おっさん、仕事を忘れ趣味に没頭す
「俺達……何で森の中にいるんだろうな。野営地では旨い飯が出るのに……」
「知らないわよ! 文句ならサムトロールに言いなさい!」
「ツヴェイトの奴が、サムトロールを甘いと言ってたけど……当たってたな。食事も非常食だし、本当に来るのか? 殺し屋連中……」
血統主義派である青少年達は、ラーマフの森に向かう途中から道を外れ、遠回りをする形で学院の野営地の反対側に拠点を作っていた。
彼等は【ヒュドラ】の暗殺者を手引きする役割なのだが、行動が場当たり的で何の準備もしておらず、食料や野営に置ける必要な機材を持ち込んではいなかった。
幸いテントと非常食があったが、それも長くは持ちそうにない。考えなしの行動が実に愚かすぎて同情する気が起こらない事だろう。
だが、合流地点を決めたのはサムトロールであり、彼等はただついてきただけであったが、何故かサムトロールの言葉に従うのかまでは深く考えていない。
ブレマイトの魔法により暗示が掛けられ、疑問に思わない様になっていた。だが、この手の魔法は定期的に暗示をかけ続けなければ効果が薄れ、やがては解けてしまう。
幸いなのかどうか判らないが、しばらくは彼等の暗示は切れそうになかった。
「来たぞ……あいつらだって、なんだぁ!?」
彼等が目を向けた先には、ピンクの東方衣装に身を包んだ少女と、騎士鎧を着た少年。そして黒いマントに同色のイブニングドレスを着た、成金趣味丸出しの装飾品を身に着けた派手な女が並んでこちらに向かって来ていた。
見た目は完全に色モノである。暗殺業のする格好では無い。
「おい、サムトロール……あんなので大丈夫なのかよ」
「知らん……。だが、腕は確からしい」
黒いドレスの女は、人の良さそうな笑みを浮かべてこちらにやって来る。
「お待たせ~。正直、道に迷ったわ。全く、こんな草の生い茂る場所を合流地にするなんて、女に気を使えない様じゃ男失格よ?」
「黙れ! お前達は言われた仕事をすれば良い。にしても……何だ、その二人は?」
「私の護衛よ。ラインハルトと名無しちゃん、ヨロシクね」
「ふざけてるのか? こんな派手な奴等と三人連れで、目立ってしょうがないだろ!」
「でも、強いわよ? あなた達を皆殺しにできるくらいにはね。フフフ」
見た目はともかく、手練れと聞き彼等は直ぐに青褪める。
確かに三人は色モノだが、装備している物はどれも一級品であり、血統主義の様な極貧裏派閥には購入できない程だ。更に魔道具らしきものも多数身に着けており、2~3個売れば数年は遊んで暮らせるだろう。
「なぁ、シャランラの姐さんよ……。全員が俺と同年代なんだが、こいつ等が考え無しの面倒な仕事を頼んで来たのか? 迷惑な話だ。まぁ、俺は自由になれるから良いけどさ」
「そうよ? 何のプランも考えずに『殺せ』としか言えない馬鹿な子達。公爵家の御曹司を始末すれば、自分の首が飛ぶ事を理解していない不憫なお馬鹿さん。まぁ、これもお仕事だから」
「……面倒。ご飯が食べれるなら、やるけど……」
「簡単に人殺しを受けちゃうのね……。まぁ、お金になるならやるしかないわね。で? ターゲットの状況はどうなの? 護衛は何人いるのかしら?」
シャランラはサムトロールに、標的であるツヴェイトの護衛体制を聞く。
だが、サムトロール達は一斉に複雑な顔をし、何かが喉の奥にに詰まっているかのように口ごもる。
「どうしたの? 護衛はどれくらい居るのか聞いているのよ? まさか、調べてないとは言わないわよね?」
「それなんだが……妙な事になっている。護衛は学院で雇った二人しかいないんだが……厄介な生き物が周りを固めていてな。それが恐ろしく強い」
「厄介な生き物?」
「あぁ……信じられない事だが、ワイルド・コッコだ……」
「「ハァ!?」」
ワイルド・コッコは比較的弱い魔物だ。喩え強くなったとしても、それはあくまで進化した時であり、さほど手古摺る様な魔物では決してない。
だが、サムトロール達はかなり深刻そうな表情を浮かべ、全員が頭を抱えていた。
「お前等……あのニワトリにすら勝てねぇのかよ。情けねぇ~」
「だ、黙れ! ただのワイルド・コッコなら俺でも簡単に殺せる!! だが……アレは異常だぁ!!」
「雇った盗賊共の半数を惨殺にしたしなぁ~……」
「あれ、絶対に亜種か変異種よ!! 強さの次元が桁違いじゃない……」
「化け物だ……。アレは絶対にコッコじゃねぇ!!」
ラインハルトの一言に対して、血統主義派の学院生達は完全否定する言動を口々に言いだす。増々意味が分からない。
そんな怯える血統主義派の学院生達とは対照的に、ピンクの忍少女は目を輝かせていた。
「嘘だと思うなら、この魔導具で見せてやる」
サムトロールは水晶玉を取り出すと、そこに封じられた画像を空中に投影させた。
【時封じの宝珠】と呼ばれる、言わばデジカメみたいな魔道具である。無論、旧時代の遺物だが。
その映像を見て、シャランラとラインハルトは開いた口が塞がらない。
映し出されたのは、盗賊を無慈悲に殲滅して行く三羽のニワトリ達。動きが追えないくらいに速く、目を離した次の瞬間には盗賊が無数に宙を飛び、惨殺され、一撃で必殺されて行く。
「何だコレ……冗談だよな? どうみても、コッコの強さじゃねぇだろ……」
「厄介ね……隠密遠距離、打撃、剣技、全てが揃ってるし、盗賊達が相手になっていないわ……。どれだけのレベルなのよ……」
しかも技が多才で動きが掴み辛く、更に小回りも利く上に空も飛ぶ。何処から攻撃を仕掛けられるか分かったものでは無い。
「強さの次元は私達と同等、そう思った方が良いわね。これにテイマーがいるとしたら、どれだけの強さか分からないわ……」
「いや、絶対に傍にいるだろ。テイマーが居なければ、こんな猛獣手に負えねぇし……」
「……コッコちゃん。カッコイイ♡」
六十人はいるだろう盗賊達が、五分と掛からずに殲滅されるその光景は圧巻。無敵のニワトリ達である。
正直、相手にしたくない程に厄介だった。
「こいつ等、ヤベェ……どう見ても異常だぞ」
「こうなると、標的を孤立させるしかないわね。幸いその手の魔道具は持っているし、何とか引き離すしかないわ」
「だが、このニワトリが出てきたらどうすんだよ? 面倒だぞ?」
「標的自体は大して強くはないでしょ? たぶん、そこの坊やたちと同等。一撃で仕留めれば良いわよ」
「なるほどな……この世界の連中は、何故かスゲェ弱いからな。……時間を稼げれば楽勝か」
プランはある程度固まったが、不確定要素が多過ぎた。
コッコがどれだけの強さなのかは未知数。更に飼い主が傍にいるとなると、その相手はどれほどの強さか分からない。少なくともコッコ達よりは強くなければおかしいが、情報不足が不安である。
「後、できれば他の奴等を窮地にしてほしい。そして奴等を俺達が救出する」
「なるほど、自分達の評価を高めておきたい訳ね。でも、そんなに上手く行くかしら?」
「お前達は俺らの要請に応えれば良い。それが仕事だろ!」
「偉そうねぇ~。自分でやれば良いじゃない、人を頼り過ぎても失敗するわよ?」
「五月蠅いぞ! 良いからやれって言ってんだ!!」
「大声で怒鳴れば大人しく言う事を聞くとは思わないでね? 私達は坊やに何の義理も無いのよ? ここで殺しても別に問題は無いし……」
「うっ……」
サムトロールには後が無い。ここで自分の株を上げておかねば、ウィースラー派を乗っ取る事が出来なくなる。
ここに来て名誉欲が出てくるのは彼らしいが、それが致命的な事に繫がる等とは思っていなかった。
彼は知らない。このコッコ達の主が非常識な強さを誇る存在である事など。そして、それがツヴェイト達の師である事など分かる筈も無かった。
情報不足は、時として足元をすくわれる。ある意味ではシャランラ達の方が情報を読み取る目があると言えるだろう。
何にせよ、事態は静かに動き出していた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「うぅ~~~ん、良い朝だ。実に良く休めましたねぇ。背中が痛いし……」
「師匠……昨日帰って来てから、今まで寝てたのか?」
「徹夜でしたからねぇ。君の後輩達は明日まで動けないでしょうし、今日は暇になる……護衛につけるかな」
「まさか、俺の護衛につくために無茶をやらかしたのか?」
「いえ、ぬるい事を言っている生意気な坊やがいましたからねぇ。身のほどを教えてあげただけですが?」
「だと思ったよ。やっぱり【あの頃】に戻っていたか……」
「最近……森に入ると、なぜか気分がアブナイ方に向かうんですよねぇ……」
ゼロスが帰還して次の日、学院の少年魔導士達は疲れで動けず、今日一日は安静を余儀なくされていた。
そうなると暇なのはおっさんであり、せっかく手が空いたのだから今日は森を散策する積もりでいた。もちろんツヴェイトの護衛を兼ねて近くに待機するが、いつ襲撃するか分からない相手に緊張状態を維持し続けるのは精神的にキツイ。
ツヴェイトとの距離を維持しつつも、ラーマフの森を散策する気でいた。
「師匠は、仕掛けて来ると思うか?」
「チャンスは今日と明日の二日ですよ? 君のパーティーが今日森に入るとなると、明日は安静にしていなければならないだろうし、間違いなく仕掛けてきますね」
「実戦訓練では無く、学院で仕掛けてくる事はないか? もしくは、明日の動けない時に……」
「それは難しいでしょうねぇ。学院自体は旧時代の結界魔法などを利用して、生徒を守る環境は整っている。学院に侵入するなら手続きが必要となり、何よりも人の目に付きやすい」
「あえて危険を冒す可能性もあると思うが、その辺りはどうなんだよ」
「裏の人間は顔がバレるのを恐れますからねぇ、そんなリスクは犯さないでしょう。仮にソレを行うのだとすれば、よほど狂信的な人達だと思いますがねぇ? 先ずは身の安全を優先しますから、明日仕掛けて来る事はないでしょう」
学院の詳細を記した書類をいつの間にか広げ、学院内での暗殺が可能かを調べたが、寮には侵入者に対しての警報装置ともいえる魔法具が壁などに埋め込まれ、魔法を使用して侵入しても自動的に排除される。
部屋に入る事が出来れば暗殺は可能だが、そこまで行くのが困難だ。部外者は目立つし、何よりもソリステア公爵家が護衛をつけていない筈が無い。
リスク的に言えば、この森で暗殺する方が成功率が高いのだ。
「しかし、どんな手を使って来るか分からん相手に警戒するのも疲れる。息抜きがしてぇ……」
「まぁ、僕が作った魔道具がしばらく時間を稼ぐでしょうが、完全に守り切れるわけではありませんからねぇ。遭遇したら直ぐに救難信号を出してください」
「わかった。俺も無茶はする気はないが、身を守るために戦う事になるかもな……」
「生き残る事が優先、逃げられないなら時間を稼ぐ事に集中した方が良いですね。後は僕が始末をつけますよ。生きて帰す気はありませんけど……」
「怖っ!?」
おっさんはかつて、PK職には冷酷だった。
他者を卑劣な手段で倒し装備を奪うような相手には、更なる非人道的な報復を実行していた。
そして、その時に使用した厄介な魔導具が、今もインベントリーの中に残されている。
「アレを使う事になるのだろうか……。是非とも効果を確かめて見たいが……う~ん」
「師匠? まさかとは思うが、ヤベェ魔導具を使おうなんて考えてないよな?」
「いやぁ~、使うのは相手を捕縛してからですよ♪ 身体能力を大幅に上げる魔道具なんですがね? 戦い続けるとやがて封じられた魔法が発動して自爆するんです。しかも魔物を引き寄せる上に、着脱不可能」
「それ……たまに発見される呪われた装備じゃねぇのか? つーか、何で楽しそうなんだよ」
「実験に使うなら、悪党の方が良心が痛みませんからねぇ……フフフ」
「ドSだ……相手も気の毒に……」
おっさん、既に殲滅モードに突入していた。
まだ相手を見ていないので、捕らぬ狸の皮算用ではあるのだが、そもそもレベル1000を超えてるゼロスの相手が出来るとは思えない。
単純な身体能力でも圧倒的な差があるのだから、並の相手では簡単にあしらう事が出来るだろう。問題はおっさん自身が自分の力を把握できておらず、軽い攻撃でもあっさり瞬殺できてしまうのだ。
うっかり殺しては『おしおきタイム』ができない。ここが実に厄介な問題であった。
『手を抜いて攻撃しても、相手によっては即死レベルですからねぇ……。最初から手加減を使って制圧して、縛り上げてから回復させ、色々と試作品を強制装備させて……フフフ。あの頃が懐かしい』
「師匠……声には出してないが、スゲェ悪い顔してんぞ?」
「えっ? ホントに? それはアブナイなぁ~……ポーカーフェイス、ポーカーフェイス……」
悪党には容赦が無いおっさんだったが、本人の方が更に悪党だという自覚を持っていなかった。
いま頭の中にあるのは、いかにして無力化し『おしおき』するかである。ツヴェイトがドン引きする程におっさんは楽しそうである。
「師匠……コッコ達よりもアンタが襲撃者を待ち望んでねぇか?」
『そんな事はない』と思いつつも、微妙に気まずい空気を感じるおっさん。
内心では待ち望んでいる自分がいる事に対し、否定できない事にちょっとだけ気付いてしまった。
【あの頃】から【殲滅者】に戻りつつあった。
◇ ◇ ◇ ◇
ツヴェイト達のパーティーは再び森へと踏み入った。
学院の行事としては、優秀な人材を育成する上で格上げは必要課題である。当然それは講師達の評価に繋がる事なので、格が上がりある程度の倦怠感から回復した学院生達は、強制的に再び森に行かされる事になる。
何しろ、この行事に参加しているのは成績優秀者とその真逆の劣等生だけであり、中間成績者は参加が自由意思に任せられている。
劣等生は単位を上げるために必死であり、優秀者は将来、魔導士団の幹部候補生として育成する必要があった。普通なら優秀な講師による講義を行い、クラス事に分け独自のカリギュラムで授業を進める方が効果的なのだが、講師陣営は中間クラスの魔導士が殆どで、下手をすると上位成績者の方が優秀だったりする。
派閥の幹部達や貴族からの要請など複数方面から板挟みになり、どうして良いのか分からず無難な方向に逃げた結果がこの実戦訓練である。そこに『傭兵を雇って護衛させれば大丈夫だろ』と、何の根拠も無い安心感に縋り、学院生の安全面を全く考えず傭兵ギルドに丸投げした適当さが窺える。
だが、講師陣営を責める事は出来ない。彼等は上にいる者達から常に無理難題を押し付けられ、ストレスで胃を壊す者も少なくはない。
睨まれれば裏で手を回され、普通の生活すら送れなくなる不安もあり、講師陣営は派閥を越えて互いに手を取り合い、妥協案を模索し続けるしか手が無いのが現状であった。
幸いと言って良いのかは分からないが、今のところは問題なく学院の体面は保たれており、少なくともそこそこに実力のある魔導士育成に効果があるのは事実である。
不憫な事に学院生はそんな内情を知らず、当たり前に受け入れ講義や行事を受ける事で精一杯なのである。逆に言えば何の変化も無いという事なのだが、こんな調子で今まで何の問題も無く学院が運営されて来たのだから、『今回も傭兵ギルドに任せておけば良い』と思うようになってしまうのも理解できよう。
教育機関は他人の子を教育する為に、常に外部から圧力を受ける事が多く、それは世界が変われども変わりない。しかし、今回も無事で終わる保証があるとは限らないのだ。
「ハァ~……今日が山場か。鬱な一日になりそうだ」
「ツヴェイト……何か心配事でもあるのかい? 力になれるかどうかわからないけど、相談になら乗るよ?」
「あぁ……サムトロールの馬鹿がどう動くのかが気になってな。血統主義派なんかとつるんで裏で動いているのは分かっているんだが、何をしでかすか分からん」
「血統主義派かぁ~。彼等、無駄にエリート意識が強いからね。ただ遺伝的に固有魔法を使えるってだけで、効果はさほどでもないのに偉そうだから」
「使える奴らもいるが、その殆どが国王直轄の機関に所属してるからな。そいつらの功績を自分達の物と勘違いしてやがる馬鹿共だし、増長してる奴等は始末に負えん」
「何で人の功績を、自分の物だって堂々と言えるんだろうね? 彼等が得た功績は個人の物だよね?」
「他人の功績に縋らなきゃ、自分達が惨めになるからだろ。欠陥魔法なんて何の役に立つ」
血統魔法を受け継ぐ魔導士の中で、中には強力な魔法を持つ者達もいる。
その者達は国王直轄の諜報機関や、特殊任務をこなす部隊に配属されている。しかも待遇も良く迎え入れられているのだが、そんな成功者たちの功績に縋り派閥を広げる者達がいた。
成功者達には迷惑な話であり、馬鹿な事をしでかしている連中からは距離を置いているのだが、彼らの名が勝手に利用されているために迷惑を被っていた。
人の功績は自分達の物という道理の通らない常識がまかり通り、良く魔導士団に『何とかしてくださいよ、いやマジで! あいつら、俺の名を勝手に使うんですよ? なぜか知らない酒場からツケを払えって来ましたよ。それも複数……』なんて、苦情とも嘆願とも取れる要請がきていたりする。
実力は無いのに厚かましくも図々しい連中であった。
「ある意味、サムトロールにはピッタリの派閥だよね……。血統主義派は正式な派閥じゃないけど……」
「まぁな。血統魔法も使い方次第だと思うが、その使い方を模索せずに他人に寄生するような真似をするから嫌われる。努力して成功した血統魔導士はいい迷惑だろ」
「成功者を裏切り者扱いだしね。しかも嫌がらせをしてるんだろ? 蠅みたいな連中だよね」
「全くだ。追い払ってもしつこく飛んで来やがる……。真面目な連中にはウザいだろうな」
血統主義派は言わばテロリスト予備軍である。
自分達こそが魔導士の正当なる血統と信じ、他人を斜めから見ては侮蔑する。そのくせ実力は無いのに偉そうな態度が鼻につき、自分達の主張を通す為なら他人を貶める事すら厭わない。
また、反抗する者には殺害する事すら平気で行い、裏社会にもコネがある事から実に面倒な連中なのである。困った事に国外の血統主義者達とも繋がりがあり、派閥としては小規模だが、裏の組織としては大規模なものであった。
「いずれは『旧時代の栄光を取り戻す』なんて言ってはいるが、古い文献だと奴等は魔法実験の結果生まれた失敗作で、元は犯罪者の子孫らしいぞ?」
「それを信じていない訳でしょ? 旧魔法文明の貴族の血統なんて言ってるけどさ」
「あぁ、そもそも旧時代は民主国家らしく、王族や貴族なんていなかったらしいしな」
「勉強不足な上に妄信している訳だ。それでも迷惑なのには変わりないけどね。サムトロールがそっちに行くのも良く解るよ……」
「アレで成績が良いと言うのが信じられん。噂じゃ、裏で手を回して成績を改竄しているらしいが、証拠が無い」
旧魔法文明の政治は古い文献から民主主義である事は判明している。しかし血統主義派はそれを認めず、今の王侯貴族達が捏造したと思っていた。
困った事に、四神の一柱が血統魔法の使い手に神託を与えたらしく、それが原因で血統魔導士が増長した事がこの混乱に一役買っている。その後、100年に一度の割合で血統魔導士達の反乱が起こり、その度に悲惨な歴史が繰り返されていた。
「おい、ツヴェイト……どうでも良いが、周りの警戒はしろよ」
「おっ、悪い。つい話し込んじまった」
「サムトロールの馬鹿に何かできるとは思えんが、気にし過ぎるとケガだけじゃ済まなくなるぞ」
仲間に注意を受け、ツヴェイトは周囲に目を向ける。
今だ魔物の姿はないが、ここは野生の生物が生存競争をする場である。少しの油断で致命的な失敗になりかねない。
野生の獣はときに潜伏し、ときに匂いで距離を図る。今も自分達を獲物と捉え、虎視眈々と隙を窺っているかも知れないのだ。
「ん? 何か……匂わないか? 甘いような……」
「何言ってんだ? ディーオ。俺には特に感じないが……」
「いや、風に乗って微かに甘い匂いが……何だろ?」
「匂いくらいで神経質になるなよ。俺達の目的は魔物だぞ?」
ディーオが風に流れてきた匂いに気付き、仲間達はそれを否定している。ツヴェイトもまた風に向けて匂いを確かめて見ると、確かに僅かながら甘い香りが流れて来る。
匂いに警戒する必要は感じないが、頭の片隅で何かが引っ掛かった。森で警戒すべき甘い香りには幾つかの種類があるが、大まかに魅了か魔物を惹きつける香りである。
『確か……師匠が以前、何か言ってたよな。甘い香りは獲物を引寄せたり、魅了する効果が高い物が多いだっけか……? マンイーターの仲間が似た能力を……マンイーター!?』
ツヴェイトはそこで思い出す。マンイーターの花弁を利用して作られる魔物寄せの魔法薬、【邪香水】を。
「ヤバい! お前等、ここから出来るだけ離れるぞ!」
「あ゛~ん? 何言ってんだツヴェイト……」
「たかが甘い匂いだぞ? 何をそんなに焦ってんだよ」
「馬鹿! もしかしたら邪香水かもしれん。魔物を引き寄せるアレだ!!」
「「「「!?」」」」
邪香水は甘い香りが特徴で、同時に魔物を興奮状態にする作用がある。普通なら魔物は種族特有のフェロモンに反応するのだが、唯一【リリス・マンイーター】と呼ばれる魔物は全ての魔物に対して強力な誘因作用を持つのだ。その花弁から作られる邪香水は、振り撒けば一部を除いて殆どの魔物を引寄せる強力な魔法薬であった。
当然その危険性から使用するには許可が必要となり、無断でそこら中に捲けば、それだけで首が胴体から離れる事になる。どの国でも危険な魔法薬として厳しく取り締まりが行われる程の物であった。
「正気か!? サムトロールの野郎、こんな物まで使うのかよ!!」
「文句は後だ! この場から逃げるぞ!!」
「おう! クソッ、あの野郎……学院で見つけたら袋叩きだ!!」
ツヴェイト達は一斉に振り返ると、野営陣地の方向に向けて走り出した。
この場に留まれば魔物の群れに囲まれるのは明白であり、いくら格が上がったとは言えども命に係わる。少しでも安全な場所に逃げる事を優先した。
だが、ツヴェイトだけは逃げなかった。いや、逃げられなかった。
「なっ!?」
急に体が重くなり、前に倒れたのだ。
「ツヴェイト!?」
異変に気付き振り返ると、目の前には何か白い靄がかかった様な壁に遮られている。
「これは……障壁? 違う、まさか……結界!?」
「ディーオ! お前は早く逃げろ!!」
「ツヴェイト!? けど、君はどうするんだ!!」
「俺の方は何とかなる! 結界があるという事は、逆に考えれば安全という事だ」
「し、しかし……これはどう考えても」
「安心しろ、この時の為に手は打ってある。それより、周りを良く見ろ! 魔物どもが寄って来てるぞ」
「クッ……必ず、必ず助けに戻るからな! それまで無事でいてくれよ!!」
断腸の思いで、ディーオはツヴェイトに背を向け走り出した。
ディーオが遠ざかるのを確認すると、ツヴェイトはゼロスから渡された指輪の魔力を解放した。これにより、自分の居場所はゼロスに伝わる事になる。
「それにしても……何が……!?」
急に体が重くなり倒れたが、よくよく考えれば何かに背中から乗りかかられた衝撃があった。しかも今もその重みはある。
ツヴェイトは確認するかのように背後に目を向けると、何も背負っていない筈の背に薄い透明の何かが浮かび上がって来る。それは次第に色がハッキリと現れ、やがて東方風の衣装を着た一人の少女が姿を現す。
要するに、女の子を背中におんぶしている様な状態なのである。
「……お前、誰だ?」
「…………おぎゃぁ……」
「……で?」
「……忍法、子泣き爺…………駄目?」
「いや……『駄目?』と言われてもよぉ……訳が分からん」
「「………」」
無言で見つめ合うツヴェイトと少女。妙な空気が漂う。
彼は忘れているが、この時ゼロスが制作したアミュレットは、敵と認識した相手や殺意に対して自動的に障壁を展開するが、殺意の無い相手には全く効力を発揮しないという欠点が浮き彫りになる。
だが、そんな事よりもツヴェイトは、この妙な空気を何とかしてほしかった。
今まで体験した事の無い、不思議な空気であった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
時間を少し戻す。
途中までツヴェイト達のパーティーの後ろを歩いていたゼロスは、よりにもよって……
「迷った……少し薬草を採取していただけなんだが、どうしたものか」
……はぐれてしまった。
辺りを見渡せば岩場が存在し、自分がどこに居るのかすら分からない。【魔法符】を使おうとも思ったが、森の木々が生い茂り上空から探索するのも一苦労である。
「さて、どうしたものかねぇ。まぁ、いざとなれば奥の手があるが……うん?」
ふと岩場を見ると、何やら光る物を発見する。
どうやら何かの鉱石らしく、掘り出してみなければわからない。おっさんはすかさず鶴嘴を取り出し、岩に向けて振り下ろす。
岩を粉砕する音が辺りに響きわたった。
「これは……マナダイト鉱石。魔道具に利用できますねぇ……こちらは【フレア・サファイア】、魔宝石に加工すれば炎系魔法の威力を増加させる事が出来る」
そして、おっさんは嬉々として鶴嘴で採掘を始めた。生産職の血が疼いたのだ。
一度行動に移すと、もう止められない。振るう鶴嘴は次第に早く、鋭くなり、まるで削岩機を使用しているかのように岩場に穴を穿ち、突き進んで行く。
こうなると破砕と言っても過言ではあるまい。崩した鉱石は魔法で外に集め【鑑定】すると、殆どが鉄鉱石なのだが、ごく稀に宝石や【マナ結晶石】などの希少鉱物も発見できた。
「マナ結晶……【精霊水】に漬けて圧縮すれば【人工精霊結晶】が出来ますねぇ。できれば天然の方がいいんですが……【エーテル培養液】の方に使うかな? う~ん、悩ましい……」
マナ結晶に属性魔力を封じる事で【人工精霊結晶】が作れるが、天然の物に比べれば効果が今一つ。【エーテル培養液】はホムンクルスを培養するための物で、マナ結晶を溶かし、複数の魔法薬と混ぜる事で作れる。
正し、魔力は拡散するものであるから常に魔力を充填する装置が必要になり、それは既におっさんは作り上げていた。
「カエデさんの髪から精霊因子を抽出するには、やはり天然の物を利用した方が効果は高いだろうし、やった事はないが邪神石からも同じ事が出来るはず。少なくとも大きめの精霊結晶が二つは必要か……」
以前、鉱山で採掘した時は金属の鉱石が多く採掘出来たが、この場所は錬金術で使う様な媒体鉱石が多く産出する様である。本来なら傭兵ギルドに報告する義務があるのだが、おっさんはそもそも傭兵と言う仕事に対して何の思い入れも無い。
「素材は多い方が良いか。もしかしたら、天然の精霊結晶が出てくるかもしれん。うははははは!」
上機嫌で鶴嘴を振るい、採掘作業を再開する。
この作業は、ツヴェイトから救助要請が来るまで続けられた。こうして、おっさんの【嫌がらせ計画】は少しずつ進んでいく。
【ソード・アンド・ソーサリス】の時の悪い癖が出たのか、採掘作業に没頭するのであった。