表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
62/286

おっさん、内なる狂気を解放す

「ギョアァアアアアアアアアッ!!」


 コカトリス形態に変貌したウーケイの蹴りが、大木を圧し折る。

 油断する事の危険性を知ったウーケイにもはや手加減の文字は無く、誠心誠意全力でシャランラに対して攻撃を放っていた。対する彼女も生きた心地はしておらず、何度かの直撃を受けては【身代わり人形】や【贄の形代】で生き延びていた。


「なんて化け物よ……魔物討伐は専門外なのよ、私はぁ!!」


 複数の魔道具の効果もあるが、実際のレベルはシャランラは低く、その足りない力を補うために強化系の魔道具を大量に集める必要があった。

 薄々は気づいているだろうと思うが、彼女もまた転生者であり、こうしたアイテムは俗に言う所のPKで集めた物が殆どである。どの装備一つとして自分の力で素材から集め製作した物は無く、相手から奪う事で装備を整えて行った。

 だが、隔絶した強者プレイヤーにはどうしても勝てず、逆に帰り討ちになった事が多い。

 特に【殲滅者】を狙った時が最悪であった。呪い系のアイテムを無理やり装備させられ、ドラゴンの住む穴に放り込まれたのである。

 身代わりとなる補助アイテムの所為で死ぬに死ねず、更に呪い付きのアイテムは強力なモンスターを引寄せる。おまけに逃げ出そうとすれば退路を魔法攻撃で塞がれ逃げられない。

 シャランラからしてみれば悪魔のような連中だった。PK仲間からも【殲滅者】を狙うのは止めろと忠告を受けたが、彼女は聞く耳持たずに挑んだ結果である。

 ウーケイの情け容赦ない攻撃は、その時の光景を思い浮かべるには充分過ぎた。


「粘るな……あの女」

「てか、身代わりアイテムの所為で楽に死ねないだけなんじゃね? ある意味、地獄だぞ? それ以前にどんだけ持ち歩いてんだ、姐さん……」

「……強いコッコちゃん、欲しい……」

「「マジで!?」」


 コッコの時に使用した【石化】は、あくまで体組織を硬質化させる毒に近い攻撃だが、【石化ブレス】は物質結合の崩壊である。こんな凶悪な生物を欲しがる少女の気が知れない。

 まぁ、ただモフモフしたいだけなのだが、ツヴェイト達には恐ろしい事を言っている様にしか聞こえないだろう。そんな少女の傍らには、二羽のコッコ達が悶絶し倒れているのはどうでも良い話である。


「あの格闘ニワトリでこれだぞ? 残りの二羽を加えたらどうなるんだ?」

「言うなよ……考えたくねぇー。敵として会いたくねぇよ……ブルブル……」

「あの女のレベルはどれ位なんだ? ウーケイ達は既に400を超えていると師匠が言っていたが……」

「格って、レベルの事か? って、400!? あり得ねぇ、あの強さはそれ異常だぞ!? あの女は予想で200前後、マジックアイテムを使用して辛うじて対応している状況だが……」


 コカトリスはレベルが400でもウーケイほど強くは無い。そこには進化によって強力な個体へ変化する為に、ベース個体のまま限界値までレベルを上げる個体がいないからだ。

【限界突破】の最低条件がこれに当たる。人間なら見習い魔導士のままレベルを限界値の500まで上げ、職業ジョブ(職業と職業スキルは別物。魔法や剣のスキルは覚えられるが職業では無い)を一つ上位に変える事で第一条件が達成される。しかし、大抵は直ぐに上位職になる事を選ぶために限界を超える事が出来ない。

 魔物の場合はベース個体からの変化が職業変化にあたる。さらに複数のスキルを獲得してスキルレベルを最大値に上げる事により、限界突破の条件をクリアする所は人間や他の種族と変わらない。

 だが、【ソード・アンド・ソーサリス】の世界ではスキルは貯まったポイントを支払えば好きなスキルを獲得できるのに対し、この異世界では修練で覚えなくては為らないのである。

 例えば、毒の耐性を付けるなら少量の毒を体に取り込まなければならないなど、スキルによっては獲得条件が異なる。毒の耐性を付けるために衛生環境の悪い場所で生活し、結果死んだりでもしたら意味が無いだろう。

 それだけに、スキル獲得は自然のままに任せているのがこの世界の現状である。その様な理由から大量のスキルを所有し上位に上げようとする者は皆無であり、スキルが無いから身体補正がかからず弱いままなのだ。


 余談だが、ツヴェイトはファーフランの大深緑地帯で毒や麻痺を頻繁に経験した為に、耐性スキルは獲得している。無論セレスティーナも同様である。


「なるほどな……スキルを得るための修練をしなかったから、あの女は格は高いがスキルは弱いままなのか……」

「俺だって見習剣士から限界値までレベル上げしたぞ? スキルの上がり方はいまいちだけどよ、強くなるために努力はしている」

「努力という言葉から無縁そうだしなぁ~、あの女……」

「違いねぇ……他人に寄生して生きているとしか思えん」

「いいから助けなさいよ!! こんな良い女が怪物に襲われてんのよ!?」


 ウーケイに執拗に攻撃されるシャランラは必死だった。

 しかしツヴェイト達は『良い女』の一言に、もの凄く嫌な顔をして難色の意を向けている。


「良い女? どこにそんな奴がいるんだ?」

「モフっ子ならここにいるが、そんな女はいねぇよな?」 

「……自分から良い女なんて言う人は自意識過剰。何処までも厚かましい性格だと思う……」

「容赦ないな、お前……。当たっているが」

「名無しちゃん……実は、もの凄く毒舌キャラ? そこに痺れる、憧れるぅ~!」


 苛烈な攻撃を避け続けるシャランラの横で、非常識なまでにのんびりした空気が漂っていた。

 

「あんた等、覚えておきなさい! 絶対に殺してやるか――ひょぎゃぁ!!」

「本性が出たぞ? どこが良い女なんだよ、思いっきり自己中な我儘女じゃねぇか……」

「だな。自分さえ良ければ他人を平気で捨て駒にすんだろうな。俺をこき使おうとしたように……」

「それのどこが悪いのよ! 人は所詮、他人を利用して生きているものでしょ! ヒィイイイ!?」


 落ちるべくして落ちた女だった。その女はウーケイのアッパーをまともに受け、宙に浮いた後に蹴りで吹き飛ばされて行く。

 他人の善意すら食いつぶし、迷惑の限りを尽くしてさっさと逃げる事が当たり前のごく潰し。誰も関わり合いになりたいとは思わないだろう。


 ―――ドォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!


 のんびりと語り合うひと時を突然の轟音が響き渡り、周囲を囲っていた結界が消し飛んだ。同時に後から衝撃波と砂塵が迫り、ツヴェイト達は咄嗟に地面にへばりき、押し寄せた衝撃波をやり過ごす。


「な、何だぁ!?」

「あ~……こんな事するのは一人しかいねぇか。多分、師匠だな……」

「お前の師匠!? この爆発、どう考えてもエクスプロード以上だよなぁ!?」

「下手をしたら俺達も巻き込まれていたかもな……もう少し状況を考えてくれよ」

「……モフゥ~~~~~ゥ♡」


 状況を理解するツヴェイトと、地面に蹲りながら爆風をやり過ごしたラインハルト。不思議ちゃんにいたってはコッコ二羽を同時にモフれてご満悦。センケイとザンケイは未だに悶絶中。

 爆風が通り過ぎ、彼等が目を向けた先には、高熱を放っているクレータが出来上がっている。

 しばらく開いた口が塞がらなかった。


「あの女とウーケイはどうなった?」

「でかいニワトリは無事だぞ? あの爆風でもびくともしねぇ……何処までも非常識な」

「……おばさんは、あっ……」


 不思議ちゃんが空を指を差すと、シャランラはキリモミ回転をしながら地面に叩き付けられるが、【身代わり人形】おかげで無事であった。

 だが、なぜ空から落ちて来たのかが分からない。


 程なくして、土ぼこりを切り裂く様に漆黒のバイクが姿を現し、ドリフトスピンをかましながらシャランラを容赦なく弾き飛ばす。

 狙ってやったとしか思えない非道さに、二人は絶句した。


「ふぅ……間に合いましたか。ツヴェイト君、無事ですかねぇ?」

「「いや、それよりもアンタ……。今、何した?」」


 明らかに殺意のこもった凶悪な人身事故なはずなのに、当の本人はこれ以上に無い爽やかさでツヴェイトに声を掛けたのである。まるで何事も無かったかのように……。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 結界を粉砕したゼロスは、クレーターを迂回するように森の中を走り抜ける。

 自分のミスで救援に遅れ、万が一に暗殺が成功されたら不味いと焦り、半ば必死にバイクを操る。

 そこでゼロスは、ある人物を見かけた。

 土煙の中を逃げるかのように移動するその人物の顔を見て、ゼロスの中に強い衝動が沸き起こる。それは溜め込まれたマグマが上昇するが如く思考を覆い尽し、火山が噴火するかのように一気に爆発したのだ。

 衝動の名は殺意。今まで精神の奥に封印していたその感情は、その人物の顔を見た瞬間に暴走したのである。

 その時のゼロスに『別人だったらどうしよう』とかの躊躇いは一切なく、廃棄物十三号のスロットルを一気に絞り加速させたのだ。『ギャピィ!?』と何か変な声が聞こえたが構わない。その人物が吹き飛んだ方向を確認すると、とどめを刺すべく廃棄物十三号で追かけ、高速ドリフトスピンで容赦なく弾き飛ばす。

 高レベル者の力任せによる強引なドリフトであった。粉々に砕けた【身代わり人形】が空中で散乱する。


「ふぅ……間に合いましたか。ツヴェイト君、無事ですかねぇ?」

「「いや、それよりもアンタ……。今、何した?」」

「何かありましたか? ゴミを弾き飛ばした気がしたのですがねぇ、何か問題でも?」

「「……いえ、何でもありません」」


 今のおっさんは爽やかな表情だが、それが逆に怖かった。

 人一人を容赦なく轢き飛ばし、その上とどめを刺すべく追い打ちをかけた上に『ゴミ』の一言で済ませる。色々な意味で関わり合いになりたくない女だが、『ここまでする必要があるのか?』と言われると悩むところだ。

 だが、ゼロスは何の躊躇いも無く実行し、その上で平然としているのだ。人格を疑われても仕方が無いだろう。


「ギョォ……(申し訳ありません師父、とどめを刺し損ねました……)」

「ウーケイ!? まさか……進化!? 随分と見違えましたよ。どうしたんですか、その姿は……」

「ギョアァ、ギョアァ!!(我等の特殊能力です。正直、この姿にはあまりなりたくはないのですが……)」

「特殊能力? 面白い能力ですねぇ……驚きましたよ。マジで……」

「待て、何で会話が成立するんだよぉ! おかしいよなぁ!?」

「俺もニュアンス的なものは分かるんだが、会話が成立しているかと言われると微妙な所だ……」


 今や凶悪な超不思議生命体であるウーケイとの会話が成立する時点で、ゼロスの規格外どころか常識の埒外ぶりが窺えるが、あえてそれを口にする事はなかった。

 ツヴェイトにとっては今更の様な気がしたからだろう。


「おや……?」

「……ん?」


 ゼロスの視界に一人の少女が目に留まり、その装備から知っている人物の様な気がした。

 記憶からその名前を思いだし、もしかしたら間違っているかも知れないとも思ったのだが、ここは敢えて聞いてみる事にする。


「ひょっとして、あんずさんではないですかねぇ? パーティー【影六人】の……」

「……ん。久しぶり、【殲滅者】。元気にジェノサイドしてる?」

「いやぁ~、最近はもっぱら畑仕事ですよ。ジェノサイドは……最近やりましたねぇ、鉱山で……」

「【殲滅者】ぁ!? まさか……【黒】かぁ!?」

「ん? 君は……」


 ゼロスがラインハルトを見た瞬間、【鑑定】スキルが勝手に発動。彼の名前が視覚に浮かび上がる。

 その名前を見てゼロスは思わず『ブフッ!?』と吹き出した。別に面白かった訳では無く、その名前があまりに酷かったからだ。


「君……名前が、〝エロフスキート・ムラムラス〟になってるけど……(間違いなく転生者だなぁ~。笑いネタでアバターネームを決めたな、コレは……)」

「その名前で俺を呼ぶなぁ―――――――――――――っ!!」


 ラインハルトことエロフスキート君は、アバター名を笑いネタにしたようだが、異世界転生した所為で不都合が生じたようだ。

 あまりに恥ずかしい名前なのでラインハルトと名乗り、異世界で奴隷ハーレムを作るべく奮闘していたが、セクハラを訴えられ衛兵によって連行される。

 捕らえられる前に一悶着起こし罪状が上乗せされた結果、重犯罪奴隷落ちしたのだ。何とも馬鹿な理由で身を落したものである。

 現在の名を言われ、彼は涙目で自分の過去を激しく後悔をしていた。何処かの貴族の少年とは違う完全な自業自得である。


「人生、何が起こるか分かりませんからねぇ……。冗談のつもりが一生後悔する事になる例もあるんですよ……」

「……お馬鹿だね。エロムラ君……」

「略して言うなぁ―――――――っ!! うおぉおおおおおおおおおおん!!」


 エロムラ君は号泣した。だが、自分の過ちなだけに文句を言う事が出来ない。

 余談だが、彼の本名は【榎戸村エドムラ イツキ】という。あながち間違いでは無かった。


「なんて、ひでぇ名前だよ……。良く親が納得したな、そんな名前……。ラインハルトじゃ無かったのか……」

「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおん!! ラインハルトは魂の名なんだよぉ!! ほっといてくれぇ――――――――っ!!」

「そんなにエルフが好きなんでしょうかねぇ? エロムチ、ナイスバディの……」

「大好きっス……。エロエロムチムチエルフ……」

「なるほど、名は体を表すか……。強く生きろよ、同志」

「うぉおおおおおおおおおん、俺の馬鹿ぁ―――――――――っ!!」


 何も知らないツヴェイトはエロムラ君に激しく同情したが、その同情が更に彼を惨めにする。

 この名前は、彼がアバター作成時に自分でつけた名であるだけに、結局は自分自身が悪いのだ。同情されれば、された分だけエロムラ君に激しく傷みに苛まれる。

 ネタで冗談みたいな名前を付けるのは良いが、まさかその名前で異世界転生するとは思わないだろう。転生した時点でエロムラ君は本気で泣いた。

 神にやり直しを要求したが何も起こらず、エロムラ君は神を本気で恨んでいる。この場合は四神であるが、その事実を知ったところでゼロスは同志と思わない事は間違いない。

 どこかの貴族の御曹司とは立場が違っていた。


「痛っつ…つぅ……【身代わり人形】が無ければ死んでいたわ。ちょっとぉ、人身事故起こしたんだから慰謝料を払いなさいよねぇっ!!」

「あ……ババァが復活した……」

「ツヴェイト君、あの女は敵ですかねぇ? もし敵なら容赦しなくて済むんですが……」

「まぁ、敵だな。ここの二人もそうだったが、今は裏切り者になってる」

「なるほど……【カラミティ・ゲイル】」

「きゃぁああああああああああああああああああああああああっ!?」


 いきなり風の範囲魔法をぶちかまし、シャランラは腐敗の効果が追加された旋風に巻き込まれ、空高く上昇した。当然カマイタチによる斬撃も全方位から襲い掛かってくるので、五体満足でいられる訳が無い。

【身代わり人形】や【贄の形代】の残骸が周囲に散らばって行く。 


「ちなみに、あの女の名前は? 墓標に刻んであげるのが慈悲でしょうから、教えてください」

「……ん。ババァの名前はシャランラ。自己中……」

「敵なら殺しても構わないですよねぇ? 何か、奴を殺せばスッキリする気がしますよ……フフフ…」

「「なぜ……そこまで良い笑顔? それが凄く怖いんだが……」」


 ツヴェイトからして見れば、ゼロスはむやみに魔法をぶっ放すような人物では無い。対するエロムラ君は【殲滅者】の容赦の無さを知っていた。

 ツヴェイトは、ゼロスとシャランラの間に何かがあると直感的に察し、エロムラ君はPKに対しての【殲滅者】達による私刑が凶悪なのを見た事がある。対してツヴェイトは、ゼロスがここまで頭にきている姿を見た事はない。

 だが、考える事は違っても二人は同じ結論に達していた。『『明らかに、楽しんでいやがる』』と……。

 方向性は違うが似た思考の二人なのかもしれない。優秀か馬鹿の違いはあるが……。


「ちょっと、アンタ! いきなり酷いじゃない、死んだらどうするのよ!!」

「チッ、生きていましたか……。まぁ、寿命が延びただけですがねぇ。本当に良い世界ですよ、ここはねぇ……ククク」

「女は大事にしなさいと親に教えてもらわなかったのぉ!? いきなり攻撃をする!? 普通……」

「男女平等、良い言葉ですよねぇ? 僕ぁ~悪党には性別関係なくジェノサイドするつもりですよ? 恨むなら自分の運の無さを恨んでください」

「こんな事してタダで済むと……って。アンタ、まさか……聡!?」

「……やはり、姉さんでしたか……。ここで会ったが三年目、死んでください。僕の幸せの為にねぇ♪」

「「姉弟ぃ!?」」


 ゼロスは爽やかな声で、もの凄く邪悪な笑みを浮かべていた。

 再会してはならない二人が再会してしまった瞬間であった。そしてツヴェイトは納得した。二人の浮かべた笑みが似ていたのも姉弟と考えれば説明がつく。


「あ、アンタ! 弟なら姉を手伝いなさいよ、それが弟の義務でしょ!」

「そんな義務はありませんね。むしろ、裏社会に落ちた姉に引導を渡すのが弟の義務でしょう? 幸いここなら死体は残りませんからねぇ。魔物の餌になって」

「引導!? しかも、死体の処理まで計画してる!? アンタ、人を殺す事を何とも思わないの!?」

『『アンタが言うなよ……』』


 ツヴェイト達は心の底からそう思った。対するゼロスは……。


「以前は、死体の処理とか法律やらと面倒なしがらみがありましたからねぇ、計画を断念していたんですが……。幸いにもここは命の値段が安い弱肉強食の世界。情け容赦なく思う存分、完膚なきまでに塵にして差し上げますよ。あぁ! 礼は必要ないですよ? 弟が実の姉に対しての行う最後の慈悲ですからねぇ……ククク……」


 姉を殺すのに何の躊躇いも無かった。

 むしろ、殺る気満々である。

 しかも、シャランラを始末する上でこの世界は、実に都合の良い環境であった。


「さぁ、姉さん……焼き具合のオーダーは? ミディアム? ウェルダン? 魔女裁判は火刑が常識ですからねぇ。今日の悪意と殺意はあなたの為に♪」

「師匠をそこまで怒らせるこの女、いったい何したんだ?」

「さぁ……だが、良く考えると分かるんじゃないか? 多分だが、弟の財布を当てにして寄生してたんだと思うぜ? 姐さんが真面目に働くとは思えんし……」

「なるほど……。金遣いが荒そうだからな、借金すら押し付けるだろうなぁ~」

「あんた等、助けなさい! こんな良い女が狂人に殺されそうなのよ!? 助けてくれたらサービスするから」

「「いや、ただの姉弟喧嘩だろ? 部外者が立ち入る余地ないじゃん。それにビッチは……」」

「ビッチと言うんじゃないわよ、このガキ共!!」


 ツヴェイトもエロムラ君も、口を挿む気はない。

 二人にはシャランラよりも目の前のおっさんが怖いのだ。関わらなければ身の安全は保障されているし、シャランラを助けてやる義理も無い。しかもこれは姉弟喧嘩であり、他人の家庭事情に口を出す気も起きない。

 ゼロスの視覚に再び【鑑定】が発動し、目の前の姉の情報が一部開示される。職業が詐欺師であった。

 ついでに、今の名が彼女自身の性格を物語っている。


「……シャランラねぇ。『お化粧なんかはしなくても、アンタは私にもう夢中』とでも言うつもりですか? 何処までも厚かましい。魔女っ娘って歳でもないでしょうに……いい歳したおばさんが無いわぁ~、恥以外の何物でもないので焼却処分確定ですよねぇ?」

「シャランラって、そう言う意味!? ちょ、そう言えばおっさんの姉なんだよな? 実際の年齢は幾つなんだよ!?」

「今年で46歳ですね。それにしても、見た目が若返っているが……【回春の秘薬】でも使ったのか? 前は小皺とニキビを厚化粧で誤魔化していましたが……」

「名無し…いや、杏ちゃん、スゲェ! ババァで合ってた。実年齢を見事に見抜いてたよ!」

「んふぅ~~~♪」


 不思議ちゃん改め杏は、実に得意気である。


「誰がババァよ、失礼なガキ共ね!! 女は歳をとらないのよ!!」

「そのセリフが出る時点で、おばさんなのは間違いないでしょうに……。まぁ良いか、気を取り直して……ジャッジメントの時間ですよ?『さぁ、お前の罪を数えろ……』」

「嫌よ! せっかく若返ったんだから、贅沢に暮らすのよ!! それに私に何の罪も無いわ、簡単に騙された癖に人のせいにする世間がおかしいのよ!!」

「相変わらずか、にしても若返ったねぇ……。五年後にはヨボヨボの老婆になると思いますが、選択したのは姉さん自身ですからねぇ……十年すれば死んでるかも。葬式は獣葬で良いですか?」

「どうしても獣の餌にしたい訳ね……。って、ちょっと、今のどういう意味よ! なんで私が老婆になるわけ!? こんなにピッチピチなのよっ!?」

『『いまどき、ピッチピチはねぇだろ。やはりババァだ……』』


 ツヴェイトとエロムラ君の目は冷たい。

 それは置いておくとして、回春の秘薬は使用者を確かに若返らせる効果がある。しかし、そこには大きな副作用があった。

 生物は生まれた時から死ぬまで細胞分裂の回数が決められている。回春の秘薬は肉体を強制的に活性化させ若返らせる秘薬だが、同時に肉体に多大な負担を掛ける事になる。強制的に活性化させられた体組織は、数年の時間で一気に弱体化するのだ。

 その結果、若返った年齢よりも倍の年齢で老け込む事になる。シャランラの見た目は20代だが、実年齢は46歳。20歳若返ったとして回春の秘薬の副作用で最低でも40歳は老け込む事になる。しかも本来の姿に上乗せされて四十年分の老化が一気に進むのだ。

 ちなみに【時戻りの秘薬】は販売していなかったので、他に出回る事はなかった。その理由が素材確保が困難だからである。素材に【ドラゴンの宝玉】と呼ばれる特殊希少素材が必要なのだ。

 他にもまだまだあるが、入手するには難易度が高過ぎた。


「ハハハハ、一気に80代の老婆ですねぇ♪ 選択したのは姉さんですから、僕の知った事じゃありませんよ。愉快、痛快♪」

「……目先の欲で寿命を縮めた。自業自得」

「救いようがねぇな。安易に楽な道を進むから自爆したのか……堅実が一番だな」

「俺も気を付けよう。それより、安全に若返る魔法薬は無いのか?」

「【時戻りの秘薬】が安全ですかねぇ。まぁ、【回春の秘薬】を使った時点で効果は無いけど。併用すると死ぬし……」


 シャランラの顔が次第に蒼褪めて行くが、逆にゼロスの方は邪悪なまでに心底嬉しそうであった。

 ここに来て自分が最悪のミスをした事を気づかされ、シャランラは死の恐怖を覚えていたが、ゼロスは実に爽やかである。

 邪魔者がもう直ぐ消えると知って、心の底から喜んでいた。


「な、何とかしなさい! 弟でしょ、姉が死んでも良いの!? 可哀想だと思わないのぉ!?」

「全然思いませんが? それに、回春の秘薬を使用した時点で既にOUT。仮に【時戻りの秘薬】があったとして、飲めば確実に死にますけど? 僕にはどうする事もできませんよ。する気も無いし」

「嘘ね、アンタは助かる方法を知っているわ! 絶対に知っていながら隠しているのよ!」

「知りません。僕は魔導具や魔法改造がメインですしねぇ、魔法薬は専門外。多少の魔法薬なら作れますが、その程度ですよ? 何の根拠があって言ってるんですかねぇ、この馬鹿姉は……」


 平気で嘘を吐くゼロス。魔法薬の生成も得意であるのは事実で、別に魔導具などを専門に製作していた訳では無い。唯一本当の事は、本気で魔法薬の効果を無効化する方法など知らな事である。


「じゃぁ、何で回春の秘薬の事をそんなに詳しいのよ。おかしいじゃない!!」

「作ったのが仲間だったからですが? カノンが『アレは使えないわ……。確かに若返るけど副作用が酷い。ないわー、アレはないわぁ~。失敗しちゃったよ。てへ♡』と言ってましたしねぇ。【時戻りの秘薬】を製作したところまで手伝いましたが、秘薬の効果を消す研究をしていたかどうかは知りませんよ。……何処かで大量に回春の秘薬を売り捌いていたらしい事は聞いてましたけどねぇ」


 それを購入した者をPKして奪ったのがシャランラである。

 他人の物を奪い続けた女は、奪われた物によって報復されたのだ。悪い事をすれば、いずれ報いを受ける良い例であった。

 

「良いから教えなさい!! 私を殺す気!!」

「何を今更……最初からそう言ってるじゃないですか。魔法薬の効果を消すなんて方法は僕も知りませんし、仮に知っていたとして教えてやる義理も無い。ついでに……今ここで姉さんに引導を渡しますからねぇ?」

「それが弟の言うセリフ!? 偉大な姉に尽す気は無いの!?」

「偉大? 腐れビッチの間違いでしょ。何よりも実の弟だからこそ……殺らねばいかんのですたい! どげんかせんといかんとばい! サーチ・アンド・デストロイじゃけぇ!!」


 義理も情も捨て去り、実の姉を始末する決意を胸に秘め、潜在領域内の魔法式を瞬時に顕現させる。

 ゼロスの周囲に無数の火球が現れ、完全な戦闘態勢が整った。


「【フレイム・ファランクス】」

「ちょ……あんた、本気で……」


 言葉を言い終える前に、問答無用で火球群を撃ち込まれる。【フレア・ランス】の雨嵐は、むしろ絨緞爆撃に近い。

 そこに一切の慈悲は無く、骨すら残さない様な念の入りようで、凶悪に執拗に悪意が籠った攻撃が撃ち込まれる。

 このままでは森が大規模な火事になると判断し、途中から水系統魔法の【コールド・ファランクス】に変え、消火しながらも魔法攻撃を休む事無く続けていた。

 炎に包まれた森は、一瞬にして白銀の世界へと変わって行く。


「!」


 殺気を感じ、魔法杖を瞬時に取り出して無雑作に構えると、そこに一閃の斬撃が撃ち込まれる。シャランラによる攻撃だがゼロスにあっさりと防がれた。

 すかさずゼロスは魔法杖に取り付けられた刃を突き刺すが、手応えが途中で消え、間髪入れずに【白銀の神壁】を魔法杖に付与し巨大な剣として振り抜いた。

 周囲の木々が斬撃により斬り倒されながらも、見えない剣がシャランラを襲う。シャランラは確かに両断され手応えもあったが、【贄の形代】がダメージを肩代わりし無傷。


「アンタ……そこの坊やに魔法を教えたわね!? おかげで使い捨ての手駒が使えなくなったじゃない!」

「それはなにより。僕は今回、彼の護衛ですからねぇ? 最初から殺し合う状況だったという事ですよ。今頃は姉さん達の拠点も潰されている頃合いでしょうねぇ。どの道長くは生きられないなら、ここで死んでも同じでしょう?」

「姉を敬う気は無いわけぇ!」

「あると思いますか? 心の片隅にすら塵一つ残らないほど、綺麗さっぱりそんな気は全く無い! 我が心に一片の曇りも無し!!」


 エロムラ君は『やっぱり使い捨てかよ……』と、自分の事を改めて自覚した。

 不毛な姉弟同士の殺し合いは、低レベルな罵り合いと、壮絶な斬撃による斬り合いに発展して行った。

 鋼のぶつかり合いで火花が散り、一つでも見切りを誤れば致命傷は確実な殺し合い。やがて、その斬り合いはゼロスの一方的な展開へと向かって行く。


「いったい、どれだけ無効化アイテムを持ち歩いてるんですか? いい加減に死んでくださいよ」

「教える訳無いでしょ! アンタこそ、いい加減に諦めなさい!」

「まぁ、死ぬまで攻撃を続ければいいか……。どうせ大量に持ち歩くのは不可能だし、楽に死なせるのは性に合わない。徹底的に苦しめなければ気が済みません」

「どんだけ根に持ってるのよ! 器の小さい男ね、女にモテないわよ?」

「ビッチにモテたくなんてありませんよ。特に、姉さんのような女は願い下げです。そんな訳で、死ねぇえええええええええええええ!!」


 ゼロスの斬撃一つ一つは即死レベルである。その攻撃が振るわれる度に周囲には木製の人形や魔法紙の人型が散らばり、シャランラが所有している攻撃無効化の道具は消費されて続けて行く。

 更にあまりの攻撃力でシャランラの魔道具は限界を迎えるのが早く、砕け散って地面に落ちて行く。元よりレベルに圧倒的な差があり、どれだけ強力な効果を秘めていたとしても負荷が掛かれば魔道具は限界に達し易い。何しろ防御の為の障壁が簡単に切り裂かれるのだ。

 身体強化系の魔道具も常に限界以上に魔力を絞り出され、効力を失い無力化される。こうなるとただの邪魔な飾りに過ぎない。


「【ボルテック・シャイン】」


 昼間だというのに眩い光が辺りを白く染め、目を覆いたくなるような煌々と輝く大きなプラズマ球が、シャランラに目掛けて頭上から落とされる。


『不味いわね……仕方がない。奥の手を使わせてもらうわ』


 シャランラは最近手に入れた胸元の首飾りに手を当てる。


「自分の魔法で死になさい!」


 首に掛けられた最後の魔道具を引き千切り、それを天に翳す。

 魔導具の効果が発揮され、鏡面の盾が【ボルテック・シャイン】を受け止めると、それは反転してゼロスの頭上へと返される。

 

「【精霊王の首飾り】!? 最後の切り札か……」


 言い終わる前にプラズマ球に包まれ、ゼロスは爆発の中へと消えた。

 精霊王の首飾りも無事では済まなく、二つの大きな宝石に亀裂が入り魔道具としては完全に使い物に為らなくなった。だが、シャランラにとっては最大の邪魔魔物が消え、これから幾らでも挽回できる。


「ハァハァ……いくら強くても、自分の攻撃ならダメージを負うでしょ」

「師匠!? 嘘だろ……」

「次は……アンタ達の番よ。コケにされた分はきっちり返させてもらうわ……」

「魔導具も消費されたはずだ。ここで倒さないと厄介だな」

「死になさい、ガキど……なっ!?」


 ツヴェイト達を殺そうと動く瞬間、胸元から生える刃に動きが止まった。背後には漆黒のローブを着た魔導士が魔法杖を無雑作に構え突き刺している。


「なっ……嘘でしょう?」

「姉さん程度を相手に全力で戦う訳無いでしょ。今の魔法もかなり手を抜いていたんですよ? 森を焼き尽くす訳にはいけませんからねぇ。それに、【シャドウ・ダイブ】は姉さんだけの特権じゃない。【殲滅者】を甘く見てませんかねぇ?」

「アレで手加減……それに【殲滅者】!? 冗談じゃないわ! しかも実の姉を殺そうとするなんて……」

「以前、言いましたよね? 血の繋がっているだけのただの他人だと。のこのこ顔を出した時点で殺されるとは思わなかったんですか? まぁ、死なないでしょうけど……【魔人形】を使ってるんだからねぇ?」

「……コレ、高かったのよ? 弁償しなさいよ!! 手に入れるのが大変だったんだから!」

「断る。どうせ他人から奪った物でしょ? まぁ、次に見かけたら確実に始末デリートします。これは決定事項ですよ……慈悲は無いと思ってください」


 ゼロスが魔法杖を振るうと、シャランラは真っ二つに分かれたが、次の瞬間にその姿は木製のマネキンに変わり転がっていた。


【魔人形】。この魔導具は使用者の意識や姿・全能力を移し替える事が可能な人形で、この魔導具を使用した時点で本体である肉体は凍結保温される。

 人間が木製の人形に憑依する様なものだが、人形の体に受けるダメージは実際に受けるのと同じで、攻撃で破壊されると精神はあるべき肉体へと強制的に戻される事になる。

 魔道具である以上は使用限界があり、何よりも高価な道具でもあるのだ。おそらくこの世界では二度と手に入れる事は出来ないだろう。

 そのため複数の魔道具で補強し、破損を防いでいたのだ。暗殺で返り討ちに遭っても本体が無事なら死ぬ事にはならず、【身代わり人形】や【贄の形代】が本体のダメージを軽減させる事が出来るので【魔人形】破損を防げる。

 何度でも使え、事実上は不死身という事になるだろう。アリバイ作りにも利用でき、暗殺にこれ以上便利な道具は無いが、活動限界時間は三日程度。休息する形で魔力供給する事も可能な優れ物なのだ


「逃がしたか……。まぁ、元からここにはいなかったんですが……おや?」


 ゼロスは【魔人形】の傍らに落ちていた豪華な首飾りを手にすると、そこに嵌め込まれている二つの大きな宝石に目を向けた。それはゼロスが求めていた物で、手に入れるのが困難な素材でもあった。

 ゼロスの魔法をリフレクトはしたが、威力が強過ぎたために魔道具としての心臓部である【精霊結晶】に亀裂が入ったのだ。これでは魔道具として二度と使えない。

 だが、素材としてなら十分に使える。


「精霊結晶……しかも天然物。これはやはり、嫌がらせをしろという神々の思し召しだろうか?」


 邪神蘇生に必要な素材とも言える精霊結晶、偶然にも手に入れた事により、ゼロスの嫌がらせ計画はようやくスタートラインに立つ事になる。

 

「さて、野営地に戻りましょうか。とりあえず危機は去りましたしねぇ」

「まぁ、そうなんだが……どうすんだ? コレ……」


 シャランラが消え去り、後に残されたのは散々な有様の破壊されつくした森。おまけに裏切り者になった元刺客二人が追加。

 ツヴェイトの危機は去ったが、救援の際に行われた破壊の痕跡は酷かった。

 おっさんは自然に優しくない様である。 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ