おっさん、子供達と狩りへ行く
何だかんだで四日を費やし、子供達の体格に合わせた装備は完成した。
そして、いよいよ子供達が初狩猟へと向かう当日に装備を受け渡す事になる。
おっさんは教会に向かうと子供達に装備を受け渡したのだが、よりにもよってその場で着替えを始めるチャイルズ。男の子三人はともかく、アンジェとカエデはさすがに問題だった。
ルーセリスが慌てて二人を奥の部屋に連れて行く。
そんなこんなで子供達はようやく自分の装備を手に入れた。代わりに子供達は自分達が購入した中古装備をおっさんに受け渡したのだが、正直おっさんは要らない。
アンジェ、ジョニー、ラディ、カイの四人の装備は共通で、ブレスプレート、ガントレット、鉄板を仕込んだレザーブーツ。武器もショートソードに解体用ナイフ、弓矢一式に手槍である。追加装備でバックラーも用意した。
問題はカエデの装備で西洋甲冑のデザインを和風甲冑に加えた物で、動きを阻害するような箇所は削除し軽量化したために防御力は些か心許ない。
武器は刀と脇差、弓矢一式、十文字槍を用意した。
そんな装備を着こんだ子供達はというと……。
「なんか、ファンキーじゃない……」
「がっかりだよ、おっちゃん……。個性がないよ?」
「みんな同じ……手を抜いたんだね?」
「肉が食えるならどうでも良い……。にくぅ~」
不評だった。
確かに世紀末ファッションは個性が強いだろう。しかし、実用性という面では全く意味がなく、防御面はほとんど無きに等しい。
そもそも狩りをする上で肌の露出は危険であり、着衣だけでも厚手の服を着こむのは基本である。
鋭い爪や牙を持つ魔物に対しては無力だが、棘や鋭い切れ味の葉を持つ植物に対しては有効である。中には毒性を持つものもあり、迂闊に傷を作って体に毒物が触れるのは不味い。
身を守るためには見た目よりも実用性が大事なのだ。
「君達……あんな格好で狩りが出来ると本気で思ってたのか? あの装備じゃ直ぐに死ぬけど?」
「死んだらシスターが泣いちゃうね」
「しかたがない。お金を稼いで強化していこう」
「ちょっと重いね……格を上げないと駄目かぁ~」
「早く肉を……おいらに肉をくれぇ~」
さすがに子供達も、ルーセリスに心配をかけるのは不味いと判断したようだ。あっさりと受け入れる。
しかしながら子供達の動きは装備の重さでぎこちなく、これで狩りが出来るのかと言われると微妙な所だった。まぁ、初めてなのだから仕方があるまい。
カエデは装備が気にいったのか満足げである。
「悪くない……。これが拙者の武具か……ふふふ」
正し、眼つきがやけにギラついている。
子供の目つきとは思えないほどだ。
「すみません! 本当に失礼な事を言ってすみません!」
そして、何度も頭を下げるルーセリス。
別に気にしてなどいないのだが、ここまでされると逆に恐縮してしまう。
そんな彼女の装備はローブの上からブレスプレートを着こみ、手甲とレッグアーマー、武器はモーニングスターとカイトシールドであった。
僧兵といった出で立ちだが、神官の標準装備らしい。
「随分と大きな盾ですねぇ。今回は子供達の引率なので、タンクをする必要はないと思いますが? 僕がやれば良いだけだし」
「何が起こるか分かりませんから、念のために重装備にしました。いざとなれば盾役をして時間を稼ぎます」
「子供達が心配なのはわかりますが、力が入り過ぎでは? 時に、ルーセリスさんは狩りをした経験があるので?」
「修道院での修行で少しですが……。神聖魔法を覚えるのに、どうしても格を上げる必要がありましたので……。教義では殺生は禁じられている筈なんですけどね」
「神の信徒が殺生か……。何か、『魔物は不浄の者だから、殺しても構わない』とか言ってそうだなぁ~」
「良く分かりましたね? 同じ事を司教様が仰いました」
「生きるために殺す事は当たり前として、それに理由を付けるのはいかがなものか……。自然の摂理を否定しておきながら、大義名分があれば殺し合いをしても良いというのは……」
慈悲だ寛容だと言いながらも、大義名分を立てては宗教戦争を引き起こすのは宗教国家では良くある事だと歴史で知っている。
『殺し合う事は罪だ』と言いつつも、何かにつけて小国に対し軍事的な圧力を掛けている事は噂などで一般の人達も聞き及んでいるが、誰も疑問に思わず当たり前として受け入れている。
生き物を殺すのは罪だというが、糧を得るために人が生き物を殺す事は必要な事である。その事実を否定しているのに、都合の良い言葉で誤魔化すのだ。
喩えそれが戦争でも必要悪という言葉で、だ。実にご都合主義である。
「国の利益のために平気で殺し合いを容認しているんだよねぇ。……慈悲や寛容はどこへ消えたのやら」
「『糧となる命に感謝を』と、いつも食事の時にはお祈りを捧げていますよ? 私は気にしませんが、良く考えると不浄である筈の魔物を普通に食べてますね。私が言うのも何ですけど、少しおかしい気がします」
「どう考えても偽善だよなぁー……」
「そうした意味では、あの子達は自然体ですね。お肉屋さんで解体作業を手伝っているらしいので……」
「あの子等……普段から何してんだ? なんで未だに自立していないのか不思議なんだが……」
「さぁ……私もあの子達の行動範囲が良く分からないんです。時折、歓楽街で見かけるらしいのですが……」
神出鬼没の子供達は、行動範囲が異常に広かった。
旧市街だけではなく、どうやら新市街の端にまで足を延ばしているらしい。
歓楽街の裏には娼館もあり、とても子供が行く場所ではない。そんな謎多き子供達は剣を振り抜いたり、盾を構えたりと装備の具合を確かめている。
どこからそんな知識などを得てくるのか不思議であった。
「おっちゃん、早く行こうよ!」
「シスターとイチャつくのも良いけど、俺達の事を忘れてない?」
「準備は万端! 殺る気も満タン!」
「さぁ、行こう! お肉がオイラ達を待っている!」
「ふむ……鉄の太刀だが、中々具合が良い。これならやれるな……」
これから一週間、近くの村まで向かい宿を取った後、低レベルの傭兵達が良く行く狩場の森で子供達による狩りを行う。
特に森の名称は決められていないが、新規の傭兵として訓練を受けた者達が訓練を行う場所である。
出現する魔物はスライムから始まり、強い魔物では【ブラスト・ボア】と呼ばれる巨大猪を相手にできる穴場らしい。他にも多くの魔物が現れるらしいが、恐らくはファーフラン大深緑地帯から流れて来るのであろう。
この世界に来た当時は知らなかったのだが、一部の森は狩場として開かれており、定期的に素材確保のため傭兵達が訪れるようになっている。魔物の素材はそれだけ需要があるのだが、供給の面では追い付かないため傭兵ギルドによって取られた措置なのであろう。
定番の魔物だが強さはラーマフの森よりも強く、コッコ達との訓練でスキルレベルが異常に高い子供達にとっては丁度良い場所であるらしい。
何しろスキルレベルが高いと身体レベルは上がり難くなる。安全策でラーマフの森で狩りをするよりは、穴場の森で格上げをした方が効率が良いのだ。
だが、その分危険度も高く、ラーマフの森で普通に倒せる魔物より格段に強い。
「ところで、あの馬車はどうしたんですか? 教会所有の馬車……という分けではなさそうだ」
教会の横に配置寮の馬車が停められている。
馬車には暗そうな痩せた中年男性が一人座り、客が乗るのを待っていた。
「司祭様が借りて下さったんです。帰りは村で馬車を借りねばなりませんが、いざとなれば徒歩で帰って来れば良いだけです」
「レンタル馬車……そんな商売もあるのか。初めて知った……」
レンタル馬車は、主に農村から街に商売に来る人達が多く利用する。
朝一で街の市で商売をするにはどうしても足が必要だが、全ての農民が荷馬車を所有している訳ではない。大抵の場合が村の所有で、共同で利用する事が多い。
農村に住む者達も市で商売をする為にはどうしても荷馬車が必要になり、数が足りない場合はこうしたレンタルの馬車を利用するのである。
各村に出張所が存在し、一定の距離を往復する事で商売が成り立っていた。
当然ながら御者もいる。一種の運送業と思えば良いだろう。
「……盗賊に襲われたりしないんですかねぇ? 良いカモだと思うんだけど」
「聞いた話では、盗賊達はこの手の馬車を襲わないらしいですよ? 何でも実入りが少ない上に、指名手配にされ易いらしいですから」
レンタル馬車を利用するのは流浪の商人か農民だけである。
大手の商人は自前の馬車を用意し、街から街へと移動する事が多い。
小さな村も利用せず、大概は街道沿いの街を護衛を伴い行き交う事が主流だった。襲ったところで何の益にもならず、しかもこのレンタル馬車を運営しているのが傭兵ギルドなのだ。
常に航続距離や到着時間が決められているので、一日でも遅れれば直ぐに何かが起きたと分かってしまう。問題が起きれば直ちに傭兵達が派遣され、盗賊に襲われたと判断された時には瞬く間に包囲網が作られてしまうのだ。
馬にも焼き印が押されているので乗って逃げる事すら出来ない。しかも数は少ないが魔道具によって時間おきに監視されている馬車もあり、何か起きた時は知らせが届くらしい。
まぁ、それでも絶対に安全とは言い切れないのだが‥‥‥。
「なんとも……良くできてますねぇ」
「必要な事らしいので盗賊も襲わないみたいです。指名手配されていなければ利用する事もできますから」
「自分達が逃げる為の足か、御者に顔を覚えられたら真っ先にバレるんじゃないのか? まぁ、組織的に運用されている以上、下手な真似を出来ないのは当たり前かねぇ……リスクが大きし」
「それよりも早く行きましょう。子供達はもう、馬車に乗り込んでいますよ?」
「あっ……忘れてた。いやいや、日常会話でも色んな情報が得られるもんですねぇ」
半ば強制的にSランク傭兵に登録されたおっさんは、こんな情報を得られる機会がなかった。
そもそもルーセリスの情報源はジャーネであり、彼女は段階を踏んで傭兵ランクを上げて来ている。対しておっさんは公爵家の後押しで一時的に傭兵になったために、この手の常識には疎い。
ちなみにSランク傭兵のギルド登録は、未だに解除されてはいない。ゼロスにはどうでも良い事であったが、傭兵ギルドは貴重な戦力を手放す気はないようである。
むしろ切り札として永久登録をされているなど、この時は知る事はなかった。
「それでは行きますか」
「「「「おぉ――――――っ!! 相棒達もやる気だぁ!!」」」」
相棒とは五羽のコッコ達。一人当たり一羽が護衛としての役割を持っている。
恐らくだが、コッコ達は子供達の兄弟子のつもりなのだろう。
「何事もないと良いですね」
「しすたー……出だしでその一言は不吉だと思うのだが?」
カエデの一言、それは決して比喩ではなかった。
「おう、行くのかい……? へへへ、滾るぜぇ~……ヒヘへへへ……」
「「「「「「 何か、嫌な予感が…… 」」」」」」
御者の目つきがヤバかった。
まるで怪しげな薬に手を出した中毒者のように目が血走り、口元から唾液が流れている。
「ヒャァ――――――ハハハハハッ!! しっかり捕まってろよ、ファッキンベイビー共ぉ~!! 今、さいっ……高に楽しい天国に連れてってやんぜぇ!! ギャハハハハハハハハハァ!!」
そして走り出す馬車から、まるで消防車の様な緊急サイレンが流れ出す。
車輪部に回転を利用して音を出す装置が付けられているようだ。
「ヒヘへへへへ、この激しいビートがDQNな俺のハートを熱く滾らせるうぅぅぅ!!。俺様のハニー達は最っ高ぉさぁ~~ぁ!! もう何人たりとも俺達を止められねぇぜぇ、終点までノ――――ンストップ!! 俺達のドラテクに酔いなぁ!!
休憩? そんなものは最初からねぇ! テメェ等まとめてヒィヒィ言わせてやんよぉ~。ケツ穴は閉めたかぁ? 今からたっぷりイカせてやんぜぇ~、ヒャァ―――ハァ―――――――ッ!!」
そして猛スピードで走り出す馬車。
御車は手綱を握ると人格が変わる様であった。
「なっ、良く見れば馬がスレイプニールだとぉ!? 冗談でしょ、何で聖獣がこんな所に……ぐべっ!?」
「ヒハハハハ! 舌をかんじまったかぁ~? テメェ等は黙って荷台の染みでも数えてなぁ! こっからは俺様のオンステージ、俺様がハイウェイスターだぁああああああああああああっ!!」
「「「「「たすけてぇええええええええええええええええええええええっ!!」」」」」
「ゲヒャヒャヒャヒャヒャ!! 良い声で鳴くじゃねぇかぁ~? ヒヒッ、こっちがイッちまいそうだぁ~! だがなぁ~、俺達はまだまだこんなもんじゃねぇぜぇ~? 最後まで俺を楽しませて見せろYHaaaaaaa!!」
馬車は行く行く、止まりはしない。止まらない筈だよ御者がヤバイ……。
レンタル馬車は確かに傭兵ギルド所有だが、どうやら担当職員にまともな人材はなかったようである。
スピード中毒者に操られた馬車はサントールの街の街門を一気に通過し、検問を無視した上で前を走る馬車をぶち抜いて行く。そこに在るのは狂気しかなかった。
そのあまりのも凄まじい馬車の速度と揺れに、おっさん達は意識を失うのが早かった。
次第に消えゆく意識の中で、御者である男の『何だよ、もうイッちまったかぁ~? こっちとらハートも股間もギンギンなのによぉ~っ! ヒハハハハ!!』という下品な声が聞こえた。
だが、もはや誰も文句を言う事すら出来ない。全員が深い闇な底へと落ちて行ったのだから……。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
気が付けば、そこは長閑な街だった。村というより見た目が立派な街だった。
ファーフラン大深緑地帯寄りの村は街道一直線で、目的の森は村の直ぐ傍にある。新人や中級傭兵達の狩場として割と有名だ場所でもある。
元は砦に物資を運ぶために作られた中継拠点の村で、近くの森から薬草類や魔物の素材が集められる事から、多くの傭兵達がこの村を訪れる様になり発展していた。
格上げを目的とした傭兵達から多くの素材をもたらされ、それを目的とした商人が数多くこの村を訪れる様になったのは十年くらい前からの事である。
ファーフラン大深緑地帯を睨む【ノーガス砦】とサントールの街のほぼ中間に位置し、距離的にも盗賊が迂闊に活動できないめに安全面は比較的に高い。何かあれば直ぐに包囲網が作られてしまうからだ。
しかしながら大抵の人間は危険を避ける傾向が高いので、この手の村に来る者達は傭兵などの血の気が多い者が殆どである。当然ながらトラブルも多く、自警団や衛兵達が常に駐在していた。
馬車は既に傭兵ギルド所有の停留所に止めてあり、イカレた御者や馬車を曳いていたスレイプニールの姿はどこにもない。起き上がったおっさんは周囲を見渡すと、傍の馬小屋には六頭の馬が確認できた。
「……生きている。僕は‥‥‥生きてるぞぉおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉ!!」
心を満たすのは恐怖から生還した歓喜と、心の底から湧き上がる安堵感。
世界が美しいと本気で思えた瞬間だった。
『しかし、まさかのスレイプニール三頭曳き……。あの御者、何者だ?‥‥‥転生者じゃないよな?』
思い出すのは『ソード・アンド・ソーサリス』のレイド。
群がる悪魔を相手に前線が膠着した時、敵の前衛を潰すために送り込まれた騎馬部隊。その中に似たようなハイテンションの馬鹿がいた事を思い出す。
スレイプニールにまたがり、巨大なランスを突き出して前線に突っ込んでいった騎士姿の召喚士。人の事は言えないが、魔法職なのに強行突入を好むという訳の分からない存在であった。
本来召喚士は後衛職で、前衛を契約した魔物や聖獣などで堅め、後方から魔法による攻撃を行う魔導士の筈であった。
しかし、その召喚士は騎士の装備を纏い、嬉々として前線に突撃して行ったのである。しかも他のレイドでも彼は姿を現した。
あるレイドでゼロスは『ヒャハハハハハハハ!! 死ね、死ねよぉ、死んじまえぇぇぇっ!! お前等の悲鳴でファッキンビートを奏でてやんぜェ、お代はテメェ等の命だぁ~遠慮はいらねぇよ? さぁ~俺様に悲鳴を聞かせろよぉ~、熱い派手なシャウトを見せてくれやぁ~!! ギャハハハハハハハハハ!!』と、訳の分からない事を絶叫しながら周囲をドン引きさせていた。
『あの御者……奴に似ている……。まさかなぁ~……?』
正直、思い出したくもない。
何しろおっさんは、レイドの最中その召喚士に轢かれた事があるのだ。
高レベルでなければ死に戻りし、前線復帰が叶わなかっただろう。しかも、それだけ派手な事をしたのにプレイヤー名は聞いた事がない。
都市伝説並みの噂しか知らない謎の多いプレイヤーであった。
「そうだ! 子供達は……」
荷台を見回せば、子供達は全員目を回していた。
暴力的なまでの暴走を体験したのだから当然である。誰も振り落とされずに気絶だけで済んでいるのが幸いだが、心にトラウマが刻まれていないかが気になる。
「無事だったから良いが、振り落とされたらどうすんだ? 何であんな危険人物を……」
「ひゃう!」
「……ひゃう?」
暴走する御者の存在に疑問を覚えながら、何気なく左手を横に添えたその時、驚いたような声と共に柔らかい感触が手に伝わってきた。
おっさんはどこに手を添えているかは見えていないが、嫌な予感だけが心に過る。
「・・・・・・・・・・・」
まるで機械のようにゆっくりと首を動かして見ると、自分の手がとんでもないモノを思いっきり触っていた。
困った事に、首を向ける過程で2~3回柔らかいモノを確かめるように手で揉んでいたりする。
もう、言わずとも予測は出来よう。
「「・・・・・・・・・・・・・・・」」
気まずい表情のおっさんと、顔がゆでだこ状態のルーセリス。
無言で見つめあう二人。それでも尚、おっさんの手はそこに添えられたままである。
そう、彼女の豊かな胸に……。
「し、失礼! まっ、まさかこんな事がぁ……!! 何て嬉し……いやいや、幸運――じゃなくて、とにかくすみません!!」
「はぁうあぁ!? いえ、ワザとでないなら良いんですが、って……早く手をどけてくださぁ~い! このままだと私、立てません……」
「おぉう!? すみません! 自覚したらつい、退けたいとは思えな――いや、直ぐ退けます。名残惜しいですが……じゃなくて、本当にワザとじゃありませんよ!?」
嬉恥ずかしハプニング。されど当事者は動揺が止まらない。
長い独身生活で、まさかこのようなラブコメ展開が訪れようとは思わなかった。
できればもう少し揉んでいたかったと内心で強く思うおっさん。女っ気がなかった分、おっさんはケダモノ属性が意外に高いのかもしれない。
「あー……びっくりしたぁ~。まさか、この歳でこんな嬉し恥ずかし展開がこようとは……」
「うぅ……初めて男性にぃ~……。恥ずかしくて、もう顔も見れません……こういう事はお嫁に……」
「来ますか? 嫁に……。何なら今夜にでも……」
「そんな冗談を言わないで下さぁ~い! 余計に恥ずかしく……」
「いえ、わりと本気なので、今夜にでも夜這いに行こうかと」
「思わないでください! まだ、心の準備が……」
「……えっ?」
「「・・・・・・・・・・・・」」
おっさんは照れ隠しのつもりで言った冗談なのだが、ルーセリスの自爆で増々気まずくなった。
『心の準備ができていない』とは、要するに『心に準備ができたら、私をおいしく食べてください』と言っている様なものだ。
互いに無言で俯きながら、気まずい沈黙が流れる。今時の中学生の方がよっぽど進んでいる。
「「「「もう……結婚しなよ、リア充……」」」」
そんな二人をいつの間にか起きていた子供達が見ていた。
「お、起きていたんですかぁ!?」
「まぁ、僕らも気が付いたワケだから、あり得ない事ではないかなぁ~。しかし、あのスピードで良く振り落とされなかったもんだ」
「あの兄ちゃん、ひでぇ~よ」
「危うく死ぬとこだったよ。夢を叶えるまで死ぬわけにはいかないのに」
「自堕落に生きるためだけどね。けど、それが俺達の夢」
「肉が……肉がぁ~………肉汁に塗れて‥‥‥」
「カイよ、お主はどんな夢を見ていたのだ?」
どうやら子供達も馬車の猛スピードには辛かったようである。
考えてみればこの世界は殆どの人々は自分の足で歩き、長距離は馬車を利用する。
馬鹿げた速度で走るような乗り物は存在せず、馬の速度を超える様な物など精々鳥ぐらいなものである。
だがスレイプニールは違う。その速度は高速道路を走り抜ける暴走車両と同等で、最大でも時速130キロは越えるのだ。しかも聖獣。
前を塞ぐ者があれば踏み潰し、それが倒木なら雷を以って粉砕する。気性が荒い上に外敵は殲滅する凶暴な暴れ馬である。
「にしても……傭兵ギルドはスレイプニールを飼育しているのか? あの爆走はないでしょ‥‥‥」
「スレイプニールって何ですか? 魔物か何かでしょうか?」
「そこからか……スレイプーニールは馬の姿をした聖獣の名ですよ。魔物とは異なる存在だが気性が荒い。人には滅多な事では馴れず、気に入らない存在がいれば容赦なく蹴散らすほどに凶暴だねぇ。主に神話とかで神が乗る神獣としても有名かなぁ……」
「……あの馬達が…ですか? アレが聖獣……もの凄く気性が荒そうに見えましたが? 暴れ馬が可愛らしく見えるほどに……」
「認めた者以外は背に乗せようとしないからねぇ~、聖獣なだけにその辺の魔物よりも遥かに強い。暴れ出すと手が付けられないんだなぁ~これが……。見つけても近付かない事をお勧めするよ」
聖獣は魔物と一線が異なる生物である。
強さも魔獣より遥かに強く、一つの属性に特化している故に手が付けられない。
低レベルの聖獣は高レベルの魔獣に匹敵しうる強さを持っているのである。
「さて、村に着いたワケだが‥‥‥次は宿か」
「この村、宿があるのでしょうか? 正直、私はサントールの街以外、全く分からないのですけど……」
「大丈夫だよ、シスター!」
「俺達は野宿でも生きて行けるさ!」
「肉があればどこでも良い……」
「だてにストリートチルドレンはしてないよ!」
「拙者は両親との長旅で野宿は慣れてる。問題ない」
「君等……逞しいね。何で今まで自立してないんだ? どこでも生きて行ける気がするんだが‥‥‥」
孤児である子供達は野宿でも平気のようである。本当に逞しい。
元より路地裏で寝起きをしていた経験もあり、飲食店の生ゴミを漁っていた経験がある。
野良犬魂が強くハングリー精神が異常なまでに高い。もしかすると訓練上がりの駆け出し傭兵より強いかもしれない。
「ところで、君達の相棒であるコッコ達は? 確か馬車には乗り込んでいた筈だが、姿が見えない」
「言われてみれば‥‥‥。あのニワトリ達はどこへ行ったのでしょう?」
コッコ達はおっさん達が気絶した後、忽然と姿を消した。
確かに馬車に乗り込んだ時にはいたのだが、今は姿が見えない。
「もしかして、振り落としてきちゃったのかな?」
「ん~……あいつらなら大丈夫なんじゃないかな? そう簡単に振り落とされるようなコッコじゃないし」
「俺達の相棒だからな、きっと獲物を探し求めているさ」
「万が一の時にはお肉に‥‥‥」
「カイ君!? あのコッコ達は相棒だよね? マジで食べる気なのかぁ!? ついでに鶏肉とは思えないほど不味いらしいけどぉ!?」
相棒とは何だろうか? おっさんはカイの食欲の底知れなさについて行けない。
腹が減ればパートナーすら食らう気だ。相棒というよりは非常食である。
『良いじゃねぇかよ、ねぇちゃん。こんなガキ共なんかほっといて俺達と遊ぼうぜ』
『は、放してください! だ、誰かぁ』
『何、助けを求めてんだよ! 俺達が悪い事をしているみたいじゃねぇか』
『そうそう、俺達とこれからいい事するんだぜぇ~? 人を悪人みたいに言っちゃぁ~いけねぇなぁ~』
『『『『『コケェ―――――――――――ッ!!(ギルティ!!)』』』』』
―――ベキッ! ゴスッ! グチャ!! ドゴォ!! ゲシゲシ!! ボグゥ!!
「「・・・・・・・・・・・・・・」」
コッコ達は無事の様だ。
さっそく村に蔓延る悪を成敗している様である。
「うん、無事で何より‥‥‥さっそく元気に活動しているようだ。習性なのだろうか?」
「あの‥‥‥元気って、明らかに過剰防衛ではないでしょうか? 凄く危険な音が聞こえてますけど‥‥‥」
「コッコ達に襲われるような真似をしているのが悪い。強引なナンパは迷惑だからねぇ、成敗されても文句は言えないでしょうなぁ~」
「一応、治療した方が良いのでは? 後で訴えられたら大変ですよ?」
「大丈夫ですよ。よく耳を澄ませてみると良い」
言われるがままにルーセリスは外に耳を傾ける。
『チッ! こいつら生きてやがるぜ?』
『今の内に止めを刺して埋めるか? 調子こいたクズ共だ、別に行方不明になっても誰も困らんだろ』
『あのコッコ達は良い仕事をした。人間だったら酒を奢ってやりたいくらいだ』
『死ねばいいのよ! こんなカス共!!』
『うちの娘も襲われたのよ? あの日以来、怖くて外に出ようとしなくなったわ! いい気味よ』
どうやら相当嫌われていた様である。後始末の心配はいらない。
村人達は始末する気満々で、この後コッコにシバかれた者達がどうなったかは知らない。
「‥‥‥ね?」
「良いのでしょうか? 一応衛兵さん達に通報して、法の下に裁判にかけるべきでは?」
「ルーセリスさん‥‥‥法はね、別に民のためにある訳ではないんですよ。法を知り尽くしていれば裏道などいくらでも作れるし、善人も悪として裁ける。法が民を守ると思っていたら馬鹿を見ますよ?」
「なぜ、そんなに説得力があるか分からないんですが……? 過去に何かトラブルにでも巻き込まれたんですか?」
「えぇ‥‥‥実の姉が引き起こしたトラブルにねぇ‥‥‥」
経験者であった。そう、法律は必ずしも善人を守るものではない。
刑事事件でも証拠が揃わねば不起訴になる事もある。喩え裁判を起こした者がどうしようもないクズでも、決定的な証拠が無ければ勝訴し、被害者も加害者として裁かれる事になり兼ねない。
結局は、自分の身は自分で守る事を常に心がけておいた方が良い。
泥沼の離婚調停も、相手がいかに悪辣であるかを書き記していたとして、それが日記であるのとタダのメモ書きでは証拠として差が出るものである。
信憑性を求められた時に対し、裁判官を説得できるかと言われると微妙だったりするのだ。喩えそれで死人が出たとしてもだ。死人に口なしとは良く言ったもので、決定打がなければ裁判など無意味に終わる。
おっさんの場合は姉の離婚調停で、なぜか証人として巻き込まれた事がある。
夫婦間の事など知らないが、他の証人が姉の印象をやけに善人として捉えていた事に驚愕した程だ。
どれだけ姉の悪辣さを証言しても、旦那の方が先に浮気をしていた為に結局は示談で終わり、うやむやの内に裁判は流れて行った。故に法律など当てにはしていない。
「まぁ、その話はどうでも良いんですよ。今は宿探しが最優先」
「そうですね。村といえどもこれだけ発展しているとなると、宿くらいならあると思います」
「時に、子供達は?」
馬車を格納している停留所の小屋を出ると、現在進行形で開発途上であるが賑わいを見せている村だった。少し歩いたところで子供達の姿を直ぐに見つける事が出来た。
正し、ある宿の前にいるのが問題であったが‥‥‥。
「おっちゃん! ここの宿が空いているらしいぞ?」
「ピンク色の看板が気になるね?」
「泊まれるならどこでも良いよ、肉が食えるならどこでもね?」
「肉ばかり食ってると太るぞ?」
「しかし、なぜ看板に裸の男女が描かれているのだ? 宿とは思えんのだが‥‥‥」
「「うわぁ―――――――――――――っ!?」」
そう、ピンク色の派手な看板に黒いシルエットで絡み合う男女の絵。
どう見てもその行為を目的とした宿であるのは間違いなく、子供達と共に止まるにはあまりに不適合だった。それ以前に子供達とこんな宿に宿泊する気はないし、入るにも勇気がいる。
この手の宿を選ぶのは最後の手段だろう。
「ラブホ‥‥‥あるんだ。まぁ、人間は年がら年中発情している様なもんだからなぁ~……つーか、どんな村だよ、ここは‥‥‥」
「こ、この看板は露骨すぎませんか? こんな宿から出てきたところを目撃されたら……」
日本と海外で【モーテル】の意味合いは違う。
日本で言うところの【モーテル】はぶっちゃけラブホ扱いだが、海外では長距離をトラックなどで移動するドライバーが良く泊まる宿泊施設だったりする。
もちろん男女のそうした行為に使われる事もあるが、殆どはビジネスホテルに近い扱いだろう。
だが、目の前の宿はどう見てもラブホだった。
「ご休憩3000ゴル‥‥‥一泊が6000ゴルか。いくら安くてもねぇ~、僕は遠慮したいなぁ~……」
「誰がこんな宿を始めたんでしょうか‥‥‥えっ? アレは‥‥‥」
看板には【創業300年、ホテル・ニュー・ムーンナイト・ツキシマ】とデカデカと書かれ、その隅にホテル創業者の名前がなぜか刻まれており、その名前が【ケンジ・ツキシマ】だった。
「創業者がまさかの勇者!? なんでラブホの経営者になってんだぁ、何があったかスゲェ気になる! しかも創業から三百年!? 老舗じゃないですか!!」
「嘘っ、このホテルの最初の経営者が勇者!? いったい‥‥‥何を考えていたんでしょうか?」
それよりも看板に創業者の名前を刻んでいる事自体おかしい。よほど名を残したかったのだろうか?
しかも三百年もの歴史の間、営業を続けている老舗中の老舗ラブホであった。しかも、各国のあちこちにこのようなホテルがあるらしく、一種の財閥規模である。
ご丁寧に宿の前に掲げられた掲示板に創業以降の詳細が書かれている。まるで老舗のラーメン屋の様だ。
この世に性欲がある限り、利用者が後を絶たない商売であった。
「「「「おっちゃん、ここに泊まろう。何か、安いみたいだよ?」」」」
「「ここは駄目ぇ―――――っ!! 明らかに別の目的のホテルだからぁ―――――っ!!」」
「むぅ‥‥‥何がいかんのだ?」
子供達に言う訳にはいかない。
いや、性教育は必要だろうが、こんな所で教える訳にはいかない。
「ここは絶対に駄目だ。普通の宿にしましょう‥‥‥」
「そう‥‥‥ですね。子供達の教育に悪いですし‥‥‥私もあの宿はちょっと‥‥‥」
見習いとはいえ神官が泊まる宿ではない。よく見ると周りは宿を営んでいる民家が多く存在する。
この村の運営はホテル業と農業である様だった。
泊まる場所が多いなら、見た目が綺麗で安い宿の方が良い。
おっさん達は時間を掛けて、自分達に見合う良い宿を選ぶ事にするのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
結局、見た目がログハウスの様な宿に宿泊する事に決める事にする。
扉を潜ると人の良さそうな初老の女性が、カウンター席でおっさん達を出迎えた。
「いらっしゃい。宿泊ですか?」
「はい、予定では三日ほどでお願いします。もしかしたら数日延長するかもしれませんが」
「部屋はあと二部屋しか空いてないけど‥‥‥まぁ、子供達なら大丈夫かねぇ~」
「代金は先払いですか。とりあえず三日分‥‥‥延長の時は後からお支払いしますよ」
宿の名は【森の木陰】。
部屋は六部屋しかないが、宿の印象は実に綺麗に手入れが行き届いており、のんびり寛げる落ち着きのある佇まいである。先ほど見た宿とは雲泥の差であった。
木の香りと申し訳ていどの調度品が逆に心を落ち着けてくれる。
「それじゃ、部屋に案内しようかねぇ」
初老の女性の案内に、おっさんは後をついて行く。
案内された部屋の一つは子供達が泊まる部屋で、三段ベッドが二つ部屋の左右に設置されている。
部屋自体もそれなりに広く、傭兵パーティーが宿泊する事を想定した内装であった。
この時ゼロスは気づくべきだった。一つの部屋を子供達が使うという意味に‥‥‥。
「‥‥‥‥‥‥マジ?」
「うぅ‥‥‥」
おっさんとルーセリスが案内された部屋は、大きめのダブルベットが占領した部屋だったのだ。
「うふふ、お二人さんはこの部屋を使ってね? 大丈夫、あたしには分かっているよぉ」
「いや、男女が一つの部屋にいる事自体不味いんじゃ‥‥‥」
「そ、そうです! 他に部屋は‥‥‥」
「余っていないねぇ。まぁ、あたしに気にせず思う存分に愛し合えば良いさねぇ」
「「まだ、そういう関係じゃないんですけどぉ!?」」
おばちゃんは、すんごく良い笑顔でサムズアップ。
「うんうん、分かってるよぉ~。年齢差が気になるんだねぇ? 大丈夫だよぉ、全部あたしに任せなさい!」
「な、何を任せると‥‥‥」
「いや、嫁入り前の女性と部屋を共にするのは不味いでしょ。ベッドも一つ空いていましたし、ルーセリスさんはそちらに‥‥‥」
「照れなくてもいいじゃないかい? 若いってのは良いねぇ、燃え上がっても大丈夫だよぉ? この部屋は音が漏れないようになっているから」
「何がぁ!? いや、人の話を聞いて下さいよ! 何を見合いを斡旋する近所のおばさんみたいな事を言っているんですかぁ!!」
「気にしない、気にしない。男と女の関係は体で確かめねばわからないもんだよぉ、遠慮なく激しく燃え上がりなさいな。うふふふ」
無駄な配慮が憎い。
まるで、『大丈夫、全て理解しているから』というような満面の笑みで、いい仕事をしたと言わんばかりに頷きながら去ってゆく。自分が余計なお世話をしたのだという事を理解していない。
ゼロスとルーセリスは、気まずい沈黙の漂う部屋に二人で残されるのであった。
ちなみに、子供達が宿泊する部屋の最後のベッドは、コッコ達に占領されていた。
しかも子供達が暴れ回り、結局二人はダブルベッドの置かれた部屋で寝起きする道しかない。
おっさんは理性と本能の板挟みにされたのである。




