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おっさん、三度(?)轢かれる

 窓から暖かな朝日が差し込み、小鳥たちの囀る声が聞こえる。

 昨晩、緊張から中々寝付けなかったルーセリスは、寝惚け眼をこすりながらベッドで目覚めた。

 彼女は朝が弱く、起き上がるにも一苦労するほど早朝の意識状態は酷い。

 辛うじて自分が宿に泊まっている事は理解しているが、それ以外の事はすっかり頭から抜け落ちていた。

 いつもの日課でも清めの儀をすべく、シャワールームへとふらつく足取りで向かって行った。

 清めの儀と言っても神社仏閣で行う様な修行のものではなく、四神教で習慣として行われているタダの日課である。そこに宗教的な意味合いはない。

 あくまでも神官見習が行う精神修行の名目と、規律など協調性を学ばせるために行っていただけである。

 だが、一度習慣として身に着いたものは治らないもので、ほぼ無意識でいつものように脱衣所で着衣を脱ぎだしてしまう。


「ふぅ‥‥‥さっぱりし‥‥‥た…ぁ!?」

「‥‥‥‥‥‥」


 そして、年頃の娘と一つ部屋の中にいたおっさんもまたあまり眠れず、目を覚ますため同じようにシャワーを先に浴びてサッパリたところ、脱衣所でルーセリスとニアミスした。

 全裸でボ~ッとした表情のルーセリスと、たった今シャワーを浴びて出て来たばかりのおっさん。

 時が止まった。


「「…………」」


 おっさんは目の前の光景に当てられ硬直。そして男ゆえに目が離せない。

 未だに意識がはっきりしないルーセリス。やはりおっさんに虚ろな視線を向けていた。

 いくらお互いが放心していたとはいえ、時が経つにつれ意識はハッキリしてくるもので――


「のおぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!?」

「ひゃにゃぁああああああああああああああああああああっ!?」


 ――そして時は動き出し、二人同時に悲鳴と驚愕の声が上がる。

 幸い、この部屋は防音であった。


 余談だが、おっさんはこの日に見た素晴らしき光景を、一生忘れないと心に誓ったとか‥‥‥。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇ 


 朝食の時間、二人の間にあるのは気まずい空気だった。

 そんな二人をよそに飯をモリモリ食べる元気な子供達。そこはまるで戦場の如くおかずに手を伸ばし、片っ端から胃袋に収めていった。

 口の中に頬張った物を傍らにあったミルクで一気に流し込む。なぜか全員が同じタイミングで同じ行動をとっていた。シンクロ率が高過ぎる。


「‥‥‥なぜに皆シンクロしてんだ? 仲が良すぎでしょ‥‥‥」

「………あぅ~…」


 ルーセリスは頭から湯気が出るほどに赤面中。

 再起動するにも時間がかかる事は間違いない。モソモソと朝食を摂っているだけマシであろう。


「あ~、食った食った。さて、今日は何を狙おうか?」

「う~ん‥‥‥フォレストグリズリーは?」

「昨日、レベルが上がらなかったよね? なら、大物を狙った方が良いんじゃね? ワイルドウルフが良いと思う!」

「拙者はオークを望む。昨日は一度も太刀を使っていない」

「肉が食える奴なら何でもいいよ」


 以前ルーセリスが言っていた通り、やはり大物に狙いを定めていた。

 子供達は技能スキルが上がり過ぎて、逆に身体レベルが上がり辛い。この辺りでは大物を狙うしかないのだ。


「大物を狙うのは良いが、獲物を運ぶために信号弾を買っておく必要があるかな。宿でも販売しているらしいから、カウンターのおばちゃんに聞いてみると良いぞ?」

「「「「お~~っ、宿でも道具が買えるんだぁ~」」」」

「カウンターの隅に置いてある筒状のヤツがそうであろう。ふむ、さ~びすとやらが行き届いているな」

「カエデ、よく見てるなぁ~。じゃぁ、さっそく買おうぜ~」

「「「お~!」」」


 森で大物を倒しても、そのまま運ぶ事は出来ない。故に森を切り拓き、狩場に荷馬車が通れるように舗装している。その荷馬車を呼ぶために信号弾が売られており、傭兵ギルド所有の荷馬車が常に一定のルートを巡回していた。大物を倒した場合はこの馬車を呼ぶのは常識である。

 そして獲物を積み込む作業を手伝うのも常識だった。


「おばちゃん! 信号弾って売ってる?」

「おやおや、大物を狙う気かい? 豪気だねぇ~、信号弾は売ってるよ」

「そうさぁ、おいらたちは美味い肉を狩りに行くんだぁ~♪ てなわけで、信号弾を五個ほしい」

「肉でなく、獲物を狙うんだろ。まぁ、倒せば肉もゲットできるけど」

「拙者は斬る事だけが目的だが? 狩りはついでだな」

「あいよぉ~、一人一個で良いのかい?」


 信号弾を紙袋に入れているおばちゃんは、ルーセリスとおっさんの姿を確認するとニンマリと笑みを浮かべた。どう見ても余計なお世話をしたがるご近所さんみたいな笑顔だ。


「おやおや、昨夜はお盛んだったようねぇ? うんうん、若いって良いわぁ~」

「「違いますからねぇ!? 勘違いですからぁ!!」」

「分かってるよぉ~、そういう事にしておきたいんでしょ? お嬢ちゃんは神官の様だし、仲の悪いはずの魔導士と歳の差カップルなんてねぇ~。大丈夫、おばちゃんは応援しているから。見たところ相性は良さそうだし、昨晩はかなり燃え上がったんじゃないかい? 羨ましいねぇ~♪」

「な、何をですかぁ!? わ、私達は、そ、そそそ、そんな関係ではありませんからぁ!」

「まぁまぁ、恥ずかしがっちゃって、うふふふ。初々しいわねぇ、アタシも昔はお嬢ちゃんみたいな時もあったものよ? 初めての時なんて特にねぇ~。次の日なんて旦那をやけに意識して、今思い出しても恥ずかしくて、けど幸せだったわねぇ‥‥‥今じゃ孫もできて、懐かしいわぁ~」

「あ~……いますよねぇ‥‥‥。人の話を聞かず一方的に話を進めていく人って‥‥‥」


 二人が一線を越えたと思い込んでるおばちゃんは、そのまま勝手に話を進め、最後は自分の若い頃に思い出を馳せ妄想を始めた。

 この手の人は大抵が人の話を聞かない。ルーセリスが否定するほどに、おばちゃんという名の泥沼に嵌って行く。このおばちゃんは底無しだった‥‥‥。


『う~ん……不可抗力とはいえ、モロにガン見したからなぁ~。気まずい‥‥‥』

『あうぅ……忘れようとしているのに、なぜ蒸し返す様な事を聞いて来るんですかぁ~……恥ずかしすぎて穴に埋まりたいくらいです』

「初めてだったんでしょ? 優しくして貰った?」

「「お願いですから、これ以上は聞かないでぇ!」」


 お互いに心を鎮めようとするのだが、おばちゃんは容赦なく踏み込み邪推をして来る。

 そこに遠慮という言葉はなく、人の心とプライバシーに土足で容赦なくズカズカと踏み込んで来るのだ。しかも悪気が無いだけ余計にタチが悪い。

 完全にオバちゃんペースである。無駄だとは思うがここで話を中断させるべく、おっさんは無駄な足掻きを挑む。


「あの、ですね‥‥‥個人のプライバシーに踏み込むのは些か野暮というものでしょう。敢えて見て見ぬふりをするのが優しさというものでは‥‥‥?」

「いやぁ~ねぇ~、照れる事はないよぉ~ぅ。あたしも若い頃には旦那とケダモノの様に毎晩‥‥‥」

「んな話を聞きたい訳じゃないからねぇ!? 返って気まずくなるから聞かないでほしいと言ってんですけどねぇ!」

「そんなに隠す事はないじゃないさぁ~。若い性欲なんて、そうそう簡単に抑えられるもんじゃないからさぁ~。おばちゃんに遠慮せずガンガンやっちゃいなさいよぉ~、うふふふ♪」


 やはり無駄だった。こうなるとおばちゃんは無敵である。

 別方向で気を使って来るだけ余計対処に困るのだ。


『ガンガンって‥‥‥そんなことを言われても困りますぅ~、今夜はどうしたらいいんですかぁ~。何とか忘れようとしてるのに‥‥‥あぅ~~~っ!』


 何を想像したのか、ルーセリスは羞恥のあまりその場で蹲ってしまった。

 そんな彼女を心境を見事に無視し、おばちゃんの無頓着で容赦ない詮索という名の猛攻は続く。

 どこの世界でも遠慮のない自重しらずのおばちゃんは厄介だ。絡まれる方は災難である。

 とにかくしつこく、そしてウザかった。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇ 


 何とか宿のおばちゃんを振り解き、ゼロスは子供達と共に再度森へと入った。

 昨日とは異なりレベル上げをするため、今日は本格的な狩りをする事となる。

 だが、ここで困った事に子供達に教える事が何もない。何しろ独自に狩りの仕方や解体方法、更にコッコ達の訓練により並の新人より技量が高い。

 親がなくとも子は育つというが、この子達の行動力と実力は一般的な浮浪児たちと比べると、明らかに異常である。そんなふざけたポテンシャルを持つチルドレン達は、一列に整列していた。


「さて、君達の実力は他の大人達よりも手際が良すぎる為に、これから本格的な狩りを行う事になる。各自コッコ達とコンビを組み、一人、もしくはコンビで狩りを行ってみる事にしよう。大物に関しては安全策を取るために全員で当たる事とします。連絡は常に密に取ることが重要」

「ちょ、ゼロスさん!? それは少し危険ではないのですか!?」

「そうは言いますがね? この子達の技量は既にプロですよ。足りないのは経験だけで、自分達の保有するスキルも巧みに使いこなしている。後は格を上げるだけですね」

「ですが、この子達はまだ子供なんですよ!? いきなり一人で狩りをするなんて無理です!」

「護衛にコッコもいますし、ムチャをしなければ達成できる気はしますがねぇ。まぁ、念のために所在を知らせるアイテムを用意しましたし、万が一の時は僕が助っ人に入りますよ。死なせるには惜しすぎますのでねぇ」


 以前、ツヴェイト達の護衛依頼の時に製作したアイテムを配りながら話すおっさん。

 前回の護衛依頼で仮面型の感知器を装備していたが、今回は改良して眼鏡タイプである。見た目が胡散臭いおっさんが眼鏡を装着するといかにもアヤシイ感が増幅する。

 昨日の狩りで、子供達が異常なまでに狩りが卓越している事は分かっていた。

 情報を集め、独自に解体のやり方を学び、更に技能を修練する。

 動機は些か非常識だが、目的をもって自らを効率よく鍛えるのはある種の才能であろう。今まで自立していない事がおかしいくらいだ。

 だからこそ単独で技量を高めてもらうが、万が一の為に居場所を特定する指輪を5人に渡す。


「大丈夫だよ、シスター。アタイ達はそんなに軟じゃないよ?」

「この日のために訓練して来たんだ。やり遂げて見せる」

「心配しなくても、相棒もいるし何とかなるって!」

「そして将来は肉を食いながら自堕落に生きるんだぁ~。夢に向かってまっしぐら」

「拙者達はここでさらに経験を得て、高みへ上り詰める一歩を刻む。喩えしすたーでもここで止めるのは無粋だと思うが?」


 指輪を掌の上で転がしながら、元気に答える。

 実に頼もしい。


「ルーセリスさんもレベル上げしておきますか? 魔力が上がれば回復魔法の幅も広がるでしょうし」

「そう‥‥‥ですね。治療するにも魔力が多い事に越した事はありませんし、毛皮なども売れば孤児院の経費に廻せますから」

「世知辛いですねぇ。休暇なのですし、自由になるお金を稼いでも構わないのでは? マンドラゴラを売るだけでは足りないんですか?」

「マンドラゴラはそれなりの収益になりますけど、いざという時の蓄えが無いと‥‥‥。有事の際の準備は今の内にしておかないと駄目ですよ」


 孤児院で面倒見ている子供は五人しかいない。

 野菜などの食料品は物価が安く、今のところ不自由するほどではない。しかし医療品は常に物価が変動し、魔法薬などは販売店により値段が全く異なる。

 安定した値段で販売できるのは大店の商人ぐらいなものであろう。


「よし、それじゃぁ二手に分かれて大物を探そうぜぇ~」

「この先のエリアから別れて川原で合流。獲物にペイントをするのを忘れずに」

「他のハンターはいるのかな?」

「いると思うよ? 肉は毎日供給しないと品薄状態になるし、定期的に獲物を狩らないと駄目だよね」

「今狩れるのは【ポトトトス】と呼ばれる草食獣らしい。四足歩行の大きな蜥蜴だ」


 傭兵ギルドは狩場の管理もしている。

 定期的に傭兵に依頼を出し、草食獣の数を調整してい行く事で生態系を守っているのである。

 草食獣の数が増えると肉食獣を引寄せ森が荒れるが、同時にそれ以上の大型の肉食獣が現れる可能性も高まり、エンドレスで弱肉強食の世界が拡大してしまう。

 更にオーガやトロールといった中型から大型に至る魔物も厄介な存在であり、狩場の安全と境界線を引くためにある程度間引くのが狩人や傭兵の仕事である。

 狩場は生活環境を整える上での防衛線で、同時に食料供給と大事な収入源であり、国の防衛の要でもある。少しでも草食獣が増えるだけで大型肉食獣が現れ、やがてその牙は集落に向けられる。その大型肉食獣を倒すため、戦う事に有利な環境を意図的に作り出し、更に出現する魔物もある程度は操作できる。倒した獣の素材を収入にする事で辺境の村や町は発展して行く。


 ゼロス達は昨日狩りを行った場所から奥に一時間ほど歩き続け、小川が流れる開けた岩場に辿り着いた。

 牛と同等の大きさの蜥蜴が水場で群れを成し、日光を浴びて体温調節を行っていた。


「おぉ‥‥‥意外に広いなぁ~」

「アレが、ポトトトスでしょうか? ボアなら見た事がありますけど」

「食用肉として定番の魔物ですねぇ。ただ、数日前に間引きが行われたらしいから、今は一人一頭しか狩る事が出来ないんですよねぇ‥‥‥ボアなら数が多いから狩れるらしい」

「いつの間に調べたんですか?」

「掲示板に張られていました。わりと大きな紙に書かれてましたが?」


 狩場の情報は予め掲示板で知らされており、その報告を見て狩るべき獲物を決めるのは常識である。


「傭兵ギルドというより、狩猟ギルドの様ですね」

「まぁ、村の畑を荒らす魔物を倒すのも仕事だから、傭兵でなく狩猟でも良いと思うけどねぇ。こうした報告に目を通しておかないと狩場が荒らされるからなぁ~」


 この世界では傭兵も狩人もやっている事は同じである。違いは傭兵は人間すら相手にする事があるというだけで、魔物相手では狩人も大差はない。

 広大なフィールドを数多くの傭兵達が移動し魔物と戦う。中には帰らぬ人となる事も多い。

 狩場の奥へ行くほどに強い魔物の接触率が高くなり、その中には食料や素材に適さない魔物などもいるのだが、狩らないでいれば狩場を荒らされるのでどうしても倒す必要もあるの。

 だが、穴に埋めて念入りに処分しなくてはならなかった。魔導士がいれば焼却処分もできるが、残念な事に傭兵の中に魔導士は少ない。

 そんなこんなで2時間ほど森を歩き、環境不安定エリアに足を踏み入れた。ここから先は油断の出来ない領域なのである。


「この辺りに大物はいないね?」

「少し奥へ行こうか? 何かいるかもしれないし」

「でかい猪はいないかな? ビック・ボアだっけ?」

「ドドド・ボアというのもいるよ? 突進ばかりして来る奴」

「何でも良い。早く斬りたい‥‥‥」

「「「「「そんな訳で、突撃ィ―――――――ッ!!」」」」」

「ちょ、君達ィ!? いくら安全だと言っても油断しすぎぃ! 狩りを舐めたら‥‥‥」


 ―――ゴッ!!


 その時、おっさんの体は突如として宙を舞った。

 本人も何が起きたか分からなかったが、眼下に猛スピ-ドで通過する荷馬車が目に映る。

 しかも、三頭のスレイプニールに曳かれた馬車である。


「ヒャァ――――ハァ――――――ッ!! 俺のRoadを邪魔すんじゃねぇぜぇ! 立塞がる奴ぁ轢き殺すぅ、後ろにいて良いのはミンチだけだぁ!! ゲヒャヒャヒャヒャヒャ!!」


 おっさんは撥ねられた。

 例のイカレタ馬車が砂塵を巻き上げ消えてゆき、おっさんはそのまま地面に叩き付けられる。


「いやぁあああああああああっ、ゼロスさぁ――――――――ん!?」

「見事に轢かれたな‥‥‥いや、跳ね飛ばされたか‥‥‥」

「おっちゃん、大丈夫?」

「ちゃんと周りを警戒しなくちゃ駄目だぜ?」

「警戒でどうにかなるスピードじゃなかったと思うよ? 疾風の様に~てな具合に疾風烈風‥‥‥」

「生きてる? おっちゃん‥‥‥」

「お、おのれ‥‥‥やはり奴は‥‥‥【狂える召喚士】…‥‥‥‥【ハイスピード・ジョナサン】か…グフッ! あんなのを雇うとは‥‥‥ど、どこも‥‥‥人手…不足‥‥‥なのか……」


 消えゆく意識の中で、おっさんは確信した。

 あのイカレタ馬車の御者が同じ転生者でもあり、【ソード・アンド・ソーサリス】で以前自分を轢いた召喚士である事を‥‥‥‥。

 天敵とも怨敵とも言える人物がこの世界で、しかも傭兵ギルドの職員として働いている事に疑問を覚えつつ、ゼロスの視界は闇に包まれて行った。


「あっ、死んだ‥‥‥」

「どうする? 死体を埋める?」

「その前に冥福を祈ろう。埋めるのはその後だよ」

「どうせ食えないおっちゃんだし、ゾンビになったら大変。この哀れな咎人に魂の救済を‥‥‥」

「「「「エィィイィイイイイィィィメェェエエエエエェェェェン!!」」」」


 酷い子供達だった。

 なぜか剣とナイフを両手に持ち、十字に重ねていたりする。

 今にも止めを刺しそうなほどだ。おっさんはチートであるが吸血鬼ではない。


「あなた達、勝手に殺さないでぇ! ゼロスさんは生きてますよぉ!? それより、その狂気を含んだ様な祈り方は何ですかぁ!?」

「アレで五体満足とは‥‥‥意外に頑丈だな。ゼロス殿は簡単に死なないのではないか?」


 おっさんを心配する者は一人しかいなかった。哀れである。

 その後、本気で怒るルーセリスに追われ、子供達は一目散に狩場を駆け逃げた。

 彼等にとって、尻叩きは遠慮願いたい恐怖のおしおきなのである。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇ 


「うっ‥‥‥ここは‥‥‥」


 気が付けば、樹齢が分からないほどの大木の傍らで横になっていたゼロス。

 傍らにはルーセリスも木に背を預けながら眠りこけていた。

 昨晩はお互いにあまり眠れず、その反動で眠りに就いてしまったのだろう。しかし、ここは狩場である。

 傭兵の中には他人の物を盗む連中も少なからずおり、咄嗟に跳ね起きると自分の装備を確認し出した。幸いにも何も盗まれてはいない様で安心する。


「狩場で気絶とは、タチの悪い連中がいなくて助かったな。ゴブやオークなんかが現れていたらヤバかったぞ。にしても、まさか奴もこの世界にいたとは‥‥‥」


 ソード・アンド・ソーサリス内では、【狂える召喚士】や【ハイスピ-ド・ジョナサン】の二つ名は有名である。しかし、プレイヤーでもあるジョナサン・震電という名の人物とは会った事がない。

 常に顔を隠しており、【偽装】スキルでステータス表記を意図的に変えていた為か、性別以外は誰も分からない。誰も本当のアバター名や彼の素顔を見た者がいなかった。

 まぁ、素顔と言ってもアバターだが、どんな姿でどのような性格なのかは謎とされていたのだ。

 一説では運営側から送り込まれた管理者と思われていた事もあり、様々な憶測が流れたほどである。そして、彼の壮絶な暴れっぷりに巻き添えとなった被害者の数も多い。そして神出鬼没なのである。

 おっさんはその被害者で、その後もレイドで度々彼を目撃したことがある。


「それにしても‥‥‥年頃の娘がこんなところで寝るのはさすがに不味いでしょ。不届き者に襲われたらどうするんですかねぇ?」


 寝ていないのはおっさんも同じだ。

 傭兵の犯罪は比較的に多く、こうした狩場で行われる確率は高い。

 運が悪ければ被害者になる事もあるのだ。


「うん‥‥‥ん‥‥‥あれ? ここは‥‥‥」

「あっ、起きましたか。狩場で眠るのは些か不用心ですよ?」

「寝る?……ハッ!? ゼ、ゼロスさん!? あの、お体の方は……」

「幸いにも無事ですねぇ。まさか、奴が傭兵ギルドに所属しているとは‥‥‥」

「あの馬車の方、お知り合いですか?」

「昔‥‥‥同じように轢かれた事があります。間違いなく奴でしょう……」


 おっさんにしても思い出したくない過去。

 できれば二度と会いたくない存在であった。


「あの~、お知り合いでしたら、注意すればあの様な暴走を止めてくれるのではないでしょうか?」

「それくらいで止めるような奴ではないですよ。現に、ほら‥‥‥」


 おっさんが森の先を指さすと―――。


『あ―――――――――――っ!!』

『ゲボラハァ―――――――――ッ!!』

『チュビュラベシャァ――――――――ッ!!』

『邪魔だぁ、どきやがれ糞野郎共ぉ!! 何人たりとも俺の前に立ち塞がる事は許さねぇ、テメェ等はMy’Honeyに轢かれてヒィヒィ言ってなぁ!! この、ファッキンモンキー共!! ヒャハハハハハハハハハハ!!』


 森で狩りをしていた傭兵達や他の魔物を弾き飛ばしながら、狂った速度で走る馬車が再び戻ってきた。

 何しろ、馬車を曳くのは地上で最高速度を誇る聖獣の一種スレイプニール。走り出したら止まらない暴れ馬なのだ。

 狩場は別の意味で荒れていた。魔物ではなく、人の手によって‥‥‥。


「一応、他の誰かが倒した魔物を運搬するのが仕事みたいだねぇ‥‥‥。ですが、あれが人の言う事を聞くような人物に思えますか?」

「無理‥‥‥ですね。馬車を避ける前に轢かれますよ。酷い‥‥‥」

「大規模レイドで奴の犠牲になった者は多い。あの速度で前線で戦う者達を蹴散らし、群がる悪魔やオークの軍団に突撃しましたからねぇ。僕も奴に轢かれましたよ‥‥‥アレで召喚士というのだからおかしい」


 魔導士職であるのに前衛で戦う者が何を言うのか。

【ソード・アンド・ソーサリス】で多くの犠牲者を出し、今も現実の異世界で犠牲者を増産している召喚術師。彼が何を求めているのか誰も知らないが、どう考えてもおっさんと同類である。


「まぁ、彼等の事はともかくとして、子供達はどこへ向かったのか」

「ゼロスさんが弾き飛ばされたあと、あの子達はそれぞれ別れて狩りに向かいましたよ?」

「‥‥‥居場所は分かりますから、狩場を一回りしていきましょう」

「そう、ですね‥‥‥あの子達は今頃どこで何をしているのでしょうか?」


 先に狩りに向かった子供達を追い、おっさん達は狩場の地図を片手に二人仲良く先に進む事にした。馬車に轢かれた傭兵達をそのままにして‥‥‥。この二人も何気に酷い。

 後には呻き声を上げ助けを求める傭兵達が残された。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


〈ケース1 アンジェ+カエデ+コッコ二羽の場合〉


 アンジェとカエデ女の子二人はコンビを組み、二羽のコッコを連れて森を散策していた。

 コッコはワイルドコッコの亜種で、【クロオビコッコ】と【ケンドーコッコ】を連れている。

 はっきり言えば探査能力に些か問題があるチームだが、そこはハイ・エルフであるカエデがフォローする事で、余計な魔物に出くわす事なく森の奥まで来る事が出来た。

 森の中でエルフの能力は格段に向上する。一種の地形効果というものだろう。

 そんな二人が探すのはオークと呼ばれる二足歩行する豚顔の魔物。見た目は豚というより猪だが、極めて人に近い姿をしており、武器を扱う知性を持ち合わせている。

 性質は極めて好戦的で、雑食性で他種族を襲っては繁殖を繰り返すエロモンスターとして有名だ。

 見た目に寄らず精強で全身を覆う剛毛は極めて堅く防御力も高い。

 そんな魔物を探していた二人は、ようやくお目当ての魔物を発見していた。

 木々の隙間に身を隠し、先方で戦う傭兵達の姿を見てどうやら先を越されたと判断した。


「どうする、カエデ~。先に戦っているよ?」

「うむ‥‥‥だが、あの者達は腕が悪い。先に後三匹いるようだから時期に撤退するだろう」


 隠れながらも太刀に手を掛け、或いは弓をいつでも放てるように構えてはいる。

 そして、カエデの予想通りに傭兵達は一目散に逃げだした。オークに勝てない時点で恐らくは新人傭兵なのだろう。牽制で時間を稼ぎ、逃げる選択をしただけでも冷静な判断力である。

 恐らくは厳しい訓練を積んでいるとカエデは察した。


「行ったか、むっ?」

「オークがこっちに来たよ? どうする?」

「オーク二匹は我等が担当する。残り二匹はコッコ達に任せる」

「「コケッ!(心得た!)」」


 コッコ達は疾風の如く駆け抜け、合流しようとするオークに向かって行った。


「コケェ―――――ッ!!(豪風正拳突きィ!!)」

「コケェコケェ!!(鶏昇閃!!)」


 オークは強力な打撃を受け、木に叩き付けられ、もう一匹は腹から一気に切裂かれた。

 コッコ達のスペックは異常だった。まさに一撃必殺、単に相手が弱いだけなのかもしれないが‥‥‥。

 カエデは自分達の元に向かってくるオークに突進し、居合抜きの要領で一撃を叩き込む。


「首、置いてけぇ―――――っ!!」


 エルフなのに鬼だった。

 その一撃は頸椎ごと首を切断し、大量の血液が噴き出す。

 まさに一閃必殺。


「えい、【疾風影矢】!!」


 アンジェの放った矢がオークの両目を射貫き、痛みで苦しむオークへと肉薄。

 同時にショートソードを引き抜くと、頸動脈を寸断した。

 いくら再生能力が高かろうと、主要な血管を切裂かれては簡単に傷を再生で塞ぐ事は出来ない。

 大量の血液を失い倒れたオークの額にトドメの一撃を突き刺す。


「終わったよ?」

「ぬぅ‥‥‥格が上がった気はするが、さほど強くなったとは思えんな」

「魔物との間にレベル差がないと、あまりレベルが上がらないらしいよ?」

「なるほど‥‥‥これが所謂ところの格差社会と言う奴か」


 ある意味では正しい。この世界はレベル差がものを謂う社会である。


「もっと手応えのある奴を狩りたいね」

「うむ、こやつ等では力不足も良いところだ」


 格は低いがスキルレベルは異常なまでに高い二人である。

 身体レベルを上げるにはもっと強い魔物を倒すか、あるいは複数の魔物を連続で倒し続けるしかない。

 だが、この辺りには大物である魔物は滅多に現れない。


「ん? 今、あの石‥‥‥動かなかった?」

「石? ふむ‥‥‥アレか?」

 

 森のあちこちに転がる石や岩、アンジェはその中に動く石があるのを確認した。

 その石から堅い甲殻に覆われた足が生えてきて、やがてその姿を現す。

 見た目はヤドカリだが、青と赤の斑模様の甲殻が特徴的な生物。【ロック・シェル】である。

 石や岩に擬態した硬い殻を持ち、植物や動物ん屍を餌とする甲殻種の魔物である。別名【狩場の掃除人】、食用に適しているのだが頑丈な殻で覆われているので簡単に倒せず、武器の損耗率が高いために嫌厭されがち生物でもあった。


「アレ、剣や弓だと相性が悪いよね?」

「打撃武器の方が相性が良かった筈だが、残念だが我等にそんな武器は無い」


 斬撃系統の武器では硬い殻を壊すには至らず、逆に刃毀れなどの損傷の方が大きい。

 だが、嫌われ者の魔物だが需要は高く、主に料理人が依頼するほどである。とにかく美味い魔物なのだ。


「コケェ―――ッ!!(発気掌打!!)」

「「おぉ!」」


 武器で倒す事が出来ないと思っていたが、意外な事にクロオビコッコが内部破壊技で攻撃を加えた事で倒し方が分かり、アンジェとカエデは目から鱗が落ちる思いだった。

 斬撃では倒せないのであれば、打撃で内側からダメージを与えればいい。今まで近接戦闘を訓練したのだから使えない技では無かった。


「なるほど、あれなら倒せる」

「いっぱいいるから稼ぎ時だね♪」


 殻や甲殻は武器や防具として使え、それなりに人気の高いロック・シェル。

 しかし加工の面においては面倒で、職人泣かせなために値段が高かったりする。青い血液も薬の調合素材として高値で取引されている。

 駆け出しの傭兵が一人前として認められるための登竜門、それがロック・シェルの武器や防具であった。

 そんな魔物に嬉々として襲い掛かる二人の少女。一方的な殲滅となった。

 しかも、素手でだ‥‥‥。コッコ達はその場で周囲の警戒に当たる。


 ―――ドゴッ! ボグッ! ズゴン! バキャァ!!


 蹴りや拳で一方的に倒して行く。

 いくら強硬な甲殻に覆われていようとも、内側に直接ダメージを叩き込まれれば防ぎようがないだろう。

 魔力(或いは気)を体に纏い、打撃の瞬間に流し込まれた魔力はどうの一撃に対して防御力など意味がない。レベル差のあるコッコ達との訓練は、実力差に大きな開きを生み出した。

 これで身体レべルが上がれば、斬撃武器でも楽に勝つ様になる。末恐ろしい少女達である。


「うん、一先ずはこんなところだね。信号弾を使う?」

「そうだな。片付いたらもう少し奥へ進む事にしよう」


 アンジェは信号弾を手に取ると張られている説明文を読み、筒を掲げて手元の糸を引いた。

『ポスッ!』という音と共に、上空に向けて青い煙を撒き散らしながら炸薬が飛び、上空で光を放つ。

 しばらくすると、イカレタ笑い声を上げながら一両の馬車が猛スピードでツッコんで来た。

 呼ばれたれば即座に直行、傭兵ギルド所属の運搬馬車は迅速であった。この馬車だけかもしれないが‥‥‥。 

 この日、モブの村に大量のロック・シェルが運び込まれた。


 後にSランク傭兵【赤毛のアンジュ】と、【羅刹姫】と呼ばれる二人のデビュー戦となるのである。

 傭兵ギルドは今回の成果に対し拍手喝采を上げたという。

 ロック・シェルは食材として高値で取引されるのだ。傭兵ギルドは期待の新人と大幅な収益が転がり込むので、二つの意味合いで喜ばしかったのである。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 別れた子供達の様子を見るべく森を歩くおっさんとルーセリス。

 居場所を知らせる信号を放つ指輪を持たせているので、子供達のいるエリアは地図で何となく分かる。


「てい!」


 何とも可愛らしい声を上げながら、モーニングスターで昆虫型の魔物を叩き潰すルーセリス。

 カイトシールドを背中に背負い、群がる甲殻を持つ魔物【ホーンビートル】を粉砕していた。

 素材としては三流以下の魔物であり、何とも言えない渋みを持つ肉質なので食用に適していない。不人気故にあまりにも狩る者がいないため、大量に繁殖しているのだがこの魔物はかりん邪魔をして来るのでウザい存在だった。

 それでも経験値は美味しい。


「魔石しか手に入らないんだよねぇ~、この魔物‥‥‥。数は多いのに魔石の品質は低いし、嫌厭される訳ぢょなぁ~」

「ですが、数も多いですし、良い経験が積めますよ?」

「逆に言えばそれだけしかメリットがない。魔石も高品質ならいいけど、これじゃ子供の小遣い程度。労力に見合わないんだよなぁ‥‥‥。魔石を結合できる錬金術師なら話は別だけど」


 錬金術師の技の中に【結合】【圧縮】【錬成】の効果を使えば、品質の悪い魔石も上質な魔石に作り変える事が出来る。しかし、その為には劣化質の魔石が数多く必要になり、数を集めるくらいならレベルの高い魔物を相手にした方が早い。

 しかもこの世界の錬金術師も同じ事を考えており、滅多に魔石の生成する事などないのだ。

 

「まぁ、僕が言っても仕方がない事だけどねぇ。それよりも魔石の回収をっと‥‥‥」


 ルーセリスが倒したホーンビートルから魔石を回収し、袋に詰める事に勤しむおっさん。

 彼女は解体作業は苦手だった。魚を捌けるのに不思議な話である。


「それにしても、あの子達はどこへ行ったのでしょう‥‥‥ゼロスさん!? 後ろ‥‥‥」

「へっ? 何が‥‥‥ゲボラハァ――――――ッ!!」

「ヒハハハハハハ!! こんなところで乳繰りあってんじゃねぇよ、糞野郎! 轢き殺すぞファッキンガイ!! 俺の前に立ち塞がる奴ぁ、デストロイだぁあああああぁぁぁぁぁ……!!」


 ―――ドドドドドドドドド‥‥‥‥。


 猛スピードでゼロスを弾き飛ばし通り過ぎて行ったた荷馬車。その御者にはやはり【ハイスピード・ジョナサン】の姿があった。

 丁度この時、先のエリアからアンジェが放った信号弾が打ち上げられた。それを見た【ハイスピード・ジョナサン】は即行マッハで現場に直行。彼の暴走を止める事は誰も出来ない。

 その行く先での人身事故であった。或いは轢き逃げとも言う。


「いやぁあああああああああっ、ゼロスさん!?」


 おっさんは【ソード・アンド・ソーサリス】での事を含め、実に三度轢かれる。

 後にはルーセリスの悲痛な叫びが森に響く。

 気絶したゼロスの手元には【ジョナサン】とダイイングメッセージが残されていた。 


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