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おっさんのいない日常9

「ねぇ、ツヴェイト……。最近、サンジェルマン派の研究棟に女子が押しかけてるって話だけど、何か知ってるかい? ウチの派閥にいる女子も研究棟前で行列に並んでいたらしいし」

「あー……クロイサスの奴が、訳の分からんもんを作り出したそうだ。女子限定で販売してんだとよ」


 机に並べられた地図を見ながら、ディーオは最近の話題を口にした。

 ツヴェイトのは多少の事情は知っている。ただ、それがあまりに下らないので無視していたのだが、ウィースラー派の女子が全てその列に並んでしまうという事態が引き起こされていた。

 サンジェルマン派で作られた【女性ホルモン増強剤】。この効果を薄めた物を一時的に販売を始め、効果の検証実験を行っていたらしい。

 残念ながら、【豊胸薬】の方は薄めて使用してみた結果、その効果は一時的なものである事が判明した。

 確かに胸は大きくなるのだが、サンプルのランクに応じて効果時間が変わり、結局は元の大きさに戻ってしまう。そんな話を弟のクロイサスから聞いていた時、ツヴェイトは正直頭を抱えた。

 つまるところ、最悪の巨乳化は永久持続なのだが、少しでも薄めると効果に制限時間が出るという訳の分からない品だった。それでも求める者達は多い。

 そして、サンジェルマン派はその魔法薬の販売を開始した。今のところ売れ行きは上々らしい。

 余談だが、【性別変換薬】を飲むと、なぜ性別が変わるのかその原因は判明していない。この世界は医学の発展が乏しく、全てを魔法や神の奇跡の一言で片づけていた。

 どこぞの大賢者も技術者なだけで医学には詳しくなく、その効果を究明するには100年の時間を要する事になる。今は作れるという事だけが判明しただけで、医学的な原因究明は現在研究中である。

 ただ、この【性別変換薬】の研究がソリステア魔法王国の医学部門を設立させ、やがて全国へと広がってゆく。

 ソリステア魔法王国は魔法研究だけでなく、医学分野でも大きく発展する切っ掛けとなるが、全てはここから始まるのだった。


「美に対する女の執着は凄いからな。俺の母親も化粧品を買い込んでは効果を確かめ、気に入らない物には辛辣な評価を売り主に突き返していたな……」

「サンジェルマン派って、魔法研究の派閥だよね? 美容関係の方面に鞍替えするの?」

「……ある意味、かなり高収入になる気がするぞ? 貴族の中には金を惜しまずに買う奴等が多いからな」


 裕福層の女性達は美容に関して手を抜く事はない。

 貴族の女性達はより美しくなれば、上位階級の家柄に嫁げる可能性も高くなり、既に既婚者の場合は他の貴族家にの対して多少なりと優位に立てる。

 まぁ、醜い見栄の張り合いが繰り返されるだけだと思えば分かりやすいだろう。

 商人の場合は宣伝や交渉の場で好印象を与える事が優先だ。そのため、妻や娘が美しい事は自身の商家の宣伝効果として有効。この世界で化粧品や香水の類は比較的高価な代物で、販売すれば利益も大きい。


「噂だと、性別を変える魔法薬まで作ったとか。何に使うんだろ?」

「俺達の場合だと潜入などに使えるな。情報収集は重要な任務の一つだからな」

「女になって戻れなくなったらどうするんだろ……。危険じゃないか?」

「実際、その薬は出来たらしいぞ? 師匠が粗方回収して行ったらしい。サンプルに幾つか残されたそうだが……」

「こわっ!? それより、その師匠さんは何に使う気なんだ? まさか……」

「危険物を放置する訳にはいかないらしい。なんせ、クロイサスの奴がどんな改良をするか分からん」

「良かった。自分で使う訳じゃないんだね」


 裏事情を話しながらも、ツヴェイトは手にしたダイスを二つ転がす。


「合計8……迎撃成功。D-15エリアの確保」

「D-15、A班が確保!」

「ツヴェイト、ここは偵察を出した方が良くねぇか? 部隊を分けるのは得策じゃねぇが、敵の位置を確認する事も重要だ」

「……同意する。魔導士の偵察班も使い敵の位置を割り出す事を推奨」

「よし……じゃぁ、D-20にまで先行偵察を一部小隊派遣。魔導士隊の使い魔による偵察も同時に行う」


 ツヴェイト達が行っているのは、言わばボードゲームの様なものだ。

 地図に細かいマス目が書かれており、そのマスに書かれた番号に向けて各部隊の駒を置いてダイスを振る。ダイスは任務成功の有無を現す物で、二つの部屋にAとBに分かれた班で戦略を立てて勝敗を決めるのである。互いのダイスの数字が勝敗や作戦成功率を決め、敵の陣地を落したり過酷な戦況から逃れるための戦略的知識を深める訓練であった。


「C-54の部隊が全滅したのが痛いな。誰だよ、昨日突撃させた馬鹿は……」

「まさか、罠だとは思わなかったんだよ。この地形で後方に中隊が陣取っているとは思わんだろ……」

「偵察できる魔導士隊も随行していたんだぞ! 何で使わない」


 この訓練はターン制であり、一人一人が各部隊の隊長としての駒を持ち、戦略を話し合いながら何を行うかを決めてマスに駒を置いて行くのだ。

 一通り部隊を動かしたら、隣の部屋で同じ事を行い。ダイスの目が出た結果で戦況がどうなったかを決める。大変なのは部隊の動きを記録し、隣の部屋と往復する監視係の学院生であろう。

 とにかく忙しくて誰もやりたがらない。仕方がないので平等に監視係が廻る様にルールを決めていた。


「そう言えばさ、最近サムトロールの姿が見えないよね? いなくて良いけど、何をしでかすか分からない奴だから気になるね」

「あぁ、ウィースラー侯爵家から追い出されたらしいからな。ヤバい物に手を出して愉快な状況にでもなってんじゃねぇか?」

「麻薬? まさか、いくらサムトロールが馬鹿でもそんな物に手を出すとは思えないよ……」

「否定する。サムトロールは実家から縁を切られた。薬に走ってもおかしくはない」

「口先だけで、一人じゃ何も出来ない奴だったからなぁ……俺もあり得ると思う」

「だよな。アイツ、血筋だけ自慢していたけど、それ以外は何もねぇじゃん。仮に領主になれたとしても馬鹿だしなぁ」


 ウィースラー派閥内で、サムトロールに関しての認識が正常に戻っていた。

 洗脳魔法は精神の揺らぎで一度崩れると、ドミノ倒しの如く連鎖的に効果が切れやすくなる。

 その魔法を使っていたブレマイトがいれば修正もできたかもしれないが、サムトロールと同様に彼の姿も最近見ていなかった。だが、自分達を洗脳して操っていた黒幕の一人なだけに、彼等は誰一人として心配などしていない。

 

「貴族は民あってのものだろ? いくら王族血統だからって、あの態度はないよなぁ~」

「そうそう、無能な王族丸出しだよね。絶対に後を継げないタイプ」

「神輿にするなら使えるんじゃないか? 邪魔になったら始末すれば良い」

「「「こわっ!?」」」


 洗脳下にあった時、サムトロールは自分の血統自慢をしていた。

 その事を覚えている学院生達は、今は馬鹿にした態度で悪口を言い合っていた。自我を歪められ良い様に使われていた反動か、彼等の言葉に容赦はない。


「そこまでにしておけって。それより、B班はどんな部隊展開をしているかが分からん。そろそろ向こうのターンも終わる筈だ」

「さて、ツヴェイトはどう見る? 今のところ僕達の方が若干有利だけど」

「報告! B班、C-29エリアに全軍投入。ハネス中隊全滅! 同侵攻上にユアン小隊と接敵! ナーベ中隊被害甚大!! ツヴェイト大隊の救援は間に合わないぞ!!」

「「「「なにぃいいいいいいいいいいいいっ!?」」」」」


 この戦略訓練は索敵などで得た情報は互いに知られる事はない。

 唯一どちらの状況を理解しているのは監視役の学院生だけで、成功率がダイスで決められる以上は殆ど運任せだ。相手側にこちらの部隊編成が知られていればゲームでの作戦内容が大分変わる。

 そして、相手班の思惑に初めて気づいた。


「まさか、指令役に殆どの兵力を振り分け、小隊規模で索敵してやがったのか!? だが、中隊を全滅させただと? まさか……本隊とぶつかったのか?」

「地形でどう部隊を配置するか、ある程度は分かるからね。前線指令役は他の隊長役に兵力を振り分けられるし……これは、やられたね」

「くそ、こちらの兵力の半数がやられた!」

「負けたら奴等に飯を奢らなきゃならん! 冗談じゃないぞ!!」

「向こうには大食いのバーツがいる。俺達の懐は氷結するぞ!!」

「何としても財布を守るんだ!!」


 この訓練は良く学院生達の賭けの対象として使われる。

 金銭ではないが、主に昼食や夕食のおかずなどを賭けて行われていた。

 問題は相手チームに大食いがいる事で、小さな賭けでも懐に大打撃を受ける事になる。何しろ軽く10人前を食べるほどだ。

 学生には痛い問題であった。


「くそっ! こうなると、部隊を小分けして嫌がらせするしか手がねぇぞ!」

「食い意地が張ってるからね。バーツ……」

「しかし、どうする! このままでは各個撃破されるぞ!!」

「こんな時だけ大胆な手を使いやがって!」

「どうする!? どうすればこの状況を打開できる!!」


 慌てながらも何とか食らい付こうと、作戦を練り始めるツヴェイト達のA班。しかし、結局は相手部隊の半分しか倒せず、彼等の財布は氷河期を迎える事となった。

 その悲劇のおかげか、彼等はしばらく賭けの対象外になった事は皮肉だろう。

 若い彼等は博打が身を滅ぼすと、その身を以て知った。経験をして人は成長するのである。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 学院の講義は時間にして午後の三時までしか行われず、それ以外は学院生達の自主的な活動に任されている。

 サボる者達の数が多いのも確かだが、真面目な学院生は自主的に予習や研究をしてレポートを仕上げ、それを講師達渡す事で成績評価を得ている。

 最近のセレスティーナはその例外に当たり、学院の講師でも手に負えない事から比較的自由な時間が多かった。そんな彼女が何をしているかと言えば……。


「魔力を自在に操るのには、魔法の制御を自分の意思で制御しなくてはなりません。【灯火トーチ】の魔法を使い自在に形を変えられるようになれば、後は応用です。頑張ってください」

「「「「 ハイ! お姉さま♡ 」」」」


 後輩達の魔法訓練の見ていた。

 これは、偶々一人で自主訓練をしていた後輩の指導をしたところ噂が広がり、いつの間にか大人数の後輩達が集まってしまった。

 以前セレスティーナが行っていた魔法制御と保有魔力の増加訓練。それを指導した事で何故か憧れを持つ者達が増え、最近ではお姉さまと呼ばれるようになってしまった。

 年齢的には一つか二つ下なのだが、近い年代の少女達にお姉さま呼ばわりされるのは何とも恥ずかしい。それ以上に納得がいかない。


『私は……お姉さまと呼ばれるほどに、老けて見えるのでしょうか?』


 14歳の少女からしてみれば些か不本意な呼ばれ方だ。だが、これには少し理由がある。

 そもそもセレスティーナは善意で下級生の訓練方法を教え、更にかつて自分の様に魔法が使えない原因を、師であるゼロスの教え通りに伝えてしまった。序に魔法式の書き換えという離れ業を彼女達の目の前でやってしまったのである。 

 こうなると、下級生達の目には『自力で魔法を使えるようになった天才』とか、『魔法式を解読できる才女』とか見られてしまい、結果として畏敬と憧憬を集めてしまう。

 また、性格も温厚なために多くの下級生が質問に現れ、その対処をしている内に『講師達よりも優秀な学院生』へと発展。誰からも頼りになると思われた結果、『セレスティーナ様』と呼ばれるようになったのだが、本人が『様呼ばわりされるほど偉くはありません』と言った事から『お姉さま』に定着した。

 しかも、二学期直ぐに好成績を叩き出し、講義の魔法訓練での的当てで耐魔法処理を施された鎧を粉々に粉砕した事から、彼女の名前は学院中に知れ渡った。

 最近では『私の妹になりませんか?』等と、意味不明の手紙が来るほどである。


「アハハハ、セレスティーナ様は大人気だね。最近、男子からも告白が来てるんだって?」

「ちょ、ウルナ!? 何を言って……」

「「「「エェ――――――――――ッ!?」」」」


 一斉に集中する好奇の目。

 セレスティーナは一瞬後ろにたじろいた。


「誰? 誰からのお手紙なんですか、お姉さま!!」

「凄く聞きたいです! お名前は? どこの殿方なのですか?」

「お姉さまに吊り合う方などいるのですか? もしかして、ボンシャ伯爵家の……」

「あり得ませんわ! あのキモデブがお姉さまにお声を掛けるなんて、絶対にあり得ません!」

「えっ? えぇ~~~……」


 そして始まる、セレスティーナに相応しい男の女子評価。

 だが、実際は貴族の子息達はセレスティーナに声を掛ける事はない。正確には出来ないと言った方が正しいだろう。

 夏季休暇前までは彼女を小馬鹿にし、堂々と【無能】【落ちこぼれ】【知識だけのゴミ】と、散々悪口を叩いていたのだ。

 しかも公爵家の血筋とはいえ、セレスティーナは妾腹で正式な一族とは認められていない。

 ましてや魔法貴族達にとって、血統に列なる魔法の才能は政略結婚には重要だった。セレスティーナは血筋だけの上に母親は平民。魔法が使えず下賤な者として扱われていた事になる。


 他人の家庭事情に口出しする権利など誰にもないのだが、困った事に貴族はなまじ権力者なだけ、他人を邪推するのを好む傾向が高かった。セレスティーナは格好の標的だったのである。

 だが、その評価はわずか二カ月で覆った。セレスティーナの実力が彼等を一気に抜き去ったのだ。

 こうなると、セレスティーナは充分に政略結婚の対象となる。しかし、今まで散々馬鹿にしてきた手前、声を掛ける事など出来ない。貴族の御曹司達は最高の優良物件を逃してしまう。

 それでも諦めきれないゲスい者達は、親のコネを使って婚約者になろうと画策するが、立塞がったのは孫を愛するイカレタ老人。【煉獄の魔導士】だった。

 しかも、婚約を求める貴族達の子息達が、どんな言動をしてセレスティーナを罵ったのかを全て記録し、それを突きつけて追い返された。

 その結果、今まで散々彼女を馬鹿にしていた者達は、親から逆に説教を食らう羽目になる。自分の言動が理由で玉砕する事になった訳だ。

 愚劣な行為に参加しなかった貴族の者もいるが、同じ様に婚約を求めるもセレスティーナをこよなく愛するクレストン元公爵が立塞がる。政略結婚を申し込むには相手が悪すぎた。

 そんな事もあり、セレスティーナに群がるゴキブリは、尽くイカレタ老人の手で潰されて行く。


「セレスティーナ様は、どんな方が好みなのですか?」

「えっ? そ、そうですね……。包容力のある方の方が良いでしょうか? 子供っぽいところもあれば魅力的ですね。あと……理知的で冷静な判断力と自己管理の出来る殿方が……」


 そして、なぜか脳裏に浮かぶゼロスの顔。

 

『な、何でここで先生の顔が浮かぶんですか!? いえ、確かに尊敬はしていますが、異性として見るなど不敬なのではないでしょうか? 何より、親子の違いほど年齢差が……』


 恋愛感情かと言われれば、違うと答えられる。

 尊敬はしているが、異性として見ているかと言われれば少し困るところだ。

 どちらかと言えば、目の前の少女達が自分を見る様な憧憬に近い。


「お嬢様、愛さえあれば歳の差なんて関係ありませんよ? むしろ、青い果実が『私を食べて』と言っている状況は、あの方でも喜ばしいのではないでしょうか? 下手をすれば美味しく食べられてしまいますが」

「うひゃぁ!?」


 いつの間にか背後にいたクールメイドのミスカ。

 眼鏡を『クイッ』と上げながら、実に良い笑顔を向けているのが憎らしい。


「み、ミスカ……どうしていつも人を驚かせる様な行動をとるのですか? 心臓に悪いのですけど……」

「フッ……愚問ですね、お嬢様……。それが私の生きる道だからですよ」

「人を驚かせるのが、貴女の人生の全てなのですか!?」

「いえ、お嬢様だけです。お嬢様は実に良いリアクションをしてくれますから。フフフ……」


 本当に憎らしいほど良い笑みを浮かべている。

 ミスカは四日ほど前にいつの間にか帰って来て、何故かセレスティーナのベットに潜り込んでいた。しかも全裸で……。

 驚いてベットから転がり落ち、床に強か頭部をぶつけたセレスティーナを、ミスカは実に人の悪い笑みを浮かべてみていた事を思い出す。


「あの……お姉さま? ミスカさんて、もしかして【氷結の女王】ですか? 前に、お父さんから聞いた事があります」

「えっ? あの……それって二つ名ですか? 私には分かりませんが……ミスカ?」

「フッ……その名は昔に捨てました。今の私は、ただのメイドです」

「ただの? どこがです……ごめんなさい。睨まないでください……怖いです。それより、【氷結の女王】って……?」

「イストール魔法学院で氷系統の魔法を得意とした卒院生で、デルサシス公爵様を含む七人の超越魔導士の一人です。まさか、お姉さまの御傍付きになっているなんて……」


 ミスカの意外な過去に、セレスティーナは驚く。

 父親であるデルサシス公爵と同期という事は、長い時を彼の傍でメイドをしていた事になる。

 つまるところ、自分の母親がどんな女性だったかを知っている事になる。聞いてはみたいが、未だその勇気のないセレスティーナだった。

 ちなみに超越魔導士と言うのは、レベルが500に到達した者達の事だ。

【メーティス聖法神国】の勇者達を除けば、レベル500に到達した者は少ない。故に国の重要なポジションにいる事が多かった。 


「氷を使う魔導士なのに過激で容赦のない人と言われ、欲望に塗れた感情で声を掛けて来る男子を尽く氷漬けにしたそうです。一説ではデルサシス公爵様と恋人関係にあったとか……」

「え? えぇ――――――――――――っ!?」

「デマです。むしろ殴り合う仲でした」


 勢い良く振り返ったセレスティーナに、ミスカはあっさり答える。


「な、殴り……御父様と?」

「振られた腹癒せに嫌がらせをして来る男子を裏で逆闇討ちし、悪い噂を流そうとすればいつの間にか背後にいたり、いかがわしい小説を友人に勧めていたとか聞いています」

「……それは今と変わりありませ……ごめんなさい。その振り翳した拳を収めてください……」

「フフフ……お嬢様、余計な一言が命取りになる事もあるんですよ? 言葉には注意をしてくださいね?」


 セレスティーナは無言で頷くしかなかった。

 それ程までにミスカが怖かったのである。


「お嬢様は最近、粗忽者になっている気がして……ミスカは悲しゅうございます」

「……ワザとらしく嘆くのは止めてください。もの凄く白々しいです……。似合いませんし」

「それもそうですね。では、やめます。もっと別の方向でからか……楽しませる事にいたします」

「いま、『揶揄う』と言い掛けましましたね? 何気に本音を出しましたね?」

「いえ、ワザとです。お気になさらず」

「えぇ~と……確かこんな時、『今宵のメイスは血に飢えておるわ』と言うのがお約束でしたか?」

「お嬢様!? いつの間にそのような言葉を……そして、そのメイスで私をどうする気ですか?」

「えと…………フルボッコ?」


 ミスカは衝撃を受けた。

 揶揄って慌てるセレスティーナを眺める心算が、まさか乗って来るとは思わなかった。


「やるようになりましたね。お嬢様……。一緒に世界を目指しませんか? お笑いの方で……」

「では、私はツッコミを担当しますので、ミスカはボケを担当してください。ツッコミにはこのメイスを……」

「普通に死にますね。クッ……ボケにボケで対抗するとは、私はお嬢様を見失っていました」

「そこは、見誤っていたでは? ミスカのせいで自分を見失う事もありますが……」

「しかも、ここで私へのダメ出し!? いつの間にそのような高等テクを……デキる」


 なぜか戦慄を覚えるミスカ。それ以上に悔しそうである。

 だが、良く考えてみれば今まで散々遊ばれて来たのだ。嫌でも耐性が付くものであろう。


「ほんと、ミスカさんは面白いね。クールに見えて実はおちゃめ」

「ウルナ……ミスカは面白いというより、悪ノリが酷いと言うのではないでしょうか……。仕事は完璧なのに……」

「お嬢様、私を残念な人の様に仰らないないでください。クロイサス様よりはまともです」

「私には基準が分からないのですが、どちらも悪質という事は分かりますよ? 意図的か無自覚の違いだけだと思います。ミスカは確信犯で愉快犯ですから」

「フッ……それは私にとって褒め言葉ですね」

「つまり、残念な人なのですね?」

「「・・・・・・・・・・」」


 無言で見つめ合うセレスティーナとミスカ。

 そこには見えない火花が激しくスパークしているのだった。


「ところで、セレスティーナ様のお兄さんが、胸を大きくする薬を作ったって聞いたよ? アタシは要らないけど、買った人はいるのかな?」

「アレは……一時的に大きくなるだけで、一定時間が過ぎれば効果を失います。あまり意味のない物ですね」

「お嬢様、強制的に胸を大きくするというのであれば、効果が切れた時に胸がだらしなく垂れるのではないでしょうか?」

「そこは大丈夫でしたね。普通に戻りましたし……」

「セレスティーナ様……まさか……」

「お、お嬢様……使用したのですか?」

「儚い……夢でした」


 セレスティーナも女の子。当然プロポーションの良い女性に憧れはある。

 しかし、魔法薬である豊胸薬の効果は一時的なもので、永続ではない。

 使用した時は喜んだが、時がたてば現実を知る事になる。その時に感じた空しさは、おそらく一生忘れる事はないだろう。


「所詮……薬で得た夢など、ただの幻想だったのです。残されたものは消える事のない空しさだけ……」

「「「「・・・・・・・・・・・・・・」」」」 

「フフ……笑ってください。一時の夢に溺れた無様な私を……」

『『『『わ、笑えない……。全然笑えないんですけど………』』』』


 この場にいる下級生達の中には、サンジェルマン派が作り出した豊胸薬に強い関心を持っていた。

 だが、実際に使用した者の体験談は、もの凄い哀愁の様なものが漂っている。長い目で見れば成長効果が期待できる【女性ホルモン増強剤】の方が有効だろう。

 その場にいた下級生達は、悲しいまでに感情のこもっていない笑みを浮かべるセレスティーナに、慰めの言葉すら掛ける事は出来なかった。

 そんなセレスティーナの傍らで、ミスカは涙をハンカチで拭うのであった。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 スティーラの街から少し離れたある街の一画。

 薄汚れた路地の奥にある小さな酒場でそれは起こっていた。


「ひっ、ひぃいいいいっ!?」

「お前等……随分と俺をコケにしてくれたよな? お礼をしに来てやったぜ?」

「く、まだ数はこちらが上だ! 囲んで畳みかけろ!!」

「無駄だ! 今の俺は最強だぜぇ? ヒハハハハハハハハハハ!!」


 血統主義名は正式な派閥ではなく、元より他人に寄生して利用するようなゴロツキ集団である。

 時にや誘拐や強盗などに手を染め、『魔導士の正式な後継』を自負しながら犯罪まがいの行為を繰り返す、悪質な者達の寄り合いであった。

 正式な魔導士としての鍛錬を怠り、自分達の血に流れる中途半端な魔法を誇りとしているが、彼等のやる事はテロリストと変わりない。

 血統魔法を受け継ぐ魔導士がなぜこのようなゴロツキになったかと言えば、それは彼等が遺伝的に受け継ぐ魔法が原因に他ならない。

 受け継いだ魔法は潜在意識領域の殆どの許容量を占め、他の魔法を覚えるのが実に困難な所為もあるが、何よりも受け継いだ魔法がさほど効果がないものが多いのだ。

 不完全な魔法故に使い勝手が悪く、とても実戦で使えるものではない。補助的な魔法も受け継いでいる者もいるが、それとて不完全な効果のせいで魔導士としては中途半端。

 結果として同類達との傷の舐め合いになっている。

 そして、彼等は裏社会に繋がる事で大規模な犯罪組織へと発展して行った。


 彼等の掲げる目標は政権の簒奪。自分達こそが魔導士の正当な血統と称し、様々な工作を行うようになってゆく。

 魔導士と言うよりは詐欺師の類と化し、更にチンピラたちを傘下に収め非公式の組合を設立。

 表向きは場末の酒場などを経営しているが、裏では人身売買に着手するほどである。コレを重く見た各国家は規制を厳しくし、血統主義派は動きを封じられてしまう。

 しかし、こうした連中は使い捨ての駒には丁度良く、邪魔者を始末するために利用する道具として重宝された。主に貴族達が彼らに依頼するようになったのだ。

 利用しようとすれば逆もまたしかり、血統主義派はそうした貴族と繋がりを強め、やがては利用するまでに組織力を強めて行く。

 そして、政治に食い込むために利用しようとしたのが、ウィースラー侯爵の次男坊サムトロールである。

 彼は権力に対しての欲が強く、それ以上に短絡的で利用できると判断したのだが、その策はサムトロールの失脚で潰える事になる。

 利用価値がなくなれば捨てるのも早い。しかし、その事に気付いた時、利用された者はどういう行動をとるだろうか?

 その答えが目の前で起きていた。


「人を散々持ち上げておいてよぉ~、随分とつれねぇよな? おい……」

「わ、わるかった! だが、相手は公爵家だぞ? 失敗したらこっちがやべぇ……」

「で? 俺に全てを押し付けてトンズラかぁ? 舐めやがって」


 サムトロールの体は異様に筋肉質になり、その力も尋常ではない。

 元から体格は良かったが、その姿はまるでオーガのようだった。

 そのサムトロールの周囲にいる男達は、彼を利用しようとした血統主義派に属する者達だ。

 自分達の子供をサムトロールの傍らに就かせ、おだて調子づかせる事で都合の良い様に操ろうとした。計画自体はかなり上手くいっていたのだ。本当の標的を操れる様になった所まではだが。

 そう、血統派魔導士達が本当に標的として狙っていたのは、実はツヴェイトの方だったのである。


「テメェ等は殺す。そんで俺の力になってもらうぜぇ~? なに、死ぬのは直ぐだからよぉ~、ヒヘ、ヒャハハハハハハハ!!」

「ひっ、ひぃいいいいっ!?」

 

 ―――ゴリュ! グシャ!!


 サムトロールは男の首を捻り、頭蓋を拳で叩き潰した。

 酒場に血液特有の鉄錆臭が漂う。


「さぁ~て、まだいるよなぁ~? お前等も俺のレベル上げに協力してもらうぜぇ~」

「に、逃げろぉおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」

「た、助けてくれぇえええええええええええっ!!」

「逃がすかよぉ~。『炎の矢よ、敵を貫け』【ファイアー・アロー】」

「ギャァアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」


 火達磨になった男の胸部を踏み砕き、大量の血液が周囲に飛び散る。


「あぁ……実に良い気分だ……ヒヘへ、最高じゃねぇか……フヘへへ」


 サムトロールの目は既に正気のものではなかった。

 力と血に酔い溺れた狂気の色が宿っている。

 喜悦交じりの笑みを浮かべながら、自分をコケにした魔導士達を殺し、暴力と言う名の愉悦に浸っていた。


「次はツヴェイトを……いや、俺を裏切った馬鹿共を皆殺しにしてやる。ヒャァ――ッ、ハハハハハハハハハッ!!」


 血塗れで笑う彼は、復讐を楽しんでいる。

 喩えそれが逆恨みのものでも、彼にとっては正当な理由なのである。

 次の標的を決めたサムトロールは血に濡れた拳を一舐めし、酒場を出て行く。

 通報で駆け付けた衛兵を殴り殺しながら……。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


「……想像以上に酷かったな。マファリナ草が多かったか?」


 そう呟いた一人の魔導士。

 全身黒ずくめのローブを着た、黒髪の青年である。


「アドさん……これはヤバいんじゃないかしら? 裏の連中に調合法を教えて良かったの?」

「私も、シャクティさんに賛成。これは酷い……」

「構わないだろ。どうせ奴等はこの国から出て行く。組織が潰されて商売ができないらしいからな」

「じゃぁ、他の国で活動すると?」

「大国の方が裏の人間は動きやすい。小国では活動範囲が決められるし、何より足が付きやすいからな」


 目的のためには他人を犠牲にする。

 そう決意を固めてはいても、実際に被害が出ると良心が痛む。

 だが、彼等にはそれをやらねばならない理由があった。


「奴等の所為で俺達は人生を狂わされたんだ。そのツケは高くつくと思い知らせてやる……」

「それは分かるわ。でも……少し薬の効果が強過ぎない?」

「だよね。正直……グロイ」

「見事にキマッてるな。まぁ、薬に走る様な奴などロクなもんじゃないだろ。自業自得だし……」

「「 酷い…… 」」


 綺麗事だけでは目的を果たす事は出来ない。

 大国の裏に敵がいるのだから、多少の犠牲は覚悟している。

 しかし、決意を固める事と現実に見る事は別問題だった。


「アレの効果は確認できた。他の連中も似た報告は受けているし、この国にはもう用はない」

「【イサラス王国】は、この国に攻め入ろうとしていたみたいだよ?」

「せめて同盟にするべきね。攻め込んだ所でその土地を管理維持できなければ意味はないし、火種を抱えた小国が大国を相手に勝てるわけないじゃない」

「まぁ、あの国王も馬鹿ではない。民の生活の事も考えると、多少の経済支援を受ける方を選ぶだろうさ」

「昔使った奇襲作戦が出来なくなったしね」

「けど、【イサラク王国】と【ソリステア魔法王国】が同盟を結んだとしても、交流するにもあの場所を通らなければならないわよ?」


 イサラク王国とソリステア魔法王国の間には、険しい山岳地帯がある。

 そして、その山岳地帯に栄える国【アルトム皇国】は、現在ある国と戦争の真っ最中。

 戦場に勇者も参戦させたが、逆に苦戦を強いられる事となった。そう、戦争の相手国が【メーティス聖法神国】なのである。

 貿易するにも商人達はオーラス大河を行き来せねばならず、その航路には戦場が広がっている。

 時折、兵士達に接収と言う名の強奪行為をされ、【メーティス聖法神国】の兵達は評判が悪い。むしろ山岳民族である【アルトム皇国】の方が好印象を持たれていた。


「勇者か……まるでRPGね」

「実際、勇者なんて本当にいるの? 甘い言葉に騙されて、利用された後に殺されるんじゃない?」

「調べた限りではその可能性が高い。勇者の子孫なんていう奴等もいるが、報告によると全員がレベル400だそうだ。面倒だな」

「戦い方にもよるけど、私達なら余裕で勝てるんじゃない?」

「油断は出来ん。こちら側に来てくれるなら助かるが、敵なら……」


 諜報員の話では、三年前に召喚された32人の勇者達。

 その三年間の間に半数が死に、残りの勇者達が何とか戦線を維持している形になっている。

 だが、【アルトム皇国】の戦士達はほぼ全員が勇者達と同レベルで、その中に突出した強さを持つ者達も多い。その戦力で小国でありながら【メーティス聖法神国】に手痛い打撃を与えていた。

 勇者が死んだ原因がこの戦争であり、しかも地形の利を上手く利用している為に【アルトム皇国】はたいして被害を受けていなかった。

 勇者達は独断先行が強く、そこを上手く突かれて討ち取られる羽目になったのだ。


「【アルトム皇国】は俺達に近い。それに、亜人種の国だ。イサラス王国は同盟を組まないと辛いな」

「後は他の獣人達の国……」

「そうね……。フゥ、いつまでもこの場にいても仕方がないし、宿に行ってから話しましょ」

「そうだな。明日にはこの国を出るし、早めに休むとするか」


 話を終えると、三人は宿へと向かう。

 転生者アドと愉快な仲間達は翌日、オーラス大河を行き交う船に乗り、拠点であるイサラク王国へと向かう。

 とりあえずは協力しているイサラス王国に報告し、次なる段階に進むために。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


「もう、馬鹿な事はするなよ? 公爵様の恩赦とは言え、二度目はないんだからな?」

「長い事、お世話になりました。今後は気を付けます」


 衛兵の詰め所に拘留されて一週間、エロムラ君はようやく外に出る事が出来た。

 久しぶりに自由になった彼は空気を思いっきり吸うと、奴隷から解放された事にようやく喜びを実感できた。


「フハハハハハハ、娑婆の空気がうまいぜぇ! うははははは♪」


 そして、お約束んセリフを口走る。


「おい、一応ここは公共施設の前だぞ? 自由になれたのが嬉しいのは分かるが、騒ぐなら余所でやってくれ」

「すみません……」


 久しぶりに自由になれたエロムラ君は、はしゃぎ過ぎて衛兵に怒られた。

 

「さて……これからどうするか。う~ん、傭兵生活は金がかかるし……」


 エロムラ君の職業は【ブレイブ・ナイト】。

 魔法も使えるが完全な前衛戦士職。いくら強くとも一人で異世界を満喫するには苦しい。

 奴隷落ちした為に傭兵登録は消され、再び登録して上のランクに上がるにしても時間が掛かる。しかも報酬は依頼によって異なる。

 時には受ける依頼がなく暇な時間も多い職業だった。狩りに行くしか生活費を稼ぐ手段がない。


「う~ん……奴隷ハーレムを作るには、やはり安定した収入が欲しい……。一獲千金をするにはこの世界は危険すぎる」


 彼は奴隷ハーレムを作る事を諦めてはいなかった。

 だが、奴隷を購入するにも金が必要で、エロムラ君はその金を持っていない。

 生産職のスキルを持っていないので、何かを作り売る事は不可能。地道に稼ぐのもめんどくさかった。


「そうだ! 同志の護衛は出来ないか? 公爵家の御曹司なら護衛はいくらいても足りないくらいだろう。そうと決まれば、さっそく。うははははははははははは!」

「やかましい! 騒ぐなら他でやれ、迷惑だって言ってんだろ!! また奴隷になりてぇ―のか!!」

「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」


 堂々と奴隷ハーレムを作る事を公言していたエロムラ君は、再び衛兵に怒られた。

 彼は懲りるという言葉を知らない。

 エロムラ君は再就職先をツヴェイトの護衛になると勝手に決め、意気揚々と街の中へとくりだすのであった。就職できないかもしれない可能性を考慮せずに……。

 ある意味、彼はどこまでも前向きである。

 

 

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