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 おっさん、実戦訓練を始める

 セレスティーナに魔法を教える家庭教師を始めて二日目の授業。

 それは庭に出てゴーレムとの対戦であった


 ゼロスが呼び出したのは泥で作られた【マッドゴーレム】で、レベルはどれも3程度に設定してある。

 なぜこの様な修行とも言うべき訓練になるのかと言えば……


「魔導士たるもの、実際に近接戦闘が出来なければ意味が無い。魔力が切れたらそれまでの魔導士など、ただの美味しい餌にしかなりませんから」


 との事だ。


 概ねこの意見は正解であり、世間一般的にはどこかのゲームの様に魔力が尽きたら足手纏いにしかならないのだ。

 それはこの世界では共通の認識で、そもそも格闘戦を挑むような魔導士はいないに等しい。

 戦場では魔導士はただの砲台で、魔力が尽きるまで敵に遠距離砲撃を延々と繰り返すだけの弱腰チキン野郎なのだ。

 それでも偉そうな態度に騎士団との軋轢が生まれ、ソリステア魔法王国では騎士団と魔導士団との険悪な仲が問題視されていた。

 王都にある城の回廊で魔法師団の魔導士長と騎士団の団長が顔を合わせる事になれば、『動く的風情が邪魔なんだよ、さっさとどけ!』、『魔力が尽きたら戦えない案山子チキン野郎が、ほざいてんじゃねぇ』と、この様に喧嘩腰になるのが日常である。

 その内に内部分裂でも起こして、内戦勃発になるのではと民達はもっぱら噂している所だ。


 王族はどちら側にも肩入れせず、ソリステア大公爵も中立を決め込んで見ているだけ。

 そんな中で貴族達は派閥を真っ二つに分けて、互いにいがみ合っている。

 火に油を注いでいる状態なので、手の出しようが無いのだ。


 そうなると次に注目し始めるのは中立の王族達であり、両派閥はどちらも陣営に加えさせるために裏で暗躍を始める始末であった。

 そこに魔導士の各派閥が足を引っ張り合い、状態は混迷の一途を辿っている。


「格闘戦は基本です。それを怠れば戦場では死にますし、何よりも仲間を危険に曝す事になります。

 自身の魔力の確認は常に必須ですが、いつまでも安全な所で攻撃出来ると考えるのは、虫が良すぎる甘えた考えでしょう。

 そもそも魔導士は叡智の探究者でなくてはならず、権力に溺れるなどナンセンス。

 ましてや騎士団をコケにするなど言語道断、彼等が盾となってくれるお陰で安全が確保され、攻撃をする事が出来るのです。

 むしろ騎士団は仲間を守るため身を賭して盾となり、魔導士はその彼等を援護し状況を有利に運ぶのが役割なのですから、互いの立ち位置の違いで派閥争いなど愚か以外の何物でも無い。

 戦場の状況によっては魔導士も前線に立たねばならない事もあるのですから、互いに敵視するなど国を守る者としてどうかと思いますね」


「流石は先生。実戦を知り尽くしているだけに含蓄があります」

「うむ……騎士団や魔法師団もこの様な心構えを持ってくれれば良いのじゃが、しばらくは無理じゃのう」


 訓練は実戦形式である故に、孫娘を見守るためにクレストンも監視として参加していた。


「ゴーレムは弱いですから、セレスティーナさんは格闘スキルを身に付けると同時に、魔法スキルを高める訓練を科します。

 古来より『魔法使い、魔力が無ければただの人』と言われている様に、何も出来ないで殺されるような立ち位置にならないようにするための訓練ですので、かなり厳しく行きますよ?

 敵が弱いと言っても数が多いですから、できるだけ距離を考えて行動し、時に魔法を使ってください」


「こんな豪華な訓練は初めてです。ゴーレムを使うなんて、考えもしませんでした」

「集団戦では厄介じゃが、其処を切り抜けられれば格闘能力は上がる筈。しかもゴーレムは人為的に生み出しても魔物扱いじゃから経験するに限るじゃろう」


 魔物を倒すと手に入る経験値は、魔物を構築している魔力を取り込む事で自分の力にする事が出来る。

 この様なレベル上げを『格上げ』と言い、スキルレベルや身体レベルを大幅に上げる事は可能で、更に魔法を行使して枯渇状態にすれば、自身の魔力底上げにわずかばかりだが貢献し十分効果は見込める。

 だが、それを可能とするには隔絶したレベル差が存在し、大量にゴーレムを生み出すには相応の魔力が必要となる。

 その点ゼロスは破格の魔力とレベルを持ち、この程度のゴーレムであれば幾らでも生み出せるのだ。

 無論、実戦経験なため、セレスティーナも学院指定のローブだけでは無く、その上から指定の武具を身に纏っていた。

 勿論武器もだが、これは魔導士らしくハンドタイプのメイスである。


「では、これから訓練を始めます。弱いからと言って気を抜くとケガをしますので、十分注意を払ってください。

 それと、長期戦はかなりきつくなると思いますので、魔力の温存は自分で調整してくださいね」


 魔力の調整は、当然自身が保有する魔力の残高を感覚的に知る為であり、これを怠れば考えなしに魔力を消費し負ける事になる。

 これは訓練だが、いざ実戦ともなると魔力の残り具合が生死を左右する事に繋がるのだ。

 それを感覚的に身に着かせるための過酷な訓練だが、セレスティーナはやる気に満ち満ちていた。

 

 彼女は魔法が使えなかったため、この手の実践訓練は常に見学する立場であった。

 それ故に、この訓練はセレスティーナ自身が魔導士となった証でもあるのだ。

 張り切らない筈が無い。


 マッドゴーレムが一斉に動き出す。

 ゴーレム自体は非生物である為に、核を破壊すれば簡単に崩れる。

 しかし、失った分だけゼロスが補充するので延々と戦い続ける事になるのだ。


 これは武器の使い方を覚えるのと同時に、魔法の属性スキルと体術スキルを一気に上げようという乱暴な訓練とも言えるだろう。

 

「てぇええええええい!」


 セレスティーナはメイスで片っ端からゴーレムを粉砕して行く。

 可愛らしい声とは裏腹に凶悪な武器を振り廻し、ゴーレムは直ぐに土塊と変わって行く。

 左から迫ってきたゴーレムを薙ぎ払い、時には思い切って懐に飛び込む大胆さを見せる。


「何か……格闘戦に慣れてるように見えますが?」

「恐らくじゃが、実戦を想定した訓練を眺めていて、自分なりにどう動くかを考えておったのではないか?

 足運びはおぼつかぬし、少々頼り気は無いが……動き自体は想定された物の様じゃのぅ」

「見取り稽古ですか? 意外な才能ですね。思い切って魔法剣士を目指してみましょうか?」

「ふむ……悪くは無いのぅ。じゃが、あの子は魔導士を目指しておるのじゃぞ?」

「僕は拳でもイケますよ? 同等の剣士であるなら負けますけどね」

「では、そなたはこの国では負け無しじゃな。お主ほど戦闘技術を極めた魔導士なぞおらん」


 セレスティーナは、最初の内はなんなくゴーレムを倒していた。

 だが、それも長くは続かない。

 訓練開始10分程度でその動きは次第に緩慢となり、やがては徐々に追い込まれて行く。

 元より剣士としての訓練を受けていない彼女にとって、ペース配分など最初から念頭に無かったのだろう。

 その動きは疲れから遅くなり、ゴーレムの攻撃も当たるようになって来た。


「ここからが正念場です。この窮地をどのように覆すかが魔導士の真骨頂ですし、格闘戦では最も重要な所です」

「そうした物は実戦でしか学べんからのぅ。あの子は辛い時間になる」

「ですが、続ければその分だけ身に着きますし、彼女の技量も底上げされて行く事になりますし」

「その前に、筋肉痛で動けなくなるのではないか?」


 筋肉痛は、より強い肉体に変わる為の陣痛である。

 本当の意味で魔導士になるためには迅速な動きと状況判断が必要で、この辛い時間がそれを学ぶ格好の時間なのだ。


 幾ら自身が強くとも、数に押されて敗北する強者は後を絶たない。

 それは自身の力に溺れ、命懸けの戦いを軽んじる事により起きる人災なのだ。

 魔物でも自身が強くても数の暴力に負ける時がある。

 物量を覆すだけのとっさの判断ができ、状況如何によっては引く事も重要である。

 それを学ぶための訓練でもあった


「これは……結構、きついですね……」


 セレスティーナは認識の甘さを実感していた。

 倒しても湧いて出てくるゴーレムに対し、周囲を囲まれて攻められれば為す術がない。

 辛うじて魔法を使い退路を作ろうとも、ゴーレムは止まる事無く攻めて来るのだ。

 弱いと思って最初から攻め込んだのがそもそもの誤りで、向かってくるだけのゴーレムに対してだけ確実に対処するべきだったのだ。

 

 ゴーレムは核を破壊しなければ直ぐに復活するので、彼女は劣勢を強いられる。

 此処がこの訓練のいやらしい所で、弱い相手と延々に殴り続けなければならないのである。

 正直、気の滅入る様な訓練であろう。


「このままでは押し切られてしまいます。どうにかして退路を……」


 攻撃を避け、時にメイスで一撃を加えながらも、セレスティーナはこの包囲網を抜け出す最良の箇所を探っていた。

 次第に焦りが積もる中、彼女は魔法を加えながら周囲を探り続ける。

 この訓練の意味をあらかじめ聞かせて貰っていたため、ある程度の予想は立てていたのだが、実際に体験してみて想像以上に厄介な訓練であった。

 ゴーレム自体の動きが遅いため魔法を使う機会はある物の、迂闊に乱発すれば直ぐに魔力が枯渇して倒れる事になる。

 頼みの綱はメイスだが、序盤で飛ばし過ぎたために腕が重く、思う様にマッドゴーレムが倒せなくなっていた。

 後は手に装着したバックラーだが、これは致命傷を避けるため動きやすく軽い盾であり、この囲まれた状態で必要なのは騎士が纏う鎧であろう。

 動きやすくはあるのだが、何とも心許無い。


 ゴーレムが腕で殴りつけて来た。


「きゃっ?!」


 何とかバックラーで防いだが、これがストーンゴーレムで在ったら死んでいただろう。

 そう思うと何とも悔しさが湧いて来る。


 無理を押してゴーレムをメイスで叩き壊した。

 泥がセレスティーナに飛び散って衣服に掛かる。


 マッドゴーレムは体を構成している物が泥なので、直撃を受けても然程痛みは感じない。

 しかし、少しでも体制が狂うと、それを整える間にゴーレムは包囲網を狭めて来た。

 再び振るわれるメイスが二体のゴーレムを破壊する。


「冷静に……隙を与えず……魔法は確実に…」


 動きが遅いのなら其処を突けば良いと判断したセレスティーナは、強引に右側の集団に吶喊した。

 マッドゴーレム事態は脆く、確実に核を叩き壊せば倒せるので、確実に生き残る判断を下したのだ。

 これは学院の実践訓練の見学中、自分ならこう動くと予測を立ててシミュレートを重ねていたために出来た事だった。

 見学を嫌っていた彼女が、まさかその見学のおかげで素人よりも動けているなど、流石に予想していなかった事だろう。

 何が幸いするか、現実とは分からないものである。


「魔力よ廻れ、我が力となりて……『パワーブースト』」


 身体力を底上げする魔法を使い、彼女は一時的に戦闘能力を向上させた。

 そして強引にだがマッドゴーレムを薙ぎ払い、緩衝地帯を作る事に成功させる。

 後は最も包囲網が薄い個所を狙って突っ切るだけである。


「穿て水流、我が槍となりて…『アクア・ジェット』」


 威力は弱いがゴーレム程度は蹴散らす事の出来る水の魔法を使い、至近距離から貫通させる事により、後方のマッドゴーレムごと倒して走り出した。

 元は単発貫通魔法なのだが、錬度が上がれば複数の敵を巻き込む威力の魔法になる。


 包囲網に綻びが生じた事により、開けた僅かな場所に向かって彼女は走り続けた。


「やった! 抜けました!」

「それは甘いのではないですか?」

「えっ?!」


 突如、ゼロスの声と同時に自身の足に何かが絡みつく。

 彼女は其処で動きが止まり、勢いのまま前へ転ぶ事となった。


「きゃぁあああああああああああああっ?!」


 ―――パシャ――――――――ン!


 自身が生み出した水溜りに、セレスティーナはそのまま突っ込んでしまった。


「つつっ……何が……」


 確認してみると、彼女の足に絡みついていたのはマッドゴーレムの腕であった。

 それも異様に長く伸びている。


「まさか……」

「そう、そのまさか。アクアジェットで倒した積もりが、実は一体だけ生き延びてたみたいですね」

「そ、そんなぁ~~~……」

「そんなに落ち込まない。初めての実践訓練では良くやった方だと思いますよ? レベルも上がってますし、むしろ上出来の方でしょう」

「うぅ……悔しいです……」


 本気でへこんでいた。


「序盤で真っ先に飛ばし過ぎたのが災いしましたね。動きを見ながら戦えば、もう少し長く耐えられたでしょう」

「後から気付きました……。少し浮かれてしまった様です」

「そんなに嬉しかったんですか? 実践訓練」

「はい! いつもは見学だけで、終わったら同級生に馬鹿にされましたから……」

「その割には良く動けましたね。まぁ、ギリギリで及第点でしょう」

「辛うじてですか……。先は長いです」


 どうにも自身が納得できない様で、本気で悔しがっている。

 しかし、セレスティーナは先は長いと言っているが、ゼロスにはそうは思えない。

 見取り稽古の先読みと状況判断だけでマッドゴーレムの包囲網を抜けたのだ、一月あれば充分戦力になるまで成長が見込める。

 そうなれば本当の実践訓練でも行ける気がして来る。


「今日は此処まで、明日も実践訓練にしますか? 魔法式の講義は午後からでも出来ますので」

「本当ですか! ぜひ、お願いします」

「分かりました。では今日の戦闘訓練の反省点は明日に生かしてみてください。

 僕からは何も言いませんし、実戦では戦い方を教えてくれる人はいないので、自分で戦闘スタイルを突き詰めるしかないんです」

「うっ……先生、厳しいです。これが実戦……」

「そうですよ? 死ぬ事の無い訓練がある事は幸せな事です。何しろ、戦う前から準備ができるのですからね」


 イストール魔法学院では戦闘スタイルは決められており、学生全員が同じ戦い方を行っていた。

 だが、その訓練には個人差が常にあり、学生の全てがその戦闘スタイルに合うとは限らない。

 中には剣で戦ったり、斧や槍で戦う者もいる事だろう。

 それだけに、決まった型を押し付けるには次期尚早に思われた。


「自分に合った戦い方を見つけるのも訓練です。色々試して失敗すると良いですよ? そこには様々な教訓が転がっていますから。

 ただ言われるがままに訓練するだけでは応用力がつかず、同時にそれしか出来ない中途半端な存在になりますのでね」

「失敗が許されるのって……幸せな事なんですね」

「えぇ……僕も色々失敗をやらかしてますから、それは決して恥ではありません」


 ゼロスは人生に失敗していた。

 まぁ、元の世界での話だが……その言葉はある意味で重い。


「そう言えば、学院ではどんな戦闘訓練をしているんです? そうした施設とは縁が無かったものでして、参考までに聞いておきたいんですが?」

「ゴブリンを集めて訓練場で戦うんです。私は観覧席で待機でした……」

「・・・・・そっちの方が豪華じゃね?」


 思わず若い頃の口調で答えてしまうゼロス。


 魔力がある限る生み出されるゴーレムと、生きたゴブリンを運んでくるのと、果たして何方が豪華であろうか?

 ゴブリンを捕えて檻に入れ、そこから運搬して来る手間を考えると、予算面ではゴーレムの方が遥かに高率が良い。何しろ必要なのは魔力だけで実質無料なのだ。

 だが、そこまでゴーレムを生成できるレベルの魔導士は皆無であり、精々一人辺り1~6体作れれば良い方であった。しかも魔力が枯渇するため、教師が倒れてはゴーレムは動かない。

 数人の魔導士が連携すれば軍団規模で作れるが、派閥争いをしてる手前、互いが手を取り合う事が無い。

 そうなると予算に合わせて魔物を連れてくるしか無く、出費だけでもかなりの金額が飛んで行く事になるだろう。

 そこに人件費や依頼手数料、輸送費や成功報酬が加わると、どう考えても赤字になる。


「イストール魔法学院……予算は大丈夫なんですか? 多分ですが、色々寄付金を募ってるとは思いますが、予算を考えると大赤字にしかならない気が……」

「毎年多額の金をせびりに来よる。なるほど……大勢の魔導士でゴーレム軍団による集団戦闘訓練か、これは良い物じゃが派閥連中がのぅ」

「そこまで対立が酷いんですか? お金なんか無くとも研究なんて幾らでも出来るでしょうに」


 魔法文字が解読できない魔導士は、常に手探りで魔法式を改良し続けている。

 当然時間が掛かる訳であり、ゼロスとは違い彼等は知らない事が多すぎた。


「お主はそうじゃろうが、他の連中は生活があるからのぅ。どうしても金が掛かるのよ、大半は着服されるがのぅ」

「成果の上がらない派閥など、潰せば良いじゃないですか。それを理由に勢力を削れば楽だと思いますけど?」

「ふむ……一考の余地ありじゃな。そなたの改良した教本が良い出汁に仕えるやもしれんが……」

「名前は出さないでください。面倒事は遠慮します」

「善処はするが、どこから情報が洩れるか分からぬぞ? そなたは目立ちすぎる」

「地味に生きてる積もりなんですがね……」


 見た目は地味でも行動が派手になり過ぎる。

 そもそもゲーム開始時の基本魔法など高率が悪く、ゼロスは自作のオリジナル魔法を使っているので目撃されれば噂になりやすい。


「攻撃魔法でも魔力制御が出来れば幾らでも身の立てようはあるでしょうに。威力を絞って船を加速させたり、水魔法で下水の処理をしたり、地属性魔法で重さを軽減すれば運搬も楽になるでしょう」

「うぅ~む、その様な使い方があるのか。攻撃魔法と聞いたら戦闘のみにしか使えぬと思っておったが、低レベルの魔導士でも稼ぎを出す幅が広がる。参考になるな」

「要は使い様ですよ。一つの事に拘るから異なる視点が疎かになります。一般に受け入れられてこその魔導士だと思いますけどね」

「確かに。権力に固執して民からは非難が殺到しておるし、ここで改革をせねば腐る一方じゃのぅ」


『既に手遅れでは?』と感じるゼロスであったが、口には出さない。

 国に意見を言うという事は政治にかかわるという事だ、思った事を世間話として言うのは構わないが、そこから踏み込めば戻れ無い未知の領域である。

 一介の家庭教師には荷の重い話だ。

 

「魔導士の斡旋組織でも作れば良いのでしょうが、魔導士自体が少ないですしね」

「育成に時間が掛かるのが問題じゃ、一般の魔導士の殆どが戦闘職じゃし」

「でも、一般の魔導士の方が強いですよ? 格闘戦も出来ますし、傭兵として活動しているなら猶更です」

「魔導士団は格闘戦なぞせぬからな……質が悪いのじゃろう」


 魔導士団は飽くまで戦闘の補佐と研究がメインであり、傭兵の魔導士より弱いのは当然である。

 何しろ傭兵魔導士は生活と命が掛かっているため、その分真摯であり、踏んだ場数の数でレベルが異なるが生きる事に貪欲である。

 それ故に様々な戦闘経験が彼等の糧となり、机の前で唸っている権力欲に凝り固まった魔導士よりは使える連中なのだ。


「学は無いけど使える傭兵魔導士と、エリート意識が強いくせに弱い魔導士。どちらを選ぶかで国の方向性も変わるんじゃないですか?」

「魔法の研究を疎かにしてでも戦力を確保するのか?」

「どの道、使えない魔導士なら居ない方がマシです。騎士団と連携できる魔導士の方がよっぽど重要だと思いますよ」

「ここ……一応、魔法国家なのじゃが?」

「その魔導士が駄目過ぎる気がします。権力を求めてどうするんですかねぇ?」


 魔法王国と言った所で、その国の在り様は軍事国家。

 魔法研究は軍事面の強化がメインで、その研究成果は民に還元はされる事は無い。

 破壊力の在る魔法研究の実尽力し、その成果が一向に上がらないのであれば無い方がマシに思えるだろう。


 むしろ簡単で制御がしやすく、農民や商人といった民全員が使える様な魔法を開発した方が良い資金稼ぎになる。

 もっとも、幅広くそうした魔法が普及されれば魔導士の価値も下がり、権力に固執できなくなる可能性が高い。有能な者達が上に行き、それ以外は落ちぶれる。一般社会に貢献できる制度は有用だが、欲に溺れた魔導士が邪魔をするに決まっていた。


 現に魔法学院の教本自体が振るいと化しており、セレスティーナの様な一定の魔力が低い者達は直ぐに落とされる事になる。しかも教育自体が偏ったものが多く、どう考えても派閥が有利になる様に動いている様にしか思えなかった。

 これでは有能な魔導士は育たず、偏った思考の無能者が量産されるだけである。


「まぁ、考えても仕方が無いか。ただの家庭教師ですからね、僕は」

「無責任じゃな? そなたが筆頭になれば上手く事が進むのではないか?」

「無責任だから客観的にモノが言えるんですよ。国に仕えたら言葉を選ばなければなりませんからね。

 下手すれば不敬罪で殺されますよ。僕は遠慮します」


 宮仕えは何かと気を使う。 

 そんな生活などまっぴらであるため、ゼロスは無責任な風来坊を決め込むのである。

 組織のトップなど苦労が多く、何より性に合わないと自覚しているからだ。


「そう言えば、セレスティーナのさんが静かですね? 何をして……」


 教え子の事に気付き振り返ると、彼女は顎に手を当て真剣に今の戦闘の分析をしていた。

 何か小声で呟きながらも、有効な物や失敗した経験の補正をいかにするかを考えていたのだ。

 妾腹とは言え大公爵家に生まれた彼女は、以外にもこうした思考が得意のようで、探求者の素質が充分に備わっている様に思える。


「汚れたまま考え事ですか。貴族の令嬢としてはどうかと思いますが、研究者としては充分ですね」

「ティーナは才能があるのか?」

「充分に……。後は彼女の努力次第ですが、もしかしたら凄い才能を開花するかもしれませんよ?」

「それはそれで楽しみじゃな。孫の成長が何よりも嬉しい物じゃわい」

「では、少し飴と鞭を与えてみますか?」

「な、何をする気じゃ?」


 クレストンとしてはゼロスを教師に雇えたのは良いが、訓練が少し厳しい様に思えていた。

 そんなゼロスが人の悪い笑みを浮かべ、何やら思いついた事に不安を覚える。


「セレスティーナさん」

「は、はいぃ!? な、何ですか、先生」

「もしこの二ヶ月の間にレベルが50、各スキルが3っつ以上レベル30を越えたら、僕のオリジナル魔法の一つを教えましょう」

「ほ、本当ですかっ?!」

「えぇ、危険の無い無難な物ですが、意外と役に立つ魔法です」

「どのような魔法ですか?! 概要だけでも……」

「そこは目標を達成させた時に確かめてください。楽しみは後の方が良いですからね?」


 ゼロスの魔法はこの世界では規格外で危険な物が多い。

 その中で役に立ち危険の少ない魔法が得られるとなれば、事実上セレスティーナは弟子と認められる事を意味する。

 魔法を使う貴族子女の多くは高名な魔導士の弟子であり、それは社交界の一種のステータスとして扱われる。中でもオリジナル魔法を与えられた者達は後継者と同意義とみなされ、学院卒業後に魔導士団ではそのまま上の役職に就く事が多かった。


 だが、彼女には何の意味も無い称号よりも、最高峰の魔導士の弟子の方が何倍も魅力的であり、オリジナル魔法はゼロスに弟子として認められた証なのである。

 その事実が彼女のやる気を大いに刺激する。


「頑張ります! 絶対に目標を達成させてみせますよ!!」

「頑張ってください。それより早く着替えた方が良いでしょう、泥は染みになりますよ?」

「あっ? そうですね。で、では、失礼しましゅ!!」

「あ、咬んだ……」


 異様に舞い上がった彼女は、着替える為に慌てて駆け出して行った。


「いったいどのような魔法なのじゃ? お主程の魔導士じゃと攻撃魔法しか思いつかんのじゃが」

「そうですね。試してみますか?」

「なに? この場で見せてくれるのか?」

「えぇ、出来れば僕に魔法を放ってください。それも逃げきれない様な強力な物を複数」


 それはつまり、自分を攻撃しろと言っている物であった。

 クレストンはゼロスの技量から類推し、心配するだけ無駄だと判断する。

 老いた魔導士が不敵な笑みを浮かべた。


「ふむ……手加減無しで行くぞ?」

「ご随意に……」


 二人の表情が真剣な物に変わる。


「煉獄の炎よ、群れる龍となりて敵を滅ぼせ。祖は冥府より来たりし悪しき破壊者……全てを焼き尽くす者なり!! 【ドラグ・インフェルノ・ディストラクション】!!」


 クレストン自身も魔導士であり、若い頃は【煉獄の魔導士】の異名を持っていた。

 対するゼロスは自然体のままである。


 群れ成す焔の龍は、四方八方から獰猛な破壊の牙となってゼロスに迫った。


「『白銀の神壁』」


 瞬間、紅蓮の炎龍達は何か見えない物に貫かれ、瞬く間に霧散した。

 前方から来る炎の龍は、ゼロスが無造作に振るった腕の先で両断され消滅する。


「なっ?! 何が……そうか、シールド魔法じゃな!」

「正解です。術者の任意に応じて形を変えられる障壁、それがこの【白銀の神壁】です」

「これは…盾では無く剣では無いか!? 魔導士殺しと言っても良い」


 白銀の神壁は、その特性上術者の意思によって形を好きなように変えられる。

 魔力消費も比較的少なく、放出系魔法に対して絶大なカウンター能力が備わっていた。

 元来、放出系魔法は魔力を集約した物が多く、一点を貫かれればそこから魔法構成が破壊され拡散してしまう。

 ゼロスはこの障壁を周囲に剣山の如く棘として無数に突き出し、炎龍を攻撃する事で霧散させたのだ。

 同時にこの攻撃は接近戦にも利用でき、例え剣の腕が悪くても敵を斬り裂く事が可能であった。


「これは破格な魔法じゃぞ? 魔導士では太刀打ちできぬではないか」

「広範囲魔法で集中的に狙われたら終わりですけどね。実用的な魔法で切り札としても使えます。燃費効率も良いですし、何よりも手間が掛からない」

「手間とな? どういう事じゃ?」

「武器で攻撃する間合いの外からも攻撃が可能なんですよ。先に敵を倒してしまえば身の安全は保障されますしね。魔力操作が出来なければ意味ないですけど」

「うぅ~む……見えない刃を伸ばして攻撃が出来る訳か」

「使用した魔力の量によって強度は変わりますが……初見の相手には、ほぼ確実に倒せます。対処できるのは余程の手練れか、あるいは単に攻撃力が高過ぎる力任せの魔導士位ですね」


 厄介な魔法ではあるが、それが可愛い孫娘が会得するとなると笑みが隠せなくなる。

 この魔法をセレスティーナが覚えれば、一定の魔導士は決して勝つ事が出来なくなるだろう。

 正に攻防一体の障壁なのだ。


「増々ティーナの将来が楽しみじゃわい。あの子は将来、何と呼ばれるのかのぅ」

「二つ名は恥ずかしいですね。もし字がついたら、恥ずかしくてベットから出て来れないのではないですか?」

「それは、それで見てみたい。この二月が実に楽しくなりそうな予感がするのぅ」

「良いんですか、それ?」


 どこまでも孫娘を愛するクレストン。

 この爺さんは最早、病気なのかもしれない。


 その老人の姿に溜息を吐きながら、二人は屋敷内に戻るのであった。

 庭先に大量の泥を残して……。


 



 

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