おっさん、急いで急行中
ツヴェイトに斬撃を加え続けるシャランラとラインハルト。
だが、その殆どが障壁に尽く弾かれ、未だに殺す事が出来ないでいた。
想像以上の効果に舌打ちするが、ここで引き下がる事が出来ない立場である。何しろツヴェイトには顔を見られており、もし明るみに出て指名手配でもされればこの国で生きて行く事は出来ない。
何しろ公爵家の御曹司に手を出したのだ、捕らえられれば確実に死刑である事に間違いはないだろう。
それ故に確実に殺さねばならなかった。
「いい加減に死んでくれないかしら? 私も帰りたいんだけど……」
「帰ればいいだろ? まぁ、帰る場所が残っていると良いがな!」
「死ねっ、リア充!! 【ブレイブ・ザッパー】」
―――ギィィィィィィィン!!
魔力を込めた斬撃が障壁に弾かれ、ラインハルトは吹き飛ばされた。カウンターで相手の攻撃を弾き返す効果もあるようである。
「クソッ! どんな魔道具だよ……俺の斬撃を弾き返しやがった。イテテ……」
「迂闊に攻められないわね。下手に強力な攻撃を仕掛ければ、その威力が私達にそのまま返って来るし……」
「ん……厄介」
「名無しちゃん……あなた、その坊やの背中にへばりついてるだけよね?」
「……これは、これで楽しい」
「「・・・・・・・・・」」
名無しちゃんは遊んでいた。
しかも暗殺の手伝いを一切していない。今もツヴェイトの背にへばりつき、振り回される状況を楽しんでいる。無表情の顔が心なしか朱く、興奮するほど楽しいのか少し気になるところだ。
「人の背中で遊ばないでくれねぇか? いい加減に下りて欲しいんだが……」
「………やだ」
「やだって……俺が疲れるんだが」
「……重くないって言った」
「偶に首が締まるんだよ……。手甲が喉に食い込んでよ」
子供は無邪気というが、何を考えているか分からない不思議ちゃんは、ある意味で怖い存在となっている。攻撃事態はアミュレットが障壁を展開する事で防げるが、さすがに斬りかかる刺客が目に映ると自然と体が防御態勢を取ってしまう。
その結果、少女の腕が慣性と自重で喉に食い込むので息苦しくなってしまう。
「そのまま首を絞めれば良いんじゃない?」
「……若い身空で少女Aになれと言うおばさん……鬼畜」
「誰が鬼畜よ、失礼ね!!」
「………おばさん。鬼畜が駄目なら……外道」
「おばさん言うな、私はまだ若いわよ!! それと、誰が外道よ!!」
「……人殺しはみんな外道。知らないの?」
「・・・・・・・・・」
合っているだけに何も言えない。人殺しは外道の行為そのものである。
こんな理屈は子供でも分かる。
「しかし、このまま何もしないでいるのも腹が立つな。……やられっぱなしは性に合わねぇし」
「なんなら、攻撃してくれても良いわよ? どうせ当たらないだろうけどね」
「良いのかよ。下手すりゃ死ぬぜ?」
「ハッ! リア充の低レベルが俺等を殺せるとでもいうのか? リア充は死ねばいいんだ……」
「いや、俺はリア充じゃねぇぞ? 女にモテるのは弟の方だし……畜生……」
「「・・・・・・・・・・」」
二人の沈黙が長いこと続く。
「「同志!!」」
そして突然に固い握手を交わした。
二人のモテない男達の間に、何やら奇妙な友情が芽生えた瞬間だった。
「その坊やがモテない筈がないでしょ、公爵家の御曹司よ? 引く手数多じゃない。時間稼ぎだって見え見えじゃないの、馬鹿ねぇ……」
「ハッ!? そう言えば……」
「モテモテだぁ~? アンタ、正気か? 公爵家に近付く女なんて、大抵は権力が目当てじゃねぇか! いつ毒を盛られるか分からん様な、アンタのみたいな女なんか願い下げだぁ!」
「どういう意味よ!!」
ツヴェイト、魂からの真っ向否定。
同時にシャランラの性格を見抜いていた。
「俺は……本気の愛が欲しい! 夢より愛する良い女が欲しい! そんな女が一人でもいれば、他は何も要らん!!」
「確かに!! ビッチよりも純粋に自分を思ってくれる女がいれば良い。姐さんは間違いなくビッチだ!! 俺にはお前の気持ちが良く解るぞ、同志よ!!」
「わかってくれるか、同志よ!!」
「失礼ね、誰がビッチよ!! 私の事など知らないくせに……」
「金のためならどんな事もするんだろ? 楽して儲けるスタイルなんだろ? でなけりゃこんな所にいないで真面目に働いてるだろ」
「ガーランスさんに近付いたのも羽振りが良いからだろ? 落ちぶれたら、さっさと手を切る癖に……」
「・・・・・・・・」
実際、その通りなだけに何も言えなかった。
ガーランスに近付いたのでさえ金回りが良く、自分に贅沢をさせてくれるだろうと判断しての事だが、その為には体を売る事すら厭わない。ビッチと言われても仕方が無いだろう。
ついでに贅沢な暮らしができるなら、他人の命なんかどうでも良かった。何処までも自分中心に生きている。
何より、魔導具とはいえ貴金属を派手にジャラジャラと身につけるような女が、一般女性の様に真面目に働く筈も無い。成金趣味がこれでもかと滲み出ているからだ。
「ウチは実際、質素なものだぞ? 民の税金を好き勝手に使ったら国が回らんからな、だからこんな金遣いの荒そうな女は要らん。公爵家は相応に責任が伴うんだよ、自由になる金なんかねぇし」
「権力者の家系は大変だな……政略結婚だったらどうするんだ? しかも、相手が姐さんの様なビッチだったら?」
「基本的には幽閉だな。金遣いの荒い女が公爵家に嫁げる訳ねぇーだろ。仕方なしに婚姻しても、事実上は別居に近いな。建て前では婚姻するが、その時点でどういう人間か調べ尽しているだろうし」
「ビッチは要らねぇか……。まぁ、無駄に税金を使いまくる政治家よりは遥かにマトモだな」
「政敵には容赦はしねぇがな。まぁ、ビッチが公爵家に近付く事なんざできねぇよ。必要なら裏で始末するし、品行方正が重要だからなぁ~。金の懸かる女はまず嫁候補にすら上がらねぇ」
「怖っ!? 公爵家、怖いわ……マジで」
ツヴェイトとラインハルトは意気投合。そんな二人を前に肩を震わせている女が一人、怒りに駆られている。
「……ビッチ、ビッチと五月蠅いわね、ガキ共!! 何なら、今直ぐにでも地獄に送ってやるわよ!!」
「「びっ、ビッチが怒った……。事実を言っただけなのに……」」
「まだ言うか!! 喩え事実でも、目の前で言われると頭に来るのよ!!」
「「事実だと認めるんだ……。やはり、ビッチだったんだ……」」
「……殺す」
「「ビッチがマジギレしたぁ―――――――――――――っ!!」」
シャランラは目が座っている。
本気で二人を殺す気であった。人は都合の悪い事実を突きつけられると、反省するか逆ギレするかに分かれる。シャランラは後者であった。
感情任せに振り回される剣が障壁に当たり、甲高い金属音を幾度と無く響かせるがツヴェイトには届かず、それがいっそう彼女を苛立たせる。
「死ねぇ、クソ餓鬼共!!」
「ガキ共……? 見た目より歳なのか? うおぉ!?」
「障壁があるのは良いが、あんま生きた心地がしねぇな……おわぁ!?」
ただでさえグダグダなのが、更にカオス的展開へと変わって行く。
「ウフフフ……死になさい、クソ餓鬼。どいつもこいつも人を馬鹿にして……」
「……人の振り見て我が振り直せ。事実を受け入れて自分を変えて行かないと、いずれは孤独になるよ? おばさん……。人生は長いようで短い……」
「小娘ぇええええええええっ!! お前もかぁ!!」
「やけに達観してんな……。子供のセリフとは思えん……」
「火に油を注ぐなぁ!! あのおばさん、スーパーモードに切り替わってんぞ!? 金髪になったり、各パーツが展開する機動兵器みたいな勢いだぁ!!」
どこぞの宇宙人か、果てはどこぞの非常識なリアルロボの様に戦闘力が増した気がする。
ツヴェイトとラインハルトは戦慄に震え、必死に逃げまくっていたが、感情的になった女は手が付けられない。
「……裏の世界は信頼関係なんて無い。使えなくなったら簡単に切り捨てられる……直ぐ感情的になるババァは用済み……」
「「!?」」
「……言ってなさい。アンタ達の代わりは幾らでも居るのよ!」
「……良く解らない。私……三人目だから……」
「「なにがっ!?」」
無表情で辛辣な事を言ったかと思えば、突然にボケをかます不思議ちゃん。
火に油どころか、むしろ核弾頭を投げ込んでいるのに無表情で可愛らしく首を傾げている。狙ってやっているのだとしたら、これほど厄介な存在はいない。
「もう良いわ……頼れるのは自分とお金だけ。アンタ達にはここで死んで貰うわよ……私の為にね…ウフフフフ」
「ヤバいな……完全にキレてるぞ、あのビッ……いや、姐さん」
「あぁ……事実を言われて腹を立てるなら、やらなきゃ良いのにな……。他人を食い物にするのが当たり前なんだろうな……。自覚しているのを人に言われて逆ギレか、かなり自己中な女と視た」
「……更年期障害?」
「「!?」」
更に爆弾が投下された。
シャランラから表情が消える。そして、シャランラは何も無い空間から小さなチェスの駒の様なものを取り出すと、ラインハルトに見せつける。
「……(今のは……師匠の空間魔法と同じ……)」
「……そこのガキ、自分に自由があると思ってるの? これが何だかわかるかしら?」
「何だそりゃ? ボードゲームでもやるのか?」
「これはねぇ……アンタを隷属させている首輪と対になる物よ? 【監視の駒】と言ってね、これに魔力を流すと……」
「ガァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」
ラインハルトの体中に、高圧電流を流されたかのように体に傷みと痺れが襲い、その場でのたうち回る。
それを酷薄な笑みを浮かべ眺めるシャランラは、先程とはまるで違う。
「き、きたねぇ……(この女の笑い方……何処かで見た事がある様な?)」
「ガキが大人をコケにするからよ。飼い犬の躾けは大事よね?」
「なるほど……なっ!」
「!?」
ツヴェイトは即座に【白銀の神壁】を使い、シャランラの腕を斬り飛ばした。
落ちた腕から【監視の駒】が転がり落ちた。が、次の瞬間にはシャランラの腕は元通りにくっついていた。まるで腕を斬り落とされたのが嘘であるかのように、何事も無く存在している。
「変な魔法を使うのね……。まったく見えなかったわ……厄介なものを……」
「アンタもな……おそらくは【身代わり人形】か、或いは【贄の形代】……魔力を込めた魔法符や人形を身代わりにし、受けたダメージを無効化する。見るのは初めてだ」
「烈風刃!」
「チッ!」
ラインハルトが不意を突いて放った風の斬撃でシャランラの距離を取らせると、即時に落ちている【監視の駒】を回収した。
「これで俺は自由だ……助かったぜ、同志」
「戦いたくも無いのに殺し合いは御免だからな。体は大丈夫かよ……」
「何とかな。にしても……意外にヒステリックだ」
「とことん人をコケにするのね……。もう、楽に殺したりしないわ」
地面に沈み込むかのように、シャランラは地面にある自分の影の中へ消える。
「シャドウ・ダイブ!? 不味い……闇魔法は感知しにくい……」
「隠密性が高いからな……。闇はこの世界の根源に属する原初の魔法らしい」
「属性は【影】らしいが、闇とどこが違うんだ? 意味が分からん……」
「俺も知らん。区別がつかんし……て、言ってる場合か!」
「……そこにいるけど?」
背中にいる不思議ちゃんが、傍らの木の影に指を差す。
「ファイアーボール!」
「紅蓮斬!!」
「クッ! 本当に面倒なガキ共ね!」
居場所を簡単に見破られ、シャランラはその場から即座に離脱する。間一髪のところで攻撃が炸裂し、内心現状の厄介さに舌を巻いていた。
「ちょっと、名無しちゃん! あなた、ダーリンに恩があるんでしょ? なに勝手に裏切ってるのよ!!」
「……非合法の闇金から借りたお金は、返さなくても良いてお父さんが言ってた」
「義理はどうしたのよ! 恩を仇で返す気!」
「恩は……既に命を助けた事で返した。使い捨ての駒に利用する事は分かってたから、逆に利用しただけ。おばさんと同じ……」
「・・・・・・・・・・・・」
『『なに、この子……。スゲェ、怖い……』』
不思議ちゃんかと思えば、恐ろしく狡猾でしたたかだった。
何も知らない子供を装い、裏組織を利用する事で食料確保を行い、ヤバくなったら簡単に切り捨てる。
子供の考える事じゃない。ツヴェイトとラインハルトは、少女の腹黒さに震えあがる。
「だ、だからって、今まで生きて来れたのはダーリンのおかげじゃない! もう少し義理を果たしなさいよ!!」
「……わずかな食料と命、どっちが大事? 少しの食べ物で命が助かるなら御の字だと思う」
つまりは、助かった命とわずかな食料を天秤に掛けろと言っている。
ガーランスは拾ったと言っていたが、実際は拾われる事を想定して行動していただけだ。悪く言えばこの不思議ちゃんに簡単に騙された事になる。
「……お金持ちから恵んで貰うなら感謝だけで良い、そうで無ければ恩を忘れちゃ駄目……」
「名無しちゃん、どこの修羅の一族!?」
「いや……ある意味では正しい。貧しい者から恵んで貰うなら、相応の謝礼は出すのは当然だ」
「それに……おばさんは負ける」
「私が? 確かに厄介だけど、あなた達相手なら問題は無いわよ。面倒だけどね……」
「違う……」
―――ザシュ!
突如として空から鋭利な刃物のような物が撃ち込まれ、地面に突き刺さった。
「だ、誰だ?」「誰だよ!?」「誰よ!!」
空の彼方に踊る影。白い翼の――
「……コッコちゃん♡」
空から舞い降りる三羽のニワトリ達。最強の護衛が今到着した。
地面に突き刺さったのは、コッコの羽である。
「コケ……(これは……どういう状況だ?)」
「コケコケ?(知らぬ……どうやら敵の二人が寝返ったのではないか?)」
「コケ……コケェ(むぅ……では、相手はこの雌か? どうする?)」
だが、三羽達は些か不満げである。
意気揚々と来て見れば、相手は仲間割れを起こして一人だけ。誰が戦うのかが問題である。
「コッコちゃん、ラヴュ―――――ン♡」
「コケッ!? (グハァ!?)」
「「コケェ―――――――――ッ!?((センケ――――――――イッ!?))」」
だが、突如暴走した不思議ちゃんによってセンケイがダイビング・ゲットされ、そのままモフられて行く。残りの二羽にとってはまたとない好機であった。
「コケ……(センケイは戦線離脱、残るは……)」
「コケコケ……(某とウーケイ……)」
「コケコケ、コッ!(じゃんけん、ポン!)」」
そしてウーケイとザンケイは、どちらが相手をするかじゃんけんで平和的に決め始める。
一方でセンケイはというと……
「コケコケコッコ、コケェケケ! (離せ、このままでは私が戦え……のぉ!? どこわさわっ!? あっ、あぁ………♡)」
モフられて、快楽に打ち震えていた。
まるでマッサージ師の如く匠な指使いでセンケイを大人しくさせ、その上でふわふわの羽毛を存分に堪能する不思議ちゃんは『ん……極上♡』などと言っている。ある意味コッコ達の天敵であった。
「「何やってんだ……こいつら……」」
戦闘狂の猛獣にも弱点はあった様で、センケイは既に戦闘不能。残る二羽はどちらが戦うのか勝負中だが、結果としてウーケイが勝つ事が決まった様である。
ザンケイはもの凄く残念そうであった。
「コケ……(俺が相手だ……)」
「どこまでも人をコケにして……絶対に殺す!」
「コケ? ……コケコ(追い詰められて逆上してるのか? ……つまらん戦いになりそうだ)」
シャランラは得意の【シャドウ・ダイブ】をしようと魔力を使い影に沈みかけた時、ウーケイは瞬歩で間合いを詰め、強烈な翼(拳)を繰り出す。
慌てて剣を盾にしたが、想像を上回る打撃によって影から引きずり出され、数メートルもの距離に弾き飛ばされた。あまりの打撃に手が痺れる。
「なっ!? 速い……何なのよこのニワトリ!」
「……コケ?(……この程度なのか?)」
ウーケイには少々期待外れであったのか、どこかガッカリした表情を浮かべた後に溜息を吐いた。その態度にシャランラは忌々し気に舌打ちする。
自分が予想していた以上にウーケイが強かったのだ。こうなると残りの二羽もかなり強い事になり、その全てを相手にするなど無理な事である。
更に言えば周囲を結界で隔離した為に、逃げるに逃げられない状況である。自分がやった小細工が完全に裏目に出てしまっていた。
「ふざけたニワトリが……。鳥の分際で馬鹿にして……」
「……コケェ~……(……さっさとケリをつけるか、期待外れだ)」
「その態度がムカつく……焼き鳥にしてやるわ」
「コケ……(陳腐なセリフだ……)」
完全に相手にされていない。だが、そこがウーケイ自身の油断となる。
なにも得られる物は無いと判断したウーケイは、【縮地】でシャランラの間合いに入り込むと、強烈な一撃を腹に叩き込んだ。内蔵をも破壊する重い一撃である。
魔力も充分に練り込まれており、会心の一撃であったのは間違いない。実際に確かな手ごたえも感じたほどだ。だが――。
「コケ?(ぬぅ?)」
確かな一撃を叩き込んだはずなのに、急に何の感触も無くなったのだ。シャランラの代わりにそこにあったのは、無残に破壊された木彫りの人形が転がっている。
そこで初めて自分が大きなミスを犯した事に気付く。
「コケッ!?(しまった!?)」
「死になさい! 糞鳥!!」
漆黒の風と化したシャランラは、四方八方からウーケイに斬撃を叩き込む。暗殺技の一つ【影化連撃】である。この技は個人戦闘に対応した技だが、瞬時に高威力の斬撃を繰り出しただけでなく、自らを影と同化させるためにそれなりの防御力も上がる。
更に気配などの察知能力を妨害する為に、相手が何処から攻撃を繰り出すのか判別するのは難しい。闇系統の魔法や技の怖いところは、こうした察知能力を無効化してしまう隠密性にある。
ウーケイはそのまま茂みの中に落ちて行った。
「フフフ……殺ったわよ。残るは二羽ね、手早く片づけない……と……」
ウーケイを倒したと思ったシャランラ。残り二羽を倒し、後は標的と裏切り者を始末するだけと思ったのだが、異変は背後で起こる。
ウーケイの落ちた茂みから膨大な魔力が放出されている事に気付き振り向けば、そこには少し傷を負いながらも未だ五体満足のウーケイの姿があった。
「コケ……コケケコッコケケ(弱いからという理由からの油断……そこを付け込まれたか、俺はまだ未熟)」
「なっ!? 確かに手ごたえはあったわよ、何で生きてるのよ……」
「まさか、【闘気功】か!? 嘘だろ、あの瞬間に自分を強化して身を守ったのかよ!?」
「冗談みたいなコッコだな、さすが師匠が育てているだけの事がある。化け物だ……」
「……正確には【硬気功】。体の羽毛を魔力で硬くして身を守った。強い……」
確かに油断を突いた攻撃は見事だったが、それで倒れるほどウーケイは甘くない。
それどころか、ウーケイは相手を侮っていた事に対して礼を欠いていた事に気付かされた。ゆえに初めて本気になったのである。
「コケ、コッココケ(非礼を詫びよう。俺は今から全力で貴殿の相手をいたす)」
「な、なんか……嫌な予感がするんですけど」
ウーケイの小さな体は次第に膨れ上がり、白い羽毛は炎の如く深紅に染まって行く。更に尾羽の辺りからは蛇のような長い尻尾が生え、足は太く地上に特化した形状へと変わって行く。鉤爪が凶悪であった。
嘴の中には肉を食い千切るかのような鋭い牙が生え揃い、頭部には鶏冠が雄々しく立っていた。
見た目には急速に成長している様に見えるが、これは成長や進化をしている訳では無い。ウーケイ達亜種のコッコ達が獲得した能力で、進化個体に変貌する特殊能力である。
ウーケイ達は進化して強くなる事を良しとせず、魔力を常にコントロールして身体変化を制御していた。その結果自在に進化個体に変身する能力を獲得してしまったのだ。
これは別にゼロスが鍛えていた訳では無く、ゼロスの元に来る以前から持っていた力であった。故のおっさんはこの力の事を知らない。
こうした変身能力を持った魔物は多く、中には人間に擬態化するものもいる事で割と一般的であったが、コカトリスではウーケイ達が初めてである。
ウーケイ達はコッコであり、同時にコカトリスでもあったのだ。その為に最近では、コッコの姿でもコカトリスとしての能力が使えるまでに成長を遂げていたのである。
「ギュオォオオオオオオオッ!!(シャイニング・コカトリスモード!!)」
「ちょっとぉ――――――っ!? さっきと別の生物じゃない!!」
膝に乗るサイズであったコッコの姿は、今や全長三メートルを超す巨体へと変貌を遂げている。尾を含めたら六メートルはあるだろう。
その巨体が突然ブレ、いつの間にかシャランラの目の前に現れていた。そして、魔力の込められた翼(拳)が思いっきり振り抜かれる。
「ヒッ!?」
間一髪で逃れたシャランラだが、そこで恐ろしいものを目撃した。
放たれた翼(拳)による打撃が爆風となり通り抜け、その摩擦熱で周囲の木々が一瞬で消し炭へと化したのだ。まともに直撃を受けたらただでは済まない。
その衝撃波は結界に叩き付けられ、障壁を盛大に振動させる。下手をすれば結界が破壊されかねない程の威力を持っていた。
「じょ、冗談じゃないわよ!」
咄嗟にシャドウ・ダイブで影に潜り逃げようとするが、ウーケイは敵を逃がすほど優しくはない。一度敵と判断すれば倒すまで戦い続けるのが魔物の本能である。
周囲に向けてウーケイは石化ブレスを撒き散らした。木々や草花は一瞬で石化し砕け散り、影に潜んでいたとしても決して逃れる事は出来ない最悪の攻撃を撒き散らした。
これは正確には石化では無く、物質そのものを魔力で一時的に変質させ、分子結合を崩壊させる攻撃である。
一時的にとはいえ物質の結合が崩壊させられれば、如何なる物でも粉々に砕け元には戻らない。魔力抵抗が高く無ければ防ぐ事の出来ない強力な能力なのだ。
魔力を多大に使用するため、何度も使う事の出来ない攻撃でもある。
「ヒィイイイイイッ!!」
当然ながら焙り出されたシャランラだが、黒いマントが石化し砕け始めている。
慌ててマントを脱ぎ捨て、石化から免れた。
「……俺、状態異常無効のスキルを鍛えておいて良かった……」
「………ん、私も……」
「俺は魔導具のおかげで助かっているが、何なんだよあの強さ……化け物じみてやがる。俺の知るコカトリスじゃねぇし……」
本気になったウーケイは、手に負えない力を存分に曝け出している。そんな非常識な存在を本気にさせてしまったシャランラは、もはやご愁傷さまと言う他ない。
いくら強くても小さな油断が命取りになる。それを教えてしまったが故にウーケイは敬意を込めて本気になったのだ。シャランラはこの力に向き合わねばならない立場になったのである。
「アンタ達、助けなさいよ!! 女が化け物に襲われているのよ!?」
「いや、女とは言え、俺を殺そうとしている奴だしなぁ~。たとえ姿が魔物でも、俺の護衛をしてくれている訳だし、手を出す気はねぇ。アンタは殺し屋だしなぁ~」
「アンタ、さっき俺に何をした? 隷属の効果を使って苦しめてくれたよな? 助けてやる義理はあるのか?」
「……戦いを挑んだ時点で死ぬ覚悟は必要。殺す側から殺される側に回っても、文句は言えない」
見物人は助ける気が無い。当然と言えば当然の結果だった。
「ギョォオオオオオオオオオオオオオッ!!」
この姿に変貌すと好戦的な本能が表に現れるようで、執拗にシャランラに襲い掛かる。
ツヴェイトの目の前で、壮絶な鬼ごっこが繰り広げられるのであった。
ちなみにザンケイはこの時点で悶絶していた。いつの間にか二羽目に襲い掛かり悶絶させた不思議ちゃんは、テクニシャンだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
森を走り抜ける一台のバイク。
魔法障壁を展開し、避けられない木々を圧し折りながら突き進む。
「急げ……まぁ、あのアミュレットがあれば半日くらいは大丈夫だろうが、万が一の事もある。急がなくては……て、なんだ?」
試掘に夢中になっていたおっさん、少し焦りながらも【廃棄物十三号】を走らせていたが、前方に何やら壁のような物が見える。
半透明で霧がかったかのような、そんな壁であった。
「結界か……魔道具だろうな。しかし今の魔導士のレベルで、これほどの規模の魔道具が作れるんでしょうかねぇ? 旧時代の遺物か、それとも……僕と同じ転生者の可能性もあるか」
転生者はこの世界では生き辛い。
現代日本は安全面という点でこの世界の環境とは圧倒的に異なり、ぬるいほど平和である。
犯罪者の数もこの異世界の方が圧倒的に多く、法律上の抜け穴も杜撰と言って良いレベルで多くあり、そこを理解していなければ痛い目に遭うだろう。
中には迷信じみた根拠のない事すら信じられ、それが当たり前として受け入れられている。それが間違いだと指摘すれば白い目で見られる事柄も多いのだ。
平和ボケした日本に生きていた転生者達は、当然ながら日本の法律や教育で培った常識で行動するため、この世界の一般常識に適応するのには時間がかかる。
下手をすれば犯罪に手を染める者もいる可能性が高い。むしろ、そっちに転んだ方が生きやすいかも知れない。何しろ転生者はこの世界の人々より遥かに強い力を持っている。
その極限にいる事を自分自身が一番理解していた。時々忘れがちになるが……。
「同郷の者と会う可能性か……考えなかった訳では無いが、敵になると厄介ですねぇ。自分で売捌いた凶悪装備を相手にする事になりかねないし……めんどくさい」
転生者の多くは、オンラインゲーム【ソード・アンド・ソーサリス】の装備をそのまま保有していた。
その威力はこの異世界の常識と照らし合わせると、旧時代の遺物と遜色のない効果を発揮する。何よりもレベルの差が問題であった。
転生者は【ソード・アンド・ソーサリス】の世界において、倒した魔物から経験値やポイントを得て能力を強化し、さらに上位スキルへと発展させる事により強く成長して行く。
だが、この世界はスキル獲得すら修練を積み、更にレベルを上げるにしても倒す魔物の強さが極端にムラがあり、転生者のように強くなるには相応の努力と経験が必要となる。
転生者と異世界にの住民との差がここに在る。端的に言えば【ソード・アンド・ソーサリス】の世界は均等にレベルを上げる事が出来るが、異世界ではそれが叶わない。
得られる経験値やレベルが種族やエリアによって分けられている訳では無く、生息領域の環境次第で極端に強さが変わる。しかも個体差が激しく、群れを成す魔物にはその影響が顕著に表れる。
【ソード・アンド・ソーサリス】の世界では、進化というものは限られた種族にしか無かったのだ。例えばゴブリンやオークなどがそうである。
この世界の摂理はいい加減というより、寧ろ限りなく自然に近い環境なので、逆に【ソード・アンド・ソーサリス】の世界は管理された世界という印象を強く受けるだろう。転生者と異世界との住民に強さに差が生まれるのも当然である。
何しろこの世界では死んだらそれまでで、ゲームの様に何度も生き返り、レベルを上げ続けられる訳では無い。ここが決定的な力の差が生まれる最大の理由である。
「考えても仕方が無いか。犯罪者は捕まえるか始末する、単純に考えよう……ハァ~、鬱だ」
転生者を相手にする覚悟はある程度できているが、いざその時が来ると思うと憂鬱でしかない。何しろ引き金を引いたのはゼロス自身なのだ。知らなかったとは言えども、彼等は邪神を倒した事により巻き添えになったと言える。
中には恨みを持つ者も多くいるだろう。だからと言って殺されてやる気は更々無いが……。
「今はツヴェイト君の保護が最優先。この障壁を破壊しましょうかねぇ……できるかなぁー?」
どこか気だるげな口調で言いながらも、ゼロスは本来メーター類がある箇所に取り付けられたパネルに魔力を流す。
バイクの後輪フレームに取り付けられた可動アームが起動し、両サイドのブレード上の巨大な盾が動き、内部で『ガシュン、ガシュン』と何かが撃ち込まれるような音が響く。
「魔力充填完了、魔法式の起動を確認……正常に稼働中、シールド展開」
シールドが上下にスライドすると、中には俗に言うガンブレードと呼ばれる武器が格納されていた。
そのガンブレードの先に大きな魔法陣が複数展開され、そこに刻まれた魔法式によって魔力が変質され物理的な攻撃に転化される。
「ダブル・ディストラクション・カノン、発射」
両サイドのガンブレードから発射された光は、途中で螺旋状に絡まりながらも真っ直ぐ結界へと突き進み、まるで紙の様に撃ち貫くとそのまま森の奥へと消えて行く。やがて爆発音は響いてきた。
おっさんの額に、冷や汗が流れる。
「なるほど……この世界では、威力も段違いになる様ですねぇ~……。ヤバい……これも封印した方が良いな。ハハハ……」
乾いた笑いであった
ガンブレードは確かに強力な武器だが、少なくとも着弾地点を消し飛ばす威力は無かった。たとえ二つの威力を合わせても広範囲魔法一つ分の威力が限界だったが、実際に使用したら威力が桁違いである。
森の一画に、熱により煙が生じているクレーターが生まれていた。これにはおっさんも言葉が無い。
「また、自然破壊をしてしまった……。まぁ、今はそれは置いておこう。ツヴェイト君は無事ですかねぇ……」
別の事に置き換えて、おっさんは現実逃避。
【廃棄物十三号】を走らせ、再び森の中を疾走する。心の中で『もう、昔の武器は処分しよう……威力がヤバイし』などと呟いていた。
そんなヤバい武器を、どれだけ自分が数所有しているかを知っているおっさんは、分解するのにどれだけ時間がかかるか考えると再び鬱になる。
個人で国を相手にできるような魔導兵器を幾つも所有している事に、おっさんは今さらながらに気付いてしまったのである。




