おっさん、寄り道をする
「先生、もうお帰りになるのですか?」
「えぇ、さすがに畑をそのままにしておくのは不味いですからねぇ。今頃どんな事態になっている事やら」
「帰るのが早いと思うがな。師匠、もう少しだけ滞在していりゃいいじゃねぇか」
「そうもいきませんよ。コッコ達の世話もありますからねぇ」
翌日、ゼロスはサントールの街に戻るべく、大図書館の前でセレスティーナ達と別れのあいさつを交わしていた。
前日の醜態はどこへやら、おっさんはのんきに煙草をふかし、なぜかツヴェイトの傍の少女が気になった。
「杏さん、本当にここに残るんですか?」
「ん……ツヴェイトの傍だと……飢えない」
「兄上……」「兄様……」「お兄さん……」「ツヴェイト君……」
四人の目はツヴェイトに集中した。
年端もいかなない少女を邪な欲望で餌付けしたのではないかと、全員が疑いの目を向けている。
「何で……俺を見るんだ?」
「兄上……さすがに、それは不味いですよ。年端もいかない少女……せめて数年は待ってください」
「俺は、ロリコンじゃねぇぞ!?」
「ですが……男性は時に年端の行かない少女に劣情を抱くらしいと、本で読んだ事があります……」
「お前は何の本を読んだんだぁ!? そんな趣味はねぇ!!」
ピンク色忍者の杏は、なぜかツヴェイトの部屋に住みついていた。
しかも、堂々と食い物を催促するほど図太くだ。あまりにも悪びれない姿に、ツヴェイトが呆れるほどである。
「ひょっとして、護衛に就いてくれるんですかねぇ?」
「……ん、一宿一飯の恩義……」
「杏ちゃんなら安心だね。レベルが高いし、上位者だから」
「コレ……そんなにすげぇのか? 見た目は子供だぞ?」
「強いですよ? 僕が認める数少ない上位者の一人ですからねぇ……ところで、エロムラ君は?」
もう一人の転生者である騎士の少年、エロムラ君。
彼は現在衛兵の詰め所で軟禁中だが、裏組織を裏切りツヴェイト側についた事で、ツヴェイトの父親であるデルサシスの恩赦待ちであった。
無論、ツヴェイトも彼を擁護する手紙を送っている。非モテ男子達の美しい友情だった。
「まぁ、衛兵を叩きのめしたらしいですからねぇ。デルサシス殿の指示がでるまで、彼の牢屋暮らしはやむを得ないだろうなぁ~……」
「悪い奴ではないんだがな……。勘違いでヘマしたらしいし、少し考えて行動してほしかった」
「馬鹿なんだね、その人……」
イリスは遠慮がなかった。
「まぁ、彼はその内に『娑婆の空気は美味いぜぇ~♪』と言いながら出てくるでしょ。さて、次に君達と会えるのは冬期休暇ですか? それまで頑張って精進してください」
「また実戦を積に行きてぇなぁ……」
「私は遠慮します。研究をしている方が有意義ですからね」
「クロイサス兄様……格を上げた方が有利ですよ? 錬金術師でも有事の際は戦場に駆り出されるのですから……。研究にも魔力は使うのですし、格上げは必要です」
ひきこもり体質のクロイサスは、レベルを上げる事よりも研究が大事だった。しかし、レベルをある程度上げておけば研究も多少捗るのは間違いない。
彼には悩ましい問題だろう。
「では、冬期休暇の時にまた会いましょう」
「ティーナちゃん、まったね~~~ぇ!」
ゼロス達はスティーラの街北門に向けて歩き出した。
四人はゼロス達の姿が見えなくなるまで、その背中を見送ったのである。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ねぇ、おじさん……もしかして、バイクで帰るの?」
スティーラの北門から出て街から少し離れた場所で、ゼロスは【廃棄物十三号】をインベントリーから取り出そうとしたのだが、イリスの一言で中断した。
「そうですが、何か?」
「え~~っ、つまんないよ。せっかくの異世界だよ? ゆっくり帰ろうよぉ~」
「まぁ、バイクで全速力で走れば、一日もあればサントールには着くでしょう。が、ゆっくり帰るにしても村が二つある程度ですよ? 地図を見る限りでは小さな農村。運搬は船の方が早いですから、村が発展する事がなかったみたいですねぇ」
「見た限り街道も新しいみたいだし、街を作る予算まで手が回らなかったんじゃない? それより、冒険しようよ」
「冒険ねぇ~……なにか、面白い事があれば良いんですけどね。二ヵ所の村にですが……」
改めて引きずり出した【廃棄物十三号】。
シートだけを交換し、黒い車体にまたがる。
サントールの街までは街道を走り続ければ良いが、山岳部を迂回するルートでファーフラン街道と合流し、そこから遠回りでサントールへと向かう事になる。
これは、広大な大深緑地帯を避けるために安全をはかった結果、街道が森から距離を置き蛇行する形になってしまったからである。このルートを通るくらいなら船の方が早いのだ。
「とりあえず村に行ってみますか。爆走すれば一日でサントールに着きますが、ゆっくり法定速度を守って走れば二日目のお昼ぐらいには着くでしょうねぇ」
「法定速度って……このバイク、スピードメーターが無いんだけど?」
「スピードを出し過ぎなければ問題ない、のんびり帰りますか」
「『わ~~い♪』と素直に喜べないのは、きっとバイクのせいだよね。ファンタジーじゃないし……」
何だかんだ言いつつも、【廃棄物十三号】は静かにモーターを駆動させ、サントールに向けて走り出した。
だが、普通に考えても馬車よりは早く、何事もなく安全に第一の村へ辿り着くのであろう。
あくまでも『ゼロス達にとっては』という意味でだが……。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「頭ぁ~……この街道で商人を狙うのは、間違いだったんじゃねぇですか?」
「……そうかもしれん。往復するのは国の公用馬車ばかりだし、迂闊に襲えば返り討ちだな……」
「そもそも、商人共は船を使いやすぜ? この街道を通るなんてめったにないんじゃないですかい?」
「う~ん……だが、商人共が行き交う街道は他の連中が牛耳ってるし、横入したら殺される」
「弱小っスもんねぇ~俺達……」
世の中には、何をしても上手くいかない者達が結構な割合で存在する。
今スティーラ街道に待ち伏せしている盗賊達も、その中に入る毒にも薬にもならない連中だった。
殆どが農家の生まれなのだが、昔から横暴な態度で村人達から迷惑視され、やがて村から追い出され居場所がなくなった者達が集まった。
小さな村でどれだけ強くとも、外に出れば自分より強い者は大勢いる。
調子に乗っていた彼等は、世間の厳しさを村から出た事で思い知り、それでも昔の栄光に縋り何も出来ずに落ちぶれている、そんな連中だった。
まぁ、過去の栄光と言ったところで、小さな村で力自慢を良い事に粋がっていただけの話だが。
そんな彼等は『いつかデカイ事をしてやる!』という、何の根拠もプランもビジョンもない、今も惰性で生きている可哀そうな人達であった。
「頭ぁ! 前から何か来やすぜ? ……アレは、魔道具みたいですが、デカイ!? なんだありゃ!?」
「何ぃ!? 見せてみろ!!」
少ない金をかき集めて買った望遠鏡を見張りから奪い、頭の男は街道を覗く。
確かに見た事もない黒い物体が、街道を馬車よりも速く突き進んでいた。
「コイツは運が向いてきたな、アレを売り払えば大金持ちだ」
「へへへ……これで貧乏生活ともおさらば、やるぜぇ~~っ、やってやんよぉ~! ばぁちゃんに入れ歯を作ってやんよぉ~、歯がなくて硬いもんが食えねぇからな……」
「大金を手に入れて、一旗揚げてやるんだ! 弟に兄貴の偉大さを見せてやる! 病気の親父を楽させてやんだ」
「金が入れば、妹に花嫁衣裳を買ってやれるなぁ~……。待ってろよ、兄ちゃんはやるぞ!」
「母ぁちゃん……俺、やっと仕送りが出来るよ……。頑張るよ、母ぁちゃん」
意外と悪い連中ではないのかもしれない。
ただ、やろうとしている事は犯罪であり、あまり褒められたものでない事は確かだろう。
残念な事に、彼等は今から襲おうとしている相手が最悪である事を知らない。
「左右に分かれろ! 弓も用意するんだ!」
「頭ぁ~、矢が殆どありませんぜ? 金がなくて、しばらく買ってないから……」
「……あるだけでいい。ないよりはマシだろ」
「うわ、剣が錆びてる……安物だからなぁ……」
「手入れぐらいしとけよ……。ほら、代わりの俺のナイフを貸してやるからよ」
「これで……家族に仕送りが……。長かった………」
「娘は今年で十歳だったな、この仕事を成功させて可愛い服でも買ってやれ」
悪い奴等どころか、意外に良い人達なのかもしれない。
それは兎も角として、標的である黒い物体は馬車よりも速い速度でこちらに向かって来ていた。
盗賊達は慌てて街道の左右にスタンバイし、いつでも襲える準備に取り掛かる。
そして……
―――キュオォオオオオオオオオオ……
「き、来たぞ!」
甲高い音を立てて走る謎の黒い物体。
その物体に二人ほど人間が乗っているところを見ると、どうやら乗り物である様だった。
ただ、この物体をどう止めるかが問題である。
「ロープを張れ、逃がすなぁ!!」
「「へいっ!」」
街道を遮るように張られた三本のロープ。
普通に馬車ならこれで止められただろうが、この黒い物体は別であった。
左右の巨大な盾状の物体が跳ね上がると、上下に口を開いて何かを撃ちだしてきたのである。
―――ゴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!
「「「「「 !? 」」」」」」
盗賊達は浮遊感を体に感じ、気づけば空中を飛ばされていた。
黒い物体はロープを飛び越え、何事もなく彼等の真下を通過して行く。
「「「「「 グベェエエエエエエッ!! 」」」」」
そして、当然ながら彼等は地面に落下した。
幸い全員が森に落ちたために、重傷者はいなかった。地面が腐葉土で柔らかく、クッション代わりになってくれたために助かったのだ。
しかし何が起きたのか分からない。
「イテテ……何が起きた?」
「頭ぁ~……アレ……」
「何だ……うげぇ!?」
起き上がった盗賊頭が見た物は、街道に張られたロープを結ぶ大木を残し、左右の森が抉られた状態で地面が剥き出しなった光景だった。
つまり、街道の左右に陣取って待ち伏せをしていた自分達に向けて、大掛かりな魔法を叩き込まれたのだと理解する。全員が無事だったから良いが、最悪皆殺しになっていた可能性が高い。
いや、確実に殲滅されていた事は疑いようがなかった。全員が恐怖に怯えた。
「……俺、真面目に働こうかと思う。あんな物が街道を行き交うようじゃ、この商売は出来ねぇ」
「田舎に帰って両親に謝ろう……俺が馬鹿だった。けど、仕送りどうしよう……」
「かみさん、許してくれるかなぁ……。三年も帰ってないし……土産を買う金もない」
「考えてみれば、子供に顔向けできない商売だしなぁ……。子供達に何か買ってやるにも、汚い金じゃなぁ」
「普通に猟師になれば良いんじゃね? 俺達、この数年で腕を上げたんだし……」
「「「「「 それだぁ――――――――っ!! 」」」」」
できれば早めに気づいて欲しかった。
何にしてもこの日、一つの盗賊団が全員足を洗い、猟師に職を変える事となった。
後に、彼等の持ち込む毛皮は最高品質ゆえに高額で取引され、やがて儲けた金で大規模な狩猟団が組織される事となる。
その手始めとして彼等は三日ほど狩りを行い、様々な毛皮を大店の商人に持ち込み信頼を勝ち得るのだった。当然相応の金子を受け取り、盗賊家業よりも生活が豊かになってゆく。
彼等の家族達も、手の付けられない暴れん坊が更生した事に泣いて喜んだ。
その時の元盗賊達は実に誇らしげだったという。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「……おじさん、何でいきなり攻撃したの?」
「いや、街道の左右に数人ほど人がいたし、道を遮る様にロープが張られていたんですよ? どう考えても盗賊じゃないですか。蹴散らしても構わないと思いますがねぇ」
「この大きな盾、やっぱり武器だったんだ……。威力が凄すぎたんだけど……」
「試作品を組み込んだだけなんですけどねぇ。この世界だと予想以上の威力を発揮するみたいだし、一度他の武器を試作して威力効果を確かめた方が良いかなぁ~……」
この世界で【ソード・アンド・ソーサリス】謹製の武器を使うと、なぜか威力が高くなる傾向がある。
それだけ転生者の能力が高いのか、それとも別の要因が働いているのかすら不明。魔法も些か強力な気がしてならない。
「あっ、装備を作るなら私の装備を作って! 魔導士の装備って防御面が心配なんだよね~」
「なら、せめて格闘系のスキルがあれば良いと思う。補正で身体能力が向上しますし、戦い続ければいずれ【限界突破】出来るけど? 装備に頼るようじゃ駄目でしょ。中にはレベル制限がある装備もあるし」
「う~ん……けどさぁ、近接戦闘って血塗れになるし……。魔導士の方がスマートじゃない?」
「普通にレベルを上げても500はいけますがねぇ、補正効果のある上位スキルが少ないから【限界突破】出来ないですよ? 現に、この世界での最高レベルが500で、そのレベルを遥かに上回るドラゴンを相手にしたという話は聞きませんし」
「魔導士職で【限界突破】は出来ないの?」
「出来ますが、生産職を目指さないと。大量の素材消費してレベル上げをこなさないと駄目ですねぇ。魔導士が相性の良い職業は生産職ですから、錬金術、調合師、鍛冶師、裁縫師、彫金師、武器職人、武具職人……」
「う~ん……近接戦闘の職業スキルを覚えないと駄目かぁ~。剣でバッサリって、私嫌なんだよなー……怖いし」
生産職は補正効果が高いが、成長させるまでが難儀である。
更に身体能力が高くなければ製作出来ない物もあり、魔導士職もある程度の体力強化が必要だった。要するに普通にレベル上げをして、近接戦闘職のスキルも覚えスキルレベルを上げればれば、楽に【限界突破】が出来る。
この世界の場合、強力な魔物を倒す為に過酷な狩場に赴く方が効果が高いが、同時に命の危険も高くなる。人の住む領域内の魔物は弱く、同じレベルでもどこかの大深緑地帯の魔物を優先して倒す方が成長効果が高いからだ。そんな訳で、得られた情報から恐らく、召喚された勇者達はイリスと互角程度だとゼロスは思っている。
勇者達のいる国は過酷な領域が一切ない内陸部、精々ダンジョンが複数点在しているだけである。
レベル500程度で攻略できるダンジョンでは、レベルを上げて【限界突破】に持ち込むにしても時間がかかってしまう。強さに応じて得られる経験値が異なるからだ。
何よりも生産職スキルを上げる事が難しい欠点があった。かなり時間を必要とされ、それ以前にスキルを覚えるのに手間がかかる。
【限界突破】は身体レベルと複数のスキルレベルを限界値まで上げる事で、上限リミッターが外れて更に強くなれる現象である。生産職スキルもその条件に当てはまるが、物を作らねば職業関連のスキルレベルが上がらない欠点がある。ちなみに【臨界突破】や【極限突破】も似た条件だが、それ以外にも加わる別条件が存在するので難しかった。例えばだが、【一パーティーでレイドボスを数回攻略】などだ。
条件設定が個人で異なる場合もあり、その条件を探し満たすまでが苦労の連続なのである。
おっさんが【極限突破】したのはただの偶然で、ゲーム内で遊び続けた結果である。そんな条件など気にしてすらいなかった。
「生産職は、意外に戦闘職の能力が高くないと務まらないんですよ。素材の確保も自分で行うしかないし、この世界の傭兵達に望んだ素材を調達できると思えませんねぇ。危険に挑むような事はしないから……」
「生産職には辛い世界って事? 確かに、ジャーネさん達の装備なんかも私達から見たら防御力が低いし、中級レベルの私の装備の方が遥かに頑丈だね」
「頑丈なのはドワーフ謹製の装備だけじゃないんですかねぇ? 見た限りだと騎士達の装備もお粗末に思えるし、見た目は良いですが上位レベルの魔物だと心許ない」
「う~ん……おじさんに装備を作ってもらった方が、良い装備になりそう」
「そのためには体の採寸を測らなくちゃならないんですよ。彼女達が同意しますかねぇ? スリーサイズが測定されてしまう訳ですし、それでもいいなら作りますが? お代も頂くけど」
「何か……私達が損してない? 体は調べられるし、お金も取られる……納得いかない」
「現実に武器や防具を作るとなれば、体の採寸を測らないとできませんよ。オーダーメイドの服を作るのと変わらないと思って欲しい」
イリスとしては複雑だった。
良い装備は欲しいが、ゼロスに身体のサイズを測られる事になる。普通に店で衣服を作る場合女性店員が相手だから躊躇わないが、知り合いに調べられるのは気恥ずかしい。
ましてやおっさんは男である。何かの間違いでただならぬ行為に及んでしまう可能性も否定できず、その可能性がある以上ゼロスに装備を製作してもらうのは難しかった。
「何なら、ルーセリスさん達に頼んでサイズを測ってもらえば良いのでは? 必要なのはサイズで、直接素肌が見たい訳ではありませんからねぇ」
「おじさんは女性に興味がないの? レナさんや……ジャーネさんは?」
「ぜひ見たいですね! レナさんは兎も角、ジャーネさんならベッドの中で!!」
「即答!? しかも、何でそんなに力強く!? やっぱりラブなの? ラブなんだね、おじさん!!」
「歳の差が気になりますが、いざとなれば【時戻りの秘薬】がありますしねぇ。若返るのもアリでは?」
「おじさん、狡いね……。実のお姉さんは、かなり冷たく突き放したのに……」
「それの何が問題で? 奴には死ぬまで、自分の仕出かしてきた事を後悔して貰わねば……。まぁ、期待はしていませんけどねぇ」
おっさんにはシャランラが反省するとは思えなかった。
どこまでも図太く、口先だけで『反省してる』と言いつつも、結局は他人に寄生し利用するような人物だ。
しかも自分の過ちを決して認めず、それを他人の所為にして今も生きている。
数年で老婆に変わるのはいい気味だと思いつつも、逆恨みで何をしでかすか分からない危険人物でもあるのだ。いつかは処分しなくてはと、覚悟を決めている。
人形を壊したところでこの恨みが消える事はない。
「あっ、おじさん! 村が見えて来たよ?」
「おっと、ではこの辺りで降りましょうか。【廃棄物十三号】を見られたら不味いですし」
「手遅れなんじゃない? それに、そのネーミングは何とかならないの? 何か、海から出現して人間を襲いそうなんだけど……」
「前々から思っていましたが、イリスさん……。何で、そんなにアニメや漫画に詳しいんです? 古いやつにも妙に理解ありますし、年齢を誤魔化していませんかねぇ?」
「失礼ね、お父さんが筋金入りのオタクだったのよ! お母さんも元はコスプレイヤーで、コミケで出会って結ばれたらしいよ? 初めての出会いが『お嬢さん、鯖缶を25個も落しましたよ?』だったらしいし」
「コミケ会場でなぜに鯖缶? しかも25個って、どこかのスーパーでもなく? 分からん、状況が理解できない……」
どこかのタイムトラベラーとセコイ少年の両親を足した状況に、おっさんもさすがに困惑した。
イリスの年齢から逆算しても、イリスの両親はコミケが浸透して最盛期に突入した次期年代だろうと思われる。そんな二人が多くの人達がひしめき合うコミケの会場で、鯖缶が切っ掛けで結ばれたという状況が掴み切れず、非常識なおっさんも頭を捻らせる。
しかも25個である。なぜ、そんなに持ち歩いていたのかが謎だった。
この世には理解できない事があると思いながら【廃棄物十三号】を降り、そこから村に向かって歩き出した。頭の片隅に鯖缶の事がしこりとなって残っていたが……。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
村の名は【ハサム】、主に麦を生産している小さな村である。
酪農なども営んでおり、牛を放牧して村人全員で世話をしているようだ。
ただ気になるのが、目の前に広がる田園風景。どういう訳かこの世界では麦を水田で育てるようで、必然的に田んぼが広がる事になる。
ただ、水が張られた水田に麦が育っている光景は、米文化を知っている二人には異様に思えた。
さらに驚いたのがキュウリだ。この世界ではキュウリは地下茎のようで、泥の中からなぜか青々としたキュウリを収穫するのである。
そのキュウリを保存性の高いピクルスに加工して出荷しており、それ以外にも干し肉やチーズなどがこの村の主な特産品であった。
「何で……麦が田んぼで育ってるの? おかしいよね……」
「キュウリも泥の中から芋づる式に収穫されてますが? これもおかしいでしょうが、異世界ですからねぇ……」
「何でも異世界にすれば済むと思ってない? この間、ジャガイモが木に生っていたけど?」
「ジャガイモは果物だったか……。恐るべし、異世界。尽く地球の常識を覆してくれますよ」
地球の常識は異世界では通用しない。理解はしていても目の前でその光景を目撃すると、改めてこの異様な違和感を感じるものである。異世界の現実を改めて知ったおっさん達であった。
「どうでも良いけど、村の住民の姿が少なくない?」
「そう……ですねぇ。畑仕事をしている村人達も、どこか気力がないと言いますか……」
この村は小さいといえども人口が1500人はいる。
スティーラの街があるために食料は相応に取引されるのだから、生産する人達の数もそれなりにいなければおかしく、それでも街の生活が成り立たないために別の場所から船で食料を買い入れていた。
ハサムの村もそうした食料の生産と取引によって生計を立てている村のはずなのだが、村人達の姿が少な過ぎる。実際田園で働いている村人の姿も数人程度、子供にいたっては一人も見当たらない。
「何でしょうねぇ? 村の広さのワリに活気がなく、畑仕事をしている人達も少ない……」
「本当におかしいね。それに、良く見れば村の人達、ケガをしてない?」
「確かに……。包帯を巻いている人がいますね……って、危ない!?」
おっさんは咄嗟にイリスを引寄せ、抱きしめながら後方に飛んだ。
そして、ちょうど二人がいた場所に何やら重い物が鈍い音を立てて落ちてきた。
「な、なにが……!?」
「これは、鍛冶師などが使う金床? それと、ハンマー……直撃したら死んでましたねぇ」
何もないところから突然と落ちてきた重金属の塊。
しかし、誰がこんな物を落して来たのかが分からない。
「なんで? こんなのが直撃したら死んじゃうよぉ!?」
「ふむ……こんな事をする奴に心当たりがあるな。【エレメント・アイ】」
ゼロスは自分とイリスに魔法を掛ける。
光魔法【エレメント・アイ】。主に見えない魔物を探すのに重宝する魔法である。
例えばゴーストとか精霊、そして妖精である。
案の定、そいつ等はいた。
「か、可愛いい……」
「やはりいましたか……。見た目に惑わされると後悔しますよ?」
上空には半透明の妖精の姿があった。
尖った耳に大きな瞳、昆虫を思わせるっような羽が背中に生え、着衣は着ていない。
全裸と言えばそれまでだが、そもそも妖精にそんな物は必要ない。元より性別が存在しないのだ。
『はずれちゃった。惜しい! もう少しで、ノーミソバ~~~~ンだったのにぃ~~っ!』
『キャハハハハ、下手くそぉ~。次はあたしの番だよぉ~♪』
「妖精……フェアリーか、底意地の悪い生き物が出てきましたねぇ」
「えっ!? めっちゃ可愛いんだけど、あれが悪質な生物なの? 信じられない」
「きますよ?」
「へっ!?」
畑に放置されていた農機具が浮かび上がり、ゼロス達に向けて高速で飛んできた。
「ちょ、ちょっとぉ―――――――っ!?」
「この世界でも悪質な連中か……。せいっ!」
瞬時にショートソードを引き抜き、飛んでた鎌や鍬を弾き返す。
だが、魔力で操られた農機具は地面に転がる事はなく、弾き返されてもしつこくゼロス達を狙って襲い掛かる。明らかに悪意しかない。
『ほらほら、早く死んじゃいなよぉ~♪ 真っ赤な血を出してさぁ~~っ♪』
『しぶといね? 人間の癖に生意気、早く殺しちゃいなよ』
「……お前等が死ね。【ガンマ・レイ】」
対妖精用殲滅魔法【ガンマ・レイ】。
魔力を強力なガンマ線に変質させ、魔力体に直接撃ち込む最悪の破壊魔法である。
魔法なだけに指向性を持たせる事ができ、放射線被爆を防いだ上にある程度の制御が可能。レーザーの様に収束させたり、広範囲に広げて放つ事も出来る。
ただし、正面にしか放つ事が出来ない欠点もある。光の波である放射線は肉眼で確認する事は出来ず、下手に全方位に放てる様な魔法にしたら、味方すら巻き添えにしかねない魔法だった。
魔力耐性が高ければ生身でも防がれ、いくら貫通力があったとしても所詮は魔力なので、相手の魔力耐性次第では完全に防がれる事もある。
だが、おっさんが使うと威力は別であった。
威力を絞った低出力収束ガンマ線レーザーを受け、フェアリーの一匹が消滅した。
『ひょえ?』
「次は君だな……殺そうとするんだから、殺される覚悟もあるんだろうねぇ?」
『うそ、見えてる!? 見られてる!? うひゃぁ~たすけ……』
逃げられる前に【ガンマ・レイ】は、もう一匹のフェアリーを消滅させた。
残されたのは妖精の魔石、【妖精の珠玉】である。
ただ、消滅させられる妖精は実に嬉しそうであった。
「他にはいないな。まさかとは思いますが、村人は妖精のタチの悪い悪戯の被害にでもあっているんですかねぇ?」
「おじさん、本当に容赦がないね。フェアリーって、魔力が高いだけで弱い魔物だよね?」
「悪戯がタチが悪い事は知ってるでしょ。盗んだり殺したり、しかも反省すらしないからなぁ~。見つけ次第、僕は潰す事にしています。前にも言いましたよねぇ?」
「まるで蚊を潰すみたいに言うんだぁ~……。けど、確かに悪質だね。悪戯で済む問題じゃないよ?」
「奴等にとっては遊びですからねぇ、人が何人死のうが構わないんですよ」
妖精は善悪の区別が存在しない。
どこまでも享楽的で興味本位で悪戯をする。その規模は子供のお遊びから悪質な猟奇犯罪まで幅広く、自分達より弱い魔物を解剖する事もあった。
その死骸を家や部屋の中に捨て、慌てる人達を嘲笑う。良く言えば純粋と言えるが、悪く言えば狂気的であり、人間からすれば純粋に邪悪な生き物である。
だが、四神教の神官達にはその被害が及ばず、それが四神教に入信する信者を増やす結果に繋がっていた。結果を見れば四神教に入信したとしても被害があり、神官達は信仰心が低いからだと言って取り合う事はなかった。
その態度が不信感を積もらせる事になっていたが、実際に神官が被害に遭う事はないので、信者達は泣き寝入りするしかない。
「でも、何で神官達を襲わないんだろ?」
「カラスみたいに衣服で判別してるんじゃないかと。そもそも、それほど知能が高い生き物でもないでしょ。司祭や神官を狙わず、一般市民に狙いを定めているとしか思えん」
「まぁ、カラスも人の顔は覚えるしね。衣服を覚えたとしてもおかしくはないかぁ。子供レベルだし」
「その子供並の知能が厄介なんですけどね……。子供は残酷だよ?」
人間でも、幼い内は残酷な事を平気で行う。
アリを平然と踏み潰して遊んだり、ちょっとした悪戯で火を点け火事にしたりと、純粋であるが故に予想がつかない事を平気で実行する。
人間は成長する過程で倫理観を覚えるが、精神が成長せずにそのまま大きくなればどうなるか、ときに猟奇的な犯行を行う人間が誕生してしまう事もあるのだ。
最初は虫を殺していたが、それが次第に小型の生き物に変わり、やがて人間を殺すようになる。
そこにあるのは興味だけであり、殺す事が楽しくなってしまう。
これはあくまでも例えであり、全ての犯罪者がこれに当てはまる訳ではない。だが、妖精に関してはこれが当たり前の認識なのである。
「四神教が自分達を擁護しているから襲わないだけで、それ以外はどうでも良いんだろう。だけど、妖精達が悪質なのは変わらない。これが精霊だったら何もしないんだけどなぁ……」
「妖精と精霊の区別がつかないんだけど、どこが違うの?」
「身体構造は変わらないかな。精神が希薄で契約者の意思に従うのが精霊、契約者には従うけど、裏で悪質な悪戯をやりまくるのが妖精。ついでに契約者にも洒落にならない悪戯をする」
精霊は世界の調和に大きく関わる種族であり、妖精の様に感情の赴くままに行動はしない。
ただし、天変地異が起きた時に活発に行動し、被害を拡大させたり逆に災害の規模を縮小したりする。
精霊はどちらかといえば単純な機械的な思考を持っていると言え、ここが妖精と大きな違いであった。
「何か、厄介な村に来てしまった……。冒険と言って良いものか迷うなぁ~……めんどくさい」
「冒険だと思うよ、おじさん。クエストは【妖精の被害に遭う村を救え】かな? 楽しくなりそうな予感がする」
「面倒事だと思いますがねぇ。妖精を殲滅すれば終わるのだろうか……」
「おじさん、全滅させるしか思い浮かばないの? 他に方法を見つけようとは思わないのかなぁ?」
「奴が無数にいるみたいで腹立たしいんですよ。全滅させた方がすっきりする」
「……重傷だった。妖精さんもかわいそうに……」
実の姉と性質が似ているだけに、妖精はおっさんにとって敵であった。
攻撃した事もあるが、それだけの理由で消された妖精二匹も災難だったろう。運が悪かったとしか言いようがない。
そして、そんな最悪な存在に出会った妖精達にイリスは心底同情する。
女の子なだけに、イリスも可愛い物が好きだった。




