表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
71/286

おっさん、妖精達を殲滅す

「「「「うぉおおおおおおおおぉえええええええぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!」」」」


 おっさんが使い魔を使用して偵察した妖精の集落は、腐敗臭漂う屍の山であった。

 その光景を魔法紙に転写した写し画を村の長老達に見せたのだが、しばらく肉が食べられなくなりそうな酷い状況に、村人の代表格達は全員耐え切れずにリバースいた。

 あまりにも悍ましく、そして狂気的なその写し画は、妖精の危険性を嫌でも思い知らせるものだった。

 四神教の司祭もその酷いグロ絵に口を押え、しきりに吐き気と戦いながらも四神教の信仰に疑問を持つ。

 まぁ、無理もないだろう。 妖精は純粋な種族だと言われていた筈なのに、実は真逆の狂気的種族に認識が変わった瞬間であった。


「うぷっ! ……妖精が…………これほど、邪悪な種族……だったとは……」

「見た目で騙されては駄目ですよねぇ。不細工でも良い人はいるし、美形だけど殺したくなるほど腹立たしいゲスもいる。些かグロイですが、これが妖精の本質ですよ。酷いでしょう?」

「こ、これは、いくら何でも酷すぎるじゃろ……オェ…」

「い……些か………何て…レベルじゃねぇ………」


 全員が吐き気を抑えながらも理解した。妖精は倒さねばならない魔物であり、人間や他の種族とは決して相いれないと。

 ただ遊びで生物を殺す妖精より、自然の摂理に従い生きるために殺し捕食する魔物の方がマシであった。


「妖精って、何のために存在するんでしょうねぇ? 魔物は生物だから生きるために他の種族を捕食するのは分かるんですが、妖精は何もしないからなぁ~。精々虫みたいに花粉を運ぶ程度ですが、それもいつも行う訳ではないですし、存在理由が分からん……。嫌がらせの代表みたいな種族ですよねぇ、そうは思いませんか?」

「「「「うぉえぇええええええええええええええぇぇ~~~~~~~~っ!!」」」」」」


 おっさんは同意を求めるが、その場にいる人達は吐き気が酷くてそれどころではない様だ。

 妖精は【フェアリーイーター】くらいしか天敵はおらず、それ以外の強い魔物には決して近づかない。

 小さな悪戯から悍ましい殺戮まで、享楽を満たすなら何でも行い、しかもそこに全く悪意がない。

 狂気的とも邪悪とも思われるが、妖精にとっては普通に遊んでいるだけなのである。

 

「く、狂ってやがる……これのどこが邪悪でないと言いやがるんだ」

「そ、そうよ……こんなの、こんな酷い行為が許されるの!」

「困った事に、邪悪ではないんですよねぇ。人間には時折、同族を殺す事に快楽を得る狂人が現れますが、妖精達は同族同士で殺し合う事はしない。奴等から見れば、同族同士で戦争を行う人間の方がよっぽどイカレて見える事でしょうねぇ。

 イストール大図書館で読んだ本によると、一説では人間の真似をしているとか……。最初は真似のつもりが、エスカレートしたんですかね?」

「確かに、人間の行いに関してはそうじゃが、言葉が通じる相手を面白半分で殺すのか? こやつ等は……自分達以外には残虐ではないか!」

「そうですよねぇ……。人間だけじゃない、獣人族やエルフですら同族同士で争う事もある。ですが、妖精達は決して仲間同士では争わないんですよ。ある意味では平和的な種族と言えるでしょうが、多種族に対しては話は別。楽しい玩具に見えているんだろうねぇ。

 にしても、この拷問が人間に対する妖精達の認識だとしたら、もの凄く嫌すぎる……」


 人間を含めた他種族は、環境に応じて適応する代わりにコミューンを作り、他のコミューンと戦う事がある。それが大きくなると国になる。政治や宗教概念、或いは単なる感情だけで戦いを起こし殺し合う。妖精にとって同族同士で殺し合う事は不可思議に思えるだろう。

 これは、妖精が遥か昔から変わらない環境下でしか生きられない事と、一種の閉鎖的な生態の特性から精神の成長が著しく低いからだろうと思われる。

 その結果が、『仲間同士では殺し合わないけど、仲間じゃなければOKだよね?』という考えに結び付く。幼稚な思考は極端な方向へ向けられるのだ。

 しかも仲間同士で争わない代わり個に対しての執着もなく、目の前で仲間が殺されても何とも思わない。変な方向で弱肉強食の摂理に適応しており、復讐心というものを持つ事がないのだ。

 復讐心を持っているような言動をしても、それは周囲から覚えた言葉を考えなしに使っているだけで、怒りのような強い感情を抱く事もない。

 仮に復讐を企んだとしても、それは直ぐに復讐戦という名の遊びに変わり、やがては目的を忘れてしまう。全てを遊びの延長に捉えてしまう単純思考、敢えて言うなら【楽】の感情が異常に強い種族なのだろう。


「ようするに、恐ろしく我儘で自己中な手のつけようのない子供が、ナイフを持って無邪気に動物を殺している様なものだと思えば良いでしょう。ただし、手にしたナイフが強力な力を秘めた魔剣ですがねぇ」

「純粋ですが……それ故に残酷になる。その恐ろしさが分かった気がします……四神よ、なぜ………」

「善悪があるという事は、物事を自分で考えその善し悪しを判断する知能を育てますが、妖精にはそれがない。だから常に暴走状態なんだと思いますねぇ。

 例えばですが、絶対なる善があるとします。いかなる悪も容赦しない正義というものは、飢えに苦しみ仕方がなく盗みを働いた子供すら容赦なく殺すでしょう。そこに一切の慈悲なんてものはなく、平等に冷酷な裁きを実行する。仮に仲間がそれを咎めれば、その仲間を異端として殺す。そんな存在になるんでしょうねぇ」


 妖精に執着はない。喩え自分を殺しに来た者達に出会おうとも、その殺し合いすら遊びと思ってしまう。

 純粋すぎる故に融通がきかない種族なのだが、だからこそタチが悪い。

 今まで妖精を擁護しようとして頑張っていた司祭は、ゼロスの持ってきた写し画を見て信じていたものが全て完膚なきまでに砕け散った。おっさんは少し気の毒にと思う。


「という訳で、僕が妖精達を始末して来ますよ。妖精の純粋さは、人間が思っている様なものではないと分かってくれましたか?」

「良く……わかりました。妖精は擁護するべきではない。ですが、この事が本国に知られれば、私は異端審問に掛けられる事でしょう」

「司祭様……あんたは悪くねぇ。妖精の件以外、あんたは真面目に村のために尽くしてくれてたじゃねぇか」

「そうです! 妖精のせいで怪我した時、治療を行ってくれなければ、今頃は何人死んでいた事か……」

「あんなのを擁護する上の連中がおかしいんだ! 司祭様は悪くねぇよ!」

「み、皆さん………あ、ありがとうございます……うっ……」


 妖精の事を抜きにすれば、この司祭は村人に尽くし純粋に信仰を広めようとしたのだろう。

 司祭の上にいる司教達の決定による不憫な犠牲者である。村人達もそんな司祭に努力はちゃんと見ていたようだ。村人に励まされる司祭は、感激で涙ぐんでいた。


「それにしても、なぜに妖精を擁護するなんて話が出て来たんでしょうかねぇ? いい迷惑ですよ」

「それは……500年ほど前に四神から神託が下りたそうなのです。『神の子たる妖精達を守れ、彼の者達は来るべき時、御使いとなる純粋なる者である』と……」

「本国でも妖精の悪戯は目に余るほどで、私達のような者がいくら嘆願しても『試練である』と言って取り合ってはくれません。宣教師として選ばれた時には喜んだのですが……」

「この国でも妖精被害が出始めたと……。大方、司教達も手が出せないんじゃないですかねぇ? 何せ、神託が下りた訳ですし」

「話によると、今も神託が下りており『妖精を殺す事はまかりならぬ』と仰られるとか」


 司祭も大変な思いをしていたようだ。

 妖精の被害に対してどうする事も出来ず、信者達の思いにも応える事が出来ない。

 現実と信仰の板挟みになり、限界近くストレスを抱え込んでいたのだろう。


「まぁ、僕は魔導士ですから、神託なんて関係ありませんがね……。素材獲得のためにデストロイ」

「ところで、妖精の素材とはいったい……。それに、何に使うか分からないのですが」

「【妖精の珠玉】は【マナ・ポーション】、【妖精の羽】は風魔法の属性効果を高める効果があります」

「聞いた事もないのぅ? 昔はよく妖精を倒しておったのか?」

「でしょうね。今売りに出ている回復系の魔法薬、品質は良くても効果はイマイチの物が多いんですよ。その原因が妖精の素材が不足しているからでしょう。これは稼ぎ時……てなわけで、今から殲滅して来ますわぁ♪」

「「「「「 今から行くのかよぉ、夜になるぞ!? 」」」」」


 めんどくさい事は直ぐに終わらせようとするおっさんだった。

 さっさと席を立ち、玄関先にまで歩き出すゼロスを村人達は呆気にとられていた。


「待った! この時間から妖精共が活発に動くんだぞ、危険だ!」

「向かって来るなら返り討ちにしますよ。飛んで火に入るってヤツですね」

「……いや、だからよ…………」

「朗報を待っていてください。では」


 一言告げると、おっさんはさっさと妖精達の集落に出かけて行った。


「だ、大丈夫かのぅ……?」

「「「「「 さぁ? 」」」」」


 胡散臭いおっさんが出て行ったあと、村人達の心に過ったのは一抹の不安であった。

 見た限りではどうにも頼りなかったのである。

 灰色ローブだったから………。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


「おや? どうしましたかねぇ、イリスさん」

「おじさん……もし、おじさんが出掛けている間に妖精達が来たらどうするの?」

「そうですねぇ……。防衛戦力はイリスさんだけになるし、何か良い物はあったかな?」


 村長宅の前で、イリスの言う事に一理あると思ったおっさんは、インベントリーを漁りだした。

 そして、投げナイフ五本と一本の肉厚な刃のコンバットナイフを取り出した。

 投げナイフは形が全て統一されており、手で握る柄の部分に【魔法石】が填め込まれている。

 コンバットナイフも同様だが、鞘から抜いてみると刃の部分に細かな魔法式が刻まれ、これが魔剣の類である事が窺えた。


「これは……」

「投げナイフは【封縛の投剣】。要するに、結界に磔にする物ですね。もう一つのナイフは【アストラルスライサー】。霊体などを切裂く無属性攻撃の武器です。妖精は得意属性が存在しますが、無属性の純魔力攻撃は少し効果が落ちるけど有効なんだよ。護身用に貸しておく」

「投げナイフは、投げると効果を発揮するわけ?」

「そ、標的を一時的に封じ込めるけど、同系の無属性魔力は貫通するからナイフで膾切りにするといい。五本セットで使用するんで、使い方を誤らないように」

「うっ……切り札じゃん。本当に、使う機会がないと良いなぁ~……」


 イリスは急に不安になった。

 ゼロスは確かに強い。それだけに傍にいれば安心感があるのだが、これが二手に分かれるとなると正直怖い。

 妖精程度ならゼロスにとって楽勝な相手だろう。が、イリスには厄介な相手なのだ。

 何しろ魔法の強化と耐性系統スキルは全て持っているが、身体強化スキルは【俊足】と【強体】だけで、しかもレベルがどちらも低い。更に魔導士なために効果が今一つなのだ。

 格闘戦のスキルは持っていないため、どうしても近接戦闘は不安が残る。ましてや妖精は体が小さく、攻撃を当てるにはすばしっこい。

 

「マジに使う機会がないと良いですねぇ……。【フェアリー・ロゼ】は、どこから獲物を連れて来たのか……。かなり活動範囲が広いですよ? この村にも来るかもしれないから念の為に……」

「やめてよ、おじさん! そんな狂気的な妖精となんて戦いたくなぁ―――――――――――い!!」

「まぁ、あくまで保険ですから。それに、【フェアリー・ロゼ】ならイリスさんでも倒せますよ。見た目が美幼女だけど……」

「増々戦いたくないよぉ!? 子供を殺せと言っているようなモンじゃん!!」

「見た目が子供に見えるだけですが? 第一、魔物相手の傭兵なら、こうした妖精も倒せないと駄目でしょ。仕事で受けた依頼だった場合はどうするんですか?」

「うっ!?」


 子供の姿をした魔物は少なからずいる。

 そんな時に見た目が子供だからと断る訳にもいかない。まして、ギルドから直接依頼される事もある。

 ランク査定にも影響があり、自分達の選好みだけで依頼を受ける訳にはいかない。

 人が嫌がる依頼も受けられなければ、それこそ低ランクのままである。最悪傭兵登録の抹消すらあり得るのだ。


「僕は、その【フェアリー・ロゼ】ごと、妖精達を根こそぎ始末するんですがねぇ?」

「おじさん……良心は痛まないの?」

「全然。グロイ事を平気で行うような幼女など、焼き払っても別に構わないでしょ。凄くエグイ事をしてましたよ? 超絶叫ホラー映画並みですぜ? モザイクが必要なほどに……うっ、思い出して吐き気が……」

「私………そんなの見た事ないんだけど……」

「…………見たいですか? 本当に、見たいですか? しばらく肉が食べられなくなりますよ? 人生観が変わるほどに酷い物だったんですけど………念を押すけどマジで見たい? 一応、18禁指定なので配慮して見せなかったんですがねぇ」

「…………そ、そんなに酷いの? マジ?」

「マジ……。酷いという言葉が生易しい。見た人達は全員吐きだして止まらないほどに………」


 イリスはおっさんの配慮に感謝した。

 しかし、傭兵として見ると妖精の残虐性を知らない事は問題である。現に見た目の可愛らしい妖精に対して手心をしてしまうほどだ。

 年頃の少女としては好ましい事だが、生きるか死ぬかの傭兵としては危機感が薄い事になる。


「切り札を持っているなら、惜しみなく今の内に装備しておく事をお勧めしますよ。使わないに越した事はありませんが、万が一という事がありますからねぇ」

「おじさん……私を怖がらせて楽しんでない?」

「まさか。そんな遊びをしていられるほど暇じゃないですよ。仕事は迅速に行うのがモットーですのでねぇ」

「凄く嫌な仕事だよね。……見た目が幼女の妖精を殺すんでしょ?」

「盗賊や裏家業の人間がいくら殺されようとどうでも良いですが、死体の中には女性や子供の物もありましたよ。さっさと殲滅しておくに限りますね。では、行ってきますよ」

「ちょっ!?」


 おっさんは急ぐように村の北東にある道を迷うなく走って行った。

 急いでいるという事は、それだけ深刻な事態である表れでもある。


「……使いたくないけど、奥の手の準備もしておこう。万が一という事もあるし……」


 イリスはインベントリー内から、自分の奥の手とも言えるアイテムをいくつか取り出し、腕や首に装着する。

 魔導士だけにブレスレットやネックレスといった装飾型の装備だが、今の彼女が揃えられる最高の装備である。ただ、使い捨ての物も幾つかあり、仮に使う事になれば大損であった。

 何しろこの世界で買える様な装備ではない。


『使う事になったら弁償だからね! おじさん……』


 ただし、唯一その装備を作れる人物がおっさんだった。

 もし使う事態になったら、後でおっさんに作り直して貰おうと考えるのである。

 生活ぎりぎりの傭兵生活は、イリスを少し大人へと変えたようであった。主にオバちゃん方面にだが……。

 金銭面にセコくならなくては、この世界で生きて行けないと学んだのである。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 おっさんは風になっていた。

 これは別に比喩でもなく、まして【廃棄物十三号】に乗って爆走しているからでもない。

 単に全力で走っているだけなのだが、そのスピードが異常なまでに速いのだ。

 今までゼロスが全力で走り抜けたのは、転生してサバイバル生活中に凶悪な魔物の大軍から逃げる時だけである。その時は必死に生き抜く事が優先で、自分の体力がどれほどのものかなど確かめている余裕はなかった。街道外れの細い山道を走り抜けるだけで砂塵が舞う。

 それも、おっさんが駆け抜けた後に数秒遅れてだ。まるで人型のF1か、或いは新幹線の傍を走り駆け抜け、足が消えるほどの超高速スピ-ドで新幹線をぶち抜いて行く某ヒーロー。

 もしくは加速するシステムを搭載したサイボーグ。いや、鋼鉄のライオンと融合する某勇者か……。

 いや、もしかするとあの有名な漫画家の代表作である少女型アンドロイドが近いかも知れない。現に今、【マウント・ボア】と呼ばれる猪型の魔物を轢いた。


「ハハハ‥‥‥僕は人間さぁ~魔物なんて撥ねてないよぉ~……。まして足が消えるような速度は出してなんかいないさぁ~。アハハ‥‥‥」


 そして、おっさんは現実逃避していた。

 おっさんは自分が異常だとは自覚していたが、どれほど異常かなど全く把握していない。

 大概の相手は余裕で勝てるし、マウント・ボアとぶつかってもダメージがないほど頑丈だ。いやはや超人である。

 普段の生活で使わない体力は、スキルの自動発動で平均並みにセーブされているのだろう。

 実際、こんな馬鹿げた体力で日常生活を送れば、それこそ多大な迷惑や被害を齎している筈である。

 陶器製のカップをただ持っただけで、恐らくは粉々に握り潰す事が出来る。【手加減】のスキルの偉大さを改めて知った。

 そして、走りながら時々何かが砕け散る物体の存在を確認したが、どうやら妖精――フェアリーがゼロスにぶつかったショックで粉砕されているようである。

 こうなると走る凶器だ。『気を付けよう、おっさんは急には止まれない』なんて標語が作られる程に、おっさんの体力は尋常ではない。そして自然に優しくない。

 村の防衛をイリスだけに任せて置く訳にはいかなく、急いで妖精の生息する【マナ・スポット】を目指した結果がこれだ。アンビリーバボーな状況に、おっさんは絶望する。


「ハハハ……『異世界行きますか? そして人間やめますか?』と選択肢のない二択を無理やり押し付けられた気分だ。普通……何て素晴らしい言葉だろう」


【普通】の言葉から一番掛け離れた存在になっていた。

 本気でこの世界を蹂躙できる異物だと理解はしていたが、ここまでとは思わなかった。自分の境遇に嘆きながらも高々とジャンプする。

 同時に気配を消した上で、おっさんは森と同化する。ただ、着地の際に捲き起こされた粉塵は消す事は出来なかった。薄暗くなった森の中で、おっさんは妖精の数を即座に確認する。


『なにっ!? なにっ!? 何かが来た!!』

『何もいない……。なんだろうね?』

『てきしゅぅ~~~っ、てきしゅぅ~~~っ♪』


 妖精達もいきなりの襲撃に驚いたようだが、気配を消されては発見する事が出来ない。

 しかし、普通なら混乱するのだろうが、妖精はむしろ興味を刺激されたらしく、まるで探偵ごっこを楽しむ子供のように燥いでいる。


『目的地の前だというのに600はいるか……、まさか妖精の数がこれほどとは。【マナ・スポット】の魔力を苗床に繁殖しているのか? 見た限りでは幻想的で綺麗な光景だが、現実で見ると脅威だな……』


 森の木々には数多く妖精が集まり、色鮮やかな多くの光が飛び交う光景は正に神秘的の一言に尽きる。

 どれだけいるのか確認できない数の妖精の放つ輝きにより、森は美しく光に彩られている。

 これで木々の傍らにバラバラにされた動物の死骸がなければ、おっさんはいつまでも見続けていたに違いない。美しさの中にある残酷な光景である。

 しかも、【マナ・スポット】より離れた場所でコレである。奥に近付くほど屍の数は増え続けるのだ。


「【ガンマ・レイ】、フルバースト」


 多重展開された幾つもの積層魔法陣が無数に展開され、周囲の森を妖精ごと焼き払う。

 屍は炭化し、たんぱく質が焼かれる嫌な臭いが森に漂う。そこから進撃は開始される。

 歩きながら放たれる【ガンマ・レイ】により、妖精は逃げる事すら出来ずに消滅させられ、炭化した森の木々は無残に音を立て崩れ倒れ、他の木々を巻き込み火の粉が巻き上がる。

 風が吹けば燻る火は燃焼し、山火事を起こすかもしれない。だが、今は妖精を間引きするのが先決だった。


「嫌な臭いだ……。さっさと終わらせよう」


 魔法攻撃を続ければ、当然ながら自分の存在を妖精に教えてしまう事になる。

 しかし、【ガンマ・レイ】は攻撃は直線で、攻撃範囲を広げれば集団すら駆逐できる。妖精程度の魔法耐性では耐える事は出来ない。

 何しろ魔法障壁を透過してしまうのだ。防御なんて出来るはずもなく、そうなると個体の魔力耐性の高さが生死を分ける事になる。

 そして、進化すらしていない妖精にこの攻撃を防ぐ事は不可能。しかも、銃弾とは違い放たれた攻撃が止まる事もない。問題は重力の影響を受けて射程が変わる事だが、そこまで超遠距離を攻撃する気はないので問題ではなかった。

 気になる放射線被爆も、魔法式の魔力変換術式に予め組み込んでいれば防ぐ事は可能であるし、実際にその魔法式は組み込んである。それでも万が一の事があるため、放射線被爆が気になって仕方がない。


『う~む……【ソード・アンド・ソーサリス】の時はガンマ線と思ったんだが、ガンマ線に似た何かなのか? この魔法を使うと、一定の距離で魔法が元の魔力に戻ってるし……何らかの制限があるのであろうか?』


 普通ならガンマ線は常に直進し、その速度も人間に感知不可能。

 重力の影響も受けるが、射線が少し湾曲するだけで有効範囲を補えばカバーできる程度だ。

 しかし、一定の距離に達すると、【ガンマ・レイ】は突然ただの魔力に戻ってしまう。距離にして300メートルくらいである。

 しかも、魔力に戻った時に拡散する魔力を感知できるので、この世界には魔法の有効距離に一定の法則性があり、そこから外れると直ぐに魔力に戻ってしまう感じである。

 だが、それが分かったところでおっさんにはどうでも良くなった。超距離射程の魔法もあるし、何より広範囲殲滅魔法(最近、禁術と呼ぶようになった)がある。

 今更この法則を知ったところで、危険極まりない魔法を保有している時点で手遅れである。改良する必要性も見いだせず、序に自身のスペックが威力を増大させているので調べたところで無意味に思えた。


『確か……こっちだったか?』


 慣れない森の中を広範囲に攻撃を放ち続け、妖精の姿が見えなくなるとゼロスは直ぐに気配を消し、【マナ・スポット】のある泉に向けて走り出す。

 まぁ、直ぐに辿り着きはしたのだが、さすがに吐き気が込み上げてくる濃密な腐臭に、おっさんは鼻をつまんだ。帰ったらこの臭いが染みついているかもしれない。


『ほらほら、腐った目玉♪』

『こっちは内蔵、また村の中に捨ててこようか?』

『それより、また子供を連れてこようよ。追いかけっこをするんだぁ~♪』

『槍でブスブス? それとも切裂いちゃう? 生き埋めも良いなぁ~』


 多くの妖精が周囲の木々に集まり、泉の中央にある魔力溜まりの上で消費した魔力を補充している。

 辺りを鮮やかな光の色彩に染めた幻想的な美しさと、周りに広がる屍と腐肉の悍ましさが見事に嚙合っていない。この光景に美を感じる者がいたら、それは恐らく精神が病んでいるであろう。

 中には魔力溜まりから新たに誕生した妖精の姿も確認し、この場の魔力を拡散させなくては妖精は増える一方であると判断する。


『【フェアリー・ロゼ】がいない? どこかに移動した……まさか』


 大量の数の屍から、妖精達は各地に分散して誘拐を行っているのだろう。

 その攫った人々を面白半分に殺し、また別の獲物を探しに行く。魔力が消費する以外は飲まず食わずで生きる事が出来るので、昼夜問わず狂気的な遊びが行える。

 その中でも上位種は魔力の保有量が多く、一般的な下位の妖精達よりも活動範囲が広い。

 

『この魔力溜まりを消せば、少しは数が減らせるだろうが……。禁術……使うしかないか』


【魔力溜まり】とは、大地に流れる魔力の流れに出来た瘤のようなものである。

 何らかの理由で魔力が一点に滞留し、魔力の流れが続く限り大きく成長して行く。いずれは限界値まで達すると破裂し、魔力を世界に拡散させる。

 その魔力溜まりに住みつき数を増やすのが妖精や精霊である。無数に数を増やし続けるならいずれ魔力が枯渇し、魔力溜まりも消える事になるのだが、中には強力な力を持つ個体が発生する事もあった。

【聖獣】と呼ばれる魔物がこうした場所から発生するのだ。問題は、この魔力溜まりがどれ程の規模か分からない事である。

 そうなると、周辺を根こそぎ消し飛ばすしか方法はない。


 ――オォオォオオオオオオオオオオオオオォォォ!!


『うわぁ~……悪魔デーモンが生まれようとしてんよ……。まぁ、これだけ多くの屍があれば、さぞかし怨念の濃度も濃いだろうなぁ~……。生まれる前に潰そう。うん……』


 魔力溜まりの内側から濃密な瘴気が発生している。

 悪魔は主に戦場などで多くの命を散らした魔力溜まりから発生し、妖精と同じ様に魔力溜まりを利用し同族を増やそうとする。その過程で人間などの知性のある生物を惨殺する事により、周囲の瘴気の濃度を上げて魔力溜まりを汚染させるのだ。

 元より性質は似ていても妖精とは対極にある存在で、妖精すらも捕食する能力を持っている。食った妖精の力を同族や眷属を生み出すために使い、その数を更に増やして行く存在であった。

 また自身も強力な個体へと成長し、いずれは魔王種に到達する可能性がある魔物だが、まさか妖精が悪魔を生み出すとは思わなかった。

 普通なら生まれた悪魔と戦うのが物語の主人公だが、現実に考えてそんな存在が生まれるのを待つ必要はない。直ちに潜在意識イデア内から、高密度魔法術式を解放し掌に展開させる。

 蒼白色に輝くキューブ型の高密度圧縮魔方陣が顕現する。


「【暴食なる深淵】」


 放たれた高密度圧縮魔法陣は魔力溜まりの上に到達すると、そこに内包された魔法式が高速起動し、漆黒の球体が形成された。


『アレなに? なになに』

『新しい玩具? すっごい魔力』

『なんだろね? 面白そう♪』


 屍で遊んでいた妖精達は、突如として出現した黒い球体に興味津々であった。


『巻き込まれないうちに、さっさとおさらば!』


 おっさん、その場から全力で退避。気分はもう、放火犯。

 それと同時に黒い球体は周囲の物を片っ端から引寄せ、内部へと取り込み圧縮を始めた。

 その吸引力の前に妖精達も抗えず、『ひきよせられるぅ~~~っ♪』『きゃぁ~~~~っ♪』と、実に楽し気に吞み込まれて行った。

 無論、魔力溜まりとて例外ではない。泉に溜まる水も、周囲に転がる死体や骨なども無差別に引寄せ、片っ端から食らい尽し黒い球体は更に肥大して行く。

 そして、臨界点を突破した。


 ―――ドゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……!!


 おっさんは安全距離まで全力離脱し、妖精達の集落が消え去るところを見守った。

 周囲の木々や土地ごと一瞬で消え、次の瞬間には大規模な爆発が起こり、山間部の僅かな谷を広範囲に亘って強力な衝撃波により抉り取られた。

 この物理的な衝撃波だけでも、妖精達には耐えられない破壊力を持っていたのである。


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!?」


 発生した衝撃波は周囲に広がり、おっさんは自分の使用した魔法の副次効果に巻き込まれる。

 途轍もない衝撃波が岩盤を深く抉り消し飛ばし、ありとあらゆる物を巻き込んで山間部の谷間に巨大なクレーターが形成されたのだ。衝撃波に吹き飛ばされたおっさんは、辛うじて倒れずに済んだ木の枝の引っ掛かっている。無様だ。


「……【暴食なる深淵】でこの威力。僕は……なんて魔法をあの森で使ってしまったんだ……」


【暴食なる深淵】は【闇の裁き】の試作版であり、強力な範囲魔法である。

 超重力圧縮により周囲にある物質を吸収し肥大して行く。そして形成されたブラックホールはやがて強力な重力によって自己崩壊を起こし、一気に爆縮して周囲の物を一瞬にして消し去る。

【闇の裁き】は魔物を取り込み重力場を形成、同様に自己崩壊を起こして消滅する威力を持って敵を粉砕するが、一発の効果は【暴食なる深淵】の方が高い。しかし、広範囲にいる敵を全て重力場形成の為の火薬にする事で、その効果範囲は広く、冷静な視野で見れば【闇の裁き】の方が被害が拡大する。

 広範囲にいる敵の数だけ重力場を生み出すので、敵がいなくならない限り決して攻撃が終わる事はなく、融通の利かない魔法なので使用するにも躊躇うほどだ。

 対して【暴食なる深淵】は効果範囲を任意で操作は可能。しかし、重力場崩壊を引き起こされ発生した副次効果による威力の被害の方がが大きい。一発限りの範囲魔法だが、そこから発生した衝撃波は多大な被害を周囲に齎してしまう。結果、爆心地周辺は酷い状況になるのだ。


「うぁ~・・・・・・・・・・・・・・・見る影もない」


 魔力溜まりは消え去ったが、そこに在った豊かな森も一緒に消滅した。

 これでもおっさんは威力を抑えたつもりである。できる限り威力を限界にまで抑え、【マナ・スポット】を消せばそれで良かった筈なのだが、副次効果で発生した物理現象は防ぐ事は出来ず被害が拡大していた。

 こればかりはおっさんも予測はつかない。【ソード・アンド・ソーサリス】の時に使用した時の方が遥かに威力が低かった筈なのだが、現実に使用すれば実に危険な魔法である。


『邪神に使った時は威力はそれほどでもなかったんだけど、これは……。威力を絞っただけでコレだと、本気で使った時はどれほどの被害になるんだ? 広範囲殲滅魔法レベルじゃん』


 ただの広範囲魔法だと使って見れば、実際は凄くヤバイ魔法だった。

 衝撃波で周囲に生息していた妖精達は完全に全滅している事だろう。何しろ衝撃波の威力は自然界の魔力を一瞬にして吹き飛ばし、その押し出された魔力が破壊効果となって妖精達に襲い掛かった。

 言わば三次被害と言って良いだろう。その魔力衝撃波が妖精達の半魔力体を崩壊させ、大規模な範囲で広がったのである。副次効果の衝撃波とは比べ物にならない範囲でだ。

 おっさんは、嫌な汗が止まらない。


「ま、まぁ、やっちまったものはしょうがない。ここは知らん顔をしておこう。魔法を使ったら【魔力溜まり】が突然爆発して、危うく死にそうになったと言っておけばいいか……ハハハ………ハァ~」


 どうせ原因など分からないのだから、ここは適当に誤魔化せば良いと無理やり納得するのである。

 おっさんは酷すぎた。そして適当だった。

【ソード・アンド・ソーサリス】の時の癖が治らない様である。


 このおっさんの失敗により、ハサムの村は深刻な水不足になるのだが、おっさんが作り出したクレータに地下水が湧き出て湖となり、一年後には豊かな水源となるのである。

 更に200年後、この辺りは王族御用達のリゾート地として有名になり、長い時を環境保護のために管理される事となる。

 更に350年後、デルサシス公爵の書き記した年代記録書が発見され、この湖が【大賢者】の大チョンボで作られた事が判明する。後に【マーリンの湖】と呼ばれるクレータが生まれた出来事だった。

 真実が知られるまで、実に500年以上の月日が流れるのであった。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 ゼロスが妖精達の集落――いや、この場合は巣であろうか? に、向かった後、暇なイリスは村の中をうろついていた。

 一応村の防衛を任された形になるのだろうが、妖精達の姿は見当たらない。

 姿は見えなくとも魔力は感じられるので、ある程度の数や居場所を特定する事が出来る。

 そんなイリスは村の畦道を歩いていると、不意に何か声のような物が聞こえた気がした。


「? 何だろ……子供?」


 村では子供達は家の中に隠れており、外に出て来る事はない。

 妖精達がいるのではないかと思い声がした方向へ向かうと、そこで信じられない物を目撃する。

 牛が空中に浮かび、腹を裂かれて内蔵を引きずり出されている光景だった。しかも周りには誰もおらず、唯一鼻に感じるのは濃密な鉄錆臭。血の臭いであった。


「きゃ、キャトルミューティレーション!?」


 嫌な予感が脳裏をよぎり、戦闘態勢に移る。

 牛の周囲には高濃度の魔力が存在し、その魔力が意思を持つかのように牛を解体しているのだ。


『あ~ぁ、死んじゃった。まぁ良いか、新しい玩具がきたみたいだし』

「っ!? 【マナ・ブリッド】!!」


 危機感を感じ、高濃度の魔力に向けて魔力弾を直ぐに撃ち込んだ。

『きゃん!?』 と何故か可愛らしい声が聞こえ、やがてそこに姿を現したのは赤い髪に血のように赤い揚羽蝶の様な羽を広げた一人の少女だった。

 衣服は一切着ておらず、代わりに植物の様な蔦が体を纏わりつくように絡まっていた。


「【フェアリー・ロゼ】……」


 そう呟いたイリスに、フェアリー・ロゼは無邪気に微笑んだのだった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ