おっさん、勇者と間違えられる
村の舗装された道を行けども村人達の姿はあまりなく、実に閑散とした風景であった。
時折家屋から子供が顔を覗かせたが、恐らく親と思われるが急いで子供達を家の中に隠す。まるで何かに怯えているかのようだ。そして、家屋からは吐き気の模様する異臭が漂い、鼻腔を刺激する。
腐敗臭だ。そして、その原因についてゼロス達は既に分かった気がしていた。
「これも妖精達のせいなのかな?」
「十中八九、妖精達が影響してると思いますね。奴等が低レベルの村人達に嫌がらせをしているんだろうなぁ……。迷惑な話だ」
「……見た目だけなら可愛いのに」
「まぁ、妖精達なんてそんなもんだと思いますがねぇ。【ソード・アンド・ソーサリス】でも経験しているんじゃないですか?」
「そうだけど……可愛いから手心が」
「気持ちは分からなくもないですが、可愛い外見とは裏腹に凶悪な魔物はたくさんいますよ?」
確かに妖精は見た目は可愛い。しかし、その外見に似合わず残酷な性質を持っている。
妖精達にとっては生物を殺す事は遊びであり、悪質な悪戯は日々の娯楽なのだ。
その大きな理由が長命な事と、自然界の魔力だけで生きられるので食事などに関心も持たない事、以前にも上げているが、知能が子供並で善悪といった倫理観を持ち合わせていないという事が上げられる。
良く言えば純粋で無邪気なのだが、その無邪気さが残酷さに繋がる。
好奇心が強く、気まぐれで行動しては騒ぎを起こし、物理攻撃や属性による魔法攻撃の大半が効果がなく、自分達に危害が加えられないと知っているために調子に乗る。
人が慌てる姿が面白くて仕方がない。また、知能が子供並なので危機感がなく、気分次第でどこにでも現れる。子供同士で気まぐれで虐めをしているような感覚で、妖精達は平気で生物を惨殺してしまう。そして、それだけの力を保有しているのが問題だった。
「ゲームの時は、妖精と使い魔契約をしようと思ったのに……」
「やらなくて正解。酷い目に遭いますよ? それはもう、間違いなく」
「断言……出来ちゃうんだぁ~~。さすが古参プレイヤー」
しばらく歩くと、そこには大勢の人だかりができており、怒声が飛び交っていた。
良く見れば教会のようで、司祭を取り囲んで村人が抗議をしている様子である。
「ですから、妖精達はとても純粋で、悪意を一切持っていないのです。人間の様に欲で動く事はなく、無垢なる心で自由に生きている種族なのですよ」
「だからって、家畜を大量に殺して良いと言えるのか! 俺達も生活が懸かってんだぞ!」
「家畜だけじゃねぇ! 奴等は気まぐれで俺達を穴に埋めたり、寝ている内に崖から突き落とすじゃねぇか! どこが純粋で無垢だよ!」
「この間は赤ん坊がバラバラに解体されたんだぞ! 隣のミーサはショックで寝込んじまった!!」
「去年はジュダンところのガキだ、森で生きながら腑分けされたんだぞ! もういい加減にしてくれ!!」
「アンタらは良いよな、襲われねぇんだからよぉ!」
「それは、私が敬虔な四神の信者だからです。妖精達が襲うのは、あなた方が神を蔑ろにしているからでは?」
何とも酷い話だった。
妖精による被害は数年に渡り続いている様である。その被害に頭を悩まされているのに、司祭は自分が神に祝福されていると言い張り、全て神の恩恵と誤魔化しその場を切り抜けようとしている。
挙句の果てに信心が足りないと言われれば、さすがに村人達も頭にくるだろう。
ただでさえ妖精の事で腹立たしい思いを抱えているのに、この一言は火に油だ。いつ暴動化してもおかしくはない。
おっさんは妖精の事が少々気になり、何も知らない旅人を装い情報収集を始める。
「すみません。これは何の集まりですかねぇ?」
「あ゛ぁ? 何だ、旅人か? 珍しいな」
「街道を通ってサントールに向かう最中、偶々通りかかったものですから。して、これはいったい何の騒ぎでしょう」
「妖精の被害だよ。俺達は四神教の司祭様に妖精の説得を頼もうとしてんだ、だが……」
「司祭は取り合う気がないと、無駄な事をしてますね」
「「「「「 !? 」」」」」」
おっさんは余計な一言を言ってしまった。
殺気の込められた視線がゼロスに集中する。だが、妖精の生態を知っているので、ここは事実を教えて凌ぎ切る事にした。
「妖精に四神の事なんて関係がありませんよ。奴等は、自分達に危害を加えないと知っているから神官服で見分けているだけで、普通の服に着替えたら襲われますね。間違いなく」
「ちょっと待て、四神が関係ないなら……何で神官を襲わねぇんだ? そこが分からねぇ」
「多分ですが、何者かが妖精達と契約しているのでは? 『妖精が襲わないなら危害は加えません』と。そう考えれば辻褄は合いますがねぇ?」
「誰がそんな契約を……魔導士か? いや、魔導士は神官と険悪の仲だし……」
「知りませんよ。ただ、そこの司祭さんが説得しても無駄でしょう。攻撃されたら始末する方が手っ取り早い。幸い妖精からも調合素材が獲れますので、結構高値で売れるはずです」
誰もが顔を見合わせ、いかにして妖精を倒すかを話し合い始めた。
妖精に普通の攻撃は効かず、魔法にも高い耐性がある。代わりに耐久力が極端に低いので、仮に村人の攻撃が当たったとすれば、妖精は一撃で倒せる。あくまで攻撃が当たればの話だが……。
その中で唯一異を唱える者の姿があった。四神教の司祭である。
「待ちなさい、皆さん! そこの魔導士の言葉に惑わされてはなりません、妖精達は清い種族です。そんな彼等を殺すというのですか! 四神の裁きに遭いますよ!」
「だったら、アンタが説得してくれんのかい? こっちは奴等のせいで死人が出てんだよ! 仮に清い種族だってぇなら、何で人様に迷惑を掛けるんだ!!」
「「「「「 そうだ! そうだ! 」」」」」
「妖精達は心が幼い種族なのです。だからこそ、彼等は子供の様に無邪気で無垢なのですよ。人もそうあるべきだと思います」
「無垢なら何で子供をバラバラに出来るのよ、純粋で幼ければ何をしても良いという訳ですか!!」
司祭様は既に涙目だった。
妖精を擁護すれば村人との反感を買い、かと言って村人側につけば教義に反する事になる。
四神教では神が最初に生み出した種族が妖精となっているからだが、その妖精がタチの悪い悪戯を繰り返し頭を悩ませている。この司祭もある意味では被害者だった。
「ふむ、妖精も種族と認められているなら、裁きに掛けるのもアリなのでは? 商人に襲い掛かる盗賊に殺傷許可が出ている様に、妖精にもそれを適応するべきだと思いますがねぇ」
「なっ、貴方は何て言う恐ろしい事を……妖精は人間よりも遥かに優れた力があるのですよ!? 人間が太刀打ちできるわけがないではありませんか!! これだから下賤な魔導士は……」
「僕はこの村に着いて既に二匹始末していますが? 攻撃されたので手加減なく殺しましたが、何か問題でも?」
「なっ、なんという………。妖精を殺した……そんな事が出来る訳が……」
「殺さねば殺される、ただそれだけの事ですがねぇ? 金床を頭上から落とされましたし」
妖精の力は主に純粋な魔力である。
保有魔力も多く、魔力操作に長けているために強力な攻撃が可能であった。ただ、その優れた能力を自分達の享楽のためにしか使わないのが問題なのだ。
自身の力をどう使うかは自由だが、それで他者に多大な迷惑を掛けるのは別問題である。
種族として認められている以上、妖精達のしている行為は戦争になってもおかしくはない。場合によっては妖精殲滅を許可される事にもなり得る。
そうなると、妖精を擁護する四神教も国教の座から落ちる事になる。
「魔導士に依頼すると良いのでは? 物理的にも魔法的にも倒すのが困難ですが、魔法の方が妖精を始末できる可能性が高いですから」
「なるほどな……領主様に嘆願してみるか。妖精被害が深刻だから、手を打ってくれるかもしれん」
「待ちなさい! 妖精を殺すなど、神に背く行為ですよ! 考え直しなさい」
「うるせぇ、神が何してくれたって言うんだ!! 殺された赤ん坊は一歳にも満たなかったんだぞ!!」
「殺された子供だってわずか十歳だ!! 何もしない奴が偉そうに言うな!!」
「ケガ人も大勢でてんだぞ!! これ以上野放しにしたら、俺達もどうなるか分からねぇ!!」
おっさんの想像以上に被害が出ている様だった。
この村の至る所から異臭が漂っているのは、解体された家畜の内臓を家屋の真下に隠し、人間が入り込めない場所で内蔵などを腐らせる事で、腐敗した臭いで嫌がらせをしているのだ。
ゼロスが聞いただけでも、家畜から切り落とした生首を玄関先に放置したり、体の不自由な老人を生き埋めにしたり、妊婦を川に突き落としたりなどやる事が酷い。
「おじさん……妖精って……。ファンタジーの世界って……」
「幻想に夢を見るのは良いですよ? ただ、現実なんてこんなものですよ。イギリスなどの伝承にも、妖精のタチの悪い悪戯は数多いですし、人間に友好的である事と妖精達との付き合い方は別問題。
実際、種族として見れば完全に別物だし、獣人達の方が意思の疎通ができる分だけ付き合い易いだろうねぇ。妖精は人の話なんて聞きやしないし、直ぐに忘れるから」
「おじさん……【ソード・アンド・ソーサリス】で妖精に何されたの? もの凄く敵意があるみたいだし」
「低レベルの時に妖精に崖から突き落とされ、川に流される最中に上から岩を落され、滝の真下を凍らされて激突して死に戻った。更にレアモンスターと戦闘中に木の蔦で足を絡めとられ、動きが封じられた時に突進を食らい、回復薬を散々奪われ、レイドボスの戦闘中に落とし穴に落とされ……etc」
「うぁ~……妖精、酷過ぎる。おじさんが妖精嫌いになるのも分かるよ」
村人達も【ソード・アンド・ソーサリス】や【死に戻り】の事は分からなかったが、妖精の被害がどれ程タチが悪いかを知っており、二人の会話を聞いてしきりに頷いている。
村人達はおっさんに心底同情している。これは被害を受けた者にしか分からない共通意見であった。
「奴等は壁をすり抜けるからどこでも侵入できるし、力を持たない者達は格好の獲物なんですよ。バレても逃げれば良いと思ってますしねぇ。それが出来るだけの力は持っている」
「強い能力の無駄遣い。ある意味では羨ましいけど、誰かに恨まれるのはちょっとね……」
「対策として、魔力の込められた武器でなら倒せますが、小さい上に素早いから難儀ですよ。【フェアリーイーター】でも育てれば良いんじゃないですか?」
「何? その魔物、聞いた事がない」
「【マンイーター】の変異種で、妖精を捕食する魔物です。代わりに人間は捕食しませんし、種が薬になりますねぇ。妖精は馬鹿ですから、良く高濃度の魔力に誘引され食われてます。ちなみに、種はありますよ?」
「「「「「 その種を俺達に売ってくれ!! 」」」」」
「おぉおぅ!?」
村人達が食い付いた。
彼等も今のままではどうして良いのか分からず手を拱いており、この状況を打破できるのであればどんな方法でも縋りたい。そして、おっさんはその方法を持っていた。
だが、司祭はあまり良い顔をしてはいない。魔導士のこの状況を打破されては、司祭としての面目が丸潰れである。敬虔な信者であるために何としても阻止したい。
「ま、魔物を利用しようというのですか……何と恐ろしい事を! 魔物は神に背く邪悪な生物、その力を利用しようなど悪魔の所業です!」
「何もしない神の教えに従うよりは、どんな事をしてでも幸せになりたいと願い努力する方がまともだと思いますがねぇ。被害が出ているのに何もせず、ただ見ているだけに成り下がるなら悪魔で結構」
「何という邪悪な事を……魔物の恩恵を得るなど、邪神に魂を売る行為と知りなさい! これだから魔導士は……」
「やだなぁ、魔物の恩恵ならおたくも受けてるじゃないですか」
「な、なにを……私はそのような邪悪な生物の恩恵など……」
「おたくが着ている神官服、【シルククロウラー】の糸からできてますよねぇ? 杖は【デア・トレント】、指に填めている護身用魔道具の魔石も魔物から得た物、これでも恩恵を受けていないと?」
「なぁ!? 確かにこれは魔物から得られた素材ですが……神聖魔法によって穢れを浄化した……」
「理屈はどうでも良いんですよ。結果を見ればアナタも魔物素材の恩恵を得ている。それは変えようのない事実だ。神官が許されるからと言って、一般人が許されないというのは道理が通らないと思いませんかねぇ?」
神官が魔導士を嫌う理由、それが教義を理屈でねじ伏せ、理を以って自分達の信仰を否定するからだ。
どれだけ教義内容で魔導士を諭そうとしても、正論で全てを破綻させてしまう。故に神官達は魔導士を嫌っていた。
そして今、司祭は目の前の胡散臭い魔導士に敗北した。
「おじさん、いくら四神が嫌いだからって、使いパシリの司祭様に八つ当たりをしなくても……」
「そんなつもりはないんですが……。村の皆さんが大変な時期に信仰で身動き取れないなら、いない方がましでしょ。あっ、これが【フェアリーイーター】の種です」
「あんた、今どこから出したんだ? さっきまで何も持っていなかったよな?」
「企業秘密ですよ。魔導士は手札を決して人には教えません。対抗策を講じられてしまいますからねぇ」
インベントリーから【フェアリーイーター】の種を取り出し、それを村人の一人に手渡す。
これは、この世界に来てサバイバルをしていた時に採取した種で、更にセレスティーナ達の実戦訓練の時にも採取している。ストックはまだ大量にあるので別に人に上げても構わなかった。
村人からしてみれば、突然何もない場所から種を取り出した事が不思議で、目の前の魔導士が見た目よりも凄い実力者なのだと理解させる。
だが、インベントリーから種を取り出した光景を目撃した司祭は違った。
「貴方は……いえ、貴方様はまさか……勇者様なのですか!?」
「いえ、ただの胡散臭い魔導士ですが? 勇者? 何それ、美味しいんですか?」
「誤魔化さないでください! 虚空から物を取り出す能力、これは勇者達が持つ特殊な力です! その力が使える貴方様が勇者でない訳がありません!!」
「残念ですがねぇ、僕は勇者ではないんですよ。そんなくだらないモノになるつもりもありませんし」
「勇者がくだらない!? な、なぜ……勇者が四神に歯向かうのです。選ばれた存在であるというのに……」
「選ばれたねぇ。おたく等の都合で無理やりこちらに誘拐された者達を勇者と称し、勝手に国の利益に利用されるだけの道具に成り下がる気はありませんよ。第一、僕ぁ~は勇者ではありませんしねぇ。召喚された訳ではないですし」
「その力は紛れもない勇者のものではないですか! なぜ神を否定するのです!」
「しつこいなぁ……。勇者なんてものは、選ばれるのではなく至る者達の事を言うんですよ? その勇者達を人は英雄と呼ぶ。望んでもいないのに押し付けられた勇者の称号など、胡散臭くて反吐が出ますねぇ」
胡散臭い見た目の人物が、勇者を胡散臭いと言う。実にシュールであった。
「司祭様、おじさんに何を言っても無駄だよ? おじさんは四神が大っ嫌いだし、勝手に都合を押し付けたら本気で怒るからね?」
「き、君は、勇者である事を否定するこの魔導士殿を認めろと言うのですか!? 神に力を与えられた選ばれし者であると言うのに……」
「だから、そこから先は言わない方が良いよ? でないと、司祭様が殺されちゃうから」
「……僕を何だと思ってるんです? 弱い相手に無差別に魔法をぶちかますような真似はしませんよ」
「えぇ~? 待ち伏せしてる盗賊相手に容赦なく魔法攻撃したじゃん。事実は変えられないよ?」
イリスが自分をどう見ているのか、分かった気がした。
司祭は司祭で信じられないという目を向けている。
勇者は四神に与えられた召喚の儀によって召喚される神の天兵のはずであった。
四神に従いその使命を全うする死兵であり、その勇者を召喚する事を許されたのが四神教の総本山である【メーティス聖法神国】である。勇者達も大司教の要請で多くの人達の救済に当たり、神の力を示す神意の代行者だった。その勇者の力を持ちながらも四神を否定する魔導士の存在が信じられない。
現に勇者達は四神教の意に従順なのであり、破格の待遇を得ている。
「あんた、勇者だったのか?」
「そう見えます? 勇者って何なんでしょうかねぇ? 今いる勇者達も自分の考えで動いているとは思えませんし、惰性で流されているとしか思えませんよ。まぁ、敵対したら戦いますけどね。邪魔だし」
「勇者と戦うつもりなのですか!? そこまで勇者である事を否定する気なのですか!!」
「だから、僕は勇者じゃありませんって、何度言えばわかるんですかねぇ?」
「だよなぁ……見た目が胡散くせぇし、勇者というよりは世捨て人の方が近くねぇか? 浮浪者間近の」
誰もがその意見に賛成だった。何しろこの場にいる全員が頷いている。
おっさんは孤独だ。まぁ、未だに独身で正しい意味でも合っているが。
好きで胡散臭い格好をしているのだが、さすがに浮浪者扱いされたおっさんは内心で落ち込んだ。そんな時に、一人の村人が慌てて走り込んで来る。
「た、たたたた……大変だぁ!!」
「何だ、何があった!!」
「さ、サイモンところの坊主が……よ、妖精に襲われた! 家の中でだ」
「やってくれたな……妖精共……それより司祭様!」
「はっ、ハイ!?」
「呆けてねぇで来てくれ! ケガ人が出たんだ、早く治療しねぇと不味い!!」
「そ、そうですね。急ぎましょう」
慌ただしく動き出した村人達。おっさん達は二人、教会の前に残された。
目の前をつむじ風が通り過ぎて行く。
「……おじさん、おじさんも行った方が良いんじゃない? 多分、イベントだと思うよ?」
「ゲームじゃないんだから、そんなイベントが起こる訳ないでしょ。ただの偶然だと思いますがねぇ」
「けどさ、おじさんの秘密道具が役に立つかもしれないじゃん。行こうよぉ~」
「僕はどこかの未来ロボットですか……。まぁ、似たような道具は幾つかありますが……」
「そんな訳で、【大賢者】様、御出陣!」
「イリスさん、なんで……そんなにテンションが高いんですかねぇ?」
それはもちろん冒険だからだ。
イリスは今、憧れの【殲滅者】と冒険をしている。その事実が彼女のテンションを上げさせていた。
しかもイベントが発生。無駄にやる気のイリスに背中を押され、ゼロスは村人達を追い、やがて一軒の民家に辿り着く。
正直、村人達が邪魔だった。何とか人垣を押しのけ家の中にはいる事に成功する。
そこで見た物は、無残に斬り刻まれの血で染まった幼い少年の姿であった。幸と言って良いのか分からないが体を切裂かれただけでしっかりと無事であり、解剖されていたら手遅れであったが、これなら回復できるとゼロスは判断する。
イリスは血臭に顔を顰め何とか吐き気を耐えながらも、【ソード・アンド・ソーサリス】の妖精達よりも酷いと、この世界の妖精の悪質さを完全に理解した。
「司祭様、早く! 早く、ルオを助けてください!!」
「わ、分かっています。神の慈悲により、この者の傷を癒したまえ……【ライト・ヒール】」
司祭が使った【ライト・ヒール】。初期回復魔法【ヒール】の一つ上位版だが、回復効果が多少上がっただけで重症患者を治療するには時間が掛かる。
それだけ司祭のレベルが低い事と、恐らくだがステータスの【インテリジェンス】がさほど高くはないのだろう。傷が癒される速度が遅い。
「これでは死ぬな。ちょっと行ってきますよ」
「うぷ……助け、られるの……? おじさん……」
「この世界での回復は初めてでね。まぁ、できるだけの事はやってみますよ」
緊急事態のはずなのに、落ち着いた足取りで治療の場へと向かうゼロス。
それに気づいたのか、司祭は顔を顰めておっさんに食って掛かる。
「な、何ですか! ここは魔導士ができる事などありません! 直ぐに下がりなさい!!」
「緊急時なんで、そのまま治療を続けていてくださいよ。さて、【我は癒す、大いなる癒しの御手】」
おっさんが使う回復魔法、【我は癒す、大いなる癒しの御手】。
これは状態異常を全て癒す【リフレッシュ】と、高位回復魔法【グランヒール】を組み込み、魔法式を魔改造したものである。状態異常と傷の回復をする【リザレクション】と同様の効果はあるが、【リザレクション】の効果は二つの効果のせいで回復効果は中級程度。魔導士では回復効果は神官よりも低いため、若干回復効果がが落ちてしまう。
ゼロスの回復魔法は、魔導士と神官の職業による補正効果を出来るだけ詰めるため、実験的に製作した魔法であった。だが回復魔法であるために補正効果が縮まる事はないと知り、無駄な努力だったと当時は落ち込んだ。
その補正効果を縮めるには、装備アイテムの方が効果が高かったのだ。
ちなみに単体魔法で、高レベル者が使えば威力は絶大。ゼロス並みのプレイヤーになると、補正効果などさほど意味を為さない。わずかな回復効果の差で生死を分けるレイドボスとの戦闘では別である。
おっさんの認識ではそうだったのだが……。
「なっ、魔導士が神聖魔法!? し、しかも……この効果の高さは、いったい………」
司祭すら知らない回復魔法。しかもその効果は凄まじいの一言では済まない効果を発揮し、幼い少年の傷は見る間に癒されてゆく。
【ソード・アンド・ソーサリス】はゲーム設定が恐ろしくシビアで、出血多量で死ぬ事もあり、残存血液の量などが事細かにステータス値で決められていた。
部位欠損なども治療できたが、この異世界でそれが出来るかどうかは分からない。何しろ腕を失くしたらまた生えて来る訳ではないのだ。回復魔法の魔法式はそれこそ攻撃魔法の比ではなく、恐ろしく緻密で高密度な為に改良するのが困難だった。だが、【殲滅者】達はそれを嬉々として行っていたのだ。
人体構造などの専門知識を医学書を買い求め調べ尽し、試行錯誤の末に何とか完成させた魔法でもある。ある意味では01魔法よりも面倒だった。その魔法が使えるかどうかは試してみないと分からない。
そんな非常識な魔法の一つを使ったが、この世界で効果が増幅されるのか、少年は恐ろしい速さで傷が癒され、わずかな時間で重篤患者であった体が完全に治療された。
村人達が大歓声を上がる。
『……やはり、効果が上がるのか。通常魔法も思っていたよりも威力が高い……魔力濃度が高いせいかもしれないなぁ~』
今まで使用してきた魔法の効果を思い出し、その威力が【ソード・アンド・ソーサリス】よりも遥かに高い事を確信した。今回の回復魔法でそれが顕著に表れたのだ。
本来なら回復は体が癒される度にHPが数値が徐々に上がってゆく。だが、【我は癒す、大いなる癒しの御手】は状態異常と傷の治療を同時に行うので治療速度は限りなく遅い。
それはおっさんの異常なステータスでも変わらず、高速で癒される事などあり得ない。ここが異世界と【ソード・アンド・ソーサリス】の世界との決定的な違いであった。
まるで2D画面のRPGで使う回復魔法並の効果だ。下手をすると一瞬でHPが満タンになるだろう。
「こ……これほどの神聖魔法を……。まるで神の奇跡ではありませんか……」
「予想以上に使える魔法でしたねぇ。ここまでの効果だとは驚きでしたが、良い実験結果が出ましたよ」
「あ、貴方は……これほどの力を持ち神聖魔法すら使えるというのに、勇者ではないと言い張る気ですか! これほど四神に愛された力……しかも、魔導士でありながら神聖魔法が使える」
「神聖魔法ねぇ。これはただの光属性魔法ですが? 多少、他の属性魔法も組み込んでありますが、僕が手を加えた改造魔法ですし、四神の世話になった事は一度たりとてありませんねぇ。全て努力の成果ですよ」
「ば、馬鹿な! 神聖魔法を魔導士が作り出したというのですか!?」
「う~ん……そこはあなた方が否定しているところでね。神聖魔法を作り出したのではなく、神聖魔法と言い張っているものは魔導士の使う魔法と同じなんですよ。でなければ、魔導士が改良なんて出来るはずがないでしょ」
「そ、そんな……それでは、いずれは魔導士の全てが……」
「あなた方の言う神聖魔法を使いこなす様になるでしょうなぁ~。僕にはどうでも良い事ですけど。邪神戦争以前に戻るだけの話ですから、早いか遅いかの違いですね」
しれっと重大な事を言い放つおっさん。
神聖魔法を与えられ、人々のために尽くし信仰を広めようとしていた司祭は、現実を突きつけられて愕然とした。今まで信じていたものが音を立てて崩れたのだから仕方がないが、司祭の表情は自分の信じていた信仰が完全否定され、何もかもが信じられなくなっていた。
神聖魔法が魔導士の使う魔法と同質のものであるなら、自分達の存在も魔導士という事になる。信心深い者達には受け入れがたい残酷な現実だった。
「僕は信仰を否定する気はないですよ? 人々の為に道徳を説く行為は尊いと思いますからねぇ。ですが、それを笠に着て裏で欲望を満たすような下衆には容赦はしません。真面目に正しい人の道を説こうとしている方々を裏切り、金や女に溺れてやりたい放題。司祭の中にはそうした方々もいるのでは?」
「そ、それは否定できません……。人は過ちを犯すものですから……」
「その過ちを正し、より良い正しい心を育むのが神官の役割なんじゃないですかねぇ。力が全てではない、力を正しく使う心を育てる事こそが重要だと思いますが? そこに神なんて神輿は要りませんが、正しく導くために神が必要だというなら使えば良い。神官だの魔導士だのと、くだらない事とは思いませんか?」
「大切なのは正しい心……。まさか、魔導士に信仰の何たるかを説かれるとは……」
「僕は日々平穏がモットーですからねぇ、穏やかに過ごしたいだけなんですよ……ん?」
司祭の会話中に気配を感じ、ゼロスは無詠唱で【エレメント・アイ】を使用した。
「おじさん、どうしたの?」
「しっ! ………いますね」
周りが一斉に黙り込み、何とも言えな静寂が包む。
そんな沈黙の最中に、やけに陽気な声が部屋の中に聞こえて来た。
『あぁ~ぁ、治療されちゃったよ。死んじゃえばよかったのに……』
『いいじゃん、いいじゃん、獲物はまだたくさんいるよ? 次はどいつを狙おうか?』
『でも、さっきのは楽しかったね。『たすけて、おかぁさぁ――――――ん!!』だって、キャハハハハ!』
『目玉も取っちゃえば良かったかな? 内臓を引きずり出してさぁ』
『前にもやったよ? あの時は本当に面白かったよねぇ~~♪』
妖精が純粋で無垢なのは間違いではない。故にその行動は残酷になる。
善悪のない好奇心の強い子供に銃を渡したらどうなるであろうか。その答えそのものである妖精達は、切り刻んだ子供の命が助かった事に不満でありながらも、実に陽気で雑談していた。
なまじ強力な力を持ち、長い寿命の中で人格の成長などないこの種族は、純粋ゆえに邪悪でもある。
「【ガンマ・レイ】」
収束し撃ちだされた魔法が妖精達を一瞬で消滅させ、床に【妖精の珠玉】が転がり落ちる。
村人達や司祭も何をしたのか分からない。妖精でも察知できない攻撃を受け、その攻撃から外された妖精達は困惑していた。
『あれ? みんな、どこに行ったの?』
『消えた、消えた! あっ、あれ……もしかして、僕達の核……?』
『嘘ぉ、殺された!? 人間に殺された!?』
『強い魔力……まさか、アイツが?』
『殺せ殺せ、仲間の敵♪ アイツ、危険』
「随分と楽しんだみたいですねぇ、今度はこちらが楽しませてもらいますよ? 【ガンマ・レイ】」
攻撃範囲をを少し広げて放たれた【ガンマ・レイ】は、妖精達を一匹残して消滅させる。
『ヒッ!? な、何をした!? お前、何したぁ♪』
「何って、君達では絶対に逃げられない攻撃ですが? どうです? 狩られる側に廻った気分は」
『こんなことして、姫様が怒るよ? 姫様が本気になったら、お前なんかぺちゃんこだ!!』
「姫? あぁ、【フェアリー・ロゼ】がいるんですか。となると、集落があるか。これは根こそぎ消滅させた方が良いですねぇ。君達が戦争を仕掛けて来たんですから、殺されても文句は言えないでしょ」
『酷ぉ~い、悪戯しただけじゃんか! 何で、殺されなくちゃいけないの! 横暴だぁ!!』
「君等に殺された人達も同じ事を言うでしょうねぇ」
『人間なんて弱っちい奴等、玩具にしかならないじゃないかぁ~。どうせ増えるんだから殺したって良いじゃん♪』
「……それは君達も同じでしょ。だったら、殺しても構わないですよねぇ? 何せ、君達は弱っちいですからねぇ。ククク……」
ゼロスの掌に複雑な魔方陣が浮かび上がる。
積層型魔法陣は複数の円盤が重なりあい、そこに刻まれた魔法式が魔力を物理現象へと転換する。
『嘘っ、嘘だから♪ もう、悪戯しないからぁ~、たすけ……』
嬉しそうな命乞いが終わる前に妖精は消滅した。
小さな悪魔はそれ以上の魔王によって消されたのである。
そして、その冷徹な裁きに絶句している村人と司祭。
「おじさん……やってる事が邪悪だよ? 正義の味方なら、もう少しカッコ良く」
「正義を騙る気なんてありませんよ。純粋な正義なんて弱点ばかりですから、本当の悪党には無力だと思いますがねぇ。何せ、人質を取られたくらいで動けなくなるんですから」
「うっ……身に覚えがあるだけに何も言えない」
以前にイリスは盗賊に捕らえられた。その原因が子供達を人質に取られたからであり、冷静で冷徹な判断ができなかったが所為で、危うくお嫁に行けなくなる体にされそうになった。
ゼロスや騎士隊が駆け付けなければ危ない状況だったのだ。現実は物語とは違い危険な時に救援が来るなどという事態はないのだ。
「所で、妖精の集落があるみたいなんですが、どうします? 僕達が村から出て行った後も、被害が出る事になりますけど」
「まさか、本気で妖精達を根こそぎ滅ぼす気ですか!? その様な事が……」
「四神教の司祭であるアンタには悪いですがねぇ、これはこの村の問題で、平穏に生活するにはそれしかない。選択するのは村人達ですから……それに」
「そ、それに……何ですか? まだ何か……」
「妖精を種族と認めた以上、これは妖精族とソリステア魔法王国の戦争になります。【メーティス聖法神国】がいくら妖精を擁護しているといえど、妖精を排除した後に難癖をつければ内政干渉になりますよね。
種族として認めた以上は、妖精族の事は妖精族に任せるしかない。そこに【メーティス聖法神国】がでしゃばれば、それこそ大規模な戦争に発展するでしょうなぁ。多くの命が失われる事になる」
「!?」
司祭はこの国に派遣された一人であり、【メーティス聖法神国】に報告する義務を持っている。
だが、ここで妖精の集落を殲滅したと報告すれば、最悪の事態に発展する事も充分にある。
司祭には悩むべき事態であった。
「……まぁ、御自分の良識に従えばいいのではないですか? 村人を思いやり虚偽の報告をするも、信仰と責務に従い報告するもアンタの自由ですよ。ただ、自分の行いに後悔しない事が重要でしょうなぁ」
「……私より、貴方の方が司祭らしいですね……理を説き、道を示す……中々できる事ではありません」
「それは御免被ります。僕は魔導士なんで、自分勝手に生きるのが好きなだけですよ」
司祭は悩み、その末に報告をしない道を選ぶ。
妖精を種族として認めた以上は、この問題は妖精達が片付けなければならない問題である。そこに本国が介入するなど他国への内政干渉である事は確かだ。
戦争になれば多くの血が流れ、そんな事態など自分が望むべき事ではない。平穏な世界を望むのは司祭も同じだった。
「まるで……物語の賢者の様だ」
村人達に囲まれ感謝される魔導士の姿を見つめ、司祭はそう呟く。
その時の感想が、まさか正解を得ていたとは夢にも思わないだろう。
一人の司祭が【大賢者】と邂逅した初めての一幕であった。
 




