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 おっさん、街に出る

 異世界生活を始めて早二週間。

 この環境にも慣れ始めたゼロスは、ここに来て一つの問題に気づいた。


 彼はこの世界に来てまだ街の様子を見た事が無く、同時にこの世界の通貨を持ってはいなかった。

 普段がセレスティーナの家庭教師とこの屋敷にある農場で精を出し、暇があれば書庫で本を読みふけ知識をあさり、時折騎士達と剣を交えるなどの交流しかしていなかった。


 この世界の民の暮らしを知らずして、どうしてこの世界で生きて行けようか?

 まるでどこかの権力者の様なき悟りを開いたが如く、彼はさっそく街へ出る事に決めたのである。


 彼の姿は灰色のローブに二振りの剣を腰に差し、フードを被った見すぼらしい姿である。 

 無造作に伸ばしたボサボサ髪はフードに隠れるが、適当に剃っただけの髭は胡散臭さをこれでもかと強調していた。

 はっきり言えば不審者にしか見えず、これで身なりを整えれば少しはマシになるのだろうが、長い独身生活の結果が面倒な事はやらない無精ぶりを発揮していた。

 何よりも彼はこの胡散臭い雰囲気を気に入っている一面があるため、滅多な事では身なりを整えたりしないのである。

 せいぜい冠婚葬祭の時ぐらいでは無いのだろうか?


 そんな彼は意を決して屋敷の扉を開け外に出る。


「さて、それでは行きましょうか」

 

 ちなみにクレストンは領主の屋敷に赴き、セレスティーナは実践訓練の後に習い事があるため見ていない。

 時折擦違う使用人にあいさつを交わし、彼は正門より外へと出て行った。


 ソリステア大公爵家の別邸から出て30分、彼は漸く街の片隅に出る事が出来た。

 広大な森一つを防壁で囲んだ街は、背後には断崖の岩山が聳え立ち、外敵からは決して攻め込む事が出来ない要塞と化している。

 そんな森の傍には商業区に続いていて、そこから工業区と一般人が住む居住区核に行く事が出来る。

 何分にも山肌に築かれた街なので坂が多く、街の正面は断崖を利用した巨大な防壁を築き上げ、船で行きかう商人達が通れる運搬用の道を態々掘り抜いた事により、この街は交通の要所として栄える事になった。


 当然ながら多くの人々が行き交うために、この街には傭兵ギルドが置かれ護衛依頼を引き受ける仕事も繁盛している。

 旅は危険がつきもので、街道には山賊や盗賊、河には河賊などと云う犯罪者が時折姿を出没するのだ。

 騎士団に人手の限りがある以上は傭兵達に賞金を出し、こうした犯罪者を取り締まる社会体制が成り立ち、それでも犯罪者の減らない鼬ごっこが続くのは、どこの世界も同じなのだろう。


 街の治安は守られてはいるが、一歩外に出ればそこは危険が多いデンジャラスゾーンなのだ。

 故にこの平穏は直ぐに壊れやすい幻想の様に思えて来る。


「先ずは魔導具店ですね。魔石を売ってお金を都合せねばなりません」


 取り敢えず地図は渡されてはいるが、大まかな物なので店の細かい場所は記載されていない。

 幸いな所、この街は開拓当初に於いて効率を重要視されていたので、道は完全に整備されて解りやすい。

 問題は建物の隙間に出来た見えない小道だが、大概その辺りにはガラの悪い者達がたむろし、住人や商人を引きずり込んでは金品を奪うそうである。


「どこの世界にもチンピラは居るもんですねぇ~…」


 屋敷の使用人から情報を得ていたため、危険な場所はあらかじめ行かない様に決めている。

 面倒事は誰も避けたいからだ。


 ゼロスは軽い足取りで魔導具店を目指す。

 気分は子供に戻ったように冒険心でいっぱいだった。

 ・

 ・

 ・

 ・

「ここ……ですか? これは…何とも・・・・・・」


 魔導具店は商業区内の矢や片隅寄りに存在し、何方かと云えば工業区の傍と言った方が良いだろう。

 材料の搬入には手間取らず、何よりも目立つ道沿いだからだ。

 

「そして、店も目立つ……」


 黒一色で染め上げられたその店は街の雰囲気を無視した、いかにも怪しい屋敷を連想させる。

 敢えて言うのであれば扉を開けると魔女が出て来そうな、そんな怪しい店であった。

 いかにも過ぎて言葉を失うインパクトである。

 

「店の軒先に生首……人形でしょうが、客を呼ぶ気があるんですかね?」


 他にも少女の人形が釘で磔にされていたり、窓の内側には頭蓋骨が置かれている。

 入り口のドアに設置された目玉の飛び出た山羊の頭部は強烈で、不気味過ぎるにも程がある。

 とても客商売をする様な店には思えない。


 ―――ギャァアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!


 ドアを潜ると呼び鈴は悲鳴だった。

 何かが間違っている。


「いらっしゃいませ~♡」

 

 店員は魔女姿のメガネの女性で、とてもおどろおどろしい店の店員には思えない明るい口調で出迎えた。

 意外な事に内部はいたって普通であり、そこかしこにケースに収められた魔導具の数々が綺麗に陳列されている。

 店の外観の意味は何なのだろうかと、一瞬思考の迷路に落ちそうになった。


「魔石の買取は出来ますか?」

「魔石ですね? どれくらいの量なのでしょうか?」

「ゴブリンが200、ハイ・ゴブリンが50 ゴブリンメイジが15 ゴブリンキングが1」

「・・・・・・・・・正気ですか?! 数が多すぎますけどぉ!?」

「至って正気ですが? これがそうです」


 予め革の袋にしまっておいた魔石を彼女に渡すと、目の前の魔女店員はルーペを取り出して鑑定を始める。

 一つ一つ念入りに調べている間、暇なので魔導具を見ていたのだが、どれも然程良い物には思えない。

 これなら自分で作った方がマシだと、少しだけ肩透かしを食らっていた。


 何しろゲーム内では最強の殲滅者の一人と数えられたが、元は生産職でもあり、数多くの魔導具を送り出したクリエイターでもある。

 鑑定もしてみたが、どれもわずかに身体能力の一部が向上したり、魔力を細やかながらに補う補助アイテムの類ばかりであった。

 この手のアイテムは消耗品であり、魔石の魔力が枯渇すればすぐに使い物にならなくなる。

 魔法式を内部に刻み、半永久的に魔力の枯渇を無くすような加工は施されておらず、見た目の細工は評価に値するが逆に言えばそれだけの代物ばかりである。

 この店で買うくらいなら、自分で作った方が遥かに上等な物が作れる自信があった。


「・・・・・・お客さん。この魔石、どこから盗んで来たんですか?」

「いきなり失礼だなっ、自分で狩って来たに決まってるでしょう!!」


 酷い言いがかりである。

 どうでも良いが、ゼロスは感情的になると、若い頃の口調に戻る傾向がある様だ。

 現に、普段とは違う口調でツッコんでいる。


「嘘です!! 灰色ローブの中途半端な魔導士が、ファーフラン大深緑地帯から生きて帰って来れる筈がありません。さぁ、吐いて下さい!! 何処から盗んで来たんですか?」

「いきなり盗人扱いですか……この店は当たりと聞いていましたが、どうやら禄でも無い店のようですね。

 買取は結構です。今後は、この店との取引をを絶対に拒否させてもらいますから」

「あ、あれぇ~? まさか、他国の魔導士さんですか?」

「一週間前にこの街に来て、領主さん処の別邸でお世話になってますよ? 不当な扱いを受けたと報告させてもらいましょうか?」


 女性店員の顔が一瞬にして蒼褪めた。


「え・・・・? クレストン様の御屋敷で雇われているんですか?」

「えぇ、旅の途中で偶然お会いして御厚意に甘えさせてもらってますが、それが何か?」

「マジで?」

「なら、確かめてくれれば良いですが……事実が判明した時、貴女はどう責任を取るのでしょうね?」

「う、嘘です! あの御方が、アナタの様な胡散臭い魔導士なんかを贔屓にするなんて……」


 それでもまだ食い下がる根性は見事だろう。

 しかし、それが必ずしも実を結ぶとは限らない。


「だから、確かめて見れば良いでしょう? その結果が全てであり、結果次第でアナタがどうなろうが僕には関係ありませんけどね。

 既にこの店に対して不快な思いを抱いている訳ですし、ただそれだけの話ですよ?

 アナタは自分の先入観で人を盗人扱いして、その結果が齎されるのはアナタ自身の問題です。僕には一切関係ありません」


 落ち着いてありのままを淡々と語るゼロスに対し、女性店員は次第に震えだしていた。

 ゼロスが胡散臭い風貌のは承知の上だが、ソリステア大公爵家の世話になっている事を知るには、彼女が直接ソリステア大公爵家に真偽を確かめるしか術は無い。

 だが、その真偽を確かめるためには公爵家に連絡を取り、もし事実が判明すれば公爵家の客人を侮辱した事になる。

 下手をすれば終身刑、もしくは処刑される事もありうるのだ。

 完全に詰んでいる。


「五月蠅いわねぇ~……。人が作業中に何騒いでんのよ!」

「店長?!」

「クーティー、アンタ……また客を盗人扱いしてんの? いい加減、推理小説を現実に持ち込むのは止めて欲しいわ」


 奥から出て来たのは娼婦……では無く、この店の女店長の様である。

 胸元を大胆に見せる朱いドレスの女は、とても魔導士には見えない。

 良く言えば妖艶、悪く言えばゼロスとは別方向でだらしのない格好であった。


「ですが、灰色ローブですよ? ファーフラン大深緑地帯から魔石を持ち帰ったなんて言うんですよ?」

「へぇ~? ……クーティー、その話……おそらく事実よ?」

「へ?!」

「見た目を態と汚しているけど、そのローブ……とんでもないわね。並の魔物の物じゃない……」

「何の魔物かは聞かない方が良いですよ? 正気を疑う事になり兼ねませんから」

「そうね。恐らくベヒーモス……伝説級の素材製品なんて初めて見たわ」


 一瞬、空気が凍りついた。


「え、うえぇええええええええええええええっ?!」

「何の事でしょうかね? ただの汚れたローブですよ」

「そういう事にしておくわ。私もまだ、死にたくは無いし……」

「賢明な判断です。他人に詮索されるほど不快な物は有りませんから」

「同感だわ」


 クーティーは未だ混乱の中にある。

 ベヒーモスの素材装備を持つ者など、最早伝説に語られる勇者位なものである。

 そんな装備を着こむこの魔導士は、恐らく真面では無いと女店長は直感した。


「で、魔石の買い取りなんだけど、うちの店員が失礼したから少し色を付けるわ。どう? 取引してくれるかしら?」

「その前に、こんな失礼な方が店員で良いのですか? 店の評判に悪影響しかねませんよ?」

「それは私も頭の痛い所なのよ。何度注意しても直す気が無いし……」

「いっそ、クビにしてしまえば?」

「こんな外観の店に来るもの好きな店員なんて、来る訳無いでしょ? こんなのでも貴重なのよ」

「自覚があったのですか……」


 だったら店の外観を何とかすればあ良い物をと言いかけたが、どうやらこの店の姿はこの店長の趣味によるもので、直す気は無いようである。

 店員のクーティーは『こんなの……こんなの…』と呻くように呟いている。

 この店長にして店員ありであった。


「まぁ、良いでしょう。クレストンさんの紹介ですから、面子を潰す訳にも行きませんしね」

「ホント……失礼させたわ。少し待って頂戴、お金を直ぐに用意させるから……クーティー、いつまで落ち込んでんのよ! さっさと仕事をしなさい!!」

「は、はいぃ―――――――――――――――っ!!」 


 クーティーは慌てて店の奥に引っ込むと、少しして何やら数を数える声が聞こえて来た。

 恐らく、支払う金額の料金を必死に数えているのだろう。

 些か不安が残る店である。


「良い魔石ね。創作意欲が湧いて来そうよ」

「それは何より。偶然ですが、倒した甲斐があると云うものです」

「あなたも魔導士よね? 魔導具は作らないのかしら?」

「必要なら作りますが、今は人の屋敷で居候の身の上ですからね。畑付きの家が手に入ったら、余生を創作活動に充てても良いかもしれません。趣味の範囲ですが」

「そう、商売敵にならない様で助かったわ」


 本気で安心しているかのように、妙に色っぽい気だるげな表情で溜息を吐く。

 この女性は見た目以上にデキる魔導士の様であった。


「集計終わりましたぁ~。こちらが魔石の値段になります」

「御幾らで?」

「えっと・……2870万ゴルになります」


 行き成り大金持ちである。


「やけに多いような気がしますけど……」

「言ったでしょ? 店員が失礼した謝礼と…。大半がゴブリンキングの魔石の値段よ。まさか、こんな大きな魔石が手に入るなんてねぇ~♡」


 一際大きな魔石を手に取り、女性店長はうっとりと頬を染めている。

 何かヤバい気配を感じるゼロスであった。


「では、僕はこれで失礼します。また良い魔石が手に入ったら持ち込みますよ?」

「お願いするわ。私は店長のベラドンナ、魔導具ではそれなりに名のある魔導士だから」

「ゼロスと言います。気が向いたらまた御厄介になりに来ますよ」

「毎度、ありがとうございましたぁ~・・・・・・」


 ゼロスが店を出るのを確認すると、ベラドンナは大きな溜息を吐いてクーティーを睨みつける。


「な、何ですか・・・・・・? 店長…」

「ク~ティ~~~っ!! アンタ、あんな化け物に喧嘩売ってどうすんのよ!!」

「は、はいぃ~~~~~~~~っ?!」

「始め見た瞬間に背筋が凍りついたわよ! アレは敵に廻してはいけない類の人間よ? 相当な手練れだわ……」

「でも、灰色ローブでしたよ? 最下級魔導士ですよね?」

「それはこの国での話よ! 世界は広いわ……ベヒーモスの革は灰色で染める事は出来ない。しかも態と汚す事で、自分の見た目の価値を下げて欺いているのよ」


 ベラドンナはゼロスの力を直接見た訳では無いが、纏わりつく魔力の気配でその実力差を知ったのである。

 魔導士は魔力に敏感でなければ務まらず、魔力感知スキルがあればかなり優遇される。

 恐らくは【魔力察知】のスキルであろう。そして、その膨大な魔力濃度に対して息が詰まるほどの驚愕を押し殺して応対していたのだ。

 絶対に勝てないと云う、圧倒的な敗北感と共に。

 


「そ、そんなに凄いんですか?」

「アンタを一息で殺せるくらいにね……。出来ればもう会いたくは無いわ……」

「ひ、ひぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいっ?!」

「今頃、恐怖に怯えても遅いわよ。戦場だったら既に死体だからね?」


 自身が味わった恐怖を少しでもクーティーに味合わせてやろうと、態と揶揄からかうベラドンナ。


「たく……大公爵の爺さんは、どこであんなのと知り合ったのよ……寿命が縮んだわ」


 そして、顔見知りであるクレストン老に対しても悪態を吐くのだった。



 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇ 



 気晴らしに市場などを覗いて判明した事だが、この世界では物価が恐ろしく安い。

 大体百ゴルあれば一月は暮らせる事ができるほどにだ。

 これで生活は大丈夫なのかとも思ったが、どうも戦前の日本と同等の物価で食料は特に安い。

 代わりに金属の類が高く、鉄も相応の値段で取引されているようだった。


 これは鉱山などの希少金属が採掘できる場所は、実際に魔物の住む生息地になっている事が多く、採掘するためには相当危険を冒さねば数を揃える事は出来ないからである。

 そのためだけに傭兵ギルドに護衛依頼を通し、魔物を倒してから安全を確保して採掘に移るからだ。

 人件費や依頼料を合わせると相当資金が掛かるため、結果的に金属の物価指数は上昇傾向になる。更に鉱山の数も限られているだけだく、運送料を含めると物価は上昇する一方の様であった。


 無論、陶器などを作るために必要な陶石も金属程では無いが値を張り、その食器類の値段も跳ね上がっている。故に、一般市民は木製の食器が主流だ。

 こうした鉱物資源の獲得はどこの国も苦労している様で、その販売バランスを商人ギルドが仕切る事により各国に均等に回るシステムになっている。

 だが、自国内に鉱山を保有している国も少なからず存在し、大抵その辺りの国は食料や塩などの調味料が不足しがちだ。

 その商品流通を廻す商業ギルドにとって、戦争と盗賊は遠慮してもらいたい問題である。


 戦争は確かに儲かるが一部の商人だけであり、街や忍足等を大幅に減らす悪行として見られ、それを増長させるような貴族や商人は徹底的に毛嫌いされる事になる。

 それでも戦争が起きるのは長い時間をかけて計画を練り、食料などは自分達で賄える基盤を作り、武器の類を少しずつ集めて初めて可能になるのだ。

 勿論それで勝てるとは限らないので、短期決戦の為に周辺国家は熾烈な情報戦を繰り返していた。


 今の所戦争が起きそうな兆しは見せないが、寧ろお家騒動による内乱の方が深刻である様で、実際複数の国の内部で小競り合いが始まっているらしい。


「何とも不景気な話ですね。この国は大丈夫なんでしょうか?」

「さぁ~ねぇ~? 王族の継承権は大丈夫みたいだが……」

「騎士団と魔法師団ですか? 仲が悪いらしいですねぇ~、特に上の方々が」

「らしいな。軍部内でクーデターなんて止めて欲しいよ」

「全くです。穏やかに暮らしたいものですよ」


 のんびりと露店を開いてる商人と話をしながら、国内情勢を聞いていた。

 情報は自分の行く末を決める上で必要であり、僅かでも情報が足りなければ死活問題に繋がりかねない。

 少しの油断がとんでもない事に巻き込まれそうになるからだ。


「ところでアンタ、ウチの串焼きは買わんのか?」

「何の肉ですか? やけに香ばしい良い香りですが…」

「ワイルドホルスタインさ☆ この間、奮発して狩ってきて貰ったんだよ」

「ほう……アレの牛乳は極上と聞きましたが、肉ですか?」

「同じ牛のマーダーバッファローが食えるんだ、ホルスタインも食えるはず」


 試しに一本串焼きを買い、徐に口に頬張る。

 歯が肉をかんだ瞬間、じゅわりと肉汁が溢れ返り、香辛料と果実を煮込んだたれがその旨味を何倍にも引き上げる。


「こ、これは……肉汁の宝石箱やぁあああああああああああああっ!!」


 思わずどこぞの芸人に為るほどに美味かった。


「だ、大丈夫かい? アンタ…」

「いや、つい美味しくてお約束を……。50本ほど購入します」

「買い過ぎだぁああああああああああああっ!!」


 結局、串焼きを50本購入した。

 その後、色々食材や香辛料を買い入れ、ゼロスは鼻歌交じりで街を散策する。

 そして、気付いた時には迷子になっていた。


 そこは古い家が立ち並ぶ場所で、やけに暗い表情の大人達と、人を物色するようなギラついた眼をしたチンピラが多くいる場所であった。

 

「スラム? いや、旧市街と言った所かな?」


 スラムにしては街が整備されているが、街の治安自体は宜しくない様である。

 すれ違う連中はゼロスを胡散臭げに見て、時折地面に座り込んでる男に話をし街角へ消える。

 間違いなく騒ぎになる予感がするが、現在位置が分からなければどうしようもない。

 何しろ地図は、この街の三分の一しか記されていないのだから、そもそも現在位置を知る事は無意味になっている。


「取り敢えず、様子を見てみますかね?」


 当てもなく歩き続けると、噴水のある広場に出て来た。

 既に水が出ておらず、嘗ては水を湛えていた筈の噴水は見る影も無く寂れていた。

 人気の無い民家が数多く存在し、表側の繁栄とは真逆の荒廃のイメージである。


(ん~~? 二人? いや、三人か?)


 暗殺者のスキルでもある気配察知により、後をついて来る気配を敏感に感じ取った。

 その尾行は恐ろしく稚拙で、素人もそこまで酷くは無いだろうと言うレベルである。

 仮に大人で在ったら、ここまでズボラな尾行など絶対にやらない。


(となると……子供か?)


 こんな寂れた街なのだから浮浪児ぐらいは居そうであるし、仮に子供であったとしたら何の用があるかが気になった。

 ゼロスは何気に袋から串焼きを取り出し、口に運ぶ。


「おっちゃん!」

「おっちゃ……せめて、おじさんと言って欲しい…」

「どっちも同じじゃん、おっちゃん」

「まぁ、そうだが……何か、納得いかない様な……。で、何の用ですか?」

「肉くれ!」


 実に元気良く、悪びれもせずに堂々と言い切った赤毛の子供。

 見た感じでは女の子のようだが、汚れた姿と切り傷のある肌は男の子に見えなくも無い。

 日に焼けた肌が健康的だが、その割には痩せているように見える。


「肉ですか? 何で?」

「いいじゃん、ケチ!」

「いえ、見ず知らずの子供に上げるのは構わないのですが、それに味を占めて他の人に集る様な行動を執る様になっては、親御さんに申し訳が立たない」

「親はいない。孤児院がアタイらの住処!」

「孤児院? こんな場所に孤児院があるのですか?」

「あるぞ? 領主様が御金を出してくれてる」


 どうやら領主が運営している孤児院がある様だ。

 しかし、見た感じでは治安が悪く、とてもでは無いが子供を育てられる環境では無い。

 最悪犯罪者予備軍が生まれ、この辺りの治安は近い未来に更なる悪化を招きそうである。


「うぅ~ん……子供達は何人くらいいるんですか?」

「アタイを入れて四人、もう一人はちっちゃいからお留守番」

「君も小さいけどね……」

「アタイはもう、13歳だ! 立派な大人だぞ?」

「嘘でしょ?!」


 どう見ても幼い。

 恐らく栄養が足りずに成長が滞っているのだろう。

 そんな生活に健気に生きている姿が涙を誘う所を、ゼロスはグッと堪える。


「しかしね。ここで食べたら怒られるんじゃないかな? 一応孤児院だから大人の人がいるんじゃないかい?」


 恵んであげるのは構わないが、その後が問題なのである。


「シスターにも、持っていくよ?」

「……何か、逆に怒られると思う。ふむ……よし、僕をその孤児院に案内してくれないかい?」

「えぇ~~? 何で?」


 13歳にしては幼い思考で不満そうな声を上げる。

 だが、ゼロスにも言い分がある。


 仮にこの子達に串肉を与えたとして、『貰った』などと言う言い分を、果たしてシスターとやらが聞いてくれるのであろうか?と、いう疑問である。

 もし、この子たちが盗んだのかと思われれば、子供達は心に深い傷を負う事になる。

 流石にそれでは寝覚めが悪い。


「……そんな訳で、僕がきちんと説明させてもらいます。それに、こんな大きな袋を抱えて転んだら、串肉が駄目になりますよ?」

「地面に落ちても三秒くらいなら大丈夫だよ!」

「そうそう! おっちゃんは心配し過ぎ」

「僕達のお腹は、そんなに軟じゃないよ?」

「まさかの三秒ルール?! こんな世界にもあったんだ!」


 子供達は逞しかった。

 普段の食生活が気になる処である。


「食事前に手を出す可能性も考慮すると、ついて行った方が良いでしょう。何よりもこの街は治安が悪そうですから」

「みんな、良い人たちだぞ?」

「うん、よそ者には冷たいけどね」

「たまに野菜を分けてくれるんだ」

「おっちゃん、人間不信?」


 子供達は元気過ぎた。

 それ以前に、意外にこの旧市街は人情に溢れているのかもしれない。

 ゼロスを遠回しに見ていたのは余所者だったからだろうと、取り敢えず納得する事にした。


「それより孤児院に案内してください。ちゃんと説明して、快く受け取ってくれれば今日のご飯になりますよ?」

「「「「イエッサー!!」」」」

「どこで覚えて来るんだ……こんな言葉…」


 子供は知らない内に変な言葉を覚えて来る。

 ゼロスは、結婚で来たら自分の子には言葉遣いに気を付けさせようと心に誓う。


 まぁ、それでも変な言葉は覚えて来るのだろうが……。

 何にせよ、子供達に案内されゼロスは孤児院に向かうのである。

 

 これが、この子達と長い付き合いになると知らずに……。



 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 孤児院の方向は、良く見ればソリステア大公爵家の別邸が見える場所である。

 王族故に見る者に与える心理的影響を考慮した城のような別邸の外観が、旧市街の中からも良く目立つほどに確認でき、迷っていた筈が帰りは比較的簡単に帰れると安堵する。

 そうなると、孤児院の位置は新市街からも旧市街からも離れた場所に存在している事になり、子供達を育てるには些か不便な立地条件である。


 市に行くには遠回りになり、旧市街と新市街を迂回する形で行かねばならず、お世辞にも治安に不安を抱える旧市街は正直危険に思えた。

 街を散策していた時に目に留まった奴隷商人がいる事から、この世界は奴隷制度がまかり通るような政治状態で、尚且つ人攫いのような犯罪者が居てもおかしくは無い。

 そうなると孤児達は格好の商品に変わり、何も知らない子供達を攫って売り飛ばす連中がいる可能性が出て来るだろう。


 奴隷となる者達の前提条件として、働けない大人や犯罪者が身を落す事が挙げられるが、娼婦や性的嗜好を満たす為の奴隷として売られる事があるのだ。

 性別や年齢で値段が決まり、裏で取引されており、同時にそれを取り締まらず黙認している可能性も高い。

 何しろ孤児は役立たずとみなされており、教育を施さねば孰れ犯罪者予備軍に早変わりする事だろう。

 孤児院で教育して社会に出すにも金が掛かり、むしろ奴隷として売り飛ばされれば手間も金も掛からないのだ。


「世知辛い世の中だ……」


 若干、暗い気持ちで溜息を吐くゼロス。

 彼は基本的に奴隷売買は乗り気では無い。

 それどころか、毛嫌いしていると言っても良いだろう。


「おっちゃん、あそこ!」


 赤毛の少女が指さす方向に、やけに寂れた協会が建てられていた。

 この教会が孤児院なのだろうと思った時、その門の前に身なりの良い青年と騎士達の姿が見えた。


「あいつら……また来てる……」


 少女の顔には明らかに不快感を顕わにしていた。


「彼等は何者ですか? 貴族のようですが……」

「ここの領主様の息子、凄く嫌な奴…」


(マジ? これテンプレ? 神の采配って奴ですか?)


 面倒事の気配がぷんぷんと伝わって来る。

 出来る事なら避けたい所なのだが、嫌な大人の仲間と思われる所だけは子供にされたくない。


(穏やかに、静かに暮らしたいだけなんですけどね……)

 

 如何やら面倒事に巻き込まれたと、人生を諦めたかのような重い溜息を吐く。

 この日、自分が厄介事に巻き込まれやすい運命であると悲しい悟りを開くのだった。


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