おっさん、かてきょす
朝の食事は静かであった。
朝食は決まった時間に部屋に運び込まれ、それまでに起きていなければ強制的にベットから叩き起こされる。
ついでに食事も味が薄く、お世辞にも美味いと云う訳では無いが、さりとて不味いと言う訳でも無い。
何とも言えない中途半端な味に少し落ち込みつつ、今日からの事を考えると更に頭が痛くなる。
昨日、思いがけないハプニングでセレスティーナの全裸を拝観してしまったゼロス。
その結果、爺さんが血圧が上がるほどにエキサイティングして迫り、ダンティスと共に必死で宥めるという試練を乗り越えた後であった。
問題はその被害者にこれから会う事である。
何しろゼロスは魔法を教える家庭教師として雇われ、更に二ヶ月ほどこの古城に滞在する事になる。
正直、気まずい事この上ない。
それを思う度に、何度目かの溜息を吐くのであった。
「……とは言え、ここでこうしていても仕方がありませんね。セレスティーナさんの部屋に行くとしましょう」
ゼロスは彼女から借りた教本や資料を見て、この世界の魔導士は魔法式に関しての知識が低い事を実感した。
「何処まで教えたら良いものですかね? 少なくとも、僕が作った魔法は教える訳には行かない事は確かですけど……」
ゼロスオリジナル魔法は燃費も良く、同時に強力であった。
しかもその威力はこの世界のレベルでは凶悪過ぎており、仮に戦争などに使われでもしたら多くの人命を無差別に奪う事になる。
もっとも、強力な魔法は相応のレベルが必要となり、ゼロスの魔法は一分を除いて少なくともレベル200は無いと行使できないほどに難易度が高く、この辺りは特に心配する必要は無いだろう。
どうもこの世界の摂理を見る限り、魔法式を深層意識に刻み込んだだけでは上手く魔法は発動せず、充分な理解が無ければ時折不発に終わる様である。
身体レベルとスキルレベルも関係しており、その相乗効果によって使える魔法が決まるようであった。
行使する魔法を解り易くに理解するのが呪文であり、同様に魔力を集める為の精神集中を促す効果がるが、それだけでは中途半端な魔法を行使する事になり兼ねない。
つまりはゼロスの魔法は魔法式を刻んだだけでは使う事が出来ない訳だが、いずれ理解されてしまうとその犠牲となる人命の膨大な数に上る事は間違いなく、決して無闇に広めて良い物では無かった。
また、行使できる魔導士が現れないとも限らないので、その辺りを慎重に踏まえて魔法を教えなければならない。
問題は――彼は教師などやった事が無いので、上手くセレスティーナに伝えられるか不安だった。
更に言えば昨日のハプニングの事もあり、出だしはあまり良好とは言えない状況だった。
別に少女に対して不埒な思いを滾らせる訳では無いが、相手がどう思っているのかは別問題である。
それゆえに気が重いのである。
そんな事を考えながらも、ゼロスはセレスティーナの部屋の前に着き、躊躇いを覚えながらも勇気を出してドアをノックするのであった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
朝食を済ませたセレスティーナは、自室で忙しなく悶えていた。
昨日のハプニングでゼロスに裸を見られ、彼女は羞恥に身もだえする程に恥ずかしかったのだ。
何といっても多感な年頃の娘であり、生まれて初めて成人を過ぎた男性の裸を直視した為に、彼女は悶々とした言いようの無い感情に捉われていた。
(御爺様とは違った……)
敢えて『どこが?』とは言うまい。
要するに、彼女はむっつりだったようである。
昨夜のゼロスの裸が脳裏にこびりついて離れないのだ。
「お嬢様……、そろそろ落ち着きませんと、ゼロス様に変な印象をお与えになられますよ?」
「でも、ミスカぁ~……やっぱり恥ずかしいです」
「お嬢様はそうでも、ゼロス様がその様に思っているとは限りませんよ? あの方にすればお嬢様は子供に見えるようですし」
「そ、そうなのですか?」
ミスカの言葉に、セレスティーナは少なからずショックを受ける。
彼女の容姿は実に愛らしいが、ゼロスの好みはもう少し成長していいて巨乳であればの話で、現時点では彼女は子供でしかない。
これが十代後半の歳であれば状況は変わっただろうが、今の彼女はお子ちゃま体型であった。
「まぁ、お嬢様が殿方に興味を覚えるのは良いですが、ゼロス様の様な方はいけませんよ?」
「な、なぜですか? 先生は魔術師としての才もさる事ながら、自ら魔法を開発するような有能な方ですよ?
それに……性格の方も申し分ないように思いますけど」
「話を聞く限りでは、ゼロス様は一見穏やかな方でしょうが、逆の視点から見れば恐ろしく冷血なお方です」
「冷血……?」
ミスカの言葉に対して、彼女は少なからずショックを受ける。
セレスティーナの目にはゼロスは優秀で誰よりも強く、他人に気配りをできる様な冷血とは程遠い人物であった。
「考えてもみてください。戦場を転戦して魔法の実験を繰り返していたのですよね?
それはつまり、自分の魔法の成果を確かめるためならどんな犠牲や危険も厭わない。むしろ嬉々として危険な場所に飛び込んで行く危険な一面も持ち合わせているという事です。
戦場の戦士達や魔物は彼にとっては良い実験材料で、情け容赦なく殲滅しては魔法の成果を確かめていたのですよ? 冷血と言うよりは冷酷……。かなり残酷なマネも平気でするような危険な人物でもあります」
言われてみれば確かにそうである。
セレスティーナは表面的な人物像を見ていただけで、別の視点から見ればゼロスは狂気的な行動を繰り返している事になる。
優秀さに目が行きすぎて、異なる視点から見る事が出来なかった。
それ以前に魔法が使えるようになって浮かれていたという面もあるが、改めて言われる事で気付かされる事であった。
「ですが、静かに暮らしたいと言っておりましたけど……」
「歳を重ねて行くにつれ思う事があったのでしょう。人はいつまでも同じ場所に留まっている訳ではありませんから」
「何か……やけに重みがある様な気がするのですが……」
「経験の差です。お嬢様」
ミスカの表情にはどこか暗い影の様な物が見える。
「ミスカ……たまに思うのですが、今の御歳はおいくつなのですか? 以前から気にはなっていたのですが……」
「女性に対して年齢を聞くのはいけませんよ? 例え同性でも……」
聞いてはならない事だと悟るには充分な、危険な気配をミスカは放つていた。
―――コン、コン。
『失礼します。ゼロスですが、入室は今大丈夫でしょうか?』
「き、きたぁ~~~~っ!」
「お嬢様、出来るだけ落ち着いて、なるべく挙動不審にならないようにしてください」
「が、頑張ってみましゅ……」
「あ、咬んだ…」
多感な少女は、先ほど自分が何に悩んでいたのかを再び思い出してしまった。
そして思い出す、ゼロスのヌード。
彼女の初日の授業は、こうして悶々とした状況の中で始まるのだった。
◇ ◇ ◇ ◇
部屋に入室したゼロスは、借りた教本の中から一冊取り出し、それをセレスティーナに渡す。
「今日は初めての授業なので、魔法文字から始めたいと思います」
「魔法文字ですか? 未だ解読できない神聖文字だと言われているのですが、先生は既に解読出来るのですよね?」
「えぇ。これは言葉であり、同時に回路でもあり、魔力に干渉し集めるための媒体でもあります」
「それは知っていますが、私に覚えられるのでしょうか?」
「理解してしまえば簡単ですよ? そこまで行くのが色々と面倒ですけどね」
魔法文字は56の文字と10の数字を現す文字が存在する。
56の音階は一つの記号でもあり、それを並べ言葉を作る事で意味をなす。
つまりは、読み方や発音のニュアンスは異なるが日本語で解読でき、意味が解ってしまえば実に単純なのだ。
まぁ、時折英語やフランス語、スペイン語やドイツ語……果てはスワヒリ語まで入るのだから面倒この上ない。
ゲームの最中に気付く者達は多かったが、難解な言葉のによるクロスワードで構築されているので、その解読には凄く手間取った記憶がゼロスにはある。
だが、この世界となると状況は変わり、現地での魔導士はこの言葉の意味を全く理解できないでいた。
文字の一つに意味があると信じ、文字だけで見ているので魔法式が解読できないのである。
文字に意味がある事自体は間違いでは無いのだが、魔法式に命令実行の言葉を刻み並べ魔方陣を構築し、更に積層にする事により強力な魔法を構築する事の意味を理解できない。
言うなれば、初歩で躓いて前に進めないのだ。
要するに、魔法式とは物理現象を引き起こすための言葉を作るだけであり、物理現象を知り尽くしていなければ魔法を作り出す事など出来ない。
「し、知りませんでした。まさか、これが言葉を作るための物だなんて……」
「数字とか記号の様に認識されているようですが、これは古代に使われていた言葉で文字一つに意味は無いのですよ。まぁ、魔力はわずかに動かせますけどね」
「先生はこの文字で魔法式を作っているのですか?」
「いえ、私はもっぱら数字の文字を利用していますね。56文字を使うとややこしくなりますから」
ゼロスは元の世界ではプログラマーであり、魔法構築はもっぱら電子の世界である0と1で構築していた。
意味さえ合えば魔法は発動し、何よりプログラムなので圧縮は可能。
限界ある潜在意識内を有効活用し、数多くの魔法を記録していた。
むしろ言葉の羅列で構築するよりも馴染みがあり、ゼロスはそれゆえに強力な魔法が構築できたのだ。
正し、ゲーム内のアバターではと言う話である。
余談だが、0と1で構築するプログラムは莫大な労力と、それに見合うだけの計算を行うコンピューターが必要となるが、ゼロスこと【大迫 聡】は独自に知り合いの伝手を頼り、格サーバーを借りてタチの悪い魔法を構築していた。
オンラインゲーム【ソード・アンド・ソーサリー】はパソコンの筐体とも連動させ魔法や装備を作る自由度の高い物であった為に、56音の魔法構築に飽きていた彼は、異なる方法で魔法プログラムを作り出してしまっていたのだ。
これがチートと言われればそうかも知れないのだが、ゲーム自体がこのプログラムを受け入れてしまう。
五人いた【殲滅者】の中で、彼だけがチートだったとも言えるのかも知れない。
マスターシステムである元国防電脳管理システム、通称【BABEL】は膨大な処理能力があり、ただの圧縮プログラムであった魔法式をゲーム内で使用可能と判断した。
それは、一般家庭のPCでは処理できない計算を行う優れたものであるという事だが、それ程の大規模なコンピューターを作れば相応の金が掛かる訳で、結局は完全に完成せずに民間会社に売られた背景がある。
【大迫 聡】の生きていた時代は、一般家庭のPCの処理容量が現代よりも遥かに優れていた。
当然、彼の使っているPCも自作で作り出したもので、市販の物よりも処理能力が格段に優れている。
そんな高度電子時代に生きていた優秀なプログラマーが、なぜリストラされたのかは甚だ疑問である。
「数字文字だけでですか? そのような事も可能なんて……凄い」
「その分、手間と時間は掛かりますが出来てしまえば後は楽です」
「私にできるのでしょうか?」
「答えが出てしまえば解読なんて簡単ですよ。そうですね……試しに『トーチ』の魔法を分解してみましょう」
火属性魔法の初歩『トーチ』は、明かりだけを燈すだけの魔法である。
自身の魔力を燃料、外界魔力を火を生み出す媒体として使用し、更に空気としての調節をする魔法式で構築されていた。
火は燃料と酸素が無ければ化学反応を起こさず、熱を持つ事は無い。
例えば都市部のアスファルトも温度が過熱され続ければ燃えるのだから、機能を優先すればどうしても制御面が重要視され、温度調節の魔法式で大半が占められるのは当然の理であり、安全性を重視しているが些か嵩張る魔法式である。
だが、解読し終えた魔法式はセレスティーナに新たな世界の扉を開く鍵となりそうであった。
「このように、魔法とは機能を優先して作られた物でして、術者に対しての安全面が極めて重要になります。
例えば、自分の攻撃魔法で自分が怪我をしては意味が無いでしょう? 魔法と云うものを生み出した方々は、苦心の末に漸く此処まで辿り着けたという事です」
「ただの明かりの魔法でも、相応の手間暇が掛かっているという事ですね?」
「そうですね。ある程度の術式が解読できれば、他の不明慮な術式もニュアンスで解読できそうですし、それでも分からない時には他国の言葉を利用してみるのも良いでしょう」
「エルフ語とか、ドワーフ語ですか? 確かに言語辞書はありますが……なるほどぉ、面白いですね?」
「パズルの様な物だと思えば良いのですよ。その方が楽しく解読できますから」
セレスティーナは魔法式の事は理解できた。
ただ、今度は別の事に気を取られる事になる。
「でも、言葉で現象が起こせるなら、なぜこの様な魔方陣にする意味があるのでしょうか? 現象を引き起こすだけなら魔法文字だけでも足りると思うのですが?」
「魔方陣は魔法に必要な魔力を現象として構築する為の、いわば卵の殻の様な物です。
この魔法陣内に必要な魔力を集め、現象へと転換し、更に発現させる工程を一纏めにする区切りと考えれば良いでしょうね。集めた魔力が拡散しては意味が無いですから」
発動効率を考えられた魔法は、たとえ小さな物でも無駄が無く芸術と言っても良い。
分解された魔法の姿を見て、彼女は好奇心が大きくなってゆく。
「先生の魔法式はどのような物なのですか? 凄く興味があります」
だが、その好奇心はやがてゼロスの魔法にも向けられた。
それは同時に恐怖と向き合う事となる。
「僕の……ですか? そうですね……ここで魔法の危険性を知っておくのも良いかもしれません」
「魔法の危険性……ですか?」
「えぇ……突き詰められた魔法は確かに芸術と言っても良いでしょう。しかし、同時に多くの命を奪う極めて凶悪な物でもあるのです。僕の魔法はその最先端になるでしょうね」
そう言いながらも掌に魔力を集め、魔法式を顕現させた。
それはあまりにも大きく、同時に禍々しくも神々しい両極端を内包した物であった。
巨大な球体には恐ろしく精緻で高密度な魔法文字が常に高速で循環し、その密度は初歩の魔法とは比較にならない程の圧倒的に異なる。
芸術的でありながらも、同時に背筋が凍るほどの強力な力を秘めているのだ。
それは、放たれる膨大な魔力からも嫌でも感じられた。
「・・・・・こ、これは・・・・・」
「僕の最大魔法【闇の裁き】の魔法式ですよ。これが発動すれば、この辺りは瞬時に消し飛ぶ事になるでしょう。
これが魔導士の危険性です。強力な力は持っているだけで充分脅威ですし、他国から見れば何としても手に入れたい宝に見えるでしょうね。
仮に発動すれば、その被害は想像を絶するほどであるというのに……」
「こ、これは・・・・・・どのような魔法なのですか?! 周囲が消し飛ぶって、いったい…」
「広範囲殲滅魔法。文献で邪神が使用した力を基に作り上げた、最大級の破壊魔法ですよ」
破壊魔法と言う言葉に、少女は恐ろしい物を見たような驚愕の表情を浮かべていた。
文献云々の綴りは出鱈目だが、概ね間違ってはいない。
「分かりますか? 確かに魔法を作るのは楽しいですが、行き過ぎた好奇心はこのような危険な物を生み出してしまうのです。
そして……多くの権力者はこの手の魔法を喉から手が出るほど欲しているのですよ。その齎す被害の大きさを考えもせずにね」
国が乱立するこの世界において、破壊魔法は多くの国が研究している物の一つである。
強力な魔法があれば他国からは攻められず、同様に侵略行為を増長させるのだ。
その結果、多くの尊い人命が奪われ、大地は無残な姿を晒す事になる。
「好奇心に刺激されて魔法を作るのは良いですよ? ですが、破壊魔法に手を出すのは止めておきなさい。
その結果で齎されるのは悲劇しか無く、殺され者達の親族から憎悪を向けられる事になるのです。
更にその憎しみは同じような破壊魔法を生み出し、終わりの無い泥沼の様な戦争が続けられる事になる。
これが魔法の危険性であり、決して他者に与えてはならない禁忌と思ってください」
魔導士の派閥も、元を正せばこうした破壊魔法の使用を食い止めるための安全装置であった。
しかし、いつしか派閥同士が争う事になり、各門派が互いに敵視し権力を求める様になってしまった。
同時に功績を得るために戦争を望むようになり、中には他国と通じて暗躍する者達が出る始末である。
「魔導士は決して権力を持たず、常に中立であるべし。僕はそう思いますね。
破壊魔法以外にも魔法の使い道は有りますし、戦争だけが魔法を使う場所では無い。他にもやれる事が沢山ある筈です」
「破壊以外で、ですか?」
「えぇ……他者に幸せを運ぶ様な魔法、そんな物があっても良いと思うんですよ。暮らしを豊かにするようなね」
セレスティーナにとって、魔法は国を守るための戦いの道具であった。
その戦いの力が無いために、彼女は冷遇される事になったのである。
だが、その力を手に入れた時、セレスティーナの肩には途轍もない重責が圧し掛かった事を自覚した。
戦えるという事は有事の際は戦場に向かい、敵を倒すという事である。
敵とは同じ人間である可能性が高く、殺人に対して強い嫌悪感が湧く。
なまじ目の前に強力な魔導士がいるだけに、彼女はいっそう自分の力に対して向き合う事の意味が重要に思えた。
「セレスティーナはさん……あなたは、どんな魔導士になりたいですか?」
「えっ?」
「魔導士が戦えば必ず人が死にます。ですが、それだけが魔導士の全てではありません。
重要なのは、自分がどんな魔導士になりたくて、どれだけ目標に向けて努力できるかという事ですよ?」
「わ、私は……戦うためだけの魔導士にはなりたくありません。けど……」
「目標が定まらないのなら、先ずは自分の周りを良く見つめる事です。同様に自身も見つめ、常に己の在り方を考え続けるしか答えは出ません。
僕はあなたに対して魔法を教える事は出来ますが、明確な道を示す事は出来ませんよ。それほど偉そうな事を言える立場では無いですからね」
所詮はゲームの……ましてや神に与えられた借り物の力である。
そんな力に酔い痴れるほど彼は傲慢では無い。
何より、ゼロスはこの力に対して危険すぎて手に余るほどだと感じていた。
好き勝手に使いまくれるような力では無いのだ。
だが、セレスティーナから見ればゼロスは正に魔導士の理想形に思えた。
力に溺れず他者に組しない生き方は正に中立であり、魔法は教えるが、肝心の研究成果を他人に明け渡す気が無い姿勢は高潔さに映る。
更に自身の力に対して常に正面から向き合い、その危険な力に対して常に厳しい態度で責任を背負っている様に見えるのだ。
ここに来てやはり勘違いが生まれ、セレスティーナは益々ゼロスを心酔する事になるのだった。
ゼロスはただ、破壊魔法に目を奪われなければ良いと思っただけなのに……
「さて、そろそろ座学はこの辺りにしておきましょう」
「そうですね。私もこの後に習い事がありますので、他の先生方の教授があります」
「明日は実技で魔力を消費しましょう。簡単なゴーレムを製作しますから、それを的にしてレベルアップと行きます」
「ご、ゴーレムですか?」
「えぇ、魔導士の作ったゴーレムを倒しても経験は入りますからね。人造の魔物の様な物でしょうか?」
「よろしくお願いします。先生!」
セレスティーナは魔導士の道を歩み始めた。
その結果がどうなるかは未だわからないが、彼女は最高の魔導士への高みを目指してを進む事になる。
大賢者ゼロスの背を追って……。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
セレスティーナはにとって、その日の授業は実に濃密な物であった。
魔法式の解読法、更にはそれを上回る高密度の魔法式。
何より考えさせられるのは、魔導士としての自分の在り様である。
彼女は今まで魔法が使えず、ただ漠然と魔法が使えるようになりたかっただけであった。
それは決して無駄な努力では無く、結果としては【イストール魔法学院】ではトップの成績を収めている。
しかし、魔法の使えなかった彼女は同時に落ちこぼれのレッテルを張られ、周りの目は侮蔑と嘲笑のそしりを受ける羽目となった。
それでも諦めず、自分が魔法が使えないのは魔法式に問題があるのではないかと調べ始めた矢先、ゼロスと出会う事になる。
彼女の考えは正しく、同時に未知なる世界を見せてくれただけでなく、更にはその危険性を提示してくれたのだ。
学院では決してそのような事は教えず、何に対しても威力のみが優先され、魔法に対しての心構えなど教えてくれる教師など皆無であった。
ましてや自分がどのような魔導士を目指すのかなど考える時間すら与えず、ただひたすら魔法を撃ってはその威力を査定する毎日であり、そこに将来を憂う暇など無いに等しい。
逆に言えば、毎日単調な授業の繰り返しで、生徒を成長させようという試みも意思も皆無なのだ。
才能あれば不完全な魔法式でも発動し、それ以外は落ちこぼれとして切り捨てる。
確かに魔法を毎日使い続ければ保有魔力も増えるだろうが、それ以外に何の利点も無い。
教育者としては完全に駄目な方向で、更には学院内で派閥抗争を繰り広げているのだから始末に悪い。
派閥の異なる生徒は冷遇し、同門なら優遇するのだ。
これで権力があれば更に贔屓の目は高くなり、セレスティーナが未だに学院を追い出されないのは、各派閥がソリステア大公爵家の権力を求めているからに他ならない。
現に二人の兄弟が各派閥に所属し、現在二大派閥のトップの旗印になっていた。
下手をすれば後継者争いになり、領内で内乱を引き起こしかねない状況である。
その程度で済めば軽いもので、傍流とは言え王族の血統であり、王位継承権もある事からその引き抜きは熾烈を極め、一歩間違えばこの国は王位継承権を賭けて内乱に発展する事だろう。
その隙を諸外国が見逃す筈が無い。
そんな連中が権力を振り翳す学院が、彼女には実に矮小で浅ましい物に思えるのだった。
「教師達が先生みたいだったら良かったのに……」
物心ついた時から醜い物を見せられ続けた彼女にとって、学院がさほど重要な場所には思えなかった。
何しろ欠陥が在る魔法式を推奨し、その欠陥にすら気付かない教師達は多く在籍している。
ゼロスと比べたら遥かに格下であり、そんな連中が権力争いしている派閥事態に対して魅力が感じられない。
そんな場所に、二か月後には戻る事になると思うと、彼女の気分は落ち込む一方であった。
「おぉ、ティーナ! 今、授業が終わったのか?」
「御爺様! はい、実に解り易くて楽しい授業でした」
「それは良かった。どのような事を教えて貰ったのか聞いても良いかのぅ?」
「はい。ダンスのレッスンには、まだしばらくは時間がありますし、少しだけなら余裕がありますから」
「うむ。隠居すると、コレしか楽しみが無いからのぅ」
孫娘との語らいは、クレストンにとって最高の娯楽であった。
ただ、些か溺愛し過ぎている気もするが…。
そして語り合う二人だったが、当初は孫娘の話にホクホク顔のクレストンの表情が、ある時から険しい物へと変わる。
それは広範囲殲滅魔法【闇の裁き】を聞いてからの事であった。
そんな事とは知らず、セレスティーナは楽しそうに授業内容を語っていた。
「ふむ……魔法式の解読方法か、ティーナよ……その事は絶対に人に話してはならぬ。特に派閥連中に対してはな」
「分かっています。もし知ったら碌な事にならない事は自覚してますから」
「うむ、しかし広範囲殲滅魔法……邪神の力の模倣か、凄まじいな」
「はい……正直怖くなりました。先生はあのような危険な物を背負っているのですね」
「自らの危険性を知るからこそ、決して表には出ぬのじゃろう」
クレストンはゼロスの狂気的な研究の凄まじさと、同時に教師としての在り様を秤にかけている。
国に属する重鎮としては放置するには危険であり、何かにつけて鎖で繋ぎ留めなくてはならない程の脅威であった。
その反面、教師として見れば非常に優秀であり、孫の将来を見据えて魔法の危険性を説いたばかりか、どのような魔導士を目指すのか自分で考えさせる素振りを見せている。
魔導士の大半は国に軍属し、その彼等を牛耳るのが各派閥である。
戦う事が前提にあり、それ以外の道は無いとばかりに切り捨てる程の交戦的な方針を立てていた。
だが、ゼロスは『人を豊かにする魔法があっても良い』と言い切り、民の暮らしのための魔法を模索するような話をしてきていた。
これを鑑みるに、無理にでも軍属にすると敵対意思とみなされ、下手に突けば直ぐに姿を暗ませるだろう。流石にこれは優秀な魔導士の損失でる。
同時に戦事以外の事であるなら十分に協力してもらえる印象を受ける。
ソリステア魔法王国とは名乗っていても、事実上は軍事国家の傾向があるため、無茶な真似は死活問題に繋がりかねない。それ故に優秀な魔導士の後継者はどうしても欲しい所であった。
ましてや民に貢献できる魔導士など考えてみた事も無かったため、目から鱗が落ちた気分だった。
「民のための魔導士……権力は不要か。流石にそれだけでは漠然とし過ぎておるな」
「ですが、もしそんな魔導士がいれば、この国の民にも魔導士達を快く受け入れてもらえると思います」
「うむ、実情は民に傲慢な態度を取り、非難される連中が多いからのぅ」
魔導士は傲慢な貴族と同じくらい嫌われていた。
そのため国からも厳重に注意勧告を受ける事があるのだが、批難した所で傍にいる貴族連中がそれを握り潰すのだ。
ある意味で国賊とも言える行為なのだが、事実上国を動かしているのは国王では無く貴族の官僚であり、不正すら賄賂を贈る事で簡単に痕跡を消して貰っていた。
「全く……頭の痛い問題じゃわい」
「いっそ、先生が筆頭になって魔導士を取り締まれば良いと思うのですが…」
「ゼロス殿はそんな事はせぬじゃろう。敵対して来たらどうなるか分からぬがな」
命の恩人に対し、重責を押し付けるには不敬である。
更に『静かな土地で隠棲したい』と言っている以上、無理強いは出来ない。
しかし、ゼロスの株は急激に上昇中。
元大公爵は国の今後を思うと、魔導士達の派閥改革に頭を悩ます事になった。
楽しい筈の孫娘の会話は、こうして政治的な話に繋がってしまったのである。
隠居の爺さんは職業病が抜けきらない様だった。
因みにゼロスは別邸の庭にある畑で農作業に精を出し、今日という一日を終えるのであった。
彼は根っからの趣味農民なのである。