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おっさん、ラーマフの森を後にする

 シャランラは寂れた宿の一室で意識を取り戻した。


 魔道具である【魔人形】が破壊され、自身の意識を魔道具に止めておく事が出来なくなったためだ。

 元よりPKをして手に入れた【魔人形】だが、使い勝手も良く重宝する道具として大事に使っていた。だだが、まさかそれを破壊されるとは思ってすらいなかった。

 しかも、それを行ったのが実の弟である【大迫 聡】であり、姉であるシャランラ――【大迫 麗美】を相当恨んでいるために容赦が無く、本気で殺しにかかってくる程だ。

 無論これは麗美自身が悪いのだが、聡の事は自分に都合の良い金蔓として見ており、全く『悪い』とすらか思っていない。そこで反省すれば姉弟の関係も多少は変わるのだろうが、彼女の辞書に『反省』の文字は無い。


「やってくれたわね……聡ィ~~~~ッ!!」


 当然、逆恨みをするのが彼女の性格である。


「【魔人形】は手に入れるのが大変だったのよ!! しかも、【身代わり人形】や【贄の形代】を全部使わされたし、大損じゃない!!」


【身代わり人形】や【贄の形代】は、この世界においては旧時代の遺物に当たる。当然だが作れる者など皆無に等しい。失われれば二度と手に入れる事は不可能であった。

 これで麗美は暗殺業も自分の手で行わなければならず、身の安全も保障されない。何より【回春の秘薬】によって残りの寿命が少ないとなれば、迂闊な真似など出来よう筈もない。

 この魔法薬の効果を消す事の出来る魔導士は、当然弟である聡だけなのだだとアタリを付けたが、ここに来て姉弟間の仲の悪さが仇となってしまっていた。


 実の姉に対して『別に死んでも構いませんよ?』と言ってのける様になったのは、ひとえに麗美が今までしてきた行いの賜物だろう。弟は嬉々として彼女を殺しに来るほど狂気に憑りつかれている。

 姿を見かけただけで容赦なく魔導バイクで轢き殺しに掛かるほどだ。地球でなら法律や死体処理など、行動に移せば多少なりとも痕跡が残り、完全犯罪など行うのは難しい。

 そのおかげで麗美は生き存えていたのだが、この異世界では命の値段は安い。しかも科学捜査など出来るはずも無く、魔法や魔道具を利用すれば完全犯罪が成り立ってしまう。

 しかも聡は殺す気満々で、麗美の手札を全て消費させた上で『次は無い』と警告して来る始末である。もし聡の元に姿を現せば、容赦なく抹殺しに来るのは疑い様がない。有言実行間違いなしなのであった。

 ここまで恨まれているのに麗美の『自分は悪くない』と言い切れる性格は、ある意味で凄いと言えるだろう。


「まったく……実の姉を平然と見捨てるばかりか、殺そうとするだなんて……何て薄情な奴なのよ!」


 人生の生甲斐を奪われ田舎暮らしを余儀なくされた聡としては、『ふざけるなぁ!!』と言いたくなるだろうが、残念な事に麗美はどこまでも自分中心で生きている。

 弟の人生を狂わせようが、他人の金を使い潰そうがお構い無しで、しかも全く反省すらしていないのだ。

 別の見方をすれば凄くポジティブで生きていた。ある意味では羨ましい性格であると言えるだろう。

 だが、今現在に置いて麗美は大きな問題を抱えてしまっている。


「それにしても、【回春の秘薬】が欠陥商品だなんて……。冗談じゃないわよ、私はまだ死にたくない!!」


 他人から奪ったアイテムを使った結果、彼女は数年後には老婆になり、直ぐに寿命が尽きる。

 自業自得と言えるのだが、彼女はどこまでも自己中である。そして、誰よりも生き汚かった。


「聡の仲間が作った物なら、責任は当然聡にもあるわよね。問題はあいつが【殲滅者】だという事……迂闊に近付けば殺されるのは明白だし、厄介ね……」


 思い出すのは得体の知れない装備を強制的に装着させられ、ドラゴンが複数生息する洞窟に放り込まれた時の事だ。装備やアイテムが全て使い潰させられ、逃げ場すら塞がれ延々と戦い続けさせられる。

 レベルの差があり過ぎて倒す事は適わず、消費アイテムばかりが消えて行った。

 そこに【情け】や【容赦】の文字は無く、あるのは『敵は徹底的に追い詰め、殲滅する』の確固たる意志のみであった。しかも時間が経てば経つほどに他の魔物が群れで現れ、難易度が一気に跳ね上がる。

 死に戻るまで徹底的に地獄を味わったのである。しかも呪い付きのアイテムはそのまま残り、効果が切れるまで魔物に追いかけ回される事になった。最後まで徹底的に祟るのが【殲滅者】で、殆ど悪霊と言っても過言ではない程に執念深い。

 彼女にとって【殲滅者】達は恐怖の対象でしか無く、その一人がまさか実の弟だとは思いもよらなかっただろう。今にして思えば容赦の無さに納得である。


「何としても【回春の秘薬】の効力を消さないと、私が死ぬ事になるわ……。それ以前に、アイツがどこに住んでいるのかが分からない……。弱点を突くにも今の聡は手に負えないし……」


 地球であれば聡はただの人間であったが、ここ異世界で彼は今や本物の【殲滅者】。

 高レベル者にして圧倒的な強さをもつ化け物である。装備アイテムの効果で能力を増強した低レベル者では全く歯が立たない。ここが厄介な所だ。

 しかも暗殺スキルまで保有しているとなると、勝ち目なんて無いに等しい。

 序に、聡が【回春の秘薬】の効力を消すアイテムの存在を知っていると思い込んでいる。元より他人を信じず利用する性格なので、自分の都合の良い方にしか解釈しないのだ。

 喩え『秘薬の効果を打ち消すアイテムの存在がなど、無い!』と正直に言ったところで、当の本人が信じなければ意味はない。後は自分勝手の暴走するだけなのだ。


「まずは居場所を割り出して転がり込み、後は外堀を埋める……。どうせひきこもりの筈だし、いつもの手で……」


 死にたくない一心で悪巧みを始める麗美――もといシャランラ。

 だが、彼女は忘れている。自分の事を一番良く理解しているのは、弟である聡である事を……。

 同じ手が何度も通じる相手でない事を、彼女の頭の中から綺麗に消え去っていた。

 事実、仕事で独身寮に移転する事を利用して追い出された事を、彼女はすっかり記憶の片隅にすら残っていない。

 何よりも、今の聡――ゼロスは、遠慮という言葉はない。

 地球でなら兎も角、この異世界では敵に廻せばば凄く危険な相手であるなど、彼女の思考から消え去っていた。思い付きで行動する為に短絡的なのである。

 予測が外れた時は臨機応変に対処するバイタリティがあるからタチが悪い。 彼女の頭の中では、ゼロスの存在は利用するだけの【弟】としか思っていなかった。

 いや、実の弟だと判明したからこそ、彼女は大きく出られると判断したのかも知れない。


「待ってなさい……。どんな手を使ってでも、口を割らせてあげるから……ふふふ」


 どこまでも俗物な彼女は、ゼロスの住む場所を探し出す事を決めた。

 しかも、その悪巧みが失敗しうる事など微塵も考えていない。本当に懲りない女だった。

 実に羨ましい性格である。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 ツヴェイト救出より二日後、ゼロス達は馬車に揺られていた。

 実戦訓練が終わり、学院生達はイストール魔法学院への帰路についている。

 レベルを上げた者達は体に倦怠感を覚え、現在馬車の荷台で運ばれており、そうで無い者達は歩き続ける事になる。

 そんな中、イリスやジャーネは魔物の素材を手に入れる事が出来てホクホクなのだが、レナに関してはどんよりお通夜ムードである。お目当ての少年達に手を出す事が出来なかったからだろう。


 その少年達はなぜか偏りのある正義に目覚め、ツヴェイト達のいるウィースラー改革派の元にいた。

 ウィースラー改革派の名称は少年達や周囲が勝手に言いだしているだけの話だが、やがてこれが一般的に広がる事になるのは少し先の話である。

 ちなみにゼロスは、紙の束にペンを走らせ、ある女性の似顔絵を複数のパターンで描き上げていた。


「おじさん……何してるの? 似顔絵?」

「コレですか? 憎いあんちくしょうがいましたので、手配書を書いているんですよ。これをデルサシス公爵に渡したらどうなると思います?」

「憎いって……お姉さんだよね? 普通に指名手配されるんじゃないの? それにしても……上手い」


 無駄にリアルな絵を描くおっさんだが、学生時代の美術に関する評価は低い。

 そんなゼロスがこうした絵が描ける理由は、生産職であるが故に設計が得意だからであろう。装備によっては様々なデザインを入れるので、スキルとして所有している能力の一つであった。


「そう、公爵家の跡取りを殺そうとしたんですよ? これから賞金稼ぎに追われ、毎日人目を避けて生きて行かねばならないでしょうねぇ。絶対、近い内に僕のところに姿を見せる筈ですから」


 既に行動を読んでいたゼロスは、先手を打つ事にした。

【回春の秘薬】の副作用を知っているだけに、その効力を打ち消す方法を求めて必ず姿を見せると判断し、賞金稼ぎを動かす事で麗美――シャランラの動きを封じようと考えたのだ。


「でもさぁ、何でこんなに種類があるの? これなんか子供だよね?」

「あの馬鹿が【回春の秘薬】を複数所持しているとも限りませんしねぇ。先手を打つ事で牽制し、選択肢を狭めるんですよ。あの女は外面は良いですから、騙される人が出ないとも限りませんし」

「どんな姉だ……。おっさん、家族に恵まれてないんだな……」

「人前だと良い姉を演じるんですよ。ジャーネさんは恐らく、直ぐに騙されるでしょうねぇ。ルーセリスさんもですが……」


 どちらも人が良すぎる性格なので、ジャーネやルーセリスはシャランラにとって良いカモである。

 僅かにお金を貸したつもりが、いつの間にか借金を背負わされかねない程にタチが悪いのだ。最悪奴隷落ちしかねない悪辣な真似をしでかす。

 ゼロスは似顔絵を描きながらそう説明した。


「な、何て悪質な女なんだ……。あたしは会いたくなんてないぞ!」

「見た目が同年代や幼い姿だったら、二人とも騙される可能性が高いでしょうねぇ。奴は目的のためには手段を選びませんし、うっかり手紙や伝言などを残せば、そこから書類偽造をする程に性格が腐っています」

「どんな女だ!? 悪質にも程があるだろ!」

「『善人は良いカモ』と断言する程に性根が腐りきり、他人の金は自分の物と思い込んでいる屑です。自分が贅沢に暮らす為なら、他人の命すら簡単に犠牲にするほど自己中な女なんですよ……。ハァ~……」

「大変だね、おじさん……」  

「孤児を攫って奴隷商人に売る事も平気でするでしょうねぇ。ジャーネさんやルーセリスさんを売る事なんて、躊躇いなく実行しますよ。あの女は……」


 身近な人達は守りたい訳で、その為に色々と搦手を用意しておく。

 そうでもしなければ、ジャーネ達は簡単に騙され、気が付けば娼婦の仲間入りしている可能性も高い。

 打てる手は何重にも重ねて警戒しても足りないほど、シャランラの悪質さは度を超しているのだ。次で確実に仕留めなければ被害者が増え続ける事になる。


「でもさぁ~、おじさんは秘薬の効果を消す方法なんて知らないんだよね? お姉さんは信じないの?」

「あの女は自分に都合の良い事しか考えませんよ。喩え知らないと言ったところで、奴が信じなければ意味がないですし、何より僕の言葉を信じる筈がないんですよ。だからこそ、早く止めを刺さなければイカンのです!」 

「あぁ~……そういう人なんだぁ~。思いっきり身勝手な人なんだね」

「身勝手……あたしには、そんな可愛げのある言葉で済むとは思えないぞ? どう考えても悪党じゃないかぁ!」

「つまり、また【回春の秘薬】を使って、今度は子供に若返って私達に近付いてくる可能性もあるんだね?」

「当たりです……そのための手配書ですよ。いつまでも若いと思っていますから、『ババァ』や『年増』といった言葉に過剰に反応します。本人はそれに気づいていませんけどね」


 ジャーネとイリスは、シャランラのタチの悪さを完全に理解したようだ。

 そんな二人の横で、一皮剥けた少年達を見て涙を流すレナの姿があった。


「カーブルノ君。やっぱり、貴族と庶民出身の魔導士の格差は無くすべきじゃないのかい?」

「うむ、だが現実にそれは難しい。責務を全うするべく英才教育された貴族魔導士は自尊心が強い。そう簡単に納得するとは思えないだろうし、彼等は成り上がる事に必死だ。次男や三男坊ならこちらに引き込めるかもしれないが、実家を敵に回す気概など無いからな」

「改革は難しいか……けど、俺達はやらねばならない!」

「当然だ! 未来を作るのは我等のような若い世代だ。古臭い因習に捉われた年寄り共には引退して貰わねば困る」

「カーブルノ様ぁ―――――っ、素敵すぎぃ――――――――――っ!!」


 一部……変な人物も紛れているが、少年達はより良い未来の為に身を捧げる覚悟が出来ていた。彼等は国を改革する為に、今ある知識を別の観点から見て策を講じている。

 一歩間違えば過激派に早変わりする事だろう。この少年達が今後どうなるかは分からないが、今は少なくとも間違った方向に進んでいない事は確か……だと思いたい。


「この間まで穢れを知らない坊やだったのに、この数日であんなに大人にぃ~……。あの子達を大人にするのは私の役目だったのよ? それなのに……」

「「「いや、そんな役目なんてないからね!?」」」


 青少年が参加する場所に、淫獣がうろつく様では問題がある。

 幸いにも少年達は良い思いをするだけだが、万が一にでも子供が出来たら問題なのだ。

 特に貴族や大店の商人の子息の間に一児を儲けたら、それこそ様々な方面に迷惑が掛かりかねない。


「レナさん……一時の快楽と生活費、どっちが大事なの?」

「快楽! それを取ったら私には何も残らないわ!」

「断言するなぁ――――っ!! アタシは恥ずかしいぞ! 子供が出来たらどうするんだ! 何がそこまでさせるのか分かんないんだけど?」

「それは、ジャーネが処女おとめだからよ。ゼロスさんに早く女にして貰いなさい。私の気持ちが分かるわよ? それに、女の子だったら普通に育てるし、男の子だったら……ジュルリ……うへへ♡」

「にゃ、にゃにを言っているんら、お前はぁ―――――っ!? それより、前も同じ事を言わなかったか!?」


 ジャーネは奥手な為にこうした話には免疫が無い。

 それを知っていてこうした話を振るのだから、レナも中々に太い性格だった。そして倫理観が少しおかしい。ジャーネの説教を免れるには有効な手であるが、レナの常識は世間一般から掛け離れていた。


「ゼロスさん、いい加減に手を出してくれないかしら? このままじゃ、ジャーネは行き遅れよ? 友人としてちょっと心配」

「僕としてはいつでもOKですけどねぇ、後はジャーネさんの気持ち次第ですが? 嫌がる女性を無理やりは少し問題が……燃える展開であるのも否定はしませんけどねぇ」

「ひゃうぅ!? にゃにゃ……にゃにを!? それ以前に、ルーも……」

「一夫多妻も認められているんでしょ? ルーセリスさんも一緒に結婚すれば良いんじゃないかなぁ? あっ、そうなると孤児院はどうなっちゃうんだろ?」

「孤児院の裏手にゼロスさんの家があるんでしょ? なら問題はないわ。けど、結婚するとなると傭兵生活は無理ね……ちょっと困るかしら?」


 レナとイリスはジャーネを揶揄い始める。

 問題は、こうした話題を振るとジャーネは意固地になるのだ。最後には『結婚なんてする気はない!』と言いだすのも時間の問題である。

 更に機嫌が悪くなれば、しばらくは口すら聞いて貰えなくなる。


「う~ん……一度ルーセリスさんも交えて、真剣に話し合った方が良いかも知れませんねぇ。ただ、僕はいい歳したおっさんですよ? 問題ありませんかねぇ?」

「大丈夫だと思うよ? だって、レナさんも年少者に手を出しているんだし、おじさんの場合は将来の事もちゃんと計画立てられる大人だもん。犯罪者よりマシじゃないかなぁ? レナさん、無差別だから……」

「イリスに駄目出しされたぁ!? まぁ、否定はしないわ」

「少しは自重しろぉ! 何で堂々と言い切るんだぁ!?」


 シャランラの事は置いておいて、結婚に関しては真剣な話となるだろう。

 何しろいきなり嫁二人を娶る事になるのだ。しかも幼馴染同士で仲も良く、どちらもゼロスに好意がある。ジャーネは否定的だが、態度でそれがモロバレだった。

 恋愛症候群は、自身の異性に対する相性を赤裸々に暴露するばかりか、どれだけ否定しようとも本能が求めてしまう厄介な病気であった。

 これを恋の病と言って良いか微妙だが、幸せな家庭を築ける可能性が高いのは間違いない。


「とりあえず、この話題は後にしてください。こんな可愛いジャーネさんを見せられたら、本能が暴走して我慢できなくなりそうですので……マジな話で、ですよ?」

「あ、あうぅ……あたしなんか、可愛い訳……」

『『『いや、マジで可愛いから』』』


 心の底でツッコむゼロス達三人。

 顔を真っ赤に染めてチラチラとゼロスの顔を伺う仕草は、マジで萌えるに充分な破壊力があった。

 自覚していないのは本人だけなのである。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


「「ちくしょぉ――――――――っ、もげちまえ!!」」


 モテない同盟のツヴェイトとエロムラ君は、揃って魂の叫びを上げていた。

 人生=彼女いない歴の二人には、ゼロスの周りは女性だらけで羨ましい。

 二人にとってはイリスも許容範囲内なので、ジャーネやレナのような女性達を含めて周りに侍らす姿は、まさにリア充に思えて仕方がないのだ。


「なんで……な・ん・で、あんなおっさんに女子達が……世界は理不尽に出来ている!」

「気持ちは分かるぞ、同志よ……。だが、師匠は俺達以上に大人だ。喩え普段が無茶苦茶でも、俺達より女達を面倒見れる下地がある」

「クッ……所詮、俺達は若造か……。若さだけではどうにもならない事があるのか……」

「師匠なら、複数の女をまとめて面倒見れるだろう。それだけの財力を稼ぐ力はあるからな……」

「経済力と強さか……。俺も生産職を目指せばよかった……」


 意気投合した二人は、真昼に酒を飲んで酔払った様な愚痴を言い合いながらも、次第にテンションが上がって行く。

 この二人にとって、ゼロスの立場は果てしなく羨ましいものに見えるのだ。


「ツヴェイト……そんな事より、セレスティーナさんとのデートをセッティングしてくれよ。俺、楽しみにしているんだぞ?」

「そうは言うが、アイツはいつも大図書館にいるぞ? 魔法研究に精を出しているからな、良くクロイサスと話をしているのを見かけるが……お前、未だに声すら掛けていないのか?」

「きっかけが掴めなくて……俺は戦闘系魔導士だし、魔法は使う立場だからなぁ~……羨ましいよ。彼女の趣味でも分かればなぁ~」

「マッキントッシュとも良く話していたなぁ~……」

「マカロフでしょ? いい加減に名前を思い出して……いや、待って! 彼と良く話しているだってぇ!? まさか、マカロフもセレスティーナさんの事を……」


 かつての同期が意中の少女と楽しげに会話しているのを思い浮かべ、ディーオは嫉妬に燃えた。

 自分ですらまともに話した事が無いのに、まさかの伏兵に焦りを覚える。そしてその焦りは危険な方向に向かいそうになって行く。


「今の内に消すか……。彼女に近付く害虫は処分しなくては……」

「待てっ、アイツは魔法式の事を聞きに来ているだけだぞ!? その程度の関係なのに暗殺なんてすれば、お前の好感度は下がるだけじゃ済まなくなるぞ!?」

「俺だって……彼女と魔法談議をしたいんだよぉおおおおおおおおおおおおおおっ!!」


 向かいそうになって行くではなく、既に向かっていた……。

 ディーオ、魂の叫び。残念な事に、ディーオは魔法を製作する側では無く、使う側の人間であった。

 当然、生産職で研究者でもあるマカロフとの会話に横から口を出せる立場では無い。戦略的な話なら幾らでも出来るが、改良点や効率性などの魔法式を作り出せる立場ではないのである。

 当然だが、魔法運用の観点に関してはディーオは得意分野だが、改良点を提示したり省エネにする事など専門外であった。もちろん魔法式の解読など出来ない。

 現存する魔法を使いこなす為に修練しているのが戦闘特化の魔導士であり、研究職とは考え方が違う。主な研究は戦略に限られているからだ。

 傍らには同じ研究者のクロイサスもいるために、彼はいつも横で見ているだけの立場に甘んじるしかない、実に悲しい立場だった。


「同志……お前も大変だな。親友と妹の橋渡しかよ、できれば俺にも紹介して欲し……いや、何でもない」

「君、そこから先を言わなかった事は正解だよ? もしその先を言っていたら……背中には注意した方が良いからね?」

「ディーオ……お前も人の事は言えんだろ……。どうすんだよ、ウチの御爺様の事はよぉ?」

「……殺られる前に、殺るしかないよね? 万が一の時は……ツヴェイト、骨は拾って欲しい」

「まさかの命懸け!? どんだけ覚悟を決めてんだぁ、お前はぁ―――っ!」

「同志の爺さんて、そんなに恐ろしいのか? それより……【隷属の首輪】早く取りてぇ……」


 エロムラ君は今回恩赦が与えられる事を考慮し、取り敢えずスティーラの街に向かいギルドでしばらく軟禁される。

 実際奴隷であり、自分の意思で命令を拒絶できない立場である事から、違法な状況から脱した事は評価されるだろう。しかも裏で横流しされた犯罪奴隷である。

 そんな彼が暗殺阻止に一役買ったとなれば、自由の身になれる事も充分にあり得る。今の段階では父親であるデルサシスの判断待ちになるが……。


「同志で思い出したが、もう一人……杏だっけ? 何してんだ? 姿が見えねぇが……」

「あの子なら……君の師匠がいる荷馬車で寝てるみたいだよ? コッコが三羽ほど悶絶しているけど……」

『『あの最強生物を一人で……。ある意味で、あの子が最強なんじゃないのか?』』


 ゼロス達が乗る荷馬車の片隅で、蹲って眠る少女の周囲に悶絶して白目を剥いたコッコ達が、力無く痙攣していた。

 最強と言っても良い強さを見せつけたニワトリ達を、為す術も無く制圧した杏に対し、ツヴェイトとエロムラ君は言葉を無くしている。

 二人の思いをよそに、マイペース少女は実に幸せそうに寝息を立てているのだった。


 ◇  ◇  ◇  ◇ ◇  ◇  ◇  ◇


「これは……良く解らない素材が出来ましたね? いったいどのように使うべきか……」

「お前、また魔法薬の調合をしていたのか? 今度は変なガスを発生させないよな?」


 馬車の荷台の上で、クロイサスは性懲りも無く魔法薬の調合に勤しんでいる。

 幸いな事に妙な毒ガスは発生しなかったが、【鑑定】してみると出来た薬がどのような効果を持っているのかがさっぱり分からない。さすがに頭を捻る事になった。


「クロイサス様の【鑑定】でも、どのような効果を持っているのか分からないんですの?」

「ふむ……一応、増強剤と出ているのですが、それ以外が見えないんですよね……謎です」

「増強剤……何を増強するかにもよりますわね」


 キャロスティーは魔導具が専門だが、魔法薬にも知識に明るい。

 増強剤は複数の種類があるが、【鑑定】の能力で調べられないほど複雑な物ではない。説明文が分からないなどあり得ないのだ。


「もしかして、新薬でしょうか? だとしたら鑑定できない理由に説明が付きます」

「それは私も思いましたよ、セレスティーナ。正確には【???増強剤】と出て、どんな物かが分からない。偶然に出来た産物ですが、レシピは控えてあります」

「ならば、何度でも作れるわけですわね。私達の派閥に新たな歴史のページが刻まれるのですわ」

「その前に、どのような効果なのか調べる必要がありますけど。クロイサス兄様……くれぐれも人体実験は……」

「しません……。セレスティーナは、私を何だと思っているんですか?」


 悪臭を撒き散らして生まれた増強剤は、鑑定不可能な未知の新薬であった。

 ここでゼロスを頼れば詳しく鑑定してもらえるのだろうが、魔導士としての矜持がそれを許さない。

 クロイサスは、どんな物でも自分で調べなくては気が済まない程に研究家なのである。


「断言する。クロイサスが作る物だから、きっとロクでもない物だ!」

「酷い言いがかりですね。私は、その様な変な物は……たくさん作りだしましたね。ですが、実験に失敗はつきもの。この失敗が新たな成果に繋がるのです!」

「自覚していたっ!? お前の場合、失敗で済むレベルじゃないだろ。確実に犠牲者が出るし……」


 死人が出ないのが未だに不思議であった。

 問題は、死人は出ないが酷い症状に苛まれたり、酷いトラウマを刻まれたり、あるいは見た事も無いクリーチャーを目撃したりと様々だ。


「そう言えば、以前キャロスティーさんがクロイサス兄様の部屋で目撃したのは、いったい何だったのですか? 詳しく教えて貰ていないのですが……キャロスティーさん?」

「・・・・・・・・・・・・」


 キャロスティーは無言だが、その表情は死人の如く蒼褪めていた。

 腐海の部屋で寝ていたクロイサスは気づかなかったが、彼の部屋には存在しない同居人が確かに存在していたのである。

 キャロスティーは偶然鍵が開いていたドアを開き、そこであり得ない存在を目撃したのだ。

 その存在は彼女の精神に消える事のないトラウマを残したのである。

 セレスティーナの何気ない言葉は、彼女の記憶の奥底に封印された当時の状況を呼び起こし、フラッシュバックとして脳裏に映像として鮮明に思い出された。


「いやぁああああああああああああああああああああああああっ!!」


 そして絶叫。余程恐ろしいものを目撃したようである。


「あり得ない! あんな生物はこの世界に存在する筈がありませんわ!! あんな……恐ろしくもおぞましい、異様で不気味な異形……その上で愉快な存在など……」

「「「愉快!?」」」


 そして彼女は何かに憑りつかれたかの様にその場で蹲り、一人何かをブツブツと呟き始めてしまった。

 詳細を聞こうとしても、その場にいる者達の言葉は彼女に届かない。

 彼女はもう、どこかの精神病棟に隔離される患者の様になってしまう。これでは聞いたところで無駄であろう。この世には知らないでいた方が良い事もあるのである。


「マジで……お前の部屋で何を見たんだ?」

「さぁ……私が覚えている限りでは、廊下で気絶して皆さんに介抱されている彼女の姿だけですね。何を見たのか教えて欲しいのですが……」

「あの様子では、無理に聞き出すのは止めておいた方が良いですよ。クロイサス兄様の部屋に、いったい何がいたのでしょうか? 謎です……」 

「そう言えば、一年前。クロイサスの部屋から『やめろぉ、やめるんだぁ!! ぶっ飛ばすぞぉ!!』て声が聞こえたんだが、あの時クロイサスは研究棟で寝泊まりしていたなぁ~。いったい誰がいたんだ?」

「知りませんよ。私が教えて欲しいくらいです」


 イストール魔法学院のデンジャラスゾーン、学院生寮であるクロイサスの部屋は、未知の生物が生息する謎の領域と化していた。

 誰もがそこに足を踏み入れる事を恐れ、決して近付かない危険地帯として知られている。

 そんな不思議時空の部屋に、なぜかイー・リンだけが入る事ができ、掃除する事が可能であった。

 そんなイー・リンも、クロイサスの部屋で未知の生物を目撃したという話は聞いていない。


「イー・リンだけは何ともないんだよなぁ……。本当に何も見ていないのか? キャロと同じ様に記憶から消去しているだけじゃないのか?」

「その可能性も否定できませんが、私は未だに何ともありませんよ? その辺りはどう説明するんですか?」

「知らん。住んでいるお前が分からんのに、部外者である俺達が分かるはずがないだろ……」

「正論ですね。まぁ、今はこの増強剤の事だけを考えましょう……本当に何なのですかね?」


 未知なる物に興味津々なクロイサスだが、分からないものにいつまでも固執するほど拘りがある訳では無かった。

 彼は手にしている増強剤を見て、様々な魔法薬の調合法を幾つかピックアップし始める。


 こうして学院生や傭兵を含めた一行は、学院都市スティーラに向けて帰路を進み続ける。

 何事も無く変える事に成功したが、この時点で多くの学院生達のレベル差は殆ど均等になる事となり、実戦訓練は成功したと言えるだろう。

 中でも最底辺から一気に上位成績に上り詰めた者達もいたが、彼等の能力は講師陣営を大幅に超える結果となってしまった。

 学院としては嬉しい事だが、講師達にとっては厄介な者達が増えた事になる。

 それはやがて、学院の教育を一から見直す事になるのだが、この場でグダグダと話している連中にはどうでも良い事だった。

 何にしても、ラーマフの森における実戦訓練はこうして幕を閉じたのであった。

 

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