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おっさん、子供達に驚愕す

 ダブルベッドの措かれた部屋に、二人きり残されたおっさんとルーセリス。

 互いに意識し始めている関係だけに、この環境は決して良い状況ではない。

 だが、幸いにしてソファーが置かれているのが救いであった。だが、万が一という事もあり、ルーセリスは不安げでおっさんを見つめる。


「ハァ‥‥‥仕方がない、僕がこのソファーを使います。枕も二つある事だし、ルーセリスさんが着替える時は外に出ればいいだけですしねぇ」

「あ、あのぉ~……ゼロスさんも着替えたりするのでは? 特に、お互いが着替える必要があった場合はどうしたらいいんでしょう?」

「まぁ、全裸にならない限り、男は着替えを見られても何とも思いませんよ。何かを忘れている気もするが‥‥‥」

「ですが……男女が一つの部屋になんて、その‥‥‥」

「まぁ、部屋が空いてないみたいだし‥‥‥あっ、子供達がいる部屋にベッドが一つ空いていたような‥‥‥」


 今の人数を計算し、ベッドが一つ空いている事に気付いたゼロス。

 そこに光明を見出したかのようにルーセリスの表情が明るくなる。


「そ、そうですよね! では、私は子供達と一緒に‥‥‥」

「‥‥‥ジョニー君たちの年齢って、確か13歳ですよねぇ。一緒の部屋は不味いんじゃね? あの年代は異性に興味を持つ年頃だし」

「あぅ!? で、では、私とアンジェちゃんとカエデちゃんがこの部屋を使えば‥‥‥」

「まぁ、ベッドが広いし、そうするのも一つの解決法だねぇ~。一応、あの子達に聞いてみますか?」

「そ、そうしましょう! いきなり男女一つの部屋は難易度が高過ぎますぅ」


 緊張によるギクシャクした足取りで、ルーセリスはアンジェ達の部屋に向かうべく扉を開けた。


「もしもし、ルーセリスさん? 手足が同時に出てるんだけど?」


 だが、その動きはまるで昔のブリキロボットであった。


 ◇  ◇  ◇  ◇ 

 

 一つの望みを託し、子供達と部屋の割り振りを子供達に提案したルーセリスだが‥‥‥。


「「「「「却下! シスターは、おっちゃんとくっ付くべきだよ!」」」」」

「なんでですかぁ~~~っ!?」


 その望みはあっさりと断たれた。


「ですが、さすがに男女が同じ部屋というのは‥‥‥」

「孤児院でもアタイ達、同じ部屋だよ?」

「シスターもそろそろ自分の幸せを掴むべき。おっちゃんに気があるんでしょ?」

「このままだと、ジャーネ姉ちゃん共々行き遅れになるよ?」

「良かったね、おっちゃん! 奥さんが二人。ハーレム、ハーレムゥ~」

「うむ、しすたーは身を固めても良いだろう。拙者も皆の意見に賛成する」


 宿のおばちゃん同様、広い理解力を以て‥‥‥。

 しかも、空いたベッドには五羽のコッコ達が陣取っている。最早ベッドに空きはない。


「こりゃ、駄目だ‥‥‥恐らくこの子達は、部屋を割り振るつもりが一切ない。諦めた方が良い」

「ででで、でも‥‥‥いいいい、いきなり同室なんて、私困りますぅ~!!」

「見事にテンパってますねぇ‥‥‥。こんな状況で手は出しませんて、気の毒過ぎて‥‥‥」

「「「「おっちゃん、紳士ぃ~! けど、ここは手を出すべきだと思うよぉ?」」」」

「君達‥‥‥理解あり過ぎでしょ。気持ちは嬉しいが、こちらを蔑ろにしてないかねぇ?」


 子供達は決して意地悪や悪戯感覚でこのような事をしている訳ではない。これでもルーセリスの心配をしているのだ。

 正し、当事者の事を意思を無視してくっつけるという行為は、些か強引なのだが。


「うんうん、シスターも幸せになるべきだと思うなぁ~」

「目の前に良い物件があるなら、獣の如く食らいつくべき」

「Hey! おっちゃんは良い肉さ、美味しく頂いちゃいなYo-。ME――――AT!」

「この休暇が終わったら、シスターは結婚するんだ」

「ジョニー‥‥‥それは、死亡ふらぐと言う奴ではないのか? しすたーが死ぬぞ?」


 そして既に退路はない。

 ルーセリスは覚悟を決めるしかなかった。

 ある意味ではもの凄く大切に思われている。嬉しくもあり、同時に試練の時でもあった。


「‥‥‥神は敵です。このような試練を与えるなんて、私に乗り越えるのは無理です」

「神が敵なのは同意見だけど、そこまで悲嘆に暮れられるとさすがに傷つくなぁ~。それより、傭兵ギルドに行くけど、君達の準備は出来てるのかい?」

「「「「「当然、準備はもう出来てる!」」」」」


 子供達は正式に登録をした傭兵ではない。

 狩りを行うにしても傭兵ギルドで手続きをし、素材の売買やいつ森に入るなどの予定を報告せねば、森で狩りをする事が出来ないのだ。これは森で犠牲者を出さないための必要な処置である。

 仮に行方が分からなくなったとして、この手続きを済ませていれば捜索して貰えるのだ。逆に言えば手続きをせずに森に入り、そこで行方不明にでもなれば放置される。

 安全策は色々と作られている。だが、それでもこうしたルールを守らない者は少なからず存在する訳で、ルールを無視した連中が死んだところで自己責任として処理される。そうなると今度は遺族が騒ぎ立てるのだが、捜索や死体などの遺品回収をするにはギルドに依頼せねばならず、必要以上に金がかかってしまうのだ。こうした常識を教えるのも傭兵ギルドの義務であった。

 この世界は一歩でも街の外に出れば危険が広がっているのだ。


「傭兵になるには情報が必要不可欠、ギルドに行ったら他の傭兵に話を聞くのも良いだろうね。ここからが傭兵になるための修業だぞ」

「情報を貰うのって、お金が掛かるのかな?」

「魔物の情報は欲しいよね?」

「そうだな。拙者達はこの森にどんな魔物がいるのか知らない」

「喧嘩を売られたりして。定番だね」

「美味い肉の魔物‥‥‥美味い肉の魔物‥‥‥」


 子供達はやる気に満ちていた。

 しかし、狩猟は思っているよりも簡単にできる様な事ではない。魔物の生態を熟知していなければ務まらない仕事である。


「うぅ‥‥‥私はどうしたら‥‥‥。でも、万が一にもそんな関係になったら‥‥‥はぅ~……」


 ルーセリスだけが現実の世界から取り残され悶々としていた。

 そんな彼女はアンジェに手を引かれ、一行は傭兵ギルドへと向かうのである。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇ 


 傭兵ギルド、それは国家を超えた民間の傭兵斡旋組織である。

 多くの傭兵達がこの組合に登録し、ランクに応じた依頼を受ける事で生活圏の安全を保っている。

 依頼を受けた報酬の一部がギルドの取り分となり、数多くの依頼を傭兵達に斡旋する事で組織を大きくしてきた。その版図は国境を越え、今では獣人達の住む領域にまで広がっている。

 戦争などにも傭兵を派遣するが大抵が民間の依頼が多く、商人の護衛やや街や村の周囲に出没する魔物討伐が一般的だ。また、ダンジョンの攻略などに赴く傭兵も管理し、依頼の難易度管理や依頼失敗で死亡した場合の捜索や通達もギルドの仕事の一つであった。

 他にも魔物の生態調査や新人傭兵の育成にも力を入れており、傭兵を育てる専門学校などを開いていたりする。慈善事業も幅広く手掛けていたりする。

 何にしてもこの世界で必要な組織である事は間違いない。


「ようこそ! モブ村傭兵ギルド支部へ、本日はどのような御用でしょうか?」

「この村‥‥‥モブ村っていうんだ。初めて知った」


 にっこりと微笑む受付の女性。

 傭兵ギルドの受付で、森に入る者の名簿に名前を記載する事は常識である。

 手に入れた毛皮や肉、或いは魔石や牙などの部位素材を売る上で、傭兵でなくとも記録するだけで便宜を図ってもらえる。傭兵ギルドはサービスが行き届いていた。

 例えば猟師だが、ウサギなどの肉や毛皮を売る場合、そのまま商人の元へと売り込む事は出来ない。

 素材の良し悪しを吟味した上で加工職人の元へとおろし、そこから商人の元へと渡る。

 個人で加工できる場合は別にギルドに持ち込む必要はないが、出来ない場合は少し安値で売られるが、契約している商人の雇う加工職人の手に流れる仕組みになっていた。

 だが、こうした伝手を利用しない場合は自分の手で全てを行わなくてはならず、そうした技術を持つ傭兵は比較的少ない。

 また、品によっては素材の物価も常に変動するので、そうした連絡事項も掲示板に提示されていた。

 稼ぎをする上で傭兵ギルドは傭兵や猟師にとってはありがたい組合なのだ。

 多少時間が掛かりながらも、ゼロス達はそうした基本説明を聞いていた。


「という訳でして、傭兵ギルドは猟師も良く利用されています。今回はそこの子供達の狩猟訓練ですね? 素材の質にもよりますが、私共で良ければ買い取らせていただきます」


 情報収集がてらおっさんは子供達と共にギルドの説明を聞き、今後の組合利用法を模索する参考にしようと考えていた。何しろおっさんはギルドの事をあまりよく知らない。


「素材を売る場合の窓口は隣か、この辺りの魔物はどんなものが多いんだ? 珍しい魔物でも出るのであれば良いんですがねぇ」

「定番はゴブリンやオークですね。ウルフやストラバード、他にも熊や鹿などもいますよ? あっ、最近はビッグ・コックローチなども見かけるとか」

「うぇ~、ゴキちゃんがいるのかぁ~……」

「倒せるのか? 奴は素早いぞ」

「難しい。あのスピードは脅威だよ」

「そして食べられない。虫だから、肉‥‥‥」

「拙者、斬り捨てるなら人型の方が良い。それ以外はどう対処するか‥‥‥う~ん」


 珍しいどころか生理的に駄目な魔物がいた。

 ちなみに昆虫の甲殻は良い武具の素材なのだが、相応の強度を誇るビッグコックローチは不人気だった。

 素材としては申し分はないはずなのに、その姿が災いして誰も装備加工する者がいない。

 姿形さえ拘らなければ素材としてはかなり実用性がある筈だが、家庭の生ごみを漁る小さい同類の所為で捨てられてしまう何とも可哀そうな魔物なのであった。

 やはり雑食性なのが問題なのだろう。


「‥‥‥群れで現れたら逃げるぞ? アレの相手はしたくないし」

「ゼロスさん!? それほど恐ろしい魔物なのですか?」

「いえ、見た目が気持ち悪いだけですよ。群れで現れたりしたら、僕はもう‥‥‥‥‥容赦なく焼き払いますね。周囲の被害を無視して‥‥‥」


 ゴキちゃんは報われない。

 むしろ、おっさんに出くわしたら『逃げてぇ――――っ!!』と言ってやりたいくらいである。

 見た目もさることながら、食べられる要素がないからかもしれない。

 

「ビックコックローチ? それは、茶色くて大きい虫の事か? 良く鎧に利用されている良い素材の筈だったが……」

「カエデの故郷では嫌われてないんだぁ~」

「うむ、軽くて頑丈。これ以上にない良い素材だぞ? なぜ使わん」

「キモイからじゃね?」

「足の速さがなぁ~……見ているだけで嫌だ」

「ゴミの中に群れてるしねぇ~……大好きな肉にたかられたりでもしたら、ブルブル‥‥‥」


 訂正する。島国では鎧の素材として使われているようだ。

 これでビッグコックローチやグレート・ギヴゥリオンも浮かばれる事だろう。


「おかしな話だ。他の魔物は素材として使うのに、なぜ油虫ゴキブリは素材として駄目なのだ?」

「「「「「「 うっ!? 」」」」」」

「屍を利用して使うのはどれも変わりあるまい? そこまで毛嫌いする理由が分からん。ただの虫だと思うが?」

「いや、下手をすると大量繁殖する魔物だからね? ただの魔物じゃないでしょ‥‥‥」

餓鬼ゴブリンオークよりはマシであろう? 素材は使い道がいくらでもあるぞ?」

「分かってはいるんだけどねぇ、あまり使いたい素材じゃないんだよなぁ~……生理的に無理」


 文化の違いでここまで認識の差が出ている。

 そんな嫌われ者の魔物だが、自然界では良質な蛋白源としてドラゴンですら食料として捕食する。

 躊躇うのは知恵ある獣だけであった。


「傭兵でなくともスライムの討伐が簡単に受けられます。盗賊や変質者を見かけたら逃げてください。できるなら捕縛してほしいのですが、正式な傭兵でないお客様方は全力で逃げてください。見つけたら捕縛してくださると本当に助かりますが」

「何で逃げる事や捕縛を二回言う? それより、盗賊はともかく変質者が出るんですか?」

「はい。最近だと、黒光りガチムチマッチョが『さぁ、君達も筋肉を鍛えよう! 美しき肉体美を目指して良い汗を流そうじゃないかぁ!(ベッドの中で……)』と言いながら全裸で追い駆けて来るのだとか」

「それ、捕縛しなくちゃ駄目なんですかねぇ? 始末した方が社会のためじゃね?」

「変態にも人権はありますので‥‥‥。噂では被害者の何名かが同性愛に目覚めたとか」

「既に犠牲者がいたぁ!?」


 受付嬢は動じない。そして、聞きたくもない変な情報も得てしまった。

 まさか変質者が出没するとは思わなかった。


「子供は襲われないらしいですから、安心してください。皆さん、頑張って上を目指してくださいね。優秀な人材はどこの支部も貴重ですから」

「そんな爽やかに笑顔で言われてもねぇ‥‥‥。別の意味での危険が潜んでいるじゃないですか」


 普通に狩りを体験させるつもりが、教育に悪い害悪が潜んでいた。

 できれば出くわしたくないものである。


「それよりさぁ~、早く狩りに行こうぜ」

「アタイの腕を見せてやるのさ!」

「にくにくにくにくにくにくにくにく……」

「うむ、これでようやく剣の道の第一歩を踏める。拙者の太刀が血に飢えて、輝き叫んでおるわ」

「いや、光ってないよね? 先ずは簡単な物から狩るのが定番だろ」


 子供達のボルテージは上がりまくっていた。

 ここで『今日は情報を集めるのが優先だ』などと言えば、この子達は恐らく反乱を起こすだろう。

 勝手に狩りに向かう可能性が高い。


「では、こちらの紙に全員のお名前を記録してください。なるべく森の奥に向かわないでくださいね? 毎年、新人の傭兵や駆け出しの狩人達の行方が分からなくなるんですよ。以前、行方が分からなくなった方がいましたが、3年後に野性化して発見された事もありますが‥‥‥」

「いや、そんな特殊なケースを言われてもねぇ‥‥‥」

「調子に乗れば直ぐに死にますから、くれぐれも慎重に行動してください。注意事項は以上になります」


 笑顔で『あの森、入ると死ぬよ?』という受付嬢の方が怖かった。

 顔は眩しいほどに良い笑顔なはずなのに、目がマジで怖い。全く笑っていないのだ。

 傭兵や狩人は危険を承知で森に入る。当然ながら危険な場所に踏み入る訳で、何かあっても自己責任として扱われる。

 仮に行方知れずになっても、傭兵ギルドが捜査するのはあくまで一週間程度だ。広大な野生の王国が広がるこの世界において、森で迷えば最大一週間以上生き残る事は出来ないという認識だった。

 早くて三日で獣の餌になる事が多いからだろう。


「では君達、先ずはこのギルド内で情報収集をして来るんだ。魔物の情報は狩りをする上で大事な事だからねぇ? 人によっては情報が違う場合もあるから検証する事、以上」

「「「「え~? おっちゃんが教えてくれるわけじゃないの?」」」」

「同じ魔物でも生息する場所によって習性が変わる事がある。自分の耳で聞き、目で確かめて経験してこそプロさ。独立した後、いつも教えて上げられるとは限らないんだ。頑張って情報を集めよう」

「「「「うぃ~ス」」」」

「中々に厳しいな。拙者も情報を集めて来るか‥‥‥」


 子供達はギルド内にいる傭兵達に突撃し、片っ端から声をかけに行った。


「ゼロスさん‥‥‥これは少し、厳しいのでは?」

「必要な事なんだけどねぇ、時には情報屋から直接金を払って情報を買う。まぁ、信頼できるかどうかは別問題だけど、それを検証して自分の経験に変える事ができなければ意味がない」

「自立したら全てが自己責任ですか、自由とは責任が伴うと司祭様が言っていましたが、その通りなんですね」

「なんつーか、随分と男前な司祭だなぁ‥‥‥どんな人なんですか?」

「船乗りの人達からは姐さんと呼ばれてましたよ? とても司祭とは思えない方です。お酒に賭け事、喧嘩も良くやりますね」

「破戒僧ならぬ破壊司祭ですか‥‥‥寧ろ極道?」


 そんな二人の目の前では、ギルドホール内をウロチョロする子供達の姿が目に付く。

 どうも経験を積んだ傭兵を見分けているようで、新人は避けている様に見える。


「ねぇ、そこの美人のオネェさん! アタイに少し魔物の事を教えてくれないかな? 初めての狩りで情報が欲しいんだぁ~」

「あんれぇ~、アタシが美人なんて、そんなことねぇべさ。恥ずかしいべぇ」


 アンジェは女性傭兵チームの一人に声をかけている。

 言葉に訛りがある事から、かなり遠い地方出身者の様だ。

 一方でジョニーはカウンターの席に座っている。

 バーテンダーに声をかけると酒を注文し、グラスをカウンターの上で滑らせ、近くで酒を飲んでいた傭兵の元へ送りつけた。


「あん? ガキィ、何の真似だ? これは‥‥‥」

「俺のおごりさ。なにぶん、初めて狩りをやるんでね。先輩方に少し教えてほしいの事があるんだよ」

「ヘッ、随分と糞生意気なガキだな。気が利くじゃねぇか、良いぜ‥‥‥少しならレクチャーしてやるよ。何が聞きたいんだ?」


 全く子供らしくない情報収集だった。

 ラディの場合‥‥‥。


「なぁ、どうしたんだよアンちゃん達‥‥‥元気がねぇぞ?」

「いや‥‥‥狩りに失敗してね」

「くよくよしても仕方がないと思うよ? 今は何で失敗したかを状況を思い出して、どうすれば良かったか話し合うべきじゃないかなぁ~? 今日の失敗を明日の成功に繋げるのは、アンちゃん達の心次第じゃないの? あっ、ナマ言っちゃった?」

「いや‥‥‥そうだね。失敗しない人間なんていないんだ。ランク的には狩れる相手だったんだし」

「少し目が覚めた。そうだよな‥‥‥俺達のやり方が不味かったんだ。先ずはそこを検証しないと」

「うんうん、前向きに行こうよ。あっ、僕も話を聞いていいかな? 初めて狩りをするんだけど、経験者の話を参考にしたいんだ」


 狩りに失敗した傭兵に声をかけて話を聞き出し、その反省点を参考に自分達の狩りに生かす気である。

 かなりしたたかな遣り口だ。情報収集に抜け目がない。


「あれ? カイ君がいないぞ? どこへ行ったんだ?」

「さっき、あそこの扉から奥へ向かいましたよ?」

「すみません、あの奥には何があるんですか?」

「あぁ、あの奥は解体場です。倒した魔物を解体して、商人に販売するんですよ」


 受付嬢は親切に教えてくれる。

 気になって奥を覗くと、ぽっちゃり体形のカイが解体作業をしている職員と話をしていた。


「美味い肉と言えば、チョロハチドリかな? この辺りでは羽を毟って内蔵を取った後、軽く香辛料で味付けをしてだなぁ~。丸ごと油で揚げたやつを頭から齧り付くのさ」

「おぉ~、そんなに美味いの? けど小鳥なんだよね、難しくない?」

「すばしっこい鳥だが、そこは獲り方ってもんがあるさ。スライム核を粉末にして、ネバモチの根をすりおろした物と混ぜると、凄く粘り気のある粘着物が完成する。これを木の枝に仕掛けて捕獲するんだ」

「へぇ~、やってみようかなぁ~」

「良くガキ共が小遣い稼ぎでやってるぜ? 街ではやらんのか?」

「街の周辺は魔物が少ないんだよ。スライムすら滅多に見当たらないし」 


 意外な方向からの情報収集である。

 そして最後、カエデなのだが‥‥‥彼女は賞金首の掲示板の前にいた。


「ふむ‥‥‥では、この黄色い文字は生死問わずなのだな? で、この赤文字が完全に抹殺対象。しかし、この女は何をしたのだ?」

「何でも、公爵様のご子息を狙った組織の殺し屋らしい。かなりの手練れだそうだ」

「ほぅ‥‥‥それなら是非とも手合わせしたいものだ」

「やめときな、お嬢ちゃんにはまだ無理だ。返り討ちになるぜ?」


 どこまでも血に飢えたハイ・エルフ少女である。

 そして、掲示板に張られた手配書には、おっさんの身内の似顔絵が大々的に張られている。

 しかも姿を変えたもの全てがだ。


「‥‥‥あの子は、狩りよりも殺し合い優先なのか。まぁ、何となく予想はしていたけど‥‥‥」

「それにしても、あの子達は普段から何をしているのでしょうか? 情報を集めるのがやけに手馴れてます‥‥‥子供とは思えません」

「こりゃ~普段から似たような事をやってるなぁ~。ある意味、ジャーネさん達より手練れだと思った方が良い。接触する相手も選んでるみたいだし、常習者だな」


 孤児院の子供達は全員が何かしらの交渉術を持っている。

 しかも異様なまでに手馴れており、どこでこんな技術を学んだのか不思議だ。

 いや、もしかしたら孤児だからこそ生き残るために自然に学んだのかもしれない。

 何しろ路地裏生活は危険が多い。身を守るために観察眼を養い、市場などに出向いては商人などの日常会話から話術を盗み学び、見た目の幼さすらも利用して情報を巧みに利用していたのだろう。

 予想以上に狡猾な末恐ろしい子供達であった。


「ヘマをしなければ相当な手練れになるな‥‥‥。マジで何者だ? 子供のやる手口じゃない」

「あの子達は、私が知らない間に逞しく育っていたんですね。少し寂しい気がします‥‥‥」


 情報を得た子供達は集まり、得られた情報を互いに交換して色々とプランを練っていた。

 傭兵として見ればチームワークは抜群、これで経験を稼いだら上位の傭兵ランクなど直ぐに到達できるだろう。問題は慢心しない事である。


「おっちゃん、今日はスライムやウサギを狙う事にするよ。先ずは手頃な相手から狩りを試してみる」

「いや‥‥‥僕が教える事なんてあるのかねぇ? 君達はある意味でプロだよ」

「拙者は早く死合が出来るようになりたい。手練れとの勝負こそが剣を極める道だからな」

「早くレベルを上げないと、初期審査で訓練所から訓練しなきゃならないし、俺達に時間はない」

「MEAT‥‥‥なんて美味しい響き。魚・鳥・豚・牛・山羊‥‥‥多くの肉がオイラ達を待っている。ジュルリ‥‥‥」

「「‥‥‥本当に逞しい。それに、訓練学校に行く気は全くないみたいだ‥‥‥」」


 保護者同伴しなくても、子供達だけでやって行けるのではと思う二人であった。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 モブ村の周囲には、ファーフラン大深緑地帯に続く広大な森が広がっている。

 だがこの村にかの地の魔物が来るには山麓を越えねばならず、喩え越えたとしても巨大な口を開けた谷間を越えるには至難の業だ。何しろ標高3000メートルの山並みが連なり、標高の低い山々の間を抜けなければこちらには来れないのだ。ちなみにおっさんはそこを越えて来た。

 また、迂回する形でファーフラン大深緑地帯へ行けるが、そちらへ向かうには片道三日はかかるだろう。以前セレスティーナ達を鍛えた場所がそこに当たる。

 サントールからの街から北東に向かうか、南東に向かうかの違いだ。

 ただ、馬車での移動は距離的にはどちらも同じはずなのに、その馬がスレイプニールだというだけで半日でモブの村に到着した。聖獣の健脚は異常なまでに速い。

 つまるところゼロス達は、予定よりも早くこの村に辿り着いてしまった事になる。

 その上小型の魔物なら一狩りできる余裕もあった。


「さて、狩りが出来るのは精々三時間ぐらいだ。君達はこの三時間の間に小型の魔物を倒し、解体しなくてはならない」

「「「「サー・イエッサー!」」」」

「ノルマは一人一匹。協力するもよし、個で狩りをするもよし、自由に森に入り考えて行動する様に」

「「「「イエッサー!」」」」

「まぁ、初めての狩りだから明日のために体力を温存し、採取などに当てても良い。選択するのは君達だ」

「「「「了解しました、司令官殿コマンダー」」」」

「良し、良い返事だ! 一狩り行こうぜ!」

「「「「話が分かるぜぇ、チャンプ!」」」」

「まずは手頃な魔物を探すか‥‥‥」

「あの、なぜ最後がチャンプ? 最後まで軍隊式で通さないんですか?」


 ルーセリスのツッコミを無視し、子供達は勢いよくに森へ突入した。

 コッコ達もその後ろを着いて行く。


「僕達も行きましょうか。多分だけど、直ぐに追いつけると思うし」

「えっ? でも、思いっきり森に突入して行きましたよ?」

「小動物は警戒心が強い。物音ひとつで直ぐに隠れるから、痕跡を探すために足を止めるはず。少し先に行ったところで探索をしているだろうねぇ」

「ハァ……」


 鼻歌交じりに歩き出すおっさんとルーセリス。

 おっさんの言った通り、確かに子供達は森に入った少し先で生き物の痕跡を探していた。


「ふむ‥‥‥気配はないな。だが、何かがいる気配は感じる」

「こっちに糞があったよ? 緑色で丸いから、多分だけどフォレストラビット」

「こっちは茶色い毛‥‥‥何だろ?」

「茸はない‥‥‥まぁ、こんな入り口付近じゃ当然かぁ~」

「肉を狩らざば肉は食えない。先ずは肉を探す‥‥‥」


 慎重に当たりを探し、確かに生き物がいる痕跡を見つけたが、どこにいるかまでは分からない。

 五感に魔力を集中し、間隔を広げる事は出来るが魔力消費が激しく短時間でしか行う事が出来ない。そこで交代で探索を行う事に決めたようだ。

 今探索を行っているのはカエデで、エルフであるために森での探知能力は高い。出だしでいきなり切り札を切った様である。


「‥‥‥いたぞ。近くにいる‥‥‥音からして小型、恐らくはウサギであろう。他にも気配がある‥‥‥これは蛇か?」

「うっし! じゃぁ、手筈通りに回り込む事にしよう」

「狙うのはどっち? ウサギ? それとも蛇?」

「両方だね。武器は弓にして、木の上から狙う事にしよう」

「蛇がどこにいるか分からないんだけど?」


 獲物を狩るために作戦を練り、それをすぐさま実行に移す。

 今までの突撃は違い、今度は足音を立てずに静かに走り出した。その動きはまるで泥棒を超えるほどの静かさで、とても初めての狩りとは思えないほど見事だった。


「‥‥‥あの子達、訓練として気配を消しながら人の後をストーキングしてたんじゃないか? やけに動きが良いし、間違いないだろう」

「だから街の外れで見かけたんですね。気付かれないように訓練を積んでいたとしても、正直褒める事が出来ません」

「まぁ、ストーキングされた人も、状況次第では見られたくない現場を目撃されてるかもしれないからなぁ~……。レベルが高ければ手が付けられないな」


 いくら訓練でもストーキング行為はプライバシーの侵害である。

 この世界での法律は現代社会より緩いが、リッパな犯罪行為である。


「あっ、うさぴょん発見!」


 木に登って見渡していたアンジェは、手でサインを送り仲間達に獲物の居場所を教える。

 それを確認したジョニーは、近くにいたカエデにサインを送ると、カエデもまた同じように他の二人にサインを送る。

 ウサギが移動しないかを確認しながら慎重に回り込み、弓を構えた。


「‥‥‥マジで手馴れている。本当に狩りが初めてなのか?」

「隠れて狩りに出ていたとしても分からないですね。凄いチームワークです‥‥‥」


 知れば知るほどに子供達のスペックは変だった。

 確かに上のレベルであるコッコ達と訓練はしていた。スキルレベルが高いのは知っていたが、まさかここまで部隊形式で行動できるとは思わなかったのだ。

 そして、いよいよ矢を放とうとした時‥‥‥。


 ―――シャァアァァァァァァァァァァッ!!


 草叢から突然ウサギに襲い掛かる蛇、【ヴァイパー】が喰らい付く。


「「「「「今だぁ!!」」」」」


 五人の番えた矢が一斉に放たれ、ヴァイパーの頭部とウサギを貫く。


「二頭狩りだとぉ!? 馬鹿な、狙ったやったというのかぁ!?」

「うそ‥‥‥あの子達、凄い‥‥‥」


 二と追う者はとか言う諺を翻し、奇跡の技をいきなりやってのけた。


「意外に簡単だったね」

レベルが上がんなかったか‥‥‥まぁ、仕方がないな」

「解体するよ? にくにく♪」

「簡単すぎる。次の獲物を探さねばな」

「これ、小遣い程度になるかなぁ?」


 嬉々として解体を始めるチルドレン。

 その解体も無駄に巧みであり、とても素人の技量ではない。

 そんな子供達を見ておっさんは『Ohー、Miracle‥‥‥』と呟くしか出来なかった。

 夕暮れであたりが暗くなる森の中、子供達はウサギ6羽、蛇が7匹、スライムを31匹狩りまくったのであった。


 

  

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