おっさん、ラーマフの森に到着す
ラーマフの森。
ソリステア魔法王国のほぼ中央に位置する広大な森である。
ファーフランの大深緑地帯程では無いが、数多くの魔物が生息する領域でもある。
主に傭兵や学者たちがこの森に踏み入り、薬草や鉱石、魔物の素材などを集める稼ぎ場となっているが、騎士や魔導士達の鍛錬を行う場所としても有名な森であった。
何故かこの森は魔物の生息場所として適している様で、ある学者の定説によれば、大地を流れる魔力がどこかで滞留しているのではないかと言われていた。
ファーフランの大深緑地帯に流れる魔力がこの森で滞り、魔物が生息するに最適な環境に生じているらしいが、事実なのかどうかは定かでは無い。
「つまり、レイライン上にこの森があると言う訳か。そうなると、ますます大深緑地帯が謎に思えてきますねぇ~。あの森は異常なまでに動植物の生命力が強かったからなぁ……」
「この魔力がサントールの真下を流れているらしいが、誰もその事を裏付けた学者はいねぇらしい」
「あぁ~……マンドラゴラが異常に繁殖力が強かった理由が分かりましたよ。地下を流れる魔力の影響を受けていた訳か、他の植物も多少なりとも影響を受けてるようだしねぇ」
ラーマフの森手前のキャンプ場で、学院生や傭兵達が陣地の設営に動く中、おっさんはツヴェイトと土地に関する情報を得るため話し合っていた。
大深緑地帯程の強さは無くとも、この森に生息する魔物はそれなりに強く、実戦を経験した事の無い学院生には危険な森なのだ。
「そう言えば、スティーラまでの街道がやけに広かったが、砦でもあるのだろうか?」
「あぁ、この国最大の要塞の一つがスティーラの先に在る。兵や食料物資などの移送のために街道自体を広くしているんだ。途中で道幅が狭くなっているのは敵を待ち伏せしたり、地形の為に道幅を広げられなかった場所だな」
「いきなり道幅が狭くなってたからなぁ、危うく吹き飛ぶところだった」
「師匠……いったい何で来たんだよ」
ツヴェイトの質問におっさんは答えない。
製作したバイクは適当に作ったために安定性が最悪。オプションのおかげで辛うじて安定できるようにしたが、色々と不都合な問題を抱えている。
帰ったらサイドカーパーツは解体し、バイクそのものは本格的に作り直そうと思っている。
他の廃棄物を流用した為か、バイクの名称は自然と【廃棄物十三号】となっていた。
これは、インベントリー内にあった廃棄物を流用した事から来た名称で、使われた部品の中には【試作自動防御機構アーマー二十八号】などという、可動式アームに固定された盾を装備された鎧が存在していたからだ。
見た目的にはパワードスーツなため、オンラインゲームの時からファンタジーの世界観をぶち壊し、好き勝手に遊んでいたようだ。
重すぎて装備できず、仮に装備できても動けないのでお蔵入りしていた物だが、可動式シールドをサイドカーの車輪部を可動させるパーツに流用する事にした。結果、オプションとして取り付けたら車体が些か歪になってしまう。
盾の可動機構はサイドカーの車輪を可動させるのに使い、アーム部分は現在取り付けている武装の固定器具として使われている。
バイク前後輪に内蔵された【魔力式モーター】も、ゲーム時に大量繁殖したモンスター討伐イベントで使う大型扇風機の部品だ。何故こんな物を作ったのかと言えば『群がるモンスターに強力な風をぶつければ、侵攻速度が落ちるんじゃね?』と考えたからである。
複数揃える積もりだったが結局ボツになり、インベントリーの肥やしになっていた試作品を流用したのだが、魔力式モーターは使えると分かっただけでも収穫である。
ただ、バイク自体は駄目だった。帰りは法定速度で安全にとおっさんは心に誓う。
「やっぱり、きちんと設計しないと駄目だねぇ……。記憶に在るものをただ頑丈して、適当に繋げた張りぼてではさすがに危険だわなぁ~……」
「何の話だ? マジで師匠はなにで来たんだよ……」
「一言で言えば、『でっけぇ玩具』かな? 失敗作です…誰も死なずにここまで来れたのが不思議なくらいに……」
「アブねぇな! 安全性とかは考えねぇのかよ。普通はそっちから考慮して製作しねぇか? 魔道具なんだろ?」
「時間がなかったからねぇ、途中から色々取り付けたら変な状態になった。改良するにも時間が足りず、ギリギリまで粘ったんだが結果は最悪。ハハハハハ」
「……その色々が拙かったんじゃね? 笑い事じゃねぇだろ」
急カーブでも曲がれるだけマシだろう。
ただ、そこにはおっさんの非常識なまでの身体能力があればの話で、ゼロス以外には乗りこなせないのは明白である。とても一般的では無い。
まさか足ブレーキをやるとは思わなかったからだ。
「あっ……バッ○モービルにすれば良かったか? アレは車体が壊れても、バイクとして分離する事が出来たし……」
「いや、俺に言われても分かんねぇよ。何言ってんだ?」
強力なモーターが二つあるなら、○ットモービルを製作しても問題は無かっただろう。
今更この事に気付き、製作時は余程ギリギリだったのだと、当時に思いを馳せるおっさんだった。
ツヴェイトは当然ついて行けない。
「ツヴェイト! 話ばかりしてないで手伝ってくれよ、人手が足りないんだからさぁ」
「おー、わりぃ。今行くわぁ~」
「学生がテント設営ですか。何とも、忙しい事だねぇ……」
「戦争になった時の為の訓練でもあるんだよ。魔導士は徴兵義務があるからな、傭兵はいつでも戦争に参加できるから義務が無い。羨ましい事だ……」
「使えるとは思えませんがねぇ。ここで実戦を経験しても軍との連携は無理だろうし、作戦行動がとれるような知識も無いでしょ。死にに行くようなものじゃないですかね?」
「この訓練に参加するのは傭兵志望者が多い。嫌でも実戦で学ぶだろ、気にするだけ無駄だな」
徴兵義務を放棄するために傭兵になる。おっさんには本末転倒に思えてならない。
ギルドカードと共に傭兵の義務が書かれた説明書も手渡されたのだが、一定のランクは戦争参加の義務があり、ギルドのランクが上がる事によりその責務は緩和されて行く。
また、傭兵は一定の依頼を受けないと登録が消され、再び登録しなければならないがランクは下がるなど、面倒な内容が事細かに書かれていた。
おっさんはギルドカードが失効しても構わないが、イリスは戦争参加の義務が課せられており、もし戦争が起これば嫌でも戦場に行く事になる。
表向き戦争参加の義務は消える様に見えるが、実は傭兵になっても戦場に送られる危険性は消えた訳では無いのだ。
ツヴェイトは公爵家の人間であり戦争参加は強制であるため、こうした細かい事には疎い様である。
上位ランク者が戦争参加が緩和される大きな理由は、手練れの傭兵が育つ時間を考慮すると上位ランクの傭兵は貴重だからである。
熟練の傭兵がなかなか育たない以上、上位ランクの傭兵は戦争参加が消える代わりに、未熟な傭兵を鍛える義務がある。
魔物の脅威が傍らに存在するため、人材確保は何処も深刻な問題であった。
「ディーオの奴が呼んでいるから、俺は行くわ。たく、テント設営なんてしばらくやってねぇぞ……」
「僕も傭兵のテント設営にでも行きますかねぇ。一応、自分のテントは用意していますが」
「師匠、自分のテントがあるなら使った方が良いぞ? 傭兵の中には泥棒やらモーホーやらが居るらしいからな。前に実戦訓練に参加した時、テントに連れ込まれた奴がいた……。女の代わりにされたらしい」
「マジですかい!? 何て嫌な商売なんでしょうかねぇ……。まぁ、コッコ達もいますし、その方が良いか……」
さすがにいい歳したおっさんを襲うモーホーはいないだろうが、何事にも例外が存在している事は身を持って経験しており、警戒だけはしておこうと心に決めた。
嫌いな物に対しては徹底的に防御策を講じるおっさんだった。
ツヴェイトと別れた後、ゼロスは傭兵達のテントエリアに向かう。
自前のテントを張る場所を確保するためである。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「これ……どうしたら良いのですの? 私にはさっぱり……」
「確か、骨組みを組み立て……この布の中に入れて固定すると聞きましたが……」
「このトンカチ、どうするんだろ? アタシは良く解らないなぁ……ん?」
セレスティーナ達は、現在テントを張るのに苦戦していた。
元よりお嬢のセレスティーナはキャロスティーは、キャンプするなどやった事はない。当然テントを張るなど未経験だった。
ウルナもまた同様で、そもそも獣人はこの様な道具を使用するのは性に合わない。
良く言えばおおらか、悪く言えば大雑把な種族特性なので、テントを張るくらいなら野宿すると言う潔さが広く一般的だ。
この特性が野蛮な種族と思われる原因だが、獣人族の多くは細かい事にはこだわらない性質である。
便利な道具なら使いこなそうと覚えるのだが、面倒事は嫌う為にパイプを組み立て張る様なテントは嫌厭する。そもそも地面の上で寝る事に全く気にも留めない種族なのだ。
「徴兵義務があるのは分かりますが、こういった訓練は真っ先に講義で行うべきですわよ。いきなり組み立てろと言われても無理ですわ!」
「うぅ~ん。このパイプは何処に繋がるのかなぁ~? あれ? 長さが違う……このロープは何?」
「こちらの大きな袋は何なのでしょうか? パイプが包まっていたものですが、少し大きい気がしますし……はて?」
世間知らずのお嬢二人と、友達が居らずキャンプをした事の無いウルナは苦戦していた。
近くではクロイサス達がテントを張っているが、彼等はマカロフが率先して指示を出していた為に実に効率良く設営が進んでいる。
困った事に、テント設営には隣人に相談してはならない決まりとなっており、講師達が常に巡回して目を光らせている。
更に組み立て順の説明書が紛失しているせいで、何処もテントの設営には難儀していた。
「杭は地面に打つ物なのでしょうが、骨組みが良く解りませんね。細いパイプと長いパイプがありますし、短い紐は何なのでしょうか?」
「別に地面で寝ても良いんじゃない? 誰も困らないし」
「嫌ですわ! 着替えをするときはどうするんですの? 人前でそんなふしだらな真似は出来ませんわ!」
「えぇ~? アタシは気にしないけどなぁ~。見られて減るもんじゃないし」
「「それは、女の子としてはどうかと……」」
ウルナに羞恥心は無い。
獣人である彼女は、いくら人のいる環境で育っても野生児のようである。
「ウルナ……女の子なのですから、周りの目を少しは気にしてください」
「そうですわ。ところで、少し気になっていましたが、何で私が名前を呼び捨てなのに、セレスティーナさんは様付けなんですの?」
「えぇ~? セレスティーナ様はセレスティーナ様だよ? キャロスティーはキャロスティー、なんかおかしいかなぁ~?」
「私も貴族ですのに……どうして様付けでありませんの? 納得がいきませんわ」
「???????」
ウルナには、キャロスティーの言っている意味が本気で理解できていない。
補足しておくが、獣人族は義理堅い種族である。恩人や強者に対しては敬意を表すが、それ以外は適当なのだ。
以前セレスティーナがウルナに戦い方を教え、陰湿な虐めの窮地から救われた事があり、それ以来彼女はセレスティーナに対して敬意を表すようになった。
ほとんど本能で物事を判別しているので、別に人に対して順位をつけているつもりは全く無い。
要するに、セレスティーナはワンコを拾ったようなものである。そして懐かれた。
なまじ見た目が人間と同じなので、キャロスティーが自分を蔑ろにしていると思ってしまうのも無理はないが、そもそも獣人族は貴族といった位や権力者の分別は無いに等しい。
仮にあるとすれば、恩人か強者の違いだけである。
セレスティーナは苦笑いを浮かべながらその事を説明した。
「納得がいきましたわ。つまり、獣人族は人と共に生きていても、中身は野生の直感だけで生きているのですわね?」
「私も当初は困惑しました。名前で呼んで欲しいのですが、頑なに『様』を取るのを拒んでいますし、正直キャロスティーさんが羨ましいです」
「そうなんですの? 意外でしたわ、てっきり受け入れているのだとばかり……」
「敬称をつけて呼ばれると、疎外感を感じるものです。私は気軽に話しかけて欲しいのですが……」
「『様』付け以外は思いっきりフリーダムですわ。気にする必要がありますの?」
「それだけが救いですね。変に畏まられると居心地が悪くなりますから……」
元より妾腹の子であるセレスティーナは、かしこまって名前を呼ばれる事を好まない。
幸いウルナは『様』を付けるが、それ以外は実に奔放で遠慮なく声を掛けて来る。多少の不満はあるものの、友人が出来た事に対しては素直に嬉しかったりする。
「あっ……」
「おや?」
セレスティーナがふいに目を向けると、そこには黒尽くめでマスクをつけながらも、暢気に煙草をふかしながら歩くおっさんの姿があった。
完璧にマナー違反だが、この世界にそんなルールは存在しない。
「先生、なぜここに!?」
「少し、ツヴェイト君と行動していたからねぇ。今、傭兵の集まっている場所に戻るところですよ」
「別に、こちらでもよろしいのでは? お兄様の護衛の筈ですし、問題はないかと」
「それは、あくまでこちらの事情だよ。僕は傭兵として参加していますし、ツヴェイト君の護衛に付けるとは限りませんからねぇ~」
傭兵達は明日、クジで護衛する学院生のパーティーを決める事になる。
誰が、どのパーティーを護衛するかが分からない以上、色々と話を交えて予定を決める事に越した事はない。何事も完璧に行かない以上、打てる手立てはしておくに限るのだ。
「……この三日、先生を御見掛けしませんでしたが?」
「先行して魔物などを倒したり、コッコ達の鍛錬に付き合っていたよ。後はツヴェイト君の護衛をしていましたか。それが仕事ですからねぇ」
「それ程までに危険な状況なのですか?」
「まぁ、盗賊達もどこかの貴族に雇われたと言っていましたから、必ず動く事でしょう」
コッコ達に壊滅させられた盗賊達はその後、傭兵達に率いられ近くの砦に連行されて行った。
半数は無残に殺され、残りは重軽症者が多数。盗賊達が用意した馬車を利用して運んだが、おそらく犯罪奴隷にすらならずに処刑される事だろう。
治療するくらいなら、五体満足の者を残して処分した方が経費が掛からないからだ。犯罪者に人権は無い。
「ハァ……何故この様な事に。ツヴェイト兄様は間違いを指摘しただけの筈です。それが……」
「下手に野心を抱いている者なんて、人の意見は聞きませんよ。何処までも傲慢で、他人を見下すのが当たり前と思っていますからね」
「歴史の中には、英雄とまで呼ばれた野心家もいますが?」
「調べましたが、たいていは国の政策に対して不満が在ったり、仕える人物が愚かだった場合が多いですねぇ。同じ野心家でも冷静で、民の事も考慮する大器を持った人物が成功していますよ」
「自己満足の野心家は大成しないと言う事ですか? 兄様は血統主義派と言っていましたが……」
「遺伝的に受け継がれた魔法など、それほど大したものではありませんて。生まれたての赤子の頃から持っている魔法ですよ? 潜在意識領域の容量ばかりを占領して、効果自体は大した事はない。
稀に強力な魔法も存在しますが、使いこなせるまで成長できるか怪しい所だねぇ。他の魔法が使えなくなりますし、魔導士では無く他の道を進む事を選ぶでしょう」
王政国家が乱立しているこの世界において、増長して民を蔑ろにする王族は結構いたりする。
貴族もそうだが、権力に味を占め民を蔑ろにしたために反乱を起こされ、その地位を奪われる事が多かった。反乱の首謀者は裏で手回しをして正当性を広め、後世で英雄と呼ばれるようになる。
要はどれだけ民に支持されるかであり、それを無視した者達は結果として滅びる運命をたどる事が多いが、中には悪事を働きながら大往生する為政者もいる事から、必ずしも反乱が成功する訳では無い。
それなのに、何故か血統魔法を継承する魔導士は時折反乱を起こしては、多大な犠牲者を出す事が多かった。それはオンラインゲーム時のNPCも同様であった事に、おっさんは妙な既視感のような感覚に捉われていた。
『アレは本当にNPCだったのか? 殴った時の感触がやけにリアルだったが……』
この世界とゲーム内の世界は似ているが、異なる事も多い。
だが、今共通しているのは、血統魔法を持つ魔導士が反乱を起こす傾向が強い事だろう。
以前に血統魔法を継承した魔導士のNPCを殴った経験はあるが、その感触は現実の物と変わりが無かった。
鼻持ちならない所も同じで、時折どちらの現実にいるのかが分からなくなって来る。
「ところで……テントを張らなくて良いんですか? 二人ほど恨めしそうにこちらを見ているんですがねぇ?」
「えっ? あぁっ!?」
背後ではテントを組み立てられず、ジト目でこちらをに睨んでいるキャロスティーの姿があった。
「セレスティーナさん、お知り合いと話し込むのは良いですが、こちらを忘れないでくださいませんこと?」
「すみません! つい、嬉しくなってしまって……」
「そのおじさんがセレスティーナ様の先生? ……うわ、この人……怖い」
元気良くセレスティーナに近付いてきたウルナだが、ゼロスの気配を敏感に感じ取り途端に尻尾とケモ耳は倒れる。敵に回してはならない相手と判断したようである。
「ふむ、どうやらテントを張るのに難儀しているようだね。先ずは支えとなる骨組みを連結させ、袋状のシート内で立体的に組み立てる仕様ですか。古い……」
「先生! この訓練は、他の方々にテントの設営を聞いては為らないと……」
「傭兵にでも、ですか? そもそも、全く経験の無い学院生に、いきなりテントを組み立てろと言われても苦戦するでしょう」
「あっ……そう言えば、『傭兵に聞いてはいけない』という決まりは有りませんでした……」
そう、この実戦訓練は有事の際に傭兵達と交流するための訓練も兼ねている。
戦争になれば傭兵達とも綿密な作戦を打ち立て実行せねばならず、学院生達はこの場で傭兵達と交流する事で多くの物を学ばせようという意図が含まれる。戦争は騎士や貴族だけが戦う訳では無いのだ。
セレスティーナはようやくこの訓練の意味を理解する。
「仕方が無いか、僕も手伝いましょう。何やら手古摺っているようだからねぇ~」
「お、お願いします……。このままでは休む事が出来そうにありませんから」
「貴族の子と獣人族ですか……。また、こうした作業に向かないメンバーだなぁ~。獣人族って大抵が大雑把だしなぁ~」
セレスティーナ達のパーティーは、メンバー自体に問題があった。
簡単な組み立て作業すら出来なず、何より彼女達のテントは旧式で部品数が多い。
骨組みも鉄製で重く、女子三人で組み立てるには少し骨が折れる事だろう。
ゼロスは仕方なしに口を出す事にしする。
この訓練、傭兵と交友を深めるためだけでは無く、テントの組み方や技術を自分で学ぶ為のものでもある。
特に貴族の子息女は、こうした作業に関する技術は著しく低かった。
いつも他人任せの事が多く、魔導士だけにアウトドアとは無縁の生活なので、彼等は周囲から浮いてしまうのである。
もっとも、位の低い貴族や商人の学院生達は手馴れている者が多かった。
何にせよ、セレスティーナ達はようやく寝床を確保できたのである。
余談だが、おっさんのテントは投げると展開するタイプで、必死にテントを張る作業をしていた学生から白い目で見られた。
地球でのアウトドア製品の複製は、彼等の目には狡く思われたようであった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
翌朝、学院生達はいよいよ実戦訓練に突入する事になる。
ラーマフの森に入り、魔物を見つけては倒すだけだが、学院生にとってみれば初めての実戦である。
彼等の多くは戦闘経験が無く、傭兵達が一人~三人つく事になる。
しかしながら、先ずは朝食を済ませる必要があるだろう。
三日も歩き通しで動けない学院生達も多く、食事を摂り英気を養わねば、ここから先に行く事は出来ない。下手に森に入れば、如何に魔物が弱くても彼等では死ぬ危険に繫がりかねない。
傭兵達は学院生の補佐する役割も含まれていた。
荷馬車の中には調理器具が設置された屋台も含まれていた。
これは傭兵ギルドが用意した物で、数人の料理人が常に食事の準備を行う学院生達の生命線である。
この屋台や食料を守るために何名かの傭兵が護衛に就くが、おっさんは朝食の準備をする料理人を眺め、訝しげに呻いていた。
「どうしたの? おじさん」
「いやぁ~、あの料理人達、凄く強いですよ? 護衛が必要なんですかねぇ~?」
「確かに、体の鍛え方が料理人の物じゃないよね。まるでどこかの軍人みたい。特殊部隊?」
「メタルなソリッド感がハンパじゃない。今にも段ボールの中に潜伏し、敵を陰から瞬殺しそうだ」
料理人は全てコックの格好をしているのだが、革のベルトに大小様々な包丁が装備され、腰のベルトにはスパイスなどの入った容器が取り付けてある。
素材を見る目が獲物を狙う狩人の様で、目の前に置かれた素材に対して獣の様な笑みを浮かべると、驚異的な技量で瞬く間に調理して行く。
「スコーピオン、下味は任せた!」
「へっ、美味しく料理してやるよ。お前は左の肉を頼むぜ、ヘマすんじゃねぇぞ」
「誰にモノを謂ってんだ? 俺がそんなヘマする訳ねぇーだろ!」
「くっ、敵(食事に並んだ学院生)の増援だ! 隊長(料理長)、援護を頼む!」
「こっちも手一杯だ! 10分持たせろ、俺が直ぐ行く!」
「こっちも増援だ! 補給(下処理した食材)はまだか!? もう持たねぇぞ!!」
「チッ、飢えた狼共(腹をすかせた学院生と傭兵)が……少しは遠慮しやがれ!!」
会話だけなら、とても料理している様に見えない。
彼等は正に調理場と言う名の戦場に立っていた。
「……何でしょうかねぇ~、凄く緊張感があって見応え満載なですけど……」
「凄くハラハラするよ……。料理人の世界は常に戦場なんだね」
「彼等はプロフェッショナルだ。如何なる状況でも、客に料理の乗った皿を出す事に命懸けだ……」
「飢えた敵(客)が片っ端から撃破されてるよ? 何者なんだろうね、あの料理人達……」
イリスとおっさんは、料理戦士達の鬼気迫る戦闘(調理の光景)を固唾をのんで見守っていた。
彼等の戦いは正に真剣勝負、少しのミスも許されないハードなミッションなのである。
並ぶ客を片っ端から料理で撃破し、胃袋に確実に打撃を与えて行く。そう、彼等の仕事は敵(客)を完全制圧(満腹)する事に在る。
「凄く美味しそうだしなぁ~……僕達も並ぼうか?」
「そうだね。この香りを嗅いだら、お腹がすいてきたし」
料理から漂う香ばしい匂いは、おっさんの胃袋にダイレクトアタックをかました。
もはや見ているだけでは満足できない程に、彼等の料理は列に並ぶ者達に甚大な破壊力となって直撃する。食欲が抑えられない。
さながらスナイパーに狙撃された気分だ。
「新たに敵増援! 奇襲だぁ!」
「何ぃ、何とか持ちこたえろ! 補給が届くまで粘れ!!」
「了解! 何としてもこの場を死守します!!」
「こちらヴァイパー、補給完了! いつでも行けます!」
「よし、反撃するぞ! 貴様等、死ぬんじゃねぇぞ!!」
「「「「「「了解!!」」」」」」
ラーマフの森に設営された陣地で、熾烈な戦いが始まる。
それから一時間後、目の前に広がる倒れたケダモノ達(満腹で動けない学院生と傭兵)を前にし、料理戦士達はやり遂げた表情で立ち並ぶ。
彼等は今日も戦場を生き延び、新たな戦場へ挑む準備(昼食の下ごしらえ)を始めるのだ。
料理戦士達の戦いは終わらない。
◇ ◇ ◇ ◇
朝食に満足した学院生と傭兵達は、いよいよ森に踏み込む事になる。
その為の班編成をするのだが、学院生は気楽なもので友人や同級生で班を組んでいるのだが、問題はゼロス達であろう。
「「「「・・・・・・・・・・・・」」」」
おっさん達は言葉が無い。
何故なら、誰もツヴェイトの護衛に就く事が無かったからだ。
こればかりは運の問題だから仕方が無いのだが、護衛を依頼された立場からすれば深刻な問題であった。
「僕は……普通に学生の班を担当だな」
「アタシとイリスは、護衛対象では無く、妹の方だ……」
「レナさんは?」
三人がレナの方に視線を向けると、彼女は青い顔をして絶望に打ちひしがれていた。
「私は……弟さん。なんて事、ここには可愛いいスイート・ボゥイが大勢いるのに……お預けを受けるなんて……」
「いや、僕達は護衛に来たはずなんですが? 目的を忘れてませんかねぇ?」
「レナ、お前……。仕事を忘れていないよな? 生活が懸かっているんだぞ?」
「ここはレナさんの獲物がたくさんいるから、目的を忘れるのに充分すぎる好条件がそろってるよ? 以前も仕事中に突然消えたし……」
「あ~……確かにありましたねぇ……」
ワイルドコッコ討伐依頼の時、レナは途中で姿を暗ました。
自分好みの獲物を前にしたとき、彼女の優先度は未成熟な少年に向かうのだからタチが悪い。
レナは青い果実とも言えるべき少年達に、大人の階段を上らせる事を喜びとしているのだ。
おっさんは、犠牲者達がその階段から転がり落ちないかが心配であった。
「仕方が無いか、ウーケイ達にツヴェイト君の護衛を頼む事にしよう。過剰戦力な気もしますが……」
「それ、おじさんも同じだよ? おじさんならこの森を一人で焼き払えるんじゃないの?」
「いきなり問題直面だな。アタシ達だけじゃ人手が足りないだろ。少数で護衛なんて無理だ」
そもそもこの依頼には問題が多すぎた。
護衛対象の傍にいられるとは限らず、また人員も限られてしまう。
過剰なアイテムを渡してはいるが、それだけでは決定打が足りないのだ。
「出来るだけ、森の奥には行かない様にして貰うしかないんじゃない? 私達じゃ間に合わないかもしれないよ?」
「だな……いくら襲撃者でも、人の多い場所は避けるだろ」
「その理屈が通じる相手なら良いんですがねぇ……。何事にも例外がある」
護衛任務は出だしから問題発生であった。
予測はしていたが、実際に問題が発生するのとでは圧し掛かる不安の重さが異なる。
訓練期間は四日、先行きが暗い状況でのスタートとなるのだった。




