おっさん、少年達の護衛につく
予想通りか、ゼロス達はツヴェイトの護衛に就く事は出来なかった。
くじ引きで決められた警護対象者は全く関係の無い者達で、暗殺護衛対象であるツヴェイトが完全に浮いてしまい、全ては頼もしきニワトリ達に委ねるしかない。
問題なのは、ウーケイ達三羽は戦闘に熱くなり過ぎる傾向が強い事だろう。
彼等は強者を求め、己の高みへと向かう事に関しては恐ろしく前向きで、立塞がる者は遠慮なく闘いを仕掛ける好戦的な性質を持っている。
逆に言えば、戦闘に夢中になり護衛の事を忘れる可能性が高く、されど頼みの綱は彼等しかいないのが悩ましい。期待して良いのか些か不安が残るのだ。
「さて……何と言えば良いものか」
一般的にワイルドコッコは気性は荒いが弱い魔物である。
亜種で全く異なる魔物に変質しているウーケイ達だが、見た目はただのワイルドコッコなのだ。護衛だと言われて納得できるとは思えない。
幸い盗賊を殲滅しているから強い事は知られているが、だからと言って信用できるかと問われれば微妙な所であろう。何しろ魔物である。
言葉を理解するとは言っても、多くの者達は犬か猫のような感覚で考えるだろうし、護衛としても優秀だと胸を張って言う事が出来ないのだ。
ニワトリだからだが……。
おっさんは、足取り重くツヴェイトの元へと向かう。
「師匠?」
ツヴェイトはゼロスに気付き、少し足早に此方へと向かって来た。
「ツヴェイト君……悪い知らせだ」
「師匠が護衛に着けないって事か? そこは想定内だが……」
「理解が早くて助かるよ。代わりに……この三羽を護衛を頼む事にした」
「あー……見た目がニワトリの化け物かぁ~。どうやったらあそこまで強くなるんだ? 最早、別の生き物だろ……」
「そう、最早別の種で、グラップラーコッコとスラッシュコッコ、そしてスナイパーコッコだ。見た目で騙されると酷い目に遭うから気をつけて欲しい」
「聞いた事ねぇよ!? 亜種じゃ無くて、変異種なんじゃねぇのか?」
「だが、強い……。並の傭兵では歯が立たない程に……」
視線の先にいるコッコ達は殺る気満々だった。
彼等は常に強者を求めているのだ。
「あいつら……スゲェ気迫なんだが…」
「う~ん。彼等はむしろ、襲撃者が来るのを待ち望んでいるんだろうねぇ。強者を倒して強くなるのに夢中だからなぁー……」
「気性が荒いんじゃねぇ、戦闘狂じゃねぇか……。マジで師匠は何したんだよ」
「出会った時からこうでしたねぇ。育てていたのは格が200越えの元傭兵でしたし」
「……その傭兵は何したんだ? 何でこんな化け物が育つんだよ。それ以前にコッコか……う~ん」
「そこが謎かなぁ。他のコッコも亜種だったし、さぞ熾烈な卵争奪戦があったのではないだろうか。元の飼い主と……」
確かにウーケイ達は強い。
だが、戦闘訓練の時に小さなコッコを三羽連れて歩く姿は、お世辞にもカッコいいものでは無い。
むしろ、アットホーム感が滲み出すほどに微笑ましいものになるだろう。
「ツヴェイト……俺達、コッコと魔物狩りに行くのか? 笑われないか?」
「言うな……。このニワトリ共、俺達よりも強いのは確かなんだぞ?」
「けどさぁ~、何か、情けなくないかな? コッコを連れて歩く所をセレスティーナさんに見られたら……」
「『可愛い』て、言うかもしれないな。コッコにだが……」
「OK! コッコ上等、俺は受け入れるよ。彼女が笑ってくれるなら、俺は悪にでもなる!」
ディーオの変わり身は早かった。
事に少しでもセレスティーナが絡めば、彼は神にすら敵に回す覚悟がある。
恋する男は無謀だった。
「ツヴェイト君……彼は、まさか……」
「そのまさかだ、師匠。アイツは、セレスティーナにぞっこんでな……」
「な、なんて無謀で命知らずな……彼は死にたいのか?」
「解っているが、アイツは……クッ…………」
「君も、辛い思いを抱えていたんだねぇ……。下手をすれば彼は、冗談抜きで死ぬ事になる……」
「俺は止めたさ…それはもう、時期を見計らい何度も……。だが、アイツの思いは本物だ。俺には親友の思いを止める事なんて出来ねぇ……」
ツヴェイトの立場は辛いものであった。
ディーオがセレスティーナに思いを寄せ続ける以上、障害となるのは爺馬鹿のクレストンである。
おっさんとツヴェイトの脳裏には、美味しく丸焼きにされたディーオの姿しか思い浮かばず、祖父の暴挙に涙を流すセレスティーナの姿が目に映るようだ。
どちらにしても不幸な結果しかならいのが目に見えていた。
「それは兎も角として、ウーケイ達を護衛につけるが、いざとなったら例の……」
「わかってる。できれば取り越し苦労であって欲しいがな……」
「馬鹿は救いようが無いからねぇ……。間違いなくこの時に仕掛けて来るだろう、デルサシス殿にも恨みがあるだろうし」
「親父……マジに裏で何してんだ? 良い迷惑じゃねぇか……」
「待ちなっ!」
突然の声に振り向くと、二人の傭兵がゼロスを睨みつけていた。
彼等がツヴェイト達の護衛なのだろうが、いかにも中途半端感が漂う20代の男達である。
とても護衛が務まるとは思えなかった。
「俺達を無視して、なに護衛を付けようとしてんだよ!」
「俺等よりも、そのニワトリ共の方が役に立つってぇのか? ア゛ァァン?」
「ぶっちゃけ、その通り。君達よりも、ウチの三羽の方が遥かに強い」
「「言い切りやがった!?」」
事実なのだから仕方が無い。
「ふざけろよ! どこにそんなコッコがいるってぇんだ!!」
「ここにいますがねぇ?」
「おっさん、ぶっ殺すぞ!」
「おい、止めておけ。返り討ちに遭うだけだぞ?」
「貴族のボンボンは黙ってろ! お前等は俺達に守られてりゃぁ良いんだよぉ!」
傲慢な言動をする傭兵に対し、それを見据える六つの目が光る。
―――ゴキッ! ベシャ!! グチャァ!!
瞬殺だった。
傭兵達は地べたを舐め、コッコ達の足元にひれ伏す。
「……コッコが強過ぎるのか、傭兵共が弱すぎるのか分からねぇんだが……」
「両方なのでは? 粋がってたわりには無様だねぇ」
「な……何だよ、こいつ等……。コ、コッコじゃねぇ!」
「ば……化け物だ……」
「舐めた事を言わない方が良いぞぉ? コッコ達は言葉を理解しているから、下手をすれば人知れず消える事になるかも知れないねぇ?」
傭兵二人の顔は見る間に青ざめ、以降ウーケイ達に逆らわないようになった。傭兵も魔物も、強さがモノを謂う世界なのだ。
調子に乗っていた傭兵二人は、強者の洗礼を受けたのである。
「そろそろ時間か、ではウーケイ、ザンケイ、センケイ、後は任せましたよ? くれぐれも、戦いに夢中にならない様に……」
「「「コケッ!(お任せを、師父!)」」」
「師匠は何処の奴らを護衛するんだ?」
「君達の後輩ですよ。まぁ、彼女が護衛にならなかっただけマシか……。ツヴェイト君、くれぐれも気を付けてくださいよ?」
「わかった。師匠達は頼りにしているさ。一万の軍勢よりもな」
「あまり持ち上げないでほしいなぁ~。結構プレッシャーなんですけどねぇ……」
護衛対象から外れては、警護の意味が無い。
しかし、傭兵として参加する以上はギルドの決定には従わなければならないのだ。
イリス達はある意味で護衛対象の元に着けたが、おっさんはクジ運が悪かった。何の関係も無い学院生の護衛なのだから問題である。
そして、おっさんはクジで決まった学院生の元へと向かうのである。
◇ ◇ ◇ ◇
学院講師の長い話が終わった後、学院生達はいよいよ実戦の場へと向かう事になる。
ラーマフの森は多くの魔物が生息し、日々傭兵や騎士達が経験を積む場としての訓練の場とされ、多くの者達が踏み入れては手痛い洗礼を受ける。
弱い魔物と言ったところで、実際この森は侮れ無い弱肉強食の場なのだ。
この森で多くの者達が死傷し、時には大きな発見をして世間を賑わせる事もあり、未だ開拓が進まないという意味ではファーフランの大深緑地帯と同じであった。
この森の魔物からは魔石が獲れ、他の地域の魔物とは異なるために傭兵達も良い稼ぎ場であり、実は学院生の護衛などどうでも良いのが傭兵達の考えである。
いざ、危険ともなれば、傭兵達は学院生を平気で見捨てる積もりでいる。
知らないのは学院生だけであった。
「「・・・・・・・・・・・」」
無言で見つめ合うゼロスと無口な傭兵の二人。
お互い、どう声を掛けて良いのか分からない様だ。
「ゼロスです」
「……ラーサス」
「「・・・・・・・・・・・・・・・」」
正直、互いにやり辛かった。
「男同士で見つめ合うなど、気味が悪い。魔法を使えない傭兵など当てにできるとは思えんが、せいぜい私の足を引っ張らないでくれたまえ」
「「・・・・・・・・・」」
「聞いているのか? そこの下賤な輩共」
「「・・・・・・・・・・・・・・」」
「おいっ!」
ゼロスが護衛する者の中に、一人だけ貴族出身の者がいた。
歳はセレスティーナより一つほど下であろうか。一人だけがゴージャスな装備で目立つ、いかにも甘やかされて育てられた生意気そうな少年だった。
だが、見た限りではさほど実力があるわけでもなく、生意気な口調も世間知らずの表れなので、ゼロスとラーサスには眼中に無い。
「聞いているのかと聞いておるんだ! 貴様等は私を馬鹿にしているのか!!」
「・・・・・・弱いガキに興味はない」
「魔法だけの坊ちゃんに何が出来るんだい? 正直に言って、ゴブリン相手に必死に戦う姿しか思い浮かばないんだけど、君は戦場経験があるとか? 無いなら余計な事は言わないでほしいなぁ~」
「貴様等、私を誰だか知っているのか!」
「「・・・・・・全然」」
その答えに苛立ちながらも、貴族の少年は何とか自制心で気持ちを抑え、深呼吸して心を鎮める。
何とか落ち着いた後に無駄にキザな仕草で髪をなで、偉そうにふんぞり返りながらも、少年は弥陀にカッコつけながら口を開く。
「知らないのなら教えてやろう。私はパンティスキー伯爵の長兄で、カーブルノ・カシラ・パンティスキーと言う。どうだ? おそれいったか?」
「「ブフッ!!」」
おっさんとラーサスは思わず噴き出した。
名前が面白かったわけでは無く、彼の名前があまりに酷かったからだ。
『・・・・・・パンティー好き?』
『被るのかしら、パンティー好き? なんとも……』
二人の心の中で、カーブルノの名前に対して失礼な解釈が浮かび上がる。
「「ネタじゃないんだよな?」」
「何の話だ……? まさか貴様等、私の名前を変な風に解釈したのではないだろうな?」
『『・・・・・・・マジなんだ』』
ツッコミは心の声で行ったが、彼はどうやら勘が鋭い様である。
次第に顔が怒りで赤く染まり、今にも魔法をぶちかましそうな勢いであった。おそらく日常で、同じ事を何度も言われ続けているのだろう。
「さて、では行きますか。今回は彼等の育成がメインのようですしねぇ~」
「・・・・・・承知。坊やの相手はしていられん」
「ぼ、坊やだとぉ!! この私が……」
だが、おっさんは気にせずに森の方向に足を進める。ラーサスも同様だった。
ガン無視されたカーブルノは、もはや怒りが限界に達しようとしていたが、他の学院生と共に移動を始める二人に対し遅れる訳には行かず、足早に仲間と合流する。
「見てろ……この屈辱、必ず晴らしてくれる……」
「か、カーブルノ君……止めた方が良いよ。あの二人、何か見た目からして普通じゃないし」
「カーブルノ様と言え!! あんな傭兵共、父上の権威でいくらでも……」
「自分の力で無く、親の権威に縋るから坊やなんだよ。悔しければ自分の力で生き残れる強さを見せる事だねぇ。所詮この世は弱肉強食だぞぉ?」
「黙れ、黒尽くめ! 貴様など、父上に掛かれば……」
「どうする事も出来ないだろうねぇ。僕もある方々と知り合いですし、むしろ君の父親が危険かなぁー……。
僕からは何もしなくても、あの人達はどうだろうか? 知らない所で動いてるし……」
ソリステア公爵家はゼロスに対しての敵意は無いが利用する気はあるようで、相応の報酬と準備を整えた後にゼロスに話を持ち掛けて来る。特にデルサシス公爵は利用しようとする意志を隠さない。
逆にその意思を見せた上で、おっさんの利益も考慮して交渉を持ちかけて来る。
おっさんとしても伝手があるのは重要で、互いに利用価値があると同時にそれ以外の事には踏み込まず、必要と判断した時に仕事の話などを持ちかける。
まぁ、おっさんが思う利用価値とは【ソリステア商会】の方なので、ソリステア公爵家の権威は重要では無いのだが。
「ある方々だと? 父上の力が及ばない者など居るものか! 仮にいたとして、何者だと言うんだ?」
「それを君に教える必要性が僕にあるのかい? ただの未熟な学生に何の権限があると言うのかな?」
「黙れ、私は貴族だぞ!!」
「だから、なに? 貴族の生まれってだけで、君自体は何の責務も権威も無いでしょ? 答えてあげる必要性は無いしねぇ。もう少し考えて発言や行動しないと……君、いつか死ぬよ?」
「!?」
最後の一言は、どこか底冷えするような酷薄的な冷たい気配が含まれていた。
勘が鋭かったカーブルノは、背筋に冷たい汗が流れる。
生まれて初めて向けられた殺意であった。
「・・・・・・・やりすぎでは?」
「勘が鋭いのは良い事だねぇ。その資質を少しでも鍛えないと、ここでは死ぬ事になり兼ねない。警戒心は必要だと思う」
「・・・・・・同感だ。だが、そう簡単には行くまい」
「良いんですよ。少しでも殺意に敏感になれば……。若者が死ぬ所なんて、僕は見たくはないですしねぇ」
「・・・・・・・・・・」
ラーサスも同感であるが故に答えない。
ゼロス達のいるパーティーは、少しづつだが森の奥へと進んで行く。
先頭に立つのはカーブルノだが、特に行く当ても考えもあるわけでなく、ただひたすら歩き続けていた。
時折、何処からか魔法の炸裂音や剣戟の音も聞こえたが、何故か魔物に出くわさない。
歩き続けるだけで時間だけが流れて行く。
「くそ! 魔物が一匹もいないじゃ無いか」
「そうだよなぁ~……。これじゃ訓練にならないよ」
「俺、単位が足りないんだよ。少なくともオークを倒さないと……」
「格が低いし、いきなり強い魔物は無理だよ」
魔物に出くわさず、学院生は次第に警戒心が薄れて行く。
そんな時に限って魔物が出るものである。
「お待ちかねの魔物ですよ? オークでは無く、オーガのようだけど」
「「「「無理だぁ――――――――――――――っ!!」」」」
「……正確には、レッサーオーガだ」
【レッサーオーガ】は、オーガに比べて小柄だがそれでもオークやゴブリンよりは強い魔物である。学院生程度で勝てる様な魔物では無い。
筋肉が発達した四肢を持ち、人型ではあるが姿は猿に近い。瞬発力よりも膂力に優れたオークよりもタフな魔物である。皮膚は硬く、未熟な魔導士の魔法では傷一つ付けられない強度を持ち、傭兵などの職種の者達には重宝される防具の素材なとして一般的であった。
これが【オーガ】であれば皮素材は五倍に跳ね上がり、胆も薬として高価である。
まぁ、レッサーオーガの胆も薬として使われるが、劣化種なので効果はいまひとつである。それでも魔法薬を作る錬金術師には貴重な素材であった。
「倒さないのかい? お待ちかねの魔物だぞぉ?」
「あんなものに戦いを挑めるか! オーガだぞ!!」
「に、逃げなきゃ……」
「僕達には勝てないよぉ――――っ!!」
涙目の少年達に嘆息し、おっさんはレッサーオーガに目を向ける。
「数は3、一体任せても良いですかねぇ?」
「……残りの二体は?」
「僕が殺ります。さて、お仕事しますか……」
ゼロスは腰のコンバットナイフを引き抜き、獲物に向けて不敵な笑みを浮かべた。
ラーサスも戦斧を構え、レッサーオーガに向けて走り出す。
「ゴォアアアアアアアアッ!」
「フン!」
レッサーオーガは棍棒を振り上げラーサスに肉薄し、向かってくる彼に力任せに振り下ろす。
その棍棒を戦斧で受け止めると、ラーサスは強引にレッサーオーガを押し返し、力尽くにモノを謂わせて棍棒を跳ね上げた瞬間に戦斧の鋭い一撃を叩き込む。
重量武器を軽々と扱う力も凄いが、急所に向けて一撃を瞬時に叩き込める技量も凄い。ラーサスは並の傭兵では無かった。
ゼロスもまたレッサーオーガに向けて走ると、風が吹き抜けるようにすり抜け、その瞬間に首を斬り裂き一体を仕留める。
三体目のレッサーオーガはゼロスに向けて棍棒を振り下ろしたが、ゼロス姿は翳みがかったように棍棒はすり抜け、いつの間にか背後に回りコンバットナイフを左右から首に突き刺す。
飛び跳ねて退避した瞬間に血液が噴き出し、草木を赤く染め上げた。
「す、スゲェ……」
「あの二人……凄い実力者だ。カッケ――――――っ!」
「カーブルノ君……凄い人に喧嘩を売ってたみたいだよ?」
「待て、おかしいだろ! あの不愛想な傭兵はともかく、黒尽くめは魔導士だろ! 何で魔法を使わないんだ!!」
「「「魔法を使う必要が無いほどに、強いからに決まってるじゃん」」」
強さは一つの憧憬になりうる。
あっさりとレッサーオーガを倒した二人に対し、少年達は強くなりたいという憧れを与え、一瞬だがその道筋がまだ幼さが残る少年達の心をを魅了した。
ほんのひと時で人生が変わる事もあり、ゼロス達は少年達に対し強さの憧憬を鮮烈に刻み、やがて少年達は強い自分を夢みる様になる。
そんな少年達の心境など御構い無しに、おっさんとラーサスはレッサーオーガを解体に取り掛かる。
「胆と皮しか使い道が無いんですよねぇー。この魔物……」
「・・・・・・・肉、無駄だな」
「これでゴブリンなんかを攣りましょうかねぇ? 一応、少年達の鍛錬が目的だし」
「・・・・・・妥当だな。場所はどうする?」
「この辺りで良いんじゃないですか? 隠れていれば、飢えたゴブリンやフォレストウルフなんかが出てくるかもしれませんし、未熟な少年達には良い経験でしょう」
「・・・・・・・・なるほど。では、それで行く事にする」
おっさん達は使わないレッサーオーガの肉を集め、一か所に重ねて放置すると、近くの開けた場所に【ガイア・コントロール】を使い地面の土を集めてトーチカを作り出す。
ご丁寧に草でトーチカを包む事でカモフラージュし、魔物からは見えない様にした。
このトーチカに隠れて少年達に攻撃させ、レベルアップを図るのだ。何よりも少年達は魔導士なので接近戦など出来るはずも無い。無難な作戦だといえよう。
「スゲェ……魔法で隠れる場所を作ったぞ?」
「魔法って、あんな事もできるんだ。講師達はこんな事と教えてくれなかったし……」
「魔導士として一流なんじゃないか?」
「ぐぬぬぬぬ……」
一人を除いて、少年達はおっさんの魔法運用に驚いていた。
学院で教えられている運用法はどれも戦闘に対するものが多いが、こうした拠点設置などの運用法は考えていない。土による障壁も魔力でチリを集め形成するので短時間で構成が崩れ砂になり、地面を利用するなど全く考えられていないのだ。
また、【ロック・ランス】等の土系統魔法も同様で、元からある物を利用しようとはせずにチリから形成するので、魔力が拡散すれば形成した岩の槍は直ぐに消え去ってしまう。
だがゼロスの魔法は異なり、元からある地面の土を利用する事で土壁や岩の槍などの構築が早く、魔力消費も少ない上に余剰魔力である程度強度を持たせる魔法に作り変えてある。
その為で少ない魔力消費で操り様々な効果をもたらし、例え魔力が拡散しても形成した物が消える事はない。少年達はこの魔法に衝撃を受け、どんな魔法なのかを話し合い始める。
「何で崩れないんだろ? 魔法で作ったんだよね?」
「こんな事をすれば使う魔力は多い筈だし、大人だから魔力が多いのは分かるけど疲れた様子も無い」
「もしかして、魔法式を改良したんじゃないか? けど、学院の講師達でも苦戦する難しい作業なんだよね?」
「うぬぬぬ……認めん。俺は認めないぞ!」
カーブルノ君は未だに実力を認めない。
「じゃぁ、ここに隠れて魔物が来るのを待ちましょうか。どの道、君達に接近戦なんて無理でしょうしねぇ。体力の温存も考えて、休息と待ち伏せにする」
「このメンバーのリーダーは私だぞ! 私の意見に従え!」
「傲慢な独断専行は貴族にあるまじき行為だと思うがねぇ。他者の意見に耳を傾けず、強引に物事を進めれば手痛い洗礼を受けるよ? ここはもう、君達が安全に暮らしている場所では無いんですよ。
自覚すると良い。油断すれば、君達もあぁなるのだとねぇ……」
おっさんが煙草をふかしながら指を差した先には、レッサーオーガの屍を漁る雑食性の鳥が死肉を啄んでいる。弱肉強食の世界は非情であり、死ねば食われるだけの肉に変わる。その姿を自分の姿に変えて想像したのか、少年達は見る間に顔色が悪くなって行く。
だが、人の話を聞かない者もいた。
「私をこいつらと一緒にするな! 有能な講師に英才教育を受けた私が、魔物如きに殺される訳が無いだろ!」
「・・・・・・・自分の力量を把握できないなら死ぬだけだ。死にたければ一人で死ね」
「何処からその自信が来るのかねぇ。講師程度の教育なんて参考程度にしかならないだろうに、自然を舐めて真っ先に死ぬタイプだね。森にいる間は変なプライドを捨てないと、本気で死ぬよ?」
「・・・・・・別に良いのではないか? 足手纏いはいない方が良い」
「死んだら、『独断専行が激しくて人の意見を聞かなかった』と報告しよう。『親はどういう教育をしたんだ?』ともつけても良い。何にしても僕達には責任は無いからねぇ」
つまるところ、『護衛の意見を無視して死んだから、俺達の所為じゃないよね?』と言っている。
護衛の傭兵達は生徒を守る事が仕事なのだが、勝手に動いて死ぬ事に関しては何の責任も負う事はないのだ。ここでカーブルノが暴走して死んだとしても、それは全て自己責任。
実践訓練を甘く見て、それで死んだとしても学院や傭兵・傭兵ギルドに落ち度はない事になる。
「わかったかい? 僕達は学院生を守るのが仕事だけど、手を煩わせて勝手に危険に飛び込んでいく者に関しては、何の責任も負わないんだよ。
第一、貴族ならもっと思慮深く動く事を心掛けるものじゃないのか? 君の行動一つで多くの者が犠牲になり兼ねない。君の命はそれほど上等かい?」
「当然だ! 私は貴族だぞ、その私がその縁の有象無象……ヒッ!?」
カーブルノは言葉を続ける事が出来なかった。
何故なら全員の視線が集中し、その全てが侮蔑の込められたモノだからであった。
「思い上がりだね……。ここでは貴族なんて肩書は何の効力も無いんだよ。あるのは、生きるか死ぬかだけ。君達も覚えておくと良い、仲間の足を引っ張る様なら見捨てる事も視野に入れて良いと言う事をねぇ……」
「わ、私を見捨てると言うのか!」
「必要ならそうすると言っているだけだけど? 君の行動次第では、置去りにされる事もあると思った方が良い。戦場では特にそうなりやすい。」
この手の実戦では協調性の無い者が真っ先に脱落する。
ましてや戦場ではこうした横暴で独善的な行為は反感を持たれ、時には背後から味方に攻撃され抹殺される事もある。
これで戦闘経験が豊富で戦上手ならまだマシなのだろうが、戦闘経験も無い未熟者は邪魔なだけなのだ。
当然緊急時ならば見捨てられる可能性が一段と高くなる。
「ウグ……」
「……ゼロスの旦那……来たぞ」
「おっ? 来ましたか。ゴブリンですか、君達も準備して」
「「「了解しました!」」」
ゴブリンは雑食性だ。
食えるものならなんでも食らい、飢えを満たしては獲物を探す。
弱い魔物だが数が多く、繁殖力も高い。もっとも、あくまでもこの森ではという話で、実際は強さの差が極端にある魔物なのだ。ファーフランの大深緑地帯では、組織だって軍事行動を執るゴブリンが多く、場所によっては油断すらできない魔物であった。
「俺……魔物と戦うの、初めてで……」
「僕も、学院で一匹のゴブリンに集中攻撃をした事はあるけど、実際に狩るのは初めてだよ」
「けど、ゴブリンて……素材になる部位は無いよね?」
「ハッハッハ、そうだぞ? ゴブリンを倒したところで何の自慢にもならんさ。だからこそ大物を狙って……」
「・・・・・・無謀だな」
「自身の力を過信して死ぬのは良いけど、他人を巻き込んで死ぬのはどうかと思うなぁ~。だいたい、同じ格でも種族によっては力の差が違うんだぞ? 君は、そんなに大物に喰われたいんだ。自殺願望かい?」
カーブルノは威勢の良い事を言ってはいるが、他の少年達より強いというだけでその差はあまり離れていない。【魔法スクロール】を購入し他の同級生より強い魔法を使えるが、威力の高い魔法はそれだけ魔力を消費し易い。
最悪、身の丈に合わない魔法を使い、魔力切れで倒れ、その上たいして効果も無く魔物に集中的に狙われる事になり兼ねない。強力な魔法でも、魔導士のレベルが低ければ威力も低くなるのは常識である。
「10匹か、丁度良い数ですねぇ。では、【インテリジェンス・ブースト】」
【インテリジェンス・ブースト】は魔法の効力を一時的に上昇させる補助魔法である。
外側から魔導士が発動させた魔法に上乗せさせる形で魔力を付与し、威力を跳ね上げる事が可能だが、付与された魔力が尽きるまでしか効果が無い。
付与された魔導士の魔法威力に、【インテリジェンス・ブースト】の効果で大体の威力が2倍近く上昇する。だが、おっさんの場合だと話が変わり、付与させた魔力の効果が高過ぎるため、その威力はハンパない威力になってしまう。つまり……
―――ドゴォ―――――――――――ン!!
小さな威力の魔法でも、大魔法に変貌する事になる。
少年の一人が撃ち放ったのは只の【ファイアーボール】なのだが、放たれた火球がゴブリン二匹を包み込み、そのゴブリンは無残な屍と化した。
以前にセレスティーナにやった事と同じだが、【インテリジェンス・ブースト】の方が効果は低い。
「「「「エェ――――――――――――ッ!?」」」」
それでも破格の威力と化した少年達の魔法に、放った当人達が驚くのも無理はない。
「驚いている暇はないよ? ゴブリンは敵の存在に気付いた。直ぐにこちらに攻め込んで来るだろうね、片っ端から迎撃した方が良いんじゃないかな? 魔法効果が続いている内に……」
「よっ、よし! 凍れる礫よ、敵を討て……いけぇ、【アイス・ブリット】!」
「ぼ、僕も……え~と、石の礫よ、敵を撃ち抜け…【ストーン・ブリット】!」
「じゃぁ、風の刃よ、敵を切り裂け……【エア・カッター】!」
少年達は初歩の魔法をトーチカの中から放つ。付与された魔法効果によって威力が増大した魔法は、襲ってくるゴブリンを一撃で仕留める威力となっていた。
ゴブリンは倒され地面に崩れ落ちるが、まだゴブリンはおり、気を休める暇はない。再び魔法詠唱しては攻撃を続けた。
「待て、初歩の魔法があれ程の威力になるなら、なぜ私に魔法を掛けない!」
「君、少なくとも中級魔法を覚えてるんじゃないか? なら、増幅された魔法の威力が、どれだけの被害になるか考えてる? 初歩の魔法であの威力になるんだよ?」
「ウグッ……」
「魔導士なら魔法の効力を熟知して、その上で使う魔法を瞬時に選ばなければならない。更に中級魔法は詠唱が長くなるから、初歩魔法より発動が遅い。君が魔法を使う間にゴブリンはここまで来るよ?」
カーブルノは当初、周囲の少年達よりも強い魔法を自慢する積もりでいた。
だが、目の前にいる黒尽くめの魔導士にその目論見が潰され、さらに一般的な付与魔法だが強力な効果を見せつけられる側に回った。
英才教育の間違った方面に進んでいた彼は、この黒尽くめの魔導士が憎たらしく映っていた。
「・・・・・・一匹、逃げるぞ?」
「仲間に知らせられると面倒だなぁ……【ファイアー】」
おっさんの無雑作に放った【ファイアー】は、そのままゴブリンを包み込み、一瞬にして消し炭にしてしまう。目の前で衝撃的な光景を見て、少年達は言葉を失った。
【ファイアー】は初級魔法だが、ゴブリンを消し炭にする程の威力は無い。それが可能となるのは魔導士のレベルに隔絶した差がある事を意味する。
「さて、全部片付いたし、魔力が回復するまで待とうか」
「・・・・・・・・暇な仕事だ」
「お茶にでもしようか? 道具は持ち込んでいるからねぇ」
「・・・・・戴こう」
呆然とする少年達の横で、おっさんはお茶の準備を始め、ポットでお湯を沸かし始めている。実に暢気な光景だ。
イストール魔法学院の学生実戦訓練は、少なくとも一部の少年達だけだが、驚愕の連続で始まったのだった。




