おっさん、仕事を思い出して焦る
「……いつまで背中に乗ってんだ?」
「………ご飯のために、逃がす訳にはいかない……」
背中に乗った少女に対し、ツヴェイトは『降りろ』と言っているのだが、少女は頑なにしがみ付き降りようとはしない。
背中におんぶ状態で乗り掛かられては邪魔で仕方が無く、動きが阻害されるだけでなく、長期的に見れば荷物を背負った事になる。
また、『逃がす訳にはいかない』の言葉から、この少女が刺客の一人であると気付いた。
「降りろよ、重い訳じゃねぇんだが……邪魔だ」
「……嫌。逃がすと、ご飯が食べられない……」
「腕に覚えがあるなら、ウチに来るか? 手練れなら相応の給料は出すぞ?」
「………迷う。人殺しは、やりたくないし……」
ツヴェイトは、少女が人殺しをしたい訳では無く、たんに生活が儘ならないから裏の仕事に手を染めたと判断した。
懐柔すれば何とかなると思ったのだが、世の中そんなに甘くは無かった。
「うちの子を誘惑しないでくれない? まったく、これだからイケメンは始末に負えないわ」
「誰だよ、アンタ……」
目の前に現れた派手な装飾品を悪趣味なほどに、これでもかと言わんばかりに身に着けた黒いイブニングドレスの女が、いつの間にかツヴェイトの近くに立っている。
いや、女だけでは無い。騎士鎧を装備した同年代の少年が、剣を引き抜き構えている。
「知る必要はないでしょ? これから死ぬ坊やに、教えてあげるほど親切では無いわよ」
「なるほど……親父が潰した組織の残党かよ。だが……ここにいても良いのか?」
「……どういう意味かしら? この状況で、その余裕が気に入らないんだけど……」
「親父は既に、お前等が動く事を予見していた。つまり、既にアジトがバレていると思っていいんじゃないか?」
「だから何? 坊やの父親がいくら優秀でも、私達を止める事は出来ないわよ」
「それは、組織が残っていればの話だろ? 今ごろ既に潰されてんじゃねぇか? あの親父ならやりかねん」
「・・・・・・・・・」
シャランラは内心、焦りを覚えた。
標的であるツヴェイトの言葉が正しければ、ここでツヴェイトを殺したとしても、組織そのものが消滅している事もあり得る。
現に的確に得体の知れない生物を護衛につけたのだ。情報が既に洩れていると思っても間違いでは無い。
しかも、ツヴェイトは平然とした態度で語り、そこに焦りというものが無い。
「坊やの父親は、それほど優秀なのかしら? 証拠も無い以上、信憑性に欠けるわよ?」
「まぁな。だが、息子の俺が言うのも何だが……親父は化け物だぜ? 俺をダシに組織の一つを潰す事を平気でやらかすさ」
「マジで!? じゃぁ、これで俺は自由の身か?」
「自由? ……犯罪奴隷か? お前……何をやらかしたんだよ」
首輪を確認したツヴェイトは何気なしに聞いたのだが、ラインハルトは視線を思いっきり逸らした。そこにすかさず桃色忍者が答える。
「……奴隷ハーレム、失敗」
「つまり、合法奴隷に無理やり手を出して、通報されたと……。馬鹿か? 人権が剥奪されてんのは重犯罪奴隷だけだぞ?」
「知らなかったんだよぉおおおおおおおおおおおおおおっ!!」
「馬鹿よねぇ……国には法があるんだから、先ずはそこを理解する必要があるのに、いきなり奴隷を購入して手を出したらこのザマ」
「自業自得じゃねぇか。で、犯罪組織に買われたのかよ……同情できねぇ……」
「男なら、誰もハーレムを夢みるもんだろぉ!?」
「いや……本気で惚れた女が一人いれば良い。複数の女がいたら厄介だ……親父がそうだし」
「お前、それでも男かぁああああああああああああああああああっ!!」
ラインハルト13世、魂の慟哭。だが、国がある以上は法が存在し、その国によって常識は全く異なる事が多い。そこを無視した時点でこうなる事は確定していた。
「第一、合法奴隷商人は言わば仕事の斡旋組織だ。国から厳しい査定を受けて認可が下り、奴隷となった者達に人手の少ない商人や職人に売るのが仕事だ。
奴隷は借金を返却できれば自由になれるし、その職場で働き続ける事も出来る。こんなの一般常識だろ」
「早い話が職業案内所ね。ブラックな職場だったらどうするのかしら?」
「奴隷になった者達は各領地の名簿に登録される。その領地は出る事は出来んし、借金返済の義務があるから他の領地に行くときも許可書を発行しなくてはならん。
奴隷を買った者達も人権を守らなければならない義務が生じるし、一生奴隷としてこき使う事なんて出来ねぇ。そんな事をすれば犯罪奴隷に落ちるぞ? 主人を訴える事は出来るからな」
「なんで奴隷に対しての法律が厳しいんだよ! おかしいだろ!!」
「逆ギレか? 奴隷と言えども民だからな。人権は守る。犯罪経歴が無ければ一般の民と何も変わらん」
奴隷として売られる者達にも事情がある。大抵は仕事が無く別の職を探す者や、生活が困窮し仕方なしに奴隷になる者が多い。奴隷商はそんな人達の救済処置であり、人権が守られるのは当然であった。
言うなれば、自身を担保に金を借りる様なものだ。その借金を返済するためにしばらくは無償で働き、奴隷を購入した者達は、彼等の衣食住を全て賄わなければならない義務が生じる。
「お前、奴隷達が好きで自分達を売るような真似をすると思うのか? 大抵が訳ありが多いんだぞ?」
「しかし奴隷だぞ? 普通は主人に尽くすだろ! キスを迫っただけで訴えるか?」
「好意のない相手に『くちづけをしろ』と言われて、お前は出来るのか? 喩えば、お前を買った主人が肥満体のどぎつい化粧をした熟女だったら? 夜の相手をしろと言われて出来るのか?」
「……無理、そんな事になれば俺は逃げ出す」
「お前が訴えられた理由がそれだよ。やりたくも無い事を強要した所為で訴えられた。他人が嫌がる事を強要したくせに、自分がやられるのは嫌だなんてのは筋が通らんだろ」
何も言い返す事が出来ずへこむラインハルト。
未練がましく『ファンタジー世界なのに、なんでこんに法律が厳しいんだよ……地球と変わらねぇ』なんて言っている。要するにセクハラとパワハラで訴えられただけである。
「しかし、犯罪組織に売られたか……お前、自由になんてなれねぇぞ?」
「何でだよ! お前の言っている事が正しければ、いざとなれば俺も今の主人を訴える事が出来るだろ!」
「いや……お前が国公認の奴隷商から売られたのは分かるが、犯罪組織に売られたというのが問題だ。その奴隷商、書類を改竄するだろうし何よりお前は犯罪奴隷。
どれほどの手練れかは知らねぇけどよ、使い勝手のいい駒を捨てる訳ねぇだろ? そもそも奴隷を売買する場合は身分証などの提示を求められる。各領地の奴隷商人は自分達の名や家族構成を登録しているために、特殊な登録証を持たされているんだ。奴隷が裏組織に売られる筈がねぇんだよ」
「じゃぁ……俺は?」
「犯罪者として登録された以上は人権は無い。裏に廻しても問題はないと横流しされたんだろ。良くいるんだよなぁ~、犯罪奴隷を使い捨てに使う連中」
使える手札である以上、犯罪組織が自由にする訳が無い。死ぬまでこき使われ、死んだらそのまま放置するには問題ない手札として扱われる。
ラインハルトが求めていた奴隷の立場に、自分自身が身を落した事になる。
「お前……マジで何したんだ? セクハラで訴えられただけで重犯罪奴隷にはならんだろ……」
「俺を捕まえに来た衛兵を返り討ちにした……。強盗かと思ったら、国の役人だったんだよ……」
「セクハラの上に、衛兵に攻撃したんじゃ仕方ねぇだろ……。完全に自業自得じゃねぇか、それ以前に購入した奴隷に手を出す行為自体が信じらんねぇ」
「ちくしょう……」
膝を抱えて蹲ってしまった。
「馬鹿な坊やの事はどうでも良いのよ。悪いけど、やっぱり君には死んで貰うわね」
「そうなるよな……。親父が組織そのものを潰したところで、お前等自体は犯罪者だからな。俺に顔を見られた時点で始末をつけるのは当たり前か……」
「理解が早くて助かるわぁ~。そこの坊やは馬鹿だし、ところで……名無しちゃん?」
「……?」
急に名前を呼ばれ、ツヴェイトの背中にしがみ付いている少女は不思議そうに首をかしげる。
「あなた、背中にいるのだから、そのままとどめを刺す事が出来るんじゃない?」
「……無理、手を離すと落ちる」
「普通、手甲の辺りに武器を仕込んでいるものじゃないの? 忍者なんでしょ?」
「……転んだら危ない。うっかり刺さったら危険」
「忍者よね? そこかしこに武器を隠し持っているのが普通じゃないの?」
「それは偏見……忍者は逃げる時しか暗器は使わない。数も少ない……おばさん、勉強不足」
忍者はそもそも諜報員である。
主な役割は情報収集で、戦闘や後方攪乱などの仕事は、有事の際やむを得ない事態が発生した時に行う。
派手な斬り合いは避ける傾向があり、あくまでも隠密行動を優先している。装備も機動力を重視しているために、手裏剣などの飛び道具も少ししか持っていないのだ。
「おば……忍者って、暗殺専門よね?」
「違う……スパイ。おばさんが言っているのは忍者でなくNINJYA」
「また、おばさん……どこが違うのよ」
「情報収集が専門……。必殺は別の仕事人……」
「「………」」
良く勘違いされている忍者のイメージ。日本人ですら裏で汚い仕事を請け負う影の集団に思われがちだが、忍者はそもそもが情報を得るために各地に散らばり、雇い主から報酬を得て一族の為に金稼ぎをする集団である。
武士として取り立てられた者達もいるが、中には雇い主を変え続けた者達もおり、別に暗殺請負組織という訳では無い。
「仕方が無いわね……そのまま抑えていなさい。直ぐに終わらせるから…ねっ!」
シャランラがいきなり投げつけたナイフ。しかし、そのナイフは途中で何かに弾かれ地に落ちた。
ツヴェイトも焦ったが、ゼロス謹製のアミュレットが効力を発揮したと安堵の息を吐く。当面は自分の身の安全が保障されたが、油断はできない状況でもある。
「なっ!? 魔導具……自動防御型なんて、良い物を持ってるじゃない……」
「貰い物だがな。攻撃は殆ど弾かれるぜ? 製作者が並じゃねぇからな」
「チッ……厄介な道具ね。でも、魔力が尽きれば……」
「それはどうだろうな? 製作者が並じゃねぇて言ったろ? 効力がどれだけ持つかは知らんが、長時間に対応しているそうだ」
「何か……他にもありそうね。その余裕が気に入らないわ」
「ご名答。そう遠くない内に、お前等は全滅する。既に合図は送った……最強の護衛が来てくれるさ。結界を展開した様だが、簡単にブチ破るだろうなぁ………」
内心で舌打ちするシャランラ。
彼女が使用したのは【隔絶の領域】と呼ばれる魔道具で、一度展開すれば効果時間が切れない間は結界内から出る事は出来ない。また、一度きりの使い捨て魔道具なので再び購入する事など不可能である。
ツヴェイトを孤立させるつもりが、同時に自分達も閉じ込められた形になる。標的の魔道具がどれだけの時間効果を発揮するかは分からないが、ここで援軍が来られれば不味い事には違いない。
しかも殺す事すら困難な状況なので長期戦は避けられず、援軍が来られれば逃げる事が難しい。この時点で既に計画に狂いが生じていた。
「いつまで落ち込んでるのよ! 手伝いなさい」
「だってよぉ~、姐さん……。こいつを殺しても自由になれないんだぞ? 殺しなんてしたくはねぇけど、仕方がないと割り切ってたんだよ。
けどよぉ~、俺……自由になれないんだぜ? ハハハ……やる気なんて起きねぇ……」
「たく……私がダーリンに口添えしてあげるわよ! だから手伝いなさい!!」
「口だけの約束じゃねぇのか? 殺しだけやらせて、後は知らん顔……あり得る」
『余計な知恵を吹き込まれたわね……。手駒の癖に生意気な……仕方が無い。私だけで何とかこいつを……』
シャランラが剣を引き抜き、ツヴェイトに向かって斬りつける。
――キィィィィン!!
が、甲高い音とともに弾かれ、攻撃が通す事が出来ない。
「本当に厄介ね。計画が狂うじゃない」
「んなの、俺が知る訳ねぇだろ。犯罪者の都合なんてどうでも良い事だからな」
「……同感。一方的な理屈で人を殺すのは、そもそもおかしい……。美学が無い」
「名無しちゃん、どっちの味方よ!」
憤慨するシャランラ。だが、桃色忍者少女はマイペースだった。
「義に準ずるのが忍び……」
「……難しい言葉を知ってるな? 見た目通りの歳には思えん」
「……惚れたら、火傷するよ?」
「………色んな意味でな。別方向の危ない橋を渡る気はねぇぞ?」
「別方向……エッチ」
「何でだよ……」
命を狙われている筈なのに、何故かほんわかとした空気が流れていたりする。
殺伐とした殺し合いの現場なのに、かなりグダグダだった。まぁ、ツヴェイトにとっては時間を稼げれば良いだけなので、この状況はありがたい。
「……俺、やっぱお前を殺すわ……」
「何でだよ。俺を殺したところでお前の立場は変わらんぞ?」
「俺の目の前で、なに女の子を口説いてんだよ! しかもロリだとぉ!? 羨ましいじゃねぇか、コンチクショ――――――ッ!!」
逆恨み的な嫉妬であった。
「……お前、頭は大丈夫か? 子供に手をだすなんざ、変質者と同義だろ。確かに歳の差があるのに婚姻する貴族もいるが、大抵は政略結婚だし、何より年頃になるまでは手を出さん。例外もいるけどな……」
「俺は……ロリに手を出したい!!」
「断言しやがった。………マジモンの変質者だったか、奴隷落ちした理由が分かったわ……。欲望に忠実すぎる」
「ありがとう。褒め言葉として受け取っておこう」
「褒めてねぇ!!」
ラインハルトはマジで駄目な奴だった。
あまりのアホらしさに視線をシャランラに移す。無言だが、ツヴェイトの目には批難の色が宿っている。
「そ、そんな目で見ないでよ。……私だって、ここまで馬鹿だとは思ってなかったわ!」
「だが、仲間なんだろ? どうにかしろよ……」
「数日前に紹介された子の事なんて、どうしようもないわよ。保護者じゃないんだから!」
「俺を……痛い奴みたいに言うなぁ―――――――――――っ!!」
「「いや、充分に痛い奴だから……」」
グダグダな状況で始まった襲撃は、別の方向で面倒な状況になって行く。この時点で既に暗殺では無い。
ただ、一方的に嫉妬に狂った馬鹿が剣を引き抜き、ツヴェイトを追いかけ回す。
シャランラにとっては面倒な事になり、迂闊にツヴェイトに襲い掛かればラインハルトの斬撃の巻き添えになりそうで手が出せない。
その標的であるツヴェイトは、桃色忍者少女を背に背負い必死に逃げ廻っている。感情的になった馬鹿は始末が悪かった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
おっさんは一人、岩場を鶴嘴で掘り進む。
当初は鉄鉱石といくつかの希少鉱石だけであったが、掘り進めるうちにどんどん様々な鉱石が出てくるのに夢中になり、当初の目的を忘れて採掘に勤しんでいた。
元より非常識なレベルであるゼロスは疲れ知らずで、こうした肉体労働は実に楽な作業なのだ。だてに【限界突破】や【臨界突破】【極限突破】といった覚醒スキルを持っていない。
【ソード・アンド・ソーサリス】において覚醒スキルとは、身体レベルや一定数の上位スキルを限界値まで上げる事により得られるスキルなのだが、同種でイベントをこなす事で得られるスキル二つが加わり身体レベルの限界値を超え、更に三つのスキルによる相乗効果は異常なまでに身体能力を強化してしまう。
このスキルは、色んな意味で限界値を越えるスキルだったのだ。
また、【ソード・アンド・ソーサリス】では過酷な戦闘を繰り返す事で身体能力はレベルアップ事に大幅に強化され、同じレベルでも強い魔物を相手にし続けたプレイヤーの方がアバターの能力は強くなりやすかった。
希少素材を求め過酷な戦闘ばかりを繰り返していた【殲滅者】達は、当然ながら他のプレイヤーよりも強くなるのは当然だが、覚醒スキルにより相乗効果で非常識な存在となっている。
只でさえ上位の職業スキルや固有スキルでアバターが強化されているのに、覚醒スキル三つの効果が加われば恐ろしい事になる。
そんな能力をそのまま現実に得てしまえば、正に超人と言ってもおかしくはない。当然こうした採掘作業も異常なまでに速くこなしてしまうのだ。重機要らずである。
「うぅ~む……最初は鉄鉱石ばかりだから、他の鉱石が出るのかと思ったが……宝石の類が多くなって来たなぁ~……」
そして、おっさんは当初の役割をすっかり忘れていた。
「宝石関係か……売れば一財産だが、やはり魔道具にした方が良いか。生活のために多少は残しておくとして、何を作ろうかねぇ……」
この世界においても宝石は希少である。
宝石の類は魔力との相性も良く、魔力を込める事で魔石と同じように使用する事が出来る。しかも魔石とは異なり使用する事で消える事が無い。
魔石は同じ属性と結合しやすく、融合や圧縮する事により多くの魔力を使用できるようになるのだが、使用すれば次第に小さくなりやがては消えてしまう。
元が魔力を結晶化した物なので、魔導具に加工すれば強力な魔法を封じる事が出来るが、同時に魔石その物の魔力を媒体とするので消費され続ける事になる。つまりは使い捨ての魔道具に向いている素材という事だ。
対して宝石の場合は込められる魔力に限界はあるもの、魔石のように魔力消費で消える事はなく利便性に優れていた。
宝石自体が大きければ魔力の許容量もそれだけ大きくなり、より強力な魔法を封じられる理屈になる。しかしながら、そんな事をするくらいなら売る方が遥かに儲けられるのが現実だった。
失敗すれば宝石自体が物質結合が崩壊し、砂の様に崩れ去ってしまう。そうなると絵具にしか使い道が無いのだ。絵師にとっては嬉しいのだろうが、魔導士にとっては手痛い損失である。
その為か、宝石を魔法石に変える作業は護身用魔道具程度に限られていた。
「試しに製作して、魔法を使う人達の意見を聞いてみたいかな……。ツヴェイト君達にイリスさん、ルーセリスさんもそうか……。回復魔法強化アイテム……悪くはないな」
気分は既に職人。簡単な魔道具なら作れるだろうと思っているが、ここで自分が規格外である事が頭から抜け落ちている。
おっさんにとっては簡単な物でも、この世界の人達から見れば破格の性能なのだ。そこから発生する影響にゼロスは無頓着であった。
「さて、もう一掘り……ん?」
おっさんは現在仮面をつけている。その視覚に方位を示す矢印と、緊急事態を示す赤い光点が点滅を繰り返していた。
「……ヤベッ!? すっかり暗殺者のこと忘れてたぁ!! 不味い、早く行かねば……」
慌ててインベントリーから魔導バイク【廃棄物十三号】を引き出し、始動キーを差し込む。
魔力が伝達する事で魔力式モーターが静かに唸りを上げる。スロットルを絞るとホイールにが急速に回転を始め、地面を削りながら一気に加速した。
ラーマフの森を非常識な物体が駆け抜ける。
結論から言ってしまえば、おっさんは一人でラーマフの森の奥地まで来ており、ツヴェイト達はラーマフの森外周を迂回する形を取っていた。
そこには【トレント】と呼ばれる植物型の魔物が移動し、方向感覚を攪乱していたなどと気づいてもいない。魔法抵抗は強くても、目の錯覚を利用されれば簡単に森で迷ってしまうのだ。
索敵スキルを使えば分かった事なのだが、採取に没頭した為にスキルが発動していなかったのが原因である。索敵スキルは他の探索スキルと併用して使えないのが欠点だった。
おっさんは駆け抜ける。前方を塞ぐトレントを破砕しながら……。
廃棄物十三号は遮るトレントをものともせず、障壁で車体を包み込んで森を一直線に突き進んでいく。
おっさんのバイクが走り抜けた後、トレントだった物の木片だけが大量に残されるのだった。
ちなみにトレントは魔法杖の貴重な素材で高値で売れるのだが、この状況で回収など出来るはずも無く、この後に他の学院生が拾い杖に加工するの事になる。
その結果として、優秀な魔法媒体を持つ貴族の学院生との差は縮まる事になり、大きな成績順位変動が起こるのだが、それは別の話だ。
ゼロスは、知らない間に学院の教育問題に対し一石を投じてしまっていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ウーケイ達は困っていた。
護衛対象であるツヴェイトは結界の先におり、障壁が周囲を囲んでいるので中に入る事が出来ない。
強そうな獲物が直ぐ傍にいるのに、何も出来ずに木の上から見ている事が歯がゆい。今直ぐにでも参戦し、思う存分全力で戦いたかった。
「コケ……(どうする? このままでは師父がお怒りになるだろう……)」
「コケコケ(何とか中に入れぬだろうか。周囲にいる奴等は弱いから問題ないが……)」
「コッ、コケェー(まずは冷静に観察する事だ。どこかに穴が在るかも知れん)」
三羽のニワトリ達は目を皿のようにして周囲を観察する。
焦れば大事な事を見逃しかねず、戦いたい衝動を抑え障壁を観察し続けた。
すると、一羽の鳥が結界から抜け出してきたのを目撃する。
「コッ、ケェ(見たか? 今のを……)」
「コケ、コケッコ(うむ、どうやら上空には壁が無いようだ)」
「コケコケコケ(ならば、上から行くのが手だと思うが、我等ではあの高さまで飛べん)」
三羽のニワトリ達は飛ぶ事は出来るが、あくまで低空だけである。身体の構造上どうしても空を飛ぶには体が重く、風を捉えて上空に飛び立つには些か大きすぎた。
無論同じ大きさでも飛べる鳥はいるが、コッコ達の翼は高高度を飛ぶには適さない。
「コケッコ(ならば、高い木の上から侵入するしかあるまい)」
「コッ、コケ(うむ、某達も滑空程度ならできる)」
「コケケ(風に流されないか問題だが、やるしかあるまい)」
頷く三羽達は、一際高い樹木を探して移動を開始した。
ただ、強い相手と戦いたいが為に……。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「早く……早く野営地に行くんだっ!! でないとツヴェイトが……」
「そうは言うがよ、こうも魔物が多くては先に進めん……」
「厄介な物を使いやがって……。サムトロールの野郎、ぶっ殺してやる……」
救援を求めるべく野営地に向かうディーオだが、途中で魔物の群れに襲われ現在戦闘中であった。
暗殺者の事は聞かされていたが、まさか分断されるとは思っていなかったのだ。しかも救援を呼ぶにしても【邪香水】で呼ばれた魔物に遮られ、撤退が思うように進まない。
「まさか、サムトロールが撤退するルートに邪香水を!?」
「あり得るな……あいつは現在、支持率が落ち目だ。起死回生として、俺達のピンチを救うなんて演出をしかねない」
「馬鹿だからな。お手軽に自分の支持率を上げようとして、こんな暴挙に出たとしてもおかしくはねぇ」
「アイツならやるな。馬鹿だし……」
サムトロールの性格を知っているウィースラー派の学院生達は、冷静に性格を分析し答に辿り着いている。今の状況が自作自演であると完全に見抜いていた。
「お前等、喋ってないで手伝え! 俺達二人じゃ長くは持たんぞ!」
「傭兵やめようかなぁ……。こんなの割に合わねぇよ……」
護衛の傭兵二人は必死に魔物を倒しているが、次第に数が増えて来ている。
このままではいずれ力尽き、魔物の餌になるのも時間の問題であろう。学院生の魔法も精々中級魔法が使えるかどうかのレベルであり、魔力消費も激しい事から迂闊に使う訳にはいかない。
焦る彼等を嘲笑うかのように、魔物の数が徐々に増してくる。
「ここまでか……なら、今は力尽くで退路を開いて逃げるしかない。みんな、魔法を使うよ」
「仕方ねぇ……。できれば温存したかったんだがな」
デイーオ達はもう、なりふり構ってはいられない。
魔力を温存して窮地に立たされたら意味が無いのだ。ツヴェイトの救援に向かうには、目の前の魔物の群れをどうにかしなくてはならない以上、選択肢は残されていなかった。
どれだけの魔物が押し寄せて来るかは分からないが、今この場を切り抜けなければ救援を呼ぶ事が出来ない。ディーオは杖に魔力を込め、魔物に向けて魔法を放とうとする。
―――ドォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!
が、前方に群れ成していた魔物の集団が、強力な魔法によって吹き飛ばされた。
「大漁、大漁♪ 素材を売れば、しばらくは生活が安泰だね」
「イリス……いくらアタシでも、これほどの魔物は解体できないぞ?」
「魔石だけでも良いんじゃない? 売ればそれなりのお金になるよね?」
「解体している時間が無いんだが……。これだけ魔物がいたら時間が足りない」
攻撃していたのは、セレスティーナの護衛をしていたイリスとジャーネであった。
援軍が来たのは嬉しいが、イリスが使った範囲魔法の威力の高さに、ディーオ達は絶句していた。
「イリスさん、先に行かないでください。魔物の数が多いんですよ?」
「大丈夫、大丈夫♪ この森の魔物、弱いから私でも一撃で倒せるよ? セレスティーナちゃんも簡単に撲殺できるでしょ?」
「僕殺って言わないでください! 私が好んで鈍器を振り廻しているみたいじゃないですかぁ~」
「違うの? 普通はロッドを使うのかと思ったけど……」
そして、窮地を救ってくれたのがディーオが思いを寄せるセレスティーナである事を知り、彼は心に熱いものが滾るのを感じた。
まぁ、実際に助けたのはイリスだが……。
「セレスティーナさん……俺達を救うために……」
恋は盲目である。彼はセレスティーナ以外が目に入らなかった。
「どうでも良いですが、また他の群れが来ましたわよ? どうするおつもり?」
キャロスティーが指さした方向には、多くの魔物がこちらに急速接近していた。
この場にいれば、魔物同士の乱戦に巻き込まれかねない。だが、イリスは少し思案すると、両手を『ポン』と叩く。
「よし、面倒だからまとめて吹き飛ばしちゃおう♪ 『エクスプロード』」
「「「「「「え゛っ!?」」」」」」
―――チュドォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!
ラーマフの森で強力な魔法が炸裂し、森ごと魔物が消し飛ばされる事となった。
その後、森林火災になりかけたのを必死で防ぐイリスの姿があったが、自業自得である。
彼女は、次第におっさんに感化され始めている事に気付いていない。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「「「「・・・・・・・・・・」」」」
自作自演の救出劇を演出しようとしていたサムトロール達は、強力な魔法の炸裂を見て言葉を無くしていた。
本来ならばディーオ達の窮地に颯爽と現れ、魔物を蹴散らして彼等を救う手はずだったのだが、ここで大きな誤算が生じてしまう。
先ずは邪香水を使い過ぎて魔物が増え過ぎてしまった事だ。魔物など簡単い倒せるだろうと高をくくっていた彼等は、群れを成す魔物の数に恐れをなしてしまった。
次なる誤算がイリスの存在である。何とかディーオ達を救出しようと作戦を考えていた矢先に、横からあっさりと手柄を翳め取られたのだ。
そして、極めつけが【エクスプロード】である。
この魔法は四大公爵家の秘宝魔法を除けば、一般的に上位戦略魔法として扱われ、魔導士の奥義と言われる程の魔法にあたるのだが、まさか小娘の魔導士が使うなどとは思ってもいなかった。
しかも、ディーオ達の元に来るまで多くの魔物を葬り、それだけの魔法を行使しておきながら魔力切れすら起こしていない。これで絶句するなというのは無理な話だろう。
まぁ、実際は魔力を回復薬でチャージしながらここまで来たのだが、彼等にそんな事が分かる筈も無い。
「……何なのだ、この小娘は……。なぜ、あれほどの魔法が使える」
「知らないわよ……何にしても、私達の出番が無い事は確かね」
「あぁ……どう考えても宮廷魔導士レベルだ。【煉獄の魔導士】の弟子なんじゃねぇか?」
「あり得るな……。アレ……【エクスプロード】だろ? 明らかに格上の魔導士だぞ? あんなのが配下にいるのだとしたら、俺達ヤバくねぇか?」
尽く予定が覆され、サムトロールは怒りに顔を染める。
「ふざけるな!! クソッ! ソリステア公爵めぇ……あんな手札を送り込んで来るとは、忌々しい」
「ここは撤退した方が良いな。もう、何をやっても無駄だろ」
「そうね、帰った方が良いかも……。この分だと向こうも失敗する可能性が高いし……」
信じられないものを目撃し、血統派の彼等の中に動揺が生まれた。
無論ここにいる者達全てが血統は魔導士という訳では無い。中にはブレマイトの魔法で洗脳された者達も多くいる。だが洗脳魔法は精神の大きな揺らぎで歪が生じやすく、洗脳効果が解ける事に繫がりやすい。
イリスのエクスプロードは彼等に大きな精神の揺らぎを与え、洗脳されていた精神に亀裂を入れる事になった。結果、彼等は勝手に帰る準備を始めてしまう。
ブレマイトがいれば洗脳魔法を強化させる事が出来たのだが、彼がいない以上、洗脳下にあった学院生達は次第に自己意識を取り戻し始めてしまったのだ。
「待て! 何を勝手な……」
「うるせぇ! お前を信じてみればこの結果だ。やはりツヴェイトの方が正しかった」
「アンタ、私達を洗脳なんかしてないわよね? もしそうなら、これ以上付き合う義理は無いわよ?」
「全くだ……今思うと、色々おかしな点があるんだよなぁ~」
掛けられた魔法の効果が大きいほど、その魔法が解かれた反動も大きい。
彼等は未だに洗脳魔法の効果に影響を受けてはいるが、既にサムトロールに反抗する程に自己意識を取り戻し始め、明らかに敵対意識すら見せる者もいる始末である。
サムトロールが完全に孤立するのも時間の問題であろう。
「……チッ……ツヴェイトめ、この屈辱は必ず晴らしてやる……」
自分が悪いとすら思っていないサムトロールは、逆恨みを更にこじらせる事となった。
だが、この日以降、サムトロールの周りは誰も近付かなくなって行く。
それすらツヴェイトの所為にする彼は、どこまでも愚かであった。
 




