアヤシイ……。

 見るからに濃い内容である臭いが漂って来る。


「これを読んだ息子がよぉ、『信念を持った戦う漢の道とは、愛という名の獣道しかねぇ……』と言って出て行ったきり、最近は帰ってこなくなりやがった。どこで何をしてるんだかよぉ」

「危険な道に進んでないと良いですねぇ……別の意味で」


 おっさんは、オヤジさんの息子が道を踏み外していないか心配になった。

 仮に息子が戻ってきて、『親父! これが俺の男だ。愛しているから結婚しようと思う』と、劇画タッチの濃い男を紹介しないか不安になる。

 もしそんな事になれば、この武器屋のリビングで間違いなく血を見るだろう。 


「漫画文化を持ち込んだ勇者が悪いのか、そんな勇者を召喚したこの世界が悪いのか……。どちらにしても後戻りはできないだろうなぁ」


 既に手遅れである。

 悪影響は既に一般の民に広まり続け、文化の破壊は着実に進んでいた。

 後はこの世界の良識を信じるほかない。

 絶望するおっさんに、気軽な口調でアンジェが突然話しかけて来る。


「おっちゃん、これから狩場に行きたいんだけど、いい?」

「今日は休むはずだったよね? どうしたんだい」

「う~ん、思ったよりも格が上がらなかったからさぁ、今日も狩りをしたいんだよね。ダメ?」

「まぁ、良いですけどね。大物を狙うならルーセリスさんもついて行く事になるけど? それと、昨日のようにバラバラで行動しない事、いいね?」

「わかった。コッコ達も今日はどっかに行っちゃったし、仕方がないね」


 嬉々として仲間の元に報告しに行くアンジェ。

 そして、『そう言えば、今日はコッコの姿が見当たらないなぁ~』と首を傾げるゼロスであった。

 コッコ達がどこへ行ったかは誰も知らない。


 護衛のコッコがいない以上、ルーセリスと共におっさんが子供達を監視する事は決定したのである。

 

 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 森の奥深く、そこに五羽のコッコ達はいた。

 そのコッコ達の目の前には大きな鳥型の魔物が睨みを利かせている。ワイルド・コッコの進化形、コカトリス。麻痺・毒・石化という特殊能力を持つ比較的危険な魔物として有名だ。

 群れで行動する魔物であり、コカトリスは同じコッコ種の中ではボスにあたる。

 そのコカトリスは多くのコッコを従え、五羽のコッコの前に立塞がっていた。


『ゴエェ! グアァ!!(どこの群れの者かは知らんが、儂の縄張りで随分好き勝手していたようではないか。覚悟はできいるだろうな?)』

『コケッコッケェ!(年寄り風情がイキがんるもんじゃねぇぜ? 大人しく隠居してろよ)』

『コケッコケコッコケェ!(強者が生き、弱者が死す。これが自然の掟だ。弱い奴等がどれだけ群れようと、我等には勝てん)』

『ケッコッコッコッケェ?(ウーケイ師匠達よりは弱そうね。全然怖くないわ……私達が強過ぎるのかしら?)』 


 たとえ同じ種であったとしても、群れに出くわせば戦いになるのは必定。

 縄張りに侵入した外敵に容赦しないのは、生きる上で安定した生息場所を守るために必要な事である。でなければ群れを維持する事が出来ないからだ。

 自然の掟は人の世ほど甘くはなく、生きるか死ぬかしかない。当然別の群れであるコッコ亜種達は敵意に曝される事となる。しかしコッコ達にはどこ吹く風だった。


『コケッ、コッコッコッコケェ!(同じ種のよしみで見逃してやる。逃げるなら追わんぞ?)』

『コケコケコッコっコケッ(向かって来るなら誠心誠意をもってお相手しよう。死出の手向けと思うが良い)』

『ギャッ! ギョッギョッギョアァァァ!!(小童共が! 誰に暴言をほざいたか、身の程を教えてやる)』

『コケッコッコッコケ?(上等。死ぬ覚悟はできたか? 墓穴の準備はOK?)』 

『ギョアァァァァ!!(死ぬのは貴様等だ! 下等な低種の分際で、儂に戦いを挑んだ事を後悔せよ!!)』

『『『『『コッコケェ!!(後悔させてみせろや、力の差も分からない老いぼれがぁぁぁぁっ!!)』


 そして始まる壮絶な縄張り争い。

 進化種であるコカトリスと、変異亜種であるコッコ達との戦いの幕は上がる。

 飼い主の知らないところで、飼いコッコと野生のコッコの群れとの戦いは始まったのである。


 自然の掟、弱肉強食の摂理は絶対なのであった。

 この戦いの結果は誰にも分らない。

 広い森の奥で引き起こされた、自然の摂理の中での良く見られる戦いの一つだった……。

 


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