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おっさん、余計な一言を言ってしまう

 テーブルを囲むように十数名の男性達は椅子に座り、ある人物を待っていた。

 集った男達の身なりは貴族風のものや、中にはどこかの民族衣装に身を包んでいる。

 彼らはソリステア魔法王国に外交できている各小国家の外交官で、ある人物からの呼び出しを受けた事に戸惑いを覚えつも、どんな協議がなされるか思案していた。

 現在小国家群はある国の侵攻や強制とも言える要請に悩まされており、また侵攻は受けていないが経済的な圧力で無理難題を押し付けられている国も存在する。小国からすれば実に頭の痛い問題であった。

 これまで小国家は互いの利益を尊重し、話し合いを以て時に助け合い、時に儲け話で国の維持に心血を注いでいた。

 戦争などは互いの利益を阻害するものばかりで、国自体が潤うものではない。だが、その小国家を邪魔する大国に対して手立ての立てようもなく、特に亜人種の国が標的にされていた。

 早い話が宗教戦争。今まで二つの国が滅ぼされ、その国の民は奴隷として売られている。

 各小国家こうした戦争で流れた奴隷達を受け入れ、慈善事業で彼等の生活の保障なども推し進めている。小国からすれば大国の横暴な行為はさすがにウンザリしていた。

 特に【イサラス王国】が悲惨であった。

 

 歴史的背景から山岳に住まざるを得ず、放牧以外に適した農耕はなく細々とした日々を暮らして行かねばならない国の貧しさと、発展しない工業。

 畑にする様な土地も少なく、唯一の国益の収入源である鉱物資源は安く買いたたかれる。

 薬草なども少なく、一度病が流行れば一気に国中に広がる事になる国土の狭さ。国を維持して行けるだけでも奇跡に近い極貧国家だが、更に悪い事にお隣の国では現在も戦争継続中。

 船で物資を運ぶにも、その戦争している相手国が物資を横取りしてしまい自国に廻って来る事はない。

 そう、隣国である【アルトム皇国】は【メーティス聖法神国】との戦争を未だに継続中であるが、【アルトム皇国】は【イサラス王国】に食料援助をしてくれている。

 恩義があるが故に敵に廻したくない国なのである。


「ハァ……」

「どうなされた? ヴェイス殿……」

「ルオウ・イルガン殿……。最近、本国でメーティス聖法神国が同盟しろと五月蠅いらしいのだ。私としては貴国とは敵対したくはない。しかし……」

「戦力と経済面で圧力を掛けて来ると言う訳か……忌々しい国だ。神の名を騙る侵略者共が……」

「だが、食料事情を考えると……。恐らく、奴らの目的は貴国を包囲する事なのでしょう」

「でしょうな……。何の援助もせずに献金ばかりを押し付け、生かさず殺さずの生殺し状態にする気なのであろう」

「傀儡国ですか……。だが、このままでは断る事もできん」


 ヴェイスは重い溜息を吐く。

 そんな彼を黒い翼を持つ亜人種のルオウは気の毒に思う。

 二人は長い事友好を温めてきた友人同士であった。そんな二人は互いの祖国同士で殺し合いなどしたくないと思っている。しかし、国の決定次第ではそうなる可能性が高く、どちらも気が重い。

 

「奴等には神聖魔法がありますからな。治療魔法が使えない我等には辛いところですよ」

「まさか、神官の派遣も支援の中に含まれているのか?」

「えぇ……。我等の魔法は攻撃系が多く、治療を施す事が出来ない。それを逆手に派遣とは名ばかりの監視だろう。魔法薬は作れるが、素材を集めるにはファーフラン大深緑地帯に踏み込まねばならない。決定打が乏しく要請を強く押し返す事が出来んのだ」


 イサラス王国は人手も不足していた。

 山間に囲まれた小さな国なので、収入源は鉱山しかない。

 アルトム皇国に食料援助を受けてはいるが、山間に築かれた砦を挟んで直ぐ傍にメーティス聖法神国があるため、侵攻されれば直ぐに陥落されてしまう。

 アルトム皇国にとってはイサラス王国が消えるのは望ましくない事態である。


「しかし……ソリステア魔法王国は何ゆえに我等を集めたのであろうか? どの国もメーティス聖法神国の周りに列なる国ばかりだ……」

「分からん。だが、我等を呼んだのはあの御仁だ……」

「……デルサシス公爵。私はあの方が恐ろしい……何をしでかすか分からん怖さがある」


 外交官達にとってもデルサシス公爵は危険な相手であった。

 敵に廻せば大国すら滅ぼす事が可能と思わせるヤリ手で、色々と問題を抱える国同士の交易の中で多額の儲けを叩き出し、その上で商売相手にも多大な利益を齎してくれる。

 だが、逆に見れば敵対すれば即座に潰され、多大な打撃を経済的に与えて来る強敵でもある。

 油断のならない交渉相手であった。


「一度……軍務諜報部が侵略仮定国としてこの国を調査したらしいのだが、既にサントールの街への侵攻ルートが塞がれていたらしい。いや、軍部の奴等は本気で侵攻する気でいたようだが、その出鼻を折られて恨んでいる。馬鹿な事をしたものだ」

「いや、ヴェイス殿。貴国の立場ならそうせざるを得まい……事情が事情だからな」

「だが、交渉の面で不利になった事は確かだ。何とかせねば、我が国との交易を塞がれ兼ねん」

「あの御仁なら既に情報を得ていたとしてもおかしくはない。底が見えぬところが恐ろしい……」

「軍部での失敗はどうでも良い。厄介な仕事を増やされたのが問題なのだ。今後の事を思うと……私は頭が痛い……」


 イサラス王国の軍部は仮想敵国を想定し、諜報員たちをこのソリステアに派遣させたが、状況に応じては戦争を実行に移す事も厭わない覚悟だった。

 実際にソリステア魔法王国内で魔法薬媒体の実験を行ったと報告を受け、その事実を知った時に彼は机に頭部を何度も打ち付けた。その実験を行った場所がソリステア公爵家の領内で、この事実が知られれば最悪の事態になり兼ねない。

 ヴェイスは『余計な事をしやがって、こっちの苦労も考えろよ!!』と、遠回しに恨み言を書いた書状を本国の軍部閣僚に送り付けた。

 その後に送られてきた書状には『何とか誤魔化してね? バレたら国がヤバイから、ゴマを擂ってでも機嫌を取って、お・ね・が・い♡』と、要約すればこんな内容が書かれていたのである。

 頭が禿げるか胃に穴が開くのが早いか、もしくはストレスでおかしくなるか、ヴェイスは苦しい立ち位置にいた。


「鬱だ……いっそ、この国に亡命したい……」

「深刻ですな……」


 諸国の外交官が様々な意見を交わす最中、彼らを集めた張本人であるデルサシス公爵が、黒服の男達と共に現れた。

 どこか疲れの様なものが見えるが、その眼光は皆の言葉を失わせるほどに鋭い。

 このデルサシス公爵は王族と言われても納得できない危険な気配を感じる。外交官たち全員にアンケートを取れば、誰もがマフィアのボスか手練れの軍人と答えるだろう。

 その手腕は容赦ない交渉で相手の要求を踏まえたうえで、互い利益を得られる妥協点を引き出し、決して相手に一方的な旨味を与えない。

 下手に粘れば簡単に国交断絶を選び、場合によっては交渉国の敵対国と手を組む事も平然とやってのける。しかも大打撃を与えて来るからタチが悪い。

 敵に廻したくない相手というものは多くいるが、敵に廻す事が出来ない相手というのはデルサシス公爵以外で見た事がない。

 そのデルサシス公爵は静かに椅子に座り、外交大使達を睥睨する。


「さて、貴殿等を待たせてしまった事は申し訳ないと思う。少々手間取る案件があったのでな、申訳ない」

「いえ……それで、我ら各国の大使を呼ばれたのは如何な事でしょうか? 何か重大な事に思われるのですが」

「うむ、先ずはこれを見て貰おう……」


 デルサシスの合図で黒服達は、部屋に設置された黒板に地図を張り付ける。

 女給達は書類を各外交官達に手渡し、その中身が不条理な交易取引の内容が事細かに記載れていた。

 地図に関しては【メーティス聖法神国】の現在の侵攻ルートと、それに関する商人達の交易ルート、並びに物流の流れが書かれている。


「現在、我が国を含めてだが各交易都市に【メーティス聖法神国】の司教達が派遣されている。同時にその収益で得られた税の何割かが彼の国に流れているのは理解していよう。そうなった大きな理由がなぜかわかるかね?」

「それは……神官達の使う神聖魔法のためですね。怪我などを癒す回復魔法が神官以外に使えず、その重要性から彼等を受け入れざるを得ない」

「多くの神官達を受け入れ民達に治療を施し、その収益がメーティス聖法神国への献金として流れる。また、四神教への信仰の証として物価の何割かを削減し、交易に対して優遇政策をとっているのが現状ですね」

「問題は、我等にとって不平等で条件を吞まねば神官達の派遣を止め、国から引き上げると脅している事だろう」

「人を癒す神聖魔法が使えるのが神官達だけなのだ。我等では怪我人を癒す事は出来ない。また、魔法薬は比較的高価になりがちだ。不条理だが条件を吞まざるを得まい」


 病や怪我を癒せる回復系魔法は現時点で神官達しか使えない。薬や魔法薬は民が手軽に入手できないほど高価で、神官の治療を受けた方が安く済む。条件がいかに不利益でも各国家は神官達を一人でも多く国内に招き入れたい。

 そのためには【メーティス聖法神国】との交易をできるだけ優遇し、御機嫌を窺わねばならないのが現状だった。回復魔法が使えるという事はそれだけで国にとって必要な人材なのである。


「ふむ、では……その前提条件が崩れたらどうなると思うかね」

「「「「……ハァ?」」」」

「困惑しているな、言い換えよう……。魔導士が回復魔法を使えたとしたら、今の各国がしている優遇政策の条件はどうなると思うかね?」

「……ま、まさか………いや、そんな馬鹿な事が……」

「あり得ない! 神聖魔法は神官特有の魔法だった筈だ。それを魔導士が使えるというのですか!?」

「その意見は少し誤りがあるな。そもそも神聖魔法というものは存在しない。魔導士も回復魔法を使う事は可能で、神官達が使うより効果が些か劣るだけだ」

「な、なるほど……【職業技能】の効果と言う訳ですか。しかし……そんな事を公表すれば、あの国が何を言いだすか分かりませんぞ?」

「特に、イサラク王国とアルトム皇国の立場が危うい筈。交易ルートがオーラス大河しかないうえに、現在は戦の最中ではないですか」


 大国を敵に廻すのは危うい。しかし、条約を結んでいる以上たとえ不平等でも裏切れず、逃す収益の大きさは馬鹿にならない。

 ただでさえ小国は交易が重要な国益に繋がるのに、今結ばれている条約では国を潤すほど金が廻らないでいるのが現状だ。また、神官達にも様々の性格の者達がおり、治療費に法外な金額を吹っかけて白い目で見られている。治療に措いての規定金額が定められていないのが問題であった。


「要は回復魔法を使うのが神官職でなければ良いのだ。一昨日前、医者でもあった錬金術師スキル保持者に回復魔法を覚えてもらったところ、固定職が【医療魔導士】に変わった。つまり、回復魔法を有効に使えるのは神官だけではないという事実が判明した。あの国にいつまでも大きな顔をされては我等も困るのだよ」

「た、確かに……しかし、神聖――回復魔法はあの国が独占しておりますぞ? 喩え回復魔法が使えると分かっても、魔法スクロールが……」

「それは我が国が各々方の国に進呈しよう。後は複写し時間差を置き公表すればよい。回復魔法を国同士で提携して開発したとな。理想としては、各々方の国内で【医療魔導士】を数名用意してくれると信憑性が上がるな」

「「「「!?」」」」


 デルサシス公爵が本気で神官達の権威を落す事を考えていると分かり、外交大使達は背筋に冷たいものが走る。メーティス聖法神国の優位性を完全に奪い去る事を企み、そのうえで回復魔法を無償で譲り渡すと言っているのだ。

 スクロールはコピーする事も可能で、小国にとってもメリットは大きく、これ以上司教や神官達の無茶な要望を答える必要がなくなる。

 それは余計な出費を国家予算から捻出する必要がなくなる事を意味し、同時に商人の交易も対等の立場に戻せる。武力で圧力を掛ければ四神教の立場は酷い事になる。

 更に言えば、この策に乗れば小国同士が同盟を組んだ事になり、全ての国の軍事力を束ねればメーティス聖法神国の軍事力を越える事になるだろう。

 だがそれは理想であり、現実には難しい事が二つの国だけが気付いていた。

 イサラス王国とアトルム皇国である。


「待ってください。確かに公爵殿の策が実現すれば素晴らしい……。しかし、アトルム皇国は現在戦の最中。更にその隣国であるイサラス王国は交易がままならない状況です。同盟を組んだとしても今の状況では二つの国の状況が問題になります」

「オーラス大河の交易ルートが塞がれている件か? 問題ない……各々方は、我が国内にある旧時代のドワーフ達が築き上げた地下都市の事は知っておいでかな?」

「あの地下遺跡ですか? 未だに機能している数少ない生きた魔法都市………そ、それでは!?」

「うむ。あの地下都市を経由する交易ルートを作り、オーラス大河とは別に陸路を造れば良いだけの話だ。幸にもあの地下都市の地下大街道は二つの国を挟んで我が国まで続いている。そこを上手く利用するべく昔から調査団を送り、現在も修復工事が着実に行われている」

「「な、なんと!?」」

「あの都市にもドワーフ達が住みついているからな、我が父であるクレストン前公爵から資金提供を行い、最近開発した魔法を利用して急速に修復が進んでおる。工事の進行状況は想像以上に早いぞ?」


 つまり、これからは水路だけでなく陸路でも交易が可能となり、メーティス聖法神国による物資の略奪を防げるようになる。しかも前公爵の時代から工事が進んでいるとなると、その交易ルートの工事進行具合は想像以上に進んでいる事だろう。


「お待ちを! な、なぜ我が国の地下を通る地下道を修復などしていたのですか! まさかとは思いますが、侵攻すら念頭に……」

「それは考え過ぎだな。わが国では鉱物資源が乏しく採掘できる鉱山も限られている。イサラス王国は鉱山が豊富にあり、交易するにもあの国が邪魔なのだ。理解しておいでであろう? あの国はイサラス王国を取り込もうとしている事を……。その企みを根底から覆す。同時に我等多国籍同盟も支援できる」

「なるほど……。つまり、これ以上はメーティス聖法神国の横暴を許す事が出来ない。打撃を与える為には無茶な策を実行に移す必要があったと……」

「あの国は、我がソリステア魔法王国を目の敵にしておるからな。出る杭は打つに限る」


 以前からメーティス聖法神国の包囲網を考えていたのだろうと各国家の大使達は思った。

 だが、それを実行に移せなかったのは決め手となる切り札が存在せず、同時に回復魔法を使える神官の数が問題だった。

 神官は回復魔法だけでなく、防御に関する補助魔法の効果が高い。

 戦場でこうした補助魔法を集中的に掛けられると敵を倒すにも困難であり、いくら魔導士が攻撃に特化しているとはいえども、補助効果で相殺されてしまう。魔法は戦場で決め手にならない。

 また、神官の中には近接戦闘を行う者達もおり、背後で魔法を打つだけに定着した今の魔導士では相手が悪い。古い体制を打破しなければならないが、今の魔導士団は頭が固い連中が多かった。

 数でも質でも微妙な以上、戦争になれば被害の面では分が悪く迂闊に敵対するには得策ではない。ならば政治面で優位に立たねばならないと色々と策を講じて来たのである。


「軍事面で向こうは優位だからな。ならばその根幹を叩き折れば奴らは疑心暗鬼になるだろう? 魔導士が回復魔法を使う。それは神官達にとって、自分達の信仰の根幹を揺るがしかねない大事なのだからな」

「自分達の信仰に疑問が生まれる。神聖魔法の優位性が失われれば、自ずと衝撃は一気に拡大するか……恐ろしい手を使いなさる」

「だが、最近のメーティス聖法神国の行動は目に余る。この辺りで打撃を与えておかねば我等が搾取されるだけになるだろう」

「うむ……最近では献金の額が高くなりつつあるからな。これ以上は祖国にとって財政がキツイ」

「この話に乗りましょう。ですが、奴等には勇者共がいますぞ?」

「ふむ‥‥‥勇者一人の相手なら、我がアトルム皇国の戦士達一人いれば防げるだろう。すでに半数が死んでいる故に迂闊に戦場へ投入できまい」


 勇者達の戦力は侮れないが、一人当たりの戦力が相手なら何とか出来る。

 各国家が手を組めば大国とも対等に渡り合えるのだ。メーティス聖法神国の法皇や司教達はその事に気付いてすらいなかった。

 この日、小国家は団結の意を示し、宗教国家の独善で強引な政策に真っ向から対決する姿勢を取り始めるのだった。

 悪巧みの準備や調整は着々と進み、その結果が出るのは数ヵ月先の話である。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 ――ガン、ガン! カチャカチャ……


 金属を叩く音や何か細かい物を取り付ける音が静かに流れる。

 日差しが差し込む庭先で、灰色ローブのおっさんは機械いじりの真っ最中。

 製作しているのは洗濯機だが、試作段階なので今は洗濯槽が動くのかテスト段階であった。

 鼻歌交じりで簡単な構造の物を組み立てているのだが、稼働させては調整を繰り返している。回転盤が高速過ぎて水を吹き出したり、攻撃魔法の【アクア・トルネード】のような水竜巻を発生させたりと、今のところは失敗続きである。

 構造自体は問題ないのだが、過剰な魔力流入で性能以上に威力を発揮し、これまで三度ほど分解してしまった。今は四度目の組み立て作業中である。


「何が不味いのか……やはり魔石の大きさか? ここは魔宝石に変えるべきだろうか? う~ん、魔法式で制御できる筈なのだが……わからん」

「おっちゃん、また失敗したのか?」

「凄い穴が開いてるよ? おっちゃん……」

「さっきも爆発してたよね?」

「それより肉をくれよぉ~、ジューシーな肉をぉ~」

「根を詰めても上手くいくとは思えんが? それよりゼロス殿、拙者と死合をしてくれぬか?」


 子供達は相も変わらずだが、一人物騒なのがいた。

 やけにギラついた視線を送るカエデは、今にも抜刀しそうな殺気を放っている。

 本気で強い相手と手合わせを望んでいるようだ。


「もしもし、カエデさん? 君、先ほどザンケイと斬り合ってましたよねぇ? まだ足りないのかい?」

「偶には違う相手とも手合わせねば、己の強さなど測れぬ。世界の広さを知りたいのだ」

「だからって、死合はないでしょ……極端すぎる」

「刀なぞ、人を斬ってなんぼです。命の重さを積み重ねた数だけ拙者は強くなれる」

「それ……何気に僕を斬り殺すと言ってませんかねぇ?」

「フッ……剣士の数は決して増える事はない。なぜなら一人の強者が生まれるたび、一人の剣士が命を散らすのだから……」

「遠い目をして言わないでほしい。君はどこの騎士だ?……殺伐しすぎてヤバイんだけど」


 コッコ達と鍛錬を続ける度に、カエデの修羅道は血を求めて行く。

 これでハイ・エルフだというのだからおかしい。


「そろそろ拙者達も実戦を経験したいのだ。アンジェ達も狩りに行く気ですぞ?」

「誰かが監視していないと不味いな。ジャーネさん達に頼んでみては?」

「ジャーネねぇちゃん、まだ早いとか言って引き受けてくれなぁ~い」

「誰も最初は初心者なのにね。大人はいつまでも子供扱い、いつになったら狩りをさせてくれるのさ」

「おいら達はいつまでも子供じゃないんだよ?」

「肉が食いたい……今日は鶏肉が良い」


 ゼロス自身も思っていたが、そろそろ子供達に狩りなどを教えても良い頃であろう。

 ダンジョンで一攫千金を狙う子供達は、当然だが傭兵登録を目指している。装備などの整えるにも金が必要で、今の小遣い程度の稼ぎでは追い付かない。

 だが、未熟な者達を森に入れるのも問題があった。誰かが監視をしていなければ、下手をすれば死ぬ事になる。もしそんな事になればルーセリスは泣くであろう。

 

「う~ん……適度な強さの護衛がいれば良いのだが……」

「その辺りは問題ない。我等には友がいる」

「友? そんなのがいるんですか?」


 子供達の背後に、やけにやる気に満ちた5羽コッコ達の姿があった。

 このコッコ達が友なのだろう。 


「なるほど……これ以上に無いほどの護衛だ。けど、狩りは近場でやらないと駄目だぞ? 街の周囲の森で腕を上げ、【職業スキル】も獲得した方が良いだろうねぇ」

「そんな訳だからおっちゃん、魔法スクロールをちょうだい♪」

「俺、攻撃魔法が良い」

「補助魔法も欲しいなぁ、できれば身体強化」

「身体強化は錬気功で充分じゃないか?」

「肉を狩りに行くんだ。毎日肉が食べられれば、こんなにうれしい事はないよ」

「拙者も魔法を覚えるべきだろうか? エルフだから魔法の適正は高いはず……」


 相変わらず子供達は逞しかった。

 普段は治安の悪い街の中を歩き回り、様々な場所から情報収集を行っていたようだ。

 誰も教えていないのに、計画性を以て行動している様に思える。


「ルーセリスさんと相談してからじゃないと駄目だね。僕の一存で勝手に決めて良い話ではないよ」

「確かに……しすたーと話し、筋を通すのが当たり前であるか」

「けど、シスターが聞いてくれるかな?」

「過保護だからね、シスター」

「心配し過ぎなんだよなぁ~。もう少し俺達を信じて欲しいよ」

「にくにくにくにくにく………」

「まぁ、ルーセリスさんが君達を心配するのは当たり前だが、その上で夢を叶えたいのなら一度は本気で話し合う必要はあるよ? 傭兵の世界は自己責任、失敗しても誰も責任は取ってはくれないからねぇ」


 今のところ子供達は勝手に動き回り、好き勝手にやりたい事をやっているだけに過ぎない。

 しかし、それはルーセリスの庇護の元に許されている訳で、本気で何かをやりたいと願うなら話し合う必要がどうしても出てくる。


「えぇ~……おっちゃんが説得してよ」

「駄目って言われたら、どうしようもないじゃん」

「絶対ついて来るよね、シスター……」

「心配性だから……」

「世話になっている以上は義理と筋は通すのが武士の礼儀。避けては通れない」

「君達、人任せはいけないよ? 自分達の将来を決める大事な事だから、本気で話し合う事を薦めるよ」


 子供達のやる気は分かる。

 しかし、ここでおっさんはある疑問が沸き上がった。


「そう言えば、君達は装備があるのか? 剣とか弓とか、防具などもそうだね」

「ふっふっふっ、アタシ達を舐めちゃいけない!」

「無い金を集め、貯え、そして……」

「ついに中古の装備を買ったのさ!」

「サイズが合わないけど……にくぅ~………」

「拙者に合う装備がない……。動きやすさを重点に置いた装備はないものか……」

「……駄目じゃん。変な所に障害があったか………」


 栄養乏しく成長に著しい問題を抱えた子供達は、一般に販売されている装備を着こむ事が出来なかった。

 カエデにいたっては文化から来る装備品の質や形状が肌に合わず、どうしても忌避感を持ってしまうようである。こうなると特注で作るしか手がない。


「最近、身長も伸びて来ているみたいだし、成長に合わせて装備を変えていかないと不味いかな。装備できない様じゃ話にならない」


 子供の成長は思う以上に早いものである。

 たった一年で見違えるように背が高くなる子もいる訳で、成長の早さを計算して装備を作らねば直ぐに買い替える様になってしまう。これでは金がいくら有っても足りないだろう。

 ましてや孤児達では買い替えるにも資金的に痛い問題だ。


「そうだなぁ~、ルーセリスさんを説得で来たら装備を作ってあげるよ? まぁ、簡単な物だけどね」

「おっちゃん、本当?」

「嘘じゃないよな? おっちゃん」

「マジで? よし、シスターを探すぞ!」

「俺、お腹が大きすぎるんだけど、大丈夫?」

「カイよ……お主は痩せた方が良いと思うが? 体重が重いと動きを阻害する事にもなるのだぞ?」


 子供達は意気揚々とルーセリスを探しに行く。

 狩りが出来る事は傭兵になるには必要の技能であり、索敵をしたり待ち伏せなど【狩人】の職業スキルは何かと使い勝手が良い。覚えるには実際に狩りを体験せねばならないのだ。


「んじゃ、シスターとOHANASHIして来るね」

「白黒つけて来るぜ!」

「俺達の覚悟を見せてやる!」

「狩りができれば肉が食い放題……。肉王に俺はなる!」

「一命を賭して説き伏せる所存」

「君等……何しに行くの? 説得だよね? 許可を取りに行くんだよねぇ!?」


 思い立ったら即行動。子供達を止める事は誰にも出来ない。

 夢に向かい走り続ける彼等は熱き滾りを抑えきれず、魂の赴くままに走り出す。

 そこにはある種の覚悟の様なものが見え隠れしていた。


「ルーセリスさん……大丈夫かねぇ。あの子ら、無茶をしなければいいんだが」


 炊きつけてしまった手前、おっさんは少し心配になった。

 土煙を立て爆走して行く子供達の背を、冷や汗を流しながら見送るのである。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


「おじさぁ~ん……私の装備、仕上がってる……?」

「酷くお疲れだなぁ……。それ程ハードな仕事だったので?」


 夕刻、ジャーネ達に引き摺られて来たイリスは、精も根も尽きた表情で装備強化の進行具合を聞いてきた。なぜか目元にクマがあるのが気になる。

 剣や盾を装備した駆け出し剣士風で、いつもの魔法使いスタイルではなかった。


「徹夜でもしてきたんですか? 何か、同人誌を期日ギリギリで仕上げて、コミケ三日前に印刷工場に入稿するサークルメンバーみたいだが……」

「つっこまないよ? 今はそんな気分じゃない……」

「ゴブリンを相手にしてイリスに近接戦闘をさせてみたんだが、生き物を武器で殺す事に抵抗があったようでな、しばらくしたら吐くようになって……」

「メンタル弱いわよね。魔法で殺すのと大して変わりないでしょうに……」

 

 呆れた顔をし言うレナ。だが、現代日本で生きてきたイリスにとって精神的なショックは大きいだろう。


「剣でゴブリンを刺殺した時の感触が……。メイスで撲殺した時に頭蓋骨が陥没する時の手応えが……」

「まぁ、初めて接近戦で殺し合いをしたんだから、気分が悪くなるのも頷けるが……。マジで顔が青いよ? そんなにキツかったのか?」


 現代日本で生活をしてきたイリスは、自分の手で生き物を殺した事が一度たりとてない。

 いや、アリなどを踏み潰した事はあるだろが、さすがに手乗りサイズ大の生物を殺す事に抵抗があるのも無理もない事だろう。むしろ嬉々として殺せる方が問題だ。

 さすがに気の毒なので椅子に座らせる事にする。 


「初めて自分の手で殺したんだぞ? こうなるのも分かる。アタシもそうだったし……」

「ジャーネは訓練の時に泣いてたわよねぇ~? あの頃は可愛らしかったのに……」

「悪かったな……今は可愛くなくて」

「いやいや、ジャーネさんは可愛いですが? 思わず押し倒したくなるくらいに」

「真顔でそんな事を言うなぁ!! アタシを揶揄ってそんなに楽しいか!!」

「そうやって過剰に反応するから可愛いのよ。愛されていると思えば良いでしょ?」

「愛!? にゃにをいって……」


 過剰に反応して狼狽える姿は確かに可愛い。

 だが、そんな騒がしい状況下でもイリスは反応せず、テーブルに突っ伏していた。

 生き物を殺すという行為に対し、倫理観が崩壊しそうになっているのだろう。


「まぁ、慣れるしかないな。魔法で殺すも武器で殺すも結果は同じ、それなのに罪悪感を感じる方がおかしい」

「おじさん……ドライだね。血の臭いが消えないんだよ? 解体だって……」

「解体……したの? マジで? さすがに飛び過ぎでしょ。最初は武器で殺す事に慣れるべきだと思うが……」

「アタシも止めたんだが、意志が固くてな……。で、こうなった」

「だって……早く慣れないと、この世界で生きるのは辛いし……」

「イリスに聞いたけど、フェアリー・ロゼって、そんなに酷いの? そこまで残酷なの? 妖精よね?」


 妖精が生存できる箇所は限られており、あまり街の中で見かける事はない。

 そのためか、おとぎ話に出てくるようなイメージがこの世界でも定着していた。しかし実際はそんな可愛げのある生物ではなく、善悪の倫理観がないゆえの無邪気な殺戮を行う存在であった。


「被害者がどんな目に遭うのか記録した絵ががあるけど、見てみるかい? あまりお勧めはしないけどね」

「傭兵としては……必要な事…よね?」

「何か、怖いが……気にはなるな。もしかしたら討伐依頼を受けるかもしれんし……」

「私は遠慮しとく……今見たら多分だけど吐くから……。お肉もしばらく見たくない」

「重傷だなぁ~……」


 そして取り出したしましたる一枚の絵。

 それを手に取り見た瞬間、レナとジャーネは全力で外に走り出して行った。


「強烈だなぁ~……。凄い威力だぁ~ねぇ~」

「あの二人もお肉が食べられなくなるね……。たぶん、私が今日見て来たものよりも百倍酷いんでしょ?」

「見てみるかい?」

「……やだ」


 ツッコミにいつものキレがない。

 

「まぁ、これで殺す覚悟は出来たでしょ。心の底まで慣れろとは言わないけど、この世界は弱肉強食。弱ければ死ぬと理解できただけでも大いに進展だねぇ」

「弱ければ死ぬ……。うん……理解はできてるよ。これはゲームじゃないんだよね……」

「そう、過酷な現実だ。身の危険に曝された時、人を殺せないようじゃ生き残れない。ここはそういう世界だ」

「頭では理解できるんだけど……どうしても感覚的に受け入れきれないんだよぉ~」

「気持ちは分かるけどね。甘さは捨てるべきだ……でないと自分が死ぬ。あっ……戻ってきた」


 青い顔をした二人がフラフラとこちらに戻ってきた。

 精神的なダメージがよほど大きかったのだろう。


「なんてものを見せるんだ……。悍ましいにも程が……ウプ!」

「妖精って……残酷なんて言葉が生易しい。悪魔よ……これは悪魔よ……」

「実際、悪魔が誕生しそうになってたなぁ~。生まれて来るのを待つ必要もないから消し飛ばし……あっ」

「おじさん……あの時、村の人に魔力溜まりが過剰反応して爆発したって説明してたよね? 何かをやらかした事は知っていたけど、何をしたのかまでは教えてくれなかったよね?」

「この世には、知らなくても良い現実というものがあるのさ。知ったら不幸になる様な真実が……」


 おっさんは必死だった。

 確かに知らなくとも良い真実は存在する。しかし、この場合で不幸になるのはおっさんだけである。

 イリスは現実とゲームの感覚が混同していたが、ゼロスの場合は攻撃に際しての感覚がゲームの時のままであった。

 現実をしっかり見てはいるが、いざ戦闘となると『敵は殲滅すれば良いや』と短絡思考に切り替わる。

 人命などの優先事項がない限りおっさんはまともに考えず、問答無用で容赦無しに魔法をぶっ放す。ある意味イリスよりも酷いが、本人にその自覚がなかった。

 転生した時になまじ凶暴な魔物が数多く生息する場所に放り出された事が原因か、敵は真っ先に始末するという感覚が定着してしまい、無意識下において確実に敵を消し飛ばせる手段を選んでしまうのである。


「まぁ、それはどうでも良いとして、今日は何の……あー、強化した装備を取りに来たのか」

「忘れてたんだ……」

「いや、さっきまで天日干しをしてたよ? 取り込んで奥に陰干ししてあるから、勝手に持って行ってください」

「適当だな、おっさん」

「実験とか言ってたし、どんな事になってるか不安ね」 


 フラフラと奥の部屋に自分の装備を取りに行くイリス。

 そんな彼女の背中を見ながらも、おっさんはジャガイモの皮を包丁で剥き始めていた。

 これから夕食の準備である。翌日の朝食分も作る事で手間も省くのだ。


「ゼロスさん……この粉末はなに?」

「複数の香辛料を混ぜたカレー粉。たしかマサラだったっけか?」

「カレー? 聞いた事はないな‥‥‥。美味いのか?」

『フゥオォ―――――――――――――ッ!?』

 

 いきなりどこかのマスクマンのような声が、ドアの内側からあがる。

 何事かと振り返ると奥の扉が開き、やけに興奮したイリスが改良装備で飛び出してきた。

 まぁ、デザインは自体は変わらないが、色合いが薄くなっていたり、レースのあしらえた箇所が銀色に輝いていたりと多少の違いが見受けられる。

 少し地味な色合いであったローブが、色落ちや化学反応などで随分と良い方向に艶やかさが加わっていた。


「おっ、おじさん……!! こっこっこっ、コレ、もらって良いの!? マジで!?」

「『もらっても』って……元よりイリスさんの装備でしょ。僕が持っていても使い道がないんだが?」

「いや……もしかしてだけど、女に変身して着てみれば良いんじゃないの?」

「やらねぇよ!? 何て恐ろしい事を言うんだぁ!!」


 いきなり悍ましい事を言いだし、思わずツッコむおっさん。

 イリスは気が動転するほど興奮しているようである。


「イリス……何でそんなに興奮してるんだ?」

「そんなに凄い強化をされちゃったの?」

「レナさんが言うと、何かエロい……。そんな事はどうでも良いよ。これ、強化なんてものじゃないよ!? 【魔力回復効果増大】や【魔法効果増大】、【物理攻撃耐性UP】に【魔法耐性強化】の補助能力が強化された上に増えてるぅ!」

「ちなみに、強化の値段は実験の意味を踏まえて差し引いたとして……これくらいかな?」


 ソロバンを弾きながら金額を提示すると、凄く良心的なお値段だった。

 イリスは『おっしゃぁ! 払ったらぁ!!』とその場で金を払う程に安かった。


「アタシの装備も強化して貰おうかなぁ~……凄く羨ましい」

「ジャーネや私の場合、強化に使う金属が必要になるわよ? どこかで採掘してこないと駄目ね」

「他の職人が失業するって意味が分かったよ。おじさん、チート過ぎる」

「まぁ、それは二人の自由意志に任せるけど。さて……夕食の準備でもするか」

「こ、ここにあるの、ひょっとしてカレー粉!? 食べたい! おじさん、手伝うから私にもカレーを頂戴!!」

「カレー、好きなのかい? 一応、僕好みの辛口なんだけど……」

「大好きっス! けど辛口……う~ん。背に腹は代えられないっス、手伝うから食べさせて」


 イリスは甘口カレーが好きだった。

 だが、懐かしい味を求めてやまないのは転生者の性であろう。

 苦手だが妥協し、久しぶりのカレーの味を求める選択を選ぶ。


「まぁ、いいけど……。じゃぁ、野菜の方をお願いしようか。さて、肉は……ワイヴァ―ンでいいか」

「「「ワイヴァ―ン!?」」」


 こうして始まったカレー作り。

 二時間じっくり時間を掛けて作られたワイヴァ―ンカレーは、四人の想像以上に美味だった。

 このカレーは半分ほど孤児院にお裾分けしたのだが、翌日早朝には綺麗に食い尽されたという。

 更に強襲して来た子供達に発見され、鍋に焦げ一つ残らないほど舐め尽されたのだ。

 勝手知ったる他人の家、子供達は今日も色んな意味で飢えている。

    


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