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おっさん、細やかな嫌がらせを提案す

 イストール魔法学院から帰還したゼロス。

 自宅でゆっくり休んだ次の日、デルサシス公爵に報告すべく領主館に来ていた。

 この領主館の不思議な所は、客を迎え入れるフロアの左右にソリステア商会の事務所がある事だろうか。

 貴族階級の客は直ぐ奥へと通され、商売などの話――主に取引などの商談の多くは左右どちらかの事務所から奥へと案内される。

 まぁ、貴族は中央、商人は左右の事務所から奥へと案内される三方向の専用通路があると思ってくれればいいだろう。だが、奥へと続く扉の前には兵士が常に監視しており、公爵に手渡す書類などを運ぶにしても一々許可を取らねばならない。

 デルサシス公爵も時間の無駄だと思ってはいるが、今のところ良い改善策が思いつかないでいた。

 そんな商人専用の商談通路を黒尽くめの魔導士が職員に案内され、ソリステア商会の会長の元へ案内されていた。早い話がデルサシス公爵の事なのだが……。


「公爵閣下、ゼロス殿がお見えになりました。入室を宜しいでしょうか?」

「入れ」


 簡単な言葉で許可が下り、ゼロスは職員と共に部屋へと入室する。


「その扉から来る時は会長と言え、役職は分けねば混乱するであろう?」

「申し訳ありません。今後気を付けます」

「うむ……」

「はい、では……」


 入室してゼロスが見たものは、書類の山に埋もれているデルサシスの姿であった。

 ゼロスとしては、デルサシスがこれほど仕事を残す様な真似をするとは思えない。何らかの大事でもあってしばらく留守にしていたものと判断した。


「ご無沙汰しております、デルサシス殿。依頼の件、無事に完了いたしましたよ」

「うむ、すまないな。今は何かと人手がなくて、忙しい。無理を言ってしまい、こちらが申し訳ないと思う」

「仕事ですからね、別に構いませんよ。にしても……王都にでも行っていたんですか? 凄い仕事が溜まっていますが……」

「少し野暮用でな。長い事溜まっていたツケを晴らして来たら、この有様だ」

「その野暮用と言うのが怖いんですがねぇ……」


 この公爵は裏で何をしているのかは分からない。

 何となくだが、その野暮用がデンジャーなものではないかという気がしていた。


「さて、依頼の報酬の件だが、確か護衛に三人ほど雇ったのだな? クロイサスやセレスティーナにも護衛をつけたとか、念を入れてくれた事に感謝する」

「いえ、護衛に就けるかどうかは博打でしたよ。ツヴェイト君には運が悪く護衛に就けませんでしたが、代わりにウチのコッコ達を彼の傍に待機させておきました」

「……コッコ? 【ワイルドコッコ】の事か? あの魔物は比較的弱い筈だが……」

「フッ……ウチのコッコは凶暴ですよ」


 少し困惑した表情のデルサシス。

 まさか、弱いと思われたコッコが馬鹿げた強さを持つ別の種に進化しているなど、夢にも思わないだろう。実際ゼロスも全く気付かなかった。

 上位進化体に変身する能力など今まで聞いた事もなく、その強さはレベル400と破格の強さを誇る。

 しかもゼロスとの手合わせを毎日続けていた事で、コッコ達の強さは事実上勇者に匹敵していた。近接戦闘系のスキルの数をかなり保有し、もはや敵なしである。


「まぁ、コッコの事は置いておく事にして、何でも暗殺者二人が寝返ったという話だが?」

「情報が早いですね。一人は犯罪奴隷、法律を知らずに馬鹿な真似をしてしまい、奴隷落ちした所を裏に横流しされたようです。もう一人はツヴェイト君のところに居座ってますねぇ」

「年端もいかぬ少女と聞いたが、大丈夫なのか?」

「彼女は幼いですが、強いですよ? 少なくともレベルは800は越えているでしょう。ただ、ツヴェイト君が間違って幼女趣味に走らないかが心配ですね」

「返り討ちになる可能性が高いな。ツヴェイトもそこまで愚かではあるまい、大丈夫だろう。その子にはこちらで護衛としての給料を用意しよう」

「もう一人の方はどうします?」

「恩赦として奴隷から解放しよう。だが、次はないがな……」


 エロムラ君は自由になる事が出来そうだった。

 多少馬鹿な所はあるが、決して悪い人間ではないので妥当な所だろう。

 

「それと……逃げたもう一人の暗殺者の似顔絵がこちらです」

「女か……しかし、なぜ子供の姿など数が多いのだ? 20枚近くあるのだが……」

「奴は【回春の秘薬】を所持しています。若返って自分のところに現れるだろうから、念のためにですよ。できれば火炙りにしてくれるとありがたいですね。……徹底的に拷問をして」

「なぜ、そこまで危険な笑みを浮かべている? それほど始末したい人物なのか?」

「是非にでも! 恥ずかしい話ですが、こいつは僕の姉でしてね。他人を食い物にして生きている害虫なんですよ。利用しようとは思わず確実に始末してください。どうせ数年もすれば死にますが」

「……姉?」


 デルサシスにとって、ゼロスの姉は利用価値が高いと考えた。

 だが、念のために話を聞いてみると妥当な判断と思える。その理由が簡単に裏切る可能性が高く、更に金が掛かるのが問題だった。

 法外な金を出して雇うにしてはあまりに考えなしの行動が目立ち、更に給金の値が少しでも敵対勢力の方に軍配が上がれば、こちらの情報を簡単に売る事もあり得る。

 唯一褒めるところがあるとすれば機転が利く事だろう。それも悪い方向にだ。

 意図的に偽の情報を与えるという手段もあるのだが、それを行うには金が掛かり過ぎるほど金銭感覚に問題がある。必要経費と称して贅沢三昧する確率が高く、デルサシスもそんな無駄な金を使う気は全くない。

 何よりも、残りの寿命がないというのが利用価値のある道具としての価値を見いだせず、そんな状態になったのも自爆だというのだから、もはや愚かとしか言いようがない。

 早い話、行動も人格にも金銭的な面でも使い勝手が悪すぎるのだ。


「了解した。で……こちらの悍ましい絵は何だ?」

「帰ってくる途中で妖精被害に遭っていた村の光景ですね。まぁ、犠牲となった者達がどんな目に遭っているかという証拠の絵ですよ。特殊な使い魔を使用しましてね、その現場を記録として残した物です」

「何という邪悪な……四神教はこの様な魔物を擁護しているのか?」

「子供の残虐性と同様ですよ。無垢だからこそ、そんな真似が簡単にできる」

「善悪の判断が出来ない訳か。なるほどな……」 


 デルサシスは即座に妖精に関する危険性を察した。

 子供が遊びで虫を殺す様に、妖精も遊びで生物を殺す。その中には人間も含まれるのだ。

 だが、この情報は別の方向で有益なものでもある。

 最近何かと四神教が五月蠅く、特に【メーティス聖法神国】が圧力を掛けて来る。その中に妖精の擁護と神官達の権威を上げる事が含まれており、実に頭の痛い問題であった。

 何しろ【メーティス聖法神国】は神官達の総本山であり、回復魔法は神官達しか使えない。

 この国から神官が消えると、怪我などの治療など医療面で大きく後退してしまう。そなれば戦争になった時不利になりかねない。

 だが、そこで目の前の魔導士はとんでもない事を言いだした。


「デルサシス殿、回復魔法を売る気はないですか?」

「な、なに?」

「一般的に神聖魔法というのは、光属性の系統魔法なんですよねぇ。ですが、現時点で【メーティス聖法神国】しか回復魔法を所持していない。効果が若干落ちますが、魔導士でも怪我程度なら治せます」

「……だが、それは彼の国との戦になり兼ねん事態になるぞ? 彼等の優位性の殆どが神聖魔法なのだからな。まぁ、奴らの勢力を削る事は出来るが……」

「軍内でも医療専門の魔導士を増やせば良いのでは? 神官ばかりに頼る必要もないでしょう。もしかしたら【職業ジョブ変化】が起こる可能性が高いですし」

「成程……実験してみる価値はあるな。回復魔法がバレても、魔法研究の成果だと言い張れば良い訳か。だが、それで奴等が納得するとは思えんな」

「隣国でも売り捌けばいいんじゃないでしょうか? 同時期に複数の国で回復魔法が出回れば、どの国でも回復魔法を開発していたと思われる可能性も高いですよ? 第一、怪我人を直せるのが神官しかいないというのは問題ですよ。傭兵も回復魔法が使えると損耗率が下がると思いますがね」

「一応、医者もいるのだがな。数が足りないのはどちらも同じか……。ふむ、一考の余地がある。そうなると近隣の同盟国と連携して行く必要がある」

「その辺りは聞かない事にします。僕はただ思った事を言っただけにした方が良いですからねぇ」

「既に内政干渉だが……? 時に、その回復魔法はゼロス殿が改良した魔法か?」


 おっさんは少し思案を巡らせる。

 通常の回復魔法のスクロールは山ほど持っている。【ソード・アンド・ソーサリス】の時に初心者相手に対して格安販売をしたからだが、改良版は滅多に販売する事はなかった。

 ただし、改良版より魔法効果を低くした劣化版なら売っても構わない気もしている。

 そもそも妖精というタチの悪い種族を擁護しよう足する国家を相手に、そこまで遠慮する必要はない様に思えた。だが、全てを渡すのも些か問題がある。

 

「幸い、初級から中級までの回復魔法がありますが、他国の方は改良前の物を外交取引で預け、僕が改良した物をこの国で販売するというのはどうです? まぁ、通常の物より効果が少し高いだけですがね」

「なるほど、稀に回復魔法のスクロールが遺跡から発見されるが、それと同一の物か効果が高い物が出回れば【メーティス聖法神国】は優位性を失うな。効果が異なれば文句は言えまい。

 最近は勇者の戦力で脅しをかける様な事もしているらしく、この辺りで一手を打つのも面白い」

「では、遠慮する事は……」

「うむ、全くない。にしても……改良か、完成された物ではないな? 敢えて魔導士が改良する余地を残しているという事かね?」

「完成された物を売りに出したとしても、それで他の魔導士が成長するとは思えませんからねぇ。下手をすると力不足で使えないかもしれませんし、少しは自分達で改良する努力もしてほしいので」

「使い方を誤ると不味いな。難癖をつけて奪うのが奴らのやり方だ……さて、どうするか」


【メーティス聖法神国】は、遺跡から発見された回復魔法のスクロールを宗教的な理由をこじ付けて他国から奪っている。神聖魔法が神官しか使えないと吹聴しているが、魔導士が制作する事に成功したと広まると話が変わる。

 魔導士に回復系の魔法を使われると、それで教会などの運営費を稼いでいる彼等の収入は落ちる事になり、魔導士が怪我を癒せるという事実が信仰に亀裂を生み、信者の数も減る可能性が一気に高まるだろう。

 呪文などの設定を変える事は簡単にできるので、難癖を付けに来ても『長い研究の成果だ』と誤魔化せば良い。実際周辺国では、【メーティス聖法神国】は嫌われているので喜んで強力してくれるだろうとデルサシスは策を構築し始めていた。

 小国にとっての問題は派遣されてくる神官ばかりでなく、気まぐれでやって来る勇者が色々とやり過ぎているのだ。

 まともな者達もいるのだが一部は力尽くのやりたい放題。だが、その戦力は馬鹿に出来ず、たった一人で小国の騎士団を蹴散らしたほどだ。

 まぁ、平均レベルが300のこの世界の騎士達と、レベル500の勇者とでは相手にはならない。

 三人もいれば一個師団など簡単に倒せたりする。勇者は補正効果で成長が早く、同時に身体強化も補正である程度強くなるらしい。そんな連中が国境の街に現れては色々と悪さをするのである。

 そんな話をしながらも、ゼロスはスクロールをテーブルの上に置いていった。

 

「面倒な連中ですねぇ」

「特に、【ヒメジマ】【ササキ】【カワモト】【イワタ】【ヤサカ】の五人が最大戦力として優遇されている。他は今も各地で戦場に駆り出されており、稀にふらりと他国に現れるのだそうだ」


 異世界で違和感のある日本名を聞き、ゼロスは目を細める。


「へぇ~、自由ですねぇ。できれば会ってみたいものですよ」

「……随分、危険な目をしているな。会ってどうする気だ?」

「まぁ、相手次第じゃないんですか? 他国にまで来て迷惑を掛けるようでは擁護も出来ないでしょう」

「この国に来ない事を祈りたいな。さて、私はそろそろ仕事に戻らねばならない。すまないがここで話は終わりにさせてもらおう」

「お忙しい中、長々とすみません」

「いや……報酬は既に用意してある。受付の方には私から連絡しておこう」

「では、今日はこの辺で」

「うむ、ゆっくりと休んでくれ」


 ゼロスが退室した後、デルサシスはテーブルの上に置かれた物を見て、思案気に腕を組んだ。


『さて、これをどう使うか……。あの国も少々大きくなり過ぎたようだし、多少は仕掛けてみるのも一興か。あの計画を踏まえて実行すれば、大打撃になるだろうな。ふむ……いつ手札を使うか、やるなら早い方が良いだろう』


 ゼロスと同様な危険な笑みを浮かべ、デルサシスは再び仕事へと戻る。

 溜まった仕事を終わらせなければ、妻や愛人と過ごすひと時が削られるからだ。

 デキる漢は女の為に全力を尽す。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


「……おじさん。コレ……マジで一人分の報酬?」

「マジですが? どうかしましたかねぇ」

「……き、金貨が袋にぎっしり………しばらく遊べるくらい」

「無駄遣いをしなければ、ですがね。まぁ、公爵家の身内を護衛したんだし当然だと思うが?」


 領主館から戻ると、おっさんはイリスのいる孤児院に向かい報酬を渡す。

 イリスは報酬の分け前を受け取り、皮の袋を開いてその金額に驚いていたりする。

 一人辺り250万ゴル。普通の傭兵なら名工が制作した安くも新しい装備が一式買えそうな値段である。


「ジャーネさんとレナさんは、まだ戻って来ませんか。報酬、どうします?」

「預かるのが怖い……おじさんが持ってて。私はちょっと……」

「良いですが、後でちゃんと連れてきてくださいよ? お金の問題ははっきりさせておかないと、後々が厄介だからねぇ……ククク」


 愚劣な姉を思い出し、おっさんはちょっぴり暗黒面ダークサイドに落ちていた。

 そんなおっさんに、イリスは少し躊躇いがちになりながらも、奥に押し隠してた言葉を出した。


「お、おじさん、私の装備を強化できる?」

「フ、フフ……へ? 装備? 出来るけど、素材はあるのかい?」

「まぁ、【ソード・アンド・ソーサリス】の時の素材が幾つか……」

「何の素材かにもよるかな。実験がてらに強化してみます? 素材次第ではある程度強化できるど、どんな強化にするか教えて欲しいなぁ」

「実験……え~と、おじさんみたいに防具系統を装備したいんだけど……。【フェアリー・ロゼ】と戦った時に【駆け出し剣術】と【投擲】のスキルを覚えたんだよ」


 つまりはゼロスと同様万能型にスタイルを変え、様々な戦況に対応できる形にしたいようだ。

 だが、それは半端な覚悟で極められるものではない。トッププレイヤーだったゼロスと同等になるには、相当な時間が必要とする。

【ソード・アンド・ソーサリス】とは違い、技能スキルを職業スキルに発展させるのには鍛錬を続け、実戦を幾度となく経験して上がるものなのだ。

 簡単に言うと、要は徹底的に戦い続けなければ無理なのである。


「今のスタイルを変えるのは少し問題じゃないですかねぇ? 手甲やブレスプレート、レッグアーマー……かなり武骨になるかな? まして近接戦闘は殺す事に慣れないと、護身だけでは心許ない」

「うっ……けど、今のままだと弱いだけだし、身を守る技術が欲しいの! だから実戦で鍛えようかと」

「良い傾向だと思うけど、解体……出来るんですか? 割り切れないと吐くよ?」

「あー……無理。さすがに慣れそうにない…かな……?」

「まぁ、良いけどね。装備を強化するというのは、今の装備をベースに? デザインを変えずにだけど」

「うん。ローブやブーツ、グロ-ブなんかも……」


 イリスの装備は中間生産職が作った物で、どんな素材が使用されているか分からない。しかも見た限りでは繊維素材系統で統一されている。

 こうした装備は主にコーティング強化が一般的で、その上から装甲系の鎧などの装備を装着する。

 魔導士は身体能力が戦士系よりも低く、そんな装備を装着すれば逆に動きが阻害される事になり兼ねない。急所となる場所を重点的に守るようにした方が効率的であった。

 戦士系のスキルを持たないイリスには、鎧などの装備は重すぎて使えないのだ。


「レベル500程度の攻撃なら軽減できるようにする事は可能だが、上位スキルを所持していた相手の場合は、個人の持つスキル補正と防御力同士の勝負になるしねぇ。ふむ……提案するけど、ウチのコッコ達と鍛錬してみたらどうかな?」

「えっ? コッコと……? なんで?」

「鎧系統装備は重いんだよ。戦闘系スキルとレベルを上げて調整しないと、今のままでは動けなくなると思うけどねぇ」


 イリスの脳裏に、某アニメの道着を着た自分とニワトリ達が並んで型稽古をする姿が浮かんだ。

 何やら微笑ましいような情けないやらの光景に、イリスは少し恥ずかしくなる。

 だが、ゼロスの所にいるコッコ達は並の相手では敵わない程に恐ろしく強いのだ。


「うっ………少し情けないんですけど」

「装備を強化するまでの間だよ。戦士系スキルを獲得して鍛えた方が、鎧などの装備も使いやすくなるんだけどねぇ。レベルアップで身体能力も上がるし」

「うぅ……鍛えるか、諦めるか……そこが問題だよぉ~。怖いし、けど死にたくないし……」


 フェアリー・ロゼとの戦闘は、イリスに命の危険を自覚させたようである。

 鍛えるために一時の恥を取るか、諦めて普通に魔導士職で突き進むか、選択肢は二つに分かれた。

 身を守るためにはスキルが必要不可欠だが、スキル獲得には様々な職業を経験しなくてはならない。幸いコッコ達には戦士系、剣士系、暗殺系の三職が揃っている。


「コッコが師匠になるのぉ~? おじさんじゃ駄目?」

「僕は、これから草刈りがあるんだよ。しばらく目を離した隙に大量に雑草が繁殖してまして、孤児達に草刈を頼むつもりだったのだが、旧市街に孤児達は少ないからねぇ。孤児院の子供達はゴミ拾いに出かけますし……空き瓶回収の方が稼ぎになるみたいだなぁ~」

「おじさん、生産側に転向すれば? 結構繁盛すると思うよ?」

「繁盛し過ぎて手が付けられなくなる。どんだけ破格装備を作り続けて来たと思っているんです? 今更普通の装備なんて作れませんって。

 鉄の装備でも補正効果が絶大なんだよ? 過労死するって、マジで……」


 おっさんの作る装備の類は、ただの鉄でできた装備でも破格の効果が出てしまう。

【手加減】のスキルがあっても、製作した装備の類には何らかの付加効果が付加されてしまうのだ。

 むしろ何の効果も持たない装備を作り出す方が難しい。


「カエデさんも毎日鍛えているみたいだよ? 今朝もコッコ達と組手や素振りをしていたし」

「カエデちゃんは子供じゃん! 私は年頃なんだよぉ!」

「・・・・・・・・・」


 ゼロスはイリスの姿を上から下まで一度見、『やれやれ』というような態度で溜息を吐いた。


「年頃………フッ、おじさんにはどちらも子供なんですがねぇ。特に……いや、何でもない」

「レディに対して失礼だよぉ!?」


 おっさんには、イリスとカエデは同じお子ちゃまにしか見えない。

 特に胸の辺りが……。

 可哀そうなものを見る様な視線を送るゼロスの態度に、イリスは『むきゃ~~~~~~~っ!!』と怒りをぶつけるのであった。

 

 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 三日後、おっさんは麦わら帽子を被り、首に手拭を撒いた姿で草刈りをしていた。

 想像以上に根が深く引き抜くのにもそれなりの力が必要で、長時間の中腰姿勢で腰が痛い。

 とにかく繁殖力が凄まじく、もはや草叢と言ってもおかしくはない状態。

 細かい草は【万能鎌】で刈り、後は手で引っこ抜く作業を延々と繰り返していた。コッコ達も手伝う事で作業効率は上がっているが、それでもまだ三分の一が残っている。

 野菜が植えてある畑も草で覆われていたが、不器用ながらもコッコ達が引き抜いてくれていたおかげか、繁殖状況は軽微で済んでいたのが幸いである。

 飽きたら野菜を収穫し、根菜は漬物に、大豆などは天日に干す。


「こんにちは、ゼロスさん」

「ルーセリスさんですか、どうしました?」

「いえ、今朝方卵を頂いたものですから、そのお礼をと思いまして。朝は礼拝の最中でしたので、お礼を言えなくて申し訳ありません」

「いえいえ、ご近所さんですから。それに僕一人じゃ食べきれませんので」

「こちらでも少し多いので、近所の方々にお分けしましたら喜んでくださいました。本当にありがとうございます」

「それは何よりですね。卵が無駄にならずにすむ」

「ところで……」


 ルーセリスは鶏小屋の方に視線を送り、少し困惑気に疑問を口に出しす。


「イリスさんは、いったい何をしているんですか? どこかの踊りでしょうか?」

「あー……アレは格闘スキルを得るために訓練しているところですよ。型稽古と言って、様々な状況に対応した型を咄嗟に出せる様に、体に覚えさせているところです。変な踊りに見えるけどね……」


 イリスは、ここ三日ほどおっさんの家でコッコと仲良く型稽古をしている。

 ただし、インドア派だったせいか、その動きはお世辞にも型稽古をしているようには思えない。

 誰の目からも奇妙なダンスを踊っては、縺れて転ぶの繰り返している様にしか見えないのだ。

 ちなみにだが、型稽古は所謂太極拳みたいなもので、素人同然のイリスが行うとその動きは無駄があり過ぎた。

 ゆっくりとした動きだが、体に掛ける力加減や重心移動、姿勢バランスなどを行うのは意外に難しく、しかも魔力を練りながら行うので疲労もかなり溜まる。


「それに……イリスさんが着ている服はどこで買ったものでしょうか? 見た事がありません。カエデちゃんの服に似ている様な気もしますが……」

「アレは格闘家専用装備だよ。まぁ、魔導士でも着る事は出来ますがね、【見習い拳士】のスキル獲得のために着用している。強くなりたいそうでして」


 ちなみに道着なだけに格闘スキルを覚えやすくする効果付き。

 防御力はなく、身体補正効果もない。


「イリスさんみたいな女の子が、強くなるために訓練しているのですか? カエデちゃんなら兎も角、彼女は魔導士のはずです。格闘スキルなど必要あるのでしょうか?」

「【フェアリー・ロゼ】を追い詰める事は出来たが、その間で一時的に捕らえられ殺されそうになったらしい。戦闘系のスキルを鍛えれば必然的に自身の能力に加算されるので、要するに死なないための訓練ですかねぇ」

「傭兵など辞めて、普通に暮らせないのでしょうか? 彼女は荒っぽい仕事に向かないと思いますよ」

「ダンジョンに行きたいらしいからねぇ。そのための身体強化訓練って所だろう。夢に向かって頑張っているみたいだ。いやいや、若いって良いなぁ……」


 無様に転びながらも型稽古を続けるイリスの横で、まるで某寺の少年達の様に、一糸乱れぬ動きで流れるが如く型を繰り出している子供達五人。

 カエデ、アンジェ、ジョニー、ラディ、カイの孤児院五人組であった。


「よし、型稽古はおっわりぃ~~♪」

「次は組手だぁ――――っ!!」

「拙者は無手の技をも極めて見せる! 目指せ最強の武人!」

「動いた後の飯は美味いからなぁ~。午後はゴミ拾いに行こうぜ? 資金稼ぎだ」

「運動の後の肉は格別……。ミートハンターにボクはなる!!」

「「「「 そしてダンジョン攻略して、金を貯めて自堕落に生きるんだ!! 」」」」

「拙者は、この世界に武名を轟かせてみせる! 祖父の名に懸けて!!」

「「・・・・・・・・・・・・」」


 子供達は欲望に忠実だ。そして、カエデは血生臭い修羅だった。

 分かってはいるのだが、子供達が欲望駄々漏れの事を公言するたびに、おっさんとルーセリスはなぜか力が抜ける。

 前向きなのは良い事だが、夢があまりに子供らしくない。

 そして、イリスを抜いて五人は武器や素手でコッコ達と組手や乱取りを始める。


 ―――ビシッ!! ガンガン!! ドゴォッ!!


 とても子供が行うような組手とは思えない、重い打撃音が響く。


「……あの子達は、いつの間にあれほど強く……。とても子供とは思えん。大人を瞬殺出来るのではないだろうか?」

「あの子達の夢はともかく、少なくとも間違った道を進んでいない事が幸いです。周囲に迷惑はかけていませんし……。ハァ~………」

「タカリもやめたんですか? 以前は『肉くれよぉ~』と言ってきましたが……」

「薬草などの売買でお小遣いが増えたので、タカリをする必要がなくなったのでしょう。ゼロスさんのおかげです……うぅ…」


 ルーセリスにとって、以前に子供達が行っていたタカリは恥ずかしいネタであった。

 最近はその行為を行わず、夢に向かって力を付けようとしている。

 問題は、その子供達が恐ろしく強くなっている事だろう。だてにレベル200を超えるコッコ達と訓練をしていない。戦闘系スキルが非常識なまでに上がっているのだ。

 強い相手と戦う事により、スキル効果も鍛えられて補正効果も上がりまくり(低レベルモンスターを倒しスキルを上げるよりも、高レベルを相手にした方が得られる補正効果が高い)、しかも未だレベルが一桁なのだ。末恐ろしい子供達である。


「う~ん。しかし、あそこまでスキル効果が上がると、そう簡単にレベル上げできないな。強い魔物を相手にしないと……どこかで狩りでもさせてみようか」

「ゼロスさん!? あの子達はまだ子供なんですよ? そんな危険な事……」

「しかしねぇ……あの子達、イリスさんと一つ歳下だよね? 今から自立できる力を鍛えておいた方が良いと思いますが?」


 見た目が幼い様に見えても孤児院の子供達はイリスの一つ年下であり、普通なら仕事の手伝いなどを行いながら社会勉強を始めている年頃である。

 見た目が幼いのは孤児院の生活事情が芳しくなく、栄養の良い物を食べられなかったのが原因だ。しかしながら最近はその環境も改善され、身長も少し伸びてきた気がする。

 傭兵とはいかないまでも、猟師くらいならできるかもしれない。


「社会に出るには経験が必要。あの子達は自分で簡単な回復薬や傷薬も作れるし、それなりに腕もたつ。カエデさんも身を守るために実力をつけた方が良いし、いつまでもこのままとは……」

「そう……ですね。ですが、私はあの子達に危険な真似をしてほしくはないんです。もしもの事があったら……」

「そうならないように鍛えるんですがね。いずれダンジョンに行くと言っている以上、あの子達は間違いなく行くな。欲望に忠実だから……」

「ひ、否定できません……」


 草を刈りながらもそんな話をしていると、イリスがようやく組手にに入るようであった。

 相手は【クロオビ・コッコ】。ニワトリの癖に【指導】スキルを持つ数少ない一羽だ。

 面倒見が良いのか、イリスの型が少しでもズレていると懇切丁寧に教え修正させるほどだ。

 そして……。


「きゃびぃ―――――――っ!?」


 イリスは空中に軽々と投げ飛ばされる。

 レベルではイリスの方が上だが、接近戦ではコッコの方が何倍も強い。


『コケ(立ちなさい。この程度では実戦で死ぬわよ?)』

「し、師範! もう少し手加減してぇ~っ、すんごく怖かったよぉ!!」

『コケコケ(武の道は一日にしてならず。毎日の鍛錬こそが重要よ? 弱音を吐いているだけでは強くなれないわ)』

「うぅ……師範は厳しい」


 雌だった。しかも、部活動で頼りになる面倒見の良い先輩タイプ。

 この三日、弱音を吐き続けるイリスを懇切丁寧に指導する、優しくも厳しいお姉さんのようなコッコだった。だからこそイリスも頑張ってスキル獲得と強化に取り組んでいる。


「どうでも良いけど、何で言葉が通じるようになるのかねぇ? 不思議だ……」

「時間が空いている時にですが、私も子供達と良く訓練をしてますよ? あのコッコは教え方が丁寧で、教育の事で実に参考になります」

「……ウチのコッコ、人間以上に人間らしくね? よし、あのコッコの名は【メイケイ】にしよう」


 ルーセリスが子供達と格闘訓練をしていたとは意外だった。そして、そんな彼女達に技を教えるコッコ。

 そのコッコは四羽目のネームドモンスターとなる。

 メイケイは自分に名前が付けられた事に気付き、翼を前で重ね頭を下げた。

 気のせいか、メイケイの強さが若干上がったような気配をおっさんは感じる。


「ルー! ここにいたのか」

「あら、ジャーネ。遅かったですね?」


 背後でルーセリスを呼ぶ声が聞こえ、振り返ればジャーネ達の姿があった。

 船でようやく帰ってきたようで、どこか疲れのようなものが見える。


「遅かった? 何で……これでも早い方……。って! 何でおっさんがいるんだぁ!?」

「それは、街道を爆走して来たからです。ジャーネさんは遅かったですね?」

「わかるだろ? 風向きのために船が遅れたのと、レナの奴が……」

「あー……言わなくても理解できた。暴走したんだ……ご苦労様です」


 思わず敬礼をするおっさん。ジャーネが苦労した事が充分理解できた。


「あぁ、しかも……よりにもよって、とうとう幼い子供に手を出そうとしやがったんだよぉ!!」

「で、ウーケイ達に制裁を受けて、簀巻きで引き摺ってきたと……。本当に、ご苦労様。これが依頼の報酬になります。イリスさんには既に渡してあるから、どうぞ受け取ってください」

「あぁ……これでゆっくり休める……。って、コレ……多すぎないか?」


 ジャーネは受け取った報酬を確認した瞬間、驚愕の表情を浮かべた。

 今まで受けた依頼よりも遥かに高い報酬を見て、手が震えている。

 その後方でレナがまな板の魚のようにビチビチと跳ねているが、おっさんは気にしない事にした。


「しかし……レナさんに報酬を渡して良いものか……」

「あぁ……間違いなく少年達を宿に連れ込むな。こういうのをビッチと言うのだろうか?」

「……さぁ? レナさんの場合は、どちらかというと好色ですかね。このまま簀巻きにしておいた方が良いかも……」

「報酬……渡すのか? 間違いなく、三日でなくなるぞ?」


 普通は三日で使い切れる金額ではないのだが、レナの場合は違うらしい。

 簀巻きにされたレナが何か言いたげだったが、おっさんは無視する事にした。


「ルーセリスさん、二人を孤児院で休ませましょう。長旅だったようなので疲れていると思います。別の意味でも……」

「そうですね。ジャーネ、今日は孤児院に泊まる? 宿を探すのも大変でしょう」

「頼む……。レナの所為で宿を探す気力もない……」

「マジでお疲れちゃんですね。レナさんの報酬も受け取っておいてください。さすがに僕が持っているのも………」


 レナがめっちゃ睨んでいた。

 そして、無駄に鼻息が荒い。彼女は別の意味でやる気だ。

 ロープを解けば欲望のままに走り出すだろう。


「どうでも良いが、イリスは何しているんだ?」

「きゃおぉ――――――――――――っ!?」


 仲間が戻っても、イリスはメイケイに投げられ続け蚊帳の外だった。

 これが訓練である以上は誰かの助けがある筈もなく、この日もイリスは幾度となく宙を飛ぶ。

 その努力が実り、一週間後には戦士職スキルを一通り獲得するのに成功するのであった。


 余談だが、戦士職スキルを取った事でイリスの訓練は増々酷くなる事となる。

 その甲斐もありイリスは戦士用の装備を装着できる様になった。ただし、訓練で出来た痣はしばらく消える事はなかったが……。

 何にしても、イリスはスキル獲得とレベルを上げるべく、いっそう訓練に明け暮れるのであった。

 

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