おっさん、衝撃を受ける
ある街の地下深く、嘗ては地上にあった街。
もはや遺跡と化した地下の街に、犯罪組織である【ヒュドラ】の拠点の一つがある。
明かりを燈す魔道具に照らされた地下の奥、屋敷跡の一室に数人の人影の姿があった。
一人は女性で黒いイブニングドレスを着た女性。
黒い髪で数多くの装飾品を身に着けた、如何にも成金商人の娘的な格好が特徴だ。
マントを羽織り、見た目的にはこの場所にいること自体場違いに思える。
だが、腰には一振りの剣を帯びており、装飾品の全てが魔導具である。
「ねぇ、ダーリン……この二人は?」
「念のために用意したお前のサポートだ。お前に何かあったら、困るからな。シャランラ」
派手なスーツを着た男はにやりと笑みを浮かべる。
その男に連れられた二人は、どう見ても青少年と言っても過言では無い見た目である。
一人は鎧を纏った少年だが首輪をしており、彼が奴隷である事が分かる。
もう一人は髪を両サイドで小さく二つに束ねた忍び装束の少女だが、この忍び装束がやけに目立つ。
薄い桃色で、全く忍んでなかった。
「なぁ、ガーランスさんよ。この仕事が終わったら、本当に奴隷から解放してくれんだろうな?」
「あぁ、それはお前の働き次第だ。使えると分かったら解放してやるよ」
「なら良いけどよ。俺も目的があるからな、奴隷なんかで時間を掛けていられねぇんだよ」
「あら、坊やは何か目標があるの? 若いのに感心ね」
「坊や言うな! 俺は子供じゃねぇ!!」
「こいつ、合法奴隷に手を出して訴えられてな。犯罪奴隷になった所を俺が買ったんだよ」
合法奴隷は法律で保護され、奴隷の首輪はしていても隷属されている訳では無い。
言って見れば金で買われた使用人で、奴隷を買った者が無理矢理手を出そうものなら、その主人を訴える事が可能であった。
対する犯罪奴隷は隷属の首輪を施され、一定の範囲から逃げると体に激痛が走る事になる。
隷属の首輪は別の奴隷管理用魔道具と連動しており、特定の範囲から出ると神経に精神系の魔法が流され、体に激痛が走る事になる。
犯罪によってその効果は変わるが、重犯罪者になると攻撃魔法が体に流されるのが一般的に知られていた。
「馬鹿ねぇ。もう少し考えてから奴隷を買えばいいのに、奴隷を買ったら好き放題できると本気に思っていたの?」
「うぐぐ……。ファンタジーの世界だから、奴隷ハーレムが作れると思ったんだよ……」
「現実を見ればいいのに。そんな美味しい話があるわけ無いでしょ、だから坊やなのよ」
「コイツの名前は、ラインハルト十三世とか言うらしい。間抜けなのにだいそれた名前だよな? だが強い。衛兵を50人蹴散らして派手に暴れたみたいでな、使えると思って買ってみた」
「で、そっちの女の子は?」
桃色忍者の少女に目を向けたが、その少女は無表情でピロシキみたいなパンを口に運び、幸せそうに咀嚼していた。
どう見ても小学生か中学生低学年にしか見えない。
「名前は知らん。道端で行き倒れてたから食いモン食わせたんだが、何故かついてきた。腕は確かだぜ?」
「珍しいわね。ダーリンが子供を助けるなんて……」
「……忍びは闇に生き、闇に消える運命。気にしない」
「忍びって……全然忍んでないじゃない。むしろ目立ってるわよ? ダーリン、さすがにロリは……」
「んな訳ねーだろ! 売れるかもしれねぇと思ったんだが、とんでもねぇ拾いもんだった。見た目はこんなんだが、明らかに裏の世界の住人だ。商売敵に絡まれた時に、奴らを蹴散らしやがった」
ジト目でガーランスを睨みながら、シャランラは溜息を吐く。
「助っ人なんて随分と念の入り様ね。私じゃ信用できないって事かしら?」
「いや、相手はあのソリステア公爵だ……どんな手を打っているか分からん。念のためにお前の護衛としてだ」
「なら良いけど……」
シャランラとしては護衛など要らないと思っていた。
彼女からしてみれば大抵の連中は弱く、一撃で仕留める自信がある。
例え公爵であろうとも、簡単に暗殺できるとさえ思っていた。
「足手纏いにならなければ良いけどね。特にその子、隷属されている訳では無いのでしょ? 裏切ったりしない?」
「その辺りは大丈夫だろ、金を稼げねぇほど不器用だ。でなきゃ行き倒れなんてならねぇだろ」
「そう、まぁ良いわ。じゃぁお仕事行って来るわよ」
「あぁ……帰ってきたら、たっぷり可愛がってやるぜ?」
「うふふ、なら直ぐに仕事を終わらせてくるわね。浮気したら嫌よ?」
「そんな暇はねぇよ。この後、別口の商談がある。遊んでる暇なんかねぇ」
ガーランスはシャランラを抱き寄せると、そのまま濃厚な口づけを交わす。
舌が絡みつく様な淫猥な音が静かに流れる。
「くそぉ~……羨ましいィ~……」
「うふふ、坊やにはまだ早いわよ。行って来るわね、ダーリン」
「おう、良い報告を聞かせて貰うぜ」
「任せて、直ぐに片づけて来るわ♪」
シャランラ達は僅かな明かりが灯る部屋を出て、闇の中へと消えて行った。
「ククク……借りは返させてもらうぜ、デルサシス公爵。今までの恨みを倍にしてなぁ……」
一人部屋に残されたガーランスは、暗い愉悦の混じった笑いを浮かべていた。
子供の遊びの様な依頼で、まさか怨敵に恨みを返す機会が回ってくるなど思っても見なかったが、彼はこれを好機と捉え賭けに出たのである。
失敗すれば後が無く、この国での裏家業は出来なくなるだろう。
だが、彼はこの報復が失敗するとは思えなかった。
色々と思惑のある連中が動き出し、舞台はラーマフの森へと移るのである。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
スティーラの高級旅館【明けの明星亭】で、クロイサス達と別れた後にイリス達と合流したおっさん。
現在いるのはおっさんの部屋で、イリスからギルドカードを受け取ったのだが、その後の話を聞き次第に表情が優れなくなる。
それは信じたくない内容であった。
「う、嘘でしょう!? 馬鹿な……そんな、あのオネェが………」
ゼロスは衝撃を受けた表情で、イリス達が伝えた真実に慄いた。
「おじさん……信じられないかもしれないけど、事実だよ?」
「気持ちはわかる。だが、現実を受け入れろ……」
「ゼロスさん、世の中には信じられない真実が幾らでもあるのよ? 此処はきちんと受け入れるべきだと思うわ」
だが、おっさんは三人の声は聞こえない。
この世の不条理に身を震わせ、告げられた現実を受け入れようにも、彼の理性がそれを拒絶している。
いや、本気で拒絶しているのだろう。
「あり得ない……あのオネェですよ!? 『これから尻を狙います♡』と断言した、あのセイフォンさんですよぉ!?」
「断言したわけじゃないと思うけど……似たような事は言ってたかしら?」
「まぁ、そう思うのも仕方が無いな……」
「見た目がアレだしね……。おじさんの気持ちはわかるよ」
「ま、まさか……モーホーでなく、ノーマルだとぉ? しかも、既婚者だとぉ!? 嫁が53人もいて、ハーレム状態だとぉ! そんな馬鹿な話があるんですかぁ!!」
おっさん、魂の叫び。
イリス達は傭兵ギルドでおっさんのギルドカードを受け取った後、傍にいたギルドの職員から真実を伝えられた。それをおっさんに教えただけである。
しかし、未だに独身のおっさんは、その事実を受け入れられないでいた。
「では、あの格好と言動は……」
「新規の傭兵達を揶揄うのが趣味なんだって。おじさん、遊ばれちゃったね?」
「オネェに見えるが、アレは耽美な趣味から来るものだそうだ。アタシには分からんが……」
「誰も理解なんて出来ないと思うわよ? 私達だってそっちの趣味の人かと思ったから、ゼロスさんが分からなくてもおかしくなんて無いと思うわ」
Sランク傭兵でスティーラ傭兵ギルドのギルドマスター。【閃光のセイフォン】は、実はノーマルで既婚者であった。
噂では男色疑惑が出ていたが、彼はボーイッシュな女性が好みで、嫁の全てが男性の様に威勢の良いパワフルな女性達なのだ。しかも、その嫁が53人もいるのだから凄い話である。
つまり、愛人と嫁の違いはあるが、デルサシスとの繋がりはフェミニスト仲間であった。
見た目が男性と見間違う女性達と関係を持っていた為に、彼は男色の噂が流れていただけであり、本質は充分に男で更に愛妻家であったようだ。子供も38人もいるという話である。
かなりお盛んな御様子である。
「ふざけている……。何であんなのに嫁が……しかも多妻で子持ちだとぉ!? しかも悪質な趣味の持ち主で、どうやって結婚したんだ……。僕ですら、まだなのに……」
「切実だね、おじさん……」
「納得できない気持ちが分かるのが嫌よね。どう見てもそっち関係の人なのに……」
「だが現実だ。まぁ、アタシには関係ない話だけどな」
ジャーネはどうでも良いようだが、レナは違った。
人の悪い笑みを浮かべ、ジャーネを見てニヨニヨと変な視線を向けている。
「な、なんだよ……。言いたい事があれば早く言えよ、気持ち悪い……」
「ん~ふふふ……。セイフォンさんの好みは男性的な女性よね? なら、ジャーネは守備範囲に入るんじゃない?」
「な、なぁっ!?」
「あっ! 確かに……。関係ないどころか、モロに好みのタイプに入るよね?」
そう、ジャーネは見た目だけなら男勝りで、充分に彼の標的対象に入る可能性がる。
関係ないどころか、むしろ口説かれるかも知れないのだ。
「口説かれたらどうするの? ハーレムの一員になるのかしら? ジャーネはどうする?」
「なっ!? そ、そんな訳無いだろ! アタシなんかが相手にされる訳が無いし、こんなガサツな女を欲しがる男がいるか! それ以前に、好みじゃない!」
「そうでしょうかねぇ~? ジャーネさんは何処から見ても女性的だと思うが? 何か、ぬいぐるみを部屋に置いてそうだし、思っている以上に乙女だと思いますがねぇ」
「何で知ってんだ! まさか、イリス……」
「私は何も言ってないよぉ!? おじさんは憶測を言っただけ……え? ジャーネさん、ぬいぐるみを集めてたの? あの大量のぬいぐるみ、子供達の物じゃ無かったんだ……」
ジャーネは墓穴を掘ってしまった。
孤児院である教会でルーセリスの世話になっていたイリスとジャーネ、だがジャーネに宛がわれた部屋には無数のぬいぐるみに囲まれた状態だった。
イリスは孤児院の子供達が遊ぶための物だと思っていたが、実はジャーネがこっそり運び込んだ私物だったようで、イリスは思わず驚嘆する。
「傭兵生活なのに、何処にあんなたくさん隠してたの? 私、ぬいぐるみを運んでたの見たときないんだけど……」
「うっ……同じ孤児院仲間に預かってもらってた。いつまでも預けておくのも悪いから、回収したんだよ……悪いかぁ!」
「逆切れしない。これで傭兵なんかしてるんだから、信じられないでしょ?」
「まぁ、趣味はそれぞれですからねぇ。別に良いんじゃないですか? 僕は可愛いと思いますがねぇ」
「にゅあぁああああああああああっ!」
『可愛い』と言われ、羞恥のあまりにテーブルに突っ伏すジャーネ。
どうやら見た目と趣味の差にコンプレックスを持っているようだ。
「ゼロスさんから見て、ジャーネはどう? こう見えて料理は上手だし、未だに白馬に乗った王子様が迎えに来てくれるなんて夢見がちな所もあるけど」
「何で知ってるんだぁ!? アタシは言った覚えはないぞ!」
「この間、一緒に飲みに行ったでしょ? その時に酔払って口を滑らせたのよ。覚えてない?」
「全然覚えてない……。もう、酒を飲むのを止めよう」
「お酒は自滅の第一歩だね。『酒は飲んでも吞まれるな』、気を付けよう」
イリスは酒の恐ろしさを痛感した。
現代社会では未成年ゆえに酒は飲めないが、この世界ではワインは飲める年齢である。
何かの間違いで酔い任せに変な事を口走りかねない恐怖に、イリスは酒は嗜む程度にしようと誓うのである。それ以前に未だに酒に手を出した事はないのだが、匂いだけで気持ち悪くなるのでアルコールに弱い体質なのかもしれない。
「で? ゼロスさんはジャーネの事をどう思う?」
「女性と見るなら可愛いですねぇ。嫁に欲しい所ですよ……今から嫁に来ますか? 幸せにできるかは分かりませんがね、努力はしますよ?」
「ひゃにゃぁあああああああああっ!? にゃにゃにゃ……にゃにを言ってんだぁ!?」
「おじさん、もしかして……気になる女性なんていたりする?」
「そうですねぇ……気になると言いますか、ジャーネさんとルーセリスさんを見ていると、何だか胸の辺りがザワザワするんですよ。何でしょうね?」
この世界に来て初めて感じた感覚。
特に、ルーセリスとジャーネを見ている時、不意にこの感覚が強くなり、その内に抑えが効かなくなりそうな気がしてならない。
思わず正直に言ってしまうおっさんだったが……
「「・・・・・・・・・・・」」
レナとジャーネは深刻そうな顔をしていた。
いや、ジャーネは顔を真っ赤に染め、何故かおっさんをチラチラと見ていたりする。
『何、この可愛い生き物……。つーか……乙女だ………』
おっさんの心の声は兎も角として、レナはどこかの司令官の如くテーブルの上で手を組み、深い溜息を吐いた。
「ゼロスさん……。それ、恋愛症候群よ?」
「……What's?」
「だから、恋愛症候群……発情期よ? 他にも色々と呼び方はあるけど、ゼロスさんとジャーネは相性がいいと言う事。ルーセリスさんもね……」
「………マジで?」
「マジで。ジャーネも似たような感覚があるらしいし、多分だけどルーセリスさんも同じ兆候があるみたいね。二人とも奥さんにする? 互いに幼馴染だし、嫁同士で喧嘩になる事はないわよ?」
「・・・・・・・・・・・・・」
おっさんの思考は停止した。
頭の中に浮かぶのは、この恋愛症候群で暴走した人達の姿で、その姿が自分に変わって脳裏に映像として流れる。
意中の女性の前でとんでもない愛の告白をして殴られたり、人前で迷惑的な演劇風の愛の暴露劇を繰り広げたり、高所から飛び降りたり、いきなり全裸でダイブしながら押し倒したりと嫌な光景が浮かんでは消える。
おっさんは次第に青褪めて行った。
対する蚊帳の外のイリスはというと……
「ルーセリスさんはDカップはあったわね……。ジャーネさんはEカップ……」
……二人の胸を比べ、やがて自分の胸に目を移す。
「胸なの? おじさんも胸が基準なの!? そんなに大きい胸の女性が良いのぉ!!」
「……無いよりはあった方が良いかと。相手にもよるかなぁ……」
「やっぱり胸かぁ!! そんなに巨乳のが良いのかぁ!!」
激情に駆られるイリスと、思わず無意識に答えてしまったおっさん。
小柄なイリスは胸が無い事がコンプレックス。
おっさんの襟元を掴み揺らすが、当のおっさんは別の事でショックを受け、心ここに在らずであった。
そんな二人を見つめるジャーネは、モジモジしながら様子見していた。
しかしだ。彼女は忘れている。
ゼロスは白馬に乗った王子様などでは無く、漆黒のバイクに乗った殲滅者である事を……。
馬上からきらりと光る爽やかな笑みを浮かべるのではなく、バイクの上から禍々しい輝きを放つ殲滅魔法をぶちかます様な危険人物なのだ。夢見がちな彼女は未だにその事に気付かない。
ただ、最近感じ始めた恋愛症候群の波長がゼロスも影響が出て来ていると知り、無駄に意識するようになって行くのである。
◇ ◇ ◇ ◇
「……話が脱線しましたが、そろそろ真面目なお仕事の話をしましょうかねぇ……」
「護衛の話だね。でも、私達がその貴族の人を護衛するとは限らないよ?」
「そうよねぇ~……。パーティーを組んでいる人達も、学生の護衛をするときはバラバラだし」
「アタシ達も護衛対象の傍に着けるかどうかあやしい所だ」
ラーマフの森へと実戦訓練に向かう学院生は、その人数の所為か学院生7名のパーティーに1名が護衛に着く事になる。だがその護衛に対して傭兵が守る相手を任意に決める事は出来ない。
つまり全員が護衛対象であるツヴェイトの傍に付けるとは限らないのだ。
「万が一の時は、ウチの三羽烏をつけましょう……。下手な傭兵よりは強いですからねぇ」
「あのニワトリ達、レベルはどれ位なの? 何か、以前よりもパワフルになってるよね?」
「あぁ……正直、森で会いたくないぞ。並の魔物よりも遥かに強い……」
「ゼロスさん、あのコッコに何をしたの? 三羽烏と言うより、ニワトリなんですけどね」
並の傭兵ならたった一羽で返り討ちに出来る驚異のニワトリ。
完全進化したコカトリスよりも強く、強さに異常な執着を見せる強鳥達。
護衛にこれほど適した存在は無いだろうが、このニワトリは戦いになると役目を忘れる傾向がありそうだった。まぁ、ただの魔物なのだから仕方が無いが……
「おじさん……何か、凄く微笑ましい光景が頭に浮かぶんだけど?」
「だな。学院生達の後ろを着いて行く、三羽のニワトリ……緊張感がまるでない」
「見た目には可愛いけど、これほど凶悪な護衛はいないと思うわ。敵対する人たちが不憫ね……」
「まぁ、格が400超えましたからねぇ……。進化したらどうなるのか楽しみですよ」
「「「400ぅ―――――――――っ!?」」」
魔物は環境に応じて身体能力が変わる存在である。
人が住む領域のゴブリンと、過酷な環境で生きるゴブリンとでは同じレベルでも強さに極端な開きが出る。当然その力の差は戦いによる経験が大きくかかわり、レベル1000越えのおっさんと組み手をするコッコ達は既に限界を突破していた。
経験値の溜まり具合が急速でハンパ無い。
おそらくだが、コッコ達がコカトリスに最終進化などすれば、その強さは中級の竜種と同等の強さになるだろう。
しかも、現在もレベルは絶賛上昇中。おっさんは何気に人類の天敵を育成していたりする。
「おじさん……。何気に凶悪生物を育成してない?」
「言葉を理解する知性があるのが救いだ……。これで野性にでもなられたら、被害者がどれだけ出るか……」
「何をしたいのか分からないわ……。ゼロスさんはそんなに人間が憎いの?」
意図した訳ではないが、何気に厄介な生物を育てているのに変わりは無い。
このニワトリ達が野に放たれた時、そこに在るのは絶望しか見えない三人だった。
「そんな訳無いじゃないですか。僕が憎い人は……奴しかいない」
「あー……厄介なお姉さんね。でも、今はいないんでしょ?」
「それが救いですね。もし奴がいたら……僕は再び【殲滅者】に戻る事でしょう。殺しても死体処理には困りませんからねぇ、この世界は……ククク……」
「「「怖っ!?」」」
思い出したくも無い姉の姿が脳裏をよぎり、ゼロスからどす黒い殺意が湧きだしていた。
これでもまだ殺意を抑えているのだが、イリス達に背筋が寒くなるほどに強烈な圧迫感を与えるほどだ。つまりはそれ程までに恨みを抱えている事になる。
おっさんの恨みは根が深い。そこに肉親の情愛など一切なかった。
「まぁ、姉の事はどうでも良いんですよ。それより三人には身を護る道具を上げましょう。僕の都合でこの仕事に就いて貰っている訳ですしねぇ」
おっさんは、ツヴェイト達に渡した同種のアミュレットと指輪を三人に差し出す。
無理を言って護衛依頼を受けて貰っているので、身を守るための装備は必要と思い、予め余分に製作していた。
「コレ……見た目は地味だな?」
「でも、効果が凄いよ? 自働防御で障壁を展開……しかも並の魔法じゃ破れない程みたい。細かい事は鑑定しても分からないけど……」
「ちょ、貰っても良いの!? 売ればかなりの額が付けられる魔道具じゃない!」
「指輪は居場所を教える物みたいだけど、魔力を解放すると緊急事態としてのシグナルが出るみたい。さすがおじさん、こんなアイテムを自分で作っちゃうんだぁ~」
ゲーム時代の殲滅者五人は、全員が生産職である。
異常なまでの伝説的逸話が蔓延って影が薄いが、こうした装備を作り出す事に長けていた。
おっさんは魔法製作がメインで、その片手間に武器や防具・魔導具なども制作していた。
魔法薬などの回復系アイテムも制作できるが、これは必要に応じて後から覚えた事であり、仲間の助手的立場である。
その秘薬の数々も制作できるが、一人で製作した事は未だに無い。あったとしても回復薬程度で止めている。
「元手はタダですし、差し上げますよ。自由に使ってみてください」
「……良いのかしら? 売ればしばらくは遊んで暮らせる物なのに……」
「これだけで依頼を受けた価値があるな……。多分、学院生護衛依頼の報酬よりも価値が高いんじゃないか?」
「わーい♪ ありがと、おじさん!」
素直に喜ぶのはイリスだけである。
ゼロスに自覚が無いので言っておくが、この魔道具は【守護のアミュレット】と呼ばれ、売れば20年は軽く遊んで暮らせる値が付く。
おっさんが無自覚なだけで、実際この装備は遺跡から発見される魔道具の価値と遜色は無い。今は只のペンダントにしか見えないが、これが装飾の施され宝石などが散りばめられようものなら、正に国宝級のお宝に早変わりする事だろう。
おっさんはこうした物の価値にさえ無頓着であった。
ちなみに、同じアイテムを手にしたクロイサスは、寮に戻って狂喜乱舞していた事は言うまでも無い。
「実戦訓練が始まるのは明後日。明日は自由にして、旅の疲れを癒しておく事にしよう。後は臨機応変に対応する事になるが、まぁこればかりは運ですからねぇ」
「だね。明日は街を散策するぞー♪」
「イリス……遊びに来たんじゃないんだぞ? 生活が懸かっているんだからな?」
「貧乏て、辛いわねぇ~……。仕事にありつけただけでもゼロスさんには感謝するわ。明日はどうしようかしら♪」
『『……大丈夫か、この二人?』』
ゼロスとジャーネの不安は的中し、翌日イリスは遊び気分で街へと乗り出し、レナはひと時の愛を求めて街をさすらうのであった。
実戦訓練に向かう当日、一部の低学年学院生が体調不良を理由にリタイアした事は言うまでも無い。
彼等は単位を落す破目になったが、なぜか幸せそうであったという。同学年の友人達は、彼等が足腰が立たない程にフラフラであった事を不思議に思っていた。
当然だが、レナの肌が異常なまでに艶々だった事は言うまでも無い。
肉食獣は時と場所を選ばない様である。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
クロイサスと途中で別れたミスカは、落ち着いた足取りで大図書館へ向かう。
元は大聖堂として築かれたこの図書館は、予算の都合で作業が頓挫し、しばらくは放置される事になった建物である。
学院を作る話が出て以降、学院生が知識を得るための開けた場所として新たに改築され、今では国で一番の蔵書率を誇る大図書館として有名であった。
大理石の階段を上り、巨大な扉が開かれた入り口を潜ると、そこは多くの本棚が立ち並ぶ知識の宝庫となっている。
しかし利用者が少ないのか人は疎らで、多いのは書物を管理する係員だけが目立つ。
学院生もいるが数は少なく、何のための施設なのか分からないほどに閑散としていた。
ミスカは設置されたテーブルの前に座る二人の人物を確認すると、無駄のない優雅な足取りでそのテーブルの元へと向かう。
「お待たせいたしました、ツヴェイト様。お嬢様もお疲れ様です」
「遅かったな。クロイサスの奴が暴走でもしたか?」
「お分かりになりますか?」
「わからいでか! アイツの事だ、どうせ自分で改良した魔法陣でも持ち込んだんじゃねぇか?」
「正解です。その後は色々とお聞きになっていたようですが」
「自由な奴だな……。ある意味で羨ましい」
クロイサスしがらみに捉われる事無く、自由気ままである。
その行動に些か問題はあるもの、当人はいたって気ままで自由を謳歌している様に見える。
むしろツヴェイトが余計なものを背負い過ぎていたりするが、彼の場合は結果的にそうなってしまい、ある意味では派閥の被害者とも言える。
何しろ洗脳された挙句に手痛い失恋、恨まない方がおかしい。
「それで、ミスカ。先生はお元気でしたか?」
「あの方が体調を崩す様な事があるのでしょうか? 万が一病になられたとしても、御自分で解決してしまいそうな気がします」
「確かに……師匠ならやりかねんな」
「そうですね。心配するだけ無駄な気がします」
何気に酷い。
だが、二人が納得するのも頷けるものがあるのは確かだ。
「まぁ良い。師匠は何か言ってたか?」
「ゼロス殿は念のためにお二人に魔導具をご用意したみたいですね。此方がその魔道具です」
「アミュレットと指輪? どのような効果なのですか?」
「アミュレットは不意を突かれた攻撃を自動で防ぐ効果があります。指輪は常にお二人の所在地を教えるのと、魔力を解放すると緊急事態が発生した事を知らせる波長を出すとか。原理は良く解りませんね」
「さすが師匠だ。まさか、短期間でこんな物を用意するとは……」
「はい……何処まで凄いんでしょうか? 先生の知識や技術は底が見えません」
手渡されたアイテムを眺めながら、感嘆の息を漏らす二人。
だが、ミスカはそこに更に爆弾を落とす。
「何やら乗り物の様な魔道具もありましたね。武器を搭載した二輪の魔道具ですが……」
「ハァ!? 師匠はそんなモノまで作ったのかよ!」
「装備も禍々しかったですね。全身黒尽くめで神父の様に見えましたが、邪神に仕える神官と言ってもおかしくはない格好でした」
「先生……思いっきり目立っているのでは? 護衛に来てくださっているのですよね?」
「表向きはそうですが、意外に実験をしに来たのでは? 暗殺者など丁度良い的では無いでしょうか?」
「「・・・・・・・・」」
あり得るだけに二人は無言だった。
本人が聞いたら、納得いくまで壮絶なOHANASIをする事になるだろう。
二人の認識がどのようなものなのか興味が尽きない。
「師匠がいるなら安心だが、油断は出来ねぇな」
「私にも同じ魔道具を用意したと言う事は、狙われる可能性があると判断したからでしょうし、かなり念を入れて行動しておられるのでしょう」
「俺には親父の指示だとしか思えん。目立つ格好は警告の意味もあるんだろうさ」
ツヴェイトはゼロスが目立つ事を好まないと知っているからこそ、こうした情報で裏を読む事が出来た。
逆に言えばそれだけの危険が迫っている事になる。気を引き締めるには充分な情報だった。
「先生に会えるのは現地でになりますね」
「馬車での移動は一緒だが、傭兵達とは別の馬車に乗る事になるからな。そうなるだろう」
「色々とお聞きしたい事があるのに、残念です」
「ちなみに、ゼロス殿はニワトリも連れてきていましたね。ワイルドコッコですが」
「「ハァ!?」」
二人はウーケイ達がどれ程の強さを秘めているかを知らない。
それだけに、おっさんがニワトリを連れて来たという話に困惑するのである。
このニワトリの強さを知るのはもう少し後になるのだが、今はおっさんの意図が何処にあるのか推し量れず、ただ頭を捻るばかりである。
これが一般的な普通の考えである。おっさんの周りは規格外ばかりだった。
何にしてもツヴェイト達の準備も整い、ラーマフの森へ実戦訓練へと向かう事になる。
だが、今の二人の頭の中は『『何故にコッコ?』』という疑問が、思考の全てを占めているのであった。
常識は非常識に覆される事がいつの時代も同じようだ。
例えそれが異世界でも変わらない。




