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おっさんのいない日常8

 ツヴェイトは夢を見ていた。

 自分が夢を見ていると理解した理由は、周りの景色が薄暗い屋敷であるからだ。

 まるで廃墟と思わしき部屋の荒れ具合から見ても、到底現実とは思えなかった。

 何よりもツヴェイト自身が、まるで何かに誘われるかのように体が勝手に動き、自分の意思とは関係なく前へと歩み続けているからだろう。

 とても現実とは思えない浮遊感が、これが夢であると認識させるのだが、困った事にどうすれば目が覚めるのかが分からない。


 そしてツヴェイトは、自分の意思とは関係なくある部屋の扉を静かに開いた。


『きたね、ツヴェイト。……待っていたよ』


 声の主には聞き覚えがある。

 親友であり、同じ派閥で夢を語り合う仲で、更に同室のディーオであろう事は間違いない。

 ただし、何故か彼は漆黒のマントを羽織り、こちらに顔を向けようとはしない。

 そのディーオに対して、ツヴェイトの口は勝手に開く。


『ディーオ……。俺に何の用だ?』

『フッ……ディーオか……。懐かしい名だね』

『いや、ディーオだろ? 何なんだ? その……やけに古臭いマントは……』


 彼は答えない。

 仕方が無くツヴェイトは彼の元に向かおうとすると、ディーオは徐に口を開く。


『ツヴェイト……。俺はどうしても彼女と生涯を共にしたい。しかし、それには邪魔者がいる事は分かっているだろ?』

『あぁ……。お前の恋路が険しい事は…それはもう、充分に分かっているぞ?』

『だからだよ……。俺は……クロイサスと手を組む事にした』

『いや、なんでクロイサスなんだ? アイツと手を組んだからといって、御爺様に勝てる訳ねぇだろ?』


 だが、ディーオは語るのを止めない。

 それどころか、どこか愉快気に肩を震わせていた。笑っているのだ。


『それは、あくまで人だからだよ……ツヴェイト……』

『ハァアッ?!』

『そう……とうとう俺は人を捨てたぞ、ツヴェイトォォォォォォォォォォッ!!』

『人間やめて、何になったぁああああああああああっ!?』


 振り返ってディーオの顔には、どこかの大賢者なら『やぁ~、アレは博物館に展示されているヤツだねぇ~』と言うこと間違い無しな、翡翠製の仮面を被っていた。

 どこかの原住民の王が被り、共に埋葬され、現在は有名な博物館に展示してあるアレである。


『この力が在れば……ヤレる!』

『何をだよ!? どっちの意味でだぁ! 相手は御爺様か、それともセレスティーナかぁ!?』

『両方の意味でだ! クロイサスには礼を言わないといけないね』


 ディーオがそう言うと同時に、部屋の片隅にスポットライトが照らされ、そこにはクロイサスがクールでセクシーにスタイリッシュなポーズを極めていた。


『クロイサス! お前はディーオに何をしたぁ!?』

『何って、実験に参加して貰っただけですが? まさか、こんな事になるとは……実に興味深い』

『マジでお前は、あいつに何をしたんだぁあああああああああっ!?』

『色々ですよ……。そう、色々とね……フフフ』


 眼鏡を『クイッ』と上げて、限りなくマッドな黒い笑みを浮かべるクロイサス。

 だが、事態はこれだけでは終わらない。


『ここにおったかぁ、ティーナに集る糞虫がぁ!! ヤラせはせん、ヤラせはせんぞぉおおおおおおおおっ!!』

『ゲッ!? 御爺様……!? つーか、どっちの意味だぁ!!』

『無論、両方の意味じゃぁああああああああああああああああっ!!』


 突如として現れたクレストン老。

 いきなりヒートでバーニングな状態。しかし……気の所為か、やけに身体つきが筋肉質に見えた。

 衣服の上からでも分かるがっしりとした体格になっている。ツヴェイトの目には、祖父の姿がやけに大きく見えた。


『ティーナに近付くウジ虫共を葬る為に、儂は鍛えに鍛え抜き……ついに鋼の肉体を手に入れたぞ!!』


 いきなり上着を肌蹴ると、そこには老人の物とは思えない強靭な肉体が存在した。

 頭は好々爺だと言うのに、肉体は正に武人。魔導士の肉体では無い。

 あまりのショックでツヴェイトは唖然としてしまう。

 

『お、御爺様……その体は、いったい……』

『なぁ~に、ゼロス殿に頼んで鍛えて貰ったのよ。大概の連中なら拳のみでれる!』


 再びスポットライトが当たり、その真下にはハードボイルドにニヒルな笑みを浮かべたゼロスがおもむろに煙草をふかし、さりげなく親指を立てた手を掲げ御満悦だった。


『師匠ぉ、何してんだぁああああああああああああっ!!』

『いやぁ~、クレストンさんに頼まれましてね? 少し手解きをして差し上げただけですが……見事に肉体改造をしてしまいましたねぇ~。アレは……もう、老人じゃないな……』

『いや……マジな表情で後悔されても困るんだがよ…。何をしたら、あんな風にマッチョになれるんだ?』

『……地獄を生き抜いてきた。そう言うしかないですね…。既に人の領域から逸脱していますよ。いやぁ~怖い、怖い♪』

『全く後悔してない!? むしろ、誇らしげ!? 師匠も、なにしてくれちゃってんの!?』


 ツヴェイトの事など既に無視し、二人の改造人間たちは互いに対峙する。

 方や肉体改造、方や人外改造。どちらも既に人では無い。


『面白い……。どちらの肉体が人類最強か、試してみますか?』

『上等じゃぁ! 灰も残らず焼き尽してくれるわぁ!!』

『返り討ちにして差し上げますよ。URYYYYYYYYYYYYYYYYYY!!』

『灰燼に帰せ、我が炎で!! ドラグ・インフェルノ・ディストラクション!!』 


 そして互いが常軌を逸した炎と闘気を放つ。

 睨み合いながらもその力は重苦しいまでに部屋の中に充満し、一発触発の事態になりまねない事態に急転直下。対峙する二人は殺る気満々で、実にカオスであった。


『ふむ……君とは気が合いそうですよ、クロイサス君♪ 実に良い仕事です』

『私もですよ、中々興味深い結果を出しましたね。どうすれば、老人である御爺様があのような健康体になるのか……。フフフ……実に素晴らしい♪』

『お前等、なんでそんなに落ち着いたんのぉ!? カオスだろ、どう収拾つけるんだよ!!』

『『あっ……』』

『へっ!?』


 ツヴェイトを挿む形で迫り来る劫火と、凄まじい威力で放たれた闘気を纏った拳の連打。

 骨すらも焼き尽くす熱量と、四肢が粉砕される様な打撃音と衝撃が同時に襲い掛かり、そして彼は無残な屍へと変わり果てる。完全な巻き添えであった。

 ツヴェイトの意識が遠のき、そして……


「うわぁあああああああああああああおぅ!?」

「うわぁ!? びくっりしたぁ~……脅かすなよ、ツヴェイト」


 ……目が覚めた。 

 息を荒げ周囲を見渡すと、そこは慣れ親しんだ寮の一室。

 傍の窓から見える外には、小鳥達が楽しげに飛び交っていた。実に長閑な早朝である。

 部屋はきちんと整頓され、ゴミ一つ落ちていない徹底ぶり。

 その傍らに、ベッドから跳ね起きたツヴェイトに思わず驚いた同室のディーオ。悪夢の原因の一人であった。


「夢か……変な夢を見ちまったぜ」

「飛び起きるほど凄い内容だったようだね? どんな夢だったか聞いても良いかい?」

「聞くな…て、お前……その手に持っている仮面は何だ?」

「これかい? 何か、クロイサスがくれると言った奴なんだけど、見た目があやしくてさ。どうしていいのか分からないんだよね……」


 翡翠の仮面では無いが、いかにも怪しい気配が漂う石の仮面であった。

 額の辺りに、何か宝石らしきものを嵌め込む窪みがある。


「クロイサスか……。悪い事は言わん、その仮面は被るなよ?」

「被るわけ無いだろ! いかにもあやしすぎて、処分するのに困っているんだからさ。貰い物だから捨てる訳にも行かないし……」

「なら良いんだ……。アイツが集めた物だからな、きっと碌でも無い物に違いねぇ」

「同感だよ。それより、そろそろ朝食だけど、着替えたらどうだい? 俺は先に食堂に向かうけど」

「だな、それよりも……ソレ、どうするんだ?」

「箱に入れて封印しておくよ。誰かが手にしたら、取り返しのつかない事になりそうだからさ」

「それが賢明だ……」


 常識的なディーオに対し、ツヴェイトは安堵の息を漏らした。


 クロイサスのプレゼントは、こうして封印された。

 変な夢を見たツヴェイトだが、気を取り直していつもの日常へと戻るのであった。先ずは朝食が最優先である。

 その後、この仮面が何処に消えたかは定かでは無い。

 また、クロイサスが何処から怪しげなアイテムを入手しているのか、ツヴェイトには甚だ疑問であった。


「・・・・・・正夢に…ならないよな?」


 ツヴェイトは着替えながらも、夢が現実にならない事をただ祈るばかりである。

 爽やかなはずの早朝は、何故か冷たい風が吹き抜けていた。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 その日の昼、三人の兄妹は学院内のカフェテラスで顔を会わせていた。


「来る……師匠が来る…。正直、会いづれぇ……魔法に関して未だ何の結果も出てねぇし」

「そうですね……。正直、今の私達がお会いして良いのか、悩ましいところです」

「それほど怖い方なのですか? その、ゼロス殿でしたっけ?」


 朝から落ち着きがないツヴェイトとセレスティーナを、クロイサスは不思議そうに眺めていた。


 そもそもクロイサスはゼロスと会った事はなく、口伝えで話は聞いていたが明確な印象が持てないでいた。と言うのも、曰く【叡智を極めた大賢者】、曰く【農業をこよなく愛する世捨て人】、曰く【格闘能力が異常に高い大魔導士】と、何から何まで規格外も良い所なのだ。

 彼が聞いたゼロスの人格も、【温厚だが、性格が歪んでいて、孤児達に施しをする善人だが敵は容赦なく惨殺する破壊者】と、訳が分からない。

 普通に考えても、人を惨殺するような人間が善人な訳が無く、孤児に施しをしている様な善人が人格が歪んでいるなどと矛盾している。冷酷なのか慈悲深いのか、判断が出来ない。

 また、各地を転戦しながら魔法実験を繰り返していたとなると、かなり残酷な人間性になる筈なのだが、何故か農業を営みながら慎ましく生きているなど良く解らない。

 まして、クロイサスに性格が似ているとなると、一気に掴み所が無くなる。 


「何と言って良いか……。私とは相反する人間に思えますが?」

「安心しろ、お前とは絶対に気が合うからよ……」

「そうですね。クロイサス兄様とは思考が似ていますし、行動基準もどこか近いものがありますよ?」

「私はそんなに歪んだ人間では無いんですがね。基本的に研究以外はどうでも良い事ですし、わざわざ他人と関わりたいとは思いませんよ」


 セレスティーナとツヴェイトは、内心で『いや、充分似ているから! それに、その考え方自体が人として歪んでいるから!!』と、 声を出さずに叫んでいた。

 分かっていないのはクロイサスだけである。


「師匠はいつごろ着くんだ?」

「ミスカの話では、おそらくは午後に到着すると……。今日は皆さんに魔法を教えて差し上げる予定なので、私は先生とお会いできません。残念です……」

「俺も派閥の集まりがあるしなぁ~。めんどくせぇ……」

「そう為ると、必然的に私が会う事になるのですが……初対面ですよ?」

「その辺りは、御心配に及びません」

「「「うわぁ!?」」」


 何処ともなく姿を現したクールメイド。

 表情を決して見せずに、クールに眼鏡を指で押し上げる。


「ミスカ……いつの間に…?」

「相変わらず神出鬼没ですね……。驚かさないでください」

「最近、何か……ハジケてないか?」


 最近の彼女はどこか浮かれている。必要以上に、行動に脈絡が無い。

 見た目はクールなのに、時折とんでもないボケをかましてはセレスティーナを揶揄うのである。

 当然、その影響はツヴェイトやクロイサスにも向けられる事になる。

 ツッコミどころが満載なのだ。


「私共の情報によれば、ゼロス殿は正午過ぎにセザンの街に着港し、それから一時間後にはこの街に到着すると思われます。何やらスゴイ魔導具を製作したとか、お迎えは私共がいたします」

「魔導具!? 大賢者がですか!!」

「クロイサス! 声がデカいぞ!!」

「先生の事は秘密にしなくてはいけないんですよ? その職業は口に出しては駄目です!」

「失礼……思わず興味に引かれてしまいました。いったい、どのような魔導具を……いや、話から類推するに移動用の魔道具でしょうか?」 


 事が研究の、ましてや魔道具の話になると、クロイサスの脳細胞は活性化する。

 ゼロスがバイクを製作した話は知られておらず、ごく一部でその姿を確認しただけで実際はどのようなものかは分かっていない。

 まぁ、その魔導具バイクはあり合せの魔導具を複数流用し、単純構造の大きな玩具程度なのだが、それでも速度と頑丈さは驚異的である。

 鉄とミスリルやオリハルコン。更に正体不明の凶悪な魔導具を取り付けられたバイクは、玩具で済ませるには問題があるほどの攻撃力を保有していた。

 使われている素材自体も非常識なため、見る者からすれば喉から手が出るほど欲しい代物であろう。

 何しろ黒龍の鱗や甲殻までも使用され、魔法攻撃すら簡単に弾き返すのだ。


 問題は、製作者であるおっさんが見た目を重視した為に、その性能をイマイチ理解していない事であろう。

 製作当初は『見た目はカッコいい方が良いか……。どこかのライダーの様なバイクが望ましいが、変形するのも夢がある』などと言っていた事は誰も知らない。

 変形も考えたのだが、構造上の問題から諦めたのだ。何を作ろうとしていたのか謎である。


「おい、ミスカ……。セザンの街から馬車で三時間はかかるぞ? いったい師匠は何を作ったんだよ」

「さぁ? 非常識な物である事には間違いないですね。ゼロス殿ですよ?」

「先生なら、何を作ったとしてもおかしくはないですね。たぶん、便利な道具なのでしょうけど……」

「便利な道具ですか……。お嬢様は、とんでもなく速い速度で空を飛ぶ農機具が、便利な道具だと仰るんですか?」

「「ハァ!?」」


 おっさんは以前、試作で作った唐箕が天空を制した事があったが、その失敗談は一部の人間しか知る事はない。

 その事を知るミスカの情報網……もとい、ソリステア公爵家の情報網は侮れ無い物がある。


「何で、農機具が空を飛ぶんだ? 師匠は何を作ったんだよ……」

「解りません……。先生は何をしたかったのか、理解すら出来ないのは私が未熟だからでしょうか?」

「ただ失敗しただけでは? 何を作ったかは知りませんが、おそらく魔法式をミスしたか、逆に強力すぎたのが原因じゃないかと思いますが?」

「お前は師匠の事を充分に理解しているぞ……クロイサス」

「そうですね……。教えを受けた私達よりも、的確に先生を理解していると思えるのは何故でしょうか?」


 その場を見ていないにも拘らず、クロイサスは真実を言い当てた。

 これだけでも彼がゼロスと同類である事が窺える。

 趣味が絡むと、とことんなまでにやり過ぎる所は実に似通っている。違う所はインドア派かアウトドア派かであろう。


「正直に言うとよぉ、お前が魔法以外に格闘術を覚えて凄まじく強くなれば師匠になる。マジで性格がそっくりなんだよ」

「ですが、先生は身の回りの事はきちんと整理していましたよ? クロイサス兄様の様に酷くはありません」

「あ~、それもあったか……。クロイサスの部屋は危険地帯だからなぁ~……」

「ゼロス殿を理由に、私のダメ出しをしていませんか? それは私に対する遠回しの忠告ですか?」


 結果的にはそうなるだろう。

 いくらおっさんでも、身の回りくらいは整頓する。腐海を越えたデンジャラスゾーンを生み出すクロイサスとは違う。


「お嬢様、そろそろお時間です。早く行かないと、アソコでこちらを窺っている『妹』達が押し寄せて来ますよ? クロイサス様の元にですが……」

「「妹?」」

「お嬢様は、ウルナ様と親しくなられた事が機に、下級生から慕われるようになったのです。それはもう、『お姉さま』と呼ばれる程に」

「お前も何してんだよ、セレスティーナ!? 何でお姉さまルートの突き進んでんだぁー!?」


 まぁ、彼女の場合はただの親切心から魔法を教えた事が始まりで、いつの間にか『お姉さま』に到達していた。

 別に百合なわけでは無い。普通に慕われてしまった結果がこれだった。


「みんないい子達ですよ? ただ、何故か『お姉さま』と皆が呼ぶのです。何故なのでしょうか?」

「無自覚かよ……。意味を理解できていないところが、実にお前らしい……」


 彼女は『お姉さま』の持つ意味を理解していなかった。

 セレスティーナを慕う下級生達は、誰もが魔法の扱いが苦手な『落ちこぼれ』であったが、彼女が改良した魔法式のおかげで魔法が使い易くなり、更に親身になって魔法を教えてくれた事により強い憧れを抱くようになった。


 今のセレスティーナは二つ名で【魔導天使】と呼ばれているなど、当の本人は全く知らない。

 目敏い者達や一部の関係者からは、憧れと崇拝の対象となっていた。

 誰もが憧れる逆転勝利者であり、天才とまで言われているのだが、誰も声を掛けてくれる者はおらず、未だに友人がキャロスティーかウルナしかいないと思い込んでいる。

 長い事ボッチだった事による弊害で、他人の好意に対して鈍感なのだ。ここにクロイサスが加われば厄介な事になるのは目に見えているだろう。

 何しろ、クロイサスはモテるのだ。さながらイケメン俳優張りに人気が高い。

 実際はイケメンなのだが、中身が残念な事を一部の人間以外誰も知らない。


「仕方ねぇ……。師匠にはクロイサスに会って貰う。魔法媒体である指輪の礼が在るだろ? ミスカだけに任せるのも公爵家としては問題だ。頼むぞ、ミスカ」

「あぁ! それがありましたね。この指輪は実に良いものです。ふむ……では、直接お会いしてご教授願うのも良いかもしれませんね。この機を逃すのも、もったいないですし」

「承りました、ツヴェイト様。クロイサス様一人で向かわせたら、あやしい露天商から変な物を購入しかねません。学院に、これ以上ご迷惑はかけられません」

「頼む……。セレスティーナ御付きのお前に頼むのは筋違いかもしれんが、こいつは師匠の顔を知らねぇからよ。他の者達でも無理だろ」

「クロイサス様の御付きのメイド達は、全員逃げ出しましたからね。イー・リン様がいなければ、クロイサス様はゴミの中で腐敗して行く事でしょう。間違いありません」


 ミスカは雇い主の家族相手でも容赦が無い。

 むしろ物事をハッキリと言う事で重宝されていた。信用できると言う意味でだ。

 同時に内密な話は決して外部に口外する事はないので、当主からも厚い信頼を置かれている。

 ミスカはメイドとしては実に優秀なのだ。普段の態度はどうあれと付くが……。


「ではクロイサス様、時間が来たらお迎えに上がります」

「そうですね。では、私は時間が来るまで色々準備をしておきますか。ゼロス殿の意見も聞いてみたい物がありますから」

「あ~……また実りの無い口論会に行くしかねぇのか。血統主義の馬鹿共となんか顔も合わせたくねぇのに……」

「私は前から約束していましたからね……。先生の教えて頂いた事を、少しでも広げなくてはなりません」


 セレスティーナは魔法が著しく伸び悩む後輩達に、正しい魔法の認識を教えるべく意欲を燃やしていた。

 そんな彼女の背後に、裏で派閥に引き込むソリステア派の魔導士がいるなど知る事も無い。

 彼女が接触した後輩たちは、既にソリステア派に所属しているのである。そこには生まれも育ちも関係ない自由な派閥である事が好評であった。

 最近になって急速に力をつけ始め、他の派閥が当惑するほどの勢いであった。

 その裏には、どこぞの大賢者が最適化した魔法の存在があるのだが、魔法に関しては誰もが口を堅く閉ざしている。

 対立する派閥には情報を漏らさない様にしており、メインはセレスティーナが自身で改良した魔法式が広く出回り、彼等ソリステア派はその魔法式を使い始めている。

 おっさんの魔法式を使用できる者は、限られた一部の信頼のおける魔導士だけである。


「んじゃ、今日の話はこれまでだ。勘定は俺が持つ」

「すみません、ツヴェイト兄様。では、私はこれで失礼しますね」

「私も色々と準備を始めましょう。ククク……考えてみれば、ゼロス殿とは一度魔法に関しての話をして見たかったので、実にちょうど良い機会ですからね。フフフ……楽しくなってきましたよ」


 クロイサスはマイペースである。

 そして、心の底から楽しそうであった。

 

「クロイサス様、ゼロス殿とお会いする時は深紅のローブですか? それとも、いつも着ているダサい紺のローブですか? 私は、この間送られた青いローブをお勧めいたしますが?」

「これでは駄目ですか? 汚れても目立たないので重宝しているのですがね?」

「「人に会うのに、そのローブは駄目だろ(ですよ)」」


 クロイサスが着ているローブは、一般に良く出回っている安物の紺のローブである。

 汚れても目立たないからと言う理由から着ているのだが、公爵家の人間が着るにしては見た目にも地味で、それでも着こなしている当たり彼のイケメンぶりが窺える。


 クロイサスは学院では最優秀の成績を修めており、ツヴェイト同様に深紅のローブを学院から送られている。

 以前にも上げた事があると思うが、この国では下級魔導士が灰色のローブ。中級魔導士が黒で、上級魔導士が深紅のローブを纏う事が義務付けられている。

 国の防衛を担う精鋭魔導士が純白のローブを着るのだが、このローブを与えられる基準は学院での成績が関係していた。ある一定の成績を修める事で一人前の魔導士として学院生でも認められ、それがたとえ灰色ローブでも学院生からしてみれば憧れの対象となる。

 そこに実力は関係なく、要は使える魔法が多ければ上位魔導士となる近道であり、これは個人の資質がものを謂うようないい加減なものであった。後は派閥関係者の後ろ盾による依怙贔屓である。


 ツヴェイトもクロイサスも、その血統から多くの魔法が低レベルで覚える事が出来たが、実力はそれほど高くはない魔導士である。

 本来は実力に応じて与えられるローブであったのだが、派閥が大頭して来て以降実力主義が成績で決まり始め、今では形骸化している形式的なものに成り下がった。

 クロイサスが深紅のローブを着ない理由は一口に似合わないからである。


「深紅のローブなど着たくないのですがね。似合わないですし、それなら実家から送られてきた青のローブの方がマシでしょう……。はて? どこにしまい込んだのか……」

「お前……。ローブが送られてきたのは、昨日だろ? もうゴミの中に消えたのか?」

「クロイサス兄様……学院から苦情が来ていると言う話を耳にしましたが、まだ整頓していなかったのですか?」

「誰も手伝ってくれないのですよ。色々と面白い効果の魔導具もあると言うのに、研究者としては失格ですね」


『当たり前だ!! 誰が好き好んで危険地帯に踏み込む奴がいる!!』と思うツヴェイトと、『面白い魔道具って……。危険物の間違いでは?』と思うセレスティーナであった。


 その後、三人はそれぞれ別れたのだが、クロイサスは送られてきた青いローブを探す為に、山積みにされた荷物と格闘する事となる。

 結果、彼の部屋がますます散らかった事は言うまでも無い。

 こうして腐海は広がって行くのである。そして、今日もまた得体の知れない生物が人知れず野に放たれるのである。

 彼がどうして無事でいられるのか、実に謎に満ちていた。


 ◇  ◇  ◇  ◇


「あ~……やっぱり今日も実りが無かったか。無駄な時間だった……」

「本当だね。ツヴェイトの立てた戦術案の方が凄く考えさせられるよ、損害予想まで緻密に計算されていたし、それに応じて被害を最小限に抑える戦術案は見事だったよ」

「よせよ……戦争なんて無い方が良いんだ。こんな作戦案なんか使われない方が良いんだしよ」

「そうだけど、現実はそんなに甘いもんじゃないという事を論破したのは、ツヴェイトだよ?」

「まぁな……だからこそ平穏を守るためには最悪を予想しないと駄目なんだ。手柄ばかりを求めるような連中に率いられたら、無駄な犠牲者が出るだけだ」


 いつもの如く、ウィースラー派の戦術論議会に出席したツヴェイトとディーオ。

 そこには実りのある論議など無く、血統主義者の掲げる都合のよい戦術案が横行し、やはりツヴェイト達が論破して行く結果となった。

 いつもの事なので、もはや飽きて来た。通路の前でただ溜息が出るばかりである。


「むっ?」

「げっ……」


 当然、他の派閥仲間とすれ違うのだが、今日に限っては気に入らない相手と顔を合わせる事となる。

 サムトロールとブレマイトを含む血統主義の連中であった。


「随分とご挨拶だな。調子に乗りやがって……」

「お互い様だろ。裏でコソコソと薄汚い連中と接触して、俺を始末する相談か?」

「な、何の事だ……。いい加減な事を言うと承知せんぞ!」

「へぇ……親父が潰した連中の残党と接触して、何を企んでいる事やら……」


 不敵な笑みを見せるツヴェイトと、裏で接触した闇組織の事がバレている事に、内心で焦るサムトロール。だが、決してその事を口にしない辺り保身には長けていた。


「まぁ良いさ。そっちがその気なら、こちらも最強の手札を切らせて貰うさ。裏の連中も親父が潰すだろうさ」

「知らん事を言われても、俺にわ解らんぞ! 何の話だ!!」

「知らないなら聞き流せばいいだろ? 手練れがいるのは何もお前だけじゃない、ウチにもいるんだよ。【煉獄の魔導士】が認める最強の手練れがな」

「!? な、なんだと……?」

「さて、お前の企みが失敗してとき、お前等の立場はどうなるかな? よしんば成功したとしても、あるのは破滅だけだ」

「し、知らんものは知らん!! ふざけた事を言うなっ!!」


 サムトロールは絶望というものを初めて感じた。

 裏組織と接触した事が知られていたばかりか、ソレに対して既に手が打たれている事に恐怖が押し寄せている。

 ツヴェイトにもどこまで知られているかが分からず、動くたびに破滅に近付いている気がして来たのである。それ以前に、ソリステア公爵家の情報網の正確さに、底知れぬ恐ろしさを感じた。

 ツヴェイトを洗脳する事事態は手段として有効であったが、同時にソリステア公爵家と敵対するには相手が悪すぎたのだ。既に喉元を掴まれている状態である。


「まぁ、せいぜい今を満喫してろや。どの道、お前等は相応の処分が下されるだろうしな」

「ふ、ふん! 俺はウィースラー家の血族だぞ! そんな真似が……」

「できるさ。お前は既にウィースラー家から愛想を尽かされている。どう処分しても問題は無いんだよ。やり過ぎたな、サムトロール」


 この時、サムトロールは初めて孤立無援となった事を知った。

 ウィースラー侯爵家も王家に仕える一族だ。ソリステア公爵家が王族の血族である以上、その一族に自分が敵対した場合は当然切られる事になる。

 ましてや公爵家の跡取り暗殺が既にバレていたともなれば、死刑だけでは生温い処罰が下される事になる。若さゆえの暴走では済まされないレベルに発展していた。

 それに気づかなかったのは、ひとえに彼自身が傲慢なほどの愚か者だったからである。

 他人の意見すら耳を傾けず、自分の意見を洗脳と言う形で押し付けた結果がコレであった。


「まぁ、俺にはどうでも良い事だ。後はお前の問題だしな、せいぜい身の振り方を考えておけ」


 そう言い残してツヴェイトとディーオはその場から立ち去った。

 後に残されたサムトロールはと言うと……


「成功しても、失敗しても地獄行き……冗談じゃないぞ!」

「どうする、サムトロール……。ソリステア公爵家は完全に敵に回ったぞ、ツヴェイトを始末した所で俺達は……」


 ブレマイトも青褪めていた。

 既に手の内を読まれ、対抗手段をこれほど早く取ってきた公爵家に対し、もはや言い逃れが出来ない程窮地に陥る事になってしまった。

 例え証拠が無くとも、ソリステア公爵家なら簡単に自分達を処分できる。しかも実家のウィースラー侯爵家は守ってはくれない。

 サムトロールは自分の浅はかにようやく気付いたのだが、既に手遅れである。

 暗殺依頼など出さなければ身の振り方もあったのだが、彼にあるのは死以外には何もない。


「クソッ!! こうなれば……奴も道連れにしてやる……」


 愚か者は、何処まで行っても愚かであった。

 傲慢な性格のサムトロールは、暗殺者を売ると言う手すら思いつかなかったのである。

 もし、暗殺者の存在を侯爵家に売れば、命くらいは助かったかもしれないだろう。だが、彼が下した決断は最後まで救いようが無かった。


『これは拙いな……。俺はこんな馬鹿と心中なんて御免だぞ』


 ブレマイトは自身の保身の為に、サムトロールを売る決断を下した。

 所詮は権力を求めた連中が集まっただけで、そこに信頼関係など存在しなかったのである。

 権力よりも身の安全を優先した。


 何にしても、事態はすでに動き出していた。





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