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オッサンのいない日常10

「頼む、同志よ! 俺に……仕事をくれ!!」

「・・・・・・・・・・」


 ツヴェイトが大図書館に向かう途中、偶然に出会ったエロムラ君。

 そのエロムラ君が突然、彼の前でThe’DOGEZA。

 そこに恥も外聞も捨て去ったある意味で実に男らしい見事な作法に、周囲からもの凄い好奇の目に曝されたツヴェイト君は、正直めっちゃドン引きしていた。

 そして、それ以上に周囲の目が恥ずかしい。


「お、おい……同志よ。会うなり、いきなり何の真似だ?」

「俺に仕事をくれ! このまま無職だと、俺は夢の奴隷ハーレムが作れない……。頼む! 俺に……俺に仕事をくれ!! この通りだぁ!!」

「奴隷ハーレム? お前……まだ諦めてなかったのかよ」

「男なら、夢に向かって突き進むもんだろ! 確かに俺は間違えた、それは認めよう。だが、それでも捨てられない思いというものはあるだろ? ハーレムは男にとって最大の夢だ!!」

「堂々と言い切りやがった。ある意味では男らしいが、こんな場所で言う事じゃねぇだろ!」

「恥だという事は充分わかっている! しかし、俺はこんな事を頼めるのは同志しかいねぇんだ。だから頼む、俺に仕事をくれ!」

「恥だと思うのはどっちだ? 奇妙な体勢での仕事斡旋の嘆願か? それとも、奴隷ハーレムの方か?」


 奴隷ハーレム。ラノベなどで定番のリア充生活の様に思えるが、実際に行うと難しい。

 そもそもソリステア魔法王国において、奴隷は人権が守られている。確かに奴隷から夫婦関係に発展する事も少なからずあるが、それはかなり少ない例に当たるのだ。

 奴隷とは言わば労働者の斡旋であり、当然給料や生活の面倒も見なければならず、契約に従って借金を返済終える事により奴隷期間が消える。

 魔法契約によって縛られた期間と返済を終えれば自由の身となる訳で、その間に恋愛関係に発展しなければそれで終わり、恋愛症候群ラブ・シンドロームの最中に意中の相手と契約できるならいざ知らず、普通に奴隷契約して恋人関係にいたる事など滅多にない。

 奴隷は仕事がない故に売られる訳で、労働者として技術や給料を得られれば奴隷契約期間を終えても、別に現在の主人の下で働く必要はない。

 主従契約が切れても無理に縛り続ければ、逆に法外な違約金を払わされる事になる。それはこの国の労働基準法で定められた事で、エロムラ君が言うような奴隷ハーレムなどないに等しい。

 良く考えると、奴隷と主人の関係から恋愛に発展すれば、奴隷契約が終了した時点で籍を入れる事になる。実際に奴隷ハーレムなどあり得ない。

 また、夫婦になれば当然税金も納めなくてはならず、一夫多妻を維持するにも相応の金が必要であった。


「まぁ、護衛になるのは良いとしてもよ? お前……奴隷の税金を払い続けるほど金を稼げるのか?」

「剣と魔法には自信がある。この辺りで大量繁殖した魔物程度なら殲滅できるぞ?」

「いや、なら傭兵でも良いだろ。何で俺の護衛なんだよ……」

「……公爵家の護衛騎士なら、給料は良いのかと思って……」

「悪くはないが、親父の配下だぞ? 俺の一存では決められん。何しろ自由になる金なんてないからな」

「公爵家なんだよな? 税金徴収でウハウハなんじゃねぇの?」

「んな訳あるか! 貴族が税金を私的流用したら他の貴族共が真似するだろ! 民と国の間に遺恨を残すような真似などできるかぁ!!」

「そう言えば、そんな事も言ってたっけ? 小遣いなんかはどうしてんだ?」

「自分で稼いでる。親父もだが……」


 ツヴェイトは親から多少の小遣いは貰っているが、無駄に使えるほど多くはない。

 公爵家での教育は厳しく、月に与えられる小遣いの金額は庶民より多少多い程度なのだ。そうなると自分で稼ぐしかないだろう。

 必要なら魔法薬や趣味の彫金で金属細工を作り、多少の稼ぎを得る程度であった。彼は意外にも手先が器用なのだが、趣味の彫金加工は誰にも教えていない秘密である。

 ツヴェイトは地味に細工師としての才能があったのだ。

 また、魔法式を刻める様になった事から、最近では細やかながら金属細工を魔道具として売り出している。実は傭兵達が購入し、それなりに好評を得ていた。


「俺も結構苦労してんだぞ? そう簡単に自由になる金があるもんか」

「そうか、現実とは……ままならないもんなんだな」

「その考えなしの行動を改めろよ。今の俺はただの学生だぞ? 力になってはやりたいが、できる事とできない事がある」

「すまん……ただ俺は、安定した収入が欲しかっただけなんだ。夢を叶えるために……」

「騎士に推薦してやっても良いが、事務の仕事なんかも出来ないと駄目だぞ? 兵糧の消費計算や行軍の維持についての予測、戦略知識なんかも必要だ。できんのか?」

「……無理。俺……そういうの苦手だから」


 エロムラ君、早くも当てが外れて意気消沈。

 それ以前に、他人の力を当てにしている時点で間違いである。


「何か、手に職はないのか? 調合とか鍛冶とか、生産系の事は出来ないのかよ」

「俺は戦闘職だからな。そんなスキルは持ってない……。精々【釣り】くらいしかないぞ?」

「駄目だろ、それじゃ……。漁師にでもなるか?」


 暴れる事が優先のエロムラ君は、騎士には向いていなかった。

 騎士は貴族の護衛や領民を守るエリート職で、相応の知識と実力、何よりも規律を守れる人格も求められる。騎士の不手際はそのまま貴族の恥となり、職業としては有名校並みに倍率が高い。

 一流の騎士は厳しい訓練と勉学に勤しみ、その上で規定ラインを合格した者だけが聖騎士になれる。

 満たなかった者達は従騎士、衛兵などがこの職に当たる訳だが、事務仕事ができない様では話にならない。そして、エロムラ君はこうした事務系が苦手であった。


「俺、高校でも授業はサボってたからなぁ~」

「高校? もしかして学院みたいな教育機関か?」

「あ? あぁ、そんなところだ。俺さぁ~、一つの部屋に数十人の人間が集まって勉強するのを見ていると、すげぇ落ち着かなくなるんだよ。こう、何ていうのかさぁ~、イライラして来るというか……」

「まぁ、気持ちは分からんでもないが、将来なんかの役に立つ教育をする場所だろ? 金を払う親に申し訳ないと思わんのか?」

「いや、親も見栄でソコに俺を押し込んでよぉ~。俺は成績でいうと最底辺だったんだよ。本当は工業専門のところに行きたかった」

「望んだところに行かせてもらえず、やる気が起きなかったのか? そういうこともあるだろうな。実際、学院にもそういう奴等はいるし」

「ギリギリで試験に受かっちまったのが悪かった。おかげで成績が落ちるたびに親がうるせぇーこと。子供の希望を無視した癖に、それで成績が落ちるとしつこく説教だよ! 挙句に最後は弟に期待するとか言いやがった」

「あー……いるよな、そういう無責任な親。勝手に自分の願望を押し付けたくせに、期待から反れると癇癪を起こす奴……。似たような話をよく聞くぞ?」

「そんな訳で、肉体労働は何ともねぇが事務仕事はちょっと駄目だな……。なんだか、イライラして来るからよ」


 エロムラ君こと【榎戸村 樹】は、車やバイクといった趣味に合った職業を夢みていた。

 だが、中小企業の社長である父親に意向で、強制的に私立高校に受験させられたのである。

 母親も基本的に父親と同類で、周囲の目を気にして見栄ばかりを張る女性だった。運悪く私立高校に合格した時は周囲に吹聴していたほどである。

 結局、生活環境が肌に合わず、元より趣味を優先し夢中になる性格のためか、樹は高校をサボる様になってしまった。バイトで近くの修理工場に入り浸り、それがバレて親と大喧嘩。

 挙句の果てに両親から『恥さらし』と言われたために家出したのである。その後は友人が暮らすアパートに同居し、仲間同士で技術者としての腕を磨いていた。

【ソード・アンド・ソーサリス】で休暇や暇な時に仲間達と遊んでいた、ごく普通の一般プレイヤーだったのだ。別にひきこもりでもオタク趣味という訳でもない。

 目標は自分達でチームを作りレースに出場する事だったのだが、今回の転生で夢を断たれた事になる。


「意外に苦労してんだな……。分かった……取り敢えず騎士ではなく護衛として雇うか。何とかウチの親父に話を付けるとして、しばらくは俺の稼ぎで給料を払う事にするが、そんなに多くは出せねぇぞ?」

「良いのか? 自由になる金はねぇんだろ?」

「ちょっとした道具を作って小遣い稼ぎをしているからな。あまり多くはないが、しばらくは給料は払ってやれる」

「すまん、同志……恩に着る。食事ができるだけでも御の字だ」

「気にすんな。代わりに、格上げに行くときに護衛もしてもらうぞ?」

「それくらいはお安い御用さ。任せてくれ、暴れるのは得意だ!」


 男達の友情は厚かった。


「それより、今日はどこに泊まるべきか……」

「あぁ~……それもあるのか」

「奴隷落ちした後、金は全部接収されたからな。違約金で……」

「お前、法律くらい調べろよ……。俺の部屋は無理だし……」

「何でだ? ムショの中で聞いたが、学院生の寮って広いんだろ?」

「空いている部屋を杏が使っている。後はソファーで寝るしかねぇぞ?」


 ―――カッ!


 その時、エロムラ君は劇画調で両眼を見開き、驚愕の表情を浮かべた。

 いや、驚愕だけでなく、信じていたものが裏切られた様な絶望の色も混じっている。

 全身に伝わる震えは怒りであろうか、次第にそれは激しくなってゆく。

 そして、その思いの猛りをツヴェイトにぶつけた。


「貴様ぁ! 同志だと思っていたが、リア充に転向しやがったのかぁ!?」

「いや、杏の奴が勝手に居座ってんだよ。昨日、ウチの親父から護衛契約の契約書が送られてきたが……」

「なに、少女と同棲してんだよ! 羨ましいじゃねぇか、畜生めぇ―――っ!!」

「あのなぁ……あんな子供を相手に、お前は何を言ってんだ?」

「少女……青い果実よりもなお青い、甘美なる禁断の響き……。今の内にあんな事やこんな事を仕込んで、いずれは理想の肉奴隷に……」

「だから、それは犯罪だろぉ!? お前は、そんな事を企んでんのかよ!!」

「おう、禁断の愛欲に溺れてみたいぞ? 美人なら熟女人妻もイケる!」

「爽やかに言ってんじゃねぇ、鬼畜やゲスの所業だぁ!! 俺は社会的にも人生的にも死にたくねぇ!!」


 エロムラ君はどうしようもなくエロが好きだった。

 本当に夢に向かって努力していたのか疑わしいほどに。


「第一、俺はまだ命が惜しいぞ。杏、強いんだろ?」

「そうなのか? 俺は良く知らねぇが……」

「師匠が【影六人】て言っていたぞ? どんなパーティーなんだ?」

「……か、影六人? 杏ちゃんが? マジで? そう言えば、あのおっさんがそんな事を言っていたかな? まさか……あの子が【桃忍】!?」

「今まで忘れてたのかよ。まぁ、良い……杏の事を知っているのか?」

「まぁ、噂ぐらいなら知ってはいるぞ? 目立つ忍び装束なのに、様々な敵を瞬殺してきた忍者パーティー……その一人が【桃忍】。殲滅者ほどではないが、有名な上位レベル者だ」

「なら分かるだろ? そんな子に手を出して生きていられると思うか? 物理的に……」

「死ぬな。相手が悪い……俺でも勝てん」


 それ以前に、幼い少女に手を出す時点で犯罪である。

 だがしかし、今回ばかりはエロネタにするには相手が悪い。パーティー【影六人】は上位プレイヤーの中で、数少ない【殲滅者】達に近いパーティーなのだ。

【限界突破】だけでなく、【臨界突破】の条件をクリアしているため、迂闊な真似をしでかせば命はないだろう。レベルは全員700代だった。

 余談だが、レベル900で【極限突破】の条件を一つクリアする事が出来るが、後の条件がいか様なものかはランダムで決まる。また、条件が幾つあるかなどは誰も分からない。

 どこかの大賢者はいつの間にか条件をクリアしていたせいか、細かい条件など知らない。


「子供に手を出してどうすんだよ。お前は、また奴隷落ちしたいのか?」

「……たとえ最初が無理矢理でも、最後は合意の上なら問題ないと思わないか? ロマンがあるだろ」

「思わねぇよ!? 犯罪のどこにロマンがあるんだぁ、人として最低だろぉ!!」

「ならばせめて、『お兄ちゃん大好き』と言われたい。上目使いで……ハァハァ」

「……杏が、そんな事を言うと思うか?」

「思わん。だが、夢を見るのは自由だと思う」

「犯罪のな……」


 エロムラ君は、ブレないエロだった。

 レースに出場する夢を持っていた青少年は、夢を断たれてエロに走ったのだろう。

 だが、新たな夢は倫理的にOUTだった。


「ソファ-でも良いから泊めてくれ! 後は傭兵活動で何とか稼ぐから!」

「必死だな……まぁ、良い……。間違っても杏に手を出すなよ?」

「……善処しよう」

「待てや、今の間はいったい何だ? マジで手を出すなよ? 師匠に俺が殺され……」

「どうした? 同志よ……ん?」


 ツヴェイトの表情が一転してで険しくなり、その視線は別の場所を見ている事に気付いたエロムラ君。

 不思議に思いながらも振り返ると、そこに一人の学院生が立っていた。

 しかも、衣服が赤黒く染まり、異臭を放っている。


「ヒャハハハッ!! 見つけたぞ、糞虫!! 今直ぐぶっ殺してやるよぉ~、ゲヒャヒャヒャヒャヒャ!!」

「サムトロール……」


 着衣が血で赤黒く染まった姿を堂々と曝し、正気とは思えない精神状態で愉快そうに笑う。

 明らかにハイになっており、敵意を顕わにしている。

 ツヴェイトは即座に臨戦体勢へと入った。


「コイツ、知り合いか? かなりイッちまってるようだけど……」

「知り合いと言うより、敵だな。ただ、ここまでイカレタ奴ではなかった筈なんだが」

「ヤバイ薬にでも手を出したんじゃね? かなり愉快な状態なんだが……」


 エロムラ君はインベントリーから盾を取り出し、剣を引き抜くと同時に構えを執る。

 その辺の傭兵よりも遥かに格上の装備し、サムトロールの出かたを窺う。


「これ……間違いなく戦闘になるぞ? 向こうは殺る気満々だし……」

「同感だ。まったく、ここまで馬鹿野郎だったとはな……」


 互いに警戒している最中、サムトロールは走り出し、血で汚れた拳をツヴェイトに向けて叩き込もうとした。

 だが、その拳はエロムラ君の盾には阻まれ、あっさりと弾き返される。


「何っ!?」

「おいおい、そう簡単に雇い主を殴らせる訳ねぇだろ。なに俺を無視してんだ?」

「邪魔すんじゃねぇよ。まぁ、どうしてもってぇーなら、美味しく頂いてやるがよぉ~ヒヘへへへへ」

「あいにく、俺はそっちの趣味はねぇんだよっ!!」

「ガハッ!?」


 サムトロールの腹に鋭い蹴りが叩き込まれ、10メートルは軽く飛ばされる。

 受け身に失敗して転がりながら街灯の柱に直撃して勢いは止まる。


「なっ!? ば、馬鹿な……俺は、俺は強くなったはずだぁ!! こんな事はあり得ねぇ!」

「強く? どこが? めっちゃ弱いぞ?」

「……なぁ、同志エロムラ。お前、レベルはどれくらいあるんだ?」

「俺? だいたい600くらいかな? つーか、俺の事をエロムラと呼ぶなぁ! 俺の名前は、オルフェウス三世だぁ――――――っ!!」

「………ラインハルトじゃなかったのか? まぁ、どっちでも良いけど」

「良くねぇよぉ!?」


 漫才する二人をよそに、サムトロールは屈辱に震えていた。

 今の彼のレベルは95。この世界の住民最高レベルが300なら、サムトロールのレベルでも一般人相手なら簡単に殺せるレベルだろう。

 しかし、エロムラ君の現在の正確なレベルは621。ツヴェイトもレベル183である。

 この二人を相手にするには弱すぎた。


『馬鹿な……馬鹿な馬鹿な馬鹿な馬鹿な、馬鹿なぁ――――――っ!! 俺は強くなったはずだぁ!! 高貴な血族である俺様が、こんなゴミ共より弱い筈がねぇ!!』


 困った事に、サムトロールは相手の強さを認められるほど、聞き分けが良い訳ではなかった。

 相手が弱ければ見下し、強ければ激しく妬む癖に自分から率先して強くなろうとはしない。

 故に彼は強くもなれず、今までは自分の血統だけが取り柄だけで、それを除けば何もない存在になってしまったのだ。 

 甘やかされて育ったせいもあるが、他人の実力を認める度量がない。そして自分を中心に世界を見ているために、自分の力すら過信していた。

 そんな人間が自らを高めようなどと思う筈もなく、ましてや自己鍛錬などするはずもない。

 ウィースラー侯爵家から縁を切られた以上、自分の力だけで強くなるしか手段がない。普通なら誰もがここで現実を知るのだが、彼は現実を否定し続け裏で購入した怪しげな薬に手を出した。

 元より真面目に修練をする事を馬鹿にし、楽してふんぞり返っていたツケがコレである。

 だが、それすら正しいと信じているほど傲慢な性格なのだ。だからこそ実力のある者達を排除する事に心血を注いでいた。努力する所を間違えている。


「こいつ、何しに出て来たんだ? 同志ツヴェイトより弱いだろ……」

「まぁ、俺が同志エロムラより弱いのは認めるが、このまま弱いだけで終わるつもりはねぇぞ?」

「だよな。しかし、こいつは相手との実力差が分からねぇのか? 馬鹿なんじゃね?」

「おう、サムトロールは馬鹿だぞ? 強くなろうとする努力もせず、口先で威張り散らすだけの奴だからな」

「あぁ……いるよなぁ~、そんな馬鹿。でよ、相手の足を引っ張るのが好きなんだろ?」

「王族の血を引いているだけが取り柄の奴だが、それ以外は駄目な奴だ。しかも実家から勘当されたらしい」

「……王族? コイツをボコって大丈夫なのか?」

「安心しろ、王族の血統なら俺も同じだ。まして侯爵家から追い出されているからな、始末しても何の問題もない」


 サムトロールの着ている学院生の制服は血で汚れ、今まで何をしてきたのか充分理解できた。

 おそらく、喧嘩をしながらレベル上げしていたのだろうと予測する。


「ふ、ふざけるなぁ!! 俺より強い奴なんている筈がねぇ!! コイツで俺は強くなったんだぁ!!」

「おいおい……マジでやべぇ薬に手を出したのかよ。けどよ、薬程度で強くなれるなら苦労はしないよな?」

「あぁ……魔法薬は多少能力を強化するのが定番だ。そんなに急速に強くなれる様なヤツは聞いた事もない」

「足りねぇんだ……。これは薬が足りねぇんだぁ! こんな筈はねぇんだよぉ~……!!」


 現実を受け入れられないサムトロールは薬瓶を取り出すと、掌に大量の錠剤を掴み、一気に口へと放り込んだ。ボリボリと錠剤を噛み砕く音が聞こえて来る。


「ヒュヒィ! キタ、キタゼェ――――っ!! こいつだぁ~、この力があればテメェ等なんか……」


 サムトロールの顔に無数の血管が浮かび上がり、肉体も異様なまでに膨れ上がる。

 ブチブチと衣服が破れるような音と共に、下からは異様に盛り上がった筋肉が晒される。


「死ねぇ――――っ!! ツヴェイトぉおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」

「……嫌なこった」


 ―――ゴッ!


 ツヴェイトは突進してきたサムトロールの顎をアッパーを加え、反り返り無防備になった腹に拳を叩き込み、蹲った瞬間に左フックを顔面に向けて打ち込む。

 更にそこからエロムラ君がサムトロールを蹴り飛ばす。

 防御や受け身の取れなかったサムトロールは地面を転がり、口内を切ったのか血を吐きながら無様に地べたを舐める事となる。

 ただ威張り散していただけの者と、強くなるために修練を積んで来た者の差が表れていた。


「筋肉は見せかけか……。一般の民達なら殺せたかもしれないが、この程度じゃなぁ~……」

「しかし、何なんだ? 薬を使っただけでこんなに筋肉が膨張すんのかよ。どう考えても体に悪いだろ」

「俺もそう思う。絶対に副作用があるタイプだ。後でクロイサスに分析でも頼むか……」

「嘘だ……嘘だ嘘だ……嘘だ嘘合嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ」

「現実を見ろよ。ただ薬で強くなれるなら、今頃は周りの連中も最強になってるだろ」


 ツヴェイトは呆れていた。

 忌々しい相手であったが、さすがにここまで愚かだと怒りを通り越してしまう。

 

「何でだぁ……。俺は王族の血統だぞ! その俺が、何でこんな無様に……」

「血筋自慢だけで、己を高める努力を怠ったからだろ? 何を今さら」

「違う! 違う違う違う違う、違ぁ―――――うっ!! お前だぁー、お前が俺の全てを奪ったんだ!! 大人しく洗脳されていれば良いものを、お前の所為で下僕共は裏切り、ブレマイトは消えた!! 全部お前の所為だ、ツヴェイトぉ――――――――っ!!」

「そうやって、自分の無能さを他人の所為にしているから駄目なんだよ! 自分で考えず全てを人任せにしていた癖に、失敗すれば周りに八つ当たり。ガキか?」

「黙れ!! 俺は優秀だ!! 王になれる資格があるんだぞ!!」

「……ないだろ。継承権は低いし、今回の事でその継承権も剥奪されたんじゃねぇのか? 王族は継承権の序列を優先するし、お前の序列は俺より低い。まぁ、俺は王になんかなる気はないがな」


 ツヴェイトの王位継承権の序列は12位、サムトロールは23位である。普通に考えても王になれる順位ではない。

 だが、サムトロールは何を間違ったのか、常々『俺が次期国王になる』と公言していた。

 これは序列を無視した背信行為に当たり、これが王族の耳に伝わった事でウィースラー侯爵もサムトロールを切り捨てた要因の一つである。

 正当な継承者がいるのに『王になる』と広めれば、それは国に対しての反逆とみなされても仕方がないだろう。サムトロールはそんな事さえ考える事が出来なかったのだ。


「他人の意思を無視して洗脳。更に王族への反逆的な言動、そして公爵家に対しての暗殺未遂。殺されないだけでもマシだろ? お前が招いた事だ」

「違う! 違う違う違う違う違う!! お前が……お前が俺を貶めたんだろうがぁ―――――っ!!」

「なぁ、同志……。コイツ、とんでもなく自分に甘い奴なのか? ものすげぇー我儘なガキと変わらねぇんだが……」

「見ての通りだ。もはや何も言う気が起きん」

「あぁ……ここまで来ると、ある意味で立派だ。king of Bakaだよ」

「ば、馬鹿にしやがって……。どいつもこいつも皆殺しにしてやるぅ!!」


 これ以上、何も言葉が思い浮かばない。

 二人が可愛そうな奴を見るような目で見る中、サムトロールは再び薬瓶を取り出すと残りの薬を口の中に流し込む。

 錠剤が幾つか地面に落ちたが、それに構わず噛み砕き強引に呑みこんだ。

 強化された肉体が衣服を弾き飛ばし、皮膚は浅黒く変色して行く。腕には鱗が浮かび硬質化、背中には突起物の用が生えて来る。


「ゴロズ……ギザマラヲゴロジデヤルゥ――――――ッ!!」

「おいおい……とうとう人間をやめたぞ? サムトロールの奴、あんな物をどこで手に入れたんだ」

「マジか……何なんだ、あの薬。人間を魔物に変えるのかよ!? ヤベェ……」

「問題は、どれほど強化されたかだよな……」

「ジネェエエエエエエエエエエエエッ!!」


 魔物化したサムトロールは強化された力を最大に出し、ツヴェイトに襲いかかる。


「させるかよって、うおぉ?」


 再び盾でツヴェイトを守るエロムラ君。その瞬間にブチブチと嫌な音が聞こえ、ドス黒い液体が周囲に撒き散らされる。

 サムトロールの腕があり得ない形に折れ曲がり、内側から骨も突き出していた。

 盾で防御された瞬間に筋肉が断裂し、骨が砕け折れたようである。


「……まさか、強化された力に対し、肉体が追いついていないのか?」

「魔物の血の色って、黒かったか? 腐ったような臭いもするし……汚ぇ!」

「ギョアァアアッ!!」


 まるで痛みを感じないのか、魔物化したサムトロールは執拗にツヴェイトを狙うが、エロムラ君に防がれる度に筋肉が弾け飛び、骨が折れる音が響く。

 だが、それでも襲う事をやめない。


「こいつ……自滅してやがる」

「恐らくだが、無理に身体能力を強化して、それに対して肉体が衝撃や負荷に耐えられない様だ」

「ギョロズゥゥゥゥ……オマエラヲゴドジデヤドゥゥゥゥ!!」


 足が破裂し、腕がちぎれ掛け、肉体の体組織が悲鳴を上げていても襲う事をやめる事はない。

 しかしながら、こんな状態が続けばやがては動けなくなり、下手をすれば死ぬ事になる。

 周囲にいる学院生は既に距離を置き、遠巻きながら状況を見ているだけであった。


「あんな状態で、何で動けるんだよ!」

「俺が知るかって……おい、何か……傷口が再生してないか?」

「なにっ?」


 良く見ると傷口の出血は止まり、内側の肉が不気味に蠢きながら再生していた。

 しかし攻撃の頻度が多く、肉体が破壊される方が早いために再生が追い付かない。

 二人には異常な自爆攻撃に思えた。

 ツヴェイト達は避けるだけで良いが、周囲の公共物が破壊され、その度にどす黒い血液と肉片が飛び散る。

 路面やベンチ、街灯を粉砕しながらもサムトロールは自身を壊し、それでもなおツヴェイトを追い続ける。逆恨みとはいえ、その執念がしつこい。


「深刻に人間をやめてやがる」

「確かに……弱いのが救いだな。コレで強かったら手が付けられん」


 暴れまわるサムトロールを躱しながら、二人はのんきに会話できるほど余裕を持っている。

 これはレベル差によるもので、元より低レベルであったサムトロールは、いくら強力な魔法薬を使い増強しようとも大した効果を望めない。

 低レベル者が魔法薬でどれほど強化しようと、上位レベル者の前では敵ではないからだ。サムトロールはそんな単純な事すら思い浮かばない程にツヴェイトを恨んでいる。

 ほとんど逆恨みなのだが、我儘な人間ほど道理の通らない恨みを積もらせるものである。

 そして、そうした恨み言は大抵は失敗するのだ。


「ウゴッ!? グッ……ゲェエェエエエェ……」

「な、何だぁ!?」

「急に苦しみだしたぞ? 何かの副作用か?」 


 今まではち切れんばかりに盛り上がっていた筋肉が急激に萎み、次第にやせ細って行く。

 いや、寧ろ白骨化するような勢いでサムトロールの姿は骨と皮だけに変わり果てていった。


「なっ!? ミイラ化して行くぞ……」

「コレ、不味いぞ!? サムトロールの奴、死ぬんじゃないのか!?」


 強制的に増強された筋肉は、度重なる攻撃による自爆と再生を繰り返し、体内のカロリーを大量に消費する。

 増強された体で攻撃を行う度に体力も消耗され、それでも薬物による強化は消える事が無く、全ての条件が悪い方向に揃い、一気に体内の栄養素を消費し尽した。

 その結果が急速なミイラ化である。サムトロールは最早助からない。


「ヒュッ………コハ…」

「ひでぇ……。自業自得とはいえ、何て嫌な死に方だよ……」

「この薬のせいか……危険だな。誰がこんな物を作りやがった……」


 地面に落ちていた一粒の錠剤を手にし、ツヴェイトは険しい表情を浮かべる。

 サムトロールがどこで手に入れた魔法薬かは知らないが、その効果は恐るべきものである。

 下手をすれば国が滅びかねない程の代物であった。


「人間が魔物に変わる……こんな物が出回ってんのかよ」

「いや……おそらくは試作品だ。だが、いずれは国中に広がるかもしれん」

「洒落にならねぇだろ……。こんなのが出回ったら犯罪のオンパレードだ」

「或いは……それが狙いなのかもな」


 一時的に身体能力が向上する様な魔法薬は、特定の分野では重宝される事が多い。

 例えば戦場や魔物の討伐任務などがそうだろう。

 しかし、人格に影響を及ぼす様な麻薬成分は危険であり、使用するにしてもリスクが大き過ぎる魔法薬は脅威だ。

 迂闊に使用すれば自分や仲間達にも危険が及び、使用を誤ればサムトロールの様に自滅する。

 ツヴェイトの手の中に在る魔法薬は世に出して良い物ではなかった。


「……哀れだな。だが、どうすんだ? この後始末……」

「とりあえず事情聴取を受けて、後は国の諜報機関に任せるしかない。今の俺達には荷が重すぎる」

「また……衛兵の詰め所に行くのかよ。俺、今日出てきたばっかりだぜ?」

「諦めろ、関わっちまったのが運のつきだ。拘留される訳じゃねぇから、大丈夫だろ」

「なら良いけどよ……」


 誰かが呼んだのであろう、衛兵達が数名ほどフル装備でこちらに向かって来ていた。

 ツヴェイト達はこの後事情聴取を受ける事になったのだが、話の内容があまりに非常識なものであった為に、二人は裏付けが取れるまで衛兵の詰め所に翌日までお世話になる事となる。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 翌日、事情聴取も終わり、二人は学院生寮へ何とか戻ってきた。

 エロムラ君は初めて訪れる場所だが、バロック調の建築様式に感嘆の息を漏らしている。

 初めての海外旅行で古き建築物を見たようなものだ。


「スゲェな……これのどこが寮だよ。無駄に豪華じゃね?」

「元は行政を行う施設だったからな。改修工事はしても天井の壁画なんかは昔のままだ」

「何で学院都市化したんだ? 普通に街でも良かったんじゃね?」

「立地条件は良かったんだが、商売に向かない土地だったんだよ。この街から先には小さな村しかねぇし、特産物もない。領地を如何に反映させるか模索した結果が教育機関に変貌した」

「色々あるんだな……」


 ツヴェイトに案内されながら二階へと上がり、廊下のほぼ中央辺りの扉の前で立ち止まる。


「ここが俺の部屋だ。元は領主の書斎だったらしい」

「……隣の部屋の扉がやけに離れてねぇか? どんだけ広いんだよ」

「この手の部屋は貴族が利用する事が多い。他の寮も似たようなものだ」


 扉のノブの上にある鍵穴に鍵を差し廻すと、『カチャリ』とロックが外れる音が聞こえた。

 ゆっくり扉を開けると、そこはとても学院生が宿泊する様な部屋とは思えない、品の良い豪華な部屋であった。


「……俺、そこのソファ―で寝るのか?」

「そうなるな。隣は俺が使用しているし、奥の部屋は杏が……」


『杏が使用している』と言う前に、その部屋を利用している本人が扉を開けて出て来た。

 なぜかお腹の当たりを手で押さえ、その表情は髪に隠れて見えない。


「……お腹………すいた」

「……学食で食べなかったのかよ。今、昼だぞ?」

「……寝てた。……朝、弱い。……何か、食べ物……」

「いや、食べ物って……学食で食えばいいだろ。って、学食……もう閉まってるな」

「……ごはん」

「同志よ、外で食ってくるしかないんじゃねぇか? それより、杏ちゃんは低血圧なのか?」


 どうやら朝が弱く朝食を逃したようである。

 その杏の様子がおかしい。


「普段、急に姿を消すのに、なぜに今日に限って部屋にいるんだ?」

「……お金、ない。……ごはん」

「護衛の前金、もらってなかったか? 何に使ったんだよ」

「……コレ、作るのに使った」

「「そ、それはぁ!?」」


 杏が手にしていたのは女性用下着。つまりはブラジャーである。

 杏は裁縫師の上位職業スキル【裁縫帝】を持っており、知る人ぞ知る匠なのであった。

 だが、それを知らない二人は、ついうっかりをやらかしてしまう。


「杏……女の子だからそうした下着が必要なのはわかるが、体格に合わないぞ?」

「だな、それはそれで萌えだが、それは少し大きすぎるぞ? 杏ちゃんは意外に見栄っ張り?」


 ―――ギュピ―――――――ン!!


 杏の姿が突然消え、一瞬馬鹿二人は呆然とする。

 その杏は二人の背後に廻ると【影分身】し、頭部に思いっきり噛みついた。


「「 ギャァアアアアアアアアアアアアアアアアッ!! 」」

 

 昼下がりの寮内に、絶叫する声が響き渡る。

 杏は自分の体形が小柄な事にコンプレックスを持っていた。そして、ツヴェイト達は余計な一言で逆鱗に触れてしまったのである。

 理不尽なまでの暴力が、愚か者二人に断罪の責め苦を与える。

 この日、ツヴェイトとエロムラ君は、顔面が腫れ上がるほどにボコられ続ける事となった。


 余談だが、杏はイストール魔法学院で有名となってゆく。

 神出鬼没の下着売りとして……。

  


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